・ゲーム準拠で765Pと283Pは台詞ありです。
「おっはよー、プロデューサー!」
静かであった部屋に元気な挨拶が響く。
作業をしていたプロデューサーが声の方へと振り向くとそこにいたのは一人の笑顔を浮かべた少女だった。
日本人離れした鮮やかな青い瞳と白い肌、そして長い金の髪を二つに縛っている。
「おはよう、めぐる。今日はオフのはずだけど……どうしたんだ?」
念のための確認か、プロデューサーはホワイトボードに書かれている八宮めぐるの欄を指差した。
そしてプロデューサーの言葉通りめぐるの仕事の予定はないはずである。
「えへへ、近くに来たから寄っちゃおうかなって」
屈託のない明るい笑顔でめぐるは理由を語った。
要はついでなのだが、彼女はとても嬉しく楽しそうにキョロキョロと事務所の中を眺めている。
「あれ、みんないないの?」
「そうだな、みんなオフか仕事が入ってる」
「はづきさんも?」
「はづきさんは他のバイトだそうだ、ちなみに社長は会合に出かけてる」
「みんな忙しいんだね」
そんなことを言うめぐるの表情はどこか寂しそうだ。
わざわざ寄っているということは、みんなに会いたかったのだろう。
「ああ、迎えに行く時間までまだ余裕もあるし。本当に今日は静かな日だ」
プロデューサーは時間を確認しながらめぐるに一応の予定を伝えている。
アイドルが仕事に出ていてプロデューサーが事務所にいるということは、合間の時間に進めておかなければいけない書類仕事などがあるのかもしれない。
既に動いている企画がいくつかあるということだろう。
「喜ばしいことなんだけど、いざ事務所に一人ってなると寂しいな。いつもがいつもなだけに」
「じゃあ、わたしに会えて元気出たかな?」
めぐるはただただ純粋にそう思っているのか、上目がちにプロデューサーの反応を伺う。
こういった自然に距離感が近いと思わせるのは彼女の魅力の一つだ。
そしてめぐるのこういった距離感は同級生の男子を泣かせることだろう。
「そうだな、めぐるの元気そうな姿を見ることができて安心したよ。ちゃんと元気をもらえた」
「それなら良かった、みんなには会えなかったけど来た甲斐があったよ~!」
弾ける笑顔とでも言うのだろうか、めぐるの明るい表情は見る人も笑顔にする力がある。
それを証明するようにプロデューサーも笑顔になっている。
「まだ分からないぞ、オフなんだから買い物とかに行けば誰かにばったり会うかもしれない」
「本当に!? じゃあ行ってくるよ!」
善は急げとばかりに勢い良く立ち上がっためぐるは即座に事務所の入り口へと向かい始めた。
あまりに迅速な行動だからかただ眺めるだけになっていたプロデューサーは、靴を履き替えようとするめぐるに声をかけた。
「急ぎすぎてケガしたりするんじゃないぞ」
「分かった、それじゃあ……あー!!」
何かに気づいたのか、それとも思い出したのか、めぐるは履きかけた靴をもう一度脱いでプロデューサーの元へと戻ってくる。
当然、何事か理解していないプロデューサーは不思議そうに彼女を見つめている。
「差し入れ持ってきたの忘れてたよ、はいプロデューサー! これ、アンティーカのみんなが宣伝してた缶コーヒー! 見つけたから買っちゃったんだ~!」
事務所の仲間に縁のあるものだからか、めぐるはかなり嬉しそうな表情で缶コーヒーをプロデューサーに差し出す。
少し驚いていた様子だったプロデューサーだが、すぐに笑顔に戻り受け取った。
「ありがとう、めぐる。少し集中力が落ちてきてたから助かるよ」
「うん! それじゃあ、引き続きお仕事がんばってね、プロデューサー!」
プロデューサーの反応に喜びつつめぐるは再度立ち上がり、今度こそ事務所から去っていった。
そんな彼女の後姿を見送ると、プロデューサーは息を吐いた。
優しそうな表情からして呆れているわけではないようだ。
「めぐる、誰かに会えるといいな」
そう言ってプロデューサーは缶コーヒーの蓋を開けた。
「プロデューサー!」
静かであった事務室に怒気をこめた声が響く。
作業をしていたプロデューサーが視線を上げるとそこにいたのは一人の険しい表情をした少女だった。
艶のある長い黒髪に端整な顔立ち、これだけならば美しい少女で終わるのだが、余裕のない表情がそれらを台無しにしてしまっている。
「静香、どうしたんだ?」
「どうもこうもありません、どうして私の予定がオフばかりになっているんですか!?」
