魔装竜外伝 完全版   作:◆.X9.4WzziA

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1. 紅塵の章(2)

 まるで海亀のような姿をした、鋼鉄の空中要塞。テロリストたちが「タートルカイザー」と呼んだ物体の頭部には巨大なドームが埋め込まれている。

「『ロブノル』乗組員に告ぐ! 『ロブノル』乗組員に告ぐ!

 本機は十時十五分、目的地レヴニアより五千メートル以内に到着した。

 引き続き攻略地点を砲撃しつつ、上空百メートル以内にまで降下する。

 各機、出撃準備せよ。繰り返す……」

 ドーム内に音声が鳴り響く。ちょっとしたプラネタリウムほどの広さはあり、外周には沢山の乗組員が忙しくコントロールパネルを叩き、個々に据えつけられたモニターの画像に注視している。いずれの者も意匠の違いこそあれ、水色の制服・軍服を着ていることは共通していた。

 室内中央は円錐状に盛り上がっている。中腹はところどころに座席が据えつけられており、着席者が高位の乗組員であろうことは間違いなさそうだ。だがその頂上にいるはずの最高責任者が見当たらない。

 とある初老の高官とおぼしき人物の座席上で突如、モニターが切り替わった。彼は目を見開いた。

「総大将、いかがなされましたか?」

 あわてて敬礼する高官だったが、モニターの向こうで彼が呼んだ人物は意に介さない。

「抜かりはないな?」

「無論であります」

 この人物はどうやらゾイドのコクピット内らしき狭苦しい部屋の中に着席しているようだ。

 異相と形容して良いだろう。馬面にこけた頬、瞳は落ちくぼんだ上にヤモリのように大きい。何より眼光の鋭いこと。あまりある才気と風格がうかがえる。奇妙なのは、コクピット内にも関わらずドーム内の兵士同様、水色の軍服・軍帽を折り目正しく着こなしているところだ。

 映像を介して敬礼を返し合う二人。

 初老の高官は起立すると高らかに叫んだ。

「『ロブノル』、口部ハッチを開け!」

 

 タートルカイザー「ロブノル」は、ヒレや甲羅の至るところから炎を吹き出し、あるいは砲撃しながら徐々に降下していく。それとともに、徐々に口が開いていく。

 内部は鉄骨が縦横に張り巡らされたトンネルと化しており、沢山のゾイドがひしめいていた。いずれも黒と銀を基調とした竜で、人のように直立したまま待機している。この姿勢だと火の見櫓(やぐら)ほどはありそうだ。「ゴドス」と呼ばれるごく一般的なゾイドである。

 ゴドスたちの頭上にはレールが走っており、滑車に吊るされて青い翼竜が運ばれてきた。プテラスと呼ばれるゾイドで、翼が奇妙な網目状になっているのが特徴だ。

 プテラスは次々とゴドスたちの頭上に運ばれると、腹部よりカギ状の道具を伸ばし、彼らの肩に引っ掛けていく。

 さて最前列に立ったゴドスだけは、他とは体色を異にしていた。銀の部分が明るい水色に塗り替えられている。その、頭部全体を覆ったオレンジ色のキャノピー内に、あの男はいた。

 彼がキャノピー越しに周囲を見渡すだけで、銀のゴドスに乗ったパイロットたち(※皆パイロットスーツを着込み、ヘルメットを被っている)は居住まいを正した。

 異相の男が叫んだ。

「出撃開始。惑星Ziの、平和のために」

「惑星Ziの平和のために!」

 他のパイロットも声をそろえる。

 最初に水色のゴドスが、後を追うように銀のゴドスたちが飛び降りていく。その動きにあわせて、肩をつかんだプテラスたちが翼を広げると、網目が金色に光り輝いた。まばゆい閃光を放ちながら、青い翼竜たちは次々に滑空へと転じていった。

 

 翼竜の一隊が、荒れ果てた地面すれすれまで降下していく。次々とカギが切り離され、ゴドスたちはしゃがみ込むように着地。立て続けに地盤に亀裂が走り、土砂が舞い上がる。

 群れのにらむ先にはレヴニアの城門が見える。開放されていたはずの鋼鉄の門は徐々に閉鎖されようとしていた。

 そばのゾイド溜まりでは今まさに破壊活動が行われていた。定期便のグスタフがぺしゃんこに踏みつぶされ、護衛のコマンドウルフがゴミ屑のように投げ捨てられる。乗客も乗組員も、わけもわからず右往左往するばかり。

