もけい   作:くにむらせいじ

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 まえがき

 最終話です。(あとがき・設定・おまけは除きます)



第6話 かたち

 

 夕方。ログハウスの二階。周囲は夜のように暗かった。

 

 ばすのが、ベッドの上で、体を丸めて、震えていた。

ばすの   「うう……」

 ビーバーは、ばすのに添い寝して、ばすのの背中をぽんぽんと、やさしくたたいていた。

ばすの   「く、うう……」

 ばすのは、目をつむって、顔をしかめていた。※1

プレーリー 「こんなことになるなら、はやくお別れしたほうが、よかったであります……」

ビーバー  「プレーリーさん、そんなこと、言わないで……」

 プレーリーは、ベッドのそばの椅子に座って、ふたりを見守り、ばすのの手を握っていた。

ビーバー  「ばすのから、はなれたほうがいいかもしれないッスね……」

 ビーバーが、起き上がった。そして、何かに気づいた。

ビーバー  「ばすの……」

 ばすのが、ビーバーの服の裾をつかんでいた。

 ビーバーは、自分の裾をつかんでいた、ばすのの手をつかんで、無理やり離した。そして、立ち上がり、ベッドから少し離れた。

 

 雨と風が、強くなっていった。雨がログハウスの中に吹き込み、床を濡らした。

 

ビーバー  「……ちょいと、ダムのようすを見てくるッス……」

 ビーバーは、生気が抜けた顔で、ふらふらとはしごに向かった。※2

プレーリー 「だめであります!! ぜったいにだめであります!!」

 プレーリーが、ビーバーの腕をつかんで、はしごを下りようとするビーバーを止めた。ビーバーは、ベッドのそばの椅子に座った。

 

 嵐は急激に勢いを増していった。強い風で、ログハウスが揺れて、きしみをあげはじめた。

 

プレーリー 「にげるであります!」

ビーバー  「ばすのが、うごけないッスよ……」

プレーリー 「……ふたりで抱えて、はしごを下りるであります!」

 

ばすの   「うう……あ……」

 ばすのは、プレーリーとビーバーを見て、必死で何かを言おうとしていた。

ビーバー  「ばすの?」

プレーリー 「どうしたでありますか?」

 

 ばすのの表情が消えた。

 ばすのが、プレーリーとビーバーの目を、交互に見た。

 ばすのは、手から模型のホイールを取り出した。そして、それを、ビーバーへ向けた。

 ビーバーは、それを受け取った。

 ばすのの口が動いたが、声は聞こえなかった。

 

 ばすのの姿が消えた。一瞬の出来事だった。

 

ビーバー  「ばすの!」

 

 ベッドには、バスの模型が残されていた。

 

ビーバー  「…………まだ、早いッスよ……。こんなところで、気を使わなくていいのに……」

プレーリー 「さっぱりしすぎであります……。さようならも、言えなかったであります……」

 ふたりは、沈痛な面持ちで、バスの模型を見つめた。

ビーバー  「わかってたけど……やっぱり、つらいッスね……」

 

 ログハウスの屋根が、バキッと音を立てて、丸太一本分ほど浮きあがった。同時に、丸太組みの壁の一部にわずかな隙間ができた。ログハウスの揺れは激しくなり、みしみしと音を立てていた。

 

ビーバー  「屋根がとんじゃう! おうちがもたないッスよ!」

プレーリー 「ばすのを!」

ビーバー  「ふたつに分けましょう!」

 ビーバーが、バスの模型の、トラクターと客車を切り離した。ビーバーがトラクターを、プレーリーが客車を持ち上げた。

 

 屋根のすぐ下の、板張りの壁が室内へ吹き飛び、中のふたりに向かって落ちてきた。ふたりは、バスの模型を守り、背中に板を受けた。

 

プレーリー 「ぐはっ!!」

 プレーリーが、大きめの破片を受けて、うずくまった。

ビーバー  「プレーリーさん! ばすのは!」※3

プレーリー 「だいじょうぶ、であります!」

 

 屋根の木が二本、浮き上がって外れ、外側に落ちた。屋根に開いた穴から室内へ、滝のように水が流れ落ちた。

 

 プレーリーは、起き上がって、はしごのある穴から、階下を見降ろした。

プレーリー 「飛びおりるでありま……」

 

 屋根が大きく浮き上がり、爆発したような音を立てて崩壊した。その一部は、室内へと落下してきた。

 

 ビーバーは右から木材の直撃を受け、左に倒れた。彼女は声をあげたが、騒音にかき消された。

 バスの模型のトラクターが、吹き飛んで床に転がり、激しい雨に濡れた。

 プレーリーは、頭に木材が当たり、階下へ落ちた。

プレーリー 「うあああ!!」

 プレーリーが落下する途中で、足がはしごに当たった。はしごが大きくたわみ、段が二本折れて、片方の横木が少し折れ曲がった。はしごは、かろうじて倒れなかった。

 プレーリーは、トンネルの縦穴へ落ちていった。

 