彼女はホワイトボードの最上静香と書かれている辺りを指差して疑問を口にしている。
しかし、プロデューサーは不思議そうな表情でそれを聞いている。
当然だ、静香の予定は仕事のない日はレッスンとオフが半々といった別段おかしいところのない予定だからだ。
多忙な売れっ子ならともかく、まだ仕事もそこまで入らない駆け出しならばもう少しレッスンが多い程度が普通と考えられる。
「それは静香がレッスンをしたがるからだ、先月はオフの日も全て自主レッスンをしに来てたじゃないか」
「当たり前じゃないですか、私にはまだまだ足りない部分が多いんです。長い目で見る、なんて悠長なことを言っていられないんです!」
主張をする度に静香の表情から余裕が消えていく。
プロデューサーが休ませたがる理由がよく分かる表情だ、今の彼女が笑顔を見せようとしても歪なものになってしまうはずである。
そこに無理をして練習をした疲労が加わればとても舞台に上げられる状態ではなくなってしまう。
「苦手なことこそ、一朝一夕で改善できるものじゃない。疲れている状態ならなおさらだ。だからまずは休むことも仕事の一つであることを理解してほしい」
「で、でも、私には時間が……」
正論だけでは引き下がらない様子の静香を見て、プロデューサーは小さくため息を吐いた。
呆れたとか、馬鹿にしているとか、そういったものではなく単にあまり使いたくない手段を使うつもりなのか表情にやや躊躇いが見える。
もっとも、静香はそんな表情に気づけない程度には余裕がないようで怒気を含んだ表情のままである。
「……あー、困ったな。やる気があるのは嬉しいんだけど、オフの日にまで自主的に練習とかされると仕事が入れにくくて本当に困ったなー」
「うっ……そういうのはずるいと思います……!」
休めと言っても休まないならこうするしかないという発言に対して、静香は正面から反論することはできないようだ。
どれだけレッスンをしようが仕事を与えられなければその努力は活かすことはできない。
そのことを静香も理解はしているのだ。
「ずるくはないだろ、無理して過剰なレッスンをするアイドルに仕事を与えるのは迷うじゃないか。根を詰めすぎないでもう少し楽しむくらいの余裕をだな」
「子供扱いをしないでください、自己管理くらいできます!」
プロデューサーの言葉は心配からきているのだろうが、それが静香としては受け入れがたいと感じたらしい。
彼女の目線は少し睨みつけるような鋭いものへと変わりつつある。
「自分が大丈夫だと思っていてもそうは見えないことだってある、現に今の静香は少し疲れが見えるぞ。声を聞いてもそう感じられる」
「え……」
問題はないと思っていたのか、静香はプロデューサーの言葉に驚いている様子だ。
少しショックを受けているようにさえ見える。
「とにかく、今日はオフだ。休んでもらう。自主レッスンもなしだ、いいな?」
「……はい……」
一応は納得したのか、静香は大人しくプロデューサーの指示を聞き部屋から出て行った。
プロデューサーはその後姿を心配そうに見守っていた。
「静香、分かってくれたかな……。次に進むためにも、準備はしっかりとできているんだから後は……分かってくれるといいんだけど」
そんなことを呟いてプロデューサーはとある申請用の用紙へと視線を落とした。
それは新人アイドルの祭典と呼ばれているW.I.N.G.の予選に参加するユニットを登録をするためのものだった。
既にそこには静香の名前も記入されているようだ。
ユニットとして活動していくからこそ、周りを見ることができる冷静さも持って欲しいということなのだろう。
プロデューサーは気持ちを切り替えるために一呼吸入れてから、自分の仕事に戻るのだった。
休日の町中は人も車も多く活気に溢れている。
そんな中をめぐるは鼻歌交じりに楽しそうに歩いていた。
歩いている人たちの様々な表情を眺めたり、通りがかったアパレルやアクセサリーの店をウィンドウショッピングしたりして楽しんでいる様子だ。
もちろん、彼女はとても人目を引く容姿なので互いに目が合うこともあるのだが、そのときめぐるは声はかけないが必ず明るく笑いかける。
営業スマイルというわけではなく、目が合ったことを喜ぶような笑顔なので不快に感じる人はかなり少ないだろう。
「ん? あれ?」
