三叉戟の陣形で、迫り来る三匹の獅子。そのすぐあとに骨鎧の獅子たちが続き、土砂や砂塵と相まってまさしく陸の波濤と化す。
辺りをぐるりと見渡す深紅の竜。両の桜花の翼を下段に構え、重心は低く。長い尻尾はピンと伸ばし、六本の鶏冠は目一杯逆立て。怒りを内に秘めてかすかにうなる。
するとその目の前に、銃器にはさまれたビークルがふわり、降りてきた。無論、視界をさえぎることが目的ではない。
全方位スクリーン左方にウインドウが開き、切れ長の蒼き瞳が目配せする。
「ギル、ブレイカーにビークルを一旦、つかませて。
合図したら、高く放り投げて頂戴」
大胆な指示を受けてギルガメスは円らな瞳を見開いたが、こういう劣勢の局面で何度彼女の機転に助けられたかわからない。少年は迷わずうなずいた。
かくて竜の両手に宝玉のように収まるビークル。竜の方もまるで予期でもしていたかのように、ためらいもない。
するとこの機を逃さんとばかりに、三叉戟の陣形が一気に距離を狭めてきた。
血走る、円らな瞳。少年は左右に厳しい視線を投げかけながら、汗で濡れた指をTシャツの裾でぬぐいつつレバーを握り直す。
既に包囲網はゾイド二十数匹分以内に狭まっている。
最初の突撃は、いずれが先か。左か、右か、正面か。紺か、緑か、橙か。
集中に集中を重ねたとき、少年は奇妙な錯覚を覚えた。このコクピット内部にも響き渡っているはずの騒音が、パタリと途絶えたかに思えたのだ。まるで時間が止まったかのようだ。と、そのとき。
緑色の獅子の足元が、不自然に土砂を巻き上げた。走るのを止めたのか。
「ギル、お願い!」
レバーを押し込む少年。応えてビークルを空高く放り投げた深紅の竜。
緑色の獅子が低く身構え、その全身を覆う装甲が次々に開放されたのは同時だ。
開放された装甲の中から無数のミサイルが、ヘビのように煙を噴きながら射出される。
あっという間に肉迫したミサイルの群れを、薙ぎ払う桜花の翼。ひと払いして地を蹴り、もうひと払いしてもう一歩蹴り。爆ぜる土砂、解き放たれる蒼い炎。竜が狙うはこの毒牙を解き放った緑色の獅子。
だがその頭上を、影が閉ざした。
首を傾けるギルガメス。不意を突いてきたこの影こそは、三叉戟の一角を担う紺色の獅子。背中のブースターより目一杯に炎を吹き出し、鋭い放物線を描きながら竜の頭上目がけて急降下。
一方、竜の背後より追いすがる強烈な威圧感。ミサイルの群れを薙ぎ払っている間に、回り込んでいたのは橙色の獅子だ。長剣のごとき無数のたてがみを前方に逆立て、自らを槍と化して急接近。
少年はうなった。緑色の獅子は囮。残りの二匹で頭上と背後から挟み撃ち。これが狙いか。
だが彼の心に生じた動揺を、察知した者もまたすぐ近くにいた。
「振り向くな! 突っ走って!」
コクピット内に叱咤の声が響き渡る。
全方位スクリーン左方のウインドウを横目で見つつ、少年は強くうなずいた。
その間にも、紺色の獅子は背中のブースターを全開に吹かして急速落下。ゾイド二、三匹分ほどの高さまで接近、前足の鋭い爪を振り上げたそのとき。
突然、紺色の獅子を背後より襲った強烈な殺気。獅子は何ごとかと背後……つまり上空をうかがう。
上空には獅子よりもずっと高く飛翔したビークルが一機。
その小さな機体をはさむ銃器の側面から、解き放たれた無数の鬼火。
鬼火の群れは蜘蛛の巣のように紺色の獅子を捉え、包み込んだ。爆竹のように獅子の鎧が弾ける中、アンチゾイドライフルの軽快な銃声が何度も鳴り響く。
そしてその直下では。
蒼き炎を鶏冠より吹き出し、深紅の竜は加速、さらに加速。背後より迫る橙色の獅子を一気に振り切ると、真っ正面で仁王立ちする緑色の獅子が解き放った大量のミサイルを斬り、払い、そしてくぐり抜け。もう十数歩で一足一刀の間合いにまでたどり着く。
