魔装竜外伝 完全版   作:◆.X9.4WzziA

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1. 紅塵の章(3)

 山脈の斜面、道なき道を、深紅の竜はいとも軽やかに疾駆する。桜花の翼を、六本の鶏冠を目一杯広げ、軽やかに、伸びやかに。

 それが山脈の頂上付近にまで至ったところで、突如、消えた。

 いや、乱立する岩山の間に潜り込んでいったのだ。翼と鶏冠をたたむと人込みをかき分けるように奥へ奥へと進み、いつしか自らの数倍はある縦穴にたどり着いた。辺りは風の音が、鋭い。

 迷うしぐさも見せず、深紅の竜は身を踊らせた。

 

 ゆっくりと見開かれた、少年の円らな瞳。上半身を持ち上げながら、大きなくしゃみを一つ。ところがその反響があまりに大きすぎたものだから、彼は思わず肩をすくめた。

 辺りは暗く、どこまで続く部屋なのか見当もつかない。

 どす黒い光沢の鋼の壁や床は、所々置かれたこれも鋼の燭台が灯す人工的な淡い輝きによって、ぼんやり海藍色に照らし出されている。それらが温度を下げているせいか、室内はかなり涼しく、Tシャツ一枚に半ズボンの少年には少々厳しい。

 鋼の壁は恐ろしく高い。天井はどの辺りかと頭を持ち上げてみたが、真っ暗闇は先が見えない。吸い込まれるような錯覚に、少々気持ちが悪くなってきた。少年は正面を向き直す。

 と、背後でため息がした。

 あわてて振り向くと、十数メートルも先に深紅の竜が腹ばっているではないか。自分の存在にようやく気がついたかとでも言いたげに、今度は少し大きく、わざとらしくため息をついてみせる。

 驚く少年だったが、やがてすぐに思い至った様子で、すぐにこうべを垂れた。

「その、助けてくれて、ありがとう」

 その姿をまじまじと見つめていた深紅の竜は、何を思ったのか左腕の爪で床を弾いた。

 澄んだ音とともに、何かがくるくると回転しながら滑り込んでくる。少年がとっさに跳ねて避けた、そのすぐ後ろでそれは静止した。

 何のつもりかと竜を見やりつつ、竜が弾いたそれを少年は恐る恐る手に取ってみる。

「これは……ナイフ? ゾイド猟用の、だよな」

 少年の両手に余るほど長い。鞘はボロボロだが、抜いてみて思わず魅入ってしまった。よく手入れの行き届いた刀身には彼の姿がくっきりと映り込んでいる。

「なぜ、こんなものを……」

 今一度、竜を見やる。

 深紅の竜は腹ばいのまま、首を持ち上げるとあごをしゃくってみせる。

 まさかと思い、少年は鞘を投げ捨てた。両手持ちの中段構えは全くの自己流だ。

 竜は左腕をぐっと前に突き出し、三本指のうち長い一本を、指差すように伸ばしてきた。

 そういうことかと、少年は合点した。真意はわからないが、そのゾイド猟用のナイフを手にして斬り掛かってこいと、そういうことなのだろう。

「わかった。じゃあ、いくよ」

 提示されたたった一つの選択肢はわけがわからない上に何とも過酷だが、裏腹に自然と笑みがこぼれる。そもそも提示してくれたことが嬉しかったのだ。少年は意を決した。

 柄を両手で握りしめ、暗闇に響き渡るほど吼える。少年は無我夢中で深紅の竜めがけて突っ込んでいった。

 

 真っ暗闇の奥底に、ぼんやりと淡い光が見えて来た。

 照らし出されたのは杯のような台座だった。その上には、ガラス張りの箱が埋め込まれている。内側にはうっすらと霜がかかっており、氷の棺とでも形容して良いかもしれない。

 霜と霜との間に、人影が垣間見える。

 雪のように真っ白な柔肌。すらりとした肢体、長くしなやかな手足。それに……豊かな、乳房。棺の中にはうら若き女性が、一糸纏わぬ姿で極上の裸身を横たえている。十分に成長した、大人の身体つきだ。