オフを散歩のような形で楽しんでいためぐるであったが、プロデューサーの言葉も信じていたのか知人友人を探すように見回すこともしていた。
その行動が結果を出したのか、彼女は見覚えのある後ろ姿を見つけたようだ。
長く黒い髪をハーフアップにしてまとめている。
考え事をしているのか、視線が下目に向いているように見えることも判断材料だろうか。
そんな後姿の女性に対して、もはや知っている人物だと確信したのかめぐるは弾ける笑顔で走り出していた。
「ひーおーりー!!」
タックル……とまではいかないが、それなりの勢いで、誰かの名前を叫びながらめぐるは背後から抱きついた。
「ひゃあ!? だ、誰ですか!?」
当然、いきなり背後から勢いよく抱きつかれたら誰でも驚く。
彼女も例外ではなく声をあげて驚き、不意打ちしてきた誰かの顔を確認しようとするがさすがに見えない様子。
「もしかして未来? ……じゃないですね」
「またまた灯織ってば冗談言って~……あれ、わたしより背が高い! 灯織じゃないの!?」
ようやく手を離し顔を確認すると、お互いに動きが完全に停止した。
周囲に人が歩いていなければ時が止まっているのかと誤解しそうな程だ。
「あー……ごめんね、人違いだったみたい」
めぐるは人違いであることを正面から見て再確認すると、素直に謝った。
その様子を見た少女はため息を吐く。
「知り合いかと思っても、きちんと確認をしてから声をかけた方がいいと思いますよ」
注意をする少女であったが、めぐるは少女の顔をじっと見ながら今度はなにやら腕を組んで考え込んでいる。
「な、なんですか?」
少女はなぜかソワソワとし始め、めぐると目を合わせないようにしている。
あまり顔をしっかりと見られたくないのだろうか。
「なんかどこかで見たことがある」
「そ、そうですか? 初対面ですよ?」
「会ったことはないよ、たしか……そう、灯織がライバルのことも知っておかないとって持ってきてた雑誌に載ってた!」
「ざ、雑誌……ってライバル……?」
めぐるから出てくる言葉に驚きつつも、少女はライバルという言葉に最も動揺を見せた。
そして、めぐるが話を続けようとしているのを見て彼女の表情が強張り始めている。
「なんだか印象に残ってたから覚えてるよ、765プロの――」
「わー!! わー!! 待って、ちょっと待ってくださいっ!!」
少女は手を激しくバタバタと動かしながらめぐるの言葉を遮る。
対してめぐるは話は止めたが理解できていないのか不思議そうに少女を眺めている。
「どうしたの?」
「こんな場所でそういう話はやめましょう。……ええと、時間ありますか?」
「あるよ、わたし今日オフだから!」
「どこか落ち着ける場所に移動しませんか?」
「うん、いいよ! せっかくこうして出会えたんだから話してみたいって思ってたんだ!」
少女の提案が嬉しかったのか、めぐるは明るい笑顔を浮かべた。
疲れた表情だった少女もつられて口角が微かに上がっている。
「では移動しましょうか、ここに立っていては迷惑になってしまいますから」
「そうだね、レッツゴー! えへへ、楽しみだな~!」
ずっと楽しそうなめぐるを見て、一つ息を吐いてから少女も控えめな笑顔を見せた。
「改めまして、765プロダクション所属の最上静香です」
静香は淡々と自己紹介を済ませた、勢いでこのような状況になってしまっただけなのでそこまで乗り気ではないのだろう。
そもそも、違う事務所のアイドルであるめぐると何を話せばいいのか分からないのかもしれない。
初対面である以上当たり前ではある。
「283プロの八宮めぐるだよ、よろしくね!」
一方のめぐるは笑顔が絶えない、違う事務所のアイドルと話をする機会など滅多にないから楽しいのだろう。
そんな二人は既に飲み物を注文した後のようでグラスが置かれている。
静香の飲み物だけ少々減りが早いのは緊張しているのだろうか。
店内には客はそこまでおらず、確かに落ち着いて会話はできるだろう。
しかし、このカフェはこの集客で経営は大丈夫なのだろうか、それとも店が開いているのが不規則だからこの程度なのだろうか。
不規則である理由は分からないがそういう店もあるのかもしれない。
「あの、八宮さん……」
「めぐるでいいよ、わたしも静香って呼ぶから」
これもなにかのめぐり合わせで既に友達だ、とでも言うかのようにめぐるはどこか柔らかな笑顔を浮かべている。
初対面でこの対応は話しやすくありがたいもののはずだ。
