そこで偶然にも同じ雑誌を購入するために鉢合わせたのは同じく占いが趣味の藤居朋だった。
この作品はpixivとのマルチ投稿です。
休日の午前、少しずつ暖かくなってきている町の中で人目を引く少女が歩いている。
ハーフアップにまとめている長い黒髪はその歩みに応じて柔らかく揺れ、何か目的を見据えているような凛とした表情は整った顔立ちも相まって美しい。
迷いなくまっすぐ歩いているのは、どこに向かうのかはっきりと決まっているからだろうか。
しかし、そんな彼女の足を電話の呼び出し音が止める。
スマートフォンを取り出し、相手を確認すると彼女の目つきがやや柔らかくなった。
気を許している相手なのだろう、会話のやり取りをしている表情も穏やかだ。
「――そういうわけでこっちは真乃も一緒で事務所に着いたよ、灯織!」
電話の向こうから聞こえてくる元気な声に少女――灯織の口元も微かに綻んでいる。
表情が変化したからか口元にある艶ぼくろに目が行く。
文字通りどこか艶やかで実年齢より大人びて見えるだろうか。
「分かった、私は寄るところがあるから少し遅れると思う」
「そっかー、じゃあわたしたちははづきさんに鍵を借りて準備しておくね」
「ありがとう、めぐる。それじゃあまた後で」
「うん、また後でねー!」
電話を切ると灯織は目を閉じ口角を上げて静かに笑った。
相手の元気さはいつものことなのかもしれないが、それは彼女にとって好ましいものなのだろう。
そして、その静かな佇まいはどこか人目を引き付ける。
通行人も彼女をちらりと見てしまうのだが、灯織はそれを気にする様子もなく目的の場所を目指し歩き出した。
灯織がやってきたのは大きめの書店だった、この規模なら専門的な本も置かれているだろうか。
そして彼女は他の書籍には目もくれず進んでいき足を止めたのは占い本のコーナーだった。
どうやら灯織は占いの類を好むようだ。
「……あった」
平積みされている複数の新作本の中から目的の雑誌を見つけたようで彼女は手を伸ばした。
すると、全く同時に出した誰かの手と触れてしまう。
「――っ!?」
驚いたのか、灯織は瞬時に手を引っ込め一歩後ずさりしてからゆっくりと視線を上げた。
どうやら相手も驚いて一歩引いていたようで灯織同様に相手を窺っている。
「えっと……先にどうぞ、まだあるみたいだし」
最初に口を開いたのは相手の少女だった、雑誌の残り数を確認し先に譲る辺り冷静な対処である。
ただ、動揺はしているのか言葉を発するたびに少し体が動いている、そしてそのたびにポニーテールにしてまとめられている黒い髪がふわりと揺れる。
灯織と比較してやや大きめで丸みのある目も泳ぎがちだろうか。
そんな相手を灯織はじっと見つめている、実はかつて出会ったことがある相手なのかあるいは単純に整った顔立ちに目が行っているだけなのか。
「あの……もしかして……藤居朋さん……ですか?」
「えっ? あたしのこと知ってるの?」
朋は意外そうな表情を見せたあと、少々してから何かに気づいたのか周囲に人がいないかを確認した。
二人だけだったので安心したようだが、一体何が気がかりだったのだろうか。
「大丈夫です、私も……その……藤居さんと同じなので迷惑をおかけするようなことはしません」
そう言ってから静かにする意思表示なのか右手の人差し指を立ててそっと唇の元へ運んだ。
口角はどうも少し上がっているように見える、嬉しいと感じているようだが……。
「同じ……?」
朋は首を傾げて不思議そうにしている。
ピンと来ていない様子を見て灯織は少し困っている様子だ。
そして、念のためか周囲を再度確認し人がいないことを確認してから口を開いた。
「ええと、同じお仕事……と言えば分かってもらえますか?」
「……ああっ!」
灯織の言葉に少々考えた朋であったが手をポンと叩いて何度か頷く。
どうやら灯織の伝えたいことを理解したようで、右手の親指と人差し指で丸を作っている。
「うん、そういうことなら買い物もすぐに済ませないと。……じゃあ、改めてお先にどうぞ」
そう言って朋は順番を譲った。
灯織は少し驚いた表情になってから笑顔を浮かべる。
朋に先を譲るつもりだったのだろう。
「そうですね、ならお先に……。ありがとうございます」
軽くお辞儀をしてから灯織は目的であった占い雑誌を手に取り、会計を済ませた後店の出入り口から少しだけ離れた場所で足を止めた。
どうやら朋を待つようだ。
「……あれ? どうしたの?」
本屋から出てきた朋は灯織の姿を見て目が合うと笑顔を浮かべて近寄った。
同じ占い雑誌を手に取った相手ということで気を許しつつあるのだろうか。
「いえ、改めてお礼をと……」
「いいってそんなの、あと一冊ってわけじゃなかったんだし」