 ところがこの氷の棺を取り囲む暗闇が、七色に明滅をはじめた。それとともに霜がじんわり融けはじめ、ガラスの箱がゆっくりと開く。

 辺り一面に立ちこめる水蒸気。一瞬、暗闇も七色の輝きも覆い隠すが、それも徐々に薄らいでいった。

 水蒸気の中から、ゆらゆらと人影がうごめく。

 棺の主が上半身を起こしたのだ。頭部にはヘッドギアを装着している。

 面長の、端正な顔立ち。黒髪は肩にも届かないがきれいに切りそろえられている。ゆっくりと見開かれた瞳は眠たげだが、切れ長で、鋭く、蒼い。見入られれば凍りつくやもしれない。

 女神か、精霊か、それとも魔女か。浮世離れした彼女の肌も髪もしっとりと濡れているが、にわかに血色が戻りはじめた朱の唇が、かすかに動く。

「……完了、……完了。……完了、……完了。

 全ての記憶情報を更新、完了」

 低く、落ち着いた声。だが最後の一声は心持ち高くなった。

「ふぅ、ようやく終わったわ。私には何の意味もないけれどね。

 次のメンテナンスまで、あと何時間?」

 誰もいない室内で、いかにもうっとうしげにヘッドギアを外しながらつぶやく。すると急にかたわらの空間がぼやけた。立体映像が映し出される。

「168時間は、切ってるのね……痛っ!」

 不意の痛みに額を押さえる。端正な顔が少し歪んだ。だが痛み以上に、唇を噛みしめる表情の陰り方が何とも痛ましい。

「何を、いまさら」

 陰りを払拭すべく浮かべた笑みも何とも自嘲の色が濃い。

 彼女がやおら、しなやかな両足を棺の外に出すと、足回り付近の床が急にへこんだ。数秒も待たずにへこんだ穴から柱がせり上がってくる。先端には清潔なバスタオルが載せられてきた。

 バスタオルを広げ、全身をくまなく拭きながら、彼女はまた独り言をつぶやく。

「かまって上げようかしら。あの子も、起きてるんでしょう?」

 彼女の声に応じ、また空間がぼやけ、立体映像を浮かべる。

 腹ばいのまま、何者かを軽く左手一本であしらう深紅の竜が映し出されている。

 目を凝らした彼女は一瞬、声を失った。すぐに取り返した言葉は先ほどまでのけだるさなど吹っ飛んでいる。

「あの子ったら何やってるの!」

 あわててバスタオルを身体に巻きつつ、彼女はそそくさと棺をあとにした。

 

 暗闇の中を、少年の雄叫びと、激しい金属音がひたすらこだまする。

 彼の斬りつけるナイフを、深紅の竜は左手の指一本で軽くいなしてみせた。何度も、何度も。振り降ろされれば跳ね返し、振り上げてくれば押さえつける。跳ね返すと頭を、腹を軽くつつく。

