うたかたショートストーリー、またはやる気のない短編集 作:塩崎廻音
ある日突然、村のはずれに洞窟ができた。
その報告を聞いた村長は大いに狼狽した。タケノコやなんかじゃあるまいし、ある日ひょっこりと洞窟が生えてくるなんてことはあり得ないではないか。だが、確かに報告のあった場所に行ってみると洞窟がある。藪か何かに隠れていたのが出てきただけあないかとも思ったが、ここは原っぱの真ん中であり洞窟を隠すものは何もない。
いよいよ訳が分からなくなった村長は、とりあえずその洞窟がどんなものであるかを確かめようと、村の若者何人かを集めて調査隊を出そうとした。しかし、その洞窟は何やら険しい試練でも待ち受けているかのようなおどろおどろしい雰囲気を放っており、すっかり怯えてしまった若者たちは洞窟に入ろうとしない。それでは困る村長が若者たちを叱咤して中に入るように命令するが、じゃあ村長は一歩でも入れるのかといわれてしまうとどうしようもない。最終的に、洞窟の外に見張りを置いて監視するだけにとどまった。
次の日になると、その洞窟の正体がわかった。神社の巫女を通して神様がお告げを下したのだ。
神様曰く、その洞窟は『試練の洞窟』であり、勇気をもって試練に挑んだものには巨万の富を授けるのだという。但し、試練の内容は一切開示しないから、自分たちの力だけでその未知の試練を突破しなくてはならないのだそうだ。
村人たちは一攫千金の機会に沸き立ったが、実際に洞窟を見に行くと誰もが恐れをなして逃げ出してしまった。なにせ、その洞窟は「挑んだものは誰であっても生きて返すつもりはない」とでも言うかのような恐ろし気な雰囲気だし、洞窟の入り口から中を覗いても数メートル先すら見えない。強い明りで照らしても何も見えないのだから、神の試練としていかに厳しく設定されているかが見て取れるようだ。結局、村人の大半はムリに挑まずに分相応に生きるのが「賢い生き方」だと結論付けて、いつもの生活に戻っていった。
さて、多くの村人が試練への挑戦をあきらめる中で、村一番の知恵者として知られるアレンはこの洞窟に挑戦することを決意していた。洞窟の中は見えないが、知恵のある自分であれば試練の内容を推測することはできる。推測した試練への対策を十分に立ててから挑戦すれば、難なく試練を突破して褒美を手にすることができるだろうと思ったのだ。
他の村人たちも、アレンならあるいはと思った。なにせ、アレンはまだまだ若者ながらも山ほどの本を読みこなし、村の仕事でもその知識を生かして大いに活躍しているからだ。将来は確実に村長に選ばれるであろうアレンの実力は、村人ならだれでも認めるもの。神の試練を達成して財宝を持ち返るアレンの姿を、今や村の誰もが待ち望んでいた。
さて、アレンは早速試練への準備を始めた。まず何よりも重要なのは、数メートル先も見えない暗闇にどうやって対処するのかということ。強い明りで照らしても何も見えないことから、どんな明りを用意したとしても十分な視界を得られるとは思えない。一応明りは持って行った方がいいだろうが、明りがなくても行動できるような訓練をしておいた方がいいだろう。
次に思いついたのは、罠への対策。暗闇で視界をうばうということは、感圧板や落とし穴といった罠を有効に機能させるための準備ができているということ。視界がない状態でも罠を察知し、避けたり罠そのものを解体したりできる技術を備えておかなければならないだろう。
そして、罠といえば毒ガスなんかもあるかもしれない。洞窟の中は密閉されているから、ガスを使われたらイチコロだ。ガスマスクは用意していた方がいいし、少しくらいの毒なら無効化できるような抗体を作っておいた方がいいだろう。
そんな風に、様々な状況に対応できるような準備と訓練を積んでいくアレン。しかし、準備をすればするほど、新しい試練の可能性に気が付いてしまい、なかなか準備が終わらない。
