魔装竜外伝 完全版   作:◆.X9.4WzziA

16 / 25
3. 紅涙の章(6)

 それ以降も紆余曲折はあったものの、少年主従は着々と勝利を重ねていった。丘の上に陣取り近付く敵を迎撃するという作戦は、初戦のような強豪に挑まれたら中々うまくはいかないが、雑魚と言える相手ならそれほどの損傷も疲弊もせずに倒すことができたのである。

 ただ、時間が経過すれば話しは別だ。次々に相手を倒せばそのうちに、視界には見えなくなる……彼らはどこかにいるはずなのに。試合場を駆けめぐり、しらみつぶしになって相手を見つけ出してはどうにか倒していく。結局は、損傷や疲弊を免れることはできない。

 さてギルガメスは、何度も、何度も気力を奮い立たせて気の遠くなるような戦いに臨んだ。……その証は、相棒たる深紅の竜ブレイカーの足元に散乱する鋼鉄の爪や装甲の断片を見れば明らかだ。一方、竜自身の装甲には若干の傷や焦げ痕こそあるものの、致命的なものは見当たらない。少年の小さな身体にはいくつもの打ち身の傷が再現されてはいるが、幸い出血までには至らなかった。

 少年主従は、いまだ勝ち残ったまま。彼は座席の下からタオルを取り出して汗をぬぐい、息を整える。全方位スクリーンの向こうでは、グスタフが台車を引っ張り横切っていき、数匹のゴーレムがあとに続く。台車の上には大破した名もなきゾイドがうつ伏せで搬送されていた。頭部のハッチは開けっ放しだが、パイロットの生死までははっきりしない。深紅の竜は遠ざかっていくのをじっと待ちつつ、身体を震わせて雪を払った。

 ギルガメスはちらりと、右方のウインドウを見やる。……既に試合開始から二時間は経過した。そして百二十チーム表示していた表は、いまや三チームしか表示されていない。そのうちの一つ、自分の欄に目を移す。勝利数、三十一。こんなにも倒したのか。

 無理矢理に去来するさまざまな思いを、少年は首を左右に振り回して断ち切ると、天井を見上げて相棒に着替えたいという旨を伝えた。声に応じてハーネスが持ち上がる。彼は汗で濡れたTシャツを取り替え、タオルで手早くぬぐうとすぐさま座席下部から替えのTシャツを引っ張り出し、襟を通す。

 ハーネスが再び少年の身体を固定したとき、表のうち一つが消滅した。決勝の相手が、確定した。その名前は見ていないが、勝利数は少年主従と同じ三十一ということを確認している。驚くべきことに、この二チームで試合参加ゾイドの半数以上を倒したのだ。

 表を消してと、ギルガメスはささやく。もう、これに意味はなくなった。

 右方のウインドウが消失すると同時に、今度は左方のウインドウが開く。……エステルが、サングラスを外すとまなざしを細めた。その表情に偽りはない。あのような初戦を迎えたら、簡単に心が折れるのではないかという危惧があった。だが彼女の誇る愛弟子は胸を張り、その相棒は毅然とした態度で雪が降り積もる大地に立っている。こんなにも嬉しいことはない。

「すごいわ、ギル。よく頑張ったわ。……あと、もう一息よ?」

 ギルガメスは口元をほころばせ、無言でうなずく。ああ、もっと間近で見たいと彼は願う。

 そのときのことだ。全方位スクリーンの左上に鳥瞰図のウインドウが開いた。辺りの地形を表示し、猛然たる勢いで突っ込んでくる白い光点を明らかにする。師弟はまたたく間に眉間にしわを寄せた。

 低く構え直した深紅の竜。桜花の翼を水平に広げ、重いうなり声とともに、降りしきる雪の彼方をじっと見つめる。

 小刻みに雪を踏み締める乾いた音とともに、彼方から現れたゾイドはギルガメスの円らな瞳を一層丸くさせた。我が相棒と同様、翼を背負っている。ただし、あっちは四本足で走っている。それも随分細く、引き締まった足だ。それゆえに、このゾイドが相棒より上背があるのは間違いあるまい。そしてやけに長い頭部のてっぺんには鋭い一本角が伸び、両翼の下には長い槍のような大砲がそれぞれ取り付けられている。

