魔装竜外伝 完全版   作:◆.X9.4WzziA

11 / 25
3. 紅涙の章(1)

 それからしばらくの間、ギルガメスの過ごした日々は何とも穏やかなものであった。彼が「ああ、これが平和というものなのか」と実感したのは、きっと生涯はじめてのことに違いない。何しろ家出してから先日の真夜中の死闘をくぐり抜けるに至るまで、死神の影が常に背後から伸びてくるような毎日であった。

 あの夜以降、さすがに緊張感をどこかに置き去りにできるほどではないが、少年の迎える「今」はこの上なく落ち着いている。

 

 昼頃になってブレイカーが目覚め、首をそっともたげてみると、若き主人が女教師にサポートされながら黙々とストレッチをこなしている姿が視界に入った。穏やかな光景に優しき深紅の竜は安心した。あいにくの曇天だが、主人が汗をかくことは必定なのだから、陽射しは抑えめなのが良い。

 少しだけ違うのは、彼らの外周を物々しい金網が囲んでいること。腹ばう竜の胸くらいの高さしかないが、目的は野次馬が彼らに近付くのを防ぐためにあった。

 ここはとある試合場の外に用意された控えの広場。地方の試合場では格納庫などなく、試合に参加するゾイドは屋外で待機となる。ただし狂信的なファンだけは厄介なので、このように金網を設けているのが普通だ。

 そう、今日は試合の日なのだ。深紅の竜ブレイカーとその若き主人ギルガメスの日頃の練習成果を披露する大事な日ゆえに、彼らは朝から試合場に乗り込み、この控えの広場にて待機しているところだ。

 ブレイカーたちを取り囲む金網の向こうにも、そろそろ野次馬が見物に訪れはじめた。彼らは賭けの対象となるゾイドやパイロットの出来をチェックしに来ているのだ。……金網の向こうでは、品のない笑いとともにこちらを値踏みする話し声が聞こえてくる。

「今日のジェノブレイカーはまた元気なさそうじゃないか」

「猫をかぶってるんだよ、あれでも」

 勝手に言ってろと、竜はため息をついた。

 優しき竜からすれば、刺客さえ混じっていなければ割とどうでも良い連中ではある。今日は幸い、竜の視界に怪しい奴は見当たらないし、エステルがさり気なくサングラスをかけ直す振りをして様子をうかがうこともほとんどない。

 それより気になるのが我が主人のコンディションだ。少し首を傾げた深紅の竜は、主人の身体の調子もさることながら、一心不乱に練習に取り組む様子に見入っていた。何しろ最近の主人は頼もしく思える。ここのところずっと見受けられた、どこからか狙撃でもされるんじゃあないかといった過度の不安感からは解放され、余裕が感じられるようになってきた。ゾイドの幸福が食べること以外にもあるとすれば、それは今かなり満たされているはずだ。

「おはよう、ブレイカー」

 相棒の起床を察知したギルガメスはすぐに挨拶をした。優しき竜もまた甲高く鳴いて返事をすると、ストレッチが終わる頃合いを見計らって、巨大な顔をぬっと師弟の前に近付ける。

 先に立ち上がったエステルは微笑むと、この愛嬌ある竜に告げた。

「じゃあお願いね」

 深紅の竜は待ってましたとばかりにひと鳴きする。彼女は竜の左脇に置かれたビークルの方へと向かっていったが、少年の方は遅れて立ち上がると相棒に「いくよ」と一声かけて、地面に両手をついた。

 少年は竜の方に向かって逆立ちした。決して上手ではないことは、きれいに伸び切らない背筋やふらつく身体を見れば明らかだ。だが竜の方はそこを問題とはしていない。

 竜は大きな口をほんの少し開けると、空を向いた少年の足を軽く噛んだ。そのままゆっくりと巨大な顔を持ち上げ、やがて静止する。ヘビやトカゲが舌を出したような面構えは中々滑稽だが、静止とともに少年が両手を後頭部で組み一気呵成に腹筋運動を開始すると、金網の向こうではどよめきが聞こえはじめた。こうやって人とゾイドが戯れあうように練習する姿は案外、珍しいものだ。

 少年の腹筋運動は五十回ほども繰り返された。それが終わると竜はゆっくり頭を降ろす。

 だらりと伸びた少年の両手が地面について再び逆立ちの姿勢になると、両足を竜がくわえたままの状態で、彼は身体の向きを百八十度回転させた。再び竜が顔を持ち上げれば、少年が今度は背筋運動に転じたのは言うまでもない。

