機動戦士ガンダム Gジェネレーション(仮題)   作:北野ミスティア

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Ⅳ.戦争屋と呼ばれた男

 自分が誰なのか、よくわからない。

 

 だというのに、なぜか、モビルスーツの操縦桿は、手に驚くほど馴染む。

 

 

 この青い機体に、何か特別な思い入れがあるわけでもない。

 

 だというのに、その手足は、まるで自分の半身であるかのように、軽やかに動く。

 

 

 そして、殺風景な砂漠に立った時、えもいわれぬ感動にも似た感覚がわいてきた。

 

 願った覚えのない、しかし前から求めていた、空だった何かが満たされていくような感触。

 

 

 自分は戦争をしていたのか。戦いを求めていたのか。

 

 何かを護るためだったのか。自分のプライドを賭けていたのか。

 

 

 気づいたら、それすらも忘れて、今自分はここにいる。

 

 

 一つだけわかるのは、生きるために、今自分はこの機体を駆って、目の前の敵を倒さねばならないという事。

 

 

 理由はどうでもよい。ただ生きるため。

 

 

 そのためなら、どんな手を使おうと構わない。

 

 

 

 ―――記憶の定かでない自分は既に、何かを失っているのだろう。

 

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

 

「07……まさか、あれは、ランバ・ラル大尉……なのか!?」

 

 MS-07・グフ。ジオン公国最初の陸戦特化のモビルスーツであるその青い機体を前に、ジョニーは一人の男の名前を口にする。

 それは、ジオンで最初にグフを使いこなし、彼らの不倶戴天の敵であったガンダムと互角の戦いを演じて見せたという男であった。「青い巨星」と呼ばれた彼のパーソナルカラーに畏敬を表し、グフはその青を機体カラーに制式採用としたのである。

「うっ!」

 驚くが早いか、すぐさまそのグフと呼ばれた機体は、右手に構えた剣の形の業物で斬りかかってきた。合金製の刃を赤熱化して溶断するヒートソードというものであり、ビーム兵器ではなく、ゲルググのビームナギナタよりも威力は劣り、いくらか使うと刃が零れていく使い捨てであるが、その分だけ生産コストには優れており、ビーム兵器よりも機体のジェネレーター出力を食わないのが利点だ。

 的確にゲルググの肩口から下を切り落とす一撃だったそれを、慌ててナギナタを構えて、すんでのところで受け止めることができた。

 

 グフそのものは、戦争末期の技術進歩でゲルググよりはパワーで劣る機体だが、いま目の前にいるその機体についていえば、そんな時節の差は微塵も感じられない。むしろ、気迫と殺気で押し負けそうとすら、ジョニーには思えた。

 

 動揺はジョニーのみならず、マツナガも同じであった。何より、その男、ランバ・ラルとは、士官候補生時代に同じ指揮官の、同じ麾下で轡を並べた同郷の士であるからだ。機体の特性を誰より早く掴み、的確、かつ柔軟、しかしどこまでも実践的に乗りこなして見せるラルという男の腕は、マツナガも自分より大いに優れていると思うほどであった。

 そして、まさに眼前のグフの動きこそ、見まごう事なきランバ・ラルの太刀筋。巧みな動きの中でいつの間にか相手の急所・弱点を見抜き、油断したその瞬間を逃さず、最小の動きで、一撃の下に最大限のダメージを与える、人呼んで「戦争屋」と称されたその男の白兵戦術そのものであった。

「何故……なぜ貴官がここに!?」

 叫ぶマツナガの脳裏には、ランバ・ラル戦死の報を聞いた時の、あの衝撃と悔恨の情がにわかに沸き出でる。

 本国からの命により、最新鋭機の受け取りのため、本国の防衛拠点である宇宙要塞に呼び出されて間もなくのことだったと思う。

 

 青き巨星、連邦の試作モビルスーツの捕獲を試みるも、部隊は抵抗にあい全滅、自らも戦死。

 

