魔装竜外伝 完全版   作:◆.X9.4WzziA

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2. 紅焔の章(2)

 駐屯地跡のかなりの面積を占める更地には白線が縦横にめぐらされ、それを基準にトライアウト受験者の持ち込んだ沢山のゾイドがしゃがみ込んで出番を待っていた。ざっと百匹はいるはずだ。

 これだけ集まれば争いが起きても不思議ではなさそうだが、人に使役するゾイドは大抵が公の場での争いなどの激しい動作を封じる「封印プログラム」が施されているものであり、滅多なことでそういうトラブルは発生しない。

 さてギルガメスとエステルは、このゾイドの群れの間をぬって、猫のように丸まっていた深紅の竜のもとにたどり着いた。ちらりと伏し目をあげたこの竜のまぶたに映った少年の足取りは、何とも重い。半歩後ろを歩いてくる美女の歩行が何とも軽快なので随分対照的に見える。

 竜の鼻先に止めてあるビークルの座席に、師弟は着席。少年は右から、美女は左から。少年は着席すると途端に重苦しいため息を吐き出した。

 さしものギルガメスも今は押し寄せる疲労感にあらがえず、ため息とともにシートにもたれかからざるを得なかった。何しろトライアウトの筆記試験は受験者を三時間ほども拘束するのだから無理もない。

 左側から、水筒のフタが差し出された。コーヒーが七分目ほど、注がれている。苦い香りが疲れた身体には心地良い。

「お疲れさま」

 エステルはにっこり微笑んだ。右手にはコーヒー、膝の上にはビークルに備えつけの折りたたみ式テーブルが引き出され、水筒とバスケットがそっと置かれた。

「ありがとう、ございます」

 礼を言うと水筒のフタに口をつける。コーヒーをすすってみて、彼ははじめてのどが渇いていたことに気がついた。

「……できた?」

 サングラスをつけたままの彼女は、視線など勘付かれるはずがないのに視線を外した。

「できたと、思います」

 それだけははっきりとした口調で言い切った。……不安は、物凄くある。一度不合格のレッテルを貼られてしまった身としては、もしかしたら筆記試験にこそ不合格につながる落とし穴でもあるのではないかとも思えてしまう。だからこそ、彼は胸を張って疑心暗鬼を振り払った。予習はこの美しき師匠とともに十分すぎるほど取り組んだではないか。

 エステルは愛弟子の返事に満足して微笑んだ。

 筆記試験は旧兵舎の広々とした会議室で行なわれた(付き添いのエステルは終了まで外で待っていた)。受験者はこの辺りに待機するゾイドの数と同じく百人ほど。そのうち半分ほどが落とされ、次の実技試験ではさらに半分以上、落とされるのである。……惑星Ziは試験制度が軍事に限らずさまざまな分野で発達した。高性能のゾイドを操れる者を徹底的に選別する必要があるからだ。それはゾイドバトルという娯楽の分野でも何ら変わりがない。

 不意に、頭上に注がれる陽射しの熱が途切れ、辺りが影に覆われた。顔を上げてみたギルガメスは影の正体をすぐに理解した。ブレイカーが眠りから目覚め、師弟の様子をうかがっているのだ。

 深紅の竜は眠たげにしながら首を傾げた。

「おはよう」

 ギルガメスが応えると、深紅の竜はうれしそうに鳴いた。だがエステルが自分の口元に指を立てる。

「ブレイカー、周りも見てるからね」

 深紅の竜はすぐに鳴き声の調子を落とした。……このゾイドには封印プログラムは施されていない。ただしトラブルを回避する知恵は持っているし、「その筋」に取り調べを受けても巧妙に偽装する術を備えてはいる。問題はトライアウトという場ゆえに、ライバル潰しの格好の材料にされる可能性があることだ(※未封印のゾイドを使用したことを咎められる)。戯れるのはいつでもできるから、賢い竜は自重した。

 腹ごしらえを済ませたギルガメスに、エステルはブレイカーの胸部コクピット内で休息するように指示した。筆記試験の合格発表まで若干の間があるからだ。少年は日だまりで昼寝したかったが、それ以外は特に逆らう理由もなく彼女の言葉に従った。

 少年がハッチの中に入ったのを確認したエステルの眉間に、たちまち深いしわが刻まれる。サングラスを外して切れ長の蒼き瞳で周囲をにらむと、長い指で額のしわを何度か、なでた。

(遠ざかったかしら……?)

