青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

10 / 96
第9話

 1-Aの授業は対人戦の、一回戦目が始まろうとしていた。

 訓練が行われる建物の地下で、クラスメイトと()()()大人たちの姿があった。

 モニターには訓練を行う、少年少女の姿が映し出されている。

 オールマイトは一番先頭でモニターの前に居て。

 相澤と法月、それと()()()()は、一番後ろからそれを眺めていた。

 だがそこに居るはずのもう一人を、察知できている人は法月とオールマイトだけ。

 その人は女性だった。年齢は二十代後半ぐらいだろうか。

 紫苑色の長い髪を、太い一つの三つ編みにして顔の横から下げている。

 しかし、その恰好はなんとメイド服であった。

 なぜ目立って仕方ないはずの彼女に、気付いている人が二人しかいないのか。

 その理由は彼女の個性の力にほかならない。

 彼女は法月の補佐官であり、同時にオールマイトの監視も務めていた。

 だが、彼女の事には誰も触れず時間は過ぎる。

 ついに一回戦目の演習が始まる。

 法月の口が開いた。

「レギオンは出て来ないか……」

「どうします」

 相澤が聞く。

「出てこない事に越したことは無い。

 こちらの取り越し苦労で済むのなら、それでいい」

「……」

 昨日相澤と法月が交わした会話にも出てきた”レギオン”がここでも出てくる。

 そもそも法月はそれに備えて査察に来たのだ。

 突発的な事であれ、雄英側も法月が査察することを予想していなかったのは、甘いと言える。

 除籍された青山は運が無かった。

 半分くらいは身から出た錆ではあるが、除籍はいささかに厳しすぎるだろう。

「相澤よ」

「何か?」

「お前は疑問に思ったことは無いか。

 なぜあのような個性が開発されたのかと」

「……少しは」

 あのような個性とは”アズライト”の事で間違いないだろう。

 確かに相澤には疑問だった。

 世界を滅ぼしかねない個性を、わざわざ作り出した理由とは何なのか。

「だろうな。ならば言っておこう。

 あれが作られた理由は至極単純だ。

 「()()()()()」「()()()()()()()」からだ。

 それ以上の理由などない」

「それだけでは、解りかねます」

 仕方がなかったとはどういう事か。それに代案がないとは一体。

 あれほどの個性を使わないと、対処できない何かが起きるとでもいうのか。

「近々話をするだろう。もう一つの計画をな。心しておけ」

 相澤が知っていることはそう多くはない。

 知らされている計画以外にも、数多くの構想が有るのは想像に難くない。

 法月は視線をモニターに移す。

 相澤もつれてそちらに意識を向ける。

 法月は緑谷出久をモニター越しに、じっと見つめていた。

 

…………

 

………

 

 

青の世界(コード・ブルー)……」

 青石ヒカルの「青」が戦闘訓練の舞台のビル一つを包み込む。

 当然彼女以外には不可視になる様に調整した「青」だ。

 少女は緑谷の「青の少女」の気配が、いつの間にか無い事に気付いた。

 それはとりあえず頭の隅に置く。

 そのまま情報を解析。頭の中に再現されるのは、素粒子単位での現在のビルの全て。

 当然、張りぼての核の位置はおろか、二人の位置も丸解りである。

「居た……このまま終わらせることも出来るけど、それじゃ授業にならないよね。

 どうしようか……」

 実際二人は既に彼女の掌の上なのだ。

 動けないようにしたりするなんて朝飯前だ。

 当然少女が少し制御を間違えると、途端に二人はただの肉塊になる。

 もちろんそんなミスをするほど、やわな訓練を受けてはいないが。

 彼女はやおら拡声器を作り出す。

 そして、それを使って呼びかけ始めた。

 

『勝ち目はないぞ、武器を捨てるんだ!

 自分達が何をしてるのか考えてみろ!

 建物は包囲されている!脱出口はない!

