魔装竜外伝 完全版   作:◆.X9.4WzziA

19 / 25
4. 紅蓮の章(3)

 疾風迅雷とも例えられるのがゾイド同士の戦いであるとするなら、その中に割って入らんとする青い獅子ブレードライガーの足取りはあまりにも緩やかである。しかしながら、その全身から解き放たれたる威圧感は圧倒的だ。時間が止まる。無数の竜たちが繰り広げる激闘の瞬間が、たちまち蔓延する超重量級の空気によって、一気に押し潰されていく。

 その一方で、ギルガメスの背筋に走る悪寒「だけ」は、止まらない。およそ殺気などという生優しいものを超越したこの空気は、彼に恐怖への屈服を強いるものだ。

 ところがそのとき、少年の胸の辺りを電気のような感覚が駆けめぐった。思わぬ出来事に、彼は我に返る。

 深紅の竜ブレイカーは、己が胸部コクピットハッチに右手を被せていた。主人の精神状態が心配なこの優しき竜は、そうすることで自らの気持ちを伝えようとしているのだ。そこに気付いたとき、少年はようやく、己がまずやらねばならないことがあると悟った。

「ブレイカー、ごめん。大丈夫、大丈夫だよ」

 己自身にも相棒に対してもそう呼びかけながら、ギルガメスも上半身を覆うハーネスの間に右の手の平を潜り込ませて撫でさすり、必死に呼吸を整える。徐々にだが、悪寒は弱まってきた。

 さて銀色の竜ゴドスの群れは、一斉に槍の穂先をひるがえした。標的は青い獅子に変わったのだ。束ねられた長剣の隙間がまばゆく輝き、かくして次々に解き放たれた光の槍。

 まぶしき槍衾(やりぶすま)は、緩やかな青い獅子をまたたく間に呑み込んだ。雷(いかずち)が血流のごとく弾け、あまりのまぶしさに少年は思わず顔を伏せる。全方位スクリーンの輝度がすぐさま抑えられるとともに、恐る恐る顔を上げる。目前に広がる光景に、彼は声を失った。

 至るところに弾ける電流。ヘビのようにのたうち回り、空気を焦がす。そしてそれらを従えるように、ただよう土ぼこりの中から現れたのは、黄金色に輝く矢尻の姿。……青い獅子ブレードライガーの全身を、光の壁が覆って矢尻のような形状を作り上げているのだ。獅子の巨体にまとわりつかんとする電流のヘビは、ことごとく光の壁に阻まれ、弾け飛んで消滅していく。

 戦慄の余韻はすぐさま、かき消された。銀色の竜たちは我先に地面を蹴り込み、長い槍を両手で抱えながら突進の開始。辺りを覆っていたはずの積雪は、既に一連の攻防による圧倒的な熱量によって溶け出し、至るところが雪解け水の染み込んだ泥の地表を露にしている。竜たちが勢いよく地面を蹴り込むたび、入り交じった雪と泥が跳ねて散る。

 そのありさまを尻目に見ていた少年主従。彼らに向けられていた殺気が彼方へと向かっていった頃合いを見計らったかのように。

「今のうちよ」

 全方位スクリーン左方にウインドウが開き、女教師エステルが逃走をうながす。ハッと我に返ったギルガメスは、すぐさまレバーを捌きにかかった。彼を脅かした悪寒の方も、ひとまず落ち着いている。少年は今一度己が胸に手を当て、深呼吸を繰り返した。

 深紅の竜はビークルを右手に抱え直し、左手を地面に突きながら恐る恐る、立ち上がる。姿勢さえ戻せれば、あとは地面を蹴り込むだけ……そのはずだった。

 不意に後方で、雄叫びが、金属の砕け散る音が響き渡る。虚を突かれたギルガメスは、円らな瞳を血走らせて振り向いた。応えるように、竜はちらりと左方に首を傾ける。

 ゾイド同士の戦いとしては何とも凄惨極まりない光景が、そこでは展開していた。

 再び悠然と歩き出した青い獅子。全身を囲う光の壁はぼんやりと消失していく。そこに雪と泥を巻き上げつつ群がり、コの字の陣形で取り囲もうとする銀色の竜たち。それぞれが抱える長い槍は、剣を束ねたような穂先がドリルのように回転。竜たちは白波のごとく疾走を開始。