 彼女の心の声に応えるように、深紅の竜も首を傾けた。何者かによる監視の気配は先ほどから両者ともに感じている。油断はできないから、愛弟子をハッチ内に押し込めたのだ。……今、愛弟子は昼寝の余裕があるくらいリラックスしている。なのにこういう変なことを悟られたら、萎縮してしまう可能性もある。それだけは、避けたかった。ひとまず彼女は額のしわを緩めてまぶたを閉じた。

 やがて二時間ほど経過したところで、エステルはぱっちりとまぶたを開けた。サングラスをかけ直すと小走りに旧兵舎に向かう。

 入り口前の掲示板には早速人だかりができていた。張り出された合格者名簿の内容は彼女を大いに安堵させた。

 実技試験は駐屯地の外の更地で行われる段取りだ。

 筆記試験を通過した受験者の所有ゾイドが、数百メートルほどの空間をへだてて二列、横並びで向かい合っている。……試験は向かい合うゾイド同士での試合が行なわれ、その内容で合否が決まる。銃撃はペイント弾のみ使用可、肉弾戦が主体。そして、時間にしてわずか三分。かなりの短時間だが、優秀なゾイドウォリアーならそれくらいでも実力を発揮できるものである。

 辺りには早速、鋼のぶつかり合う音が鳴り響く。乾き切った一帯に爆音が染み入る余地はなく、ただようほこりまで震えて居並ぶ者たちを脳天からしびれさせる。そして、三分経過したことを知らせるブザー、無機質なアナウンス。淡々と進行し、ゾイドを、そしてパイロットたちを裁断していく。

 だがこのゾイドたちのさらにずっと後ろの方では、各チームのビークルがでたらめな配置で並べられている。こちらは雑談している者も多数いて、何とも温度差が激しい。通常のトライアウトに参加する者はゾイドを養う資金をある程度所持している者が多い(つまり金持ちだ)。その分、切実さに乏しい者も出てくるわけである。時折ペイント弾がそれてきたりゾイドの破片が飛んできたりもするが、それを適当にかわしながら、彼らはある意味観戦を楽しんでいた。

 さて我らが深紅の竜ブレイカーも列に加わり、じっと伏せて待機していた。

 相棒の胸部コクピット内で、ギルガメスも無言で出番を待つ。休息は十分。問題は、試合の相手である。

 真向かいにしゃがみ込んで待機しているのは二足で直立する銀色の竜・ゴジュラスである。ヘリック共和国の象徴的なゾイドの一種だ。背丈は相棒の二倍ほどもある。頭頂部にはオレンジ色のキャノピーで覆われたコクピットが埋め込まれており、ここから辺りを見下ろすのである。

 上背の高さには視線をうかがうのさえ苦労する。そして両手・両足の爪の先端が丸みを帯びている。それなりに使い込まれている証だ。どうやら共和国軍の払い下げか何かだろう、戦闘の経験はそれなりにあると見て良い。どう、立ち回るべきなのか。

「基本に忠実に、ね」

 まるでギルガメスの心理を読んだかのように、声がささやかれた。全方位スクリーン左側に、腕を組んで右手で頬杖するエステルの映像が映し出される。ウインドウの左方には後方へ向けて矢印が描かれた。

 いつの間にか、ビークルが真後ろにまで近付いていた。サングラスをかけた美貌の女教師が笑顔で手を振っている。ギルガメスは誰も見ていないのに緩みかけた口元に手を当てると顔を伏せ、そしてつぶやく。

