魔装竜外伝 完全版   作:◆.X9.4WzziA

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5. 紅霞の章(1)

 やがて春が訪れ、大地は束の間の乾きを得る。だがそれもひとたび初夏が訪れ雨の恵みを得れば、すぎた潤いがぬかるみに変えていくだろう。そんな境目に近い今朝。

 既に朝霧も晴れた荒野には、左右数十メートルおきに白き狼コマンドウルフの集団が整列している。そのいずれも左肩に、惑星Ziを月桂樹と稲妻で囲い覆ったヘリック共和国軍の紋章が描かれている。狼の壁はその先にも、またその先にも並んで鉄壁の陣形を構築していた。

 そして狼の壁の先に、いくつかのハンガー、建造物などの施設が乱立している。この辺りもまたヘリック共和国軍の演習場であり、今日開催される獣皇戦の会場でもある。新人王戦と同様、大規模な大会であるため会場を借りての開催だ。例の連続自爆テロも考慮に入れれば、これ以上安全な会場はあるまい。

 さて、その施設の一つ。だだっ広いハンガー内には沢山のゾイドが腹ばい、待機している。大会の当日を迎え、参加チームとゾイドがここに結集していた。くわえて、警護に当たる共和国軍兵士とバトルローバーの姿も大量に見受けられる。参加ゾイドに過度の刺激を与えないようハンガーの壁付近に立ち、あるいは巡回しているが、物々しさは新人王戦のときと比べてかけ離れていると言って良い。

 喧噪の中には、深紅の竜ブレイカーの姿もあった。今は猫のように丸まりながら眠っている。夜行性ゆえだが、この歴戦の勇者にとって周囲の雑音は、例外を除いて安眠の妨げになどなりはしない。

 竜の傍らには銃器にはさまれたビークルが横たわっている。トレーラーの後部ハッチがせり上がり、ギルガメスが降り立った。膝下丈の半ズボン、白のTシャツの上に灰色のパーカーを羽織る、いつも通りの格好。少年はけだるげに伸びをする。

 朝早く起床して宿泊所からここに移動したため、彼は少々仮眠を取っていた。……仮眠が取れる神経を自分自身が備えていたことに彼は少し驚いたが、それはともかく休めたのがありがたい。辺りはハンガーの屋根に埋め込まれた窓ガラスが良い具合に陽射しを取り込んでくれるので、ごく自然に眠気も覚めてきた。

 すると左手に気配を感じた。エステルだ。一足先に起きていた彼女が影のように寄り添っている。漆黒のパイロットスーツを身にまとい、サングラスをかけた文字通りの黒ずくめ。試合の日なのに背広を着用していないのは珍しい。今日に限っては有事を想定すれば最善の選択だろう。しかしながらしなやかな肢体の曲線がもろに浮き出るその姿には、こんな日であっても相変わらずモヤモヤした気分にさせられる。

 エステルは愛弟子の気配に気がつくとサングラスを額に持ち上げて、切れ長の蒼き瞳を一層細めた。

「眠れた?」

「はい、思ったより」

 笑顔を交わす二人。

 今日、これから何が起こるかわからない。

 師弟は獣皇戦に参加するに当たって、ある日の夕食後、テロに巻き込まれる可能性を話し合っていた。当初は茶でも呑みながら気楽に話し合うつもりだった。

 エステルは、この大会も間違いなくテロに狙われると見ている。それも共和国軍をはるかに凌駕する戦力と、あざむくに足りる秘策を用意して。金髪銀瞳の美少女ブライドと彼女を支援する一派が、高々数匹のゾイドしか抱えていないとは到底思えないからだ。

 だがあの美少女らの目的は、と少年が尋ねたとき、女教師は口をつぐんでしまった。

 必ずしもギルガメス一人を狙って何か仕掛けるようなことはない……それは言ってくれた。水の軍団のようにこちらの不意を突いて襲撃すると考えるべきだろう。自爆テロも少年たちに対して仕掛けるには必然性が薄い。

 だが肝心の目的について問われたとき。彼女は平静を装うつもりだったようにも思えるが、徐々に難しい表情をし始め、しまいには腕組みしたまま黙りこくってしまったのだ。

 こんなにも困惑した彼女の表情を目の当たりにしたのは、はじめてではないか。少年は何かしら直感めいたものがあった。しかし困ったことに、それをすぐ言葉に置き換えられるほどの能力を、現状の彼は持ち合わせていない。