すぐさま緑色の獅子は腰を浮かせて構え直した。残るは背中の大砲二門。めったやたらに撃ちまくる。
深紅の竜は木の葉落としのように蛇行を繰り返し、軽やかに、だが土砂を何度も爆ぜさせ荒々しくかわし。
緑色の獅子は、跳躍。前足を振りかぶる。
ところが深紅の竜は両翼を水平に構えたまま、さらに加速。滑り込むように獅子の真下をあっさり抜けると、そのままゾイド五、六匹分も突っ走ってから反時計回りに方向を転じた。
思わぬ肩透かし、そしてあざむき。緑色の獅子は背後を振り向いた。だが正解は、すぐに着地点を見定めることだった。……その目前には、猛追してきた橙色の獅子が長剣を伸ばして突っ込んできたところだ。
串刺し、そして真っ二つに引き裂かれた緑色の獅子。
無惨な味方殺しを演じた橙色の獅子は、背後を振り返りもせず深紅の竜目指して駆ける、駆ける。頭上で爆発、四散していく紺色の獅子の残骸も弾き飛ばし、深紅の竜の目前まであっという間だ。
竜の胸部コクピット内で、少年がその様子をにらみつける。ぶつぶつと、何やら唱え始めた。
「相手の『攻め』を『責め』る。
相手の『攻め』を『責め』る。
相手の『攻め』を……」
獅子の振りかざす長剣が、ついに一足一刀の間合いを越えたそのとき。
少年は吠えた。右肩をいからせ、正拳突きのようにレバーを押し込む。
雄叫びに応えるかのように、深紅の竜はぐいと一歩、右足を大きく踏み込む。
爆ぜる土砂を切り裂く桜花の翼。右翼の双剣が繰り出す渾身の突き。
切先は、勢いのまま突っ込んできた橙色の獅子の、頭部を覆う無数の長剣の隙間にねじ込まれた。切先があごを引き裂き、そのまま腹部へと到達する。完璧なカウンターだ。
桜花の翼を払い双剣を引き戻したところで、橙色の獅子だった鉄のかたまりの節々から閃光が漏れ出した。
すぐさま深紅の竜は地を蹴り一歩後退。桜花の翼をかざしたところで、鉄のかたまりは爆発、四散した。このゾイドにも先ほどの骨鎧の獅子と同様、有事に爆発する仕掛けが施されていたのだろう。
爆風を受け切ると、深紅の竜ブレイカーは盾代わりにかざした両翼の構えを恐る恐る解いた。その頭上すぐ近くにまで、ビークルが舞い降りてくる。
一瞥した深紅の竜は、小気味良く鳴いてみせる。映りっ放しになっている全方位スクリーン左方のウインドウの向こうでは、ひとまずは安堵の表情を浮かべた女教師エステルの微笑みが映し出されていた。
だがその一方で、竜は自らの胸部コクピットハッチを右手できゅっとつかむ。
その感触がシンクロによって少年の胸にも伝わってきた。何かにすがりつきたそうな不安と怯えを抱えた微妙な力加減。彼は自分の胸をさすりながら、大丈夫だよ、大丈夫だよと何度もささやいた。とっくの昔に迎えていたこののっぴきならぬ事態に、なお強い決意を抱きつつ、彼は叫ぶ。
「先生、ブレイカー、急ごう!」
そう叫ぶ間にも、残る骨鎧の獅子たちが再び包囲の陣形を構築させ、追走を再開しつつある。付き合っていられないとばかりに深紅の竜はきびすを返す。
ヘリック共和国大統領のポーカーフェイスは、この期に及んでも崩れはしなかった。しかし内心の動揺はこの上もない。何しろ己が見込んだ最強のゾイド部隊が、たった一匹のゾイドと一機のビークルによって片っ端からねじ伏せられ、その上形勢逆転の兆しも見えぬまま。机上のモニターが映す鳥瞰図からは、白い光点が一つまた一つ消滅していき、黒のバックグラウンドばかりが目立つようになってきた。
この恰幅の良い男の表情は変わらないが、再び握ったプレストークがするりと指からこぼれてしまった。手汗だ。伸び切ってぶらつくコードを強く引っ張り、先端のプレストークを握り直す。
「ドクター・ビヨー、作戦、再度変更せよ」
努めて落ち着いた表情と声で話す。だがその間に鳥瞰図の下方・この管制室を含めた各種施設の点在する一帯に発生した異変を、彼は見逃さなかった。あの赤い光点と同様、異常な速さで急接近してきた青い光点が一つ。
