機動戦士ガンダム Gジェネレーション(仮題) 作:北野ミスティア
砂漠にひっそりと佇む街、タッシルを爆撃したのは、もちろん砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルド率いる部隊だった。
だが、見るも無惨な瓦礫と化した街の惨状とは裏腹に、負傷者こそはいたが、それは逃げる時に転んで怪我をした、という程度であり、攻撃による直接的な死者は一人も出ていなかった。
それもそのはずで、ザフトはこの砂漠の街に対し、ご丁寧にも予告を行ってから攻撃に踏み切ったのだ。
「なんてザマだ……」
翌朝になって街の様子を目にしたジョニーもマツナガも、再建にはおそらく数年とかかるであろう惨状に、ただ呆然とするほかなかった。目の前には、原型をとどめぬほど消し炭となり果てた残骸が無数に散らばるばかりである。
「しかし、これで死者がなかったというのは、あちらがあえてこの程度で済ましたと言うべきか……」
マツナガの言葉に『明けの砂漠』のメンバーが声を荒げる。
「この程度だって!? 冗談じゃない! 何人の家族が焼け出されたと思ってるんだ!」
「おい、落ち着けよ。こいつらに食って掛かっても、何にもならないじゃないか」
別のメンバーがたしなめるが、何人かはなおも怒りが収まらない。
「ザフトは遊び半分で街を焼いたんだぞ! このまま黙ってられるかよ!」
「こっちも打って出るべきだ!」
「そうだ! 舐められっぱなしで終われるものか!」
徐々にヒートアップしていくメンバー。そこにサイーブの一喝が飛んだ。
「バカ野郎、頭を冷やせ! そんなこと言ってる暇があったら、家族に付き添いでもしてやったらどうだ! 今の戦力で出ていっても、磨り潰されるだけだってのがわからねえのか!?」
「このまま尻尾巻いて引っ込めってのか!?」
場の雰囲気は真っ二つに割れていた。挑発に乗るなという冷静派と、やられた分はやり返すという報復派だ。前者は年季の入ったベテランメンバーがほとんどで、後者は血気盛んな若いメンバーばかりだった。
「今やらないでいつやるんだ! 奴らは俺たちを野垂れ死にさせるつもりじゃないのか!」
「落ち着け、それが挑発だろうが! でなきゃ、わざわざ予告してから攻撃するかよ!?」
「降伏しろと言ってるのと同じじゃないか! そんなの認めてたまるか!」
怒号が飛び交うのをよそに、ジョニーとマツナガはまだ考え込んでいた。二人とも、妙な引っ掛かりを覚えていたからだ。
「妙だな……気づいたか?」
「ああ」
マツナガの言葉に、ジョニーも頷く。
街を襲撃したモビルスーツ部隊は、バクゥ2機とザウート1機。
そう、ガンダムの姿はなかったのだ。
降伏を促す威嚇攻撃であれば、ガンダムを使った方が、より効果的だ。最新鋭のモビルスーツがあることで、勝ち目はないと悟らせることだってできる。砂漠戦に適応させるにも、2日あれば十分なはずだ。
だが、敵はあえてそれをしなかった。街一つを廃墟にするなら、モビルスーツ3機というのはむしろ少ないくらいである。
「砂漠の虎は、何を考えている……?」
何より最も気にかかるのは、あのグフというモビルスーツのことだ。街への攻撃に出てこなかったのはもとより、あのモビルスーツがどこからザフトに合流したのか。それが目下、一番の謎だった。
「なにか引っかかることでもおありですか?」
声をかけてきたのはエターナ・フレイルだった。長い銀髪に細い眼をした美女で、身体はモビルスーツ操縦にはおよそ似つかわしくない華奢な線をしている。
「あ、ああ……確信は持てないんだが……」
ジョニーは持っている疑惑を話して聞かせた。エターナは、話を聞き終わると少し俯いてから、こう言った。
「うまくは言えませんが……私も、なんとなく思うのです……すでに、
「…………」