 地響きが空気を震わせ、またたく間に包囲が狭まる。槍の穂先は次々に、この思わぬ侵入者の巨体に突き刺さった。……誰の目にも、そのようにしか見えなかった。

 槍の穂先が捉えたのは、残像とでも言うべきものにすぎなかった。穂先同士がぶつかり合い、鐘をぶちこわしたかのような金属音を立てたとき、青い獅子は竜たちの視界から一瞬消え去るほど、高く跳躍していた。銀色の竜たちは、すぐさま虚空を見上げて強敵を視界に捉えんとする。

 だがそのときまでには、舞い上がった青い獅子の姿はまぶしき陽射しの中に溶け込んでしまっていた。それでも竜たちの何匹かは勇猛果敢にも槍の穂先で天を衝こうと試みるが。

 続けざまに、束ねた新聞紙を引き裂くような音が響き渡る。巨体をこの星の重力に委ねた青い獅子は、竜たちの頭上すれすれにまで落下したとき、なでるように左の前足を払った。……傍目には無造作極まりないこのたった一撃によって、竜たちの頭部はまとめてオレンジ色のキャノピーを砕かれた。破片が、機械類の残骸が、そして肉塊が無惨に舞い散る。

 残虐とは裏腹に、青い獅子は羽毛のように柔らかく着地する。残る竜たちはすぐさま散開し、長い槍を次々に突き立てんと打って出た。

 青い獅子は軽やかに巨体をひるがえす。背負いし黄金色の二本太刀が羽根のように胴の横に広がり、辺りにかまいたちの結界を作り上げた。……それだけで十分だ。竜たちの頭部を覆うキャノピーを、次々に叩き割る二本太刀。ぐしゃり、ぐしゃりと異様な音を立て、様々な破片が飛び散っていく。

 コクピットという司令塔を失ったゾイドの最期は悲惨だ。大抵はその瞬間、どうすれば良いのかもわからず右往左往するもの。しかもこの場合、それぞれが長い槍を持った実に危険な状態でぶつかり合うのだ。

 銀色の竜たちは次々に、互いを串刺しにしていく。鳴り止まぬ金属音、そして断末魔。

 遠目に咲いた残虐の花々に、ギルガメスは一瞬、心ならずも心を奪われていた。……青い獅子の繰り出す攻撃の数々は外道のひと言に尽きる。だが何らのルールも存在しない殺し合いの場において、コクピットの破壊、そして同士討ちの強要という行為に特化したその立ち回りこそは、ある意味で技術的美学の結晶と言うに相応しい。少年の健全な精神が容赦なく揺さぶられる。

「ギル!? どうしたの、急いで!」

 ウインドウが目一杯開き、エステルが今にも中から飛び出さん勢いで怒鳴った。我に返った少年はレバーを握り直し、両肩をいからせる。

 攻防を尻目に、地を蹴った深紅の竜。背中の鶏冠が目一杯に広がり、先端より蒼き炎を吹き出す。ビークルはしっかりと抱きしめ、全速力の逃走開始。

 その間にも銀色の竜たちを次々に仕留めていった青い獅子。ぐいぐいと遠ざかっていく深紅の竜に気がつくや、踏ん張るように身構える。背中を覆う装甲らしきものがバネ仕掛けのおもちゃのように跳ね返り、先端より銃器が露出された。銃撃、数発。

 不意の衝撃に師弟が悲鳴を上げる。深紅の竜はビークルをかばいながら前のめりに倒れ込んだ。……青い獅子は銃撃でも正確極まりなかった。光の弾丸は深紅の竜の尻尾に見事、命中したのだ。

 衝撃はハーネスで固定されたギルガメスの小さな身体をも激しく揺さぶった。彼は唇を噛み締めて、一瞬鈍った己が判断を反省しつつ、すぐさまレバーを捌いて相棒に再度の起立をうながす。

 はるか後方では、生き残った銀色の竜たちが次々に跳躍し、憎き青い獅子めがけて長い槍を振りかぶった。またもや巨体をひるがえす青い獅子。飛び掛かってくる竜たちをかわしつつ、その頭部コクピットを二本太刀で切って捨てると、おもむろに身構え、全身を強張らせた。

