魔装竜外伝 完全版   作:◆.X9.4WzziA

8 / 25
2. 紅焔の章(4)

 それでも、表面上はギルガメスとブレイカーのコンビの快進撃は続いた。

「ギル、低くぶつかって、肩を合わせて!」

 叫ぶエステルの顔が全方位スクリーン左側のウインドウに映し出される中、ギルガメスは手短に「はい!」の一声を返しつつレバーを捌く。

 今日も乾いた試合場に、裂帛が響き渡った。今日の相手が駆るゾイドはレッドホーン。名前の通りの全身紅色でブレイカーにも引けを取らぬ大柄のこのゾイド、太古の地球に生息した角竜によく似た風貌を持つ。四本足で地を這うように駆けるさまはやや鈍重な印象を与えるものの、兜のような頭部に鼻先より突き出た一本角が何とも勇ましい。くわえて背中にはさまざまな銃砲を積んでおり、「歩く要塞」の異名を持つ。

 さてレッドホーン自慢の体当たりに対し、ブレイカーもまた一段と身を低くして臨んだ。右肩で、この紅色の角竜の鼻の下にぶちかまし。

 鳴り響く轟音が試合場の固い地面をも震わせる。深紅の竜の右肩は、まんまと紅色の角竜の下あごに潜り込んだ。次はこの強敵の巨体を上ずらせることだ。

 だが接近戦はこの角竜も臨むところ。ブレイカーがこのゾイドの下あごからのどへと手をはわせようとしたところ、奇妙な起動音が聞こえてきたではないか。続けざま、乾き切った試合場にはおよそ想像しがたい放水の音が聞こえてきた。すぐさま両腕を放す深紅の竜。

 噴出した液体の正体は濃硫酸だ。もともとは歩兵に浴びせる目的でつけられた危険な武装だが、ゾイドの関節部分に浴びせても相当な効果が期待できる。

 ブレイカーはすぐさま右肩を離し、左へと回り込んでいく。軌跡を追いかける濃硫酸の放水。そしてレッドホーン自身も左へと回り込み、真横からの攻撃の回避を目指す。

 いつしか互いの間合いが自然にゾイド数匹分も離れ、そこで二匹は見合った。防護壁からどよめきと拍手がこだまする。

 不意にギルガメスの優しい顔立ちが歪んだ。右手首辺りが真っ赤に腫れている。シンクロの副作用が、放水を少し浴びてしまったことを知らせている。

「ブレイカー、ごめん」

 相棒は甲高く返事して無事を知らせた。ただ、いつもより鳴き声のトーンを下げている。赤ん坊をなだめすかすように努めて柔らかく鳴こうと努力しているようだ。

 ビークルのマイクでその声を耳にして、エステルは首を傾げた。試合場のすり鉢のへりの上は非常に高くゾイドの微妙な変化などなかなか察知できないが、ビークルを介せば相当な情報が得られる。……彼女は何ごとかつぶやくと、機上のモニターに覆い被さった。

「ギル、ギル、聞こえて?

 相手は思ったより、やるわ。もっと間合いを取って、慎重に……」

 間髪を入れず、愛弟子は返事をしてきた。あまりにも早い返事はむしろ彼女の呼びかけをさえぎるかのようだ。

「はい、先生!」

 レッドホーンが四本の足を踏ん張ったのはそのときだ。背中の大砲から、ももや尻尾の銃器から閃光が雨あられと解き放たれる。深紅の竜は左に跳ねてかわす。先ほどまで立っていた場所がまたたく間に火柱を上げる。

 ギルガメスはおよそその風貌に似つかわしくない金切り声の雄叫びを上げた。若き主人のレバー捌きに応え、ブレイカーは固い土の床を砕きながら弧を描くように駆け抜け、そしてレッドホーンの右側面にぶちかまし。

 轟音が再び地面を震わす。ブレイカーのぶちかましは確かにレッドホーンの巨体をよろめかせたが、まだ「その程度」だ。この角竜はすぐに踏ん張り、旋回しながら間合いを取ろうとする。

 許すまじと深紅の竜は、角竜の右後ろ足めがけて続けざまに蹴りを叩き込む。一発、また一発。勢いは踏ん張り耐える余裕を与えず、いつしか相手がひるんだところで竜は脇腹をつかみ、地面を強く蹴り込んだ。……重武装で鳴らすゾイドはその武装自体がときに大きな弱点となる。例えばこのレッドホーンがひっくり返されたら背中の重武装がどんな目にあうか。

 もがく角竜。深紅の竜は背中の鶏冠を目一杯に広げる。蒼き炎を先端より吐き出し、この力比べに手を貸せば、徐々に角竜の巨体が上ずっていく。角竜は右の前足、後ろ足で何度も深紅の竜を蹴り込んではいるが、踏ん張りのなかなか効かぬこの姿勢では効果が上がらない。

 角竜の巨体がひっくり返りかけたところで、試合終了を告げるブザーが試合場に鳴り響いた。相手のゾイドウォリアーがギブアップしたのだ。このまま仰向けにしたら背中の銃砲が爆発してひどいことになるだろう。

