うたかたショートストーリー、またはやる気のない短編集 作:塩崎廻音
「動画投稿に挑戦してみましょう!」
ズパンと俺の部屋のふすまを開けて現れた麻衣は、開口一番にそう言った。
朝っぱらから騒々しいことこの上ない。
「…挨拶くらいしたらどう?」
「こんにちは!で、どうです?!」
「経緯」
「はい!」
雑なやり取りで会話を進める。というのも、こういったやり取りは今回が初めてではない。
やたらと好奇心旺盛な麻衣は少しでも興味を持ったことには全力で取り組もうとするので、いきなり現れては新しいことをやろうと言うのは日常茶飯事なのだ。
俺としては自分のやりたいことくらい自分でどうにかしてもらいたいと思うのだが、出会ったばかりで麻衣のこの性格を知らなかった頃にちょっと手助けをしてみたらすっかり懐かれてしまった。
今では、こうやって家まで押しかけてきては俺を思い付きに巻きこんでくるのだ。
彼女――水城麻衣は大学のサークルの後輩だ。無邪気、というかアホな性格で毒気がないので割と誰からも好かれているが、自分のやりたいことに他人を巻き込む癖があるので若干距離を取られている感がある。
さらに、能天気な性格のわりに寂しがりなようで、そういう状況に寂しさを覚えていたようだ。
そんなわけで、麻衣のはた迷惑な性質を知らないままに気まぐれで手伝いをしてしまった俺は大いに懐かれてしまい、それからこうやって付きまとわれている。
……まあ、毎回なんだかんだで面倒を見てしまうのも原因の一つなのかもしれないが。
今日もいつものように何やら思いついたらしい。いきなり来訪して開口一番がアレでは何も分からないに決まっているが、麻衣にそういった気遣いを求めてはいけない。
「さっき部室に行ったら佐藤さんと桜さんが何やら動画を撮ってまして」
「…それで?」
「それが、とても楽しそうだったので!」
「……」
…それだけ?なんか、佐藤たちのネタが面白かったとか、投稿するのが前提の撮影が新鮮だったとか、そういうのは?
「楽しそうだったので!」
「いや、わかったから繰り返さなくていいよ」
「はい」
「んで、何かやりたいことは決まってるの?」
「やりたいこと…」
マジかこいつ。
動画撮りたいってだけ?今までで一番行き当たりばったりだ。
とりあえず、脳天にチョップを一撃。痛いっ!とか言って頭を押さえているが、頭が痛いのはこっちだ。
「…動画投稿といっても、ジャンルはいろいろある。ってのは分かるよね?」
「はい。私も良くYahTubeとかニヤ動とかで見てますけど、色々ありますね」
「ということは、どういう動画を撮るかを決めないといけないってこと」
「はい」
「で?なにかやってみたいジャンルはある?」
「ジャンル…」
「定番だとゲーム実況とか?あるいは『やってみた』とかもあるけど」
「あ、それなら、ゲーム実況がいいですね。ゲームはいつもやってるので自信あります!」
「いやまあ、普通のプレイと実況は違うと思うけどねえ…」
まあいいか。どのみち飽きるまでの短い間だけ付き合えばいいわけだし、そんなに真面目に題材を選ぶ必要もない。
というわけで、ゲーム実況動画を取ることに決めた。
「じゃあ、まずは投稿までの流れを調べようか。いつも通り、何も知らないでしょ?」
「そうですね。全く」
「いや、胸をはることじゃないよ…」
むにーっと麻衣の頬を引っ張る。麻衣の頬は柔らかくて良く伸びる。手触りがいいのでついつい触ってしまうのだ。
「自・分・で・調・べ・な・さ・い。いつも言ってることでしょうが」
「ふぁ、ふぁい…」
「まったく」
まあ、なんだかんだいつも調べちゃう俺にも責任はあるが。ただ、こうも全力で懐かれると、どうにも甘くなってしまうのだ。
