俺ガイル短編SS集   作:ケビンコスナー

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プロポーズド

ベランダは風が結構強くて、夏なのに少し肌寒さを感じる。俺は、長袖のシャツを羽織りながら、タバコに火を着けた。何回か火が消えてしまって、いつもならイライラするこの時間が、今は少し愛おしい。

煙はいい…。ストレスや、思い出したくないことを全て洗い流してくれる…。平塚先生がしょっちゅう吸う理由が、今なら分かる。

煙をくゆらせながら、時間が過ぎていく。まだ少し、昨日の余韻が残っていて、珍しく何も考えずぼーっとしていた。

半分ほど吸い終わったところで、後ろから窓の開く音が聞こえた。振り返ると、雪ノ下が立っている。

 

「…おう、おはよう」

 

「…こんなに朝早くから吸うなんて、体に悪いわよ」

 

「今更だろ」

 

「それもそうね」

 

ふふふ、と雪ノ下が笑う。シルク地のネグリジェを着ている彼女は、朝起きたばかりだというのにやっぱりとても綺麗だ。

雪ノ下に合わせて3連休の休みをとって、その間中雪ノ下の家にずっとお世話になっていた。昨日が、3連休の最後の日で、今日から社畜に逆戻りだ。社畜に逆戻りって、脱走に失敗した約束のネバーランドみたいだな。

 

「にしても、起きるの早いな」

 

「あなたの感触がなくなったから」

 

「いやどういうことだよ…」

 

感触で俺を認識してるの?

 

「…三日三晩、ずっとくっついていたからよ」

 

急に下ネタを振る雪ノ下。しかも反応から察するに、彼女も恥ずかしかったみたいで。

 

「赤くなるなら言うなよ…」

 

「…恥ずかしいわ」

 

俺の毒づきにそう反応して、雪ノ下が俺の腕に絡みつく。赤くなった顔を、俺の二の腕に押しつけてきて、顔が見えなくなる。

…まあ確かに、三日三晩離さなかったのは俺だし、仕方ないよな。

 

「…タバコ吸いづれえ」

 

「それくらいいいでしょ?」

 

「…まあ」

 

適当に相槌を打ち、雪ノ下の頭をわしゃわしゃと撫でる。まだ恥ずかしいのか、彼女は顔を二の腕にくっつけながら、しばらくそのままだった。恥ずかしいとき、顔を俺のどこかに押し付けるのは、4年付き合って知った彼女の癖だ。

静かな時間が流れる。午前4時頃の街は、俺達しかいないかのように静まり返っている。2人の間に流れる暖かい空気が、心地よかった。

雪ノ下が同じ体勢のまま、口を開く。

 

「…プロポーズの台詞、あなたらしかったわね」

 

「やめてくれ。あそこで噛んだのは俺の黒歴史なんだ」

 

「今更じゃない?」

 

二の腕から、クスクスと笑い声が聞こえる。まあその通りではあるけど、あそこだけは失敗したくなかったのだ。「俺と、結婚してくじゃ」ってなんだよ…。クジャク?結婚してカラフルになっちゃうの?

憂鬱な気分を胸にタバコを吸っていると、雪ノ下が静かに口を開いた。

 

「…その黒歴史のおかげで、私と結婚できたのよ」

 

雪ノ下が、感謝しなさい、とでも言うように得意気な顔を俺に見せてくる。

ああ、それは本当に。

 

「…最高だな、黒歴史」

 

嘘だ。黒歴史は最高ではない。それでも、確かに、黒歴史は最高ではないけれども、黒歴史が導いてくれた結果だけは、胸を張って最高だと言える。本当に大好きで、一緒に生きていきたい人と、一緒に生きていけること、そして、それをこんなに幸せに感じるのも、俺の黒歴史のおかげなのかもしれない。

 

「あなたとももう、10年近くの付き合いになるのね…」

 

黒歴史つながりなのか、昔の話を振る雪ノ下。そうか、もうそんなに経つのか。10年前に比べて更に美しくなって、感情豊かになった彼女のことを思って、俺は煙混じりのため息を吐く。

 

「高二だっけか?奉仕部」

 