――流石に、神様の試練ともなれば一筋縄ではいかないか。
もちろんアレンはそれくらいで試練への挑戦をあきらめるつもりはない。しかし、ここまでいろいろな可能性が思い浮かぶということは、もしかしたら考えから漏れているものがまだまだ眠っているかもしれない。もし、試練に挑んでから対策が漏れていた事象に突き当たってしまえば大変だ。そう考えたアレンは、洞窟へ挑戦する時期を大きく後倒しにして、じっくりと試練への対策を練り直すことにした。何せ、試練への挑戦は一世一代の賭けである。万が一の瑕疵もないように、完璧な準備をしておきたかったのだ。
さて、アレンが試練への準備をしている頃、一人の若者が洞窟を訪れていた。その若者はベニーといって、村では考えなしにいろいろなことに挑戦しては失敗ばかりしている愚か者として扱われていた。ベニーはいつものように深く考えもせずに試練へ挑戦することを決めて、今日この洞窟へとやってきたのだ。
ベニーが洞窟へ挑戦すると聞いた村人は、一様にベニーのことを嘲笑った。なにせ、あのアレンでさえ周到な準備を重ねてかた試練に挑戦しようとしているのに、愚か者のベニーが思い付きで挑戦したところで、何の成果も挙げられるはずがないと思ったのだ。
村人たちはベニーの挑戦を馬鹿にして、とうとうベニーがどれくらい耐えられるかの賭けまで始めるほどだった。しかし、ベニーはそれを気に留める風もなく、ふらりと洞窟の方へと歩いて行った。村人たちは、大変な試練に立ち向かうというのに、気合を入れるわけでもないベニーの様子にますますベニーへの嘲笑を深めていった。
洞窟にたどり着いたベニーは、特にためらうこともなくするりと洞窟の中へと足を進めた。ベニーにとっても洞窟の雰囲気は恐ろしかったが、とはいえ入ってみないことには何も始まらないことを分かっていたのだ。洞窟へ入ったベニーは、そのまますたすたと歩を進めていった。
村人たちがベニーの挑戦を(悪い意味で)肴にして騒いでいると、やがてベニーが洞窟から戻ってきた。ベニーが洞窟に挑んでから、まだそんなに時間が経っていない。これは早々に諦めて、尻尾を巻いて帰ってきたに違いない。そう考えた村人たちがベニーのことをさらに罵りだすが、ほどなくしてベニーが自分の上着を袋にして、何かをたくさん持ち返ってきたことに気が付いた。
それは、大小様々、種類も色々な宝石だった。
「洞窟に入って、ちょっと進んだら山のような宝石があったよ」
初めは村人の誰も、ベニーのその言葉を信じようとしなかった。試練から逃げ帰ったベニーが、自分の失敗をごまかすために出鱈目を言っているに違いないと思ったのだ。しかし、ベニーの言葉が出鱈目であれば、この沢山の宝石の出どころはどこなんだろうか?もちろんこんな宝石はこの村のどこにもないから、どこからか盗んで来ることもできない。
結局、村人たちはベニーの言葉を信じることにした。そうすると、今度は誰もが我先にと洞窟へ走り出した。なにせ、洞窟に入ってちょっと進めば大量の宝石を手に入れることができるのだ。何も用意せずに洞窟に入ったベニーでも宝石を手に入れることができたのなら、自分たちも宝石を手に入れられるに違いない。
そう思った村人たちが次々に洞窟に入り込むが、誰も洞窟の中で宝石を見つけることはできない。そもそも、洞窟だと思って入ったそこはちょっと進めば最奥に突き当たるような小さな穴で、宝石どころか試練も洞窟もそこにはなかったのだ。
結局、ベニーの他の村人はだれも宝石を得ることはできなかった。実は、神の試練とは未知の恐怖に挑むことそのものであり、何もわからない状況で洞窟に入る勇気を示すことこそが試練への挑戦だったのだ。
そういうわけで、挑戦への褒美である宝石を手にしたのは、ただ一人未知へと挑んだベニーだけとなったのだ。