恐らく彼のシナリオ通りであれば、この青い光点は管制室のある施設一帯を取り囲む白い光点を片っ端から消去する予定だったのだろう。テロリストの手から国家元首を守り抜いた英雄は、そろそろ誕生するはずだった。
ところが青い光点は、白い光点などまるっきり相手にもせず、一目散にこの施設へと向かっているではないか。
男は何かを悟ったかのように、いきなり立ち上がった。表情はこの期に及んでもまだ変わらないが、急激に蒼白となる肌の色だけは隠せずにいる……というのが背後のSPたちの感想だったが、それが世に出ることはなかった。
数発の砲声に管制室が揺れる。窓をふさぐ鋼鉄のカーテンがメキメキと音を立て、ひび割れていく。この室内にいる者たちが、亀裂の向こうをその目に焼き付ける猶予さえも与えられない。
鋼鉄の屍と砂ぼこりであふれ返る荒野に、低い雄叫びが響き渡った。骨鎧の獅子ライガーゼロの群れが発した一斉掃射の合図だ。いずれの獅子も両足を踏ん張り、腹部の大砲を発射する。
深紅の竜ブレイカーは桜花の翼をひるがえして跳躍。自らの身長五、六匹分も飛び上がったところで六本の鶏冠より蒼い炎が弾けた。虚空を流星が突っ走る。
すぐさま獅子たちが上体を反らして追撃の砲火を浴びせんとしたとき、流星の背後にふわりと浮かび上がったビークルが一機。機体の側面をはさむ巨大な銃器より、無数の鬼火が解き放たれて地上の獅子たちに襲いかかる。
次々に立ち上がる火柱を尻目に、ビークルは急旋回して流星のあとを急いだ。
エステルはキャノピー越しに彼方をにらみつつ、コントロールパネルのモニターをちらりちらりとうかがう。……端正な唇が少し、緩んだ。
浮かび上がった鳥瞰図の情報は彼女の期待にそこそこ、応えるものであった。獅子たちの追撃は決して緩まぬものの、その数は明らかに目減りしている。
竜たちは既に演習場であり試合場であったこの荒野の半ばを越えている。ひとたび包囲網を突破すれば、鳥瞰図のずっと上部に表示される魚型のワイヤーフレームのもとまで一気にたどり着けるはずだ。
そんな彼女の希望的観測もまた、簡単に破られた(もっともそれも予想の範囲内だったからさして落胆はしなかったが)。……鳥瞰図の下方から、急速に上昇してくる青い光点。次いでコントロールパネルのモニターが示す後方の映像に彼女は鼻白んだ。
荒野を突っ切る光の矢尻。金色の閃光を吹き出し、砂ぼこりを真っ二つに切り裂いていく。救世主の到来を察した骨鎧の獅子たちが次々に道を開ける中、砂塵を巻き上げ急速接近する光の矢尻はついに、大地から解き放たれた。
とっさにビークルがかわすその真下を、突き抜けていく光の矢尻。空駆ける流星の尾をあっさりと捉えた。
矢尻の先端が流星の尾に触れたそのとき、尾の持ち主はひらりと桜花の翼をはばたかせ、虚空を強く蹴り込んでみせる。螺旋を描いた流星。矢尻の描く金色の軌跡を、巻き付くようにかいくぐった。
光の矢尻は空を切り、そのまま緩やかな放物線を描いて地上に突き刺さる。高々と爆ぜる土砂の柱。……だがこれすらも所詮は死闘の幕開けにすぎない。
土砂の中から飛び出す光の矢尻。それを構成する光の壁がぼんやり消失していく。中から現れた、青い獅子ブレードライガー。背負いし黄金色の二本太刀を翼のように胴の横に広げ、雄叫びとともに突っ走る。
その行く先には、今まさにこちらも土砂の柱を爆ぜさせて着地した深紅の竜ブレイカーの姿が見える。翼をひるがえし、ひび割れるほどに地面を強く蹴り込むと、両翼の下から双剣、展開。翼を水平に構え、重心を低くして影のように地を駆ける。
交叉する、竜と獅子。渾身の一合はそれだけでビリビリと空気を震わせ、辺りに居並ぶ骨鎧の獅子たちを震撼させた。