 それだけで少年の小さな五体はひどくバランスを崩し、何度も膝を落とした。

 いかにも悔しそうに顔を歪めつつ、それでも少年は立ち上がる。

 深紅の竜はうなりも吠えもせず、じっと少年を見つめるのみだ。

 そのうち少年は疲れてきた。肩で息をしはじめ、何十度目かに倒されたときにはすぐさま起き上がれず、ナイフの柄を鋼の床に突き立て、どうにか立とうとした。

 なかなか立ち上がりそうにない少年の姿をしばらくじっと眺めていた深紅の竜は、やがて大あくびを浮かべたではないか。

「何様のつもりだ!」

 頭に来た少年は無理矢理、身体を持ち上げた。足元はふらついていたが、まだ後押ししてくれる感情は残されていたようだ。

 彼の憤りを待っていたかのように、深紅の竜は左手を構え直す。

 少年は肩で息しながらもどうにか構え直すと、これが最後の一撃とばかりに気持ちをナイフに込める。彼はふと、思い立ってつぶやいた。

「君、伝説のゾイドなんでしょう? 魔装竜、ジェノブレイカーなんでしょう?」

 声に反応し、竜は首を傾げた。

 少年は内心、歓喜で満たされた。目前の竜は言葉など発しないが、あのしぐさだ。きっと自分の想像に間違いはないと確信し、少し肩の力が抜けた。

「ひと太刀でも浴びせることができたら、僕のゾイドになってよ」

 つぶやきながら、間合いを詰め直す。

 竜も首を傾げるのをやめ、少年を厳しく凝視した。

「僕のゾイドに……なれ!」

 ナイフを振り上げ、全力疾走を開始。

 竜の真っ正面にまでたどり着いたところで、目前に地響きを立てながら長い指が振り降ろされる。

 斬りつけるかに見えた少年は跳躍し、全身で竜の長い指をつかむとそのまま指をよじ登る。

 何ごとかと、竜は呆気に取られた。左手を持ち上げ指ごと揺さぶるが思うつぼ。少年はいいタイミングで飛び降り、竜のふところに潜り込む。

 そして、猛然と疾駆。

 竜は両手を上げて胸元をのぞき込むが、少年は既に大きくナイフを振り上げたところだ。

 恐ろしく澄んだ響きが、暗闇を震わせた。弾け散る火花がまぶしい。

 いや、まぶしいのはそれだけが原因ではなかったのだ。

 竜の胸が、不可思議な青白い輝きで照らされる。

 少年は声を失った。鋼鉄の、磨きがかかった竜の皮膚に映り込んだ己の変貌。……青白い輝きは、彼の額から発せられているではないか。

「額、光ってる。印(しるし)だ……何なんだ。僕はどうなってしまったんだ」

 自身の身体に起こった重大な変化に、少年は混乱を余儀なくされた。そんな余裕すらも与えない者が目の前にいることさえも、すっかり忘れてしまうほどに。

 少年をむんずと引き離した深紅の竜は、ゴミでもつまむように彼を放り投げた。

 今までいかに手加減されていたかよくわかった。少なくとも竜が一歩踏み込んで届かぬくらいまでは飛ばされてしまったのだ。その上、鋼の床に激突し、何度も転がる始末。

 ようやく失速した少年は、あお向けになったまま起き上がれない。額の印は一気に輝きを失っていった。身体から力が抜けていく。力一杯握りしめていたナイフもどこかへ落としてしまっていた。

 彼のことなどお構いなしに、深紅の竜はゆっくり歩み寄る。

 少年の頬を涙が伝う。もはやまぶたを閉じることもできない。

 近付いた竜は満を持して右手を振り上げる。ところが次の瞬間。

 竜のあごに、稲妻のごとく叩き込まれた飛び蹴り一閃。

 不意の一撃に身体ごと横倒しになった。何ごとかとあわてて身体を起こそうとした深紅の竜。だがその鼻先に仁王立ちになった者の姿を目の当たりにすると、竜は怖じ気づいて縮こまってしまった。あの氷の棺に眠っていた美女だ。

「あなた、子供相手に何やってるの!」

 突き刺さる怒声が凛と響く。あれほどの蛮勇をふるっていた深紅の竜がたちまち震え上がり、硬直する。

 切れ長の蒼い瞳でにらみつけると、彼女は言い放った。

「しばらくそこで、おとなしくしていなさい」

 だがこの美女の落ち着いた声に対し、竜はいかにも不満たらたらだ。そっぽを向いて大きく口を開けてみせるが、火に油を注ぐとはこのことだ。

「ふーん、言うことが聞けないと……」

 彼女の額がまぶしく輝いた。見る間に不思議な形の印が浮かび上がっている。青白い輝きは少年の額に宿ったそれとそっくりだ。そして見開かれた蒼き瞳が、凍てつくほどに鋭い眼光を投げかける。