 光の壁が、たちまち獅子の全身を覆い尽くす。竜たちとその残骸めがけて無造作にぶつかっただけで、銀のかたまりはまとめて跳ね飛ばされ、互いを串刺しにし、砂利でもかき集められたかのように寄せ集められていく。

 そこに、先ほどの銃撃だ。

 既に残骸と化した竜の身体からは大量の油が流出している。そこに火花が引火するだけで十分と言えた。

 鉄のかたまりはまたたく間に炎上し、いまだゾイドとして機能しているものまでもが炎に包み込まれていく。辺りでバチバチと音が鳴る。竜たちの全身に取り付けられた銃器に込められた爆薬が、相次いで引火しているのだ。

 繰り返される小爆発。鉄のかたまりが煤のかたまりに変貌するまでどれほどの時間が必要かわからぬが、もはや過程を追うのは無意味だった。地獄絵図をしばらく凝視した青い獅子はおもむろにきびすを返す。

 その彼方に、ビークルを抱えたままどうにか立ち上がった深紅の竜ブレイカーの姿が見えた。悠々と、青い獅子は歩き出す。

 ブレイカーは低い姿勢で身構えると、かすかにうなる。取るに足らぬ相手なら大喝してふんぞり返るだろうこのゾイドが、この青い獅子に対しては臆病なまでに慎重である。

 ギルガメスはいぶかしんだ。と、胸の奥底に、尋常ならざる負の感情が流入してくる。同時に、再び全方位スクリーンが極彩色に彩られた。奇妙な色彩は激流のようにうねっている。

(なんだろう、これは)

 怒りとも悲しみとも知れない感情は急激に肥大し、その上で感情の爆発を抑え込んでいる。

 少年は深々と呼吸を繰り返した。自らにも、そして相棒にもよく聞こえるように、リズムよく息を吸いそして吐いてみせる。そうすることで、お互い落ち着きを取り戻そうというのだ。先ほど相棒が少年を落ち着かせたように、今度は少年が相棒をなだめようとしていた。

(大丈夫だよ、大丈夫だよ)

 そう呼びかけると、徐々に極彩色のうねりが弱まり、元の全景を見せるスクリーンへと戻っていく。流入する負の感情にも一応の歯止めがかかったようだ。ひと安心したギルガメスは全方位スクリーン左手のウインドウに向かって話しかける。

「先生、ごめんなさい。今さら、逃げるなんて……」

「さすがにこの間合いでは無理ね」

 エステルは苦笑した。彼女は続ける。

「でも、そういうことを考えられるのは、少しは進歩したのかしらね」

 にっこり微笑む。この緊迫した局面にはおよそ似つかわしくない優しい笑顔。

 少年は少し、安心した。とにかく、ここをどうにかしよう。だがそんな彼の思索は問答無用で妨げられた。

 突如、激しいノイズがコクピット内部にけたたましく響き渡る。あまりの音量に肩をすくめたギルガメス。ノイズに続いて、地の底からささやくような笑い声が聞こえてきた。案外可愛らしい、少女の声だ。……しかしながら、柔らかな声質はかえって少年の耳にまとわりつく。

「アハハ、まことに『千年前もギルガメス、千年後もギルガメス』だな。

 魔女の業は深いのう」

 ギルガメスの背筋に戦慄が走った。少女の言葉が何を意味するのか全くわからない。だが絶妙なタイミングで師弟の会話に割り込んだ上に、まるで憧れの女性の秘密を知っているかのような口ぶりだ。

 一方、エステルの方は切れ長の蒼き瞳をカッと見開き叫んだ。文字通り、血相を変えたと言っていい。少年は意表を突かれた。こんなにも余裕を失った彼女の表情など見たことがない。一体どうしたというのか。

「音、切って! 切りなさい!」

 あわててコントロールパネルをいじるギルガメス。ところがノイズは鳴り止まない。ブレイカーの方は困惑のあまり頭部を揺さぶるが、それしきのことで事態は何も変わりはしない。