「そうね。出会った瞬間から私にアプローチしてきたから、どんな変人かと思ったわ」

 

「すぐバレる嘘ってついてて楽しいか?」

 

「楽しいわよ。私、ここ4年間、ずっと幸せだもの」

 

「…さいで」

 

ストレートに迫られると、何も言えない。心の底から幸せそうな雪ノ下に対して、俺はなんだかもごもごしてしまう。めちゃくちゃはずい。

 

「恥ずかしいって顔に書いてあるわよ」

 

「告白の時よりはマシだろ?」

 

「あの時よりドギマギしてる顔、一生見られない気がするわ」

 

「あの時は噛まなかったんだけどなあ…」

 

俺はため息をつき、吸い終わったタバコを、灰皿に捨てた。

大学卒業祝い、ということで、2人で1日遊んだ後、慣れない場所でした告白は成功したのに、家という慣れた場所でしたプロポーズはなんで失敗したのか。慣れた場所ほど油断する男、それが比企谷八幡…。ただのザコなんだよなあ。

いたずらっぽい笑みを浮かべて、雪ノ下が言う。

 

「子供が出来たら、一生いじられるわね、きっと」

 

「やめてくれ…」

 

威厳が1ミリもなくなってしまう。今更感はあるけれども。子供になめられてる自分を想像して、げんなりしてしまった。

そこでふと俺は気づいた。

 

「やっぱり、子供って欲しいもんなのか」

 

あんまりそういう素振りを見せない雪ノ下だったから、反対というわけではないけど少し意外だ。

穏やかな顔で、雪ノ下が問う。

 

「あなたは欲しくないの?」

 

「あー…」

 

正直なところ、どっちでもいいと言えばどっちでもいい。が、懸念点をあげるとするならば。

 

「まあ俺みたいな子供になることを考えるとな…」

 

もう今の俺はぼっちでも不幸でもないが、生きづらくなるのは確かだろうし。そこまでうまく教育できるとも思わんし。

 

「…それなら、大丈夫よ」

 

「あん?」

 

「きっと優しい子供に育つわ。私達の子供だもの。」

 

「…そうだな」

 

雪ノ下が言うなら間違いないな。なんていったって雪ノ下だし。

腕を俺の腰に回して、続けるように雪ノ下が口を開く。

 

「それに…その…」

 

「ん?」

 

「な、生でしてみたいとか…その…」

 

「…だから赤くなるなら言うなって…」

 

俺まで恥ずかしくなるだろ。生々しい話はベッドの上だけにしなさいって何度も言ってるでしょ。

顔を真っ赤にして、今度は俺の胸に横から顔を埋めてくる雪ノ下。ダメージは結構でかそうだ。

 

「お前結構むっつりだよな…」

 

「あなたほどじゃないわ。ベッドだと私いつも負けてるじゃない」

 

「落ち着けって。それに大体の男はベッドだとあんなもんだ」

 

「…そうなの?」

 

「ああ」

 

まあ知らんけど。でももしも戸塚があんなもんだったら…いやそれはそれでありだな。

なんだか戸塚のことを考えてたら、気持ち悪いニヤけ顔をしてしまったので、誤魔化すようにタバコに火をつける。

 

「…あー、あと、子供できたら禁煙しなきゃな」

 

「禁煙するの?」

 

「さすがにな。まあお前の目の前で吸いまくって今更感はあるけど」

 

「…私は吸ってる姿が好きだから構わないわ」

 

予想だにしない台詞に、少し驚く。普段はあまりいい顔をされるわけでもないから、尚更だ。

しかし、それに甘えるわけにもいかないよな。

 

「…それでも、お前と子供の前で吸うのだけはやめないと、な」

 

「あなたらしいわね」

 

雪ノ下が苦笑する。まあ、何回も禁煙に失敗してる俺を見たらそりゃ呆れたような反応になるわな。

 

「とりあえず目標は、平塚先生以外の前で吸わないことだな」

 

「…どうせなら、私の前だけで吸いなさいよ」

 

「いや、やっぱ長生きして欲しいし、」

 

「他の女に、吸ってる姿を見せて欲しくないの」

 

「…え、あ、はい」

 