 だからギルガメスは、苦し紛れながらこう尋ねてみた。

「いつも通りに、すればいいですか?」

 そう言われたエステルは切れ長の瞳を丸くすると、軽く吹き出してしまった。

「……そうね、そうよね。

 ギル、いつものあなた通り、一生懸命に戦って」

 彼女は考えがまとまっていない部分もあって今は話し辛いから、何もかもはっきりわかったらちゃんと話すと、そう約束してくれた。

 それで十分じゃあないかと、少年は改めて思う。今までの戦いの日々を思えば、どうということはない。彼女はいつだって、そばにいてくれたではないか。

 ふとエステルは、ギルガメスから視線を反らすとぽつり、つぶやいた。

「昨日のインタビュー、面白かったわよ?」

 ちらりと少年が横目で見たとき、彼女はやけに満足げに見える。

「いつも通りですよ、あれも」

 素っ気なく返事するよりほかない。

 昨日、前夜祭に当たって参加選手は片っ端からインタビューを受けたのだ。ギルガメスも例外ではない。立食会の場での出来事だ。かたわらには常にエステルが寄り添いじろじろと周囲の様子をうかがう中、十数名もの記者の質問に答えた。

 彼の答えは一攫千金を狙うゾイドウォリアーとしては極端に、無欲と言えた。

『今大会の目標は?』

「生き残りたいです」

 途端に、記者たちが静まり返った。

 どんな質問も、まずは「生き残りたい」「生き残ってから考える」と返してしまった。記者たちがあれほど徒労感で疲れ切った表情を見せたのも珍しい。さしもの女教師エステルも吹き出しそうになって、あわてて口元を押さえたものだ。

 だがギルガメスにとっては紛れもない、本心である。先日の新人王戦を経験し、そして今回、試合ではない別の戦いをするかもしれないとあれば、そう答えざるを得ない。

 少し難しい表情をした彼の顔を、今度はエステルが横目でちらりと見つめたが、すぐに反らす。

 と、そのとき少年は円らな瞳を一層大きく見開いた。だがその目線を動かすことができない。

 彼のゾイド胼胝(たこ)まみれの左手に、女教師の長い指が握られている。強く握り返したらくずおれてしまいそうな細く、柔らかい指。

 鼓動が一気に高まっていく。彼は深く鼻で呼吸して、どうにか己の心臓をなだめた。そうして落ち着いてみて実感する。自分は、幸せだ。

 ビークルのかたわらでは深紅の竜ブレイカーが既に目を覚ましていたが、少しだけ首をもたげるとすぐに戻してうたた寝の振りを続けた。試合開始までは、もう少し時間がある。

 

 ハンガー内が薄暗くなり、ヘリック共和国国歌が流れる。

 獣皇戦の開催宣言、そして過去の大会映像を天井に映し出すところまで、新人王戦と同じだ。なるほどこういうフォーマットなのだなと、師弟は理解した。

 だとすれば、この後に続くセレモニーも同じだ。

「特別ゲストよりご挨拶があります。ヘリック共和国大統領!」

 天井の映像は切り替わり、整列する兵士や将校が左右に分かれる様子を描き出した。

 その間から、恰幅の良い初老の、軍服姿の男性が現れる。年齢不相応に黒い七三分けの頭髪と、襟や左胸の派手な勲章がよく目立つ。相変わらず、軍装以外に威厳を感じさせる要素がうかがえない人物である。

 退屈なスピーチも変わらない。ただ、テロに屈しないというアピールはしっかりと宣言された。

「……先頃から連続自爆テロの脅威に世界各地が見舞われております。

 ですが、ヘリック共和国はテロには屈しません。今大会も運営委員会と警護に当たった共和国軍の一致団結により、開催にこぎ着けることができました。このまま、大会が無事成功に終わることを強く願ってやみません」