たださすがに距離感が近すぎたのか静香は戸惑っている様子。
「ええと……その、めぐるさんは最近デビューした新人のアイドルなんですか?」
「そうだよ、たしか静香もだよね?」
「はい、だから私たちはライバルということですね」
ニコリともせず静香は淡々と話を進めている。
結果を出すために争わなければいけない相手なのだと事実確認をしているだけだといった様子だ。
「うん、お互いにがんばろうね!」
一方のめぐるは違う事務所のアイドルとプライベートで会えただけでなくこうして話ができていることが楽しくて仕方がないようだ。
静香に声をかけてからずっと明るい笑顔が絶えない。
しかし、その反応が理解できないのか静香の表情は怪訝なものへと変化していく。
「ライバルですよ、分かっているんですか? 結果を出して上を目指すために争うことになるんです、最終的に椅子は一つしかないんですから」
「そうかもしれないけど、どんな結果になっても全力でがんばろうねって話をするのは悪いことでもなんでもないよ?」
「たしかに……そうですけど……」
めぐるのような考え方は静香の中にはなかったのか、やや驚いた顔を見せ言葉に詰まっている。
同じ事務所ならばまだそう考えることはできたかもしれないが、めぐるは違う事務所だ。
仲間という要素が一切ない以上は静香の考え方の方が恐らく一般的だろう、表面上は無難な対応をするとしてもだ。
しかし、めぐるのような考え方の人がいるのもまた当然ではある。
「せっかくアイドルになれて、色んな人たちに出会えるんだから、わたしは楽しみながらもちろん真剣に全力でがんばりたいんだ」
「…………」
「静香は違うの?」
「私はアイドルになるのが夢なんです、今のような駆け出しではなく……みんなから認められる立派なアイドルに。でも、時間は待ってくれません。楽しんで、真剣に、一つずつ、なんて言ってはいられないんです」
静香は少し余裕がなさそうな表情で語る。
冗談でもなんでもなく、ただただこれだけが自分にとっての現実であると言うかのように。
しかし、めぐるは不思議そうな顔をして聞いている。
理解できていない、というよりは彼女にとって感じたことはただ一つというだけなのだろう。
「急いで結果を出さなきゃっていうのは分かったけど、それって楽しむことはできないのかな?」
「え!?」
本当に静香は驚いている。
気づいていなかったのか、あるいはその考えに及ばないほど余裕がなかったのか。
「だって、走ることが大好きならジョギングでも全力疾走でもきっと楽しいでしょ?」
めぐるの主張はただただ単純、時間がないとしても、その短い中で全力で走り続けても、本当に好きならば楽しむことはできるはず。
大切な夢であるからこそ、例え苦しい状況だとしても楽しむことを見出せないのは勿体無いという考えだろうか。
「その発想は……私にはありませんでした」
「大切な夢なら、なおさら楽しむ気持ちは大事にしないと勿体無いと思うんだよね。あっ、わたしはそう思うっていうだけだよ?」
「分かっています、めぐるさんの言うように楽しむ気持ちを大事にした方がいいということも……」
静香はめぐるの主張に理解を示した後、何かを思案するように視線が下を向いた。
めぐるもそのことに気づき声をかける。
「静香、どうかした?」
「いえ……その、プロデューサーに言われたことが今になって少し……理解できた気がしただけです」
「言われたって、楽しむこと?」
「はい、少しは楽しむ余裕を持てと言われたんですけど、そういうことだったのかな……と」
真面目に思案している静香を見て、めぐるは特に考える様子もなく明るく笑いかけた。
彼女にとってそこまで考えるまでもない結論だったのだろうか。
「きっとそうだよ! 実は静香の後ろ姿を見て、灯織が悩んでるみたいに見えたから笑ってほしくてガバッといったんだ!」
第三者であるめぐるから見ても今の静香は余裕がなく苦しそうに見えた。
だからこそ笑ってほしいと感じ行動しためぐると、言葉で伝えようとしたプロデューサーの意図は近いものがある。
「そ、そうだったんですね……。……その、めぐるさんがよく口にする灯織さんという人はもしかして、ユニットの?」
「うん、ユニットには灯織の他に真乃もいるんだけどね、二人はわたしの大切な仲間なんだ!」
「…………」
一寸の迷いもなく笑顔で言い切るめぐるの表情に静香は目を奪われている。