少々困ったような笑顔の朋、ここまで灯織が真面目だとは予想していなかったのだろう。
「それよりさ、よくあたしのこと知ってたね。まだまだ全然駆け出しなのに」
朋はここまでと言うように話を切った、真面目な相手であるがゆえにこのままだと平行線を辿る可能性が高いと考えたのだろう。
単純に、灯織が自分のことを知っていることが彼女自身気になっていたという可能性もある。
「色々な人たちを知りたくて名鑑を見ていたら……藤居さんがプロフィールの趣味に占いって書いていたのが印象的で」
そう言って灯織は買ったばかりの占い雑誌を見せた。
「あーなるほど、ということは……あなたも?」
朋も占い雑誌を取り出し嬉しそうに笑った。
「はい、ええと……風野灯織といいます」
灯織は周囲をちらりと一瞥し、あまり人がいないことを確認してから名乗り一礼した。
決して浅くない礼に彼女の性格が表れている。
「風野さんね、分かったわ」
「あの、私の方が年下なので……あまり気を使わなくて結構です」
朋の自分への呼び方を聞いて、灯織は少々情報を付け足した。
身長は灯織の方が低いものの彼女の持つ落ち着いた雰囲気はとても年下には見えなくても仕方がないだろう。
「ん、じゃあ風野ちゃんね。……え? 年下?」
よほど驚いたのか朋はじっくりと灯織を観察する。
しかし、あまり実感できなかったのか首を傾げた。
「み、見えませんか?」
予想外の反応だったのか灯織はやや動揺している様子。
朋とは少々年齢が離れているという反応だろうか。
「うん、同じくらいかと思った」
「そ、そうですか……」
大人びて見えると解釈すれば嬉しいことなのだろうが、灯織は素直に喜べないというような表情を浮かべている。
そう見えるほどしっかりはしていないという自己評価なのかもしれない。
「そっか、年下かあ……。びっくりはしたけど、しっかりしてるよね。名鑑を見て勉強しようって発想はあたしにはなかったわ」
「ただ不安なだけです、競うことになる相手を知っておきたいというか……」
日々の練習だけでははっきりとした自信に繋がらないということなのだろう。
目に見える結果が出ないと不安になるのは仕方のない話だ、もし自己評価が低いのであればなおのこと。
「運勢を調べるのもそういうこと?」
「そうですね、どういったことに気を付ければいいのか参考になりますし。これは日常の生活にも言えることですけど」
「あー分かる分かる、この雑誌とか特に詳しく書かれてるから色々参考にしちゃうよね」
そう言って朋は先ほど購入した占い雑誌を抱えながら明るく笑った。
当たりやすい占い雑誌という評判なのだろうが、全ての運勢に対しての助言がある程度詳しく書かれているのなら人気があるのもうなずける。
「はい、特に運勢が悪いときは熟読してしまいますね」
灯織は困ったように笑っている、運勢が悪いとはいえ気にしすぎであるとは思っているのだろう。
「でもね、最近分かったんだけど……ユニット活動してると占いがあまり当たらなくなるんだ」
「……そ、そうなんですか?」
朋と同じくユニット活動をしているのか、灯織は結構な動揺が表情に出ている。
かなり想定外の発言だったようだが。
「例えば、今日は物事に集中できないって運勢だったとして……周りを見ると運がいいとか悪いとか関係なくみんな真剣だから、負けてられないって思えるでしょ?」
「結果的に集中できる……なるほど」
言われてみると確かに、という灯織の反応である。
恐らく、彼女は絶対的でないと理解していても占いの結果を気にしすぎてしまうのだろう。
「他にはあたしの運勢が最悪だって知ったら、自分は運勢がいいから一緒にいようって言ってくれたり、ラッキーアイテム持ってきてくれたりね」
「……要するに、ユニットだから個人ではなくメンバー総合の運勢になる……ということでしょうか?」
お互いに助け合うことで一人の運勢が悪かろうと良い方向に持って行ける。
灯織はそう解釈したようだ。
「まあそんな感じね、風野ちゃんもユニット活動をしてるならいずれ実感する時が来るんじゃないかな」
「……覚えておきます」
同じく占いを趣味に持つ人物の言葉だからか、灯織は頭の片隅に置いておくことにしたようだ。
単純に、ユニットの場合の運勢は全員の合算という考え方は理解できるというだけかもしれない。
「うん、がんばって。それじゃ、あたしはそろそろ行くね。午後からレッスンなんだ」
「あっ、すみません……色々とお時間を貰ってしまって」
「そんな気にしなくていいよ、時間に余裕はあるから」
少々の立ち話になってしまったが、朋は笑いながらそんなことを口にした。
そして、雑誌を再度仕舞ってから朋は灯織に軽く会釈をしてからその場を離れようとする。
「あの……色々とありがとうございました」
