魔装竜外伝 完全版   作:◆.X9.4WzziA

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4. 紅蓮の章(5)

 かくして逃避行と試合を繰り返す日々が再開された。

 その最中、ギルガメスは練習に明け暮れた。……もちろん、今までだって危険が迫っていない限りはこなしていたことではある。

 だがその気迫たるや。準備運動をこなすときも、短剣術を習うときも、そして相棒ブレイカーに乗るときも。鬼気迫るという言葉が、今の彼には相応しい。

 結局、強くならなければ自分の身に起こったことさえ知る権利も与えられないのだ。あのふしだらな美少女との遭遇によって思い知らされたことである。だから少年は、激しく憤るかのごとき気迫で励む。いつ再戦することになるやも知れぬのだから。

 弾ける、砂のしぶき。深紅の竜ブレイカーが虚空を切り裂く。何度も、何度も。左の翼をひるがえせば右手の爪で引っかき、左の肘を打ち込めば右足の爪先で蹴り込む。……まるで目前に強大な敵がいるかのようだ。そのうち、砂ぼこりが膨れ上がってあたかも巨大な一軍に囲まれたかのごとき錯覚を覚える。深紅の竜はますます猛って苦難の中へと飛び込み、己が武器を振り回して視界を切り開いていく。

 そんなとき、突如彼方で空砲が鳴り響いた。

 我に返ったギルガメスはレバーの動きを止める。深紅の竜もそれに応えて振りかざした翼を降ろすと肩で大きく息をしてから双剣を折りたたんだ。

 空砲は、エステルからの知らせだ。風呂と夕食の仕度ができたのである。操縦練習は途中まで彼女が同伴して指導しているが、夕方になると先にキャンプに戻って諸々の支度をするのが普通だ。

 少年はふと、コクピット内を見渡す。

 全方位スクリーンはもうもうと立ちこめる砂ぼこりに割って入る夕陽を映し出した。額よりあふれる刻印の青白い輝きがそこに折り重なり、作り出す光景の何とはかなげなこと。

 だが砂ぼこりが徐々に晴れていったとき、包み隠されていた地面は無惨な姿をさらけ出していった。岩盤がめちゃくちゃに掘り返され、津波が押し寄せるかのように幾重にもめくり上がり、被さっている。そして数えるのがばからしくなるくらい、無数に打ち抜かれた穴と溝。

 これらは全て、ブレイカーが踏み込んだ際にできたもの。少年主従の操縦訓練は標的こそないものの、その結果として辺りの岩盤が無惨な結末を迎えたのである。

 ギルガメスは乱れた呼吸を整えながら、半ば呆然と辺りを見渡すばかり。……無我夢中で練習に明け暮れていても、穴と溝が大規模に、深く激しく拡大していることくらいは理解できる。だが果たして、自らが迎えている逆境を覆せるほどの蓄積になっているのかどうか。少年はこみ上げかけた苛立ちを、深く呼吸することで抑えた。

 深紅の竜はいくつかのめくり上がった岩盤を爪先で払いに回った。限界は当然あるものの、痕跡はなるべく消すのが賢明だ。こうして、少年主従の日課は終わりを告げるのである。

 

 背に浴びる夕陽の暖かさに竜はホッと胸をなで下ろしつつ、いつものように、とある丘の上に構築されたキャンプに戻った。

 全身に油のカートリッジを差し込まれた竜は、腹ばいで脱力している。若き主人の方も仮設風呂に入ってホッと息をついた。ともに、束の間の至福のとき。

 そして、師弟は食事。まだ夜は肌寒い。ビークルに増設されたトレーラーの中で、膳をはさんであぐらで向かい合う。

 ギルガメスは寝巻き代わりのジャージの上に灰色のパーカーを羽織っている。エステルは白のブラウスの上に焦げ茶のセーター、そしてジーンズのスカートという地味な格好。

 膳の上にはパンやシチュー、サラダなどの間にノート大の端末が置かれている。テレビのニュース番組を放送中だが、音量は蚊の鳴く声ほどに絞り込まれている。それも二人の咀嚼(そしゃく)の音でほとんどかき消されている状態だ。

 黙々と、師弟は食事を続ける。何もなければ、二人の食卓は本当に静かだ。……ところが、かたわらの端末がとある映像を流したとき、一方の咀嚼(そしゃく)の音がパタリと途絶えた。