この反応から察するに静香はまだユニットでの活動を始めてはいないのだろう。
「静香はユニット活動は?」
「まだです」
「そうなんだね、きっとユニット活動が始まったら素敵な仲間に会えるよ!」
「まあ、たしかに事務所に悪い人はいないとは思っていますが……」
そう話す静香の表情からは嫌悪であったり拒絶の感情は一切ない。
まだまだ心を開くには至っていないものの、言葉通り悪い人はいないという信頼はあるのだろう。
「今はそうかもしれないけど、ユニットが始まって気がついたら大切だって思うようになってるんじゃないかな」
「なるほど……経験者は語る、ということですね」
「えへへ、経験者といってもユニットでデビューしたからわたしはまだソロの経験がないんだけどね」
「順番が私とは逆なんですね、こういったところで事務所の方針の違いが見えるのは興味深いです」
静香は本当に興味を持ったのかじっくりと考察をしている様子。
恐らくは、765プロが先輩となるアイドルたちがいるのに対し283プロは新興の事務所だからという理由も大きいはずだ。
プロデュースのいろはから以前の仕事からの繋がり等、アドバンテージは多くある。
「せっかくだし、色々な話をしようよ! 次に会えるのはいつになるか分からないんだし!」
「……話せる範囲でなら」
「あ、そっか……少し気をつけながら話をしないとね」
「その通りです。ただ、私にとっても貴重な機会ですし話をすること自体は歓迎しますよ」
そう言って静香は穏やかに笑った、するとめぐるも弾けるような笑顔で返す。
本来交わるはずのなかった二人のアイドルだが、人違いという接点から繋がりが生まれた。
ここからの会話も実のあるものかは分からないが、明日からは学業と仕事で簡単には会えなくなる。
それを惜しむように、二人は楽しそうに限りある時間を過ごすのだった。
「あっという間だったね」
カフェでの雑談が終わり店の外に出るとめぐるは寂しそうな笑みを浮かべながらそう呟いた。
彼女にとっては、会話の中身の質というのは勘定には入っていないのだろう。
「そうですね、あまり実のある話はできませんでしたけど……その、楽しかったです」
静香は照れくさそうに笑っている、得るものが少なかったとしてもそこは問題にならなかったようだ。
彼女にとっても、この時間は得難いものだったのだろう。
「次に会えるとしたら、お仕事でバッタリとかかな?」
「何を言っているんですか、W.I.N.Gの本戦で会えるでしょう?」
めぐるの言葉に対し、静香は新人アイドルの登竜門とも呼ばれているW.I.N.Gの予選を越えた先で再会できると返した。
絶対にそうなると思っているのか彼女の表情はどこか得意気である。
あるいは、静香は最初から優勝するつもりで準備を進めていたのかもしれない。結果としてプロューサーに心配をされてしまったが。
「そっか、そうだね……! できれば決勝で会えたらいいな!」
「仮にそうなったとしても負けるつもりはありませんから」
「わたしだって、どんな結果になっても胸を張れるくらい全力で挑むよ」
静香もめぐるもいい表情で向かい合っている。
少々悩んでいた様子であった静香も今は実に晴れやかな顔をしている。
それを感じ取っていたからこそ、今の表情を見てめぐるも嬉しそうなのだろう。
「では、私は帰ります。またW.I.N.Gで会いましょう、めぐるさん」
「うん、約束だからね、静香!」
大きく手を振るめぐるを笑顔で一瞥してから静香は帰路についた。
その背中が見えなくなるまでめぐるはずっと見送っている。
「よーし、明日からまた頑張るぞ~! あっ、そうだ!」
静香が見えなくなってから、めぐるは何かに気づきスマートフォンを取り出し誰かに電話をかけ始めた。
相手はプロデューサーだろうか、それとも……。
「もしもし、灯織? あのね、ありがとう!」
静香と知り合えたきっかけだからか、めぐるは灯織に感謝の気持ちを伝えたかったらしい。
ただし、相手はなんのことなのか一切分からないのだが。
「えっとね、実は――」
めぐるは今日の経緯を説明し始めた、彼女が帰路につくのはもう少し後になるようだ。
事務室にノックの音が響く、部屋にはプロデューサーだけなので聞こえないということもないだろう。
「どうぞ」
誰かが来るという話はなかったようで、プロデューサーは少し首を傾げたが待たせるわけにもいかないのですぐに声をかけた。
