異世界転生した俺が厄神様の厄になっていた件について 作:水無飛沫
厄を流さなくなってからの雛の体調は、見るからに悪そうだ。
妖怪としての役割に背いているためなのか、はたまた俺という存在が厄を溜め込みすぎた影響なのか。
厄を溜め込む厄神様と、人格を持ってしまった厄。
わけを話して、にとりに無理やり流してもらうことも可能だったろう。
けれど、それではダメなのだ。
応急的に厄は散らしたところで、雛が「厄を流さない厄神様」という存在であることに変わりはない。
この幻想郷というカラクリの内側において、雛が危険な状態にあるのは明白であった。
雛の寝室の前に立つ。
ここのところ、彼女はずっと引きこもっている。
今すぐに中に入りたい気持ちを抑えながら、扉越しに優しく声をかける。
「雛、調子はどうだい?」
「……別に」
今にも消えてしまいそうな声が、やっとのことで扉を越えてくる。
「やっぱり、俺を流さないから……」
「……関係ない、よ」
弱々しく返された言葉が、かえってその関係を肯定しているようだ。
できるだけ焦った感じが出ないように、優しい声音を心がける。
「な? 俺を流してくれ。そうしたら……」
「ダメよ。あなたはもう流さない」
この話はここで終わり、とばかりに言葉を遮られる。
「けど、このままってわけにはいかないだろ?
なぁ、雛。話を聞いてくれ」
語尾がどうしても強くなってしまう。
彼女の真意がわからない。俺を流せばいいだけの話なのに……。
「ダメよ。私には、もうあなたを流せない……」
「……雛?」
「あなたは流されている間も、意識があるのでしょう?
何百何千にも分かたれて、自らの意志とは関係なしに人々を不幸にして、たくさんの辛い思いをして帰ってくるのでしょう?
……だから、私はあなたを流さない」
静かに、けれどはっきりとした意志でもって、彼女が告げてくる。
「ごめんね……ごめんね。
私の厄なのに、ずっと辛かったのでしょう?」
そう告げる彼女の声が震えている。
……雛が泣いている。
俺なんかの為に、彼女が泣いてくれている。
あぁ、俺は一体何のために……。
もうガマンなんて出来ようはずがない。
元々実体のない俺に、扉など意味を為さない。
「入るよ」
扉の向こうに声をかけると、返事も聞かずに俺たちを隔てる板を通り抜ける。
眼を充血させた雛が、ベッドに腰かけていた。
一瞬こちらを見る雛であったが、すぐに目を逸らす。
つかつかと彼女の前に歩いていくと、俺は彼女を正面から優しく抱きしめた。
「ありがとう。けど、もういいんだよ」
親が子を説き伏せるように、優しく頭を撫でる。
「よくないわ」
雛が声を荒げる。ワガママを言う子どものように、感情的に。
流れる涙を拭おうともせずに、嗚咽交じりに言葉を紡ぐ。
「きっとこのまま、私は役割を放棄してただの人形に戻るのかもしれない。
あなたも、もしかしたら、ただの厄になってしまうのかもしれない。
間違っているのかもしれない。
けど、こうすることでしか、私はあなたに……」
不器用な娘だと思う。
いや、それは俺も変わらないか。
彼女にとって俺は彼女の生み出したモノであり、
俺にとって彼女は……
「思えばずっと、あなたは私のためだけに存在してくれていた。
だから、私もあなたの為に、なにかしてあげたかった。
けど、何をしてあげればいいかもわからないの……。
ごめんなさい」
涙ながらに彼女が告げる。
違う。俺が欲しかったのはそんな言葉じゃない。
……俺は、君に幸せであって欲しかった。笑っていて欲しかった。
完全に詰んだ。
彼女の幸せを願えば願う程、彼女を苦しめることになる。
彼女を守ってあげたかっただけなのに、
俺がしたことは結果として彼女を苦しめてしまっている。
……自我など持たなければよかった。
彼女を見守るだけにしておけばよかった。
後悔が募る。
「けど雛……俺は、君を幸せにしたいと願っている」
「誰も……そんなの頼んでない」
「あぁ、俺のワガママだ。
だから、君が抱え込むことはないんだ。
「だったら、これは私のワガママ。私はこれ以上私の為に誰かが苦しんで欲しくない。
あなたに苦しんで欲しくない」
――たとえ私が死んでしまったとしても。
小さく彼女がつぶやく。
厄を流さないことがどのような結果をもたらすか、どうやら身体で理解しているのだろう。
「……ごめん」
「どうしてあなたが謝るの?
あなたは何も悪くないわ」
「雛……正直俺は、もうどうすればいいのかわからない。
けど、このままじゃダメだ。君も、俺も、幸せにはなれない」
そうだろう? と囁きかけると、コクンと雛が首を縦に振る。
「だからさ……一緒に考えよう
もうお互い、ひとりで抱え込むのはよそう。
俺は君の厄なんだから……」
一呼吸おいて、そして俺は彼女に一つの提案をすることにした。
「だからこうしよう。問題の解決の糸口が見つかるまで…………」
* * * * *
かくして俺は今日も彼女に流される。
問題の先送り? そう言われればそうなのかもしれない。
けど、前と違うことは確かにある。
彼女がよく笑うようになった。
にとりもそれにすぐ気づいたようで、「なにをしたのさ」と目を丸くして聞いてきたぐらいだ。
「たいしたことじゃないさ」
そう言って、帽子ごしににとりの頭を撫でてやる。
一瞬だけ意外そうな顔を見せたにとりだったが、すぐに俺から距離を取って帽子の位置を直す。
「変なイタズラしなくなったのはいいけど、なんだか、それはそれで気持ち悪いね」
「まぁ、その必要もなくなったからね。
けど、して欲しければ、いつでも……」
「結構よ!」
「結構して欲しい?」
「結構って言ってるでしょ!!」
「こけこっこ?」
「こけーーーっ!!!!」
そんな俺たちを見て、雛が心底可笑しそうに笑っている。
「もうっ、本当にバカなんだからっ」
不幸は誰にも平等に訪れる。
もしかしたら、それは厄を流さなくっても変わらないのかもしれない。
だとしたら、厄とはなんだろう。
俺は、なんなのだろう。
俺は様々な人を不幸にする。
けれど、全てが悪いことばかりではない。
俺が厄である限り、何度でも彼女のもとに帰ってこれる。
「おかえりなさい」
* * * * *
「問題の解決の糸口が見つかるまで……
たくさん話をしよう。
心の距離を埋めていこう。
どんなことがあっても、俺は君に帰る。
お互いが、お互いを支えあおう。
親子のように。
……恋人のように。
これにてひとまず完結です。
長々とお付き合いいただきありがとうございました。
(1話のみのつもりだったんですorz
前編やって後編やってないやつとか、過去編とか、紫苑ちゃん編とか、
諸々まだやりきれてないことは残っているので、
折を見て書いていきます。