花火大会ではしゃぐ八雪のお話です。
以下本編です。
花火大会。それは、世にも忌々しいリア充イベント。俺の敵である、それも最大の。そもそも花火の由来って爆竹だぞ、そんな野蛮なものが空に打ち上げられて「きれい…」「君の方が」なんてやってる奴らは全員前世が快楽殺人者だったに違いない。人の血を見て「きれい…」とか笑ってるタイプの。ちなみに「きれい…」「あれは炎色反応」だなんだ言ってる奴は多分前世も理系。普通のやつはいくら理系でもそんなこと言わない。なんつったって好きな女の子の前で緊張しちゃってるからな。リア充爆発しろ!
「お疲れ様です」
「おつかれーっす」
そんな支離滅裂な思考・発言をしながら、挨拶をしてオフィスを出る。比企谷八幡25歳。現在俺は、立派な社畜として勤務中だ。はたらくさいぼうってやつだ。会社の1部となって働いてる点とか俺にも代わりがいる点とかガン細胞はすぐ追い出される的な意味で、この比喩通りすぎて悲しくなってきたな。
就活をなんだかんだ頑張ったおかげか、今は結構ホワイト目な会社に就職することができ、今日もこうして5:00に上がれたわけである。おかしいな、5:00に上がれるだけでホワイト企業と錯覚するあたり、俺も堕ちたな…。初心忘るべからず。今後は専業主夫を目指して再就職を頑張りたいと思う。
まあこんなくだらないこと考えるくらいには余裕あるのか、なんてことを考え、駅に向かい家路を急ごうとする。すると、
「比企谷くん」
と言う声とともにみぞおちに謎のパンチを食らった。いってえ…。
「…いや痛いんですけど雪ノ下さん」
「あなたが私を無視するからよ」
「気付かなかっただけだっつの」
パンチした手が痛むのか、そこをさすりながら雪ノ下が恨みがましげな目を向ける。そこが痛むのは俺のせいじゃねえよ。いやまあ、彼女が怒っているのは別のことに対してなのだろうけど。
「なに、今日も俺んちくんの」
「今日は別の予定」
「なに」
「今日、幕張の花火大会行かない?」
「…じゃあな」
「待ちなさいよ」
「いってえ!」
一瞬なにを言ってるんだこいつは…となったのでそのまま帰ろうとしたら、雪ノ下に腕を引っ張られた。変な方向に曲がってしまって痛い。
「いや、いやだよ、あんな人の溜まり場。帰って寝たいんだが」
「いいじゃない、行きましょうよ花火大会」
「ええ…」
むくれる雪ノ下。絶対に今日は家で休みたい俺は、どうすれば花火大会を諦めてくれるかを考え、必死の説教を始める。
「まあ待て雪ノ下。まずあれは人が多い。ゲロ多い。行ったことを後悔するレベルだ」
「それなら大丈夫よ、私は気にしないもの、多分」
「俺が気にすんだよ。別のやつと行ってこいよ」
「いやよ」
「…なんでだよ。そもそもあれはカップルのイベントだ」
「私たちならエリートカップルに見えるんじゃない?問題ないわよ」
「問題ありありだわ」
頑張って反論しても、斜め上の説得をされる俺。今日の雪ノ下は頑固だな…。負けないぞ!