 あまりに衝撃が大きすぎて、新聞の号外にはそんな見出しが載っていたことくらいしか、当時の記憶は掘り起こせない。

 ジオンの戦局が劣勢に傾き始めたのも、確かこの頃だった。

 地上の部隊を統括するマ・クベという男などは、ジオンはあと十年戦えるなどと余裕ぶっていたと聞いているが、ランバ・ラルが敗れるということは、よほど腕のいいパイロットが加わったか、あるいは機体の性能が飛びぬけているか。

 でなければ補給線を握りつぶされるなど、窮地に追い込まれたか、だっただろう。

 

 マツナガはその真偽を知るすべはなかったが、戦死の報を聞いて、口惜しさと悲しみとともに、マ・クベの狐のような笑みとそれに対する怒りが浮かんできたのだった。

 

 だが、今、その戦友の乗機を目の前にして、そんなことは一瞬にしてマツナガの頭から吹っ飛んでいた。なにより、その男かもしれないパイロットと敵対しているかもしれいない事実が、彼を激しく動揺させていたからだ。

 目の前の敵は、ひょっとすれば彼ではないかもしれない。しかし、戦い方は紛れもなくその男のものだ。そして、自分たちが縁故のないこの世界にいる以上、他の誰かがここにいても、何らおかしくはない。

「ランバ・ラル……貴官は・ランバ・ラルなのか!?」

 マツナガは通信回線の周波数を片っ端から回し、どうにか目の前の敵機への通信を試みる。

「おい、落ち着け!」

 慌ててジョニーがマツナガを制止しようとするが、別の方向から火線が飛んできて、慌てて避ける。同時に、グフが再びヒートロッドと呼ばれるその蛇状の武器を、今度はマツナガの機体に向かって伸ばしてきた。

「くっ!」

 マツナガは盾を構えるが、すさまじい高熱を発したヒートロッドは、シールドの上、三分の一くらいをやすやすと溶断してしまった。構え方が悪かったら、機体の頭部も一緒に持っていかれていただろう。

「ええい!」

 反射的に、ゲルググも、ビームナギナタでグフのヒートロッドを斬り飛ばす。長さが半分くらいになったヒートロッドを、グフが戻すと同時に、通信機から声が割り込んできた。検知を試みていた通信回線に、グフの周波数が引っ掛かったのだ。

 

『―――あれを初見で避けるとは、できるな』

 

 カメラの映像はノイズまみれで判別できなかったが、その声は紛れもない、戦友ランバ・ラルその人である。同時にマツナガの疑念は確信に変わる。

 自分は今、かつての戦友と、かけがえのない友と、刃を交えているのだと。

 

「やはり……ラル大尉か!?」

 マツナガの声に気づいたのか、相手の声色も変わる。

『む―――その機体のパイロットか』

「貴官は……貴官はやはり、ランバ・ラル大尉か!」

 マツナガは名前を叫んだが、その男からの返答は意外なものだった。

『ランバ・ラル……確かに私はそんな名ではあるが、敵に知り合いを作った覚えはないな』

「馬鹿な! 私だ! グラナダの機動軍で共に戦った、シン・マツナガだ!」

『知らんと言っている!』

 言うが早いか、グフは再びヒートソードを構えて斬りかかってくる。ヒートロッドが斬り飛ばされて長さが半分になり、リーチではゲルググに分があると判断したのだろう。

「うおっ!」

 今度は的確にコクピットブロックを斜めに切り裂くと思わせる正確無比な一撃だった。とっさにシールドで防ぐが、表面に大きな切り裂き傷ができた。まるで手慣れた通り魔のごときである。

『これも防ぐとは、技術はある……だが戦いに迷っているようではな!』

 ゲルググの体勢が甘くなった瞬間、今度は強烈な衝撃がマツナガの脳天を揺さぶる。グフが隙を逃さず、胴体に強烈な蹴りをかましたのだ。

「ぐぅああ!」

 完全に不意を突かれ、マツナガの機体は大きくバランスを崩し、砂地に転倒する。

『もらったぞ!』

 