「オルディオスなんて、はじめて見た……」

 ため息混じりでギルガメスはつぶやく。図鑑でしか見ることができそうにないゾイドだから無理もあるまい。だがそいつは童心に返るべき対象ではない、紛れもない敵だ。

 少年が気を引き締めようと、両手で自らの頬を張ろうとしたそのときのことだ。

『フフフ、どうやら勝ち残れたようだな』

 年不相応にしわがれた声とともに、全方位スクリーン右方に開いたウインドウ。そこには昨日の前夜祭でラマスに襲撃されたギルガメスを助けた、あのやせこけた若者が映し出されたではないか。パイロットスーツにヘルメットという出で立ち。されど汗も浮かべず、呼吸に乱れも一切ない。

 だがこの瞬間、少年はもっと別の現象に気がつき、素っ頓狂な声を上げた。相手の声が、姿が、通信によって送られ聞こえているではないか。選手同士の通信が発覚すれば八百長と見なされるのに……!

 師匠の方は無表情を装ったが、すぐさま周囲を見渡す。……キャノピーの向こうには分厚いコートを着た報道陣がビークルをぐるりと取り囲んでいる。外側からはこちらの様子は見えないし防音も完璧なはずだが、今一度それをかいくぐるような怪しい道具を用意されていないか確認せぬわけにはいかない。

 若者は師弟の気持ちを見透かしたように薄く笑う。

『水の軍団の通信技術は完璧だ。審判団にも傍受されない、安心したまえ。

 先ほど、ラマスの死亡が確認された』

 少年は声を失った。覚悟はしていたが、いざ聞かされると驚きが否応もなく反芻される。だが若者の続く言葉に、少年は怒りで反芻を振りほどいた。

『アーミタ出身者はまだまだいるが、残る危険人物は君くらいだろう、ギルガメス』

「なぜ故郷の人たちまで手に掛ける! 僕一人で十分だろう!?」

 若者は首を横に振った。

『君は勘違いしている。報復などというセンチメンタルな動機で水の軍団は動かない』

 怒りで我を忘れそうだった少年は、そのひと言に首を傾げることで、どうにか踏みとどまった。呼吸を整える代わりに慎重に言葉を選んで、ゆっくりとした口調で問いかけるが。

「他に……他に、理由があるというのか?」

『フフフ、君もゾイドウォリアーなんだろう?』

 それきり、ウインドウは閉ざされた。白馬オルディオスは低くいななくと、右の前足で地面を削りはじめる。

 ギルガメスも真意を理解した。両腕のレバーをゆっくり倒せば、ブレイカーもより低く構え、じっと雪の彼方をにらみつける。

 雪原が、爆ぜた。反時計回りに駆ける竜と白馬。一気に離れる両者の間合い。泡立つ白波のごとく次々と爆ぜ飛ぶ雪がその軌跡を描く。

 その最中、深紅の竜は桜花の翼を水平に広げつつ、背負いし鶏冠を目一杯に広げると蒼き炎を吹かせ、一気の加速。駆ける軌跡は涙滴を描き、終点めがけて突っ走る。

 一方竜の真っ正面には、同じように怒涛のごとく雪原を駆ける白馬が迫ってきた。少年は、目を剥いた。見た目にも、この白馬オルディオスの足は速い。下手をすれば、我が相棒のそれを上回っている……!