「基本に、忠実に。基本に、忠実に……」

 ギルガメスは反芻すると無言でうなずいた。円らな瞳には強い輝きが宿りはじめる。

 右側にずらりと並んでいたゾイドが一匹、また一匹と立ち上がる。そのたびに心臓の鼓動が少しずつ加速する。ついに隣りの一匹が立ち上がったとき、ギルガメスは大きく息を吐いた。

 ブザーが鳴り響き、ギルガメスの名前が呼ばれる。

 深紅の竜は吠えはしないが、自分に任せてくれと言わんばかりに尻尾を威勢良く地面に叩いて、すっくと立ち上がった。

 真向かいのゴジュラスは対照的に、突き刺すような雄叫びをあげる。

 もう随分削れてしまった開始線に双方歩む。両者の間隔は二百メートルくらいか。深紅の竜が十匹程度の間合いだ。ゾイド目線では広いとはとても言えない。

 開始のブザーが轟くとともに、両者の足元が空高く爆ぜた。その隙間をぬって火花が吹きこぼれる。

 その身を低くして、深紅の竜は間合いを詰める。

 対するゴジュラスはゆっくり重心を落とすと一歩また一歩と地面を踏み締める。この巨大な銀色の竜にしてみれば、小細工を弄する必要はない。近付いて来た敵を両腕でがっちり捕まえ、体重をかけて押し潰せば良いだけである。試合場の狭さも相まって、条件は圧倒的にこのゾイドが有利だ。

 それがギルガメスにも既に読めていたからこそ、彼は試合開始早々に叫んだ。

「翼の、刃よ!」

 声に合わせて、深紅の竜は低い姿勢のまま桜花の翼をぐいと広げる。両翼の下から二本ずつ剣が躍り出て、先端がハサミのようにつながってそれぞれ一本の剣と化す。

 両翼を、双剣を左右に広げた深紅の竜。銀色の竜との間合いは既に己が三、四匹程度分にまで縮まっている。それでも相手との距離にはまだ多少の余裕がある。

 だがギルガメスはすぐさま、左のレバーを正拳突きのごとく押し込んだ。……刻印を発動できない以上、彼の小さな身体を使って全力で相棒をコントロールしなければいけない。間合いギリギリで攻撃などという器用な真似は不可能だ。

 深紅の竜は右足で強く蹴ると、爪先を軸に、左の翼を時計回りに振り抜いた。このとき左足も一緒に踏み込んでブレーキをかけたものだから、見る間に地面が削れ土砂が飛び散っていく。

 銀色の竜は避ける素振りも見せず、真っ正面からにじり寄る。その、一歩前に出た左足の内股に剣の先端が命中した。

 ギルガメスの全身がきしんだ。この一撃だけで、全身に玉の汗が浮かぶ。刻印を使わない状態では、まだ成長の途上にある彼の肉体ではあまりにも負担が大きい。

 だが相応の衝撃は相手にも与えた。ぐらりと銀色の竜の上半身が揺れる。しかし銀色の竜はひるむことなく両腕を振り上げる。この剣さえつかんでしまえばこのゾイドが圧倒的有利だ。

 ギルガメスは歯を食いしばると、続けざまに右のレバーを押し込んだ。

 深紅の竜は、ボールが跳ね返るように勢い良く反時計回りに身体をひねった。間断なく放たれた、右の剣の水平斬り。拳闘のワンツーパンチのごとき連続攻撃こそ、深紅の竜が為す格闘戦の基本中の基本。