たちまちゾイド十数匹分ほども離れた竜と獅子。互いに岩盤を削り、足元より砂のつむじを巻き上らせながら背後を振り向く。
竜の胸部コクピットハッチ内では、ギルガメスが両肩をいからせながらレバーを握りしめている。厳しい眼光を解き放ち、全方位スクリーンの向こうを見つめる円らな瞳。そのときコクピット内には、激しいノイズとともに地の底からささやくような少女の声が響き渡った。
「アハハ。久し振りだな、ギルガメス!」
ギルガメスは少しだけ鼻を鳴らすとひたすらにレバーを捌く。それが返事だ。
気持ちが乗り移ったかのように、短く吠えた深紅の竜。すぐさま地を蹴り、背中の鶏冠より蒼い炎を噴射させる。
青い獅子も雄叫びを上げると助走に転じた。背中より金色の閃光が解き放たれる。
竜は桜花の翼を広げて双剣を左右に伸ばし。獅子は黄金色の二本太刀を左右に広げ。両者ともに稲妻のごとく激しい蛇行、そして疾走。砂ぼこりの中をかいくぐり、そして再びの交叉。
鐘を叩き割るような音が辺りに響き渡る。
火花散らした、左の双剣と左の太刀。辺りにほとばしる電流、衝撃。刃が離れ、互いに二、三歩後退したのも束の間、バネ仕掛けのおもちゃのように二匹は地を蹴り、再度の交叉に転じた。
自然体で駆ける獅子に比べ、深紅の竜は重心を低く、低く。
黄金色の太刀が目前にまで迫るのに数秒もかからない。その真下を、竜はするりとかいくぐる。尻尾までくぐり抜け切ったところで、杭を打つがごとく強く地面を踏み込み、うなりを上げて巨体を反転。
反転を決めたのは獅子も同じだ。二本太刀をひるがえし、軽い跳躍。
負けじと深紅の竜も跳躍。空中で交叉した二匹。今度、激突したのは右の双剣と太刀だ。吹きこぼれる激しい火花。激しい衝撃は互いを押し返す。
着地した二匹はすぐさま振り向くと互いに数歩、跳ねるように後じさり。竜は両翼も鶏冠も目一杯に広げ、獅子は両前足をいからせる。
激しい攻防より数百メートルと離れた外周を、旋回するビークル。……コクピット内部でエステルは唇を噛んだ。彼女の心情は複雑だ。現状、愛弟子はかの宿敵と互角の攻防を繰り広げている。これは本当に安心したことだが、しかしその密度ゆえに彼女が介入するのは何とも至難である。
このとき、竜の胸部コクピット内に激しいノイズが響き渡った。ギルガメスの眉間に年不相応なしわが刻まれるが、彼自身は深呼吸して苛立ちのもとを断ち切った。
「やるじゃあないか。この前とは見違えるほど、速くなった」
あの忌々しい美少女・ブライドの声は感嘆に満ちあふれている。無論、ギルガメスは会話になど付き合うつもりはなく、早々にレバーを捌きにかかるつもりだったのだ。ところが。
「本物の古代ゾイド人に、近付きつつあるな」
再び響き渡った地の底からのささやきについて、ギルガメスは最初、何を意味しているのかさっぱりわからなかった。……それがいかに重大な意味を持っているのかを悟ったのは、左方のウインドウに映し出された憧れる女性の、ヘルメットで覆われても際立つ端正な顔立ちが戦慄でゆがんだからだ。
「……先生!?」
思わず少年は、左方のウインドウを食い入るように見つめる。今まで熱く燃え盛り、またそれを何とかして抑え込み冷静さを維持してきた少年の胸中が一気にざわめいた。
すると激しいノイズと同時に、高々と舌打ちが鳴り響く。
「今まで真実をひと言も話さなかった女のことが、そんなに気になるか。ライガーゼロ部隊!」
声を合図に、低い雄叫びと砲声が発せられる。
首を傾けた深紅の竜。彼方で爆音がこだまし、煙の中をくぐり抜けていくビークルの姿が見えるではないか。急速に弧を描くビークルのあとを、骨鎧の獅子が一匹、また一匹と飛び掛かっていく。間一髪、するりとくぐり抜けていくビークルに対し、又しても砲撃の洗礼が待っている。
助太刀すべく地を蹴り込もうとした深紅の竜。だがその足元が急に弾けた。