 セレモニーがひと通り終わると、選手たるゾイドウォリアーたちはめいめい、相棒のコクピット内に乗り込んでいく。大統領ら要人もハンガーから立ち去ったようだ。

 試合自体は、既に始まっている。一匹また一匹と、ハンガー内のゲートを抜けてそのすぐ先の試合場へと向かっている。ゾイドの多くは早くも血気にはやっているものが大半で、吠えたりうなったりとけたたましい。

 一方、深紅の竜ブレイカーは依然おとなしく、ただし腹ばいのまま胸を張り、首をピンと伸ばしている。胸部コクピットハッチを開いて、自慢の主人を迎える準備を整えた。

 意を決して乗り込むギルガメス。着席、そしてハーネスの全身固定。

 そこに、颯爽と乗り込んできたエステル。再びサングラスを額に持ち上げて少年の両の頬を押さえると、彼女の額に刻印の青白い輝きが宿る。

「例え、その行く先が」

「いばらの道であっても、私は、戦う」

 詠唱に合わせて、少年の額にも青白い輝きがほとばしった。

 彼の頬を押さえたまま、女教師エステルは手短かに説いて聞かせた。

「どんな戦いになっても、自分を見失わないでね」

 こくりとうなずく少年。女教師は円らな瞳に宿る輝きをよく確かめると、微笑みつつサングラスをかけ直し、足元軽やかに外へ出た。

 閉じるハッチ。全方位スクリーンが映像を表示する。少年は憧れの女教師が相棒の左脇に置かれたビークルに飛び乗るのを確認した。

 いいタイミングで、ハンガー内にアナウンスが響き渡る。

『ギルガメス選手、ゲートを抜けて試合場へ向かって下さい』

 息を吐きつつ、少年はレバーを握りしめた。

「ブレイカー、いくよ」

 主人の声に応えて、すっくと立ち上がった深紅の竜。今はまだ、桜花の翼も六本の鶏冠もこぢんまりとまとめたまま、この大きさのゾイドとしては意外なほど静かに、ゲートへと向かっていった。

 

 さて獣皇戦が開催される演習場へと続く道だが、まずハンガーを外に出れば舗装された広場が開けてくる。……広場とは言っても巨大なゾイドが何百匹と待機する場であり、計り知れない規模ではある。その広場を抜けるとゾイド四、五匹は横並びで進めるほど広い坂道が数百メートルほど伸びており、これを下ってようやく演習場に到着するのである。

 そして演習場自体は、小細工らしい小細工は一切ない。乾いた平地だけが広がっている(ちなみにこの平地をさらに越えていくと複雑に入り組んだ山岳地帯にたどり着く。並みのゾイドでは走破は困難だ。こうした様々な要素でもって、この演習場は外界と隔絶されているのである)。

 ここまでの道を、共和国軍所属ゾイド・兵士らにより警護されて、獣皇戦参加ゾイドは次々に進んでいく。ビークルなどの随伴機は広場で分かれて待機することになる。

 ようやく始まったと、広場の端・崖の辺りで立哨する鋼鉄の鎧を着た兵士たちは半ば緊張し、半ば胸をなで下ろす。兵士のかたわらでは数匹のバトルローバーが腹ばいし、参加ゾイドやビークルの動向をじっと見つめていた。

 ところで「緊張」というのは、大抵は何らかの理由で突如として暴れ出すゾイドがいるからだ。そうなると速やかに鎮圧しなければいけない。百を越えるゾイドが参加するような大会だと、まれにそういうトラブルが起きることもある。

 もちろん、テロに対する警戒強化の意味合いもあることはある。……だが、これだけ見晴らしが良いと、どうやって演習場や施設内にたどり着くのかが問題となるだろう。警戒は怠らないが、彼らは過度に心配はしていなかった。

 そんなときのことだ。突如一斉に、バトルローバーたちが長い首を崖の向こうへと傾け、盛んに甲高く吠え立てた。

 どうしたのかと兵士たちは相棒のもとへと向かい、背中のコントロールパネルをにらむ。たちまち、辺りを示す鳥瞰図の映像が浮かび上がる。

 映像を見た兵士たちは、ヘルメットで覆われた顔を一斉に青ざめさせた。鳥瞰図を無数の光点が横切っていく。流星雨のように、速く、沢山。

 