何とも言えない沈黙が三人の間に漂った。
「ごめんなさい、あんまり口に出すことでもありませんでしたね」
眉間を険しくした二人を見て、エターナが慌てて謝罪するが、ジョニーは笑って流す。
「いや、気にしないでくれ。わからないのはこっちも一緒だしな」
小さくなったエターナが気の毒になったのか、マリアが間に入った。
「何かあれば、私たちが援護しますから、気にしないでください。それに―――」
マリアはフフッと笑みを浮かべて言った。
「エターナの勘は、時々当たるんですよ」
◇ ◇ ◇
「バルトフェルド隊長! なぜ街を焼いただけで退却したんです!」
レセップスの艦橋につながる通路で、イザークがバルトフェルドに噛みついていた。
「なぜって、我々は民間人を殺しに行ったわけではないからね。他に理由があるのかい?」
当のバルトフェルドの顔には、やれやれという色が浮かんでいるが、いたって冷静に反論する。
「反乱分子を見逃すのですか! 奴らがゲリラに加わる可能性だって!」
「彼らが攻撃を仕掛けてきたわけじゃないだろう? 非武装の民間人を焼き殺せというのかね?」
イザークは一瞬押し黙るが、なおも反論する。
「し、しかし、ならばなぜ、俺たちに命令をしなかったんです!」
「命令して、それこそあの街の人間を殺してしまったらどうする。それとも、ほかに奴らを降伏させる方法を思いついたかね?」
「―――くっ!」
イザークがまたも押し黙った時、ディアッカが走ってきた。
「隊長! それにイザーク!」
「どうしたのかね?」
ディアッカは慌てた様子だった。理由がわからなかったバルトフェルドだが、直後に艦内に鳴り響いた警報を聞いて、目つきを変えた。
「ゲリラが、こっちに攻撃を仕掛けてきたんだ!」
「やはりか……」
バルトフェルドの言葉に、二人は驚く。
「まさか……隊長はこれを狙って?」
「思ったより早かった、と言うべきかな」
かすかに笑みを口元に浮かべて、バルトフェルドは足早にブリッジに駆け込んだ。
「ダコスタ君、敵の様子はどうかね?」
「武装車輛が4台、例のモビルスーツはいません」
通信士席のダコスタの言葉で、バルトフェルドは確信した。こちらの挑発に、連中はまんまと乗っかったのだと。
「よぉし、バクゥを出せ。向かってくる連中は、遠慮なく叩き潰すんだ」
そして振り向きざま、バルトフェルドはついでとばかり、すぐそこにいたイザークとディアッカにも言う。
「君らも、出撃の準備をしておきたまえ。もっとも、高速戦闘をするバクゥのスピードについてこられるなら、だがね」
◇ ◇ ◇
「まったく、血の気の多い奴らだ!」
再び乗り込んだゲルググのコクピットで、ジョニーは半ば怒鳴るように、いら立ちを吐き捨てる。
「愚痴を言うのは後だ! 奴らが接敵する前に追いつかねば!」
諫めるマツナガの顔にも焦りの色が浮かんでいた。
結局、あの後、メンバー内で意見が纏まることは、ついになかった。
会議は決裂し、とうとう、砂漠の虎へのリベンジに燃える若手のメンバーは、サイーブたちの制止を振り切り、ジープで突撃を敢行したのである。
その中にはカガリもいた。
いくら武装車輛とはいえ、ロケット弾ではバクゥに対しては足止め程度の効果しかない。無謀すぎる行いをやめさせようと、サイーブは急いでジョニーとマツナガにフォローを依頼したのだ。
タイミングが悪く、マリアたちはキャリー・ベースへ報告のため、基地を離れた直後のことだった。
サイーブの先導のもと、ジープより数分遅れて追いかける2機のゲルググ。
しかし、追いついた時には遅かった。すでに、バクゥが上げる砂煙が前方に見えていたのだ。
「まずい、とっくに迎撃に出てきてるぜ!」
急いで照準をバクゥに定めるジョニーだったが、頭に血が上ったメンバーは、とっくに攻撃を始めていた。
『やっちまえ!』