 空振りする銀色の竜の爪。代わりに右の剣がこのゾイドの左足の膝裏を正確に捉えた。

 ギルガメスは汗をこぼしながら、全身の力を使って右のレバーを引き戻す。

 彼の求めに応じて、深紅の竜はすぐさま地面を蹴って、間合いを離した。

 その動きを追いかけるように、銀色の竜は両腕を振り降ろす。しかしその上半身がふらふらと泳いだ。

 右足は前に伸びるが、続く左足は地面を蹴り込むこともできぬまま膝から崩れ落ち、前のめりに倒れ込んでしまった。ダメージを裏付ける多数の放電が、左膝一帯に確認できる。先ほど深紅の竜に喰らわされた連続攻撃によって、膝一帯を破壊されていたのだ。

 かくして銀色の竜ゴジュラスの巨体は、呆気なく沈黙するに至った。

 一連の光景を頬杖しながら観戦していたエステルの口元が、緩みかけた。しかし数秒も経ずして厳しく歪む。

 このときギルガメスは、既に右のレバーを押し込みにかかっていた。若き主人の求めに応じ、深紅の竜は右腕を振り上げる。

 ところが銀色の竜は倒れ込んでしまい、ずっと深紅の竜を見下ろしていたその頭部が真っ正面にまで降りてきてしまっている。そこにはキャノピーに覆われたコクピットが埋め込まれているのだ。攻撃を当てようものなら一発で失格だ。

 ギルガメスはあわてて、右のレバーを押さえた。さらに彼は懸命に叫ぶ。

「待て! まてまて待て!」

 弓矢を引き絞るような姿勢で、深紅の竜は動きを止めた。止めはしたが、一心不乱に相手をにらみつけるのは決して忘れない。

 倒れ込んだ銀色の竜の頭部キャノピー内では、小金持ちのせがれ然とした若い男が口を開けて呆然としていた。驚きのあまり悔しさをにじませることもままならない辺り、このような負け方ははじめての経験なのだろう。

 辺りに決着を告げるブザーが鳴り響く。観戦している他のチームのギャラリーからはため息が漏れた。深紅の竜はようやく引き絞った右腕を解くと、相手に視線を傾けながらきびすを返す。

 コクピット内のギルガメスは既に汗だくで、呼吸が荒い。これほどまでに、刻印に頼らずにこのゾイドを戦闘の目的で操るのは至難の技なのだ。凄まじい疲労感に襲われながらも、彼は虚ろになりかけた円らな瞳で正面を見直す。

 このとき、全方位スクリーンが最初に捉えたのは頬杖したエステルと彼女のまたがるビークルであった。彼女はすっくと立ち上がるとサングラスを外すと、右腕を前に突き出し拳を作ってみせる。そして、浮かべた微笑み。切れ長の蒼き瞳が一層細まり麗しい。

 そのしぐさにギルガメスは、ようやくさまざまなことを理解する余裕を見出せた。……勝ったのだ。実技試験はきっと、きっと合格だ。

 だがそれとは別に、こみ上げてくる思いを実感したのも確かだ。今の戦いを、彼女だけが後ろでずっと見守り、勝利を一緒に喜んでくれた。そういう人がいてくれるのは、こんなにも嬉しいことなのか。ギルガメスはレバーを強く握りしめすぎて吊り気味の右手をどうにか胸に当てると、落ち着いていく鼓動や呼吸を実感した。

 

 昼下がりの荒野を深紅の竜が、両手にビークルを抱えながら軽快に駆けていく。

 その行く先には山々が連なり、陽射しが徐々に傾きながら稜線の下へと隠れる準備をはじめていた。だがそれまでには、ギルガメスたちが宿泊を予定している街にはたどり着けるはずだ。

 ビークルの座席にはゴーグルをかけたエステルが頬杖し、足を組んで着席していた。細長くしなやかな足はとても見栄えがする。

 ギルガメスを取り囲む全方位スクリーン上では、彼女とビークルは少年の目線よりずっと下方に映っている。表情こそうかがえないものの、すっかり肩の荷が下りた様子で、しぐさ一つとって見ても険など感じられず何とも穏やかなのが嬉しく、頬の緩みが抑え切れない。