 メキメキと、竜の身体が凄まじい音を立ててきしみはじめた。まるで見えないおもりで圧殺されていくかのようだ。竜もこれにはかなわず甲高い悲鳴を上げて哀願するよりほかない。

 五秒か、十秒か。恐るべき秘技を解いた美女は、今一度先ほどの眼光でにらみつける。深紅の竜は平伏を余儀なくされた。うつ伏せで、翼も鶏冠も縮こまるように折りたたみ、ただ長い尻尾の先端だけを振って降参の意志を示す。

 美女も竜の態度にようやく満足したようだ。早速きびすを返すと、瀕死の少年のもとへ駆け寄っていく。

 あお向けに横たわる少年の右手に、膝をついた彼女。驚くべきことに、彼のTシャツを染めたおびただしい鼻血にも全く動じるところがない。

 ところがまなざしが、意識もうろうとした少年の顔に注がれたとき、彼女は息を呑んだ。ひどく驚いた表情のまま、まじまじとのぞき込んでいる。彼女の時間は、一瞬だが確かに止まっていた。

 しかしそれも数秒のことだ。彼女はすぐに首を左右に振ると、右手を少年の頭上にかざす。

 彼女の額の印が一層まばゆく輝きはじめた。それに応えるかのように、右手にも額と同様の青白い輝きが宿っていく。その輝きをたたえながら、少年の頬に、首に、胸に……身体の至るところにかざしていく。

 汗びっしょりの美女。頬を、額を汗が伝う。一滴、また一滴、少年の小さな身体にしたたり落ちていくうちに、うつろな彼の円らな瞳は生気を取り戻した。

 手をかざしたまま、美女は安堵の表情を投げかけた。

「大丈夫?」

 案外低く、落ち着いた声。反応し、円らな瞳が傾く。

 ところが少年は、声にもならない声を上げて目をそむけてしまったのだ。

 予想外の反応はさしもの美女もうろたえた。

「ど、どうしたの?」

 少年はそっぽを向いたままぽつり、つぶやくのが精一杯だ。

「服……」

 全く脈絡のない言葉に、美女は一瞬何のことだかわからず怪訝そうな表情を浮かべた。だが見る間に顔を真っ赤にしていく少年に、彼女はようやく理解した。己の胸元をちらりと見つめれば、露になった乳房が見える。

 先ほど竜のあごに飛び蹴りを決めた際、美女の身体に巻かれたバスタオルは吹き飛んでいた。今の今まで彼女はそれを忘れ、美しい肢体を露にしていたのだ。彼女は何ともばつの悪そうな顔をした。

 

 鋼の部屋に、深紅の竜と少年がかしこまっている。

 竜の方はうつ伏せのまま降参のポーズに甘んじていた。

 少年はと言えば、膝を両手に抱え、竜の左隣りに座っている。今度は彼が素っ裸で、タオルを被り(※美女が巻いていた奴だ)靴だけ履いているという、何とも珍妙な格好だ。リュックサックとナイフは足元に置いて、少年は美女が戻ってくるのを待っていた。

 少年の命の恩人は、赤面する少年に対し呆れてため息をついた。こんな状況でなければ自分のことを棚に上げていると指摘するところだろう。

(まず自分のことを気にしなさいよ、もう……)

 彼女はそう言い放つと、相変わらず豊かな乳房を隠さずに、少年の小さな身体を抱き起こすと肩に手をかける。彼の肌に汗でへばりついたTシャツをつかむと勢いよく引っぱがした。

(服、洗ってあげるわ)

 かくして少年は素っ裸にタオル一丁の格好で待たされているわけだ。だがよもやパンツまで脱がされるとは思いもよらず、少年は途方に暮れるばかり。

 彼はちらりと、右隣りの深紅の竜を見やる。

 竜はふて腐れた様子で、ぷいとそっぽを向いてしまった。窮地の少年を助けたかと思ったら、ひどく乱暴にも扱う。竜の気むずかしさは少年の理解を越えていた。

 だが理解不能と言えば、あの美女も相当なものだ。こんな竜を問答無用で従わせたかと思えば、常識はずれの無防備ぶりだ。彼女の美しい裸身がふと思い浮かび、少年はあわてて顔を膝に埋めた。