× × × × × × ×
「うわ、めちゃくちゃ人いるな今日…」
「さすがに堪えるわね、これは…」
あれから1時間後。そりゃあこうなるよな…なんてため息をつきたくなるほどの人の多さの中で、俺達は改札に向かっていた。ちなみに結局雪ノ下には勝てませんでした。雪ノ下には、勝てなかったよ…。
同じく人の多さに辟易しているらしい雪ノ下に、俺は言う。
「やっぱ家で本読んでた方がよかったんじゃねえのこれ…」
「風情がないわね、せっかくの花火なのに」
そういう彼女の声にも、少しうんざりしたような声が交じる。俺達はうんざりうんざりしながらも、この人ゴミに身を任せていった。それなりに小柄な彼女の姿は人混みに埋もれてしまい、彼女が潰されそうにならないか心配になるな。いやでも、真っ平ノ下さんだからひとまずは大丈夫だろう、多分。俺最低だな。
「…辿り着くまでで疲れるわね、これは」
「花火大会ってどこもこんなもんだからなあ」
無事改札を抜けたところで、俺達は一息ついた。花火大会の会場に向かいながら、俺達はとりとめのない会話を繰り返す。
「にしてもなんで今日行こうと思ったんだよ」
「行ったことないのよ私、花火大会。せっかくだから行ってみたかったの」
…?こいつ、1度由比ヶ浜とかと行ったことあるんじゃなかったのか?そう聞き直そうとするが、彼女の妙な迫力に気圧されて、つい言葉を飲み込んでしまった。その代わりに、別の言葉を探す。
「マジで?定番のデートスポットだろこんなん」
「私がそういうデートに応じると思う?」
「いや、応じとけよ」
こいつ大丈夫かなあ…。平塚先生化しねえかなあ…。いやまあ平塚先生だいぶ前に結婚したんだが。
「私だって人混みは苦手なのだし」
「まあそりゃ知ってるけど、んなこと言ったら今日だって多いだろ」
「今日は別腹なの」
「なにがだよ」
別腹ってこういうときに使う概念だったか?もっとこう、「スイーツは別腹!」みたいな感じで使うもんだと思っていたが。それこそ今彼氏と一緒にこういう場所に来ちゃうような女子が。
そんなことを考えていたら、急に周りにいるカップルの存在を思い出してしまった。
「けっ、カップルが多くてイライラすんな」
「あなたのそのすぐに人の不幸を願う癖、どうにかならないのかしら…」
「もう小町にも呆れられちゃってるし無理だろうなあ…」
それに俺は別に不幸を願っているわけではないのだ。ただちょっと、彼氏が一晩の過ちを犯してすごく彼女と不穏な空気になってくれないかなーと思っているだけで。十分不幸願ってんなこれ。
「…懐かしいわね、小町さん。最近あまり会えていないけれど」
「もう1年は会ってないのか、もしかして」
「そうね、彼女の入社祝い以来よ」
「ほーん」
逆に言うと、あいつが社会に出てもう1年か…。早いなあ。小町のご飯ももう久しく食べてないし、俺にシスコンを名乗る権利なんてすでにない。千葉県民失格だな。
すると、思い出したように、また呆れたように、雪ノ下が口を開く。
「…あなた、小町さんに彼氏ができてからひどくなったわよね、その癖」
「…正直自覚はあるぞ」
いやだって、相手が大志だし…。それに俺より先にできてるし…。兄より優れた弟など存在しねえ!まあ小町は妹だけど。
「シスコン。それとも、小町さんに先を越されて悔しいの?」
「いや、全く。俺作れないだけなんだなって考えたら気が楽になったわ」
「…あなた別に作れると思うのだけれど」
「俺もそう思ってたんだけどな」
まあ希望と現実は別物だというお話だ。お前も気をつけろよ、みたいなことを口に出そうとして、喉元でギリギリとどめる。そんなこと、こいつが一番分かってるだろうしな。