顔を押しつけて、こもった声で言う雪ノ下。

…つまり、そういうことだよな。めちゃくちゃ嬉しい。まあ相手が平塚先生なのが残念ポイントだけれど。

雪ノ下の顔は見れていないが、多分真っ赤だ。そして、それ以上に俺が真っ赤だと思う。

 

「…」

 

雪ノ下が同じ体勢のまま、しばらく沈黙する。この空気、甘すぎてきついな。

 

「…なにか喋ってくれ。恥ずかしい」

 

「…あと1回、しない?」

 

「!?、ブホッ、ゲホッ」

 

思わず咳き込む。

 

「…だれもそんな爆弾発言しろとは言ってねえよ」

 

「…ダメ?」

 

「ちょっと、体力がな」

 

「…今日で最後なのに」

 

…まあ、それを言われると弱いわな。

それに、普段は俺から誘ってるから、やっぱりどこか嬉しくもあり。

 

「…1回だけな」

 

そりゃ断れるわけもなく。

雪ノ下が、満足そうに微笑む。

 

「ゴムってまだあんの?」

 

「3日で2ダース使い切ったのはどこのお猿さんかしら」

 

「…やっぱ俺の方がむっつりかもしれんな」

 

え、3日で2ダース…?そんなにやったっけ俺…?

 

「…無理って言っている時くらいは、責めを止めて欲しいわ」

 

「ベッド上での無理は、無理としてカウントされねえんだよ」

 

「…確かに、そうね…」

 

あ、そうなの?冗談のつもりだったのだが。ていうか、やっぱりあれはもっと責めて欲しいという意味で間違ってないのか。

 

「…やっぱお前の方がエッチだな」

 

「~~~!!」

 

無言で腹を殴ってくる雪ノ下。痛えよ。

 

「…先に戻ってるわ」

 

十分に殴りまくって満足したのか、やっぱり顔を真っ赤にしながら俺の腕を離れる雪ノ下に、俺は少し寂しさを感じた。この後どうせくっつきまくるんだけれど、それでも、な。

ああ、そうだ、これだけは言っておかなくては。

 

「…雪ノ下」

 

「もう雪ノ下じゃないわ」

 

「……雪乃」

 

「なに?八幡」

 

雪ノ下の綺麗な笑顔と、初めての名前呼びで、胸の奥がむず痒い熱さを持つ。おっかしいな、これから夫婦になろうというのになんでいまのでこんなにドギマギしてるんだ?相変わらずの自分のヘタレさが、少し悲しい。

思えば、プロポーズだって4年もかかってしまったし、なんならその間、由比ヶ浜、一色、果てはマイスウィートラブリーシスター小町にまで、とっととしろ、となじられ続けたのに、俺はその間ずっと誤魔化してきた。ずっと、俺は彼女にふさわしくないんじゃないかとか考えて、嫉妬の感情を見ないふりして、そんなことばかりしてきた。そんなんだから、昨日だって、雪ノ下に涙声で「…遅いわよ」なんて言われてしまうんだよな。本当にヘタレで申し訳ない。

でも、そんな自分が選び取ったのだ。この、世界で1番綺麗でかわいらしい、雪ノ下雪乃とこれから生きていくことを。(ベッドの上以外では)虚言を吐かず、美しくあろうとする女の子と一緒に死ぬことを。

だから。その始まりの日に、言いたい言葉がある。

そろそろ変わるからさ。今はこれで許してくれよ。

 

「…愛してる。雪乃」

 

少し驚いた表情の後、雪ノ下が応えた。

 

「…私も愛してる。八幡」

 

雪ノ下のその台詞に、全身が熱くなるのを感じる。2人で少し見つめ合って、その後で笑った。似合わないわね、うるせえな、なんていう、そんな応酬も暖かく感じられる。

じゃあ、待ってるから、と一言残して、雪ノ下は窓を開け、ベッドに戻る。なんだかくすぐったい気持ちを胸に、俺はタバコを吸いながら街を眺めた。

…すこし明るくなっている。もう朝日が上ってきたのか。

夏の朝は早い。少しの切なさと、多めの幸福感を胸に、俺は最後のタバコを揉み消した。

 

× × × × × × ×

 