「まあいいや。調べてみるから、こっち来て」
「はあい」
パソコンを起動する。隣に移動してきた麻衣から、ふわりと甘い匂いがする。普段は実家の犬みたいに感じる麻衣だが、こういうときは女の子なんだなと実感する。
麻衣の方を向く。なんですか、と首をかしげる様がかわいらしい。これを見ると、ついつい甘やかしてしまうのだ。
「いや、なんでも。じゃあ、ちょっと調べてみようか」
動画の作成と投稿について、簡単にネットで調べる。最近は動画投稿を始める人も多いから、入門用の情報が載っているサイトは多い。すぐにめぼしい情報を調べ上げることができた。
ただ、一人で調べる分にはさっと見れば大体わかるが、今は麻衣となりにいるので逐一説明する必要がある。ちょっと面倒くさい。
そんなわけで、一通り見終わるころには結構な時間が経っていた。
「ん~、なるほどねえ」
「…先輩、一大事です!結局何をすればいいか、全然分からないです!!」
「えぇ…一緒に見てたでしょ…」
一応わかる範囲で解説もしたんだけど。
「いやあ、あれだけ一生懸命説明されると、分からないって言いづらくて…」
「そのせいで逆に手間が増えるんだけど…」
「ほらそこは、ちゃんと理解できていれば馬鹿にも分かりやすく説明できるとか…いたい、いたいでふせんふぁい…」
こいつは…!
もう一度頬を引っ張る。さっきより強く引っ張っているのでかなり痛そうだが、知ったことではない。自分の思い付きだから自分で頑張るべきだということを分からせなくてはならないのだ。断じて、もう一回触りたくなったわけではない。
「まあいいよ。いつものことだし」
「…だったらほっぺ引っ張る必要は…」
「え、足りなかった?」
「ナンデモナイデス」
さっと頬を隠す麻衣。いつもこんなやり取りをしているのだから、いい加減学習してもいいと思うのだが。
「とりあえず、お腹が空いたからまずはご飯だね」
「あれ、動画の作り方は…?」
「それはご飯の後。今やってもいいけど、けっこう難しそうだからお腹が空いたままでやるのは辛いと思うよ?」
「…後でいいです」
「でしょ。じゃあ、いつも通りよろしく」
「はあい。お任せください」
そう言って、麻衣はキッチンに向かう。麻衣の思い付きに付き合う対価というわけではないが、麻衣がうちに来たときはいつもご飯を作ってもらっている。俺も普段から自炊はしているが、麻衣の方がずっと料理が上手なのだ。
時々どうやって大学に入ったのか不思議になる麻衣だが、これでも家庭的なスキルはそれなりのものであることに気づいたのは出会ってから相当経ってからであった。切っ掛けは確か、部室で上着のボタンが取れたときだったと思う。
当時はもう麻衣の思い付きに何度か付き合った後で、麻衣にはかなり懐かれて部室では大体一緒だった。その時も麻衣はソファの隣でスマホをいじっていて、ボタンが取れたのを見ると「よければ私がつけましょうか」と言ってきた。
俺としても特に断る理由がなかったので上着を麻衣に渡すと、バッグから裁縫道具を取り出した麻衣はあっという間にボタンをつけなおしてしまった。
その頃の俺は麻衣のことをただのアホな後輩だとしか見ていなかったので、大変驚いた覚えがある。後で聞いたところによると、母親から「せめて家事だけは」と念入りに鍛えられたらしい。
そんなわけで、麻衣の料理はとてもおいしい。麻衣の思い付きにいつも付き合っている理由の何割かは、麻衣の作るご飯がおいしいから、というのがある。可愛い後輩のためとはいえ、これくらいの役得がなければやってられない。
