最終話です。(あとがき・設定・おまけは除きます)
夕方。ログハウスの二階。周囲は夜のように暗かった。
ばすのが、ベッドの上で、体を丸めて、震えていた。
ばすの 「うう……」
ビーバーは、ばすのに添い寝して、ばすのの背中をぽんぽんと、やさしくたたいていた。
ばすの 「く、うう……」
ばすのは、目をつむって、顔をしかめていた。※1
プレーリー 「こんなことになるなら、はやくお別れしたほうが、よかったであります……」
ビーバー 「プレーリーさん、そんなこと、言わないで……」
プレーリーは、ベッドのそばの椅子に座って、ふたりを見守り、ばすのの手を握っていた。
ビーバー 「ばすのから、はなれたほうがいいかもしれないッスね……」
ビーバーが、起き上がった。そして、何かに気づいた。
ビーバー 「ばすの……」
ばすのが、ビーバーの服の裾をつかんでいた。
ビーバーは、自分の裾をつかんでいた、ばすのの手をつかんで、無理やり離した。そして、立ち上がり、ベッドから少し離れた。
雨と風が、強くなっていった。雨がログハウスの中に吹き込み、床を濡らした。
ビーバー 「……ちょいと、ダムのようすを見てくるッス……」
ビーバーは、生気が抜けた顔で、ふらふらとはしごに向かった。※2
プレーリー 「だめであります!! ぜったいにだめであります!!」
プレーリーが、ビーバーの腕をつかんで、はしごを下りようとするビーバーを止めた。ビーバーは、ベッドのそばの椅子に座った。
嵐は急激に勢いを増していった。強い風で、ログハウスが揺れて、きしみをあげはじめた。
プレーリー 「にげるであります!」
ビーバー 「ばすのが、うごけないッスよ……」
プレーリー 「……ふたりで抱えて、はしごを下りるであります!」
ばすの 「うう……あ……」
ばすのは、プレーリーとビーバーを見て、必死で何かを言おうとしていた。
ビーバー 「ばすの?」
プレーリー 「どうしたでありますか?」
ばすのの表情が消えた。
ばすのが、プレーリーとビーバーの目を、交互に見た。
ばすのは、手から模型のホイールを取り出した。そして、それを、ビーバーへ向けた。
ビーバーは、それを受け取った。
ばすのの口が動いたが、声は聞こえなかった。
ばすのの姿が消えた。一瞬の出来事だった。
ビーバー 「ばすの!」
ベッドには、バスの模型が残されていた。
ビーバー 「…………まだ、早いッスよ……。こんなところで、気を使わなくていいのに……」
プレーリー 「さっぱりしすぎであります……。さようならも、言えなかったであります……」
ふたりは、沈痛な面持ちで、バスの模型を見つめた。
ビーバー 「わかってたけど……やっぱり、つらいッスね……」
ログハウスの屋根が、バキッと音を立てて、丸太一本分ほど浮きあがった。同時に、丸太組みの壁の一部にわずかな隙間ができた。ログハウスの揺れは激しくなり、みしみしと音を立てていた。
ビーバー 「屋根がとんじゃう! おうちがもたないッスよ!」
プレーリー 「ばすのを!」
ビーバー 「ふたつに分けましょう!」
ビーバーが、バスの模型の、トラクターと客車を切り離した。ビーバーがトラクターを、プレーリーが客車を持ち上げた。
屋根のすぐ下の、板張りの壁が室内へ吹き飛び、中のふたりに向かって落ちてきた。ふたりは、バスの模型を守り、背中に板を受けた。
プレーリー 「ぐはっ!!」
プレーリーが、大きめの破片を受けて、うずくまった。
ビーバー 「プレーリーさん! ばすのは!」※3
プレーリー 「だいじょうぶ、であります!」
屋根の木が二本、浮き上がって外れ、外側に落ちた。屋根に開いた穴から室内へ、滝のように水が流れ落ちた。
プレーリーは、起き上がって、はしごのある穴から、階下を見降ろした。
プレーリー 「飛びおりるでありま……」
屋根が大きく浮き上がり、爆発したような音を立てて崩壊した。その一部は、室内へと落下してきた。
ビーバーは右から木材の直撃を受け、左に倒れた。彼女は声をあげたが、騒音にかき消された。
バスの模型のトラクターが、吹き飛んで床に転がり、激しい雨に濡れた。
プレーリーは、頭に木材が当たり、階下へ落ちた。
プレーリー 「うあああ!!」
プレーリーが落下する途中で、足がはしごに当たった。はしごが大きくたわみ、段が二本折れて、片方の横木が少し折れ曲がった。はしごは、かろうじて倒れなかった。
プレーリーは、トンネルの縦穴へ落ちていった。
ビーバー 「く……」
ビーバーがわきを見て、目を見開いた。