 レンガ作りの建物が次々と砕け吹き飛ぶ。散乱する瓦礫の中を、弾丸のように駆け抜けていく骨鎧の獅子ライガーゼロが一匹。

 二、三十匹もの鋼鉄の狼コマンドウルフの群れが、この暴走する獅子に追いすがり、弾幕を浴びせながら次々に飛び掛かっていく。その最中、逃げ惑う市民が次々に瓦礫の下敷きになったり、あるいはゾイドたちに蹴散らされたりしていく。

 しかしながら圧倒的な物量差もなり振り構わぬ狼たちの戦いぶりも、この荒れ狂う獅子を止める力たり得なかった。弾幕を飛び越え、狼たちの頭部コクピットを次々と潰し、彼らを振り切った獅子が突っ込んでいくその先には、鉄筋造りの立派な建物が見える。

 どうやら庁舎か何かなのだろう、外周は数十メートルもあるコンクリートの壁で囲われている。出入り口は鋼鉄の門で閉鎖され、その前には何十匹ものバトルローバーと鋼鉄の鎧をまとった無数の兵士が陣取り、アンチゾイドライフルやバズーカ砲を構えてめったやたらに撃ちまくる。

 骨鎧の獅子は非情にも、応戦する兵士たちの頭上を軽々と飛び越えた。急な放物線を描きながら、そのまま建物に突っ込んでいく。

 庁舎の壁に獅子の上半身がめり込んだ瞬間、この立派な建物は爆音とともに崩れ、吹き飛んだ。その瞬間を覆い隠すかのように、映像は激しいノイズでかき乱される。

 この骨鎧の獅子の暴れっぷりを、ニュースでは自爆テロと紹介していた。テロリスト集団は〇〇解放戦線とか、ちょっと聞いたこともない名前だ。

 獅子の映像を見た時点で既に凍りついていたギルガメスだったが、このニュース番組の男性キャスターが掲げたフリップを目にして容易には解けない魔法にでもかかったような気分になった。

 この骨鎧の獅子を使った自爆テロは既にここ一ヶ月で五件、発生しているのだという。週に一回のペースだ。しかしながら犯行声明を発表したテロリスト集団は様々である。

 ずっと黙っていたエステルが食べ物を飲み干すと、無機質な表情を装いながらつぶやいた。

「色々なところが買い取ったようね」

 あの獅子を、か。あの日、出くわした時は三匹もいた。事件の方が五件で、合計八匹。こんな用途で使えるとしたら、もっと沢山いる可能性が高いのではないか。……あの金髪銀瞳の美少女は相当大きな組織が支援しているに違いない。

 だが、と少年は思う。あれほどのゾイドを巧みに操るパイロットは一体何人いるのか。それに、そんな優秀な者たちはこの滅茶苦茶なやり方で既に五人死んだ。こんな無茶なやり方、いつまでも続けられるのか。

 ギルガメスがそんなことを考えていたときに、続けてキャスターが掲げたフリップの内容を見て、彼は再び声を失った。この獅子の残骸を調べてみても、パイロットの死骸は確認できないのだという。脱出の痕跡もない。無人機の可能性もあるのか。わけのわからないことだらけだ。

 それだけではない。何より彼を動揺させたのは、近日中に開催される予定のゾイドバトルの興行だ。

 キャスターの掲げたフリップを見る限り、片っ端から中止になっている。ところが、一つだけ開催が決定しているものがある。……それを獣皇戦という。初夏になろうかという時分に例年開催される、大規模なトーナメントだ。様々な大会の上位入賞者のみが参加できるもので、毎年のゾイドバトル最強チームを決めると言っても過言ではない。無論、少年主従の参加も決まっている。

 なぜ、獣皇戦だけはあえて開催するのか。この興行はヘリック共和国も出資する。当日は新人王戦と同様、大統領が観戦する言わば「御前試合」だ。開催中止はそのまま共和国の威信失墜につながりかねないことから、強行は必然とも言えた。

 エステルが無機質な表情で食事を進める一方、ギルガメスは気持ちの整理がつかぬまま、ずっと端末の映像を見つめていた。憧れの女性が時折、視線を投げかけていたのにも気付かぬまま……。

 