規則正しい生活をしている私ではあるけれど、今日はなんだか違和感を感じ、午前4時という中途半端な時間に目覚めてしまった。目覚めて、私はその理由に気づく。

そうか、比企谷君が、隣にいないからか。

当たりを見渡すと、いつものようにタバコを吸っている彼の姿が見える。私は、少し髪の毛を整えて、ベランダのドアを開けた。

 

「…おう、おはよう」

 

…昨日あんなことがあったのに、なんだかいつも通りの表情をしている彼。なんだかニヤけてしまいそうな私がバカみたいじゃない。

精一杯強がって、私は嫌みを言う。

 

「…こんなに朝早くから吸うなんて、体に悪いわよ」

 

「今更だろ」

 

「それもそうね」

 

比企谷君が少し笑う。彼のことを知らないと全く気づかないけれど、彼は笑うとき少しだけ口角が上がるらしい。最初は、そんなのわかるわけじゃない、と呆れていたけれど、私だけがこのことを知っていると思うと、なんだか嬉しくなってしまう。

タバコを吸いながら、比企谷君が口を開く。

 

「にしても、起きるの早いな」

 

「あなたの感触がなくなったから」

 

「いやどういうことだよ…」

 

「…三日三晩、ずっとくっついていたからよ」

 

…言い終わった後に思ったけれど、完全に下ネタね、これ。恥ずかしくなってしまって、私は比企谷君の腕をとった。

 

「赤くなるなら言うなよ…」

 

「…恥ずかしいわ」

 

「…タバコ吸いづれえ」

 

静かに比企谷君が呟く。せっかく私が腕を組んでるのに、なんでそんなに冷たいのかしら。

 

「それくらいいいでしょ?」

 

「…まあ」

 

比企谷君が、私の頭を撫でる。タバコの香りが、私の胸を満たす。少し乱暴なのに、確かに感じる優しさが心地よくて、私は顔を二の腕に押し付けた。

しばらくこの体勢のまま、私は昨日のことを思い出していた。あまりに前触れが無くて、びっくりして泣いてしまった昨日の夜を。比企谷君は大事な台詞を噛んでしまうし、少し締まらなかったけれど、本当に嬉しくて、幸せで、今もその熱の中に私はいる。

そう思うと、自然と口が開いた。

 

「…プロポーズの台詞、あなたらしかったわね」

 

「やめてくれ。あそこで噛んだのは俺の黒歴史なんだ」

 

「今更じゃない?」

 

クスクスと私は笑った。比企谷君は、憂鬱そうにタバコを吸う。

そう、本当に今更なのだ。比企谷君がやっぱり不健康そうなのも、大事なことほど失敗してしまうことも。

でも。

 

「…その黒歴史のおかげで、私と結婚できたのよ」

 

私は、そんな比企谷君の側に、今立っているのだ。この私の隣にいれるなんて、黒歴史も捨てたものじゃないでしょ?

 

「…最高だな、黒歴史」

 

自嘲混じりで比企谷君が言う。私は彼に得意気な顔を見せながら、ふと私達が出会ったときのことを思い出す。初めて出会ったときはあんなに険悪だった私達が、今こうしているのは、意外なようで、でも10年前の私に言ったら信じてしまうような、そんな気がする。

 

「あなたとももう、10年近くの付き合いになるのね…」

 

「高二だっけか?奉仕部」

 

「そうね。出会った瞬間から私にアプローチしてきたから、どんな変人かと思ったわ」

 

「すぐバレる嘘ってついてて楽しいか?」

 

私に近づこうとしたという意味ではアプローチでしょ。なんだか悔しくて、私は彼をからかいたくなる。

 

「楽しいわよ。私、ここ4年間、ずっと幸せだもの」

 

「…さいで」

 

…やっぱり、比企谷君を困らせるのはこういうストレートな台詞ね。10年間の付き合いで覚えた、彼専用の処世術だ。もごもごしている彼は、10年前から変わらなくて、私は安心する。

 

「恥ずかしいって顔に書いてあるわよ」

 

「告白の時よりはマシだろ?」

 

彼の台詞に、思わず笑ってしまう私。告白の時の顔、ひどかったじゃない、あなた。

 