 彼らの動揺を見透かしたかのように、少女の笑い声が再び響き渡る。続いて放たれた彼女の言葉に、少年は目を剥いた。

「ギルガメスよ、エステルは『美味かった』か?」

 わずかな言葉の意味がわからず、ギルガメスの思考回路は一瞬だが停止した。美味しい、という言葉の意味するものが彼の脳裏によぎったとき、彼は著しく頬を紅潮させた。

「ふざけるな!」

 猛り狂ったという例えが相応しい。怒りのあまり唇をわななかせている。これほどまでに激怒した少年の表情は、きっと優しき相棒にも憧れの女性にも見せたことなどあるまい。

 一方、少女の声はギルガメスの怒りと、それとは裏腹な事実を察知してか、軽い驚きの色をにじませる。

「驚いた。あの売女が何もせずに放っておくとはな」

 声とともに、青い獅子は着々と歩を進めて間合いを詰めてくる。既に両者の間合いは五百メートルを割り込んだ。二百メートル……深紅の竜十匹程度分の間合いに達するまで時間の問題である。

 すると全方位スクリーン左方のウインドウの向こうでは、目配せする女教師エステルの姿が映し出された。

「突っ込むとき、ビークルを脇に放って」

 深紅の竜ブレイカーが突撃すべく地を蹴ると同時に、両手に抱え込んだビークルを脇に投げ飛ばせというのだ。二手に分かれさえすれば、二対一かつ遠距離攻撃による援護で相当有利になる。

 ギルガメスは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐにうなずいた。彼女の操縦技術ならば何の心配もいらない。あとは、どのタイミングで突っ込むべきかだ。

 青い獅子が歩を止めた。瞬間、訪れる静寂。何か、策を弄するというのか。少年はいぶかしむ。

 すると獅子の頭部を覆うオレンジ色のキャノピーが、ゆだった二枚貝のように開かれた。

 ハーネスから解放され、立ち上がった金髪銀瞳の美少女。白のワンピースが、左右の耳上に束ねた金髪が風になびく。見開かれた大きな銀色の瞳は禍々しい輝きを帯びるが、端正な顔立ちは人形のように表情を変えない。

 ギルガメスは息を呑んだ。……全方位スクリーンに映し出されているこの美少女が強敵だろうことは十分、承知している。だが今この瞬間、血と油でまみれた荒野にさらされた可憐な姿はまさしく、荒れ果てた少年の心を捉え、金縛りにあわせたのである。しかしながら夢うつつの時間はほんのわずかだ。

 はらりと、白のワンピースが足元に落ちた。

 あっと叫んだ少年。美少女は、一糸まとわぬ裸身をさらけ出した。……憧れの女性とは別系統の美の結晶がそこにいた。幼く華奢な体つきに未発達の乳房、そして細長い手足。白い素肌が、徐々に薄桃色に染まっていく。だがそれとともに、彼女が浮かべた微笑みの、何とよこしまなこと。

「ギルガメスよ、女は、美味いぞ?」

 途端に現実に引き戻された少年。全身がカッと熱くなる。これ以上の侮辱はあるまい。そんないかがわしいことのために今まで戦ってきたものか。彼は吠えた。

「ふざけるな!」

 猛々しい勢いで、レバーを押し込む。その電気信号を受け止めた相棒の方が一瞬、虚を突かれて驚いたが、不快な気分は主人と変わらない。

 深紅の竜ブレイカーはビークルを右脇に放り投げるや、背負いし六本の鶏冠を目一杯広げ、ぬかるんだ地面を力一杯蹴り込んだ。泥が爆ぜ、その中を蒼き炎が焦がして突っ切る。

 一方、斜めに飛ばされたビークルのコクピット内では、女教師エステルは顔をしかめながらレバーを握る両腕を踏ん張って体勢を立て直しにかかる。だが眉間のしわは、竜の荒々しい動作が原因でなければ、目前の美少女の悪辣極まりない態度が原因でもない。