ばすのの姿が見えた。その姿は、激しい雨にかすんでいた。暗い中、腕の緑色の部分が、ぼんやりと光って見えた。
ばすのが、ビーバーを見た。その表情は見えなかった。
ビーバーは、目を見開いて、驚いた顔のまま、止まった。
ばすの姿が、古い蛍光灯のように、ちらついて、点滅して見えた。
ログハウスが大きく揺れた。高い所に引っかかっていた梁が、まわりの木材といっしょに、落下した。
ばすのの姿が見えた場所に、轟音を立てて、いくつもの木材が落ちた。
ビーバーが叫んだが、その声は轟音にかき消された。
トンネルの中。
トンネルの中は真っ暗だった。しりもちをついたプレーリーが、何かを拾って、それを見た。
プレーリーは、それを、そっと地面に置いて、歯を食いしばって立ち上がり、目元をこすった。
プレーリーが、トンネルの外へ飛び出した。水が、津波のように小島に打ち付けた。湖の水位が上がり、盛り土で囲われた、トンネルの入り口に迫っていた。
ログハウスの二階。
ビーバーが、這うようにして、ばすのの現れた所へ向かった。
ビーバー 「ばすの!! ばすの!!」
ビーバーは、落ちてきた木材をどけようとした。
プレーリーが、はしごを三段飛ばしで登ってきた。段が一本はじけ飛んで、先ほど曲がった部分が、大きく折れ曲がった。
ログハウスが大きく揺れた。はしごが外れ、倒れた。はしごは、増水した湖の中に落ち、しぶきを上げた。
プレーリーが、ビーバーの肩を引いた。
プレーリー 「ビーバーどの!! にげるであります!!」
ビーバー 「ばすのが! ばすのが……もどってきた……」
ビーバーの声は震えていた。
プレーリー 「にげるで、あります!!」
プレーリーは、ビーバーをはがいじめにして、無理やり、ふたりいっしょに、はしごのあった穴から飛び降りた。ふたりのいた場所に、壁の丸太が転がった。
翌日。[13日目] BGM:『凪』
嵐が去った。快晴だった。
ダムの放水口から、勢いよく水が流れ出していた。
ログハウスの下の、トンネルの入り口のまわりまで水が来ていた。水は、盛り土で止まり、トンネルは無事だった。水位が一番高かったときの跡が、盛り土やログハウスの支柱に残っていた。
ログハウスは、屋根の全てと、壁の半分ほどが破壊され、失われていた。下の太い支柱や、二階の床は、ほぼ無事だった。
折れ曲がったはしごは、太い木の枝を当てて、つるを巻き付けて、仮修復されていた。
プレーリーとビーバーが、二階の床に散乱した、木材をどけていった。ビーバーの右の二の腕には、ひっかき傷があり、血をふき取った跡があった。
ビーバー 「!」
ビーバーが、驚き、何かを拾った。それは、バスの模型の、行き先表示板だった。
ビーバーが、その近くの木材をどけた。床が見えると、ビーバーはひざをついた。
ビーバー 「…………」
床には、木材に潰されて、砕け散った、バスの模型のトラクターがあった。それは、濡れた、丸太組みの床に散らばって、張り付いていた。
プレーリー 「ひどい……。こんなの、あんまりであります……」
ビーバーは、床に座って、模型の残骸を見つめて、放心していた。
ビーバーとプレーリーが協力して、飛び散った模型の破片を拾った。その一部は、二階の床から、丸太の隙間を抜けて、一階まで落ちていた。
天板が失われて『おかあさんの木』だけになったテーブルの上を、プレーリーとビーバーが見つめていた。ふたりは、隣り合って、椅子に座っていた。
ビーバー 「もどってきて、くれたのに……。模型の、すがたならっ! いっしょにいられる、はずっ、だったのにっ……」
ビーバーは、うつむいて、ぼろぼろと涙を流し、むせび泣いた。『おかあさんの木』の上には、バスの模型の部品や破片が集められていた。模型は、完膚なきまでに、壊れ、潰れ、砕けていた。トラクターだけでなく、客車も、大きい部分が四つに割れており、細かい部品が外れたり折れたりしていた。
プレーリー 「守れなかったで、あります……」
プレーリーは、上を向いて、目を閉じて、涙をこぼした。
ビーバー 「ぐす……これはもう、なおしようがないッス、ね……」
ビーバーは、隣のプレーリーを見て、無理やり笑顔を作ろうとして、涙をこぼした。
プレーリーが、ビーバーを見て、その背をぽんと叩いた。
プレーリー 「ビーバーどのなら、ばすのをなおせるであります!」
ビーバーが、再び模型の残骸を見て、すぐに目をそらした。
ビーバー 「むちゃ言わないで……」
ビーバーの声は、かすれていた。