「あの時よりドギマギしてる顔、一生見られない気がするわ」

 

出会ってから6年で、ようやく告白してくれたあの時間を思い出す。大学卒業祝いということで、彼が私を誘ってくれて1泊2日の旅行に行ったのだ。最後、サヨナラを言う前の、彼の告白するときの顔は、昨日のそれよりも慌てふためいていて、でも私も多分似たようなものだった。あの時も、私は、遅いわよ、と言って泣きそうな気持ちを誤魔化していた気がする。

 

「あの時は噛まなかったんだけどなあ…」

 

「子供が出来たら、一生いじられるわね、きっと」

 

「やめてくれ…」

 

比企谷君がうんざりするような表情を浮かべる。絶対に子供達に言おうと、私は秘かに決心をする。

すると、彼がおもむろに口を開いた。

 

「やっぱり、子供って欲しいもんなのか」

 

私は少し驚く。彼は割と子供好きだったはずだ。

 

「あなたは欲しくないの?」

 

「あー…まあ俺みたいな子供になることを考えるとな…」

 

彼が頭を掻きながら、少し気まずそうに言う。そうか、比企谷君は育てるところに不安があるのか。

どれだけ意識したって、私達は私達なのだから、確かにあなたみたいな子供が生まれるかもしれない。

でも。

 

「…それなら、大丈夫よ」

 

「あん?」

 

怪訝そうな顔をする比企谷君。そう、絶対に大丈夫。

 

「きっと優しい子供に育つわ。私達の子供だもの。」

 

「…そうだな」

 

ひねくれながらも、まっすぐ育つわよ、きっと。

それに、子供が欲しい理由もある。

 

「それに…その…」

 

「ん?」

 

「な、生でしてみたいとか…その…」

 

言ってから、やめておけば良かったと後悔する。完全に痴女じゃない。

 

「…だから赤くなるなら言うなって…。お前結構むっつりだよな…」

 

「あなたほどじゃないわ。ベッドだと私いつも負けてるじゃない」

 

「落ち着けって。それに大体の男はベッドだとあんなもんだ」

 

「…そうなの?」

 

「ああ」

 

なんだか納得いかず、少し私は頬を膨らます。でも、これ以上話しても墓穴をほるだけな気がして、私は口を閉じた。いつの間にか腰に回されてる腕のことを聞かれたら、恥ずかしすぎて死んでしまうかもしれない。

比企谷君が、2本目のタバコに火をつける。私が煙の行く先を眺めていると、彼が何かを思い出したかのように言った。

 

「…あー、あと、子供できたら禁煙しなきゃな」

 

「禁煙するの?」

 

今まで幾度となく禁煙に失敗している彼のその台詞に、私は苦笑交じりで反応する。

 

「さすがにな。まあお前の目の前で吸いまくって今更感はあるけど」

 

少し申し訳なさそうに言う比企谷君。

 

「…私は吸ってる姿が好きだから構わないわ」

 

「…それでも、お前と子供の前で吸うのだけはやめないとな」

 

「あなたらしいわね」

 

苦笑交じりで比企谷君が反応した。今度の禁煙は成功すると良いわね、と私も笑う。と同時に、いつの間にか子供を作ることに乗り気な比企谷君に、少し嬉しくなった。思わず腰を強く握る。

 

「とりあえず目標は、平塚先生以外の前で吸わないことだな」

 

なんでもないかのように口を開いた比企谷君の台詞に、少し胸が苦しくなった。別に平塚先生と飲むからって、何かがあるわけないことは私もよく知っているけれど。

 

「…どうせなら、私の前だけで吸いなさいよ」

 

「いや、やっぱ長生きして欲しいし、」

 

彼の台詞を遮るように言う。

 

「他の女に、吸ってる姿を見せて欲しくないの」

 

「…え、あ、はい」

 

赤くなる表情を誤魔化すため、比企谷君の腕に顔を押し付けた。嫉妬の感情をぶつけたのは初めてだったから、彼がどんな反応をするかなんて分からないけれど、声色的に恥ずかしがってるらしい。私は少し安堵して、しばらくそのままの体勢で固まる。甘すぎるこの雰囲気に、しばらく身を委ねる。

 

「…なにか喋ってくれ。恥ずかしい」

 

居心地の悪さを掻き消すように比企谷君が言った。私は、もう少しこの雰囲気を楽しんでいたくて、だから恥ずかしいことを言いたくなって。

 

「…あと1回、しない?」

 

「!?、ブホッ、ゲホッ」

 

比企谷君が咳き込む。改めて聞いても問題発言だけど、今日くらいは、ね?