「ギル、落ち着いて! ギル!?」

 深紅の竜は戸惑って一瞥したが、主人の方にそこまでの余裕などない。

「わかってます!」

 主人が叫べば竜も吠える。桜花の翼をひるがえせば双剣が展開。怒涛と化しつつ間合いを詰めて、狙うはすれ違いざまの一撃。

 迫る怒涛を目の前にして、金髪銀瞳の美少女が浮かべた歓喜の笑みは、毒婦が奸計を成功させたときに浮かべる、この上なく邪悪な色をにじませている。

 そのときのことだ、迫る深紅の竜ブレイカーの後方で、数発の銃声が聞こえたのは。

 驚いた竜は疾走を続けつつも、今度こそしっかりと振り向いた。……音が、違う。明らかに援護射撃などではない。

 胸部コクピット内では銃声にくわえて、今の少年が耳にすることなど全く想定していない声が響き渡った。悲鳴だ、憧れの女性の。同時に、開きっ放しだった全方位スクリーン左方のウインドウが激しく波打ち、かき乱れる。

「先生!?」

 とっさに、レバーを引き戻す。

 泥と蒼き炎の竜巻を起こしつつ、深紅の竜は急停止、そして旋回。

 彼方で繰り広げられる光景にギルガメスの思考は混乱を余儀なくされた。

 泥の上に、ビークルが叩き落とされている。幸い破損らしい破損は見られない。機体は噴射とともに再びの飛行を試みようとしている。だがしかし、と焦る少年。ウインドウに走る波打ちは一向に払拭される気配がない。

 そしてビークルの、ずっと向こう。まだ残っている積雪がいびつに隆起、そして爆ぜ、躍り出た巨大な獅子が三匹。いずれも青い獅子ブレードライガーと同等の体格ながら、その全身にまとうは悪趣味な、骸骨のような鎧だ。人呼んでライガーゼロ。かつて西方大陸を恐怖のどん底に叩き落とした吸血部隊「閃光師団」の主力の一角を担ったゾイドだ。

 骨鎧の獅子三匹が疾走を開始するや、腹部に埋め込んだ大砲を乱射しつつ、ビークルめがけて急接近。

 ギルガメスはすっかり顔面蒼白。左右のレバーを押し込めば、ブレイカーは旋回の勢いのままビークルめがけて疾走の開始。

 その最中、ウインドウに走る波打ちが払拭され、ヘルメットをかぶった憧れの女性が苦しそうにしながらもレバーを握りしめ、体勢を立て直そうとする姿が映し出された。……パッと、一気に表情が明るくなった少年。だが憧れの女性は我に返るやその身を乗り出し、ヘルメットのシールドを持ち上げながら怒鳴り散らす。

「馬鹿、後ろ!」

 怒声と同時に、前のめりに倒れた深紅の竜。ハーネスに押さえられたままの状態でのけ反る少年。

 背中の鶏冠の付け根辺りに、煙が上っている。

 後方では……先ほどまで前方だったそこでは、青い獅子ブレードライガーが仁王立ちしている。背部よりバネ仕掛けのおもちゃのような銃器が伸びているではないか。

 依然、内部が晒されたままの獅子の頭部コクピット内では、立ち上がったままの金髪銀瞳の美少女がこの上なく傲慢不遜な笑みを浮かべている。……彼女はおもむろに、右手を額にかざした。人差し指を額に当てると、途端に金色の閃光が辺りを照らす。刻印の、明滅だ。

 青い獅子の頭部キャノピーは再び覆い被さった。全裸のまま着席する美少女。上半身をハーネスが覆うが、怪しい金色の輝きはキャノピーの外部からでもよくわかるくらいにうねっている。

 次の瞬間、響き渡った轟音は落雷と聞き間違う代物。

 轟音の正体は、青い獅子の強烈な蹴り込み。爆ぜる泥の高さは、深紅の竜が全力で蹴り込むときのそれをも上回る。爆ぜ、爆ぜ、爆ぜ……たちまち地上を泥の荒波で両断し、その向かう先にはあわてて立ち上がる深紅の竜の姿が見える。

 少年は恐れ、焦り、そして怒りに打ち震えた。今までとは明らかに次元の異なるこの強敵を、倒さなければ自分も、憧れの女性にも明日はない。そしてそれほどまでに強大な敵の、下劣な振る舞いに思い至ったとき、少年はがむしゃらに吠えた。