 暴虐の主役は三体の、水色の鎧に紺の背びれの生えた竜たちであった。人呼んでゴジュラスギガ。巨大な頭部だけでゴドスの体格ほどはある。

 このような化け物じみたゾイドを前にしても、ゴドスの群れは一向にひるむ様子を見せない。

「水の軍団である、おとなしく降伏せよ」

 異相の男の大喝がスピーカーを通して辺りに響く。

 ゴジュラスギガたちは群れに気付くと猛然と向かってきた。

「何が水の軍団だ!」

「ここから先は通さねえ!」

 パイロットの若者たちの罵声とともに太い後ろ足で地面を蹴れば、波濤のごとく岩盤がめくれ上がり、負けじと土ぼこりを巻き上がらせる。胴体と尾が地面と平行にピンと伸びた姿はさながら槍のようだ。

 異相の男は依然、無表情のままつぶやいた。

「ゴジュラスギガ三体は『我ら』が倒す。

 諸君らは手はず通り城門を突破せよ」

「了解!」

 彼の合図とともに銀色のゴドスたちは一斉に二手に分かれると、彼らもまた胴体と尾を地面と平行に伸ばし、荒野に押し寄せる銀のさざ波と化す。この巨大な竜など構わず迂回し、突っ走って目指すはレヴニアの巨大な城門。

 呆気に取られたゴジュラスギガたちはあわてて疾走を止めて振り向こうとするが、彼らのふところに飛び込んでいったのが水色のゴドスだ。

 まずは一匹目の膝めがけて渾身の後ろ蹴り。「ゴドスキック」の名前で恐れられる強力な蹴り込みは、自身の何倍もあるゴジュラスギガの巨体をあっさりひざまずかせた。

 こらえることもできずに地面に伏した頭部めがけて、振り降ろされた鋼鉄の爪。頭頂からあごまで一気に貫通し、腕を引き抜くとともに、巨体はだらしなく崩れ落ちる。

 その無惨な姿を一顧だにもせず、水色のゴドスは躍り出る。

 憤りの雄叫びを上げて、猛然と向かってきた二匹目。長い尻尾で一閃、横薙ぎを放つ。

 荒野にきれいな円が描かれる。だが二匹目を操るパイロットの視界には、水色のゴドスの大破した姿はおろか破片すらも飛び込んでこない。

 飛び込むわけがなかった。水色のゴドスはたやすく二匹目のふところに飛び込み、股関節に爪の一撃を正拳突きのごとくねじ込んだからだ。

 不意に急降下する視界。二匹目もまた膝から崩れ落ちていった。

 血相を変えたパイロットだったが、地面に叩き伏せられる瞬間をその目で見る前に、視界は暗転した。姿勢を崩した二匹目の頭頂が吹っ飛ぶ。ふところに入り込んだ水色のゴドスは爪を獲物の股関節から引き抜きざま、丁度良い高さまで下がってきた二匹目の頭頂部を横殴りで打ち抜いたのだ。

 地響きとともに倒れ伏した鉄のかたまりを背にして、水色のゴドスは次の獲物をにらむ。

 三匹目のパイロットはいまだかつて目にしたことのない光景に悶絶した。本来ならこんなちっぽけなゾイドなど紙のごとく引き裂いて、さっさと城門に群がる他のゴドスたちを粉砕に向かっていたはずだ。体格といい数や火力といい、負ける要素など一つもないではないか。

「ふざけるな!」

 意を決し、向かっていく三匹目。これは夢だ、夢に違いない、夢であることをさっさと証明してやるのだ。

 上体を傾けたまま、体当たり。体格で大いに勝るゴジュラスギガらしく、もっともシンプルかつ確実な攻撃だが、相手は規格外にすぎた。水色のゴドスが軽やかに跳躍すると、パイロットの視界からは呆気なく消えてしまった。