 ブザーを耳にしたブレイカーは両手の力をスッと抜く。すると地響きとともに相手の巨体は元通りの四本足で地面につき、そしてうずくまった。……ブレイカーに特別な感情のたかぶりは見られない。ただ、この優しき竜は己が胸元をじっと、見つめるのみだ。

 その胸部コクピット内では、ギルガメスがハーネスに小さな身体を固定したまま肩で大きく、何度も荒く呼吸を繰り返していた。ずっとうつむいたまま、膝に大粒の水滴が何度もこぼれる。ただしそれらが全て汗であるとは限らない。

 

 この日は適当な丘の上にキャンプを張って休むこととなった。……襲撃される可能性を考えたら、できれば宿を取りたいところ。だが巨大なゾイドとは別れて休まなければいけないし、他にも経済的理由など問題が多い。幸いブレイカーは稀代の戦闘用ゾイドであり夜行性なので見張りにはうってつけだ。

 双児の月に照らされた丘の上には、ふた張りのテントと銃器にはさまれたビークル、簡易キッチンや仮設の風呂・トイレ、それに若干の資材が整然と立ち並ぶ。そのかたわらに、深紅の竜ブレイカーが身体を丸めてうずくまっている。真夜中だが狩りをする気力はない。優しき竜はうずくまったままおとなしくしていた。

 ところがあるとき、ブレイカーはふと首をもたげた。……敵が忍び寄っていれば、すぐにでも師弟のテントに指を突っ込んで起床をうながすところだ。だがこの竜はじっとテントの方を見つめるばかり。やがて意を決したかのように上半身を持ち上げ、テントの方に顔を近付けた。さすがに己の顔はテント内に突っ込むには大きすぎる。竜は首を斜めに傾けると右の目を輝かせた。そしてそっとテントの垂れ幕をのける。

 差し込む月明かりが狭苦しい内部を淡く照らす。竜が案ずる若き主人が寝袋に包まったまま、ぼんやりと月明かりに浮かび上がった。すやすやと寝息も静かなものだ。

 深紅の竜は微動だにせずじっと様子をうかがう。……すると主人は声にもならぬ悲鳴を上げて、おとなしくしている分にはそこそこ端正な己が顔を歪ませた。その一瞬、彼の頬に真珠の粒が流れ落ちた。

 竜は長い指の先端を、そっとテントの中に忍ばせる。人の身体よりも太いが先端は鋭い上に、もともと器用なゾイドだ。

 主人の頬を、そっとなでる指先。何ごともなかったように指先をテントから引き戻す。

 先端に付着した真珠の粒をじっと見つめて、深紅の竜は思わずため息を漏らした。……これは人が感情をたかぶらせたときしばしば分泌するもの。ただしその理由を竜がおもんぱかったとき、やるせない気持ちでいっぱいにならざるを得ない。しかし竜の示した感情の機微は確かな隙となった。

「のぞき見は感心しないわよ?」

 そう、かたわらから小さいが凛とした声が聞こえてきたものだから、深紅の竜は肩をすくめた。エステルだ。浅からぬ因縁によりある意味主人以上に忠誠を尽くさざるを得ない、古代ゾイド人の美女。もう片方のテントからひょいと首を出していた。

 巨大すぎる金属生命体ゾイドが人と共生できるのは全身に相当敏感な感覚器官がついているからだ。深紅の竜ブレイカーも言うに及ばず……のはずだが、それでも彼女の挙動には気付くことができなかった。

 エステルは長い指を唇の前に立てて「静かに」のジェスチャーをしつつ、テントから出てきた。寝巻き代わりのジャージを着たままだ。ブレイカーはばつが悪そうに縮こまる。肩をすくめたときに分泌物が飛び散って消えてしまったのも竜にとっては残念なことであった。

 深紅の竜を尻目に、彼女は隣りのテントの垂れ幕をのけてちらりとのぞき見た。……竜は悲鳴を上げそうになった。人ならば「ズルい!」と抗議の声を上げそうなものだ。

 だがそれはできなかった。エステルが浮かべた横顔はあまりにも悲しく、そして寂しげだったからだ。彼女は唇を噛み、竜も口をつぐんでうなだれる。

 閉じたまぶたに、注がれる蒼きまなざし。月明かりよりも淡く、切ない輝き。

 やがて何ごとかぽつり、つぶやくとエステルは垂れ幕を戻した。……少年の流す涙が簡単・単純な理由ではないことくらい、彼女にも深紅の竜にもわかり切っていた。そしてそれが容易には解決できないことも。試合に限ったことではない。今まさに襲撃される可能性だってあるし、そうした場面は何度か経験してしまっていた。水の軍団がギルガメスの心に与えた傷は深く、なかなか癒える兆しを見せない。