「翼の、刃よ!」

 展開されたままの双剣を左右に広げつつ、負けじと地を蹴る深紅の竜。

 急接近する竜と獅子。泥が爆ぜ、煙となって辺りに立ちこめる。その中を突っ走る蒼き炎。

 だがその最中、不意にコクピット内をあの激しいノイズが支配したのだ。顔をしかめる少年をよそに、地の底からささやくようなあの美少女の下品な笑い声が聞こえてきた。

「アッハッハ、早く我らを倒さねば、惚れた女は屈強な男どもの餌食だぞ?」

 怒りに沸騰した少年の心臓が凍りつく。

 背後をちらり、見やれば三匹の骨鎧の獅子ライガーゼロが、まるで毛糸の玉にでもじゃれつくかのようにビークルに襲いかかっている。頭上から覆い被さらんとするところをどうにかくぐり抜ければ、すぐその前には二匹目が鋭い爪で殴り掛かる。機体を急上昇させたその真横から、三匹目が噛み付き。……とどめを刺さずになぶるかのような攻防はあまりに一方的だ。激しく波打つ左方のウインドウはわずかな一瞬、苦闘する憧れの女性の姿を映し出す。

 ますます少年は吠えた。吠えて雑音をかき消さねば、弱い自分の心は簡単に折られてしまう。

(こいつを倒す! こいつを倒す!)

 主人が吠えれば、竜も応える。ブレイカーは雄叫びとともに左の翼に力を込める。

 相手の動きを察知してか、急迫する青い獅子ブレードライガーも背負いし二本太刀を胴の横に広げつつ、軌道を若干、竜から見て左に反らす。

 かくて剣と太刀を広げた竜と獅子。連なる泥のしぶき。両者が今まさに一足一刀の間合いに達したそのとき。

 獅子の背中が突如、金色の閃光を解き放った。背中を覆う装甲の下から、推力の源が噴出されたのだ。

 あまりのまぶしさにギルガメスはやぶにらみ。それでも両手はレバーを離さず、懸命に踏ん張る。……だが今まさに集中力が極限に達し、一秒を十秒にも二十秒にも体感できる状態にある少年がこの瞬間、慄然となった。

(届かない……!)

 疾走しながら左の翼を振りかぶり、そして剣を斬りつける。だがそんな、深紅の竜が放つ必殺の一撃が打点に到達する寸前で、金色の閃光を解き放った青い獅子はいとも簡単にすり抜けていく。その絶望的な瞬間が、彼にははっきり見えてしまった。

 交叉し、くぐり抜けた竜と獅子。数匹分ほども離れたとき、がくりとバランスを崩したのは竜の方だ。左のももを覆う装甲がぱっくりと割れている。噴出する油。

 胸部コクピット内の若き主人の身体にもそれはしっかりと再現された。半ズボンが見る間に赤黒く染まり、裾の下から血が流れ出てくる。

 見る間に青ざめるギルガメス。己が負った傷を顧みる余裕もない。完全に、振り遅れた。

 しかしながら少年が追わされる絶望は、これが始まりにすぎなかったのだ。……全方位スクリーンの左右に、極太の矢印が明滅。コクピット内にけたたましい警告音が鳴り響く。

 ハッと我に返った少年は、歯を食いしばってレバーを捌く。

 心意気に応えて時計回りに振り向く深紅の竜。だが非情な現実は、既に目前にまで迫っていた。

 翼をひるがえさんとする間に、その右の肩口を抜けていく一陣の風。今度は竜の右肩の装甲が切り裂かれ、少年の着るTシャツの右袖もまた流血で染まっていく。

 まるで骨まで斬りつけられたかのような痛みが少年を襲う。上半身を固定するハーネスがきしむほどに小さな身体をよじらせ、それでも歯を食いしばって今度こそ反撃を決めんと両腕を踏ん張る。

 だがそんな、気丈な少年の左の首の付け根から、パッと鮮血が吹き出た。

 先ほどまで背後へと突っ切っていった絶望は、いつの間にか駆け戻っている。太刀の切先は竜の左側をすれ違いざまその首をかすめ、装甲が紙のごとく切り裂かれているではないか。

 ギルガメスは茫然自失のあまり呼吸を整えることもできず、先ほどまで食いしばっていた口が半開きだ。額の刻印も青白い輝きが急激に弱まりつつある。

 今や反撃という言葉さえも、イメージすることができない。青い獅子ブレードライガーとそれを駆る金髪銀瞳の美少女が繰り出す一撃一撃は、少年の心に芽生える希望を容赦なく刈り取っていった。