 そんな彼の頭上に、さっきまで着ていた服一式が折りたたまれた状態で載せられた。暖かく、ふんわりとした感触に少年は顔を見上げてみる。

「はい、おまたせ」

 美女が戻ってきたのだ。今度は黒のタンクトップに白のパンティーと、申し訳程度には服を着ているが刺激の強さは何ら変わらない。全身を湯気が取り巻いているのは、シャワーでも浴びたからだろう。何しろ不思議な力で少年を治療したとき、大層汗をかいていた。

 服を手渡した彼女は、すぐに後ろを向くと、少年と同じように膝を抱えて座り込んだ。初心(うぶ)な少年に配慮したのか。肩にも届かぬ黒髪はしっとりしている。そして、うなじがきれいだ。

 少年も、彼女に背中を向けて服を着はじめる。流血も完璧に落とされた驚くべき仕上がりに、目を丸くしていたところ、唐突に質問が来た。

「どうやって、ここに入ったの?」

 少年は驚き手を止める。……少なくとも、美女の声色に他意は感じられない。彼はすぐに止めた作業を再開しつつ口を開いた。

「そこのゾイドに連れてこられ……ました」

 ふーんと美女は腕組みしつつ、あごに右手を当てる。

「その子はね、『刻印』を持っている者でないと懐かないわ」

「……刻印?」

 少年は首をひねる。と、背後から光りが差し込んできた。何ごとかと振り向いてみれば、美女が眉間に長い指を当てている。額にはあの奇妙な印が浮かび、青白い輝きをほとばしらせていた。彼女は流し目で、トントンと眉間を指先で軽く叩いてみせる。

「そう、刻印。古代ゾイド人の証。超能力の源ってところかしら」

 少年はうつむいた。理解を超える返事には、困惑の色が隠せない。

「僕は、普通のZi人です。でも、さっき……」

 深紅の竜と立ち回ったときに起きた異変を、彼は話した。

 美女は額の輝きを消してみせると、少年の話しにじっと聞き入る。その内容にはさしもの彼女も少年とそろって首をひねるばかりだ。

「不思議な話しね。一体なんだったのかしら……」

 すぐには答えの出そうにない疑問は、少年に服を着る余裕をようやく与えた。パンツを、シャツを、そしてズボンをすばやく履き終えたところで、背後からまた質問が飛んできた。

「そういえばあなた、どうしてこんな、レヴニアなんて片田舎にやってきたのかしら?」

 ズボンを履く手が一瞬、止まった。

「……ゾイドが、欲しかったんです。ゾイドウォリアーになりたかったから」

「ゾイド、ウォリアー……」

 額を押さえる美女。自己の脳に、更新された記憶情報を再確認する。

「なるほど。つまりあなた、ジュニアトライアウトを不合格になったわけね」

 彼女の言葉に、少年は唇を噛み締めた。

 ゾイドウォリアーとはゾイドを操縦して戦う競技「ゾイドバトル」のプレイヤーだ。

 戦争に限らずありとあらゆる場面でゾイドを乗りこなして困難を解決してきたZi人にとって、ゾイドバトルは非常に人気が高く、ウォリアー志望者もあとを絶たない。そこで現在ではウォリアー志望者を二つの方法で徹底的にふるいにかけている。

 一つはジュニアトライアウト。受験費無料、合格すればプロチームにスカウトされ、ゾイドも無料で手に入る。しかしジュニアハイスクールの最高学年でしか受験できない。……地球の日本人で言えば十五才で試験のチャンスが訪れるのである。それも最初で最後のチャンスだ。

 もう一つは、各地で不定期に開かれるトライアウトに合格すること。こっちは誰でも受験可能。だけど馬鹿高い受験費が必要であり、そもそも試験のためのゾイドも自前で用意しなければいけない。武器も、弾薬も雑費も何もかも、だ。