 ハンガー全体が、縦揺れの地震のように大きく揺れた。

 すかさず踏ん張った深紅の竜。胸部コクピット内ではギルガメスが両肩をいからせ、衝撃をしのいだ。

 竜はすぐあとに続く、銃器ではさまれたビークルの方を見やる。

 ビークルの方は小刻みに揺れたがすぐに持ち直した。

「先生、大丈夫ですか!?」

 ビークルのコントロールパネル据え付けのモニターに、何度もまばたきする少年の姿が映る。

 エステルは笑顔を見せるが、すぐさまサングラスを外し切れ長の瞳を露にした。鋭いまなざしは戦闘のときに解き放つそれと何ら変わりがない。

「ふふっ、大丈夫よ。でもこれ、地震なんかじゃあ……」

 そう、彼女が言いかけたとき。

 雷を間近で聞いたら、こんな風に体感するのだろうか。そんな音が、頭のてっぺんから心臓の奥底にまで鳴り響いた。同時に、衝撃が再びハンガー全体を揺らす。

 音とともに、ハンガーの天井が崩れ落ちた。大量の瓦礫や鉄骨が、内部で待機する沢山のゾイドやビークルの頭上に降り注がれる中、地響きを立てつつコンクリートの床に突き刺さったものがある。

 天井を突き抜けるほど長い鉄塔のようなそれは、深紅の竜が両翼を広げてもなお足りぬ太さを誇る。するとこの鉄塔を覆う装甲が突如、逆さに開いた傘のように広がった。

 装甲の中には四肢をピンと伸ばしたゾイドが四匹、へばりついている。いずれもあの骨鎧の獅子ライガーゼロだ。

 骨鎧の獅子を括り付ける拘束具が一斉に外れた。次々に落下を開始した獅子たちは身軽に着地すると跳躍・疾駆し、辺りのゾイドに襲いかかっていく。

 ハンガー内はパニックと化した。四匹の獅子は待機していたゾイドを片っ端から爪で引き裂き、首を噛み切り、他のビークルを踏み付けていく。あわてての銃撃はこの敏捷なゾイドを捉え切れず、同士討ちが起こり、悲鳴が幾重にも響き渡る。

 赤い稲妻が、この阿鼻叫喚の地獄絵図の中を駆けめぐった。

「ふざけるな!」

 叫ぶギルガメス。深紅の竜ブレイカーもこの混乱を制するかのごとく鋭く吠え立てると、骨鎧の獅子たちと交叉する。水平に広げた桜花の翼。その下からは既に双剣が展開していた。

 骨鎧が砕け、闇色の胴体を切り裂く。たちまち一匹が疾駆のバランスを崩し、滑り転げる。

 駆け抜けた深紅の竜の前に鉄塔が立ちふさがる。寸前で前足を伸ばし、蹴り込むと鮮やかに反転。返す刀でもう一匹と交叉。

 跳躍した二匹目の獅子。その真下を深紅の竜は抜けていく。振り上げた翼の刃は獅子の胴から股間辺りまで切り裂いた。

 滑り込み反転した深紅の竜の視界に、着地不可能な状態で床に五体を叩きつけた獅子の無惨な姿が映る。

 ひどく興奮したギルガメスは、続く敵はと全方位スクリーンをぐるりと見渡す。が、すぐにもっと大事なことを思い出して青ざめた。

「先生!? エステル先生!」

 彼の返事に応えるかのように、聞き慣れた数発の銃声が鳴り響く。

 その方角を向くと、鉄塔が与えた衝撃よりは十分に小さな地響きとともに、獅子が一匹、地面に崩れ落ちていた。反対側を見れば、あの銃器にはさまれたビークルが仁王立ち。コクピットのすぐ手前の装甲よりライフルの銃口が伸び、硝煙をただよわせている。

 全方位スクリーン左方にウインドウが開き、苦笑いを浮かべる憧れる女性の姿を映し出した。……そんな余裕もほどほどに、彼女はかたわらに準備しておいたフルフェイスのヘルメットを、もぎ取るようにつかんで早々にかぶる。シールドは開けっ放しなのがギルガメスには心配だが、表情がわかるのは正直、ありがたい。