キッチンで料理をする麻衣の姿を後ろから眺める。普段はアホなうえにおっちょこちょいで落ち着きがない麻衣であるが、料理をしているときはてきぱきと手際がいい。邪魔にならないように髪をまとめてエプロン姿になった麻衣の姿を見ていると、ちょっと得をした気分になる。これで普段がまともなら文句なしなのだが。
軽やかな包丁の音、漂ってくる味噌汁の匂い。一人暮らしだと和風の食事は少なくなりがちなので、こういう時に食べられるのはありがたい。と、麻衣に言ったことがある。それを覚えていてくれたのだろう。
「はい、先輩。できましたよ~」
そう言って、麻衣が出来上がった料理を運んでくる。ご飯に味噌汁、肉じゃが、ほうれんそうのお浸し。オーソドックスだが食欲が掻き立てられる献立だ。特に、麻衣の肉じゃがは絶品で、仮に毎日食べたとしても飽きないと思う。ということを麻衣に言って以来、毎回作ってくれる。うれしい。
いただきますと手を合わせ、麻衣と一緒に昼ご飯を食べる。やはり麻衣の作るご飯はおいしい。別に特別な食材を使っているわけでもないし、それどころか出汁もインスタントで済ませているのに、自分で作る料理よりもずっとおいしいのが不思議だ。麻衣に聞くと、ちょっと丁寧に作っているからだと言う。
肉じゃがをひと口。ジャガイモ、人参、玉ねぎ、豚肉と定番の材料だけで作られているが、味がしっかりしみ込んでいておいしい。ジャガイモと人参の煮込み具合がちょうどいいので、ほくほくと口の中で崩れて食べやすい。毎度のことながら素晴らしい出来だ。
「相変わらずおいしいねえ」
「ふふ、ありがとうございます」
「いやいや、お礼を言うのはこっちだよ」
本当に。男の一人暮らしだとどうしても食事が雑になってしまう。麻衣おかげでの俺の食事事情はだいぶ改善された。
そう言うと、麻衣はとてもうれしそうにほほ笑んだ。
***
昼食を食べながら、動画の作り方の話をする。といっても、俺も動画を作ったことはないので、調べたことを元にした手さぐりになるのだが。
「とりあえず、どのゲームを撮るかを決めなきゃいけない」
「はい」
「でだ、実況の定番みたいなのはあるけど、そもそもやってみたいゲームはある?」
「…やったことがあるやつがいいですか?」
「いや、そこは何とも。初見実況とかもあるし。ただ、最初だから慣れたゲームの方がやりやすいかもね」
「なるほど」
そう言って、麻衣は考え込む。色々候補が浮かんでくるのか、目を閉じてうんうん言いながら左右に揺れる。料理を作るときからくくったままの髪が体に合わせてゆらゆら揺れるのを、思わず目で追ってしまう。
しばらく考えていた麻衣は、大きく一度うなずいてから、こう言った。
「決めました。バケモンにしましょう」
バケモン。数百体のキャラクターから選んだ六体を育てて自由なパーティを構築して、他のトレーナーと戦わせるゲーム。二十年以上の歴史があり、世界中でも大人気の育成ゲームだ。
このゲームの良いところは、何と言っても反射神経や操作テクニックが一切問われないこと。そそっかしい麻衣はアクションなどの操作テクニックが求められるゲームが向いていない。実況ではある程度のプレイヤースキルが求められる場合が多いが、そういった意味ではバケモンはアクションゲームを選ぶよりは安パイだろう。最悪、俺から何らかのアドバイスを与える形にしてもいい。
「いいんじゃない?麻衣にはあってると思うし。けっこうやってるの?」
「はい。これでも、中学生のころからずっと続けてるんですよ?」
「へえ、意外。昔からなんだ」
「えへへ、そうなんです」
そう言って、麻衣がはにかむ。
「だから、動画でもかっこいいところ、見せちゃいますよ?」
「おお、いいじゃん。ちなみに、対戦成績とかは?」
「…対戦成績?」
あれ?