竜は首を正面に戻しつつ、すかさず重心を落として正面をにらむ。……対峙する青い獅子の背中を覆う装甲がバネ仕掛けのおもちゃのように跳ね返り、先端より銃器を露出させている。
全方位スクリーンに鮮明に映し出される宿敵の姿を、竜の主人もにらみつけた。その頭部を覆うオレンジ色のキャノピーの中には、あの金髪銀瞳の美少女・ブライドが舌舐めずりしている。この前と同様、優雅な白のワンピースながら、額には金色の刻印が妖しい輝きを解き放っており、キャノピー全体が幽玄の輝きをたたえるほどだ。
反対に、左方のウインドウの方は激しく映像が乱れている。映像自体に途切れはないものの頻繁に波打ち、音声も聞き取れない状態が続く。骨鎧の獅子たちが繰り出す一斉攻撃の成果だ。分断は師弟ともに想定通りだったが、ここまで間断なき攻撃は危うい。
ギルガメスはレバーを捌く。主人に応えて竜は吠え、真っ正面に向けて地を蹴り込む。
ブライドはほくそ笑んだ。まるで分厚い装甲で覆われた竜の胸部ハッチ内部をのぞき込んで、少年の苦悶の表情をうかがったかのように。よこしまな歓喜の表情を浮かべつつ、彼女もレバーを捌く。
再び交叉した竜と獅子。火花を散らしながら双剣と太刀を重ね、一合、また一合。両者が入れ替わるたび、しびれるほど空気が震え、砂が、土が、しぶきのように撒かれ飛散する。
金髪銀瞳の美少女は恍惚としはじめた。
「いいぞ、いいぞ。この私と刃を交えて一歩も引かぬ男は久し振りだ。
古代ゾイド人の操るゾイドは、そうでなければなぁ!」
「……僕は、古代ゾイド人ではない」
ギルガメスは攻防の最中、腹の底から絞り出すような声で反論した。そんな予定はなかった。この老かいな美少女とうかつに会話したら術中にはまるに違いないからだ。だが思わず、声が出てしまった。
そこを察知したのかどうか。美少女はますます高らかに笑う。
「ギルガメスよ、古代ゾイド人という言葉はな、『誰かが勝手にそう呼んだ』だけだ。
ゾイドとシンクロできる刻印は、Zi人がさらなる進化を遂げた証。誕生は、むしろ古代ゾイド人の方が新しいのだ。
そして貴様は! ただのZi人にすぎなかった貴様の身体は!
様々な苦難を乗り越えた結果、勝手に進化した!
Zi人でありながら刻印を覚醒させた、貴様は突然変異だ!」
ギルガメスは息を呑んだ。……確かに、自分の刻印はあの衝撃的な相棒との出会いによって、文字通り勝手に発動した。そもそもそこに至るまで、想像を絶する努力を積んだのは他ならぬ、自分自身の身体がよく覚えている。もし彼女の言うことが正しいのなら、刻印が発動したのは必然だったのか。
舌戦とは裏腹に、何度も合する竜と獅子。互いに左に抜け、あるいは右に抜けて体を入れ替え。だが少年が唇を噛んだとき、弾き合うはずの双剣と太刀とがガッチリと組み合った。鈍い音とともに、両者の踏み締める大地がひび割れ、陥没を始める。全身に埋め込まれた杭のような突起がうなりを上げて回転し、隙間から火花が吹きこぼれ始めた。
少年は歯を食いしばりながら、全方位スクリーンを見渡して勝機を探る。額の刻印が青白い閃光をほとばしらせ、スクリーンに映る宿敵の急所に一つ一つ輝きを当てていく。
反対に金髪銀瞳の美少女は、ますます恍惚としつつ、金色の刻印でコクピット全体を輝かせる。そこだけがまるで天国と化したかのように。……だが彼女の口から続けざまに発せられる言葉は悪魔のささやきに近い。
「そうだ、古代ゾイド人でなければここで踏ん張ることさえかなわない。
ギルガメスよ、貴様のジェノブレイカーも、我がブレードライガーも、刻印を持たなければ容易には使いこなせない。
裏返せば! 刻印を持ちさえすれば、この惑星Ziに眠るいかなるゾイドも自在に操ることができるのだ。雄叫びだけで数多の命を屠る魔獣すらも統べる、全てのゾイドたちの王になれる!