「ごめんね。封印、破っちゃったわ」

 ビークルは試合への参加を認められていない以上、試合場での武装は封印の張り紙が施されているものだ。破れば重大なペナルティが科せられる……が、そんな悠長なことを言っていられる事態ではないことは師弟ともども承知の上だ。

 互いに苦笑いをかわす間に、向こうで盛んに銃声が鳴り響いた。

「何しやがる!」

「試合がパーじゃねえか!」

 怒号とともに、竜やら虎やら狼やら、沢山のゾイドが残る一匹めがけて銃撃を浴びせる。さすがに他の選手も百戦錬磨がそろっている。時間の問題だろう……と少年が思ったとき、スクリーン左下にウインドウが開かれた。

 袋叩きの図をワイヤーフレームで表示したそれは、警告を発している。骨鎧の獅子は的と化して動かない。だがその胴体部分が一気に赤くなっていくではないか。

「離れて!」

 女教師が叫んで割り込む。少年は血相を変えてレバーを捌くと、深紅の竜は強く床を蹴り込んだ。すぐさま旋回中のビークルのもとまで駆け寄って両手で抱え込む。竜は間近の閉鎖されているゲート前まで突っ走り、そのまま体当たりで鋼鉄の壁をぶち抜いた。

 一気に駆け抜けたところで、後方で鳴り響いた爆発音。……少年は全方位スクリーンをちらり横目で見た。ハンガーの壁が、ゲートが爆風で吹っ飛んでいる。

 そして、真っ正面を見渡すと。

 広場に、そしてその先に広がる演習場に。あの鉄塔が既に何本も突き刺さり、逆さに傘を広げている。そして十や二十では効かない数のあの骨鎧の獅子たちが、まさしく白波と化して試合に参加するゾイドたちや、警護に当たっていた共和国軍の兵士やゾイドめがけて襲いかかっている。

 ギルガメスは怒りに我を忘れそうだ。冷静さを取り戻すことができず、何とかして我に返らんと荒々しく呼吸を試みるが、かえって鼓動は速度を増すばかり。懸命に胸をかきむしってなだめようとする。

 全方位スクリーン左方のウインドウからは、見かねたエステルが厳しい眼光のまま、少しだけ口元を緩めてささやいた。

「ギル、ギル、聞こえて?」

 ハッと、ギルガメスのまなざしが動く。ウインドウの方角を見つめる彼の口元も、かすかに緩んだ。いつも通りの問いかけは、魔法とまではいかないが、少年の心に若干の余裕を芽生えさせた。憧れの女性も、優しい相棒も、ともに生きている。

 そんな愛弟子の様子に安堵しつつ、彼女は会話を続けた。

「……施設の方は、気にしなくていいわ。

 私たちは『あれ』を目指しましょう」

 彼女の言葉にあわせるかのように、全方位スクリーン真っ正面にウインドウが開き、彼方の映像が拡大表示される。

 すっかり砂ぼこりで視界が悪くなっている演習場の彼方に何かが明滅している。それが徐々に下へと落下しているのだ。……辺りは竜巻にでも襲われたかのように、砂ぼこりが吹き荒れているではないか。

 ウインドウ内の映像は、早速その彼方をワイヤーフレームで描き直していく。

 通常の映像では何も見当たらないその辺りに、巨大な、魚の姿を模したワイヤーフレームが急降下しているのがわかる。明滅とフレームの輪郭は一致している。超弩級の輸送ゾイドが何らかの方法で姿を消しながら降下中のようだ。

 何だこれは、と少年はうなる。だが同時に、あの巨大な鉄塔を放った奴ではないかという直感もまた、脳裏をよぎった。つまり、テロの黒幕の本陣だ。

 深紅の竜ブレイカーは桜花の翼を、六本の鶏冠を目一杯に広げた。鶏冠の先端から蒼き炎が吹き荒れ、地上の流星と化す。雄叫びとともに、土砂が爆ぜる。

 

 時を同じく、場所を近くしながらも、見た目には死地とは無縁の状態にある者もいた。

 ヘリック共和国大統領はだだっ広い管制室の中央・司令官席に着席していた。彼のすぐ後ろには数名のSPが控えているが、一方で壁側に並ぶ各種管制席に着席する者は誰もいない。既に四方の窓は鋼鉄のカーテンでふさがれているため、司令官席の机上に並べられたいくつものモニターで外部の戦況を把握するよりほかない。