 

ビーバー  「く……」

 ビーバーがわきを見て、目を見開いた。

 

 ばすのの姿が見えた。その姿は、激しい雨にかすんでいた。暗い中、腕の緑色の部分が、ぼんやりと光って見えた。

 

 ばすのが、ビーバーを見た。その表情は見えなかった。

 

 ビーバーは、目を見開いて、驚いた顔のまま、止まった。

 

 ばすの姿が、古い蛍光灯のように、ちらついて、点滅して見えた。

 

 ログハウスが大きく揺れた。高い所に引っかかっていた梁が、まわりの木材といっしょに、落下した。

 ばすのの姿が見えた場所に、轟音を立てて、いくつもの木材が落ちた。

 

 ビーバーが叫んだが、その声は轟音にかき消された。

 

 

トンネルの中。

 

 トンネルの中は真っ暗だった。しりもちをついたプレーリーが、何かを拾って、それを見た。

プレーリーは、それを、そっと地面に置いて、歯を食いしばって立ち上がり、目元をこすった。

 

 プレーリーが、トンネルの外へ飛び出した。水が、津波のように小島に打ち付けた。湖の水位が上がり、盛り土で囲われた、トンネルの入り口に迫っていた。

 

 

ログハウスの二階。

 

 ビーバーが、這うようにして、ばすのの現れた所へ向かった。

ビーバー  「ばすの!! ばすの!!」

 ビーバーは、落ちてきた木材をどけようとした。

 プレーリーが、はしごを三段飛ばしで登ってきた。段が一本はじけ飛んで、先ほど曲がった部分が、大きく折れ曲がった。

 ログハウスが大きく揺れた。はしごが外れ、倒れた。はしごは、増水した湖の中に落ち、しぶきを上げた。

 プレーリーが、ビーバーの肩を引いた。

プレーリー 「ビーバーどの!! にげるであります!!」

ビーバー  「ばすのが! ばすのが……もどってきた……」

 ビーバーの声は震えていた。

プレーリー 「にげるで、あります!!」

 

 プレーリーは、ビーバーをはがいじめにして、無理やり、ふたりいっしょに、はしごのあった穴から飛び降りた。ふたりのいた場所に、壁の丸太が転がった。

 

 

 

 

 翌日。[13日目]  BGM:『凪』

 

 嵐が去った。快晴だった。

 

 ダムの放水口から、勢いよく水が流れ出していた。

 

 ログハウスの下の、トンネルの入り口のまわりまで水が来ていた。水は、盛り土で止まり、トンネルは無事だった。水位が一番高かったときの跡が、盛り土やログハウスの支柱に残っていた。

 ログハウスは、屋根の全てと、壁の半分ほどが破壊され、失われていた。下の太い支柱や、二階の床は、ほぼ無事だった。

 折れ曲がったはしごは、太い木の枝を当てて、つるを巻き付けて、仮修復されていた。

 プレーリーとビーバーが、二階の床に散乱した、木材をどけていった。ビーバーの右の二の腕には、ひっかき傷があり、血をふき取った跡があった。

ビーバー  「!」

 ビーバーが、驚き、何かを拾った。それは、バスの模型の、行き先表示板だった。

 ビーバーが、その近くの木材をどけた。床が見えると、ビーバーはひざをついた。

ビーバー  「…………」

 

 床には、木材に潰されて、砕け散った、バスの模型のトラクターがあった。それは、濡れた、丸太組みの床に散らばって、張り付いていた。

 

プレーリー 「ひどい……。こんなの、あんまりであります……」

 ビーバーは、床に座って、模型の残骸を見つめて、放心していた。

 

 ビーバーとプレーリーが協力して、飛び散った模型の破片を拾った。その一部は、二階の床から、丸太の隙間を抜けて、一階まで落ちていた。

 

 

 天板が失われて『おかあさんの木』だけになったテーブルの上を、プレーリーとビーバーが見つめていた。ふたりは、隣り合って、椅子に座っていた。

ビーバー  「もどってきて、くれたのに……。模型の、すがたならっ! いっしょにいられる、はずっ、だったのにっ……」

 ビーバーは、うつむいて、ぼろぼろと涙を流し、むせび泣いた。『おかあさんの木』の上には、バスの模型の部品や破片が集められていた。模型は、完膚なきまでに、壊れ、潰れ、砕けていた。トラクターだけでなく、客車も、大きい部分が四つに割れており、細かい部品が外れたり折れたりしていた。