だからギルガメスよ、我を娶れ、抱け、孕ませ! 新たな血統を作り、王となって君臨するのだ!」
乾いた銃声が美少女の演説を中断させたのはそのときのことだ。
一瞬、少年の左腕が強烈にしびれた。だがもはや、スクリーンの向こうを気にするまでもない。火花を散らす双剣と太刀の接点を、先ほどの銃撃が振りほどいてくれたのだ。すぐに両肩を、両手両足を踏ん張れば、深紅の竜もまた地を蹴り、大きく退いて腹ばうように着地。宿敵と間合いを取る。
そのすぐ後ろに、銃声の主がふわりと飛んできた。……その彼方では骨鎧の獅子たちの残骸が至るところに散らばっている。吹き荒れる砂塵の向こうで、ちらりちらりと影がうかがえる程度だ。振り向いた少年の表情に笑顔が戻り、胸をなで下ろす。
「エステル先生! 良かった、良かった……」
ずっとノイズで乱れっ放しだった左方のウインドウがようやく鮮明な映像を映し出す。ヘルメットに覆われた女教師エステルの端正な顔立ちは、刻印が青白く輝く額こそ少し汗ばんでいるものの、笑顔は思いのほか涼しげだ。
「ふふっ、そう心配しなさんな。弾は大分、使っちゃったけれどね。
ブライド、あなたは千年前に共和国が企んだ愚かな計画に、いまだに取りつかれているわけ?」
「やかましい!」
最大音量のノイズとともに、すかさず金髪銀瞳の美少女が反論する。
「女王たる資格を持っていたくせに、Zi人の猟師風情と駆け落ちした挙げ句『我ら』に反旗をひるがえした貴様が何を言う!
貴様の身勝手な振る舞いで、古代ゾイド人が再びこの星を統べる絶好の機会が潰えたのだ。
それさえなければ、今さら甦るものか!」
そう言って捨てると獅子の頭部キャノピーが突如開いた。左右の耳上で束ねた金髪、白のワンピースをたなびかせながら、ブライドは竜の後方に浮かぶビークルを指差してみせる。額に爛々と輝く金色の刻印、憎悪で煮えたぎる銀色の瞳は、はるか遠方からでも少年の胸中に生じたわずかな隙を鋭く射抜いた。
「ギルガメスよ、貴様の顔は、この売女がたらし込んだ猟師にそっくりだ。
そいつは私が始末したが、よもや千年後も同じ顔の男をたらし込むとは思わなかったぞ。
何とも驚くべき偶然だが、わかるだろう? これでわかるだろう!
未練がましいのはこいつの方だ。こいつは千年前の亡霊を追いかけているだけだ。
貴様のことなど、見てはいない!」
全方位スクリーン左方のウインドウは、見る間に強張る憧れる女性の顔を映し出した。あれほど涼しげだった彼女が文字通り古傷をまさぐられたかのように唇を噛み締めている。
憧れの女性がかつて見せたことのない表情に、ギルガメスはウインドウの方へと視線が釘付けになった。そのとき、重なった二人の視線。
彼女のまなざしは見開かれたまま。そこに円らな瞳が映り込んだとき、彼女は視線を反らすこともできず、硬直を余儀なくされた。その間にも眼光が弱まっていくのが見て取れる。少年は息を呑んだ。あれほど美しく、凍えるほどに恐ろしい切れ長の蒼き瞳は一体どこへ行ってしまったのか。
そしてそのありさまを隠すように横切る、極彩色のうねり。
でたらめな動きの中に、少年は垣間見てしまった。二人分の影が、寄り添い、抱き合い、微笑む姿。うねりは懸命にその様子をかき乱し、若き主人には見せまいとしているかのようだ。
それはジグソーパズルの欠けたピースが、一瞬にして片っ端から埋まっていったかのような衝撃。全てを悟った彼の、紅潮していた頬から血の気が引いていく。
きっと、あの金髪銀瞳の美少女が罵る過去は、憧れの女性や相棒にとっては少なからず心安らぐひとときだったに違いない。その思い出は同時に、少年自身をひどく傷付けかねない危険をはらんでいる。不覚にも記憶を再生してしまった相棒は、映像を完全に消すこともできず、かき乱すことでしかこの場を取り繕う術がなかったのである。
それはたった数秒の、だが実に実に、長い沈黙の時間。
均衡を破ったのは、ギルガメスの文字通りの一笑だった。首を横に振ると、左方のウインドウに向かって、少年は語りかける。
「……ずっと、一緒にいてくれたじゃあないですか。