 桜花の翼より双剣、展開。深紅の竜、肉迫。右か、左か。少年は迷わず決断する。

「翼の、刃よ!」

 際どく右へと逸れる深紅の竜。すれ違いざま左翼の双剣で斬りつけんとするその向こうで、いななく白馬。次の瞬間、頭頂より生えた一本角が曇天を照らすほどまぶしく輝く。

 白馬の外周を、取り囲むように突如ほとばしったそれは、無数の落雷。

 交叉した二匹。白馬はそのまま何百メートルも一気に疾走、間合いを離してのち振り返る姿は悠然ですらある。

 対する深紅の竜も同様の勢いで突っ走ったものの、途中で雪原めがけて頭から突っ込んでしまった。巨体が積雪を削り飛ばし、深々と溝を作る。

 水平に伸ばしたはずの桜花の翼は、への字をかたどるように先端を重ねている。……落雷などという他に例を見ない攻撃に対し、深紅の竜はとっさに両翼を頭上にかざして、どうにか防いだ。だが代償も大きい。急な動作の変更はバランスを崩し、前のめりに突っ込む原因となった。しかし、真のダメージはそこではない。

 左肩を突き抜ける、強烈なしびれ。少年は歯を食いしばる。全方位スクリーン左下にウインドウが開き、ワイヤーフレームで構成された相棒の全身図が表示された。背中の左側、翼の付け根辺りが「修復中」の文字とともに白く点滅。

 現実の、竜の左翼の付け根は煤け、ところどころ電流が弾け、うねっている。竜は左翼に首を傾けながら付け根ごと翼を盛んに揺さぶり、感覚を確認するばかりだ。

「落ち着いて。大丈夫、大したことないよ」

 ギルガメスは相棒と自分自身に言い聞かせた。しびれただけだ、自分がシンクロの副作用で痛み苦しむほどの感覚は十分に残っているのだから、修復完了までしばらくの我慢だ。そう、冷静に分析しかけたところで、開いたのが全方位スクリーン左方のウインドウ。エステルが血相を変えて叫ぶ。

「ギル、逃げて!」

 深紅の竜めがけて、急迫する白馬。真横を横切らんとするのを、竜は四肢をバネにし跳ね飛んで横転、さらに横転。すんでのところでかわしてみせる。

 歯を食いしばるギルガメス。たびたび繰り返された相棒の横転が、シンクロによって彼自身の左肩にもダメージを与えているが、どうにか、どうにか耐え忍んだ。そこで再度開かれた全方位スクリーン左方のウインドウ。

「良いわ、ギル。このまま一旦……」

 言いかけたエステルは、すぐさま声色を変えた。

「左にそれて!」

 両手を舵に、雪原を払って進路を変える深紅の竜。

 そのすぐ右を、二本の電光が駆け抜けた。猛烈な勢いは、深紅の竜を何度も横転させる。どうにか腹ばいとなったとき、竜は電光が刻んだ軌跡をにらみつける。少年はそのありさまに呆然となるばかり。

 一メートルほども降り積もっていたはずの大地は、人の身長ほどの太さはある二本の道が刻まれ、岩盤まで削り取られていた。この暴力的な二本の道は曇天の覆い被さる地平線の辺りまで深々と刻まれ、ところどころ炎と煙が上がっている。

 ギルガメスのうめき声は腹の底から絞り出すようだ。

「なんだよ、これ……」

 彼が声に出したとき、一瞬だが全方位スクリーンが極彩色に彩られた。少年は相棒が強烈な怒りを発していることを瞬時に感じ取った。

 だがその一方で、少年の脳裏は同時に、強烈な既視感に襲われた。これほどまでに深くえぐられた地面を、少し前に見たではないか。

「アーミタを……アーミタを、襲ったのもあんたなのか!?」

 返事などあるわけがない。決戦前の通信は水の軍団の技術力によって実現したものだ。会話をするには相手側から通信を仕掛けるしかない。

 一方、左方のウインドウに映るエステルは虚を突かれたように切れ長の瞳を見開いていた。……白馬オルディオスの放った電光は、まさしく荷電粒子砲だ。もはやレギュレーション違反どころの話しではなく、文字通りギルガメスとブレイカーを「殺しにきている」のだ。

 だからエステルは、意を決して叫んだ。ビークルの外周を囲む報道陣は、異変を察知して次々にカメラを、マイクを向ける。だが今の彼女にはにらみ返すより優先すべきことがある。

「ギル、今は忘れなさい!」

「でも……」

「来るわよ!」

 仁王立ちの白馬。両翼の下に取り付けられた槍のような大砲の先端から光の粒がこぼれ出し、一気に解き放たれる。深紅の竜はすかさず雪原を蹴った。そのすぐ後ろを横切る電光。竜は風圧に吹き飛ばされながら、どうにかかわす。