 風呂、食事、そして勉強。傍目には同世代の少年少女と変わらぬ生活を経て。

 マッサージの時間だ。トレーラーの内部は膳が片付けられ、タオルケットと大きめの枕が敷かれている。その上に、ギルガメスは上半身裸でうつ伏せになっている。

 すると少年の左側面に、ジーンズのスカートの裾を整えながらエステルが正座する。脱いだセーターは脇に畳むとブラウスの袖をまくり、あの長い指でぐいぐいと背中を、肩を、腰を揉みほぐしていくのだ。

 少年は枕を抱き締める。彼女の指が皮膚に食い込むたび、深く少し間抜けなため息を漏らしそうになるものだから、顔を枕の中でうずめてこらえている。

 彼の背中一帯は凝りに凝っていた。それもそのはずだ、長時間に渡ってゾイドのコクピットに着席し、常に背筋をピンと張らなければいけない。背筋力に任せて、パンチを繰り出すようにレバーを押し込んだりすることもよくある。背中に疲れがたまって当然なのだ。

 エステルはそんな愛弟子の背中を、黙々と揉みほぐす。額はいつの間にか汗ばんでいる。したたり落ちそうになる前にタオルで軽くぬぐい、すぐに再開。

 狭い室内は、時折少年の漏らす息と女教師の深呼吸が不規則に響く以外はほぼ静寂と形容して間違いあるまい。……だから少年が指の圧力に慣れ、女教師が指を押すリズムをつかむと、めいめい何ごとかを思いめぐらすこととなる。

 エステルはマッサージを繰り返しながら、いつしか愛弟子の背中をまじまじと見つめていた。

 白く小さな、線の細い背中。だが痩せてはいても、日々の厳しい練習を積み重ねて少しずつまとい始めた筋肉の鎧は隠しようもない。彼の肉体は着々と、ひ弱な少年から屈強な成年男子のそれへと変貌を遂げつつある。

 そんな愛弟子の背中に投げかけられる蒼いまなざしは月光のごとく柔らかながら、時折やけにまぶしい光彩が入り交じる。そのたび平時にはあまり変わらぬ面長の端正な顔立ちに、かすかな彩りが添えられているのだ。

 それは時に体温のように生暖かく、恍惚とも取れるぼんやりした色合い。……普段は厳しかろうとも優しかろうとも無難に維持されてきた師弟という関係の境界線が、この色合いが重なることで今、微妙にぼやけた。

 ふと、女教師の長い指が、鍵盤を奏でるように踊った。愛弟子の背中に深く食い込んでいた十本の指は、このときだけはヘビのように彼の背中を這い回った。

「あっ」

 少年は全身をピクリとけいれんさせ、手にした枕をきゅっと抱き締めた。悲鳴は小さくか細い。

 女教師エステルの端正な顔立ちは、一瞬電流が全身を駆けめぐったかのように強張った。己がやったことを理解すると、もともと軽く紅潮していた頬がますます赤く染まっていく。

「……ごめんなさい!」

 女教師は両手を膝に置いて深々と頭を下げた。

 無論そんな姿など、うつ伏せた状態の少年には見えるはずがない。だが彼は、彼女の平伏する姿を横目で見て確認するのをためらった。……見てしまうことで、何か大事なものが崩れてしまうのではないかという不安がよぎったのだ。

「大丈夫です。……続き、お願いします、すみません」

 枕の中に顔をうずめたまま、そうつぶやいた。

「ごめん、ごめんね」

 彼女は何度も謝ると、ようやくマッサージを再開する。それが正解だろう。そうやってもう数分も経過すれば、きっとお互い平静な表情に戻るはずである。

 

 今宵はあいにくの曇天だ。深紅の竜ブレイカーはテントふた張りのそばで丸くなったまま、闇さえ覆う分厚い雲の彼方をじっと見つめている。

 一方、テントの中で寝袋に包まっていたギルガメスは円らな瞳を閉じはしているものの、眉間に深々としわを寄せたままだ。寝付けないのか、右に左にと身体を傾けては見るものの、すやすやと穏やかな寝息にはほど遠い。