 事実上、貧乏人がウォリアーになるためには、ジュニアトライアウトに合格するしかない。不合格なら、それで人生はほぼ終わったようなものだ。大金を手にすることも、自由に旅をすることもできない。

 すぐに脳裏に浮かんだ情報の数々に一々うなずきながら、しかし美女には釈然としないところがあった。

「そんなにゴツゴツしたゾイド胼胝(たこ)ができてるのに、ジュニアトライアウトを落とされるなんて不思議ね。

 ……彼の特徴に一致する映像を見つけて頂戴」

 彼方に向かって言いながら、美女は手をかざす。すると座っている彼女の目前で突如、空間がぼやけた。立体映像が浮かび上がったのだ。

 うずくまっていた深紅の竜は首をもたげた。興味津々という様子だ。

 そして少年も、奇妙な輝きと生まれてはじめて目にした立体映像に目を丸くする。だが彼の円らな瞳を一層丸くさせたのは、立体映像に浮かんだ人物だ。

 他ならぬ少年自身が、透き通った青い鎧の小型竜・バトルローバーにまたがっているではないか(※レヴニアで遭遇したあのゾイドと同種のものだ)。これはどうしたことか。

 呆気に取られた少年を傍目に見て、美女は微笑をもって応えた。

「ふふ、びっくりした? ここのメインシステムは共和国のデータベースにだって侵入できるわ。

 ジュニアトライアウトの映像もやっぱり記録されていたわね」

 さて立体映像で浮かび上がった少年は汗だくで、息も荒い。だが円らな瞳は獣のようにぎらついている。

 向こうでは、彼よりはふた回りも大きな別の少年が、同じようにバトルローバーにまたがっている。……辺りは競技場のようだ。整地され、遠方を観客席が取り巻いているが、完全なる空席だ。一方、竜たちのすぐそばには試験官とおぼしき数名の大人が姿勢よく起立している。

 二匹の青い竜が頭をぶつけ合う。激しい攻防は序盤こそ相手に分があった。少年は激突する竜の衝撃に何度も何度も振り落とされそうになった。だが彼は竜の背中にしがみつくと、何ごとかささやきながら試合を進めはじめた。……少年はぎらついた瞳とは裏腹に落ち着いていた。反対に相手の少年の何と粗暴で、居丈高なことか。

 しかし戦況は気性とは正反対に推移した。相手の青い竜の足に、胴に、着々とダメージが積み重ねられていく。形勢が離れれば離れるほど相手はむやみに怒号を発するが、空回りしていく一方だ。

 ほどなくして相手の竜はそっぽを向いてしまった。戦意喪失。ノックダウン以上の圧勝である。

 少年は何もかも確信し切った表情で両手を力強く上げた。円らな瞳には涙があふれ出ていた。

 しげしげと立体映像を見つめる美女、そして深紅の竜。両者はちらり、かたわらの少年を見る。

 現実の少年も、円らな瞳に涙を浮かべている。ただしこの涙は相当にしょっぱいはずである。

 彼の勝利の瞬間を映し終えると、立体映像はぼんやり消失した。辺りにただよいはじめた静寂を、美女の軽いため息が早々に打ち払う。

「驚いた。これだけ頑張って、不合格なんだ。

 ……だから、この子が欲しかったわけ?」

 この子と呼ばれた深紅の竜がじっと少年に視線を投げかける。少年はコクリとうなずいた。

「ただで伝説のジェノブレイカーが手に入るなら、あとはトライアウトの受験費をどうにかするだけですから」

「それで、家出でもしてきたわけ? ……随分、勝手な話しね」

 一転、切れ長の蒼き瞳が厳しい眼光を投げかける。いきなりものの道理を突かれ、少年は声を詰まらせてしまった。

「自分のわがままであなたの家族にも、この子にも迷惑をかけているのよ?」

 そう続けた彼女の言葉を聞いて、深紅の竜はそうだと言わんばかりに甲高く鳴いた。だがすかさず彼女に蒼き瞳で厳しくにらまれたものだから、さしもの竜も平伏せざるを得ない。