『俺たちの街を焼いた報いだ!』
バクゥめがけて数発のロケット弾が発射される。無論、重厚な装甲のバクゥには通用するものではない。
「バカなことはやめろ!」
ジョニーが叫ぶが、しかし、ジープからの攻撃はやまない。同時に、バクゥのモノアイが、不気味に光ったのが目に入る。
「止せっ!」
気づいたマツナガが叫んだが、止める間もなく、滑るように駆け出したバクゥの無限軌道が、一瞬で1台のジープを跳ね飛ばす。ジープは空中に浮きあがり、次の瞬間、爆発とともに黒煙が上がった。煙の中から数人の人影が砂漠に投げ出されたのが見えた。
「なんてこった!」
「これ以上はやらせん!」
ジョニーは思わず拳をコンソールに叩きつけ、マツナガはジョニーが叫ぶと同時に動いていた。推力を限界まで上げ、盾を前に構える。激突音が響き、バクゥは大きくバランスを崩した。
ビームナギナタの光が瞬き、次の瞬間、バクゥの胴体は、真一文字に切り裂かれていた。そして再び大きな爆発が起こる。
「ぐぅ、ふっ……!」
マツナガは肩で息をしていた。地球の重力下でモビルスーツのスラスターを最大まで吹かすなど、やったことがなかった。予想外のGが身体にかかり、一瞬、息ができなくなるほどだった。
「大丈夫か、おい!」
ジョニーがマツナガを呼んだが、それを遮るように、別の方角からビームが飛んできて、ジョニーは慌てて回避した。
ビームの飛んできた方向を見て、ジョニーの表情が険しくなった。レセップスの艦上に、デュエルとバスター、2機のガンダムが立っていた。
「俺たちが相手だ、
コクピットで今にも生身で食って掛かりそうな勢いでいきり立つイザーク。
「どこのモビルスーツか知らないが、やらせるかよ!」
バスターのコクピットに座るディアッカも、今回ばかりはイザークに同調していた。
不完全燃焼続きでやり場のなかった戦意。それをぶつけられる瞬間が、今ようやく巡ってきたのである。
「邪魔するな、ガンダム!」
デュエルとバスターが艦上から飛び出し、それに応じて、ジョニーとマツナガも機体を前に飛ばす。
たちまち、2機のゲルググと2機のガンダムによる、すさまじい攻撃の応酬が始まった。
バスターの砲撃を、ジョニーのゲルググが飛翔してかわし、宙がえり反転の姿勢からロケットランチャーを撃つ。デュエルがそれをシールドで防ぎ、ビームライフルを構えるが、別の方向からマツナガがビームライフルでそれをけん制する。すんでのところでデュエルがかわし、バスターが肩のミサイルを放って、再び距離を離した。
「ええい、ビームの減衰率が高すぎる!」
ディアッカは調整不足に苛立ちを隠せない。
宇宙では必殺の威力であるはずの超高インパルス砲は、砂漠の熱と空気中の水蒸気にエネルギーを奪われ、目標に届くころにはさしたる威力がなくなっているのだ。
「どうした! そのデカい砲は飾りか!」
高速戦闘慣れしているのはジョニーの方だった。機体がどの方向を向いているかなど関係なく、ありとあらゆる角度から、相手に向けた正確な射撃を繰り出してゆく。
それもそのはず、ジョニーの本場は上下左右の区別がない宇宙だ。もとより、違う方向を向いて会敵することは特段珍しくもない。それに比べれば、自分も敵もどの方向を向いているかわかる分、狙いは定めやすい。
「なめるな! ディアッカ!」
「おう!」
イザークが吠え、デュエルがビームライフルと右肩のレールガンに左肩のミサイル、バスターが両肩のミサイルランチャーを同時に発射する。数十発を優にこえるすさまじい弾幕が、2機のゲルググに襲い掛かった。
「させん!」
マツナガ機がビームマシンガンを掃射し、ミサイルを撃ち落とす。砂漠に花が咲くように、連続で爆発の炎が上がった。すり抜けた何発かのミサイルが、あわやジープに命中しそうになったが、ジョニーがシールドで防ぐ。
「こ、こいつ!」