 竜はいつしか、鼻先を彼女の頬に近付けていた。彼女もそれに応えて頬を寄せる。

「ありがとう、ブレイカー。あとね、悪いんだけど明日は私に任せてくれないかしら?」

 竜はキョトンとしたが、すぐに同意をキスで応えた。

 

 ギルガメスはいつも通り、明け方に起床した。膝下丈の半ズボン、Tシャツの上に灰色のパーカーという出で立ちもいつも通りだが、ひどく鬱屈した表情を浮かべている。

 憂鬱な朝を迎えはしたが、それでもコーヒーの匂いはいつも通りただよってきた。かたわらのテーブルに目をやる。ステンレスのマグカップもいつも通り、二つ。ところが、いつも一足先に起床しているはずの美女がいない。

 ギルガメスは、にわかに血の気が引いた。テーブルに近付くと周囲をグルグル見渡す。

「せ、先生?」

「ああギル、おはよう」

 テーブルの向こう側から、ひょっこり彼女は首を出した。

 まるで隠れんぼでもしていたかのような現れ方にギルガメスはえっと声を出したが、鬱屈した気分は彼を吹き出させるほどまでには至らない。それでも、とりあえず急によぎった不安がいろいろと考えすぎだったということだけはすぐに理解でき、少年はひとまず胸をなで下ろした。

 よく見れば、エステルの左右には椅子がそれぞれ置かれている。ギルガメスが角度を変えてテーブルの向こう側を見てみたところ、椅子には白の靴下を履いた彼女のすねがそれぞれ乗っかっていることに気がついた。

 エステルは左右の椅子にすねを乗せて、股割りをしていたのだ。彼女の股関節も膝関節も、目一杯開き切っていた。上半身は細長い両腕を地面に降ろして、平行になるようしっかり支えている。

 細くしなやかな彼女の両足も、身体を支える両腕も微動だにしない。ギルガメスは声を失い、いつしか見とれていた。

 物凄く長く感じる数秒を経て、彼女は地につけた両腕に力を入れる。逆立ちだ。背筋をピンと伸ばし、文字通り天地逆さまの体勢をしばらくは維持し、そしてゆっくりと両足を地につけた。

 ふうと軽く息を吐いた彼女はやけに満足げだ。腰に手を当てポーズを決めると切れ長の蒼き瞳を細め、少年に向かって微笑む。

 ギルガメスはおはようございます、と言いながらも語尾が言葉にならず、視線を反らしてしまった。

 身体を起こした彼女の姿を見て、はじめて今朝は白のブラウスに濃紺のスキニージーンズという出で立ちだということに気がついた(いつもの朝は地味なジーンズのスカートだ)。並みのモデルや女優など遠く及ばぬすらりとした肢体がくっきりと浮き出ており、しかもそれは間近で輝きを解き放ってやまない。もう三ヶ月ほども寝食をともにしているはずなのに、今朝の彼女は少年には何ともまぶしすぎた。

「いざというとき破れたら困っちゃうからね」

 それが股割りの理由らしい。だが彼女が浮かべたいたずらっぽい微笑みの本当の意味は、この時点ではギルガメスにはわからなかった。

 ともかくギルガメスは着席し、コーヒーを飲むことにした。エステルはと言えば、軽やかな足取りで簡易キッチンの方に向かっていく。すぐさま引き返した彼女の両手は焼き立てのパンやら目玉焼きやら、朝食を載せた盆でふさがっている。いつもなら、少年がこれから準備運動と走り込みをしている間に支度するのが普通だ。

 エステルはテーブルに盛りつけられた皿を移し、再び簡易キッチンの方に引き返そうとした。ギルガメスは気になって尋ねた。

「朝食、もうできてたんですか?」

 ピタリと止まったエステルは、ギルガメスの方を向いて答えた。

「これからデートだしね。さっさと済ませましょう」

 少女のように微笑んだ女教師。屈託のない笑顔だ。

 ギルガメスは一瞬、彼女の言葉に遠い異国の香りさえ感じた。ジュニアハイスクールに通っていた頃なら、自分より顔もよく背丈もあってゾイドの操縦技術も抜群の同級生が割とよく口にしていた言葉だ。連中は女生徒にも人気があった。

 まさに何ヶ月ぶりかに聞いた言葉は一瞬では理解できず、数秒ほどしてから素っ頓狂な声を上げてしまった。

「で、で、デート!? 誰が、誰とですか!」

 鳩に豆鉄砲という言葉があるが、彼女は苦笑するともう一発浴びせてきた。

「決まってるでしょう?」

 言いながら、スッと右手を伸ばす。ボサ髪で隠れた少年の額が、長い人差し指で軽く押されたものだから、彼は呆気に取られて口を半開きにしてしまった。

 向こうでは丸まって寝ていたブレイカーが、ちらりと顔を傾けている。竜は寝息ともため息ともつかぬ声を漏らしていた。

 

 昇る朝陽を浴びつつ、荒野をブレイカーが滑るように駆ける。両手にはエステルの乗り込んだビークルをしっかりと抱えている。サングラスは手堅く鋭いまなざしを隠すが、端正な唇は意外と緩みがちだ。