 ブレイカーにギルガメスの準備運動のサポートを一部任せたのは女教師エステルの発案だ。心配性の竜を気遣ってのことだが、金網の向こうの観客へのアピールも高いと見た。人気が高ければ沢山の観客が賭けてくれる。それで興行の主催者もエステルたちも潤うわけである。

 背筋運動が終わり、少年が天地を戻すと今度はキャッチボールだ。スイカ大のボールを竜がくわえて投げ、少年が受け止めると金網の向こうでは甲高い笑い声が聞こえてきた。少年よりもずっと幼い子供たちの無邪気な声だ。竜の方もそれを意識してか、妙な変化球を返しはじめる。

「ブレイカー、もう少し優しい球を投げてよ!」

 苦笑しつつ少年が訴えると、いたずらっぽく鳴いた竜が一層怪しい球を投げ返すのはお約束だ。もっとも、それでもどうにか少年が受け止められるのは、彼らが毎日のように練習しているからである。

 金網の向こうで見ている野次馬たちも、彼らの練習風景を和やかに見ていた。ただ、少しずつざわめきが聞こえはじめたのもまた事実だ。

 キャッチボールが佳境を迎えたところで、エステルが声を掛けた。

「支度、できたわよ!」

 彼女のかたわらには薄いマットが数枚に渡って敷き詰められている。そして既にワイシャツの袖をまくり上げていた彼女の右手にはあのゾイド猟用のナイフが鞘ごと、そして左手には両端を布で覆った一メートル以上もある杖が握られている。彼女が布の部分を長い指で弾くと、パンと気持ち良い音が聞こえた。

 これは武術の練習に使う道具で「空気警杖」などと言われるものだ。両端の布袋は中にゴムチューブが仕込まれてあり、目一杯空気を詰め込むのである。これで殴ってもそれほど痛くはない。長さの種類があって、短いものは「空気剣」と呼ばれる。

 戦乱に明け暮れた惑星Ziでは、兵士の訓練中の事故を減らすためにこういった道具の改良も進んでいた(例えば銃の練習ならペイント弾の使用は当たり前だ)。軍人及び志望者は例外なく教練で空気剣・空気警杖などを取り扱い、武術を学ぶ。

 ジュニアハイスクールの体育の授業でも空気剣などを使った科目はある。だがゾイドウォリアーを目指していたギルガメスにはほとんど縁がなかった。ゾイドの操縦をはじめとした取り扱いをひたすら勉強するため、授業に組み込まれなかったからだ。彼もまさかこういう形で取り扱うことになるとは思わなかった。

 さてエステルの姿を見たブレイカーは嫌いな料理を食卓に並べられた子供のようにやけに低く、か細く鳴いた。それを見たギルガメスは苦笑しつつ、最後の一球を投じた。

 

 心優しき深紅の竜が不満を表わしたのは、これからはじまる師弟の練習が中々に過酷だからである。

 ギルガメスが特訓の末「魔装剣」を会得し、強敵を倒したあの夜が開けると、彼はすぐエステルに懇願した。

「武術を教えて下さい。もっと強くなりたいです」

 途端に斬りつけるようなまなざしが、円らな瞳の奥底にまで届く。しかしそこから湧き出る輝きは、好奇心がしばしば宿らせる浅薄さのない、凛としたものだった。

「せっかくナイフを持っているんだものね」

 エステルは穏やかに微笑むと、短剣術を教えることを約束したのである。……それ自体はブレイカーも不満はないのだが、こうした経緯で追加された練習メニューは優しき竜を毎日ハラハラさせた。

 マットの上で、女教師の号令のもと少年は鞘を被せたままのナイフを縦横に振る。この辺は素振りだからまあ良い。これが女教師の持つ空気警杖への打ち込みに変わり、仕上げに彼女が「さあ、どこからでも打ち込んできなさい」と言い放つ。それだけのことでマットから離れて見ていた竜は肩をすくめた。

 空気警杖をまるで長剣のように中段に構えた女教師の姿を目の当たりにしたとき、少年はハッと息を呑んだ。……ここ一ヶ月ばかり毎日のように見ているはずなのに、だ。すらりとしなやかなたたずまいに忍ぶ一抹のやわらぎ。突けばくずおれてしまいそうな妖しさをただよわせる。

 ギルガメスは我に返った。円らな瞳はうかつにも、ワイシャツのボタンを外した襟から見える、そこそこ広がる白い素肌に釘付けになっていた。自分より頭一つ高い彼女の、サングラスの下に隠れる瞳に視線を移すと、叫んで迷いを打ち払う。

 元気良く突っ込んでいく少年の五体を、女教師は軽やかにかわす。打ち込み、振り切ろうとする鞘入りのナイフはことごとく空気警杖によって弾かれ、捌かれ、おまけに一撃、また一撃と少年の頭や脇腹に打突が命中する始末。