「対戦成績。オンライン対戦でどれくらい勝ったか負けたかとか…」
「オンライン対戦…」
あ、これダメなヤツだ。
「…ひょっとして、バケモンで他の人と対戦したことない?」
「えっと、はい。それだとまずかったりします?」
「いや、どうだろう…ちなみに、パーティはどんな感じ?」
「あ、はい。今見せますね?」
麻衣はカバンからゲーム機を取り出して起動する。色々なシールが貼られているのは女の子らしいが、扱いが雑なようでけっこう傷がついている。
麻衣が、自分のパーティを見せてくる。
「はい、先輩。こんな感じです」
「どれどれ…」
麻衣の手元を見る。彼女が見せてきたパーティは、物語の初めに貰うパートナーモンスターに、バランスよく集められた各地のモンスター、そして最終枠に納められたフィールド技要員。
「旅パだこれ…」
旅パ。旅パーティの略称で、バケモンにおいてゲームクリアのために作られたパーティを意味する。ゲーム本編での対戦を念頭に育てられているため、ゲームストーリーでは強い力を発揮できるが、たいていの場合オンライン対戦では強いパーティとは言えない。なにより、対戦で扱われないバケモンで組まれることが多いため、「あ、この人対戦の初心者なんだな」感がバッチリ出てしまうのだ…!
『どうしたもんかね、これ』
少しの間、思い悩む。パーティの問題だけで言うなら、俺が育てた対戦向けのバケモンを使ってもらえばいい。ただ、ここで旅パを見せてきたということは、対戦のイロハを全く知らないということ。そうであれば、形だけ対戦向けのバケモンで揃えたとしてもどうにもならない。
むしろ、この初心者まるだしの旅パで対戦した結果を動画にした方がいいのかもしれない。大体のバケモン実況動画は対戦用のパーティを使ったもので、ある程度見慣れたバケモンの使用率が高い。一発限りの動画であれば、むしろ旅パで対戦したほうが見所ができるかもしれない。
「…ならまあ、いいか」
「えっと、先輩?何かだめなとこありました?」
「いや、大丈夫。気にしないで」
「…そうですか」
俺の反応に麻衣も何か問題がありそうだと感じたようだが、とりあえずは置いておく。そもそも、どうせ今回限りのお遊びなので、真面目に対戦をこなす必要もない。
「とりあえず、オンライン対戦のやり方だけ、簡単に説明するね?まあ、難しいことは何もないけど」
「あ、はい。でも、戦い方ならわかってますよ?」
ウソつけ。
***
一通りの説明をして、動画の撮影に入る。方向性としてはごく普通の対戦実況動画で、対戦をしている最中に自分の選んだ行動を解説したり、相手の行動に対する感想を言ったりするというもの。
麻衣はオンライン対戦は初心者だが、話しながらゲームをするということはそれなりに得意なようなので、好きにしゃべってもらうことにする。どうせ細かい対戦のテクニックは分からないはずなので、適当に間を開けずに喋ってもらえればそれでいいだろう。
ボイスチャット用のマイクをセットして、録画ソフトを起動。録画しながらのプレイというのは俺もやったことがないので、上手く撮れるかはちょっと不安だったり。
「じゃあ、始めるよ?」
「…はい。いつでもどうぞ」
そう言う麻衣に対して頷き、録画を開始。身振りで録画が始まったことを伝えると、麻衣が話し出す。
「は~い、初めまして、こんにちは。まいんです。今日は、バケモン対戦実況をやっていこうと思いま~す!」
出だしは上々。もともと麻衣は話すこと自体は得意なのでトークはよどみない。声質もよくとおるはっきりしたものなので、聞き取りやすい。もしかしたら、結構実況動画に向いているかもしれない。
「じゃあさっそく、対戦していきますよ。ジャコウさん、対戦よろしくお願いします」
早速、一人目の対戦相手とマッチする。パーティは旅パとまではいかないが対戦ではあまり使われないバケモンを集めた趣味パーティ。これなら、案外いい勝負になるかもしれない。と思っていたところ。