十分です。それで十分ですよ」
この死闘の最中にあって円らな瞳は驚くほど優しげだ。
切れ長の蒼き瞳は充血していく。何かをこらえんと、ますます唇を強く噛み締めながら、ごめん、とつぶやくのが精一杯だ。
少年は微笑むと一転、両肩をいからせて叫ぶ。
「ブレイカー、いくよ!」
深紅の竜は胸部コクピットハッチを右手で軽く握りしめると、甲高く鳴いて応えた。
一方、ブライドは狂ったかと言わんばかりに天を衝くほどわめき散らす。その怒れるありさまを包み隠すように、獅子の頭部キャノピーが覆い被さる。
竜と獅子は、同時に何度も大きく後方へ跳ねて、間合いを離す。
青い獅子ブレードライガーの頭部キャノピー内部ではブライドが着席。ハーネスが降りて全身が固定されると彼女の額より金色の閃光がほとばしり、銀色の眼光はキャノピー越しにはるか彼方の深紅の竜を貫く。左右の耳上に束ねた髪は妖しくうねり、座席やコントロールパネルなどに絡みついていく。
金色に染まる獅子の頭部。と同時に、頭部を中心に光の壁が幾重にも形成され、たちまち金色に輝く光の矢尻と化す。低く吠え立てると頭部を下げて助走の構え。
対して深紅の竜ブレイカーの胸部コクピット内では、ギルガメスがひとたび深く息を吐いた。……間合いを離したのは、大技を掛けるために余裕を確保したかったからだ。しかしそれは相手も同じようだ。ならばと、少年は決断した。
「荷電、粒子砲!」
声を合図に、コントロールパネルの至るところがまばゆく明滅する。中央部が左右に割れ、中からあの錠前がせり上がってきた。
全方位スクリーン左下にもウインドウが開き、相棒の内部構造それに錠前の仕様を模したワイヤーフレームが描かれる。うながされるままに、少年は座席の下の棚からゾイド猟用のナイフを取り出すと鞘を抜いた。
カギたるナイフを両手でゆっくり押し込み、時計回りにねじる。途端にコントロールパネル全体が脈打つように明滅を始めた。それを合図に、少年の額に宿る刻印も青白い輝きを落雷のように放出させていく。いやが上にも、自分自身が興奮状態になっていくのがわかる。
深紅の竜は長い尾をピンと張り、桜花の翼は巨体の左右を覆う一方、六本の鶏冠を目一杯広げてみせる。尻尾を覆う装甲がノコギリ刃のように逆立ち、鶏冠の付け根辺りが大きく口を開いた。そこから電流をほとばしらせつつ光の粒を吸収していく姿は、全ての罪をその背に受けて耐える聖者を彷彿とさせる。
スクリーンの真っ正面には照準が表示される。波紋のごとく照準の周囲がぼやけ、光の矢尻と化していく青い獅子の姿だけをひたすら鮮明に浮かび上がらせた。機が熟した……そう悟った少年はカギたるナイフを操縦桿のように、あるいは地面に突き立てる聖剣のように握り直す。
竜の口の奥より光がこぼれ始める。その間も竜は一心不乱に宿敵をにらむのをやめない。
先に動いたのは青い獅子の方だ。背中を覆う装甲の下より金色の閃光を解き放つと、地面を砕き爆ぜさせるほど強く蹴り込む。
全方位スクリーン左下のウインドウが急上昇する宿敵の速度を表示するが、ギルガメスは一瞥に留めた。すぐに目前の照準を厳しくにらむと、細かい蛇行から徐々に直進に変化していく宿敵の姿をはっきりと捉えた。カギたるナイフを今一度強く握りしめると、彼は体全体で長刀を振り降ろすような動作で、裂帛の気合いを込めて叫ぶ。獣のような叫びは声としての明瞭さにはほど遠いが、気持ちは相棒にも十分に伝わった。
竜の足元がひび割れ、岩盤が重力に逆らうように跳ね上がる。竜は短い首をもたげると、雄叫びを上げながら勢いのままに振り降ろす。
ついに解き放たれた光の槍。闇の雲海を払ったときよりもはるかに太く、輝きは力強い。
その頃、演習場の施設でもまた死闘が繰り広げられていた。その方向性は少年たちとは全く異なるものであったが、彼らにとっても負けられぬ戦いであった。
瓦礫の山の中に仁王立ちする骨鎧の獅子ライガーゼロ。それを数匹の白き狼コマンドウルフが取り囲む。狼たちの左肩には、いずれも惑星Ziを月桂樹と稲妻で囲い覆ったヘリック共和国の紋章が描かれている。彼らは一斉に身構え、背中の機銃を撃ちまくる。狙いは足元、足首、そして肩の辺りまで。徹底的な足止め。