プレーリー 「守れなかったで、あります……」

 プレーリーは、上を向いて、目を閉じて、涙をこぼした。

ビーバー  「ぐす……これはもう、なおしようがないッス、ね……」

 ビーバーは、隣のプレーリーを見て、無理やり笑顔を作ろうとして、涙をこぼした。

 プレーリーが、ビーバーを見て、その背をぽんと叩いた。

プレーリー 「ビーバーどのなら、ばすのをなおせるであります!」

 ビーバーが、再び模型の残骸を見て、すぐに目をそらした。

ビーバー  「むちゃ言わないで……」

 ビーバーの声は、かすれていた。

プレーリー 「自分も手伝うであります! きっとなおせるであります! あのときみたいに」

 ビーバーは、胸ポケットから、模型のホイールを取り出して、それを見つめた。

ビーバー  「…………くっつけるものがあれば……時間はかかるけど……」

 ビーバーは、顔を上げて、目元をぬぐった。

ビーバー  「……できるかも、しれないッスね」

 

 

 

 

 ビーバーとプレーリーは、少しずつ、バスの模型を修復していった。

 

 BGM:『風を感じて』

 

 

 プレーリーが、松やにや樹液から、接着剤を作った。その作り方は、ビーバーが教えた。※4

 

 ふたりは、立体のパズルのように、砕けたバスの模型の、破片を組み合わせた。

 

 大きな破片同士の接合には、細い木の枝を加工したダボや、木組みなどが使われた。それは、ふたりが今まで培ってきた技術だった。さらに、接合部を強くするために、接着剤を使った。小さな破片は、接着剤で、一つ一つ接着していった。

 

 ひどく変形していたり、破片が見つからなかった部分は、『ばすのの木』を削り取って、接合面が合うように、少しずつ削って調整して、代わりの部品を作った。

 

 模型は、つなぎ目だらけになってしまったが、接着剤を混ぜた木のくずで、隙間を埋めることで、つなぎ目を目立たなくすることができた。

 

プレーリー 「すばらしい出来であります!」

ビーバー  「もうちょっときれいにしてあげたいッスね。こことか」

 ビーバーが、バスの模型の客車の、欠けた部分を指差した。

プレーリー 「ビーバーどの、いいかげん休まないと、倒れるであります……」

ビーバー  「やりはじめると、止まらなくなっちゃうんスよ。……そうっスね。きょうはここまでにしておくッス」

プレーリー 「また、手伝わせてほしいであります!」

ビーバー  「おねがいするッス。でも、こわさないでほしいッス……」

 

 

 『おかあさんの木』の上で、バスの模型は、かつての姿を取り戻していった。

 

 

 

 

 図書館。  BGM:『ようこそジャパリパークへ ~ オルゴール ver.~ 』

 

じょしゅ  「……あとすこしで完成、だそうです。はかせ」

はかせ   「あんな状態からなおすなんて……ビーバーとプレーリーの能力は、異常なのです」

じょしゅ  「あれは、執念のなせるわざなのでしょう」

はかせ   「未練がましいのです」

じょしゅ  「未練がましいのは、われわれも同じなのですよ」

はかせ   「……あの子たちも、なおせるかもしれないのです」

 

 ふたりは、図書館の地下の書庫へ向かった。その一番奥の棚に、細長い、大きな木箱があった。木箱は、ふたりの身長の三分の二ほどの長さがあった。

 はかせが、木箱を開けた。

はかせ   「ひさしぶり、なのです」

 木箱の中には、木の杖 ※5 が二本あった。そのうちの一本は、真ん中あたりで折れていて、折れ口のそばに、いくつかの破片があった。もう一本は、持ち手の部分が大きく欠けていた。

はかせ   「これは、むこうよりも、簡単になおせるのです。じょしゅ」

じょしゅ  「すぐに持っていきますか? はかせ」

 

はかせ   「あのふたりの……三人の、じゃまをしてはいけないのです。この子たちを、なおしてもらうのは、いつか、でいいのです」

 

 

 

 おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※1 三人は、『何も選ばない』ことにしました。それなのに、ここで、ばすのに、痛みが生じてしまっているのは、プレーリーとビーバーが、サンドスターをばすのに分け与えて、接触をし続けていたためです。第5話で湖を泳いだ影響もあります。

 ヒト化した直後は、ばすのは痛みが理解できていませんでしたが、心の成長に伴い、理解できる(感じられる)ようになりました。

 

※2 ビーバーは、精神的に疲れ切っていて、正常な判断ができていません。ダムは、嵐の気配が見えたときから放水していましたが、ビーバーは、それでは足りない、と考えました。もっと早く、放水量を増やしていれば良かったのですが、ばすののほうが気にかかっていて、できませんでした。

 

※3 プレーリーは体が頑丈なので、ビーバーは、模型の方しか気にしていません。結構ひどいです。

 

※4 松やにから接着剤が作れるようです。ただ、私は詳しいことはわかりません。接着強度や、経年劣化の問題があるかもしれません。

 

※5 杖ではないかもしれません。ステッキのような武器のような……。

 それは、灰色で、上の部分は、頭の片方がとがった、ハンマーのような形をしています。

 




 あとがき

 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 あとがきや設定が長いので、それらは別の話として投稿します。

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