 青い獅子の方は先ほどまでの神速から一転立ち止まり、悠然と竜の方へ振り向いた。……二歩、三歩と助走らしき動作をする。

 攻撃が、来る。悟った少年は虚ろになりかけた円らな瞳の奥に暗い炎を燃やす。今度こそ反撃しないと、自分だけではない、優しき友も憧れの女性も全てが絶望に呑み込まれてしまう。力の抜けかけた両手に懸命に力を込めた、そのとき。

 あの、ノイズだ。

「ふざけるな、ギルガメス、魔装竜ジェノブレイカー! 荷電粒子砲は、どうした!?」

 コクピット内に鳴り響く美少女の怒声は大音響のあまり音割れが著しい。

 しかしながら少年の方は、そんなことに顔をしかめる気力も尽きかけていた。ところがこのとき、全方位スクリーンを異変が襲ったのだ。あの、極彩色のうねりだ。……それとともに、彼の胸の奥に怒りの感情がどんどん流入していく。相棒の言葉にできぬ怒りを、少年は奮起に変えた。

「知るかよ!」

 少年の、これが精一杯の答えだ。

 ノイズに混じって、舌打ちが聞こえる。

「フン、荷電粒子砲を使わなければ、何度刃を交えても我らは倒せぬぞ?」

「やってみればいいだろう」

 今度は何かしら叩く音が聞こえてきた。……と思ったら、ノイズの響きが止んだ。

 彼方でたたずむ青い獅子が猛然と突っ込んできたのは、そのときだ。

 奥歯をキリキリと噛みしめるギルガメス。額の刻印も、心持ち輝きを取り戻したかに見える。……速さでかなわぬのなら、こちらは動きを止めて、飛び込んできた奴を叩き落とす。そのためのお膳立ては整った。

 加速する青い獅子。泥を巻き上げ、背中を覆う装甲の下から金色の閃光を解き放ち、そして。

 獅子の全身を覆う光の壁。再びあの矢尻の形状を作り上げ、襲いかかるは深紅の竜の真っ正面。

 間合いが急速に詰まる。腰を落とし、両翼を水平に広げる深紅の竜。力尽きかけていたギルガメスも心を奮い立たせて全方位スクリーンをにらみつければ、額に宿る刻印が一層まばゆく、青白くほとばしり、コクピット内を照らしつける。

 光の矢尻が一足一刀の間合いにかすったそのとき、竜の足元の泥が爆ぜた。

「エックスブレイカー!」

 神速の十字斬り。左、右と放たれた翼の刃の袈裟斬りは、矢尻の先端を確かに捉えた。

 光芒が、幾条も激しくほとばしる。だが渾身の十字斬りをあざ笑うがごとく、ぐいぐいと伸びる光の矢尻。今や先端は竜の鼻先間近。負けじと、少年は吠えた。

「ブレイカー、魔装剣!」

 頭部の鶏冠が倒れて鋭利な短剣と化すと、深紅の竜は振りかぶって矢尻の先端に叩き込む。

 振り降ろされた短剣。光芒は一層激しくほとばしり、大気を焼き地面を切り裂く。

 ついに光の矢尻の突進を止めたかに見えた。吠える深紅の竜。

 ところがそれに応えるように、光の矢尻はさらにまぶしく、さらに大きく変貌を遂げた。その上、獅子の背中から解き放たれる閃光も、ますますまばゆく肥大していく。

 圧力に押される深紅の竜。踏ん張る両足が地面にめり込む。一歩、二歩、あとずさり、それでも踏ん張り、そして。

「1、2、3、4、5、これで……うわぁっ!?」

 めくれ上がる、竜の巨体。矢尻の先端は竜の胴体に突き刺さると、またたく間に竜の体格十数匹分ほども吹き飛ばす。

 地響き、そして立ちこめる土煙。その先には、あお向けにひっくり返された深紅の竜ブレイカーの姿があった。辺りに静寂がただよう。

 光の矢尻の方は、そのまた数匹分ほども先の方に到達していた。ぼんやりと消失する光。中から現れた青い獅子ブレードライガーはきびすを返すと、高らかに吠えた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。