「失礼します」
部屋に入ってきたのは静香だった。
ただ何時間か前の彼女とは違い、焦りが消えたような穏やかさがある。
「…………」
「プロデューサー、どうかしましたか?」
「いや……それはこっちの台詞かな、この短時間でなにかあったのか?」
静香は僅かに驚いた表情を見せた。
顔つきで分かるということが本当だったと理解できたからか、それとも顔を見て分かるほどに見てくれているということに対しての驚きなのか。
どちらにせよ、彼女の表情は気がつけば落ち着いたものへと戻っていた。
「別の事務所のアイドルの人に出会いました、そして話をして……私がどれだけ余裕がなかったのかを少し自覚できました」
「そうか、なら今後はもうちょっと余裕を持ってもらえるのかな」
「……私に時間がないことに変わりはありません。でも……そうですね、かけがえのない夢を追いかけていられるこの時間を……大切にしたい、とは思っています」
静香の言葉を聞き、プロデューサーは嬉しそうに頷く。
彼女に得てほしいと感じていたものを、まだ少しかもしれないが手に入れてくれたからだ。
「安心したよ、これですぐにでも次のステップに進めるな」
「次のステップ?」
「ああ、ユニット活動だ。765プロの新人39人が最初に目指すW.I.N.Gはユニット単位での参加になるからな」
「ユニット……」
「ええと、もし嫌ならソロユニットで予選に登録することはできるけど」
プロデューサーは念の為に静香に確認をしておきたいようだ、嫌がっているのにユニットを組ませたら対立して決裂という展開を避けたいのだろう。
彼女の反応が鈍く肯定か拒否か判断しにくいからということもあるかもしれない。
「いえ、やりたいです、ユニット活動」
「それなら良かった」
拒否されなかったことでプロデューサーは安堵の息を漏らす。
39人でユニットを組むということは余りを出さないパズルを組むことに等しい、仮に静香に拒否をされてしまうと計算が狂ってしまう。
そういった意味での安堵なのだろう。
「ただし、私はW.I.N.Gの優勝を目指しています。それだけは理解しておいてください」
「何を言ってるんだ、優勝は1組だけどこっちは全員優勝を狙って考えてるぞ」
手を抜いてなどいないと言いたげにプロデューサーは腕を組み胸を張った。
ユニットの組み合わせを考えることにかなりの時間を使ったということが窺える反応だ。
最初にソロでの活動が多くユニットを組ませて動かさなかったのは考える時間が必要だったからなのかもしれない。
「分かりました、今はその言葉を信じます」
「素直だな」
「別にプロデューサーを信頼している訳じゃありません、どんなユニットメンバーになるのか気になっているだけです」
やや照れくさそうに静香は視線を外した。
実際はある程度自分を見てくれていると分かった相手を信じてはいるはずだ。
「メンバーは明日伝える、静香も明日事務所に顔を出してくれ」
「早いですね」
「実はもう社長には伝えていて、みんなの準備ができたら順次始めていくつもりでいたんだ」
「……待たせてしまっていたことは悪いことだと思います。でも、そういうことならもっと早くユニット活動をしていくのだと伝えておくべきじゃありませんか?」
静香の表情から穏やかさが消えていく、いつもの調子になってしまったことでプロデューサーは失敗した……と顔で語っている。
しかし、顔に出たことが功を奏し冷静さを欠いていると気づいた彼女は深く息を吐き落ち着きを取り戻した。
「……はぁ……とにかく、明日に備えて私は帰りますね」
「そうだな、そうしてくれ。これからはユニットも始まることで更に忙しくなるんだからな」
「……それと、これ……その……差し入れです。今日ずっと机仕事だったみたいですから」
どこか気恥ずかしそうにしながら、静香は鞄から缶コーヒーを取り出しプロデューサーの机に置くと反応を待たずドアまで一直線に移動をしていった。
珍しいことなのか、プロデューサーはぽかんとしたまま彼女の背中を眺めている。
ただ、このまま黙っているわけにもいかないのでプロデューサーはすぐに口を開いた。
「ありがとう、静香。疲れてきていたから嬉しいよ、また明日な」
「はい、また明日」
静香は小さく頷き部屋から出て行く、その時ちらりと見えた横顔はどこか嬉しそうに見えた。
彼女を見送ると、プロデューサーは早速缶コーヒーの蓋を開けた。