 白馬は竜の立ち回りに合わせてジリジリと向きを変え、すぐさま次の発射。先の一発による風圧で吹き飛ばされ、着地して腹ばいになった深紅の竜に、立ち上がって地面を蹴るほどの余裕はない。六本の鶏冠を逆立て、蒼き炎を噴出。腹ばいのまま地面を滑って間一髪の回避。際どい竜の立ち回りをあざ笑うかのように、白馬はいなないて疾走に転じる。

 ギルガメスは全身を固定するハーネスを押しのけんばかりに前のめりとなった。間合いを、何とかして離さないといけない。だがそのためには、相棒を立ち上がらせる必要がある。神速をもって鳴らす魔装竜ジェノブレイカーの移動速度も、結局は圧倒的な脚力による助走がなければ凡百のゾイドと同等に成り下がる。

 若き主人は焦った。それが視野を一層、狭くさせる。女教師の絶叫ではじめて状況の激変を理解するほどに。

「そっちは駄目、駄目よ! 回り込まれてるわ!」

 そう怒鳴られてようやく円らな瞳が動いたとき、少年は流れ出る汗が凍りつくような錯覚を覚えた。正面から左・四十五度の方角に、どんと仁王立ちする白馬。すかさず電光が解き放たれる。

 あわててレバーを捌く少年。横転する深紅の竜。その頭上を幾条もの電光が抜けていく。

 受け身を取り、あお向けになって元の腹ばいの姿勢に戻ったとき、深紅の竜は一瞬、ガツンと奥歯を噛んだ。右手はそっと、胸部コクピットハッチに添えている。竜は次いで、左手の側を一瞥する。……左の肩と、ももの装甲が、ドリルでもかすったかのようにきれいにえぐられている。

 ハッチの中は、阿鼻叫喚の一歩手前だ。

 ギルガメスは苦悶で泣き叫びそうになるのを、歯を食いしばってどうにかこらえるばかり。さっき取り替えたばかりの真っ白なTシャツは、左肩が朱に染まっている。ももは膝下丈のズボンがにじみ、袖の下から血が流れてきた。シンクロの副作用は容赦なく彼を処断する。

 少年は全方位スクリーンの左方を苦しげににらんだ。……既にその向こうには映し出されていたのだ。いななく白馬が雪を巻き上げ、迫ってきている姿が!

 白馬は頭上の角を高々と振り上げた。曇天を照らす一本角。たちまち幾本もの落雷が解き放たれ、己と竜とを取り囲む。

 亀のようにうずくまった深紅の竜。桜花の翼も六本の鶏冠も折りたたんでこらえたそのとき、竜は頭上に殺気を感じた。振り降ろされた鉄槌。正体は白馬の蹄(ひづめ)。

 一撃、また一撃。そのたび深紅の竜は身をよじらせてかわす。容赦ない白馬の鉄槌。振り降ろすだけでは飽き足らず、右へ左へと蹴り込みをくわえる。

 容赦ない蹴り込みが、竜の巨体を文字通り転がしはじめる。……若き主人は流血に顔を歪ませながら、己のボサ髪があらぬ方向へと投げ出されはじめたことに気がついた。事態の度重なる急変は焦りを通り越し、底知れぬ絶望感を彼に与える。いつの間にか、彼の相棒はあお向けの状態にひっくり返されているではないか。ゾイド最大の弱点である、腹部をさらけ出した状態だ。

 絶好のチャンスとばかりに、早まる鉄槌の速度。乱れ打ちだ。

 両腕で懸命にブロックする深紅の竜。その間にも、ギルガメスは何とかレバーを捌いて打開を計ろうとするが、事態は悪化するばかり。焦燥、憔悴。円らな瞳は涙で一杯だ。

「ギル、ギル、聞こえて?」

 女教師エステルは努めて落ち着いた口調でなだめにかかる。戦況は不利だが、これで決着してしまうほど致命的な状態ではない。こういうときはパイロットに平静を取り戻させるのが先決だ。そう、彼女は心に念じてモニターの向こうに映る円らな瞳をじっと見つめるが。

 少年の視線は定まらない。まずい。自ら平静に立ち返ることもできないのか?