 共和国の最高位に君臨するこの恰幅の良い男も最低限の操作はできるようで、端末をいじりながら外部の様子を注視している。……だがその表情にさほどの変化は見られない。鉄壁のポーカーフェイスは、彼を現在の地位に押し上げた財産なのだろう。

 男は表情を変えぬまま、背後のSPに尋ねた。

「演習場司令官は来ないのか?」

「現場にて指揮を執ると申しておりました」

 男は無言でうなずいたが、内心舌打ちをした。

(無駄なことをする。鎮圧を果たすのは君たちではない)

 太い指で、滑らかではないが慎重に端末を操作する。

 モニターは演習場の鳥瞰図を映し出した。……無数の、白い光点。それよりずっと離れた数カ所に、全く別の青なりオレンジなりの光点が見受けられる。

(我が直属の、新たなる特殊部隊が果たすのだ。水の軍団をも凌駕する我がしもべだ。

 それによって、国家を再生する壮大なビジネスも確立できる……おや?)

 鳥瞰図のはるか下方・各種施設の点在する(その中にはこの管制室もある)一帯から、突如飛び出てきた赤い光点。広場を、坂道を抜けて演習場に躍り出るや、途端にその周囲を白い光点が取り囲んでいく。

 ところが群がる白い光点は、片っ端から消滅していくではないか。男は目を見張った。

 

 骨鎧の獅子ライガーゼロの群れが渦巻く荒野の中を、流星を背負いながら深紅の竜ブレイカーは突き進む。

 頭上から、足元から。飛び掛かり、滑り込む獅子たちを、双剣がうなりを上げて叩き落とし、鋭利な足の爪で打ち払う。

 ぐしゃり、ぐしゃりと地に落ちるまでには、すぐまた次の刺客が一足一刀の間合いを飛び越えてきた。強く地を蹴った深紅の竜。獅子が振り上げた前肢をくぐり、そのまま肩で体当たり。

 のけ反って背中から落ちる獅子。すぐその足元に着地した竜の背後を、砲声が襲う。別の獅子たちが遠巻きから腹部の大砲で狙撃したのだ。ひるがえって桜花の翼をかざす竜。たちまち数発の金属音が弾ける。

 だが翼の下から竜がにらんだとき、その手前には銃器にはさまれたビークルが躍り出ていた。一発、また一発と立て続けに銃声が鳴り響けば、狙撃を挑んだ獅子たちも一匹、また一匹と膝から崩れ落ちていく。

 すぐに桜花の翼を広げた竜。背中をビークルに預け、既に飛び掛かってきていた次の獅子を迎撃にかかる。その戦いぶりは一貫して淀みなく、ためらいもなく、次から次へと肉迫する獅子の群れを一匹また一匹と切り捨てる。

 しかしながら竜の胸部コクピット内では、ギルガメスが時折荒々しく息を吐いている。新人王戦など比較にならない規模の敵が、少年主従のみをめがけて一斉に襲いかかっているのだから無理もない。

(さすがに、多い……)

 息を吐きながらも円らな瞳は全方位スクリーンをぐるりと見渡し、群がる獅子の動きを見透かす。……まばたきに応じるように額の刻印が青白い光をほとばしらせ、この巨大な包囲網の隙をうかがう。

「ギル、疲れた?」

 全方位スクリーン左方にウインドウが開き、不敵に微笑む憧れの女性を映し出した。こういう肝心なところでずるいことを言う人だと、少年は苦笑を隠さない。

「まだまだ。それより、そちらは弾、大丈夫ですか?」

「積めるだけ積んだからね。まだ一割も使ってないわよ?」

 互いに笑みを交わすと、すぐさま現実に立ち返る。

 深紅の竜ブレイカーは桜花の翼を水平に広げ、じろりじろりと周囲を見渡しながら歩を進める。

 一足一刀の間合いを踏み越えるほど近くまで包囲していたはずの獅子の群れは、竜に右翼をにらまれればあとずさり、左翼に双剣の切先を向けられれば足がすくみ。

 かくして一足一刀が二足、三足と広がっていき、いつの間にか獅子の群れは逃げ腰で取り囲むのがやっとの烏合の衆に成り果てた。その背後に目を向けた奴には銃器にはさまれたあのビークルが立ちふさがり、わずかな隙にも銃口を向けて威かくする。