 一方、胸部コクピット内のギルガメスは怪訝そうな表情のまま。そもそも尊敬する女教師の言葉はあまりにも衝撃的であった。下手をしたら出会いのときに「あなたの面倒は、私が見るわ」と言ってくれたのを上回る。待てよ待てよ、と彼は冷静に考え直す。

(ああ、今日はオフにしろと言っているんだな。

 男女で出かけることには違いないから、からかうつもりで「デート」と言っているんだな)

 こういう結論に至って納得することにはした。ただそれでも、先ほど見せてくれた笑顔が脳裏に焼きついて離れそうにない。

 それだけではない、試合当日以外で早朝からの練習をやらなかったのもはじめてだ。

「どうしても気になるのなら、デートが終わってからにしてね」

 エステルは半ば呆れ気味ながらもそう言ってはくれた。ただ日課として続けていたことをいきなり中断するのは後味が悪いものだ。彼の頭の中では、練習を怠けた罪悪感がグルグルめぐって止まる気配を見せない。

 彼が思い悩む間に、ブレイカーの視界には巨大なコンクリートの城壁が入り込んできた。……特筆すべきは、城壁よりも高いビルがいくつも見えるということ。惑星Ziでは、一般に貧乏な都市は高所に構える。ゾイドの襲撃を防ぐためだ。しかし裕福な都市は平地に構え、代わりに城壁で外周を囲ってゾイドの襲撃を防ぐのである。そして城壁の高さを上回る巨大な建造物がいくつも建ち並ぶということは、それらを守れるだけの防衛能力が備わっていることの証でもある。

 城門付近に到着した深紅の竜に対し、複数のゴーレムが誘導灯を振って指示を送る。案内されたゾイド溜まりは城門からやや離れたところに確保されており、既に大小百匹を越えるゾイドがうずくまっている。コンクリートの床は手入れが行き届いており、さしもの深紅の竜も傷がつかないよう慎重に歩かざるを得ない。面倒臭さが自然とこのゾイドにため息をつかせた。

 ゴーレムに誘導された区画は小型ゾイド(小型とはいってもちょっとした民家くらいの大きさはある)でひしめいている。ここで二匹分の区画を借りて留まることとなった。ブレイカーの大きさ、そして異形は他の小型ゾイドやその乗り手に格好の注目を浴びた。視線が、少々わずらわしい。

 ブレイカー自身は一向に気にせず若き主人にキスすると、ビークルを抱えながらうずくまる。貴重な睡眠の再開だが、ため息も漏れた。彼を独占する権利をしばし放棄するのは悔しいが、この優しき竜が解決できるような話しでないのは承知していた。だから竜は、主人とその師匠が城門に向かっていくのを尻尾を振って見送るしかなかった。

 

 城門をくぐったギルガメスは見たことのない風景に何度も目をまばたきさせた。

 何十階建てかもわからぬ塔が、いくつもそびえ立っている。おかげで、空がむやみに高く感じられてならない。そしてこの都市の道筋は塔と塔との間に伸びているため、そこを歩く彼の目には真っ昼間なのに薄暗ささえ感じる。故郷アーミタでも師匠と出会ってからの野宿暮らしでも、地上において巨大なものはせいぜい民家とゾイドくらいしかない。だから快晴だと照り返しがまぶしくてたまらないこともあるが、この都市では全くの逆で、それが何とも言えぬ違和感を感じさせてならない。

 この都市は「最後の大戦」において早くからヘリック共和国側に与したことから、戦後の復興もすぐに着手されていたという。数多の塔がそびえ立つのもその影響だ。ギルガメスは故郷や他の都市と見比べての落差に若干の感慨を覚えた。

 ただ……その感慨がもう一段階上のさまざまな思索に結びつくまでには、今日に限っては至りそうにない。

 ギルガメスはレンガの敷き詰められた大通りを歩きつつ、いつしか悶々としていた。……彼の後頭部辺りで、音がする。それは誰の耳にも聞こえない。そもそも自分の耳にだって飛び込んでは来ないが、音は確かに鳴っており、耳を通り越し脳に響いているのである。

 彼のすぐ後ろについてくるのがエステルだ。彼女は奥ゆかしく、必要がなければ必ず一歩下がってついてくる。だがそういうことをしてさえ自己主張の激しい部位が彼女にはあって、しかもそれが二つもあることをギルガメスは今日知った。……一つは前から知っていたのだ。面長の端正な顔立ちは、それだけで道行く男の視線を既に何度も釘つけにしている。サングラスで鋭いまなざしを覆い隠してはいるが、それで丁度釣り合いが取れているようだ。

 もう一つは白いブラウスの下にあって、先に行くギルガメスの後頭部辺りで小刻みに揺れている、豊かで形の良い「あれ」だ。彼女と歩くときは大抵、彼女が背広を着ているからあまり目立った印象がなかったのだ。しかし今日はもっとわかり易い。今さらながら彼は内心、悶えた。