 このとき、モニターの向こうに見えた奇妙な現象が映し出された。全方位スクリーンのそこかしこに走る、不自然なノイズ。ブレイカーの頭部にさしたる損傷は見られないのに、この嫌らしいノイズは増殖するアメーバのように全方位スクリーンを取り囲んでいくではないか。

(何でこんなときに……!)

 エステルは自らの額に長い指を当てた。たちまちまばゆい刻印を宿し、モニターの向こうを一層食い入るようにのぞき込む。

「ギル、ギル、聞こえて!? ギル、ギル!?」

 声を張り上げる。切れ長の蒼き瞳は見開かれ、刻印の輝きを追いかけながら射抜くようにきらめいた。

 

 ギルガメスはいつの間にか、自分が真っ暗闇の中に立っていることに気がついた。つい先ほどまで、自分はゾイドバトルの試合中だったはずである。それも新人王戦の決勝戦だ。……大苦戦。それでもどうすれば打開できるのか、苦しい中で色々思案していたのである。だからこの暗闇はどうしたことかと首をひねった。

 もしかしたら、死の淵に立たされているのではないか。だが、さほどの感情も抱かないのだから不思議なものだ。

 すると暗闇の向こうに、灯りが見える。それが一つ、また一つ。寄り集まって、何やら行列をかたどっていく。姿も形も見えないのに、それらがまるで手招きしているように彼は見えた。彼は、既に確信していた。そこに父や母が、弟や妹が歩いているのだ。ああ、みんなが呼んでいる。

 少年は駆けようと試みた。しかし、と我に返る。身体が動かない。懸命にもがいたものの、灯りの列は離れていくばかり。焦る少年。

 ところがそのとき、ふと額がやけに熱くなった。まるで陽射しを受けるようだ。それとともに、耳元に走る豪雨のような雑音。

 ……いや。彼は耳を澄ます。雑音に混じって、声が聞こえる。

 このうっとうしい雑音をかき分け、何とかして伝え届けようと試みているようだ。凛とした女声には聞き覚えがある。

 どこだ、どこから発しているんだ。暗闇の中をもがいたとき、突如真っ正面から降り注がれたそれは、青白い輝き。額が一層、熱さでうずく。ためらわず、少年は右手を伸ばした。

 

「ギル、ギル、聞こえて!?」

 我に返ったギルガメス。……額が、熱い。刻印の青白い輝きは、この狭いコクピット内をまんべんなく照らすほど増大している。

 伸ばした右手のすぐ向こうには、全方位スクリーン左方に開かれたウインドウが映し出されている。指先は大声を張り上げる憧れの女性の頬に触れるかのように見えたものだから、少年はあわてて手を引っ込めた。前のめりになった彼女の額にも、刻印の青白い輝きが宿っている。

 エステルは、我に返った愛弟子の姿に安堵の笑顔を見せつつも、すぐに次の指示を送った。

「そいつの後ろ足を蹴りなさい!」

 少年は目を見張った。この強敵の後ろ足はいま、どこにあるのか。……×の字に交叉しつつ覆い被さる白馬オルディオスの後ろ足は、相棒ブレイカーが蹴りを放てば十分、届く位置にある。

 鋭い爪先の蹴りを、白馬の後ろ足・ふくらはぎめがけて一発、もう一発。驚いた白馬は巨体をすくめ、よろめいた。一瞬、止まった鉄槌の攻撃。

 深紅の竜はすかさず桜花の翼を、六本の鶏冠を広げ逆立てる。噴出する蒼き炎。よろめきから体勢を戻さんとする白馬を尻目に、あお向けのまま雪の白波を上げての滑空。速度は大して出ないが、間合いが離れればそれで十分だ。己が数匹分ほども離れるとすかさず横転、深紅の竜は立ち上がると雄叫びを上げた。