 思い余って両手を寝袋から出すと、そのまま手の平を重ねてまぶたの上に被せ、唇をぐっと噛む。

 言葉にもならないうめき声が、かすかに漏れた。

 さっきのあれは、一体なんだったのか。少年は答えが出ないまま、敬愛する女教師のなで這い回った指の感触を、いまだ打ち消すことができずにいる。

 もし彼の相棒が公用ヘリック語で自在に会話できるのであれば、あのときの心中を打ち明けていただろう。……彼は脳が沸騰しそうになるほど劣情をもよおしていた。あのときは枕があったからそれを抱き締めてどうにか気持ちを抑え切ったが、それすらなかったら行き場のない感情を無理矢理にぶつけ吐き出していたやもしれない。

 ギルガメスは旅を終えて以降、こうやって頻繁に身悶えするようになった。連日、ヘトヘトになるまで練習しているが、その割には簡単に寝付けない日が多い。

 あの旅路は結局、自分の中に秘められた醜い雄の本性を暴かれたにすぎない。忌まわしき金髪銀瞳の美少女が少年をいいようになぶった後遺症は、今もくすぶっているのだ。

 直接の目的であった自分の額に浮かぶ刻印の秘密を、長老なる金色の像が直接には何も語ってくれなかったということもある。今の少年は自分の非力さを己に言い聞かせることによって、モヤモヤした感情をどうにか封じ込めているのにすぎない。

 そしてあの日以降、憧れる女性の挙動さえ、時々やけにおかしい。気持ちが何度もすれ違っている。それが何とももどかしく感じられてならない。

 そういう、鬱々とした日々の最中に先ほどのニュースが飛び込んできた。……嫌な予感が少年の脳裏によぎる。再戦だ。あの金髪銀瞳の美少女と、彼女が駆る青い獅子ブレードライガーとの。

 戦いの舞台は半ばできあがっているようにも思える。例えば獣皇戦の会場にお供のライガーゼロ部隊とともに乗り込んでくるというのは荒唐無稽な妄想か?

 もしそうなったら戦うしかあるまい。だが、と少年はまたそこで思い悩む。あの美少女と、彼女を抱える組織の真意が全くつかめない。彼女が少年の憧れる女性を目の敵にしているのはわかるが、それだけの理由でやることではあるまい。

 それに、だ。そもそもの問題として、今の自分と相棒との力で、勝てるのか?

 今日の練習も、相棒の翼や爪は虚空を切り裂いてはいたが、少年の円らな瞳には光の矢尻と化したあの青い獅子が見え続けていたのだ。それが見えていた以上、あの日に味わった屈辱も幾度となく脳裏に浮かぶ。それを何度も何度も断ち切って今日を終えようとしているが、対抗できる実力を得ただろうか。

 絶対に、勝たなければいけない。負ければ相棒も憧れの女性もただでは済まない。だがそれを承知の上で日々練習をこなしていても、今の自分自身には確かな手応えが何もないのだ。

 こうやって思いを巡らし続け、ようやくうとうとしてきた、そのときのこと。

 トン、トンと、寝袋の上から軽く叩かれた。

 重いまぶたを開いた少年。

 すると胸の辺りに銀色の巨大な爪がぬっと伸びているではないか。

 少年は少し驚いたが、この爪の主ならば当たり前のようにこなすことくらい承知している。

「どうしたの、ブレイカー?」

 だから彼は返事しつつ、寝袋の中から両手を伸ばして爪の先端をつかんだ。爪が少し下がり、その勢いで身体が持ち上がる。

 テントの出入り口の向こうには、相棒の紅い瞳がちらりとのぞいている。少年は苦笑した。

 早速少年はジャージの上にコートを着て、素足に靴を履く。腕時計型の端末とゾイド猟用のナイフはジャージのポケットに突っ込んだ。

 深紅の竜ブレイカーはテントの前で腹ばい、かしこまっている。

 若き主人の姿を目にした竜は、嬉しそうに尻尾の先端を立てて振ってみせると、腹ばいのまま胸部コクピットハッチを開いた。手招きするように、あごを縦に振っている。

 乗れというのか。少年は首をひねった。夜の散歩と洒落込もうというつもりか。

 ちらりと、もう片方のテントの方を見る。後ろめたいものを感じ、少年は軽いため息をついた。

 すると深紅の竜はか細く一声鳴くと、首を地面まで下げ、下あごまで地面にすりつけるとしおらしく平伏してみせる。

 思わぬ懇願だ。少年は当惑したが、数秒ほど考えて、まあいいかと思った。気晴らしがしたいというのが正直なところだ。

(先生、ごめん。ちょっと行ってくる)