灯織の言葉に反応し振り返ると、彼女は軽く礼をしていた。
真面目な灯織を見て朋は優しく笑いかける。
「こっちこそありがとう、風野ちゃんと話せて楽しかったよ。また会おうね」
同じアイドルなのだからどこかでまた再会する。
その時はライバルとしてかもしれないが、それもまた楽しみということだろう。
「はい! ……次はアイドルとして……」
朋の言葉を受け、灯織は唇をぎゅっと締めてから小さく呟いた。
再会の約束を果たすためにもっと鍛錬を積まなければ、そんなことを考えているのかもしれない。
「真乃、めぐる……ごめんなさい、待たせた……よね?」
レッスンルームに入った途端、灯織は先に入っていた二人へと頭を下げた。
朋と話していた分、少し遅れてしまったのだろう。
「そんなことないよ! でも、電車とか遅れたのかなって心配はしたかな、灯織の今日の運勢良くなかったみたいだし」
謝る灯織に対して真っ先に口を開いたのは明るい雰囲気の少女だ。
表情がよく変わるので顔に意識を持っていかれると、鮮やかな青の瞳に目を奪われることだろう。
「もしかして朝の占いコーナー? めぐるも見てたんだ」
同じ番組を見ていたことが嬉しいのか、灯織の表情は微かにだが嬉しそうだ。
「そうそう、見てたのは偶然だったんだけどせっかくだから二人の運勢も見ておこーって、そしたら灯織の運勢だけ良くなかったから」
「心配してくれたんだね」
「そういうこと、でも大丈夫そうだから良かったよ!」
めぐるは表情もころころ変わるが言葉に対して体もよく動いている。
そして、彼女が動くたびに揺れ動く二つに縛った金の髪も印象に残る。
実に記憶に残りやすい活動的で魅力的な少女だ。
「あの……私も見たよ、その占いコーナー。だから、私も心配でめぐるちゃんと話してたんだ」
もう一人の少女も同じ番組を見ていたようだ。
大人しく控え目な様子ではあるが、透明感のある薄い茶の髪や白い肌も相まってどこか儚げに見える少女だ。
「真乃も見てたんだ、……三人で同じ番組を偶然見てたなんて面白いね」
本当に嬉しいのか、灯織の表情はいつの間にか笑顔になっている。
普段の落ち着いた雰囲気を考えると彼女のこういった表情は珍しい……のだろうか。
「そうだね、灯織ちゃんが見てるのを知ってたからっていうこともあるんだけど」
「だから運勢を見てちょっと心配だったりもしたんだ、でも安心して灯織!」
めぐるはなぜか自信満々の様子、なにか根拠があるようだが。
一方の灯織はめぐるの言葉に疑問を感じているのか、不思議そうな表情をしている。
「えっ、安心って……?」
「実はね、わたし今日の運勢最高みたいなんだ! だから一緒にいればプラスとマイナスでゼロ、灯織にきっと悪いことなんて起きないよ!」
めぐるは屈託のない笑顔でそう言った、実にまっすぐな人物だ。
「…………」
灯織は虚を突かれたのかやや驚いた表情のまま固まっている。
それを見て、真乃は柔らかい笑顔を浮かべた。
「あのね灯織ちゃん、占いコーナーで言ってたからラッキーアイテムのサンドイッチを作って来てるんだけど……一緒にどうかな?」
「ラッキーアイテム?」
その言葉を聞いて灯織は難しい顔をして考え始めた。
先ほど会った朋が言っていたことそのものが起きている状況なのだから、多少は混乱しても仕方がない。
「うん、めぐるちゃんと一緒で運勢がプラスマイナスゼロなら、ラッキーアイテムがあればきっとプラスになるよね」
真乃はそう言って優しく笑いかける、占いを見てから簡素ではあるかもしれないが急いで作ったのだろう。
そして恐らく、めぐると真乃が話していた内容は最初は心配で始まったものの、最終的にユニットトータルでの運勢の話になっていたに違いない。
「……そう……考えることもできる……かもね」
灯織は動揺している様子ではある。
そんな彼女を見て、真乃もめぐるもやや不安そうな表情をしている。
灯織が二人の考えを受け入れてくれたかがまだ分からないのだろう。
「えっと……わたしたち余計な事しちゃってないかな?」
「…………」
めぐるの言葉に灯織が二人の表情を確認すると、誤解させてしまっていることに気づいたのか少し焦ったような顔を見せた。
やってしまった……という心境だろうか。
灯織は一息ついて心を落ち着けてから口を開いた。
「ううん、そんなことない。どっちも私にはない発想だと思う」
「灯織ちゃん……」
「は~びっくりした、灯織のためにって話だったのに逆のことしちゃったのかと思ったよ~」
二人とも安堵した表情だ、思っていた以上に灯織の表情が暗く見えたので不安も大きかったのだろう。
でも、もう大丈夫のはずである。
「ごめん、でも……ありがとう、真乃、めぐる」
灯織の言葉を聞き、三人はお互いの顔を見合わせてから笑い合い準備運動を始めるのだった。