 この意外な強敵がどこに移動したかはコクピット内まで振るわせる強い衝撃ですぐわかった。……わかった上で、深い絶望に襲われた。

 水色のゴドスは三匹目の肩の上に仁王立ちしていた。躊躇せず、鋼鉄の爪を振り降ろす。

 軽やかに飛び降りる。背後で起きた地響きにも振り向くことなく、水色のゴドスは次の目標をひとにらみし、前傾姿勢に戻った。

 

 急迫する銀色のゴドスの群れ。城壁の上から乱射される銃撃をかいくぐる。

 その間にも、無数の爆音とともに城門が炎に脅かされる。上空に浮かぶタートルカイザーの援護射撃は的確に標的を捉え、ゴドスの群れが城門正面に立ちはだかるまでには、欠けたビスケットのように粉砕された。

 群れの先頭・十数匹が速度を落とさず乗り込み、城壁内に潜むテロリストのゾイドめがけて襲いかかる。

 続く十数匹は何やら櫓(やぐら)のようなものを背負っている。鋼鉄の鎧をまとった兵士が数名ずつ乗り込んでおり、城門内部に乗り込むと一斉に銃撃を開始した。ゾイドとゾイドの間に潜み迎撃しようとするテロリストを狙い撃つのだ。

 水色のゴドスが到着するまでには戦闘自体が終結に向かいつつあった。パイロットである異相の男は何ら表情を変えない。

 

 その異相の男が、制圧したレヴニア城内の大通りを歩いてきた。

 恐ろしく背が高い。身にまとった水色の軍服・軍帽の上には水色のマントを羽織った、まさに水色尽くし。腰にはサーベルをたずさえている。

 彼が近付いてきただけで、大通りを警戒する鎧の兵士たちは海が割れるように道を開け、一斉に敬礼する。そんな最中。

「総大将、ご判断を仰ぎたいことがございます!」

 男の前に、両腕を後ろ手に押さえつけられながら連れ出されたのは、あのボサ髪の少年だ。顔を伏せたままいいように引っ張られている。

「この小僧、後門から脱出しようとしたところを取り抑えました。テロリストの一員かと思われます」

 濡れ衣だとでも言いたげに、少年は顔を上げた。

 異相の男が浴びせる眼光は背筋も凍る。それでも負けじと少年もにらみ返すが。

「手の平のゾイド胼胝(たこ)、実に年不相応だな」

 気がつけば、男の視線は少年の後ろ手にされた手の平に向けられているではないか。あわてて拳を握りしめる少年だが。

「連行しろ」

 男の一言は何らの抑揚もない。抗議のまなざしを向けようとした少年だったが、あえなく鎧の兵士たちに前後左右を固められてしまった。これからこの得体の知れない鎧の兵士によってどこかへ連行・勾留されてしまうのか。円らな瞳が怒りから絶望へとまたたく間に変色していく、そのときのこと。

 

「地上より連絡。戦闘行動はほぼ終了、引き続きゲリラの死体回収および捕虜の連行を実施するとのことです」

 タートルカイザー「ロブノル」頭部指令ドーム内では安堵のため息が漏れた。この超弩級の空中要塞は依然、レヴニア上空付近を浮遊したまま。

「了解。正規軍が到着するまで、引き続き監視を怠らぬよう」

 初老の高官が引き締めにかかる。だが彼を含め、ドーム内の乗組員の表情に若干の明るさが戻ったのだけは確かだ。

 そんなとき、異変は起こった。

 外周コントロールパネル付きの乗組員が目を見張る。

「……レヴニア山脈中腹に熱源、確認。中型ゾイドです。

 急速に山脈を下降中。レヴニアに向かっています!」

 ドーム内の空気が激変した。浮かべた表情は皆一様に「あり得ない」という驚きで一致している。

「馬鹿な、レアヘルツの発生区域ではないか」

「このロブノルですら通り抜け不可能だというのに、一体どうやって……」

 Zi人はゾイドを使役して惑星Ziを征服したが、彼らでも容易には踏み込めぬ聖域がある。この星にはゾイドを狂わせる「レアヘルツ」なるものが発生する地域が沢山存在するのだ。

 城塞都市レヴニアの背後にそびえ立つレヴニア山脈はレアヘルツ発生地域であるため、ゾイドがいること自体、おかしいのだ。しかもそれが作戦展開中のレヴニアへと向かっているという。一体何が起きたというのか。

 