「火力だけに頼っているようではな!」
ふたたびマツナガ機のビームナギナタが抜かれる。刃の切っ先は、接近戦には打つ手のないバスターにまっすぐ向かっていた。
「しまっ―――!」
「遅い!」
バスターが回避するより早く、ナギナタが一閃し、バスターの左腰にある超高インパルス砲の砲身を真っ二つに斬り飛ばした。
「ディアッカ!」
「余所見をしている暇はないぜ!」
気を取られたイザークの隙を見逃すジョニーではない。刹那に繰り出されたビームナギナタの一撃は、デュエルのビームライフルをこれまた一刀のもとに溶断する。
「このっ!」
イザークは反撃しようとするが、足元からのロケット弾でメインカメラの視界が遮られる。
「あいつらは……!?」
ジョニーは横目で足元の動きを見やる。
戦闘の隙をついて、投げ出されたメンバーの回収には成功したようだったが、弾薬が尽きたと見え、いくつかのジープは撤退する動きを見せているが、なおも手近のデュエルとバスターに攻撃を続けるものもいた。
「ええい、いい加減にしろってんだよ!」
少しの射線のずれが無事な見方まで巻き込みかねない状況で、ジョニーは相手からの流れ弾を防ぐので手いっぱいだった。そしてそれは横のマツナガも同じである。
「早くせねば、犠牲が増えるだけだぞ!」
マツナガは焦る。最初に無茶な機動をしたせいで、ゲルググの関節が軋みをあげている。形勢はまたしても、こちらに不利に傾きだしていた。
このままでは物量差で押し切られる。そうなれば―――。
マツナガが最悪の事態を想定したその時、コクピットにロックオン警報がけたたましく鳴る。
「しまった!」
気づいた時には遅かった。別の方向から、ザウートが、こちらに狙いを定めていたのだ。両肩の連装砲は、まっすぐこちらに向いている。
いくら堅牢なゲルググの装甲と言えど、砲撃機の直撃を同時に食らえば致命傷となる。
やられる―――!
しかし、その砲撃が放たれる前に、ザウートが爆発を起こす。別の方向から飛んできたビームが、ザウートを貫いていたのだ。
その場にいた全員が、ビームの飛んできた方向を見て、驚きの声を上げる。
「ストライク―――!」
イザークが、ひときわ憎悪の混ざった声で、白・青・赤のトリコロールのその機体を睨みつけた。
GAT-X105 ストライク。
ザフトの強奪を免れた、地球連合の試作モビルスーツ『G』最後の1機。
アークエンジェルとともに地球に逃れ、その間に積載されているはずの、モビルスーツ『ガンダム』だった。
◇ ◇ ◇
「データ、一致しました。MS-07B、宇宙世紀0079にジオン公国軍が製造した、白兵戦用モビルスーツ『グフ』で間違いありません」
艦橋のスクリーンに映し出された検索結果を、ラ・ミラ・ルナが知らせる。
「そうか……」
ゼノンは安堵とも焦りともつかない、微妙な表情のままそう言った。
キャリー・ベースは、地球連合の本拠地アラスカへ向けての航行の途上、マリアたちセカンドチームを南ヨーロッパで拾い上げていた。
再会を喜んだのもつかの間、敵として現れた「グフ」というこの時代にあるはずのないモビルスーツの存在に、全員が騒然となった。
「マリア、お前はどう考える?」
ゼノンは報告のためブリッジにいたマリアに視線をやった。
「……個人的な見解ですが……」
マリアの表情も硬かった。彼女はスクリーンから視線を外さずに言う。
「……私は、ワールドデータに異常をきたしている原因は……いえ、数ある原因の一つに過ぎないのかもしれませんが、この『グフ』という機体にあると考えます」
「やはり、儂と意見は同じか」
考えていることはゼノンも同じだった。
ワールドデータとは、言ってしまえばジェネレーション・システムに記録された世界の歴史そのものである。