「わあ、見たことないバケモンばっかり。先輩、この蟹さんはなんていうバケモンですか?」
こ れ だ よ。
『そのバケモンは「テッケンカニ」。海属性と機械属性のパワー系』
「なるほど。機械の蟹さんで力強い…」
とりあえず、スマホで簡単な情報を渡す。実況動画としては視聴者からわかる形で裏方がいるのは微妙かもしれないが、麻衣の様子からしてこの後も色々と聞かれそうだ。とりあえず、声だけはいらないようにして、ちょこちょこアドバイスしていこう…
「じゃあ、私はこの三体で行きます!」
麻衣が、対戦の準備を終える。バケモンのオンライン対戦では、対戦相手と六体のパーティを見せあった状態でそれぞれ三体を選んで戦う。選んだ三体の組み合わせによっては最初から勝ち目がない場合もあるので、この選出はとても重要だ。ただ、その重要性を麻衣はあまり分かってそうに見えない。
「お、お相手も選び終わったみたいですね。じゃあ、対戦よろしくお願いします!」
すぐに、対戦あいての人もバケモンを選び終わり、対戦が始まる。気になる一体目のバケモンは…
「私は最初からパートナーの「アシカマル」です。容赦はしませんよ!」
麻衣はストーリーの最初に貰うバケモンのアシカマル。海属性のアシカモンスターだ。最初にもらうパートナーモンスターはなかなか強いバケモンなので、それほどテクニックを意識しなくても戦える。相手とのタイプ相性が悪くなければ問題はないだろう。しかし、その相手が選んだバケモンは…
「お相手は、えっと……先輩、このバケモンは何ですか?」
『「トラボルト」。雷属性の虎バケモンで、素早いアタッカー』
「なるほど、雷属性。って、それはまずいですね…」
雷属性は海属性にも機械属性にも強い。さらに、素早さも高いので相手が先に行動することになる。だから、この二体の戦いはアシカマルを出した麻衣の圧倒的不利であるわけだ。
「よし、ここは退却です。雷属性に強い「ハナティス」ちゃんに交代です!」
麻衣も流石にこの状況が不利であることを理解して、一緒に選出した他のバケモンに交代する。ハナティスは植物属性で雷属性からのダメージを減らせるので、交代すれば有利に戦える。麻衣のこの選択は別におかしいものではない。
しかし、対人戦においては、相手が自分のバケモンに対して有利なバケモンに交代してくることを予想したうえでのプレイングは基本。この対戦相手も当然交代を見越した行動をとってくる。
「さあ、頑張って、ハナティスちゃん!お相手はショックバック?です……あれ、戻って行っちゃった?!」
バケモンには、相手の交代後に攻撃しながら交代できる技がいくつかある。上手く決まれば、相手の交代を確認した後に交代できるため、さらに有利な状況を後出しで作り出すことができる便利な技だ。
対人戦をある程度知っているプレイヤーにとっては良く知った技だが、麻衣は見たことがなかったらしい。面白いくらいに慌てて、こちらに縋り付いてくる。
「先輩、なんか攻撃されたのに交代されちゃったんですけど?!」
『そういう効果の技』
「ええ?!ずるい!」
別にずるくはない。
そして、相手が交代で出してきたバケモンは…
『火山属性の「フレドラン」、火山属性を強く、海属性を弱くする能力がある』
「ちょ、ちょっと、これやばいですって!!」
実際やばい。火山属性に弱いハナティスはこのまま場に残っていると一撃でやられてしまう。かといって、アシカマルに交代しても、素早くないアシカマルは先手を取られて大ダメージを受ける。
とはいえ、交代しなければ一体やられてますます不利になるので交代は必須。麻衣は、ハナティスを下げてアシカマルに交代する。
しかし、相手はその交代も予測していた。交代後の無防備なアシカマルに対して、植物属性のツリーショットが打ち込まれる。火山属性のフレドランは、その光を利用して植物属性の技を撃てるのだ。
「ぎゃあああぁぁぁああ!せんぱいせんぱい!!なんかやられちゃったんですけど!!!」
色気のない叫び声をあげる麻衣。驚いたのは分かるがこちらを揺さぶるのはやめてほしい。