 そうテントの方に向かってささやく。

 深紅の竜は願いが通じたことを悟って、嬉しそうにか細く鳴いた。

「少しだけだよ?」

 半ば呆れ顔で話す少年に竜は同意のキスをすると、首をもたげて胸部コクピットへと案内する。

 少年を乗せた深紅の竜は、抜き足でその場を離れた。丘のすぐ下に降り立つと、そこでようやく翼を、鶏冠を広げる。

 曇天を見上げた深紅の竜。蒼い炎を背負って、そっとはばたいた。

 

 まさか夜空高くを散歩することになろうとは、ギルガメスは夢にも思っていなかった。どこか、気に入ったところでも見つけたから案内でもするのかと思っていたのだ。

 それにしても、自分は座っているだけだ。レバーも全く握らず、相棒の気のおもむくままに任せるのは案外珍しい。刻印を発動させていないこともあって、急上昇による身体の負担はそれなりに掛かるが、眠気覚ましと考えればまずまずだ。……そのときは、そう考えていた。

 徐々に、全方位スクリーンに描かれる暗闇が灰色がかっていく。曇天の中に飛び込んでいったのだ。ただよう雲の流れは緩やかになっていった。体感で、竜が減速しているのがわかる。

 やがて深紅の竜ブレイカーが飛翔を止めたところで、ギルガメスは四方八方を見渡した。

 見事に、どこもかしこも灰色の雲がうねっている。深紅の竜は雲の海の中にぽつり、浮かんでただよっていた。さながら、流木のように。

 少年は、らしくもなく薄笑いを浮かべた。視界を閉ざされ、当て所なくさまよう。まさしく、今の自分の心境そっくりの風景に感じたからだ。

 と、そのときのことだ。胸をぐっと、締め付けられるような感覚に襲われた。何ごとかと、少年はこの違和感を覚えた箇所を右手で押さえつける。

 それと同時に全方位スクリーン左下にウインドウが開かれ、竜の全身を模したワイヤーフレームが描かれた。

 ワイヤーフレームの竜は姿勢を正し、首から尻尾までピンと、横一直線にまっすぐ伸びている。……すると、背中の辺りから何かを取り入れるかのような矢印がいくつも、描かれ始めた。矢印は胴体を通過し、そしてコクピットの上……首から、口へと向けていく。そして竜の図のすぐ下に表示された公用ヘリック語の説明を見て、少年は声を上げた。

「荷電、粒子砲!?」

 声に応えるかのように、コクピット全体が電流でも帯びたかのようにかすかに震えた。と同時に、全方位スクリーン全体があの極彩色の彩りに包まれる。

 彩りはわずかにうねって、すぐにもとの雲の海を描き出した。だがそれとともに、薄暗いコクピット内を覆ったこのやけに張りつめた空気は一体なんだろうか。

 胸をさすって落ち着かせる少年をよそに、コントロールパネルが至るところ、まばゆく明滅する。それを合図に、パネルの中央部が左右にぱっくりと割れた。

 その中からせり上がってきたのは人の顔ほどもある、錠前のような装置。中心に開くカギ穴は、少年の人差し指の長さをも越える代物だ。

 対応するように、左下に別のウインドウが開かれ、ワイヤーフレームが表示された。……それは今まさに少年の羽織るジャージのポケットに、入っているものであった。

 少年は相棒の求めるままにナイフの鞘を抜くと、鞘の方はポケットに戻し、ナイフは両手でしっかり握ってカギ穴に押し込む。そっと時計回りにねじると、コントロールパネル全体が脈打つような明滅を開始した。全てが明滅に至ったということは、このナイフは安全装置を解除するカギのようだ。

 さて相棒の荷電粒子砲は正直なところ、あの金髪銀瞳の美少女に挑発されて、備えているのではないかとはじめて考えたくらいだ(※竜のノドに消化器官が存在し、そこから高熱を発して食料となるゾイドの装甲を焼き切ることくらいはさすがに知っている)。……もし、彼女がああやって挑発するほどの威力のものを備えているのであれば、鉄壁を誇ったあのブレードライガーの光の矢尻をも打ち砕くことができるかもしれない。