 パン、パンと、拍手のように軽快な音が響くたび、深紅の竜はうなだれ、顔を背け、しまいには両手で目を覆う。この練習に限っては主人に良いところが全くない。

 既に野次馬の声もすっかり聞こえなくなっていた。そもそも通常のゾイドウォリアーたちの練習とははるかに異質の光景であり、その上やけに鬼気迫る。彼らは金網の向こうで食い入るように見つめていた。

 十何度目かの転倒を乗り越え起き上がった少年は、既に肩で息する状態だ。それでもなお大声を上げて闘志を奮い立たせると、鞘入りのナイフを中段に構えたまま猛然と突っ込む。

 ところがその視界から、標的たる女教師の姿が忽然と消え去った。……それは錯覚だ。彼女は身体一つ分ほど右へとずらし、すれ違うように抜けていったのだ。

 ハッと息を呑んだ少年は、すかさず背後を振り向く。ナイフを構え直そうとする。

 だが彼が振り向いたとき、強敵は既に振り向き、余裕の表情で構え直していた。

「『残心』、少しは板についてきたわね」

 彼女はにっこり微笑んでつぶやくと、軽快な音とともに少年の頭に突きを一発、お見舞いした。

 ここで不意に、アラームが鳴り響いた。エステルの右手にくくられた腕時計型の端末が制限時間の終了を告げたのだ。

 ギルガメスは何とも悔しそうな顔をすると、あお向けで大の字に倒れた。

 エステルは苦笑を禁じ得ず、口元を長い指で覆った。短剣術を教えはじめてまだ一ヶ月ほどにすぎないにこの悔しがりようだ。もっとも、これくらい意地っ張りでなければ今まで出くわしてきた困難に立ち向かうことなどできやしなかったであろう。

 金網の向こうでは押し込められていたため息が漏れはじめた。ギルガメスは多くの観戦者に囲まれていたことにようやく気付いたが、さして気にも止めなかった。もっと見て欲しいものはこのすぐあとに、控えているのだから……。

 女教師は愛弟子の肩口に立って右手を差し伸べる。すると突然、師弟を影が覆った。深紅の竜が長い指を伸ばして若き主人につかまるよううながしたのだ。女教師には逆らえない竜の、これが精一杯の抵抗だ。

 ギルガメスも相棒の気持ちはよくわかるし、申し訳ないと思う。彼は右手でエステルの手を、左手でブレイカーの爪をつかんでひょいと腰を持ち上げた。

 

 すり鉢状の斜面を飛び越え、ブレイカーは試合場に降り立った。桜花の翼をひるがえし、軽やかに着地しただけで斜面の上に築かれた防護壁からは圧倒的な歓声がこだまする。

 すると自らの胸元に、やや違和感を感じた。どうしたのかとブレイカーは鼻先を寄せてみる。

 胸部コクピット内ではギルガメスがタオルで何度も汗をぬぐっている。先ほどの練習で彼は相当汗をかいたが、どうも今かいている汗の種類はそれによるものだけではない。異様な緊張感が少し、彼のリズムを揺さぶっているようだ。

「大丈夫だよ。落ち着いていこう」

 若き主人は相棒の様子に気付くと天井を見上げ、笑顔で応える。

 違和感がやわらいだ。どうやら言葉通りのようだ。深紅の竜が安心したそのとき、試合開始のブザーと割れんばかりの歓声が頭上に響き渡った。若き主人は一転、眉間にしわを寄せて叫ぶ。

「ブレイカー、いくよ!」

 若き主人のひと声とともに、深紅の竜は疾走を開始した。蹴り込むたびに土砂がしぶきのように跳ねて散る。

 向こうからは首と尻尾のやけに長い象牙色の雷(かみなり)竜が、悠然と立ちふさがる。マメンチサウルスだ。四本の足を一歩また一歩踏み込むたび、試合場の固い地面がひび割れる。……体格だけ取ってみてもブレイカーと互角以上。その上首も尻尾も胴体ほどの長さを備えているのだ。

 ブレイカーも決して気圧されなどはしない。六本の鶏冠を、桜花の翼を目一杯広げ、怒涛の肉迫。忍び寄る影のように低く這って試合場を駆け抜けると、右肩から渾身の体当たり。

 割れんばかりの轟音とともに、ブレイカーの右肩はマメンチサウルスの左足を正確に捉えた。瞬間、深紅の竜は上目遣いで相手の様子をうかがう。……この巨大な相手は物理的にも精神的にも全くびくともしていない。それがすぐに見て取れたから、竜はひと吠えしつつぶつかった肩を軸にして、すり足で右へ左へと身体を揺らす。