歴史に存在しえない機体がそこに存在しているということは、その世界がたどるべき歴史に、何かの異常が起こっているということに他ならない。
まさに、システムのデータの中に、突如として現れたバグである。
マリアは続ける。
「ですが、それだけでは、あのグフというモビルスーツがあそこにいる理由というには不足している、と思います」
「そう考えられる根拠はあるのか?」
「……確か『砂漠の虎』を撃破すること、それが修正に必要な要件、だったでしょうか?」
「ああ」
「そうであれば、私は……わざわざ
「そうか……!」
ゼノンは頷きながら視線をスクリーンに戻した。
ジェネレーション・システムは、歴史の『記録』を集積したものである。ありとあらゆる『ワールド』、すなわち多くの世界がデータという形で逐一記録されていく。
逆に言えば、データがある以上は、その時代に存在しえないものであっても、それは疑いようのない『記録』であり、必ずどこかに出所があるということである。
すなわち、このグフという機体が別のワールドから紛れ込んだ余所者であることはもちろん、それが元の歴史からはじき出された存在であって、さらにそれがはじき出されたことで
世界の歴史は人類の歴史であり、歴史のターニング・ポイントも、必ず人類によって為されるものである。たった一人の力が、多くの人々を動かし、世界の既成概念を大きく動かしたことだってある。
だが、もし、そんな歴史の転換点に関わる人物が、その歴史から消失してしまったらどうなるだろう。言うなれば、歴史という、時間を経るごとにどんどん建て増しされていくビルのどこかにある、コンクリートの鉄筋一本を故意に引っこ抜くようなことと同義である。
それが建て増しされて間もない、即ち新しい歴史であればまだ何とかなるだろうが、基礎の部分、人類の文明の基礎を築いた部分であるとなれば話は別。ビルが傾く、つまりは世界の勢力図がひっくり返り、人類そのものがまったく異なる方向へと歩むことになってしまう。
多くの流血の上に為された革命も、希望を抱いて地球の外へと踏み出した一歩も、大衆の生活をがらりと変えた文明の開化も、すべてがなかったことになってしまう可能性だってあるのだ。
そして、マリアの疑念とは、一つのビルの歪みを補修するために、わざわざ何ともない他のビルから鉄筋を引っこ抜いて持ってくるような真似を、ジェネレーション・システムがするわけがない、という事だった。
まさか、一つの世界を犠牲にして他の世界を維持するような暴挙を、
だが、システムとは合理を突き詰めた存在であり、常に確実に、かつ冷酷に、数値と論理という究極の存在証明を持ち得るもの。
常にゼロか1かで判断を下すシステムに、人間がなることは不可能だ。ゆえに、99が100とならない限り、人間は残る1の可能性を考えてしまう。そんなごく自然な、しかし残忍なまでの真実が、今のゼノンには恐ろしく思えるばかりだった。
そして、有り得ざる、しかし否定できないその1たるイレギュラーを示す何よりの凶兆は、すでに目の前にあるのだ。
「何かが、ジェネレーション・システムに起きているのか……」
ゼノンはつぶやく。結論はすぐに出そうになかったが、それでもとれる道がはっきりしていることは幸いだった。
「
「やっていますが……絞り込むには時間がかかります。何しろ量が膨大ですから……最低でも十日はかかるかと」
手元のコンソールを睨みつけながら、ルナはそう言った。
歴史はリアルタイムで積み重なっていくものであり、人間の数だけデータがあるといっても過言ではない。それも、億や兆程度という数ですら生易しいレベルでだ。ゆえに、
「そうか……とにかく少しでも早く、出所を突き止めねばな」
すでに多くの皺をたたえたゼノンの貌であるが、その眉間にも、齢のせいではない別の皺が寄るばかりだった。
◇ ◇ ◇
「アフメド、……アフメドッ!」
