異世界転生した俺が厄神様の厄になっていた件について   作:水無飛沫

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【過去】人形師

 

ザリザリと、石粉粘土を削る音が永遠と部屋に木霊している。

無心に、無我に、夢中に。

ザリザリと、男がおよそ想像しうる最も美麗な曲線を描く。

か細い呼吸も、心臓の鼓動さえも、己にとっては手を震わせる邪魔なものでしかない。

 

 

*****

 

異様な光景が工房には広がっていた。

人体を模した数多の部品がそこかしこと散乱していて、宝石のように綺麗な眼球が箱に収められ、色とりどりのウィッグがまるで壁紙のようである。

 

人形作家の工房である。それだけならままある光景だったかもしれない。

異様なのは、この工房の主その人である。

 

襤褸を纏い、やせ細った男である。

血走った眼と色濃いクマ。その顔には死相が出ていて、このままでは長くないことは誰の目にも明らかだ。

もっとも、彼を気にかけてくれる人は最早どこにも存在しなかったのだが。

 

……男は無名の人形作家であった。

 

ザリザリ、ザリザリ。

まるで命を削る音のようだ。

ザリザリ、ザリザリ。

理想の人体を生成して、繋ぎ合わせる。

 

それは男の人生の集大成であった。

完成するであろうその人形は、男の総てであった。

 

「もっと上手い生き方をしろ」

 

有名になった諸先輩方や後輩たちは口を揃えて男にそう言う。

売るために作れ、と言うのだ。

言いたいことは理解できる。

けれど彼には、己の理想を顕し続けるしかできなかった。

それほどまでに男は不器用で、どうしようもないほどに愚直であった。

 

(誰からも理解されぬのなら、それでもいい。

ままならぬものを作ったところで、なんになると言うのだ)

 

偏屈とも取れる言動をしているうちに、敵ばかりが多くなってしまった。

いや、彼自身、そのことにも気づかぬほどに周囲に対して鈍感であったのだ。

 

男は、ただ人形を生み出すためだけに人形を制作する。

そういった経緯で生まれた作品であれど、たまに貰い手は付く。

けれどもそれは労力と時間に見合った金額にはならない。

 

なけなしの金を得ては、またそれを費やし新たな作品を作り始める。

それが男の生活の全てであった。

質素で貧乏な生活ではあったが、男は己の境遇に満足していた。

 

だからだろうか。

拗らせていた風邪を医者に診てもらった時に、思いもせぬ余命宣告を貰った。

内臓がボロボロで、今すぐに入院が必要な体であったらしい。

散々身体に無理をさせてきた身だ。今更死ぬことに未練はない。

むしろ、これで生きることを気にせずに作品を作ることができると、吹っ切れてさえいた。

 

その日から、男は寝食も忘れて制作を続ける。

……正確には忘れたのではない、必要がなくなったのだ。

それは誰からも理解されなかった世界への反抗であり、死を前にした男の決意でもあった。

地位も名誉も金も要らぬ。

ただ、作りたかっただけなのだ。

己の頭の中にある理想を、顕現させたかっただけなのだ。

 

命を削れば削るほど、男の頭は明確に、明晰になる。

息を殺し、耳鳴りするほどの静寂の中に、作りたいもの、その(かたち)が見えてくる。

果たしてその人生の全てを投げうつことで、男はその理想へと近づいたのである。

 

それは命を賭けるに値する、と男は信じて疑わない。

誰かの価値など、なんの意味も持たない。

ただ、この人生がそれを創ることで報われるのだ。

その顔を掘り進めながらも、恍惚とした感情に支配されているのがわかる。

初めての感情に、理性が追い付いてくる。

 

――まるで恋のようだ。

 

その思考に苦笑しながらも、そうであればいいのに、と強く願う。

そうであるのなら、やはりこの子は自分の人生を賭けるに相応しい。

 

男は、誰からも価値を理解されない人形に、己の命をかけた。

 

深翠の瞳を嵌めこみ、ドレスを着せ、紅を差し、愛娘にそうするようにそっと口づける。

 

――愛しい娘、叶うならお前を幸せにしてあげたかった。

 

そう、涙ながらにつぶやくと、男の心臓は動くのをやめた。

大層幸せそうな顔であった。

 

 

 

 

 

 

男の遺体は幾日も放置されたのちに、発見された。

けれどそこに、あの人形の姿はない。

 

誰にも理解されなかった男の、誰にも理解されなかった理想の(フィグーア)

ついぞ最後まで、男が追い求めたものを知る者はいなかったのである。

 

 

 






突然の過去話で申し訳ないです。
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