異世界転生した俺が厄神様の厄になっていた件について 作:水無飛沫
ザリザリと、石粉粘土を削る音が永遠と部屋に木霊している。
無心に、無我に、夢中に。
ザリザリと、男がおよそ想像しうる最も美麗な曲線を描く。
か細い呼吸も、心臓の鼓動さえも、己にとっては手を震わせる邪魔なものでしかない。
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異様な光景が工房には広がっていた。
人体を模した数多の部品がそこかしこと散乱していて、宝石のように綺麗な眼球が箱に収められ、色とりどりのウィッグがまるで壁紙のようである。
人形作家の工房である。それだけならままある光景だったかもしれない。
異様なのは、この工房の主その人である。
襤褸を纏い、やせ細った男である。
血走った眼と色濃いクマ。その顔には死相が出ていて、このままでは長くないことは誰の目にも明らかだ。
もっとも、彼を気にかけてくれる人は最早どこにも存在しなかったのだが。
……男は無名の人形作家であった。
ザリザリ、ザリザリ。
まるで命を削る音のようだ。
ザリザリ、ザリザリ。
理想の人体を生成して、繋ぎ合わせる。
それは男の人生の集大成であった。
完成するであろうその人形は、男の総てであった。
「もっと上手い生き方をしろ」
有名になった諸先輩方や後輩たちは口を揃えて男にそう言う。
売るために作れ、と言うのだ。
言いたいことは理解できる。
けれど彼には、己の理想を顕し続けるしかできなかった。
それほどまでに男は不器用で、どうしようもないほどに愚直であった。
(誰からも理解されぬのなら、それでもいい。
ままならぬものを作ったところで、なんになると言うのだ)
偏屈とも取れる言動をしているうちに、敵ばかりが多くなってしまった。
いや、彼自身、そのことにも気づかぬほどに周囲に対して鈍感であったのだ。
男は、ただ人形を生み出すためだけに人形を制作する。
そういった経緯で生まれた作品であれど、たまに貰い手は付く。
けれどもそれは労力と時間に見合った金額にはならない。
なけなしの金を得ては、またそれを費やし新たな作品を作り始める。
それが男の生活の全てであった。
質素で貧乏な生活ではあったが、男は己の境遇に満足していた。
だからだろうか。
拗らせていた風邪を医者に診てもらった時に、思いもせぬ余命宣告を貰った。
内臓がボロボロで、今すぐに入院が必要な体であったらしい。
散々身体に無理をさせてきた身だ。今更死ぬことに未練はない。
むしろ、これで生きることを気にせずに作品を作ることができると、吹っ切れてさえいた。
その日から、男は寝食も忘れて制作を続ける。
……正確には忘れたのではない、必要がなくなったのだ。
それは誰からも理解されなかった世界への反抗であり、死を前にした男の決意でもあった。
地位も名誉も金も要らぬ。
ただ、作りたかっただけなのだ。
己の頭の中にある理想を、顕現させたかっただけなのだ。
命を削れば削るほど、男の頭は明確に、明晰になる。
息を殺し、耳鳴りするほどの静寂の中に、作りたいもの、その
果たしてその人生の全てを投げうつことで、男はその理想へと近づいたのである。
それは命を賭けるに値する、と男は信じて疑わない。
誰かの価値など、なんの意味も持たない。
ただ、この人生がそれを創ることで報われるのだ。
その顔を掘り進めながらも、恍惚とした感情に支配されているのがわかる。
初めての感情に、理性が追い付いてくる。
――まるで恋のようだ。
その思考に苦笑しながらも、そうであればいいのに、と強く願う。
そうであるのなら、やはりこの子は自分の人生を賭けるに相応しい。
男は、誰からも価値を理解されない人形に、己の命をかけた。
深翠の瞳を嵌めこみ、ドレスを着せ、紅を差し、愛娘にそうするようにそっと口づける。
――愛しい娘、叶うならお前を幸せにしてあげたかった。
そう、涙ながらにつぶやくと、男の心臓は動くのをやめた。
大層幸せそうな顔であった。
男の遺体は幾日も放置されたのちに、発見された。
けれどそこに、あの人形の姿はない。
誰にも理解されなかった男の、誰にも理解されなかった理想の
ついぞ最後まで、男が追い求めたものを知る者はいなかったのである。
突然の過去話で申し訳ないです。