 外にはM16を持った警官が200人も待ち構えてる!』

「いやいやいや……い、一体何をしてるの?」

 いきなり何事かを言い出した青の少女に、緑谷はツッコミを入れる。

 拡声器で大音量になった声が建物中に響き渡る。

 彼女が作り出したそれは、市販のモノより格段に性能がいいらしい。

 緑谷の耳の奥がツーンと痛くなった。

「何って投降の呼びかけ。相澤さんが見せてくれた映画のセリフなんだこれ。

 すっごく面白かったんだよ」

「遊びじゃないんだ。これは戦闘訓練だよ」

 緑谷が念を押す。

「別に個性を使ったりして制圧しろなんて言われてないよ。

 だから説得してるの。力の差なんて分り切ってるし。

 二人が降参してくれてもボク達の勝ちだよね」

 確かに訓練としては、それでも勝ちだろう。

 だが緑谷はすぐさま切り返す。

(ヴィラン)が、実際に話を聞いたりする訳がないよ」

「???どうしてそう思うの?」

「だって(ヴィラン)だよ」

「うん、だから?」

 少女は心底不思議そうな顔をする。

 まるで(ヴィラン)という存在を知らなそうな表情だ。

(いや……そうか。実際に知らないんだ)

 テレビや新聞様々な媒体を見て知っていたら、話し合いなんて発想自体が浮かばないだろう。

 緑谷は考えもしなかった。

(ヴィラン)相手に話し合いなんて成立する訳ないよ」

「なぜ?」

「なぜ……って。(ヴィラン)ってそういうものだよね」

 (ヴィラン)とは「悪」だ。

 人々を混乱に陥れ悪行を為すことで、自己肯定感を得る人間の屑だ。

 少なくとも緑谷の中ではそうだった。

「緑谷君どうしたの。ちょっとおかしいよ?(ヴィラン)って人だよね?

 なんで最初から暴力を振るおうとするの?

 なんで最初に話し合おうとしないの。

 なんで分り合おうとしないの」

「だから(ヴィラン)に話し合いなんて無駄……それが常識で」

「誰がそう決めたの」

(ヴィラン)は……」

――(ヴィラン)とはいったい何かをな。

  その根本を押さえていない者が、ヒーローになるから社会は堕落する。

  容易にヒーローから(ヴィラン)に落ちぶれる。

  そして平和の象徴とやらに、縋らなければならなくなるのだ

 法月の言葉を思い出す。

 そう緑谷は二日後に、法月に答えを示さないといけない。

 (ヴィラン)とは何か。

――世間には(ヴィラン)のイメージは個性を使って、悪事を働く分かりやすい悪者なんだろうね。

  でも大半の(ヴィラン)はそうじゃない。

 更にオールマイトの言葉も頭に浮かぶ。

 そして、目の前の青石ヒカル。

 彼女達の言葉に、緑谷の中で築き上げられた何かが否定される。

 緑谷の中では(ヴィラン)とは「悪」だ。

 (ヴィラン)はヒーローが倒すべき絶対悪で、そのはずなのに。

 なのに、何が違うと彼女たちは言うのか。

「誰が降参なんかするかゴルァ!」

 爆豪の咆哮が上の方から小さく聞こえてきた。

 どうやら説得に応じる気はないようだ。

 それはそうだろう。これは訓練なのだから当たり前だ。

「ほ、ほら!話し合いなんて無理なんだって!

 それにこれは訓練だよ!降参なんてするはずないって!」

「分かったよ……」

 緑谷はこれが訓練であることに、安堵した自分が居ることに気付いた。

 それが何故かは、多分気付いている。

 彼はきっと(ヴィラン)が自分と同じ人間だと、認めたくないのだろう。

 