砂漠にぐったりと力なく横たわる少年に駆け寄り、カガリは叫んだ。
「カ……ガリ…………おれ……」
アフメドと呼ばれた少年は、カガリを見つめ、何かを口走ろうとしたが、言葉にならず、動かなくなった。
「くそぉっ!」
カガリは拳を砂に叩きつけた。
結果から言えば、ストライクの出現により、戦局不利と見たザフト軍は撤退し、『明けの砂漠』はアークエンジェルと合流することに成功した。
撃破数、バクゥ四機、ザウート一機、ヘリ六機。戦果としてはちょうど明け始めた朝日のように輝かしく上々だが、しかし失われたものは、それ以上に大きかった。
死者は確認できるだけで九人。アフメドという少年のように五体満足でいたのは数人だけで、ジープの破片に掴まっていた左手だけが残ったのもいれば、銃のトリガーを握りしめた右手だけになったのもいた。爆発で身体が粉みじんに吹き飛ばされたり、バクゥの無限軌道に磨り潰されて人間まで入れれば、死者は二十人を下らないだろう。
アフメドと言う少年の死も、ようやくアークエンジェルと合流して、医療もそれなりのものが提供できる一歩手前でのことだった。無念にも、若き命はまるで指の間をすり抜ける砂漠の砂のように、あっけなく散ってしまったのだ。
「……ちくしょう」
ジョニーは無くなった感情のやり場を探していたが、死者が出てしまった以上、それに鞭を振り下ろすような真似は、戦士としてのプライドが許さず、結局は忌々しさと悲しみがない交ぜになった眼を向けることしかできなかった。
「助けられた……というべきか」
傍のストライクを見上げながら、マツナガはつぶやいた。すると、コクピットが開き、見覚えのある顔が出てきた。
「貴官は……!」
「お待たせしました!」
おおよそ戦場に似つかわしくないほど、底抜けに明るいその声は、忘れようもない。キャリー・ベースのファーストチームのひとり、クレア・ヒースローのものであった。
「クレアか!」
ジョニーも驚きの視線を向けた。疑問はいろいろあったが、彼女のおかげで、ザフトをどうにか退けることができたのも事実であり、何から切り出したものかジョニーが迷っているうちに、クレアを追いかけるようにして女性士官がふたりと、背の高い男がひとり、駆け寄ってくるのが目に入った。
「ご無事で何より、アークエンジェル艦長のマリュー・ラミアスです。あなた方のことは、マリアさんとクレアさんから聞いています。ジョニー・ライデン少佐、そして、シン・マツナガ大尉、ですね」
「……こりゃ驚いたな」
「なんと、貴女があの艦の艦長と……!」
ジョニーとマツナガはそろって目を丸くした。
おおよそ戦いという言葉が似合わない、優しさに溢れた女性だったのもあったが、自分たちの軍では、女性士官は数が少なく、戦艦クルーとしても通信士だったり事務職だったりと後方支援に回ることが多く、戦艦の艦長という隊をまとめる要職はだいたい男だったという事実が、驚きをさらに大きくした。
「同じく、副長のナタル・バジルール少尉です」
「俺は、ムウ・ラ・フラガ、階級は大尉。一応、この艦のパイロットだ」
凛とした雰囲気を纏うもう一人の女性士官と対照的に、二人ともっとも年齢や雰囲気が近しいその男は気さくに名乗り、同時に握手まで求めてきた。
「あ、ああ、宜しく頼む」
ジョニーは戸惑いながら、どこかぎこちなく手を握り返した。
話を聞いてみると、どうやら、マリアたちがキャリー・ベースに戻ったのと入れ替わりに、危険が迫っているという根拠もあいまいな予感がしたクレアが、他のチームメンバーを置いて一人飛び出した、というのが事の次第らしかった。内容はクレアの自己申告なのだが、時々見せる彼女の勘の良さは、すでにジョニーもマツナガもシミュレーターで体験済みであったがゆえに、妙に納得してしまった。
「間に合って良かったです!」