 

「…だれもそんな爆弾発言しろとは言ってねえよ」

 

「…ダメ?」

 

「ちょっと、体力がな」

 

「…今日で最後なのに」

 

彼の目を見つめて、恨めしそうに言う。

 

「…1回だけな」

 

比企谷君が承諾した。これからはいつでも会えるだろ、とか言い出さない当たり、やっぱりあなたも満更じゃないんじゃない。

比企谷君が私に聞く。

 

「ゴムってまだあんの?」

 

「3日で2ダース使い切ったのはどこのお猿さんかしら」

 

「…やっぱ俺の方がむっつりかもしれんな」

 

なんだか意外そうな顔をしている比企谷君だけれど、こういう長い休みの時はいつもそんな感じよ、あなた。いつも最初に限界を迎えるのは私で。次の日最後まで寝ているのも私で。

 

「…無理って言っている時くらいは、責めを止めて欲しいわ」

 

ベッド上でいつもわがままを聞いているのも私。

それを許している私に感謝しなさい、と言う意味を込めて笑うと、彼はふっと笑って私に言う。

 

「ベッド上での無理は、無理としてカウントされねえんだよ」

 

…何を言っているのか分からないけれど、なんとなく分かってしまうのが悔しかった。心当たりもある。

 

「…確かに、そうね…」

 

「…やっぱお前の方がエッチだな」

 

その台詞に、反射的にそんなわけないでしょ、と反応したくなった。でも、今までの4年間を思い返すと、否定できないのが恥ずかしくて、私は行き場のない気持ちを比企谷君にぶつける。

 

「~~~!!」

 

そんな私を、涼しい微笑で見つめる比企谷君。もう、本当に、あなたって人は。

 

「…先に戻ってるわ」

 

離れる寂しさを押し殺して、私はベッドに向かう。お風呂に入って、化粧を少しして…、と、このあとの予定を考えていると、ふと後ろから声をかけられた。

 

「…雪ノ下」

 

…甲斐性なし。心の中で彼に毒づく。

 

「もう雪ノ下じゃないわ」

 

これから先、呼び方に困らないように。

少しドギマギしている彼の表情を見つめる。

 

「……雪乃」

 

「なに?八幡」

 

お互い初めての名前呼びで、頭の中が熱くなった。それにしても、急に何?

 

「…愛してる。雪乃」

 

真剣な表情で、彼が言う。昨日も言ってくれたその台詞は、今聞いてもやっぱり嬉しくて、午前4時の気怠さと相まって心地いい気分を迎え入れてくる。

ありがとう。私と一緒に居てくれて。初めて付き合った人があなただったから、私もよく分からないことばかりで、本当にあなたを傷つけていないか、いつも不安だった。告白の時も、昨日も、遅いわよ、なんて言って、内心の喜びを伝えられなくて、比企谷君は優しいからもしかしたら気にしているかもしれない。

だから、今日こそは。ひねくれずに、素直に。

 

「…私も愛してる。八幡」

 

私が言い終わった後、2人で見つめ合って、その後、恥ずかしさを誤魔化すように笑った。似合わないわね、と、やっぱり素直になれない私を、これから変えていきたいと、そう思う。

じゃあ、待ってるから、と一言残して、私は部屋に入った。とりあえずベッド上では素直になろうと私は決意しながら、彼がタバコを吸うのを眺める。

じゃあ、待ってるから、と声をかけて、私は部屋に入った。とりあえずベッド上では素直になろうと私は決意しながら、彼がタバコを吸うのを眺める。

…私は、今日の比企谷君の後ろ姿を、一生忘れないんだろうな。

朝の匂いを感じて、夏の朝の早さに少し切なくなる。私は、まだ熱い体を預けるように、バスルームのドアを開けた。




Twitter:@lucky7boy51
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