言葉がつっかえてしまった俺の振る舞いを怪訝に思ったのか、雪ノ下が声をかけてきた。
「…どうしたの?」
「いや、なんでもねえ。あ、そういや買い出し忘れてたな。コンビニ行こうぜ」
「いいわよ」
近くのコンビニに俺達は入った。やっぱりこういう花火大会のある日なんかはコンビニも結構売り上げを伸ばせたりするのだろう。いやでも、店員がカップルを見てHPどんどん削られていくから総合してマイナスだな。やっぱりリア充って最低だな。
× × × × × × ×
「それじゃあ、乾杯」
「乾杯」
俺は氷結、雪ノ下はスミノフを持って互いに乾杯をする。普段上品な雪ノ下がこうしてコンビニの酒を飲んでいることに、俺はふと違和感を感じた。感じたのだが、それでもこいつなんでこんなに様になるのだろうか…。オーラか?かたや俺の方なんか、もう完璧に仕事帰りに酒煽ってるおっさんだ。雪ノ下との釣り合いがとれていなさすぎて、もうどったんばったん大騒ぎといった感じである。
口を離して、ふと呟く。
「やっぱ仕事終わりの酒はうめえなあ…」
「あなた、真面目に働いてる?大丈夫?」
「安心しろ、専業主夫になる準備は完璧にしつつそれなりにこなしてるぞ」
「真面目の方向性がおかしいのよね…」
おかしいとはなんだおかしいとは。いやまあおかしいか。
「お前はどうなんだよ」
「それなりにうまく立ち回れてるわ、社長の座も大丈夫だと思う」
「お前のうまく立ち回るって、効率よく敵を排除できてるみたいなことじゃなくてか」
「違うわよ。しっかり味方を作れてるということよ」
「それは素晴らしい進歩だな」
私のことなんだとおもってるのかしら、と呟く彼女を横目に、俺は苦笑した。本当に、高校の頃からすっかり様変わりしたな、雪ノ下は。かつての高校時代に、思いを馳せる。
「…思い出すわね、高校時代を」
「…奇遇だな、俺も思い出してたわ」
「あまり過去を懐かしむ真似はしたくないのだけれど、あの頃、本当に楽しかったわね。あなたと由比ヶ浜さんと一色さんと小町さんがいて…」
「俺が小町を一色の手から守ろうと奮闘してた記憶しかねえな」
「なぜ高2の時期を丸々忘れてしまっているのかしら」
「冗談ですすみませんでした」
ひいぃ!雪ノ下が怒ってて怖いよう!
まあでも、高2のあの時間は大事な思い出なのだ。もしも雪ノ下が本当にあの時期を忘れてたとしたら、俺も発狂する。多分。
「…平塚先生、結婚できてよかったよな」
「本当にね」
「あの俺らに報告してきた顔、すげえむかついたよな」
なーにが「比企谷も頑張れよはっはっは」だよ。こういうときくらい俺のことなんて忘れてりゃいいのにな。これも教師の性というやつなんだろうか。
「…私ももう笑えない年齢になってきたのよね」
「お前、男なんてよりどりみどりじゃねえの」
「…そうでもないのよ、意外と」
「マジかよ…」
雪ノ下ですら男を選べないのか…。俺は涙しそうになる。現実、厳しすぎん?少なくとも他の男の前ではあの冷たさもなりを潜めたんだろ?
そんな現実に心の中でおいおい泣きながら、からかうように俺は言う。
「まあ、お前がもし結婚できなかったら、俺がもらってやるよ」
……。
しばし生まれる沈黙。あれ?これはミスったか?うわ、なんだか急に恥ずかしくなってきたぞ!やっぱり酔った勢いで変なことなんて言うもんじゃないな。
「…あーそのなんだ、雪ノ下、」
セクハラで訴えられるのだけはさすがに勘弁したいので、記者会見からの土下座まで視野に入れて謝罪をいれようとした、
-まさにその時。
ドーン!