 マメンチサウルスは忌々しげに、まとわりつく深紅の竜をその左足で蹴り払う。

 すかさず、右にそれた深紅の竜。雷竜の左脇腹に回り込めたかに見えたが、不意に襲いかかる威圧感に思わず顔を見上げる。

 酒樽のような胴体の前後から生えた二本の鞭。いや、これは何とも長い首と尻尾だ。二本の鞭はまるで巨人の両手のように振り上げられる。

 太い鞭が一瞬青空を覆い隠す。すぐさま叩き込まれる袈裟斬りは、尻尾の一撃。

 地を蹴って間一髪、真後ろに下がる深紅の竜。足元に落ちた地響きが亀裂とともに竜の爪先を追いかける。

 すかさず今度は長い首が、草薙の払い。さらに大きく下がる竜に、浴びせかかる砂の波濤。

 押し流されるように跳ねて退き、追いすがる銃弾をも振り切ると、ようやく深紅の竜は四つん這いに息を吐きつつ象牙色の雷竜をひとにらみ。

 胸部コクピット内でも、若き主人は大きく深呼吸を繰り返すばかりだ。マメンチサウルスは巨体とは裏腹に器用な技を繰り出してくる。正真正銘の強豪だな、と彼は内心舌を巻いた。

 今日の対戦相手はゾイドウォリアー・ギルドから指名してきた強豪である。というのもゾイドバトルの試合の方はしっかり勝ち続けてきたギルガメスたちに「新人王戦に出る気はないか」とギルドの方から声が掛かったのだ。

 話を聞いたギルガメスはすぐさまエステルに「出たいです、お願いします!」と懇願した。新人王戦は参加できるだけでも相当な栄誉だ。それはつまり、故郷に戻るに相応の結果を出したことを意味する。

 エステルは快諾した。これだけの結果を出したならば愛弟子も胸を張って家族や友人・知人の前に立つことができるに違いない。それがずっと気掛かりだったのだ。ジュニアトライアウト不合格、そして家出……彼が背負い込んだ悔しい経験と、それがために心の奥底にきっと溜め込んでいるに違いないさまざまな負の感情を、可能な限り解消できるチャンスがようやく到来した。

 だがギルドは一つだけ、条件を付けてきた。それが今日の試合だ。ギルドの指名する強豪を倒せば晴れて新人王戦に参加できるのである。

 全方位スクリーンの左方にもウインドウが開き、今にも身を乗り出さんばかりの女教師を映し出す。幸い、サングラスも取らず、怒りに打ち震えたりもしていない。まださほどの危機には達していないに違いない。

「ギル、ギル、聞こえて?

 体当たりからの仕掛けが上手くいかないならね、もっと相手の動きを見なさい。色んな角度からね」

 角度と言われ、ギルガメスはなるほどと思った。だが言わんとすることを咀嚼(そしゃく)しようとする間にも、マメンチサウルスは太く長い首を槍のように伸ばして突っ込んでくる。六本の鶏冠が一杯に開き、蒼い炎を吹かせつつ、ブレイカーは地を蹴り跳ねてかわす。傍目には防戦一方に見えるのか、試合場を囲むすり鉢のへりの上ではため息が漏れる。

 さらにさらに、大きく間合いを離す深紅の竜。その胸元で、若き主人は指示を送った。

「ブレイカー、先生の言う通りだ、もっとよく見ながら立ち回ってみよう」

 己が胸元をちらりと見た深紅の竜は、小気味良く鳴いて了解の意志を示した。

 その間にも、マメンチサウルスは槍のごとき首を伸ばして突っ込んでくる。桜花の翼を水平に広げつつ、深紅の竜はひらりと左へ抜けてかわす。

 有利、あるいは好機と見たか、雷竜の巨体は土煙を上げて急停止とともに、長い首で薙ぎ払う。遅れず地を蹴り、時計回りに逃げる深紅の竜。

 ……ここでもう一歩踏み込めば、雷竜の右脇腹に潜り込めるのではないか。だが少年はすぐさま首を横に振る。もっともっと、相手の動きを良く見るんだと、気持ちもレバーもグッと抑え込む。

 果たしてマメンチサウルスの動きが一瞬止まった。

 まるでお見合いでもするかのような数秒間。それが少年にはひどく長く感じられる。

 やがてマメンチサウルスは、ゆっくりと正面を向き直しにかかった。

 この間に、少年はもしや、と閃きのようなものを心に得た。

(このゾイド、実はふところ辺りが一番得意な間合いなんじゃあないのか。だから僕らが飛び込んでくるのを待ったんだ)