苦手な植物属性の技を受けたアシカマルは一発で倒れる。ここで、形勢は一気に不利に。フレドランに対してハナティスは出せない。というわけで、三体選んだ最後の一体を繰り出すことになるのだが…
「ええと、じゃあ、えいっ、「フェアリン」頑張れ!」
最後の一体は、妖精属性のフェアリン。火山属性に弱くはないが、フレドランに大きなダメージを与える技はない。これはダメみたいですね。
思った通りフレドランに対したダメージを与えられないフェアリンはフレドランからの高威力技のごり押しで倒され、最後に残ったハナティスも苦手な火山属性の技で一撃。
「ちょっとおおおおぉぉぉぉおおおおおお!一匹にやられたんですけどぉぉおおお!!」
そんなわけで、麻衣の記念すべきオンライン対戦の一戦目は完敗で終わりました。
でも、麻衣のリアクションが面白かったので動画にはできそう。
***
そのあとも、オンライン対戦をトーク付きで進める麻衣。はっきり言って麻衣のプレイングは予想以下だったのでそのあとも全く勝てる気配すらなく連敗していったが、麻衣のリアクションがいちいち面白いので動画的にはそれなりな気もする。
おそらく一番の難所である撮影が意外とあっさり終わったので、このままパパっと編集してしまえば、今日中に投稿することも可能かもしれない。
「じゃあ、編集していこうか。フリーの動画編集ソフトがあるみたいだから、それでやってみよう」
「…はい」
麻衣は先ほどまでの動画撮影で叫び疲れたのか、だいぶおとなしい。必要なソフトをインストールしている俺の横でぼんやりとして動かない。
しばらくインストールが終わるのを待ちながら、動画編集のテクニックを調べる。何やら、動画そのもののカットや早送りのほかに、音声データからノイズを取り去る手法もあるらしい。その方が、実況者の声がはっきり聞こえるのだとか。
「こりゃ、こだわりだしたらキリが無いね」
やるだけはやってみるつもりだが、あまり頑張らないで適当に妥協したほうがよさそうだ。多分、こだわりだすと一日二日で終わらなくなる。
などと考えていたら、麻衣が俺の肩に頭を乗せてきた。麻衣の体温と甘い香りが伝わってきて、少しドキッとする。
ただ、そのあとに感じたのは嫌な予感だ。麻衣がこういったタイミングで甘えてくるとき、麻衣の感情がどうなっているかは大体決まっている。
こいつ、飽きやがった!
「麻衣、まさかとは思うけど、飽きたとか言わないよね?」
一応、聞いておく。まだ、疲れたから寄りかかってきただけという可能性もある。
「……」
現実は非情だった。
好奇心旺盛で興味を持ったことに全力突撃する麻衣は、その一方でものすごく飽きっぽいという面もある。そのためこれまでの思い付きでも、途中までやってみたもののすぐに飽きて中途半端なところで放り投げたものがたくさんある。
今回も、動画撮影での疲れと調べた内容からもわかる編集の面倒くささにやる気がそがれてしまったのだろう。正直、ちょっと予想していた。
それに、麻衣の気持ちはよくわかる。基本的にはアドバイス中心で、動画構成を考えながらの作業だったとはいえ見ている時間の方が長かった俺でも、ここらで辞めておこうかという気になってきている。今までやったことがないことに挑戦するというのは、かなり疲れるのだ。
ただ、この中途半端な状態で投げ出すというのも癪だ。どうせなら、多少は妥協してでも完成までやっておきたい。何かしらの成果でもなければ貴重な休日を使った甲斐がないというものだ。
「麻衣、ほら、あとちょっと。編集だけだから」
「…そのちょっとが大変だってのはわかってますから」
そう言って、麻衣がさらに体重を預けてくる。いかん、完全にだらけモードだ…
「まあそうなんだけど。ほら、折角だからちゃんと完成させよう?」
「…じゃあ、残りは明日やります」
「いや、持ちこしたら麻衣は絶対やらないでしょ…」
「……」
黙りこくる麻衣。頬をつついても反応がない。これはダメかな?