 ギルガメスは話しを切り出すのにも困った。振り向けば「あれ」がすぐ視界に入ってしまう。そのとき自分がどういう表情をするのか想像してしまい、彼は弱った。いかがわしい奴だと思われたくはない。

 助け舟は向こうから差し向けられた。

「もう少しよ」

 そう、左肩から声が飛び込んできたものだから、ギルガメスは変な声をあげてしまった。エステルは首を傾け、耳元でささやいていた。

「どうしたのよ、もう……」

「いや、その、ちょっと」

 しどろもどろの愛弟子に、女教師は苦笑した。

「あまり考え込まないでね。ときにはね、頭を空っぽにした方がいいこともあるわよ。

 ……ああ、見えてきたわ」

 エステルが指差した向こうに見えてきたのは洋服店だった。それも一つの塔の一階から最上階までがさまざまな服を売っているという、およそ故郷では見たことのない規模の店だ。

 ギルガメスはうながされるままに巨大な自動ドアをくぐるとエスカレータに乗り、降りた階ではじめてこのデートの目的を理解した。……ここは紳士服売り場だ。

 早速エステルが手早い動きで服を選ぶとギルガメスに姿勢を正させ、そしてあてがってみる。彼女が選んでいるのはジャケットやブラウス、それにズボンだ。

 少年は組み合わせがシニアハイスクールの制服のように、お洒落な感じだなと思っていた。……この星の学び舎で制服を導入しているところは大抵、生徒の家庭が裕福である。制服は金持ちの象徴なのだ(その頂点に軍人がいる)。女教師はそこを意識してコーディネートしてくれていた。

「これからは人前に出る機会が増えるから、少しきちんとした服を買っておかないとね」

 そう言うと彼女はにっこりした。服をあてがうたび彼女は姿勢を少し屈めるものだから、サングラスの下で切れ長の蒼き瞳が細まる様子もよく見える。

 結局この店ではジャケットなどを二組、購入した。袋を持つのは少年の役目だ。店を出ると、ギルガメスは少し晴れやかな気分になっていた。

 再び大通りを進むと、視界が一気に開けてきた。向こうにはくだりの傾斜が続き、その先には乱反射する水面が果てしなく続く。ぼんやりとしたまぶしさにギルガメスは手をかざす。彼は海というものをはじめて見た。

 辺り一帯は広場になっている。眺めの良さは観光名所の資格十分だが、今は平日の午前中、それらしき往来はほとんど見られない。

 ギルガメスはぽつり、ベンチに座っていた。服の入った紙袋を大事そうに両手で抱えている。

 エステルは、すぐに戻ってきた。何しろ足が長いので、遠目にもすぐにわかる。

 彼女の両手にはコーン入りのアイスクリームが握られている。右手はバニラ、左手はチョコ。恐ろしく長く感じられた秋も終わりに近付いている。今年最後のアイスクリームを食べることになりそうだ。

「お待たせ」

 エステルはギルの左隣りに座った。ギルガメスはそのとき気がついた。彼女の座高は自分より数センチほど高い程度なのだ。その分、彼女の足は本当に長いのだが、こんな違いも今になって気がついたことだ。

 さてエステルにチョコのアイスクリームを差し出されると、ギルガメスは袋を膝の上に置き両手で受け取った。縮こまって「頂きます」とつぶやくと、やけにおごそかにアイスをなめはじめる。苦笑するエステルだったが、ふと思い立った。

「ちょっといいかしら?」

 言われたギルガメスは何ごとかとアイスクリームから口を離す。と、そのときエステルの顔が彼の胸元に寄ってきた。狙い澄まし、少年の手にしたそれを一口、舌でなめる。不意を突く、石鹸の香り。

 ギルガメスは声にならない悲鳴を上げた。だが聞こえなければ当の相手も知ったことではない。

「こっちもおいしいわね。はい、お返し」

 彼女は自分の手にしたアイスクリームを差し出す。サングラスをかけてはいても、屈託のない笑顔は変わらない。しかし少年の頭脳は沸騰しかけてしまった。こういうちょっとしたことを、大いに気にする年頃だ。