 しかし、次の瞬間、今度はグフの右手が爆発した。

 

 別の方向から飛んできた射撃の一発が、グフのヒートソードを右の手首から上ごと吹き飛ばしたのだ。全員がその方向を見ると、茶色のモビルスーツが4機。

 セカンドチームの、ジンオーカーだった。

 

「当たった!」

 まぐれなのか定かでないが、兎も角、命中したそれはシェルド機が手に持ったキャットゥス五〇〇ミリ無反動砲が放った一発であることを、砲口から立ち上る白煙が物語る。

「そこだっ!」

 シェルドは勢いのまま、先ほどグフの右手を吹き飛ばしたキャットゥスを、続けざま放つ。だが、そこは二度も食らってやる義理はない、と言わんばかりに、グフは機体を捻って回避する。

 だが、今度こそはグフが形勢不利となる番だった。それも数の不利だけではない。

 右手を吹き飛ばされたグフはヒートソードを持つことができず、右手に内蔵されているヒートロッドも失っていた。それはつまり、三つある白兵戦用の兵装のうち二つを失ったのと同義であり、あとは左手の五連装七五ミリ機関砲しか打つ手がなかった。左手はマニピュレーターをそのまま機銃の銃身にした急ごしらえの試作兵装であり、何かを持てるようにはできていないのである。

 それでも、その無事である機関砲を、すかさずシェルドに向かって放つ。

「うわっ!」

 シェルドは思わず圧されてしまう。

「食らいなさい!」

 今度はキリシマが駆るジンが、左右の脚部に装備されたパルデュスの誘導弾を発射する。だが、グフから放たれた機関砲は、正確に六発すべてを撃ち落とした。

「」

 爆発が立て続けに起き、砂煙が辺り一面を覆う。

「退いたか……判断が速いな」

 砂煙が晴れたとき。グフの姿はあっという間にレーダーから消えていた。見事な引き際に、ジョニーとマツナガは、やはりあの男なのだと、確信を得る。

「ランバ・ラル大尉……やはりアンタなのか……!?」

 ジョニーは自分の手が震えていることに気づく。

 鬼気迫るとはこのことか。技量で相手を圧倒し、恐怖すら与えるその操縦技術は、紛れもない、青い巨星と呼ばれた男のもの。

 少なくとも、二人には、今はそう思えていた。

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

「戻ったかね。君が手こずるような敵とは思えなかったが、数でやられたね」

「は、よもや増援が一個小隊とは、予想外でありました」

 砂漠上を航行するホバー戦艦・レセップスの格納庫で、バルトフェルドが男に声をかける。

 グフのコクピットから降りてきたランバ・ラルと思われるその男は、バルトフェルドより身長が一五、六センチは低く、それでいて恰幅はバルトフェルドより良い、齢四〇ほどになろうかという中年の男であった。

「失ったのが右手だけで何よりだ。三日以内には、修理を間に合わせよう」

「感謝します」

 男はかすかにほっとしたような笑みを浮かべた。

「それで、君が見た敵の中に、白い角付きの奴はいたかね?」

「いえ、それらしきものは」

 バルトフェルドの質問に、男は首を横に振った。角付きとは、おそらく、件の新型戦艦アークエンジェルに積まれている試作型モビルスーツのことだろう。

「情報では、あのアークエンジェルという戦艦に、それが搭載されているところまでは確実なのだがね……とはいえ、今まで誰も大気圏突入という芸当をやった人間はいない。トラブルが発生してもおかしくはないし、そうであれば、それだけ頭数は減る」