麻衣の髪を軽くなでながら、作業を続ける。インストールは終わったので、ソフトを起動して撮影した動画を開く。操作確認がてら簡単なカット編集をしてみると、思ったより時間がかかりそうなことに気づく。
――確かに、これは面倒くさそうだしここから麻衣にやる気を出させるのは難しいかな?
そう思いつつ操作を続ける。すると、しばらく黙っていた麻衣が突然こう言った。
「先輩、最後まで頑張って終わらせれば、先輩は嬉しいですか?」
「え…?ああ、まあ。このまま終わると撮った動画も無駄になるし。それに、編集もやってみれば案外楽しいかもしれないし」
「…そうですか」
そう言うと、麻衣は何かを考えるようにうなりだす。さらに、頭をぐりぐりと俺の方に押し付けてくるので、ちょっとくすぐったい。
「分かりました。あとで先輩がたくさん甘やかしてくれるんだったら、ちょっと頑張ってみます」
「…そっか。分かった」
条件付きではあるが麻衣は頑張ることにしたらしい。今まではいつもこうなったらリタイアだったので、意外だった。これも成長なのかな?
「…まあ、できる限りは受け止めるけど。ほどほどにね」
「そこは、ここからの手間次第ですね。たくさん頑張ったらたくさん甘えるので」
どうしよう、一気に不安になったんだけど…
***
動画の編集は思ったよりもスムーズに進んだ。どうやら、麻衣は佐藤たちが動画編集をしているところを見ていたようだ。「だから、大変だって知ってたんですよ?」と言っていた。そこである程度の流れをつかんでいたようで、調べた知識と合わせてそれなりに手際よく編集を進めていった。
動画の編集を適度に妥協して、ある程度の形になったところで作業を打ち切ったのもよかったのだろう。字幕を入れた方がいいと書いてあるまとめサイトもあったが、思っていたよりずっと面倒で冒頭数十秒でギブアップした。
代わりに、フリー素材の画像や効果音を探して、動画の「飾り付け」に凝ってみた。麻衣のリアクションが大げさであったため、そこに合わせてポップアップの突っ込みなんかを入れると面白味が倍増するのだ。ただ、自分の素の反応をネタにされた麻衣はむくれてしまったが。
そんなこんなで適度に妥協し適度に凝って動画編集を続けていたら、いつの間にか夕方になっていた。結局一日を動画づくりに費やしてしまった。
それに気づくと、随分と空腹になっていたことにも気付いた。昼ご飯を食べてからぶっ続けで作業していたし、頭を使えばお腹は減るもの。動画の編集もだいたい終わりが見えたので、夕食を作ることにした。
「夕食は先輩が作ってくださいね?たくさん甘やかしてくれる約束ですから」
と麻衣は言っていた。俺も頑張ったんだけど、とは言うだけ野暮かな?