 結局言われるまま、ぎこちない仕草でぺろりとなめた。味わう余裕など当然あるわけがなく、彼はうつむきながら食べるしかない。

 黙々とアイスクリームを二人は食べる。静寂に、かすかな波の音が彩りを添えた。

 沈黙は、やはり師匠が破った。アイスクリームは既に食べ終えていた。

「すっきりした?」

 愛弟子の方はビクッと背筋を正してしまった。ちらり、隣りをうかがうと、サングラスの下に隠れたまなざしは海の彼方を向いている。

「ええ、大分……」

 彼は視線を戻すとぽつりとつぶやき、コーンの尻尾の部分を頬張った。

 エステルは足を組み、右手で頬杖すると少年の視線が外れた頃をうかがうように、ちらりと切れ長の蒼き瞳を流し目にする。

「本当に?」

 またも電気が流れるように、背筋が伸びる。

 恐る恐る隣りをうかがった少年は、エステルの横顔から見えた流し目に気付き、うつむいてしまった。彼女はやれやれと言いたげに口元を緩める。

 ギルガメスはそのままボソボソとつぶやいた。

「怖いです」

 エステルは何度もうなずいた。

「まあ、厄介な奴らよね」

 少年の膝に乗せた紙袋に力がこもり、しわが寄る。

「せっかく夢がかなったっていうのに、死にたくなんかないです。

 だけど生き延びれば生き延びたで、誰かが代わりに死ぬじゃあないですか。

 いや、ある意味僕は、人を殺している! もう何度も……」

 震える手を裏返し、彼はじっと見つめた。

 彼の手にもしや見えているかもしれない流血の幻を吹き飛ばすかのように、エステルは言い放った。

「手を汚さずに生きていける人なんていないわよ。

 あなたも私もちっぽけだから、ほとんどの夢はかなわないし、大事なものだってなかなか守れやしない。ボロボロになるまで頑張って、ようやくわずかなものが手に入るんじゃあないかしら。

 ギルガメス、あなたの一番大事なものは?」

 その言葉に、少年はうつむいていた顔を持ち上げる。

 隣りの蒼きまなざしは、水平線の彼方に注がれていた。あまりにも遠い目は、少年の胸に不安と後悔をよぎらせる。

 と、そのとき蒼きまなざしは急激に鋭い光芒を解き放ったではないか。その意味を、少年も理解できた。事態が急変しようとしているのだ。

(ギル、ゆっくり立ってね)

 口調だけはつとめて優しくささやく。最初にエステルが、次いでギルガメスが膝に手をつきながら立ち上がる。

 エステルはサングラスを外し、ブラウスの胸ポケットにしまい込んだ。額に長い指を当てると解き放たれた刻印の輝き。切れ長の蒼き瞳をカッと見開き、そして振り向く。

 貸し切りに近い広場の茂みの中から、ひとり、またひとり、バタバタと苦しそうに倒れて姿を露にした者たち。皆一様にカーキ色の頭巾にマントを羽織っている。その手には銃やらナイフやら、物騒な獲物が例外なく握られているではないか。エステルの眼光は彼らを一瞬で金縛りにあわせたのだ。

「走って!」

 叫ぶエステル。あわてて追いかけるギルガメス。金縛りの効果は絶大で、師弟は広場を堂々と突っ切っていく。

 だが苦しみうごめく連中もただ者ではなかった。はいつくばりながらも銃を向け、せめて一矢報いんと一発、また一発。

 跳弾の音が追いかけてくる。ギルガメスは青ざめながら、エステルは再び指を額に当てながらそれを振り切り、先ほど歩いてきた大通りまで出た。このまま逆走して城門まで出て、ブレイカーと合流するしかあるまい。

 エステルの額に輝く刻印が明滅した。

「ブレイカー、起きてる!? 来て、ちょっとヤバいことになったわ!」

 彼女の言葉はギルガメスには予想外にすぎた。

「そんな! 街の中に入れたら違反で捕まっちゃいますよ!」

「それどころじゃあないわ。向こう!」

 走りながら彼女は叫ぶ。

 大通りは先ほどと比べて随分往来が増えている。そんな中、突如上がった悲鳴。

 彼らが歩いてきた大通りの向こうから現れた、馬くらいの大きさをした竜の一団。バトルローバーの群れだ。透き通る青い鎧の背には、小銃を握った頭巾とマントの男たちが乗っている。連中は往来を蹴散らし、次々に発砲。敷き詰められたレンガが、塔の壁面が次々に砕け、弾痕が撃ち込まれる。

 往来の脇を抜けるように、師弟は走る。再びエステルは眼光を解き放った。それだけで、バトルローバーの群れは足がすくみ、バランスを崩してしまい、騎乗する暗殺者たちが振り落とされてしまう。

 抜け切れるかとわずかに浮かんだ希望は、先を行くエステルの足元をえぐって断ち切られた。頭上をにらんだ彼女は呆れ笑う。……塔と塔との間を飛び交う、不気味な人影。文字通りの鋼鉄の鎧は手足がやけに太い。その上頭部を巨大な笠のようなもので覆っているため、人らしき表情は一切うかがえない。アーマードスーツという代物。本来は生身の人間がゾイド相手に立ち回るために使うものだ。

「やりすぎでしょ……」

 後ろからは、さっき金縛りにあわせた連中も追いついてきた。完璧な、挟撃体勢。

 それを崩したのは、雷のような雄叫びだった。

 エステルはギルガメスの肩を抱いて地に伏せる。それは轟音とともに大通りを地上すれすれで滑空、銃撃するアーマードスーツを弾き飛ばしつつ、少し先まで勢いよく突っ切るとくるり、器用に宙返りして師弟の頭上に舞い降りた。