 竜の立ち位置は白馬から見て左四十五度の位置。真っ正面に立たんとじりじり旋回しようとした白馬に遅れることなく、その位置関係を維持してみせる。

 白馬は旋回をあきらめたのか、すぐに立ち止まった。これだけ近い間合いでは、細かな動きは二本足の深紅の竜が有利だ。

 この間に、息を整えようとするギルガメス。肩を何度も上下させ、スクリーンの向こうをにらむ。にらみながら、全方位スクリーン左下に開くウインドウを一瞥。

 ワイヤーフレームで描かれた相棒の姿には「修復中」の文字が二つ、増えていた。

 少年は傷を負った左肩、そしてももを一瞥。彼は己が胸元をつかんで誓った。

「ごめん、ブレイカー。本当に、ごめん。

 今度こそ、君のために戦う」

 すると全方位スクリーン左方のウインドウが開き、元の落ち着き払った表情に立ち返るエステルの姿を映し出す。

「よく言ったわ、ギル。いい? 合図したら……」

 深紅の竜ブレイカーは依然、左四十五度の位置を維持し続けている。

 白馬オルディオスはちらり、ちらりと首を傾ける。じれはじめているのは瞭然だ。五秒、十秒…….

 雪が、爆ぜた。舞い落ちる綿雪を押し返すように。

 離れた、間合い。お互い、弧を描くように。

 その間に竜はちらり、首を傾けていた。白馬の翼の隙間に光の粒が、夜光虫のように集まっているのが見える。次いで、翼の下の槍のような大砲が輝きを帯びていく。

 解き放たれた電光。又しても幾条もの傷跡を地面に彫り込んだところで、白馬は辺りを見回した。

 傷跡を消さんと綿雪が地道に降り積もっていく中、動くものは己だけ。

『どこへ消えた、魔装竜ジェノブレイカー、ギルガメスよ』

 白馬を駆る水の軍団の戦士もまた狭苦しいコクピット内を見渡す。そこに据え付けのモニターの一つが鳥瞰図を浮かべ、赤い光点を指し示した。彼はやせこけた自らの頬をなでると、すぐさまレバーを捌いた。

 深紅の竜が目指していたのは手近な丘だ。蒼き炎を鶏冠より吹かし、近くで見上げれば曇天を隠すだろうその丘めがけて突き進む。

「三発が、限界なんですか?」

 肩で息をしながら、どうにか会話に臨むギルガメス。円らな瞳に輝きは失われていない。それがエステルには頼もしかった。だが切れ長の蒼き瞳は普段通りを装ったまま、彼女は説明する。

「そのようね。

 しかも『走りながら』でなければ粒子を集めることができないみたいね」

 その役割は白馬オルディオスの翼が担っている。ブレイカーに対抗できる脚力を持つこのゾイドは、しかしながら走ることに特化しているため、粒子を吸入する大規模な装置を備えていない。だから三発撃ち切ると一旦間合いを離して、その間に粒子を吸収していたのだ。

 だが、接近自体がそもそも困難であるため翼を破壊するのは容易ではない。師弟のひねり出した作戦は一体どういうものなのか……。

 白馬がたどり着いたそこは、行き止まり。真っ正面には小高い丘がそびえている。傾斜こそ緩いが、この降雪だ。駆け上がれば簡単に足を取られる。ところがその頂上より、こだました雄叫び。

 深紅の竜が、翼も鶏冠も目一杯に広げて吠え立てている。

 水の軍団の戦士は一瞬、首をひねった。傾斜には足跡一つない。だがすぐに、宿敵がそこにいる理由を理解した。

『そうか、飛んだのか……』

 一方、ギルガメスは呼吸を整えながらじっと待った。荷電粒子砲を避けるに十分な距離は稼いだ。あとはここから落下しながら、解き放たれる電光を避けて急迫するのみ。

 地上なら左右にしかかわせない。だが空中なら……自在に飛べる深紅の竜なら、立体的に、縦横無尽にかわしながらこの強敵のふところに飛び込めるはずだ。彼はささやく。

(ブレイカー、準備は良い?)