 ギルガメスはトライアウトに合格した。粛々と実技試験が進められる中、さしもの少年も今度は昼寝する心の余裕などなかった。何万人という規模で実施されるジュニアトライアウトは合否を後日の発表とするが、片田舎のトライアウトなら規模も小さく、その日のうちに合否がはっきりする。

 しばらくの待機を余儀なくされたギルガメスは、旧兵舎のシャワーを借りている間も胸をかき乱したくなるような衝動に何度も襲われ、そのたび必死で呼吸を整えるのを繰り返していたのだ。

 だからこそ、掲示板に張り出されたわずか十数名の合格者の中に自分の受験番号が確認できたとき、ギルガメスの時間は一瞬止まった。……呼び覚ましてくれたのはエステルのハイタッチだった。

「おめでとう」

 背の高い彼女が祝福の言葉とともに満面の笑顔を覆い被せてきたとき、ようやく時間は動き出した。彼も右手をかざすと、澄んだ手拍子が鳴り響く。

 その音が合図で、感極まったギルガメスは途端に顔をくしゃくしゃにさせかけたが、丁度いいタイミングでエステルが少年の額に長い指を押し当てた。

「まだ早いわよ?

 ようやくスタート地点に立てたばかりなんだからね」

 その一言で、ギルガメスは我に返った。……彼は合格したが、数ヶ月前からの遅れを取り戻したにすぎない。これから、どんどん取り戻していくのだ。早く故郷アーミタに帰って両親や弟妹に報告したい。帰るまでに試合ができるならもっと良い。少しでも多くファイトマネーを稼ぎ、一人前になった証を見せるのだ。

 こくりとうなずいた少年の円らな瞳はにわかに輝きを増していった。

 ただ、浮かれる気分を完全には抑え切れないのも事実だ。タガが一つ外れた途端、彼自身でも驚くほどさまざまな思いが脳内をよぎる。そしてその多くは幻覚のように甘美なものだから、彼は時折自分の頬を叩いた。叩いて目を覚まさせるしかなかったのである。

 そんな滑稽なことを何度か繰り返していたとき、行く先に見える稜線が橙色に灼かれはじめた。山々は闇に染まり、沈む夕陽をますますまぶしく浮かび上がらせてみせる。

 鮮烈な逆光は全方位スクリーンに囲まれたギルガメスの円らな瞳さえもくらませた。彼は手をかざし、眉をひそめると天井を仰いで呼びかけた。

「ごめん、輝度をちょっと下げて」

 そう、このコクピットを胸部に埋め込んだ自分の相棒に対して訴えたそのとき、事態は急変した。

 同じように手をかざした機上のエステルは、切れ長の蒼き瞳をますます細めながら闇の彼方をじっとにらむ。……かすかに弾けた、白い輝き。たちまち彼女は血相を変えて叫ぶ。

「伏せて!」

 ウインドウがスクリーン上に開くよりも前に、声がコクピット内にこだまする。だが彼女の一声は幸福感で充たされたギルガメスに対してはあまりに唐突だ。彼は「え!?」と思わず聞き返してしまった。死線を往く者にとってこの隙は大きすぎる。

 たちまちコクピット全体が滅茶苦茶に揺れた。そして間髪をいれず、コクピットごとあらぬ方向に投げ飛ばされるような衝撃に襲われる。

 ギルガメスはコントロールパネルに覆い被さるようにつかまり、どうにか振動を緩和させた。だが頬はすっかり青ざめ、先ほどまでの緩みはどこかに消し飛んでしまっている。……それでも気丈さだけは幾分だがすぐに取り戻すと、全方位スクリーンにすぐさま開かれたウインドウが映す相棒のシルエットで、今の彼らが置かれた状況をどうにか理解しようとした。