 彼が額の汗を右手の甲で拭うと、磨かれたかのように額の刻印が輝きを強めた。

「ブレイカー、吠えて! そして……」

 うながされた深紅の竜は、ぐっと腰を落とし地の底からにらみつけるような低い姿勢で吠え立てた。

 マメンチサウルスは一瞬、驚いたがすぐさま首をまっすぐに伸ばす。槍のごとき首で迎撃するつもりだ。

 深紅の竜は両翼の先端を前方に向けた。同時に双剣が展開されて、己が頭部を覆う。六本の鶏冠の先端から蒼い炎が噴き出し、全身の突起から火花が吹きこぼれる。

 その様子を身を乗り出しながら見つめていたエステルは、不敵な笑みを浮かべた。サングラスをかけていなかったら凍えるまなざしも相まってきっと見る者全てを大いに戦慄させたに違いない。

「面白いことを考えるわね。いいわ、やってご覧なさい」

 岩盤が砕け、土が爆ぜる。向かい合う、槍と剣。

 雄叫びとともに、二つの得物が交叉、激突。地響きと、しびれるような風のうねりが絡み合う。

 反動で両者がわずか胴体一つ分ほど離れたとき、旋風と化したのは深紅の竜であった。

 既にマメンチサウルスは尻尾を真上に振り上げていた。万全の、迎撃態勢。

 だがその下を、深紅の竜は反時計回りに振り向きざま、地を蹴り飛び込んでいく。

 雷竜の尻尾をくぐり抜けつつ、雄叫びとともに深紅の竜が繰り出したのは、尻尾の回し打ちだ。

 しなやかな鞭のような一撃は、鋭い金属音とともに雷竜の左脇腹を捉えた。と同時に、深紅の竜の巨体は雷竜の後ろ足にもたれかかる。密着。この強敵のふところと言える間合いよりも、さらに深く。

 大きく体勢を崩すマメンチサウルスの巨体。後ろ足を蹴り込んで深紅の竜を遠ざけようとするが、その後ろ足自体を深紅の竜はがっちりと抱え込むと、左右に揺さぶり。

 象牙色の雷竜はついにバランスを崩して横転した。好機の到来に吠える少年。額の刻印も一層まばゆく輝く。

「ブレイカー、魔装剣!」

 深紅の竜は雷竜の後ろ足を抱え込んだまま、首を仰け反らせる。頭部の鶏冠が前に倒れて短剣と化すと、解き放たれた弓のように首を、身体をしならせる。

 短剣は雷竜のももの付け根に食い込んだ。装甲の隙間から光がほとばしる。

「1、2、3、4、5……これでどうだ!」

 少年の合図とともに短剣を引き抜いた深紅の竜。ガッチリつかんでいた雷竜の後ろ足を突き放し、真後ろに飛び跳ねて間合いを取る。

 よろめきながらも立ち上がろうとした雷竜。立ち上がりながら向こうで仁王立ちする深紅の竜をにらみつけようとするが、ぐらりと体勢を崩すとそのまま横倒れとなった。……凄まじい地響きだ。振動に足を取られぬよう、深紅の竜はぐっと腰を落とす。

 ここで試合終了を告げるブザーが鳴り響いた。次いで割れんばかりの歓声がすり鉢状の試合場にこだまし、ブザーの大音響をかき消す。

 てん末をじっと凝視していたエステルは、ふうと大きくため息をつきつつビークルの座席に腰をおろすと、腕を組み右手で頬杖した。気がつけば口元はほころんでいる。

(ふふっ、教えた甲斐があったわね)

 振り向きざま放った尻尾の回し打ちは、まさに残心からの一撃そのものだ。短剣術の修行自体はまだまだはじめたばかりだが、その極意は早速少年の役に立ったようだ。女教師はそれが本当に嬉しかった。だがそれは今だけは、割とどうでも良いことに違いない。……ビークルのコントロールパネルを長い指でいじると、モニターは狭いが案外と明るいブレイカーの胸部コクピット内部を映し出す。

 ギルガメスは何度も肩で息をしながら、やがて凝視していた全方位スクリーンの真っ正面から目をそらし、低い天井を見上げた。

 目頭は熱い。だが涙はこぼれなかった。何しろ今まで辛かったことが全て吹き飛んだかに思われたのだ。しかもそれは、これからも続いてくれるだろうという希望に満ちあふれた未来の到来にさえ感じられた。嬉しい、嬉しい。この狭いコクピット内を出たら、その気持ちを相棒や憧れの女性とともに分かち合いたい。そう心から願った。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。