 それでもせめて一矢と、左右の獅子たちが腹部の大砲を乱れ撃つ。音に合わせるかのように土砂が爆ぜ、流星が弾け、深紅の竜は獅子の群れを引き裂いていく。真っ正面に立ちふさがった獅子たちの心の隙を突くように吠え立て、足元をすくませての横払い。

 演習場一帯を埋め尽くした白波が徐々に、割れていく。たった一条の流星によって。

 

 ヘリック共和国大統領はポーカーフェイスとは裏腹に、感嘆し、呆気にも取られていた。

 赤い光点の正体を実際の映像として確認したとき、彼にはそこそこの既視感があった。新人王戦を制したあのゾイドではないか。あのとき満身創痍で勝ち抜いた少年主従は、いつの間にか百を越える骨鎧の獅子の群れをたやすく破る勇者へと変貌を遂げていたのか。

 そうこうしている間にも、赤い光点は白い光点の包囲網の中に割って入り、着実に演習場の果てを目指して前進している。……恰幅の良い男は意を決してプレストークを握った。

「ドクター・ビヨー、シナリオの変更だ。

 このままではあの赤い奴一匹によって、せっかくの悪役たちが全滅してしまうぞ」

 

 ギルガメスの心には、徐々に余裕が芽生えていた。意を決して家出してから一年近くの間に経験した数々の激闘、敗北、そして勝利。それが彼のレバー捌きひと挙動に至るまで、確かな技術に昇華させていた。

 群がる凶悪な敵たちを前にしても動じることなくねじ伏せ、血路を開いていくこの奮戦ぶり。余裕は、生まれるべくして生まれてきたのだ。……今の彼には、群がる獅子を冷静に、自分たちよりも弱いと判断できる。

 だが少年はその余裕ゆえに、同時に一抹の疑問を抱き始めていた。

 相手の間合いの、異常な近さだ。少年主従はこの凶悪な包囲網を着々と突破しつつあるが、それでも向かってくる骨鎧の獅子たちは、一足一刀の間合いなどあっさりと踏み越えて飛び掛かってくる。彼の経験が脳裏ではっきりと断じている……無謀すぎると。

(近い、近すぎるよ。何でこんなにも、近付いて勝負する気になれるんだ?

 自分の命も、相棒の命も惜しくないのか?)

 再び、三たび飛び掛かってくる獅子の群れをかいくぐったとき、彼は直感した。

(……これは、人の気配では、ない!)

 ゾイド同士の戦いといえども、多くの場合、パイロットである人間が主導権を握っている。つまり人の性格が、出るはずだ。だがこの死をも恐れない獅子の群れには、それが一切感じられない。

 そのときだ、竜の頭上高くから獅子が一匹飛び掛かってきたのは。全方位スクリーンの天井部分に表示される砂ぼこりの舞う空は、鋼鉄の機体によって一気に閉ざされていく。

 少年は意を決してレバーを捌く。直感の真偽を見定めるために。

 深紅の竜、跳躍。桜花の翼は水平に広げたまま、右腕を伸ばして飛び掛かってきた骨鎧の獅子の鼻先をはたく。非常に多くのゾイドのコクピットは、頭部にある。ならば頭部の装甲を破壊すれば、パイロットの正体がわかるはずだ。

 交叉し、ともに着地した竜と獅子。深紅の竜は桜花の翼をひるがえしつつ背後を振り向く。その頃には目前にビークルが立ちはだかって、着地の隙をうかがう獅子たちを油断なく牽制する。

 獅子の方は着地こそ成功したものの、すぐさま肘を、膝を折ってバランスを崩しかけてどうにか踏ん張った。……そのときだ。頭部を覆う兜の部分が鼻先辺りからひび割れ、バラバラと崩れ落ちたのは。

 兜を破壊され、露になった頭部の中身。だがそれを見たとき、ギルガメスは息を呑み、相棒ブレイカーは若き主人の額の刻印を通じて辛い嫌悪感を訴えかけてきた。

 コクピットには、パイロットの代わりに得体の知れない、円筒型の水槽が埋め込まれている。すぐさま拡大される映像。分厚いガラスの内部は液体で満たされ、その中に何かうごめくものがいることに、少年は気付いた。