 相棒は……深紅の竜は、うつ伏せに転倒している。いや、知らなければいけないのはそれだけではない。

「先生!? エステル先生!」

「私は大丈夫よ」

 とっさに別のウインドウが開き、黒の短髪が不自然に揺れる女教師の美貌が映し出される。

 ビークルはゾイド数匹分ほど先で空中を浮かびつつ、半端な姿勢から立て直そうとしていた。

 ギルガメスは胸をなで下ろしたが、すぐに別の不安がよぎる。果たしてビークルは自力で相棒の手から離れたのか、それとも先ほどの衝撃で投げ出されたのか。前者ならともかく、後者ならひどい不手際だ。

 しかしエステルは一向に気にする素振りも見せずに叫んだ。

「それより、立って! 敵が来るわ!」

 敵。その一語に、ギルガメスはようやく事態を把握した。敵の不意打ちで彼の相棒ブレイカーは転倒させられたのだ。

 彼は円らな瞳を見開くと両腕で目一杯にレバーを倒す。

 たちまち深紅の巨体が両腕を地面につき、踏ん張ろうとする。このあと、ギルガメスは四肢をバネとし、地面を目一杯に跳ねて体勢を立て直すつもりだった。

 ところがコクピット内は不自然に揺れるばかりだ。

(姿勢が安定しない……!?)

 すぐさま後方を向いたギルガメスは声を失った。

 相棒の両足に、絡みつくワイヤー。ゾイド猟に使う「ワイヤー弾」とでも言うべき代物だ。どうすればほどけるのか。引きちぎれるのか、それとも焼き切れるのか。

 それを考える猶予は、前方に広がる闇の彼方からすっと忍び寄ってきた敵が一切与えなかった。……夕闇のように近付いてきたのは褐色の、鋼の大蛇。人呼んでステルスバイパー。ヘリック共和国軍では偵察や奇襲など隠密行動を一手に引き受けてきたゾイドだ。

 深紅の竜の目前で、バネ仕掛けの玩具のように跳躍したステルスバイパー。たちまち竜の巨体に覆い被さり、絡みつく。

 激しい振動に揺れるコクピット。次いでノイズまみれのウインドウが浮かび上った。

 そこに映し出された頭巾の男が、しわがれた声で言い放つ。

「水の軍団・暗殺ゾイド部隊が貴様らを始末する」

 ウインドウが途切れるやミシミシとコクピット内がきしみ、ギルガメスは相棒ブレイカーが抑え込まれたことを思い知らされた。鋼の大蛇は今や彼の大事な相棒に絡みつき、その巨体を締め上げようとしている。……いかなるゾイドも関節を攻めればもろい。

「どうしよう、どうすればいいんだ!?」

 ギルガメスは青ざめ、キョロキョロするばかりだ。

 そうこうするうちにも深紅の竜の胴に、首に、大蛇の胴体が食い込んでいく。両腕をジタバタともがく程度では大した抵抗にもならない。

 そのとき全方位スクリーンの真っ正面に、特大のウインドウが開かれた。ゴーグルを額の位置にずらしたエステルがにらみつけ、眼光をほとばしらせる。

 すっかり肝を冷やしたギルガメス。だがそれこそが彼に奇妙な落ち着きをもたらし、続く彼女の言葉をすぐに理解させる切っ掛けとなった。

「ギル! 例え、その行く先が」

 詠唱だ。応じる以外に少年主従が生き残る術はない。

「いばらの道であっても、私は、戦う!」

 たちまちギルガメスの額が青白く輝き、刻印が宿る。

 と同時に、全身をしびれるような痛みが襲った。シンクロの副作用だが、魔装竜ジェノブレイカーの能力を最大限に引き出せる証でもある。形勢逆転への布石がようやく整ったのだ。

 しかしながら鋼の大蛇は深紅の竜の全身に食い込んでしまっている。体勢を立て直したビークルの機上でエステルはじっと凝視。アンチゾイドライフルで狙撃してはかえって竜を傷つけてしまうだろう。だから彼女は決断した。