「ブレイカー!」

 名前を呼ばれた深紅の竜は、やんちゃな子供のように一声鳴いて返事すると、右手を伸ばす。

 すぐに立ち上がり、竜の右手に師弟は飛び乗った。それを足がかりに師匠は竜の左手のビークルに、弟子は竜の胸部コクピット内に飛び移る。

 走って抜け切る予定だった大通りの向こうから、サイレンが鳴り響いている。ハーネスで上半身を固定されたギルガメスは頭を抱えたくなってきた。とりあえず紙袋は足元の着替え入れに押し込んでおく。

「ギル、ブレイカー、さっさと逃げるわよ! ……例え、その行く先が!」

 既に全方位スクリーン左手には、額の刻印を輝かせたエステルの蒼きまなざしが映し出されている。

「いばらの道であっても、私は、戦う!」

 ギルガメスの額にも刻印が宿る。それが合図だ。スクリーンの向こうのエステルも安心してゴーグルをかける。

 ブレイカーの背中の鶏冠が目一杯に逆立つ。先端から蒼い炎を吹き出し、一気の加速、そして急上昇。

 銃声、怒号を振り切り、群れなす塔の影をかいくぐる。……徐々に視界が開けてきた。陽射しもまぶしくなっていくが、それは都市の上空へと抜け出しつつあるからだ。

 怒号の方は声こそ小さくなっているが、追撃の手は緩みそうもない。このまま加速しようとしたそのとき、胸部コクピット内のスピーカーが奇妙な音声を拾い上げた。

「そこの緑色のゾイド、止まりなさい!」

 地上では、この都市の自警団がバトルローバーを駆ってブレイカーをピタリと追走中だ。彼らの警告であることは容易に理解できたが、しかし少年の相棒は果実のように赤いのだ。首をひねる彼の不意を突くように、全方位スクリーンの左上に鳥瞰図が表示された。上方へ進む赤い光点のはるか後方から、急接近する巨大な緑の光点が一つ。

 すぐさま全方位スクリーンの真っ正面にウインドウが開かれた。……濃緑色の装甲に身を固めたその巨体は四本のヒレが左右に伸び、長大なくちばしと蛇のように長い尻尾がゆらりと伸びて舵を取る、魚ともワニともつかない奇妙なゾイドだ。

 左方にもう一つウインドウが開き、呆れ果てたエステルの姿が映し出された。

「ゴジュラスマリナー、『GM18』ね。よくもまあこんなものを……」

 ヘリック共和国を象徴する一方のゾイドはゴジュラスだろうが、GM18はその中でももっとも恐れられた存在の一つだ。海中を潜航して敵地に上陸するためにヒレなどを

取りつけられたのだが、強力だが鈍重さがネックのこのゾイドには鬼に金棒と言うべきであった。

 多くの海戦ゾイドが泳ぐだけでなく飛ぶことも可能であるように、このゾイドも飛行可能だ。数こそ少ないが、投入されればまず確実に敵地に甚大な被害を与える共和国軍の切り札的ゾイドである。

 ゴジュラスマリナーの尻尾の辺りから、まばゆい閃光があふれ出た。この濃緑色の海竜を映し出すウインドウからは、閃光の正体がすぐに画面外へと消えてしまった。虚を突かれたギルガメス。

 突如鳴り響く警告音。鳥瞰図が明滅する。……赤い光点に猛追する白い光点が一つ!

「誘導弾よ!」

 叫ぶエステル。ブレイカーは全身を強張らせ、両手に抱えたビークルをかばう。

 だがこのとき、ギルガメスは左の肘に強烈なしびれを感じた。一瞬、レバーを握る力が抜けてしまう。

 何ということだ、ブレイカーの手からするりとビークルが離れてしまったではないか。誘導弾ははじめからブレイカーそしてパイロットであるギルガメスの肘をしびれさせるのが目的だったのだ。

 急落下するビークル。ゴーグルの下で切れ長の蒼き瞳が見開かれた。

「先生!」

 ギルガメスは身の毛がよだった。叫び、レバーを握り直して急停止を試みる。

 幸い、その間にもビークルはエンジンを吹かし、再び上空へと推進しようとした。機上のエステルは苛立ちの表情こそ見せたものの、それ以上の動揺は見られない。驚きのあまり何もできないなどという失態は彼女にはあり得ないことだ。

 ギルガメスはホッと胸をなで下ろす。ところがそこで開いたウインドウが、耳をつんざくほどの怒号を彼に浴びせた。

「ギル、上!」

 ブレイカーの真上をすれ違うゴジュラスマリナー。

 濃緑色の海竜は、ヒレの下に隠された太い腕をぬっと引き出す。腕は深紅の竜の鶏冠をがっちりとつかんだ。そのまま背中や尻のブースターを目一杯吹かす。

「ギル、ギル、聞こえて!?」

 エステルの叫びも虚しく、濃緑色の海竜は深紅の竜を捕らえたまま塔と塔との間をくぐり抜けていく。

 彼女が追いつくには、ビークルの周囲にふわふわと寄ってきたアーマードスーツ部隊や地面から銃撃する暗殺者たちの追撃を振り切らなければいけない。

 