 しかしギルガメスは相棒ブレイカーに、そのことを聞くという発想などなかった。結局のところ、敗因を己の中にのみ見出した少年には、相棒にこれ以上の武装の追加などといった要求を、求めるはずもなかったのだ。

 だが今この優しき竜は、あえて己が隠し守り続ける禁忌を破ろうとしていた……強い、決意を胸に秘めて。気持ちを汲み取った少年は拘束具の下からでも居住まいを正し、ナイフの柄を操縦桿のように両手で握りしめる。

 深紅の竜は長い尻尾を水平にピンと張ると、桜花の翼は己が巨体の左右を覆う一方、六本の鶏冠は目一杯広げてみせる。すると尻尾を覆う装甲が突如、ノコギリ刃のように逆立った。それとともに鶏冠の付け根の辺りが大きく口を開くと、そこから無数の光の粒を吸収していく。まさにワイヤーフレーム通りだ。

 と同時に、スクリーンの真っ正面に照準が表示される。そして水面に小石が跳ねて波紋を作るかのように照準の周囲がぼやけ、ただひたすらに照準の彼方に映る雲の海だけ、異様なほど鮮明に浮かび上がった。まるで、手に届く距離に雲がただよっているかのようだ。

 やがて竜の口の奥に光がこぼれ始めた。意を決した竜は刀を振りかぶるかのように首をもたげる。

 一刀両断の気合いをみなぎらせて、竜は首を振り降ろした。

 解き放たれた、一条の光の槍。怒涛の勢いで雲の海を切り裂き、吹き飛ばし、押し流す。

 ポッカリと、雲の海は風穴を開けた。その余波までもが凄まじい勢いでちぎれた雲を弾き飛ばしていく。

 気がつけば雲の海はまさしく雲散霧消していた。大気がかすかに放電する中、空には双児の月と無数の星々が、大地にはそこかしこに街の灯が浮かんでいる。……やがて竜の四方には、静寂が還った。

 ギルガメスは、しばし呆気に取られていた。ナイフを握りしめていた手の平が汗ばんでいる。少年が求めていた力のてん末が、今そこに明らかとなった。あるいはあの光の矢尻をも破り得る力。

 だがこの場に至って、彼の反応は思いもよらぬものだった。

 我に返った少年は、全方位スクリーンを見渡してみる。

 天からも地からも注がれる穏やかな光。浴びただけで、少し身体が暖かく感じられる。緊張が少し緩んだのか、少年はぽつりと、つぶやいた。

「きれいだ……」

 円らな瞳は潤んでいた。曇天の彼方にはこんなにも美しい光が隠れていた。そして、雲を押しのけたあの光の槍でさえも。荷電粒子砲と聞けば恐ろしいが、解き放たれた閃光は暗闇のずっと奥まで照らしてくれるようだ。

 やがて少年の頬に一筋の涙が流れたとき、コクピット内を包み込んでいた張りつめた空気が解けた。

 深紅の竜は嬉しそうに甲高く一声鳴くと、胸部コクピットハッチに鼻先をこすりつける。……自分の中に秘められた恐るべき力を明かしても、この優しい主人は穏やかでいてくれたのだ。救いというものをずっと竜が求めていたとするならば、今、それは確かに手にすることができた。

 なぜだろう、刻印を発動させていないのに、少年の胸元はやけにくすぐったく感じられる。

 

 夜の散歩はものの十数分で終わった。丘のふもと付近まで急降下した深紅の竜ブレイカーは、桜花の翼を大きくはばたいて勢いを殺し、この大きさのゾイドとしては驚くほどそっと着地した。

 そしてすぐさまふわりと跳躍し、丘の上の縁に降り立つ。

 ところがそこで、竜の歩みが止まってしまった。ギルガメスがスクリーンの向こうを見つめると、応えるように正面にウインドウが開かれ拡大した映像が表示される。

 エステルだ。ビークルのかたわらに寄っかかって立っている。寝起きなのは一目見て明らかだ。紺のジャージにカーディガンを重ね着し、サンダル履き。そして見るからに眠そうで目つきが悪い。