クレアは明るい微笑みで言った。
「ああ、お前さんがあのガンダムで駆けつけてこなきゃ、こっちが追い込まれてた」
ジョニーは頭があがらなかった。彼女の悪意ゼロの笑顔が、なおの事まぶしかった。
「しかし、よくあのガンダムを操縦できたな」
「あはは……こっちも必死だったので……」
「それについては、我々も驚いている。キラ・ヤマト少尉が組み上げた操縦プログラムはあまりにも高度で、我々では動かすことすらままならなかったのだが……」
ナタルはつとめて冷静に語っていたが、内心では動揺していた。クレア・ヒースローはコーディネイターではない。この世界でいうところのナチュラル、普通の人間なのだ。クレアの言う「必死」の一言で片づけるには事の大きさが些か不相応である。
「そのあたりは後でな。それにしてもこりゃ……やりきれないね」
「……ああ」
ムウとジョニーは周りを見て同時にため息をつく。
そこら中に転がる死体の袋と、包帯だらけの怪我人。あちこちから聞こえる呻きと泣き声。戦場と何も変わりのない惨状が広がっていた。
ジョニーは、アフメドという少年の亡骸を見る。
眠ったようなその死に顔は、少しだけ何かの無念を訴えかけているように見えた。顔は幼ささえ残っている。まだ二十年も生きていないであろうに、早すぎる死だ。
「……まだ、お前さんには未来があったはずなのに……バカなことをしやがって」
「なんだと!」
アフメドのそばにいたカガリは、その言葉に激昂し、ジョニーの首根っこを引っ掴んだ。
「これが……これがバカなことだと!?」
「無茶なことをしたから死んじまったんだろ。違うか?」
「必死で戦ってたんだぞ、皆! 護りたいものを護るために! それがバカなことだっていうのか!」
ジョニーは、食って掛かるカガリを、怒りを抑えながらあくまでも冷静にいなす。
「『虎』は、誰かを殺したのか?」
「街も、水も、食料も、何もかも焼かれたんだ! 死ねと言われてるのと同じじゃないか!」
「俺たちが助けなきゃ、死人はもっと増えてたはずだ。そもそも、お前たちが攻撃したから、こんなことになったんじゃないのか」
「それは……!」
カガリは言葉に詰まる。ジョニーの言い分は紛れもない事実だった。そして、ジョニーたちの救援がなければ、恐らく全滅は時間の問題だっただろう。
「落ち着くんだ、二人とも」
マツナガが二人を諫めようとするが、カガリの怒りはマツナガにも飛び火した。
「皆、帰るところがなくなったんだぞ! これじゃ死んだのと何も変わらないじゃないか!」
「いい加減にしろ!」
だが、次の瞬間、ジョニーから、カガリに鋭い『制裁』が飛んでいた。ついにジョニーの怒りの堰が限界を迎えたのだ。
カガリは呆気にとられた顔でジョニーを見た。彼の瞳には、死者への悲しみと、それでも戦いをやめない事への失望の混じった、まさに真紅の怒りが燃えていた。
「街は確かに燃えちまった。だが、皆生きてたんだ! なのに、避けられた戦いをむざむざ挑んで命を落とした! 助かった奴らを置き去りにして! それがバカな事でなくて何だってんだ!」
逆にカガリの首を引っ掴み、ジョニーは彼女を睨みつける。
「舐められた悔しさは分かる……けどな! 死んで守れるものが、いったいどこにあるって言うんだよ!」
殺意にも似た激しい怒気をはらんだ目に、カガリは圧されていた。
「止すんだ、ここで争っても、死者は生き返らん」
サイーブとマツナガがそれぞれ二人の肩をつかんで引き離した。
「あいつらを止められなかったのは俺の力不足だ。だがそれでも、お前たちは救助に向かってくれた。礼こそすれ、責められるいわれは無いはずだ。すまん」
「…………」
ジョニーは、まだ何か言いたげだったが、頭を下げたサイーブに免じたのかそれ以上は何も言わなかった。
握りしめられた拳は、悲しみにいつまでも震え続けていた。