「は、しかし、色付きの二機は、それと同じ程度には厄介と存じます」

「ふむ、確かに、あの二機はレジスタンスと共闘していたな」

「それとザフト軍では、まだ実用化に至っていない、ビーム兵器も搭載しておりました」

 今のところ、モビルスーツでビーム兵器を搭載するのは、つい先日、こちらが奪取をかけたヘリオポリスの新型モビルスーツだけ。バルトフェルドは腕を組んで考え込む。

「考えれば考えるほど妙な話だね。あれはどちらかというと、ザフト製のモビルスーツに近い」

「私見ではありますが、あれは、もとは宙間戦闘用のモビルスーツかと思います」

「なに? 素体は宇宙用ということかね?」

 バルトフェルド自身はそこまでモビルスーツ工学に精通しているわけでもなく、士官学校で習う基礎理論程度の知識しか持ち合わせていなかったので、少し驚いたような顔をした。

「装備を見る限り、ほとんど砂漠戦用のものは見当たりませんでした。防塵対策も応急的なものばかりで、数合わせで用意した可能性が高いかと。グフの特化装備には、及ばないものでありますな」

 男はグフに目をやりながら言った。

「確かに理屈の通った話ではあるが……根拠はあるのかね?」

 バルトフェルドの問いに、男は一瞬うつむいた後、こう答えた。

 

「大した理由ではありませんが……戦争屋としての、勘、でありますな」

 

 

 

 男が休むため自室へ立ち去った後、入れ替わりにイザークとディアッカがやってきた。イザークはいら立ちを隠そうともせず、ずかずかとバルトフェルドに詰め寄る。

「隊長、何者です、あの男は!?」

 のっけからケンカ腰なイザークの声が格納庫に響く。

「おい、イザーク」

 ディアッカがたしなめるが、イザークは意に介さない。

「何か不満でもあるかね?」

 バルトフェルドは動じることもなく聞いた。

「あいつは、ザフト軍人なんですか!?」

「……ではない、と言ったら、どうするかね?」

「なっ!? だったら正規軍でない人間を、なぜあそこまで!?」

 バルトフェルドの答えに、イザークはさらに噛みつく。

「彼の技術は確かなものだよ。それに、このグフという機体は砂漠戦にきわめて向いている。バクゥの配備がまだ始まったばかりだからね。戦力は多いに越したことはないだろう?」

「しかし! ならばこの機体の出どころは何処なんです!?」

「さあてねえ。こちらも、本国からの補充戦力として、バクゥと一緒に来た、私にはそれしか言えんよ」

「出所のわからないモビルスーツを、部隊に入れるのですか! もし万が一のことがあれば―――」

「イザーク!」

 ヒートアップするイザークを、ディアッカが止める。

「君の言いたいこともわかるが、安心したまえ。戦闘技術においては、彼は君たちより優秀だよ。少なくとも、彼にこちらが()()を寄越している間は、な」

「くっ……」

 イザークは煮え切らない表情のまま、踵を返して出ていってしまった。ディアッカは慌てて詫びるように一礼をしてイザークの後を追う。

 バルトフェルドは、そのままグフに視線を移す。

 ジンに似てはいるが、ジンとは違う。まったくもってその通りだ。装甲材も、ジンとは明らかに異なる成分配合で、内部関節も別物だった。

 あくまでも最初はワーカーメカとしてのモビルスーツだったジンは、その可能性を見出され、兵器として独立したのだ。故に、すべての能力を戦闘用に無理向けられたわけでは、まだないのだ。