 相棒は自分の胸元をちらりと見て小気味良くささやき鳴いた。同時に、全方位スクリーン左下のウインドウが開く。

 ワイヤーフレームで構成された相棒の全身図が表示され、損傷していた相棒の背中の付け根、左肩、そしてももに「修復率50%」のメッセージが指し示されている。さらに詳細なデータに目を通す。傷口はまだ治っていないが、体液である油の流出はどうやら完全に遮断できたようだ。

 少年はにっこり微笑みうなずくと、意志強く全方位スクリーンの彼方に映った強敵をにらむ。それとともに青白い輝きをほとばしらせる額の刻印。レバーを握る両手に力がこもる。

 深紅の竜、跳躍。背負いし鶏冠より蒼き炎を彗星のごとく吹かせて。

 白馬は、三たびの仁王立ち。

 解き放たれた電光。急迫するそれに合わせて、竜も急上昇。蒼き炎は綿雪の弾幕に逆らうように曇天を駆け上がる。電光を振り切る様子は怒涛の中から躍り出る水鳥のようだ。

 そこへすかさず、二発目が追いかける。少年は全方位スクリーンをにらみつけた。……よく、見える。集中の上に集中を重ねた今の少年の円らな瞳は、電光の軌跡に慣れはじめている。

 だからこの二発目が、ややうわずり気味なのもはっきりと見抜いた。彼はすかさずレバーを押し込む。

 螺旋を描くように舞い飛ぶ深紅の竜。電光のすぐ下をくぐってかわす。師弟の思惑通り、今まで困難だった上下の移動で鮮やかに、かわし続けている。

 竜は半円を描いた辺りで、くるくると胴体が回転し出した。不慣れな動作ゆえにバランスを崩したのだ。

 ギルガメスは歯を食いしばった。元の体勢に戻さんと両手を突っ張る。

 目一杯広がった桜花の翼。すぐさま止まった回転。

 必死の操縦が続くが、少年は額の刻印に続き、円らな瞳がらんらんと輝きを帯びてきた。もう一息だ、あと一発だ。

 まるでその隙を狙うかのように、遅れて放たれた三発目。

 一層まばゆく、矢のように長く吹き出た蒼き炎。今度は再び潜る水鳥のように、一気に深く、低く深紅の竜ブレイカーは高度を下げる。すると鶏冠や尻尾の先端を、かすめるように電光は抜けていった。そのまま、最大限に吹き出る蒼き炎。

 白馬オルディオスの方も、黙ってはいない。前足を大きく振り上げ、地面に叩きつける。雪原が、王冠のように爆ぜた。同時に翼をはばたかせ、雄々しく跳躍。

 桜花の翼で頭上を覆った深紅の竜。目前には一本角を振りかざした白馬が迫ってきた。

 曇天に、響き渡る轟音。墜落していく二匹。大地に弾け、舞い上がる雪の波。

 竜も白馬も、腹ばいになって着地。間合いは、再び離れた。

 先に立ち上がったのは深紅の竜ブレイカーだ。両手を、そして桜花の翼まで地面に叩きつけて曇天に吠え立てると、猛然と突っ込む。荒波のように爆ぜる積雪。

 遅れて立ち上がった白馬オルディオス。長すぎる足は走るのには都合が良いが、体勢を戻すには少々不利だ。だがその欠点をとっくの昔に承知していたかのように余裕綽々、姿勢を戻すと頭上の一本角を天にかざした。たちまちふりそそぐ落雷の雨。

 深紅の竜は桜花の翼を高々とかざし、頭部を隠しながら怒涛の疾走。落雷は翼の曲面に流され、虚しく地面に突き刺さる。

 ついに白馬の真っ正面に躍り出るや、竜は両翼をひるがえす。双剣、展開。機先を制する雄叫びを浴びせつつ。

「エックスブレイカー!」

 落雷を断ち切り、白馬オルディオスの首の付け根を切り裂く双剣の十字斬り。

 渾身の二連撃に白馬はこらえ切れず、いなないた。その合間をかいくぐって、竜の頭部の鶏冠が前に倒れて短剣と化す。

「ブレイカー、魔装剣!」

 首をひねり、勢いよく叩き込む。

 つい先ほど切り裂いた首の付け根の傷口めがけ、短剣が放り込まれる。

「1、2、3、4、5……これでどうだ!」

 傷口よりほとばしる輝き。

 白馬は首を振り上げ、いななきながら落雷の檻を滅茶苦茶に放つが、それも深紅の竜が短剣を引き抜いてから数秒も経ずして収まった。と同時に、白馬は二、三歩前に進んだが左足を滑らせ、真横に倒れた。爆ぜた雪は深紅の竜にも返り血のようにべたりべたりと飛び散る。