 怖じ気づいてしまった深紅の竜は、か細い鳴き声を漏らす。

 その気持ちは少年も同じではあるが、だからと言って籠城するわけにはいかない。

「大丈夫だよ、大丈夫」

 そう言い聞かせると、相棒に腹ばいになるようにうながした。

 ビクビクしながらも腹ばう深紅の竜をよそに、胸部ハッチから少年は降り立つと、すぐさま駆け寄っていく。怒られるのは承知の上だが、ちゃんと説明すれば理解は得られると思っていた。

 女教師はひどく不機嫌そうだ。寄っかかっていたしなやかな身体を起こすと、無言で夜空を指差す。……雲一つない夜空。風も吹かず、余所からただよう気配もない。

 これにはさしもの少年もばつが悪い。何もかも、お見通しということか。

 女教師は軽くため息をつくと、少年の肩の先に視線を向ける。

「……まず先に、ブレイカー。あなた本当に、これで良いのね?」

 そう落ち着いた声で語りかけられて、深紅の竜は凍りついた。だが切れ長の蒼き瞳でじっとにらまれると、かえって居住まいを正し、気丈に一声鳴いてみせた。

 女教師は竜の仕草を見ると、その瞬間だけは機嫌が直ったように微笑む。

「そうね。あなた今まで、我慢しすぎだと思っていたわ。あなたは、いいわ」

 彼女はそう告げると、今度は斬りつけるような視線を少年の方に向けた。思わぬ不意打ちに、彼の小さな五体がすくむ。

「ギル、あなたが思った通り、ブレイカーの荷電粒子砲ならあのブライドの駆るブレードライガーをも倒すことができるかもしれないわ。

 だけど荷電粒子砲はね、過去にあまりにも多くの命を奪ってきたわ。言ってみれば、その子の一番やましいところ。あなたに教えることさえ、相当な覚悟と決意が必要だったでしょうね」

 そうだったのか。少年は円らな瞳を見開くとちらり、かしこまる相棒を横目で見る。

 そこまで話した女教師は、ためらうように視線を外す。だがやがて、意を決したように蒼きまなざしを解き放った。

「荷電粒子砲を使いこなすにはね、『資格』がいるの。

 ギルガメス、今のあなたにはそれがない」

 そこまで告げた彼女はビークルの側に手を伸ばす。……暗闇に、隠されていた。両端を布で覆った長い、長い杖。空気警杖だ。

 途端に、裂帛の気合いが少年を襲った。鈍い音を耳にする。途端に、小さな身体が勢いよく吹き飛ばされた。

 一気に間合いを詰めた女教師エステルの、空気警杖のひと突きだった。しなやかな構えを決めたまま微動だにしない。

 かしこまっていた深紅の竜は、膝を立てて悲痛な鳴き声を上げる。だがそれも、女教師がすぐさま厳しい目つきでにらむと途端に縮こまる。

「資格、見せて欲しいわね」

 あお向けに倒れた少年は、せき込みながらゆっくり、起き上がった。資格というものが何を指し示すものかわからない。だが、この状況的には。

「……こういうことなんですか」

 ジャージのポケットから鞘入りのナイフを取り出す。相棒の安全装置を解除するカギでもあったこのナイフは、この試練においても文字通りカギとなった。ちなみに、短剣術を教わるようになってからいまだに彼女から一本も取れた試しがない。

 しかしながら、今の女教師は構えの瞬間まで行儀よく待ったりなどしない。ひと突き、もうひと突き。風が波打つような打突に、少年の小さな身体がよろめく。そこに左、右と空気警杖の横薙ぎ。もはや倒れる猶予も与えない。

 唐突に訪れた凄惨な光景。優しき竜は悲鳴を上げ、うずくまって両手で顔を覆った。真っ正面で鬼気迫る立ち回りを見せる古代ゾイド人の美女こそは、竜の主人と同等に大事な存在なのだ。それが今や、修羅のごとき形相で主人に襲いかかっている。

 そしてこの光景を、間に入って止めることすらできない。……空気警杖などというものは、本来は練習する者の安全を確保するために作られたものである。だが今、この場でパン、パンと何度も鳴り響く打撃音の激しさは、練習などという領域をとっくの昔に逸脱している。

 何度も、何度も打突を受けて、少年はついに膝をついた。喘息にでもかかったかのように呼吸が荒い。

 そこに容赦なく、空気警杖の突きが襲いかかる。

「ほら、立ちなさい! 立ちなさいよ!