「ギル、ギル、聞こえて?」

 続く彼女の言葉にギルガメスは熱心にうなずく。

 すぐさま、絡み合う二匹の外周をビークルが旋回する。

 鋼の大蛇の頭部は、竜の首辺りで雑巾の一端のごとく懸命にその長い胴体を引っ張り上げている。頭部キャノピー内部では頭巾の男が露出する目を細めた。

「さあどうする? 魔装竜ジェノブレイカーを犠牲に我らを撃ち抜くか?」

 エステルは大蛇の頭部を一瞥するとレバーを捌く。

 ビークルは深紅の竜よりゾイド数匹分は離れたまま、ワイヤーの絡みつく足裏の高さで静止した。エステルは「今よ!」と叫ぶ。

 深紅の竜は懸命に両足を持ち上げ、広げようとしてみせた。全身をきしませながらも、どうにか食い込んでいたワイヤーの結び目が浮かび上がる。エステルにはそれで十分だ。

 鋭利な銃声が響き渡る。伸び切ったゴムが切れるように、ワイヤーの結び目が勢い良く弾ける。力ませていた竜の両足は大きく開いた。

 頭巾の男はキャノピー内で大きく揺さぶられたが、それすらも予定通りであるかのようだ。

「もっとも弱いワイヤーを狙うのは道理。だが締め上げるのが先だ」

 言葉通り、鋼の大蛇は深紅の竜を締め上げていく。竜の巨体は反り返り、あお向けにめくり上げられ、ひっくり返った亀のようにもがき続ける。

 歯を食いしばって、ギルガメスは耐えた。耐え抜いて、レバーを握り直すと円らな瞳を見開き叫んだ。額の刻印が青白い輝きを一層ほとばしらせる。

「ブレイカー、いくよ!」

 桜花の翼を無理矢理に広げ、地面に叩きつけると跳ね返ってうつ伏せにまで立て直した。四つん這いの姿勢を確保すると全身の突起がうなりを上げて回転、火花を吹きこぼす。背負いし六本の鶏冠は大蛇に抑え込まれたまま蒼い炎を吹き出した。

 地面すれすれを、打ち上げ花火のように深紅の竜は滑り出す。たちまち地面が削れていく。右に傾き左に傾き、絡みつく鋼鉄の大蛇を固い地表にこすりつける。

 ギルガメスは唇を噛んだ。シンクロの副作用で全身がしびれるように痛い。このような方法では大蛇だけにダメージを与えることなどできやしないが、他に手はない。

 十秒、二十秒と耐えていくうちに、少し、体が軽くなったように思えた。すかさずウインドウが開き、絡みつく竜と大蛇のシルエットが表示された。……大蛇の尻尾が、欠け落ちた!

 ギルガメスも竜も吠えた。吠えながら、加速を増していく。少しずつ大蛇の節々が吹き飛び、やがてその三分の一ほどを絞める首と胴体だけになったとき、それは確かに力を失い荒野に振り落とされた。

 深紅の竜は地面を削りながら四つん這いで踏ん張ると、ふらつきながらも後肢で立ち上がる。そして後方で打ち捨てられた大蛇を一瞥すると天を仰ぎ沈む夕陽を見つめた。

 本来ならまぶしくて正視し辛い夕陽も、輝度を落とした映像で見れれば美しさが心に染みる。ギルガメスの全身の力が抜けようとした、そのときのことだ。

 後方でパン、と爆ぜる音が響いた。ギルガメスがそれに気付いたときには深紅の竜が横殴りに揺さぶられた。幸い大した衝撃ではなかったが、すぐさま開かれたウインドウの表示する映像を目の当たりにし、彼はあっと声を上げた。

 竜のシルエットの首から肩にかけて、大蛇の胴体が再びまとわりついているではないか。鋼の大蛇がその残った体で目一杯飛び跳ね、覆い被さったのだ。

 ギルガメスがあわててレバーを握りしめ、払いのけようとしたとき、思いがけないことが起きた。大蛇の頭部は丁度深紅の竜の胸元で向き合うと、その頭部キャノピーが開いたのだ。