 一方、少年はと言えば。

 着るはずのTシャツを落とし、うなだれている。返す言葉が思い浮かばない様子だ。

 そのありさまを、美女はしばし見つめていた。あごに当てていた右手を口元に当て、次に切れ長の瞳に被せていく。

 そのとき彼女も唇を噛み、深い悔恨の表情を見せていることを、他ならぬ少年が気付く余裕はなかった。深紅の竜は異変を察知した様子で、心配げに彼女を見つめていたのだが。

 長い長い十数秒を経て、彼女は顔に被せていた右手を強く握りしめた。瞳には決意の輝きが宿っている。

「まあ、いいわ。それでも」

 そうつぶやいて立ち上がると、少年と竜の正面に回った。まずは竜の方を指差す。

「あなたは彼に、忠誠を誓いなさい」

 驚きのあまり、竜は一瞬ぽかんと口を開けていた。だが彼女の言葉を理解するとあわてて抗議の悲鳴を上げる。

 そんな竜を、彼女は一喝した。

「一度は見込んだんでしょう? あなたも潔くなさい」

 あの鋭いまなざしでにらまれたら、さしもの竜もしぶしぶ従うしかない。

 両者のやり取りに呆気に取られていた少年を見下ろしつつ、彼女は説明した。

「この子のゾイドコア(※ゾイドの心臓部)はコクピットのすぐ後ろにあるの。すごく敏感だから、力任せに斬りつけたら怒るのは無理もないわね」

「ああ、だから……」

 即座に少年は理解した。だからすぐに、竜の方を向き直す。

「ごめん。何も知らなかったんだ。本当に、ごめんなさい」

 いきなりの平身低頭。驚いた深紅の竜は、そっぽを向きつつ照れ隠しにうずくまる。そして何度もちらり、ちらりと少年を横目で見た。人に下手に回られた経験がよほど少ないのか、相当うろたえている。

 竜の不思議なしぐさに少年も興味津々だ。だがそんな彼の真っ正面に、美女が片膝をついてみせた。

 石鹸の香り、火照り、そして蒼きまなざしが、少年の視界をふさぐ。彼は息を呑んだ。こんなにも美しい女性にまじまじと顔をのぞき込まれることが、今後あるのだろうか。

 だが告げられた言葉はもっと衝撃的だ。

「あなたの面倒は、私が見るわ。その子の乗り方も、持ってる知識もできる限り、教えてあげる。ゾイドウォリアーにだって、ならせてあげるわ。

 ただし、これだけは約束して。結果が残せたら故郷に戻るのよ。ご両親にきちんと謝りましょう」

 少年は口をポカンと開けっ放しだ。……疑うという発想は全く抱かなかった。巨大なゾイドをも黙らせる彼女が、ちっぽけな彼をあざむくような言葉をあえて話す必要はないのだから。

 ただ、動機がわからない。

「なぜ……なせ、そこまで言ってくれるんですか?」

 美女は少年の円らな瞳をまじまじと見つめると微笑を返す。

「ゾイドウォリアーになるには、保護者だって必要でしょう?

 そうね、あなたが無事トライアウトに合格したら、稼ぎの上前を頂くわ。ギブアンドテイク、わかるわよね?」

 それはそれで道理かもしれないが、少年は今ひとつ、釈然としない。だが、他にすがれるものなどありはしなかった。

 透き通ったまなざしを見つめた少年は、こくりとうなずくことで迷いを打ち消した。

「オーケー、契約成立ね。私の名前はエステル。これからは『先生』と呼びなさい。……あなたは?」

「ギルガメス、です。……エステル、先生」

「そう。ギル、よろしくね」

 美女エステルはにっこり、微笑んでみせた。その表情に複雑な感情が垣間見えたが、ギルガメス少年がその真意を理解するのは当分先の話しである。

 

 

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