 せめて一本くらい取って、資格があることを証明してみせてよ!」

 そう罵倒しながら、倒れ伏す少年の小さな身体をめくり上げるように何度も突く。

 ギルガメスは思わぬ事態にずっと面食らったままだ。……だが、しかしとも思った。

(ゾイドすら殺そうという気迫なのに……)

 少年は上目遣いで目前の女教師の様子をうかがう。

 閃光を解き放つ切れ長の蒼き瞳を見つめたとき、彼は内心、首をひねった。

 刺し殺すほどの眼光とは裏腹に、今にも決壊しそうなくらいに潤んでいる。

(なぜ、あなたはそんなにも悲しそうなんですか)

 そこに思いが至ったとき、少年はバネ仕掛けの人形のようにすっくと立ち上がった。

 深く、深く呼吸しつつ、円らな瞳を向けながら鞘入りのナイフを両手で中段に構え直す。だがふと、その構えを解き、ナイフを右手に持ったまま両手をだらりと下げた。

 上目遣いを反らさぬまま、いつ、どんな挙動で攻め込まれても弾き返さんとする不動の構え。かつて波のしぶきを切った時のように肩の力を抜き、大きく深呼吸しながらじっと目前を凝視する。

 するとどうしたことだろう、異様な感覚が脳裏を支配していく。全てがひどく、ゆっくりと動いているように見える、聞こえる。まるで、時が数倍にも遅れたかのような……。戸惑いは、ない。ないが、こんな景色を、まさかこの場で見ることになるとは思わなかった。極限的な状況に置かれたがゆえに、異様に集中しているのか?

 ギルガメスの瞳の奥底をのぞき込んだ女教師エステルは、そんな愛弟子の異変に気がついたのか、不敵な笑みを浮かべる。

「私の突きを、あのブレードライガーの体当たりだと思いなさい」

 そう、つぶやく声を耳にしても違和感は覚えない。異様な感覚は、既に少年の五体に馴染んだかのようだ。言葉とともにほんの数秒だが、辺りには静寂が訪れた。

 不意を突くように裂帛の気合いが空気を引き裂く。

 左の頬をかすめる空気警杖の突き。歯を食いしばった少年は、鞘入りのナイフで一撃を受け流す。

 すかさず弾き返さんとしたのも束の間、引き戻された空気警杖。追いすがる視線は間を置かず繰り出された二発目の突きを目の当たりにした。

 今度は、右の頬をかすめた。鞘入りのナイフは寸前でどうにか受け流しに成功している。……そしてこのとき、少年は悟った。間合いが一歩、近くなっていることに。

 そこに気がついたときには、三発目の突きが襲いかかっていた。

 少年の叫びは声にもならない、息吹きのよう。

 気合いと気合いが交叉した。風切るような三発目は彼の左肩を抜けていく。

 女教師のふところ深くに少年の小さな身体が滑り込む。その瞬間、時間でも停止したかのように、両者はピタリと硬直した。後から追いかける静寂がようやく間に合い、辺りを包み込んでいく。

 深紅の竜ブレイカーは恐る恐る、覆っていた両手を上げてみた。

 女教師エステルの右脇腹には、鞘入りのナイフの先端が軽く当たっている。

 すると突きを繰り出した姿勢のまま、彼女は声を上げて笑った。嬉しくも、悲しくも聞こえる、奇妙な笑い。

「ふふっ、やるじゃない。ふふっ、ふふっ……。

 これであなたが資格を得たという話しじゃあないんだけれどね。でも、仕方ないわ」

 空気警杖が地面にパタリと落ちた。

 ハッと、ギルガメスは息を呑む。先ほどまで恐ろしいほどの殺気を発していた憧れの女性が、少年の頭部を抱き締めていた。両腕は小刻みに震え、すすり泣きを漏らしている。

「負けたりしたら、許さないからね」

 嗚咽混じりで、辛うじて少年に伝えた。

 まるでそれが催眠術を解く合図であったかのように、少年の脳裏を襲った異様な感覚が払拭された。彼は本来あるべき時間を再び体感し、内心ホッとした。

 二人と一匹の様子を双児の月が煌々と照らす。憧れる女性の真意も、先ほどもたらされた異様な感覚の正体もギルガメスにはまだわからぬが、今しばらくは鞘入りのナイフを握ったまま、その身を彼女の胸に委ねた。

 

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