プレーリー 「自分も手伝うであります! きっとなおせるであります! あのときみたいに」
ビーバーは、胸ポケットから、模型のホイールを取り出して、それを見つめた。
ビーバー 「…………くっつけるものがあれば……時間はかかるけど……」
ビーバーは、顔を上げて、目元をぬぐった。
ビーバー 「……できるかも、しれないッスね」
ビーバーとプレーリーは、少しずつ、バスの模型を修復していった。
BGM:『風を感じて』
プレーリーが、松やにや樹液から、接着剤を作った。その作り方は、ビーバーが教えた。※4
ふたりは、立体のパズルのように、砕けたバスの模型の、破片を組み合わせた。
大きな破片同士の接合には、細い木の枝を加工したダボや、木組みなどが使われた。それは、ふたりが今まで培ってきた技術だった。さらに、接合部を強くするために、接着剤を使った。小さな破片は、接着剤で、一つ一つ接着していった。
ひどく変形していたり、破片が見つからなかった部分は、『ばすのの木』を削り取って、接合面が合うように、少しずつ削って調整して、代わりの部品を作った。
模型は、つなぎ目だらけになってしまったが、接着剤を混ぜた木のくずで、隙間を埋めることで、つなぎ目を目立たなくすることができた。
プレーリー 「すばらしい出来であります!」
ビーバー 「もうちょっときれいにしてあげたいッスね。こことか」
ビーバーが、バスの模型の客車の、欠けた部分を指差した。
プレーリー 「ビーバーどの、いいかげん休まないと、倒れるであります……」
ビーバー 「やりはじめると、止まらなくなっちゃうんスよ。……そうっスね。きょうはここまでにしておくッス」
プレーリー 「また、手伝わせてほしいであります!」
ビーバー 「おねがいするッス。でも、こわさないでほしいッス……」
『おかあさんの木』の上で、バスの模型は、かつての姿を取り戻していった。
図書館。 BGM:『ようこそジャパリパークへ ~ オルゴール ver.~ 』
じょしゅ 「……あとすこしで完成、だそうです。はかせ」
はかせ 「あんな状態からなおすなんて……ビーバーとプレーリーの能力は、異常なのです」
じょしゅ 「あれは、執念のなせるわざなのでしょう」
はかせ 「未練がましいのです」
じょしゅ 「未練がましいのは、われわれも同じなのですよ」
はかせ 「……あの子たちも、なおせるかもしれないのです」
ふたりは、図書館の地下の書庫へ向かった。その一番奥の棚に、細長い、大きな木箱があった。木箱は、ふたりの身長の三分の二ほどの長さがあった。
はかせが、木箱を開けた。
はかせ 「ひさしぶり、なのです」
木箱の中には、木の杖 ※5 が二本あった。そのうちの一本は、真ん中あたりで折れていて、折れ口のそばに、いくつかの破片があった。もう一本は、持ち手の部分が大きく欠けていた。
はかせ 「これは、むこうよりも、簡単になおせるのです。じょしゅ」
じょしゅ 「すぐに持っていきますか? はかせ」
はかせ 「あのふたりの……三人の、じゃまをしてはいけないのです。この子たちを、なおしてもらうのは、いつか、でいいのです」
おわり
※1 三人は、『何も選ばない』ことにしました。それなのに、ここで、ばすのに、痛みが生じてしまっているのは、プレーリーとビーバーが、サンドスターをばすのに分け与えて、接触をし続けていたためです。第5話で湖を泳いだ影響もあります。
ヒト化した直後は、ばすのは痛みが理解できていませんでしたが、心の成長に伴い、理解できる(感じられる)ようになりました。
※2 ビーバーは、精神的に疲れ切っていて、正常な判断ができていません。ダムは、嵐の気配が見えたときから放水していましたが、ビーバーは、それでは足りない、と考えました。もっと早く、放水量を増やしていれば良かったのですが、ばすののほうが気にかかっていて、できませんでした。
※3 プレーリーは体が頑丈なので、ビーバーは、模型の方しか気にしていません。結構ひどいです。
※4 松やにから接着剤が作れるようです。ただ、私は詳しいことはわかりません。接着強度や、経年劣化の問題があるかもしれません。
※5 杖ではないかもしれません。ステッキのような武器のような……。
それは、灰色で、上の部分は、頭の片方がとがった、ハンマーのような形をしています。
あとがき
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
あとがきや設定が長いので、それらは別の話として投稿します。