 懸命に追いかけてくるビークルを尻目に、海竜ゴジュラスマリナーは怒涛の加速で塔の上を飛んでいく。

 城壁を越え、ゾイド溜まりも越えて荒野に躍り出るまでにそう大した時間はいらなかった。太い腕はガッチリつかんでいた鶏冠を離す。

 たちまち重力に囚われたブレイカー。だがすぐさま鶏冠を、翼を目一杯に広げてあらがう。六本の鶏冠の先端から吹き出す蒼き炎。そして落下の最中でも腹ばいに近い姿勢へと修正していく。

 雷鳴、そして土煙とともに大地に降り立った深紅の竜。両足をがに股で、重心を低く下げることでどうにか衝撃を緩和できた。

 そのギリギリの奮闘をあざ笑うかのように、濃緑色の海竜は悠然と空を泳いでみせる。ゆっくりと海を潜るようにしながら、いつしか地上すれすれまで降りてきた。

 息を整えるギルガメス。相棒と同じように身構える姿はハーネスを押しのけんばかりに力をみなぎらせ、スクリーンに映る未知の強敵をにらみつけている。

 彼は自分に言い聞かせた。エステルは助かったし、きっとあの暗殺者たちの攻撃も難なく振り切ってこっちに向かっているに違いない。……そうだ、そのはずだ。しかしこいつを倒さなければ、彼女に再び会うことなどかなわないのだ。さっきの失態が悔しい。悔やんでも悔やみ切れない。だからなんとしてでも、急いで勝とう。今ならまだ、間に合うはずだ。

 少年の焦りをよそに、海竜はゆらりと動いた。彼は今日もっとも強くレバーを握りしめる。

「ブレイカー、いくよ!」

 雄叫びを上げて応えた深紅の竜。踏み込んだ両足は岩盤を砕く。鶏冠より蒼き炎を吹き出し急加速。桜花の翼を水平に広げ、双剣を展開。刻印の青白い輝きが一層強く、コクピット内を照らし出す。

「翼の、刃よ!」

 すれ違いざま一刀のもと斬り伏せる決意だった。

 それが容易でないことは、海竜ゴジュラスマリナーの突如の加速で思い知らされた。ブレイカーの倍ほどもある巨体が、ヒレを刀のように逆立て、すれ違う。速い、我が相棒よりもはるかに速い。

 ギルガメスは血の気が引いた。すぐにレバーを傾け、相棒の重心を下げる。……ブレイカーは海竜の下をくぐるようにして、どうにかこの剛刀を回避した。

 そのままの姿勢で深紅の竜はそっと振り向く。海竜はまたも悠然と空を泳いでいる。少年の優しき相棒は右手で胸部コクピットハッチを軽くつかんだ。……この歴戦のゾイドは自分よりも大きく強大な相手と幾度も戦い、勝って生き残ってきた。だがそれはあくまでこの竜自身の話しにすぎない。

「どうしよう、どうすればいいんだ!?」

 ギルガメスは恐怖した。能力差に留まるところを知らない、明確な「格」の違い。……あっちはただ突っ込むだけでこれだけ威圧する。

 今度は海竜の方から突っ込んできた。はじめからの、急加速。一合目は低く突っ込みすねを斬りつけにかかり、二合目は高く首を狩ろうとする。そして三合、四合……。魔装竜ジェノブレイカーの名で恐れられた屈指のゾイドが、いかにパイロットの技量に問題があるとはいえ、今や避けるのが精一杯だ。

 ギルガメスは息が切れはじめた。頭の中が真っ白になっていく。

 ささやかな好機はそのとき訪れた。すれ違い抜けていった海竜は、思ったよりも遠くへ離れていったではないか。

(今だ……!)

 ギルガメスはわめいて、己を奮い立たせた。ブレイカーも強く地面を蹴り込んでそれに応える。

 海竜ゴジュラスマリナーは、それさえも予知していたかのように悠然と旋回した。……尻尾から空を灼くほど解き放たれた閃光の数々。

 少年は思わず手をかざし、深紅の竜は両足を踏ん張って急停止。そのまま桜花の翼を正面に広げる。

 標的と化した桜花の翼に吸い込まれるように、誘導弾が叩き込まれた。

 レバーを押し込み、踏ん張るギルガメス。今や一秒の経過を十数秒ほどに体感するほど集中している状態だからこそ、彼は一瞬途絶えた誘導弾の攻撃に(耐え切った!)と確信した。

 桜花の翼を水平に構え直そうとしたそのとき、剛刀が竜の左の脇腹をくぐり抜けた。

 全方位スクリーンに、飛び散る鮮血。シンクロは容赦なく、少年の身体に相棒の受けた傷を再現した。

 悲鳴を上げたギルガメス。ハーネスが壊れそうになるほど仰け反り、ありったけの血を吐き出す。

 何ごともなく悠然と空を泳ぐ濃緑色の海竜の背後で、脇腹を斬られた深紅の竜は傷口から油を噴き出し、膝から崩れ落ちた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。