 連行される少年を、異相の男と部下たちは冷ややかに一瞥しつつ、任務に戻るはずだった。

 彼らの表情も一変した。雄叫び、爆音、そして地響き。

 砂ぼこりが辺りを覆い尽くし、砂利や瓦礫が吹き飛ぶ。不意の事態に誰もがよろめき、膝をつく。

 いや、異相の男だけはわずかに膝を曲げただけで見事にバランスを維持していた。だが足元を照らすはずの陽射しが巨大な影に包まれたことに気付き、すぐさま背後を見上げる。

 影の主は、あの翼の生えた深紅の竜。廃墟の上に舞い降りたのだ。

 躊躇せずにらみつける異相の男。

 深紅の竜は一向に意に介さず、その右腕を大きく伸ばす。長い二本指と短い一本指の組み合わせ。体全体から比べれば小さな作りだが、数人の大人を余裕を持ってつかめるくらいはある。

 標的は男ではなかった。頭上を通り抜け、兵士たちを指一本でたやすく払いのけると、尻餅をついていた少年を胸から無造作につまみ上げた。

 わけもわからず少年は怒鳴り散らすが、深紅の竜はお構いなしだ。胸元に近付けると、黒い箱状の装甲が開く。少年はその中に押し込まれた。

 天地逆さまに、ひっくり返る。すぐさま手をつき、身体を持ち上げたときには装甲は密閉してしまっていた。

 閉じ込められたのか。少年が青ざめたとき、不意に天井がぼんやりと輝いた。光は彼のすぐそばにある座席を浮かび上がらせている。やけに柔らかそうに見えるふんわりしたシートだが、肘掛けから背板にかけて得体の知れない機械が沢山目につく。

 座れ、ということらしい。依然、動揺は収まらないがひとまずはそう解釈し、彼は恐る恐る腰をおろす。

 途端に頭上から何か大きなものが落ちてきて、少年は軽い悲鳴を上げた。ハーネスだ。肩から胴体にかけてがっちりと押さえて彼の小さな身体を固定する。

 ほとんど暗闇で、しかもほぼ無音の室内。だがそれ以上に、少年はこの部屋が異常な技術の結集であることを思い知らされた。

 細かい振動は感じる。だが、それだけなのだ。

 彼を強引に詰め込んだこの部屋の持ち主が相応の速度で移動しようとしたら、まず彼の身体が大きく揺れ動くだろうことは容易に想像がつく。なのに、何も感じない。動いていないはずはないのだが。

 少年の疑問が言葉の形を取るまでに、彼の意識は遠のきはじめた。まぶたが、落ちる。外の激変に比べてあまりにも穏やかな室内は、溜め込んでいた疲労を放出させるに十分だったのである。

 

「『ロブノル』よ、一体どうしたというのか。

 あれほどのゾイドを早期に発見もできなかったというのか!」

 腕時計型の端末を介して、異相の男が怒鳴る。

 だが端末に映る通信士から返ってきた返事は彼の想像を越えていた。

「そ、それが……。

 先ほどのゾイドはレヴニア山脈を滑空してきています」

 画面が切り替わり、城塞都市レヴニアから山脈への鳥瞰図が表示された。山脈全体にかかる赤い網の間を、突如として一本の青い道が走り、そこに物凄い速度で下っていく白い光点が浮かび上がる。赤い網はレアヘルツ発生区域で、青は未発生区域だ。

「突然、レアヘルツの感知されない区域が道のように現れました。

 赤いゾイドはその間を高速で移動しております」

 異相の男はヤモリのような眼をギロリと見開いた。周囲には既に沢山の兵士が集結している。

「先ほど赤いゾイドが拉致した少年は、覚醒する可能性がある」

 兵士たちは一斉にどよめいた。そして志願の言葉を口にする。

「総大将、我らに出撃許可を!」

「早まるな。諸君らは目前の作戦遂行が責務だ。それに今追ったとしてもレアヘルツにはばまれてしまうだろう。

 少年が覚醒したら、必ず赤いゾイドもろとも山脈を下ってくる。そこを叩く。

 引き続き作戦遂行せよ。正規軍到着後、早々に追撃を開始するのだ。

 惑星Ziの、平和のために!」

「惑星Ziの平和のために!」

 屈強の兵士たちは一斉に敬礼し、合い言葉を口にした。

 

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