足止めに苛立つ骨鎧の獅子。何度も雄叫び、全身を揺さぶり、何とかして躍動の機会をつかまんとするが弾幕は途切れるところを知らない。
と、その最中に頭上から降り注ぐものがあった。別のコマンドウルフだ。
この勇敢な一匹が獅子の首元に食らいつくと、それを合図に他の狼も我先にと突っ込んでいく。狙いは獅子の首ただ一つ。
体格では獅子に一回りも劣る狼たち。だがたちまち数匹が獅子の首に噛み付くと、メキメキと音を立てて食いちぎった。鈍い音を立てて獅子の首がコンクリートの床に転がる。……自爆の危険がある以上、それを阻止するためにも権限を握るだろうパイロットの搭乗する首を切断しなければいけない。
司令塔たる首を失ったゾイドは哀れなものだ。我々のよく知る生命体と違いゾイドの心臓であり脳でもあるコアは胴体内部にあるが、それでも首を失えばその瞬間は右往左往をする。そこを狼たちの機銃が狙い撃つ。
前肢後肢の関節を粉砕され、獅子の胴体が地面に転がる。ひっくり返された芋虫のようにもがけば一応の成功である。あとは不用意に胴体を刺激しないことだ。
「次だ、次!」
瓦礫の山に、怒声が拡声器に乗ってこだまする。
声の主は、他ならぬ先ほどいの一番に飛び掛かった狼の頭部コクピット内部にいた。軍服のままヘルメットもかぶらず搭乗し、頭髪も口ひげも真っ白な彼こそはこの演習場を預かる司令官だ。
実際のところ、今回の襲撃は信頼できる「ある人物」から予告されていた。彼自身もできる限りの準備を整えたつもりだが、敵の戦力は想定をはるかに上回る規模である。その上ゾイドをミサイルに積み込むという襲撃方法に至っては常識外のものであったため、彼の預かる兵士もゾイドも大混乱をきたしてしまった。それゆえに彼自ら陣頭に立って指揮を執っているのである。
そんな彼の搭乗するコクピットのキャノピーに、次々とウインドウが開かれ、戦況が報告される。
『6地区、避難完了しました』
「了解。至急、敵ゾイド部隊のせん滅に当たれ、以上」
『4地区、避難完了も敵勢力拡大! 増援求む』
「当面、自力でせん滅せよ。せん滅完了した地区から応援させる」
彼らの使命はまずこの施設内に滞在する様々な非戦闘要員を施設外に避難させること(政府要人もゾイドウォリアーも含む……さすがに演習場で起こっている果てしなき死闘まで把握はしていない)。そしてこの襲撃を仕掛けてきたゾイド部隊をせん滅することだ。混乱を収拾させつつ、何とかしてこの施設内で戦闘に終止符を打たなければいけない。
こんな折り、ウインドウが突如開かれた。この混乱の中でもかなり鮮明な映像を送ってくる者を、彼は知っている。前述の「ある人物」だ。自嘲気味に、彼は話しかけた。
「水の総大将か。ご覧のありさまだ」
ウインドウの向こうに映る水色の軍服・軍帽を着用した異相の男は無表情のまま、ヤモリのように大きな眼をギロリと剥いた。
「大統領閣下が身罷られた」
司令官の表情が見る間に強張っていく。絞り出すような声で彼は尋ねた。
「……裏切られたのか?」
異相の男は答えない。
司令官はやりきれぬ表情を浮かべ、自らが握るレバーに拳を打ち付けた。
共和国軍人にとって畏敬の対象である大統領がよもやテロの自作自演を行なうなど、彼には信じがたいことであった。目を覚まさせるためにも、彼は何とかして演習場に待機する兵士のみで事態を収束させたかった。だが戦況は依然、劣勢。その上、当の大統領は自らが信頼する獅子の軍団によって暗殺されたのだ。
異相の男はまばたき一つせず、モニターの向こうを見つめると言葉を発した。
「私も証言しよう。貴君ら全力で戦う共和国軍人の名誉を守るために。
だが今はまず、司令官の名において要請を求めたい」
司令官は唇を噛み締めながらうなずいた。とにかく事態の収束を計らなければなるまい。
「水の軍団よ、至急応援を願いたい」
「了解。惑星Ziの平和のために!」
異相の男が返す敬礼は実に洗練していた。