腹に響くような音と共に、花火が、夜の空に打ち上がった。
うおお…。すげえ…。
夜の花は何発も連続で打ち上がる。その姿は本当に火でできた花と言うにふさわしいほど、色とりどりの様子を示す。
花びらはキラキラと消えていき、また何発もの花火がそれを追うようにして、打ち上がっては消えていった。
観衆のざわめきを耳にしながら、俺は雪ノ下を見た。おお…なんてまぬけな声を発する彼女が、俺に話しかける。
「…きれいね、花火」
「…ああ、本当にすげえな」
俺と雪ノ下に見えているものは、多分違う。なんといっても、全く似ていない環境で育った、全然似ていない男女なのだ。8年間付き合ったところで、特に似ることもない2人なのだ。
それでも、そんな俺らがともに美しいと感じるならば、きっとこれは本当に美しいものなんだろう。由来が爆竹なのに、やるじゃねえか、花火…。
「ね?きれいでしょ、花火」
勝ち誇った子供のように、満面の笑みで言う雪ノ下。悔しいが、認めざるを得ないな、これは…。
「…ああ、きれいだな、すごく」
彼女の笑みに少しどぎまぎしながら、俺は返答する。ここで君の方がきれいだよ、なんて言えたらよかったのだけれど、あいにくそんな甲斐性は俺は持ち合わせちゃいない。
「…そういえば」
「あん?」
「もらってくれるの?」
雪ノ下がからかうような、そして、少し縋るような目で俺を見つめる。
やめろって、話を蒸し返さないでくれよ…。ただの俺の臆病な告白だ。情けねえ口説き文句だ。すげえ恥ずかしいし、それに、勘違いするから。
特に俺が、お前にこんな感情を抱いている今じゃ、その勘違いが手痛い被害を生み出しそうなんだから。
なによりこんな関係に縋ってるのは、俺の方なんだから。
「…ん、まあ、気が向いたらな」
「…私も、気が向いたら受け入れてあげるわよ」
どこか上機嫌そうに微笑む雪ノ下。…まあ仕方ないよな。酒も入ってるし、なんてったってリア充イベントの花火大会だ。こんなことを言ったって仕方ない。
むりくり俺を納得させて、酒をあおる。花火大会は始まったばかりなんだし、酒に溺れてこの感情は忘れてしまおう。
× × × × × × ×
「花火大会、楽しかったでしょう?」
「あーうん、すげえたのしかったわ」
「…あなた結構酔ってるわね」
「わりいな、ちょっと飲みすぎたわ」
あれから結構な本数の酒を空けてしまった俺の足下は現在ふらふらで、少し眠たくもなってきてしまった。花火大会も終わり、周りに大勢の人がいる中帰ろうとするその煩わしさも感じないほどに。
花火大会?すごい楽しかったさ。花火も幻想的で胸を打ったし、酒も上手かったしで。これからは呪うのはやめておこうと思うほどには、楽しかった。
…でも結局、雪ノ下に対するこの感情はいまだ消えていない。むしろ酔って警戒心が解けたからか、油断したら今すぐにでも口に出してしまいそうだ。酔った意味が本当にない。本当に、マズい。
5年ほど前に自覚したこの気持ちを、俺は一生打ち明けないつもりだった。なぜって、雪ノ下の重荷になりたくないし、あいつの足かせになりたくない。
あいつのそばに、曖昧なのに強制力だけは抜群な肩書きを持って立ちたくなんてない。だってそれがあいつの力になれるとは思わないから。それが、俺の美学であり、強がりだった。
「…ねえ、このあとどうする?」
縋るような目で、雪ノ下が言う。
ああ、くそ。
「いや、俺は帰る。もうフラフラだし」
「…そう」
ああもう、くそったれ。そんな顔すんなよ。これから先の関係を願ってるような目なんてすんなよ。
…いやでも多分、誤魔化された花火大会の理由が、これなんだろう。ならば、俺はその問いにどう答えればいいのだろう。
俺のこの美学は、もちろん彼女が俺になにも気持ちを抱いていないことが前提だ。数学は苦手だが、恐らく前提条件が間違っているこの状況なら、もう1度俺の美学を問い直さなきゃいけないんじゃないか?その場合、俺はどんな答えをだすのだろうか。
俺は。
「…今日さ、俺んち泊まっていかねえか」
「え、」
「最近まともな飯とか食ってねえんだよ、お前の飯がなんとなく食いたくなった」
もう本当に、遠回しで婉曲的な言い方しかできない自分がいやになる。
でも。
それでも。
俺は、こんな遠回しで、婉曲的な答えを出したのだ。間違った前提を正して、もう一度問い直して。
彼女に届かなくてもいい。つたわらなくたっていいさ、俺の自己満足なんだから。
雪ノ下は、
「…仕方ないわね、付き合ってあげる」
と返事をした。
「…助かる」
「いいえ、私も嬉しいもの」
…まあこれはあくまで少しの延命措置なんだけどな。遠回しでも婉曲的でもない俺の告白は、家に辿り着くまで待ってもらうとしよう。
とりあえず、神様に成功を祈る。また来年、同じ花火大会に少し違う形で行けますようにと、俺はそう願った。