 人の、胎児だ。しかも驚くべきことに、頭部と思われる大きな肉塊の中心がまばゆく明滅している。まさしく少年の額に燦然と輝く刻印のように。

 延々と続く死闘で吹き出た汗が凍りついてしまうほどに、少年は慄然とした。

「先生、これ、一体……」

 ウインドウの向こうから語りかける女教師エステルの表情は険しい。だが動揺らしい動揺も見られない。まるで全ての結末を知っていたかのようだ。

「何らかの技術で作られた、ブライドの『分身』よ。

 ここにいる全てのライガーゼロにはこいつらが積まれているんでしょう。無論、自爆テロを仕掛けた奴らもね。

 刻印を使いこなしてゾイドとのシンクロが可能なほどの胎児を『量産』できるなら、あなたも気付いた無謀な戦い方が可能な、屈強のゾイド部隊が誕生するわ」

 ギルガメスは二の句が継げないままだ。もはや戦っている相手が人間なのかもわからない。あの金髪銀瞳の美少女はこういう存在を従えていたのだ。

 一瞬の思考が、一瞬の時間の停止を生んだ。時間を再び動かし始めたのは、はるか遠方から響き渡る無数の砲声。

 目前のビークルをガッチリつかんだ深紅の竜。すぐさま地を蹴り跳躍したそのあとに、乱立する土砂の柱。次々に、獅子たちが巻き添えを食って吹っ飛び、砕け散る。

 少年はレバーを捌いて相棒の着地のバランスを確保しながら、獅子の包囲網の彼方から巻き起こる土煙の正体を確認した。

 獅子が三匹、横並びに走ってきた。体格的には骨鎧の獅子と差異がないものの、いずれもそのまとう鎧はカラフルで、特徴的だ。

 中央を駆ける橙色の獅子はたてがみが幾本もの鋭い長剣と化している。

 左に並ぶ紺色の獅子は背中に巨大なブースターが。

 右に追随する緑色の獅子は背中に巨大な大砲が二門。全身の装甲に無数のミサイルハッチが埋め込まれているから、きっとこいつが辺りを爆発させたに違いない。

 三匹のうち左右の二匹は突如として左右に広がり、三叉戟のような陣形で向かってくる。

 

「大統領閣下、了解致しました。主役は古代の姫君ひとりでも十分でしょう。

 ギルガメスと魔装竜ジェノブレイカーは姫君がご執心ですが、今や閣下の政治理念と私の真理探究の邪魔です。早々に、始末させましょう」

 薄暗い室内に、ぶつぶつと声が響く。室内がだだっ広いことは、至るところに光源が埋め込まれていることから察知できた。……光源は、分厚い円筒型の水槽。液体で満たされた内部には胎児が浮かんでいる。骨鎧の獅子のコクピットにいたものと同様、胎児の額はまばゆく輝いている。

 そしてその中央・管制席に着席しているのは、あの分厚い眼鏡をかけ、左の頬にやけどの痕を持つ白衣の男の姿のみ。

「シュナイダー、イェーガー、パンツァー。おやりなさい」

 

 土砂を巻き上げ、着地した深紅の竜。すぐさまその両手からビークルが離れて周囲を旋回する。

 竜たちの三方より、砂ぼこりとともに先ほどの三匹の獅子が急接近してきた。すぐあとを骨鎧の獅子たちが追いかけてくる。

 円らな瞳を血走らせ、全方位スクリーン越しに周囲をにらむギルガメス。

 左方のウインドウが開き、エステルが語りかけてきた。

「やるわよ。倒さないと、追いつかれるからね。

 どこまでも、自分を忘れずに戦って」

「はい。……ブレイカー、いくよ」

 決して大きくはないがいつになく力強い声で、少年は返事する。

 あんなおぞましいものを見たあとでも、憧れる女性の声が聞こえたのは救いだ。

 桜花の翼より双剣、展開。深紅の竜が再び地面を蹴り込まんと間合いを計る中、息を吹き返したかに見える獅子の群れが包囲網を再び築き上げていく。

 

 

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