 よく言えば整備性が良い。悪く言えば簡素。そんな感じである。

 だが、このグフという機体は違う。ありとあらゆる内部メカが、砂漠という局地戦に特化されている。ジンオーカーなど生ぬるく見えるレベルで、である。

 バルトフェルドは誰に言うとでもなく、つぶやいた。

「まるで、こいつは最初から戦争のために作られたようじゃないかね―――」

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

「改めて、危ないところに駆けつけていただき、感謝の言葉もない」

「いっ、いえ、それも作戦のうちです。頭を上げてください!」

 帰還した『明けの砂漠』のアジトで、マツナガから頭を下げられ、マリア・オーエンスは慌ててそれを止めに入った。

「そうです、それに、この後チームでやっていくのに、そんな気遣いは必要ありませんから」

 一緒にエターナも言う。

「だが、1機のモビルスーツに2機まとめて戦況をひっくり返されたのは、我々の落ち度で―――」

「で、ですから、それはチームですから、当たり前のことなんですってば」

 明らかに見た目自分より年上の人間に頭を下げられて、たじろがない人間はいないだろう。マリアとエターナの反応も至極当然ではあった。

 マリアはこうした社交場に慣れていそうなキリシマに助け船を求めた。が、キリシマはというと、遠巻きで笑いをこらえながら、三人のやり取りを眺めているではないか。マリアは少々恨みがましくもある視線を向けたが、マツナガが引き下がってくれたので、出かかった文句を飲み込むことには成功した。

「順番が逆になってしまったな。改めて、シン・マツナガだ。彼はジョニー・ライデン。今は階級もない一兵卒だが、改めて、これからよろしくお願い申し上げる」

「こちらこそ、マリア・オーエンスです」

 気を取り直し、マツナガはマリアと握手を交わす。

「あれに命中させたのは、お前さんか。なかなかいい腕じゃないか」

 一方のジョニーは、窮地を脱する一撃を放ったシェルドの肩を叩いて、その技量を讃えていた。

「いえ、そんなことは……たまたま、ですから」

「謙遜するなって。今はまだまだだが、経験を積めば、もっとできるようになる筈さ」

 ジョニーはシェルドの肩をポンと叩いてやる。そのやりとりは、まるで兄弟の会話のようでもあった。

「……ふむ、真紅の稲妻が、これほど面倒見のいい男だったとはな」

 マツナガはその様子を見ながら言う。

「珍しいのですか?」

「いや、私にも理解できるのだ。時間が経つにつれ、あのぐらいの年齢の学徒兵も、珍しくはなくなっていたゆえにな。彼のような未来ある青年に生き残ってほしいという、彼や私の、まあ願望のようなものだ」

「は、はぁ……」

 戦争末期に、訓練すらろくに積むことなく、いきなり前線へ駆り出された若い学徒兵たちを思い出しながら、マツナガは言う。そんな経験があるわけもないマリアは、ぎこちなくそう答えるしかできなかった。

 駆り出された若者たちは、ジョニーやマツナガと齢十ほども年が離れ、技量などは比べるべくもないが、故国への忠誠心だけは、エースに負けず劣らずの若者ばかりだった。

 戦いの先に故国の繁栄と平和があることだけを信じ、出撃し、戦い、そして何人もが死んでいったのだ。

 キャリー・ベースで聞かされた、ジオンの敗北にも納得するというものだった。

 未来ある若者たちを、ろくに訓練もせず戦場に放り込むようでは、すでに結末は見えていたのだろう。頑なにジオンの勝利という未来を信じ続けることで、敗北というわかりきった結末から目をそらし続けていたのだろうと、マツナガは今になって思う。

 どれだけの無念があっただろう。どれだけの悲しみがあっただろう。

 今になっては、死んでしまった者たちのことなど、推し量るよりほかにない。問いかけようがもはや彼らが答えてくれようはずもないのだ。

「―――良い仲間を持っている」

 マツナガのつぶやきは、誰にも聞こえることはなかった。

 