キッチンに向かい、夕食を作る。俺は麻衣ほど料理が上手ではないので、色々ごまかしが効く料理を作る。前に麻衣の得意料理である肉じゃがを作ってみたときは、食べている間中ダメ出しをされてしまった。そんなわけで、雑に作ってもそれなりの味になるカレーやシチューなんかを作ることにしているのだ。それでも良く雑だと文句を言われるが。
冷蔵庫に余っていた肉と野菜で適当にシチューを作る。いつもは野菜の切り方とかに何かと文句をつけてくる麻衣だが、今日は疲れたのか布団にくるまって大人しくしている。あまり放っておくと寝てしまいそうだが。
具を煮込んだ鍋にルーを投入して、弱火でじっくり火にかける。水の量などは目分量なので、薄くなりすぎていないかがいまいちわからない。前に薄くし過ぎたときよりは水を減らしてみたが、どうだろうか。こういう適当なところが麻衣に文句を言われる原因なのだが、普段は自分用にしか作らないのでどうにも適当さが抜けない。
「せんぱ~い、おなかすきました」
「分かってるから、待ってなさい。あと10分くらいで食べられるから」
麻衣の言葉を軽く流して、料理を続ける。適当とはいえ煮込む時間くらいは大体計っている。生煮えで食べたときの悲しさはかなりのものだ。
しばらく待って、シチューが完成する。そこに、トースターで焼いた食パンと適当に切ったレタスを添えて、夕食の完成。机に運ぶと、麻衣が「雑な夕食だな」みたいな顔で見てくるが、無視する。立派な食事がしたければ自分で作るがいい。
「せっかく頑張ったのに」とか言ってむくれる麻衣を放置して、シチューを食べる。うん、この前よりはいい出来だ。具材の煮込み具合も申し分ない。
麻衣はひと口食べた後に何か言いたそうにしていたが、結局諦めたようだ。疲れて文句を言う気にもならなかったのかもしれない。
夕食の後、動画編集の残りの作業をする。夕食を食べて本格的にやる気がなくなった麻衣は布団に潜りこんで徹底抗戦の構えだが、布団ごと抱え上げてパソコンの前に連行する。ほとんど幼児退行したようにぐずる麻衣は鬼畜だの悪魔だの言って寝床に戻ろうとするが、あと少しだとなだめすかして何とか座らせる。
残りの作業と言っても大したことはなく、誤字をチェックするのと一通り流して不自然な箇所が残っていないかを確認するくらい。多少は集中する必要があるもの、作業量は大したことはない。それから30分もすれば、動画の編集は終わった。
編集が終わった動画を書き出している間、すべての作業が終わって気が抜けた麻衣は俺の方にぐでっと寝転がってきた。俺の膝に頭を乗せてご満悦だ。こういうのは、男女が逆な気もするけど。
「お疲れ様。一通り終わったけど、どうだった?」
「…や~、どうだったといわれると、大変だったとしか言いようがないですけど…」
「楽しかった?」
麻衣に問いかける。麻衣は、少しの間考えるようなそぶりを見せた後、
「そうですね。総合的には、楽しかったですよ?なんだかんだ、編集作業も」
そう言ってきた。この答えは予想していた。最初は編集作業の面倒くささに文句ばかっりだった麻衣も、なんだかんだ最後の方は自分から色々試して楽しそうだった。
そんな麻衣の応えに、頑張った甲斐があったかなと思う。
「あ、でも、もうやらなくていいです。思ってたよりも面倒だったので」
……この答えは予想していた。まあ、しょうがないね。
膝に乗った麻衣の頭をなでて、今日一日を思い返す。俺としても、今日の動画作成は楽しかった半面大変だったという思いも強い。こうやって一日だけ付き合うくらいなら楽しくていいが、日常的にやろうという程の気力は湧かない。
楽しいけど、疲れる。麻衣と一緒にいると、いつもそんな風に考えている気がする。膝の上の麻衣に目を落とすと、先ほどまで文句ばかりだったのが嘘のようにニヤけて締まりのない表情をしている。毎回巻き込まれても、この顔を見ているとどうにも付き合ってやろうという気持ちになってしまうのだ。
一つため息をつく。とりあえず今日の作業でお腹いっぱいだから、麻衣の思い付きはしばらく要らないかな?
そう思って、窓から空を見上げる。今日は雲一つない、星がよく見える夜だ。窓から吹き込む風も、最近少しずつ涼しくなってきた。そういえば、そろそろ中秋の名月とかじゃないだろうか?
――麻衣の次の思い付きまで、あと20時間…