 ギルガメスは天井を見上げながら、何度も口で息をし続けていた。全方位スクリーンの向こうでは、先ほどまで敵であった鉄のかたまりに雪が降り積もりはじめている。そこにふと、奇妙な感触が胸を刺激した。

 相棒が右手で、自らの胸部コクピットハッチを握りしめている。優しい感触が伝わってくる。少年もまたすっかり汗だくになったTシャツの上から胸を握りしめてやる。

 すると全方位スクリーン左方にウインドウが開いた。憧れの女性が、嬉しげにも、また悲しげにも感じられる微妙な、ただとても穏やかな表情でささやいてくれた。

「お疲れさま」

 エステルは「おめでとう」とまでは言う気にはなれなかった。すぐあとに起こる出来事は想像がついていたからだ。

『ギルガメスよ、見事だ……』

 あの、しわがれた声だ。師弟がカッと目を見開く。

『約束通り、教えてやる。

 刻印を持つことは危険だ。可能性は、全て摘まねばならんのだ。それが、我らの使命……。よって、アーミタは水の軍団本隊が潰した。

 いつか君たちを倒す勇者が現れることを信じて! 惑星Ziの、平和のために!』

 翼をひるがえした深紅の竜。少年は円らな瞳を伏せる。

 爆発、炎上する白馬の成れの果てを背負いながら、深紅の竜は雪原を蹴り進む。……結局は、こういう結末を迎えるのか。

 暗然となった少年。今一度、すがるようにTシャツの上から己が胸をつかむ。

 荒い呼吸。激しい鼓動。それもこれも、もう既に自分一人のものではないはずだ。そしてそうでなければ、ここまで戦えなかったはずだ。ならば、ならば。

 全方位スクリーン左方のウインドウは、そっと閉じられた。……閉じた本人は、ビークルの座席に腰をおろすと特大のため息をつき、額に指を当てた。狭い室内をまばゆく照らす刻印の輝きが徐々に失われていく。

 数々の困難をくぐり抜けた我が愛弟子を、彼女は誇りに思う。だが帰還したら、どんな言葉を投げかけてやるべきなのか。

 彼女は思案しているうちに自然とため息を漏らしてしまった。単純に強さを讃えるだけの一面的な言葉は、かえって彼を傷付けてしまうのではないか。多感な少年を真にいたわる方法は当面、彼女の悩みの種だ。

 

 金髪銀瞳の美少女は、この一部始終を最後までモニターに釘付けになって見つめていた。既に紅茶も菓子も全て切れていた。その隣りでは、ドクター・ビヨーと呼ばれた白衣の男がずっとかしこまっている。

 ふと美少女の金髪が揺らいだ。白衣の男は背筋が凍りつく。

「面白かったぞ、ドクター・ビヨー。なるほど、確かに我が婿に相応しい。

 不満は沢山あるが、なに、一つ一つ教え込んでやる」

 そう告げると、彼女は再び舌舐めずりをした。白衣の男には、それが獲物を狩る野獣のそれに似すぎているように見えて、戦慄するよりほかない。

 だがこの直後に彼女が告げた言葉に対し、白衣の男はのどから心臓が飛び出るのではないかというくらい驚愕した。そして言葉の意味を理解したあとで、文字通り頭を抱えることとなったのである。

「せっかくだから、唾をつけておこうか、フフフ。……カエサル!」

 美少女の足元にまとわりつく影の中から、鋭い閃光が浮かび上がった。

 広々とした来賓室に少女の高笑いが響き渡る。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。