 中から頭巾の男が立ち上がり、物干竿のようなアンチゾイドライフルの銃口を突きつけてきた。

 ギルガメスは全体重をかけるようにレバーを押さえた。押さえざるを得なかった。……押さえなければ、深紅の竜の鋭利な爪が勢いよくこの男を切り裂き、あるいは地面に叩きつけて肉片に変えてしまうに違いない。

 寸前で、竜の爪は静止した。だが少年がくだしたとっさの判断など、頭巾の男はお構いなしだ。高らかに笑いながら、ゆっくりとライフルを抱え、銃口を竜の胸部へと向けてくるではないか。

 ギルガメスの脳裏は真っ白に吹き飛んでしまった。

 これが試合ならば、既に決着はついている。誰かが止めてくれるはずなのだ。だがこの戦いは試合などと言える代物ではない。では決着をつけるにはこの男を殺さなければいけないのか。それは彼の相棒ブレイカーが嫌がるむやみな殺戮に他ならないのではないか。いやそもそも、自分が犯罪者になることではないのか。

 わずか数秒のうちに、少年の頭脳の容量をはるかに超えたさまざまな気持ちが去来する。彼の全身は強張り、指先も震えてしまい力を入れることさえできない。

 頭巾の男は彼の動揺を見越したのか、不敵な笑みを浮かべながらついにトリガーに指をかけた。

 そのとき、凄まじい量の銃声、砲声が鳴り響いた。

 大蛇の頭部が燃え上がり、爆破し、砕け散る。右から左へと浴びせかけられた銃砲の雨あられはまたたく間に大蛇を吹き飛ばした。

 我に返ったギルガメスは右方を見た。ビークルだ。機体を両側からはさむ銃器が一斉に射出されたのだ。すかさず機上のエステルが叫ぶ。

「さっさと逃げるわよ、追っ手がいるかもしれないわ!」

 追っ手。その一言で、ギルガメスは吹き飛びそうな理性を辛うじて立て直すと震えていた指先に力を込めた。

 深紅の竜はすぐさまビークルを抱えると鶏冠を、桜花の翼を目一杯広げて地を駆け出した。行く先はさっきも敵が現れた夕陽の彼方だ。

 レバーを握りしめながら、ギルガメスは徐々に呼吸を整える。整えながら、やがてうつむき、涙をこぼしはじめた。どうすれば良かったのか、正解がわからない。わからないが、それはそれとして絶対に言わなければいけない言葉がある。

「ブレイカー、ごめん」

 地を駆ける深紅の竜は、心配げに自分の胸元をちらりと見た。

 すると全方位スクリーン右手にウインドウが開き、ゴーグルを額にずらしたままのエステルがため息をつきながら言い放った。

「ギル、勘違いしないでね。

 あのとき、ためらわずにあいつを殺せるようだったら、そもそもブレイカーはあなたのゾイドになっていたりはしないわよ?」

 少年は驚いたが、すぐに首を横に振った。

「でも、僕はブレイカーを危険な目に……」

「あわせたと思うなら、もっと悩んで、もっと強くなりなさい」

 少年はうつむき加減でこくりとうなずいた。……うなずくに留めるしかなかった。あのときどうすべきだったのかがいまだにわからない。ただ、ときにはあんなにも神経質になるブレイカーがむしろこちらを気遣ってくれているのだ。彼は師と仰ぐ女性の言葉を受け入れるよりほかなかった。

 ビークル据えつけのモニター越しに様子を見つめていたエステルは、またいつものように腕組みし、右手を頬に当て足を組み直す。ただし彼女もまた、切れ長の蒼き瞳から憂いを消し去ることはできていない。

 夕陽だけは、着々と稜線から隠れようと急いでいた。

 

 

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