「自己紹介は済んだか?」

 気を利かせて待っていたと思しきサイーブ・アシュマンが声をかけてきた。

「おっと、悪かったな、待たせちまって」

「気にするな。それより、時間がもったいない、本題に入るぞ」

 サイーブは机の上に地図を広げた。

「こっちの見張りの情報からして、『砂漠の虎』の部隊はここに構えてる。で、基地がここだ」

「ここから15キロ……モビルスーツの機動力なら、目と鼻の先だな」

 地図の上で、演習に使う赤と青のコマが動かされた。

「問題はもう一つある。俺たちの見立てじゃ、数日のうちに、奴らは戦艦に再度奇襲をかけるだろう」

 ふたつから離れた場所に、緑のコマが置かれた。宇宙から降りてきた、アークエンジェルという新造戦艦である。

「基地からさらに離れてるじゃないか。距離で言うなら、先にこちらを叩く方が得策じゃないのか?」

 ジョニーが聞いたが、別のメンバーが取り出した二つの写真を見て、ジョニーとマツナガの表情が変わった。

「こいつは……!」

「む……」

 ジョニーは目を丸くし、マツナガは眉間にしわを寄せて唸った。

「お前さんたちが交戦した青いモビルスーツの他にも、奴らには補充戦力が届いてるらしい」

 

 片方は白のボディに紺と薄青の増加装甲。もう片方は、カーキ色のボディにモスグリーンと赤茶色のアーマーを備えた機体。

 共通していたのは、どちらも2つの目のようなカメラアイと、V字型のアンテナを備えていること。

 

 デュエルとバスター。

 

 間違いなく、ジオンの宿敵、ガンダムと呼ばれる機体であった。

 

「話に聞いてた、奪われたモビルスーツってやつか」

「らしいな。存在自体が極秘なんで、こっちにもあんまり情報が無えんだがね」

「だったら、どうして、これが奪われた機体だって? ザフトが独自開発した機体って可能性もあったんじゃないのか?」

「さあてな。俺たちにもわからんよ。ただ、数日前に、誰かが匿名の暗号通信でこっちに寄越してきたのさ。これがヘリオポリスってコロニーで、極秘に造られたものだってな」

 サイーブは肩を竦めながらそう言った。

 ヘリオポリスとは、宇宙に数多浮かぶコロニーのうちの一つで、ザフトでも地球連合でもない、中立をうたう工業コロニーである。

 しかし、表向きはそう宣っていても、地球連合の新型モビルスーツを建造していたとなれば話は別。中立とは真っ赤な嘘だったということになる。そんな事実が明るみに出れば、戦争の新たな火種になることは避けられない。むしろ、すでに明るみに出たからこそ、ザフトは奪取という手段に出たと推測ができる。敵を利する前に、その機体を奪って逆に威圧するというわけである。

「ゲリラ組織に肩入れする人間が、軍の内部にいるってのか?」

「それもさっぱりだ。まあ、情報のおかげで、こちらも対策の立てようはあるし、助かっちゃいるがな」

 ジョニーもマツナガも首を傾げた。

 このガンダムが極秘建造である以上、情報を知るのはごく一部の者に限られる筈だった。そして、『明けの砂漠』に匿名の暗号メッセージを送れるということは、この組織の存在をも知っている、接点を持つ人間ということに他ならないからだ。

 

 だが、いくら何でも情報を知れる人間が違い過ぎる。

 

 ガンダムの情報を知りえるということは、恐らく、その正体は軍人だろう。しかし、仮に軍人ならば、ゲリラという反政府的活動に加担するのは有り得ないことだった。

 情報を横流しするからには、それ相応の対価があるもの―――つまるところ、スパイというやつだ―――が一番可能性があったが、それを狙いそうなのはザフト以外に考えられない。

 だが、ザフトと『明けの砂漠』は犬猿の仲である。互いに死者が出るほど攻めあっている敵対組織に、わざわざ匿名で情報など送るはずがないし、その理由も考えつかないのだ。

「…………」

 そんなやり取りを離れたところで見つめるカガリの視線が一瞬曇ったことに、気づく者はいなかった。

 

 そして、翌日の夕方、手づまりな空気を突き破るように、見張りから連絡が入った。

 

『明けの砂漠』のメンバーの家族が多く住む、砂漠の街タッシルが急襲されたのだった。

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