 少女は迷うことなく真っすぐに、核の置いてある場所に歩き始める。

 緑谷もそれに着いていった。

 やがて通路が十字になっている手前で少女は口を開く。

「そこに居る着火マン。出ておいで」

 青の少女はナチュラルに爆豪を煽っていくが、彼女に悪気はない。

 どういう言い回しが相手を怒らせるのか、学習がまだ足りないのだ。

「……」

「居るのは分かってるのになぁ、カマなんかじゃないよ。

 蜂の巣にしてあげようか?」

 少女の真後ろに、多種多様な銃火器が一斉に出現し浮遊する。

 だがこれは脅しているだけだ。実際それらには銃弾が装填されていなかった。

「……」

 そこに確実にいる爆豪は、通路の影に隠れたまま返事をしない。

 考えたら彼は、この授業の内容で進退が決まってしまうのだ。

 慎重になるのは当たり前だ。

 確実に勝つチャンスを伺っているに違いない。

 いつもの彼なら、問答無用で襲い掛かってきてた事だろう。

 それにしても相手が悪すぎるのだが。

「……ふーん」

 少女は呟き、展開していた武器を消去。暇つぶしに緑谷に話しかけた。

 青石ヒカルにとって、ちゃんとした戦闘訓練は割と難しい。

 本気を出したら勝負にもならないし、かと言って変な手加減も失礼だろう。

 少女はひとまず、時間を稼ぐことに決めた

「緑谷君、着火マンのことを”かっちゃん”って言ってたっけ。

 勝己の”か”でかっちゃんなの?」

「う、うん。でも良いのかなこんな話してて。

 一応戦闘訓練中なんだけど」

「その気になれば、いつでも終わらせられるから別にいいよ」

 その言葉に爆豪の気配が動いた。

 明らかに舐められているその言葉が、頭に来たのだろう。

 少女は口を更に開く。

「まだ時間はあるし。

 着火マン……かっちゃん……。

 ちゃっか……かっちゃ……はっ!

 かっちゃマンなんてどうかな!」

「ぶっ殺す!」

 爆豪は飛び出した。ちらりと爆豪を振り返る少女に動きはない。

 彼はありったけの威力の爆破を少女に叩きつける。

 少女は何もせず爆炎に包まれた。

「うわあああ!!」

 確かな手ごたえと、悲鳴を上げる緑谷。

 緑谷には構うことなく、爆豪は更に追撃の爆破を加えていく。

「俺は!こんなとこで終われねぇんだよ!死ね!自販機女ぁ!」

 だが、爆豪の視界がいきなり反転する。

「なっ……!?」

 何が起きたのかも分からないまま、地面にうつ伏せにされた。

 青の少女の姿すら見えないまま床に組み敷かれる。

 そして首に軽い衝撃。爆豪はそこで気を失った。

 あまりにも、あっけない幕切れだった。

 

 気を失う寸前に爆豪が思い出していたのは、オールマイトの事だった。

 

…………

 

………

 

 

--side 爆豪--

 

 爆豪はワクワクしていた。

 憧れの雄英高校に入学でき、しかもオールマイトが教師として見てくれる。

 オールマイトは爆豪にとって絶対の存在だった。

 どんな悪にも負けず、最後は笑顔で勝つ。

 「悪」の(ヴィラン)を叩きのめす「正義」のヒーロー。

 まさに存在そのものが、正義を体現していると思っていた。

 彼が明確な「悪」に屈することなど、爆豪の中ではありえない事だったのだ。

 なのに……。

「せいぜい気を引き締めろ。数分後にも貴様らの首は飛んでいるかも分らんのだからな」

 いきなり現れた法月という、おっさん。

 高等尋問官とか知らないし、なにやら偉そうにするむかつく奴だと爆豪は思った。

「論外!」

 増強系の個性らしい力を使って、轟音を鳴らした時には流石に爆豪もビビった。

 しかしオールマイトが居る。

 オールマイトが居る限り大丈夫。

 そう思っていた。

 名前を呼ばれた時に反抗できたのも、どうせオールマイトの前じゃ何も出来ないだろう。

 そんな風に高を括っていたのだ。

 緑谷の忠告を聞かなかったのも、結局オールマイトに頼っていたからだ。

 だが法月はおもむろに、銃を取り出して隣の青山に向けた。

(はああぁあ!?嘘だろ!)

 そして青山は撃たれた。いや正確には、青の少女から庇われた。

 あのふざけた雰囲気の。世間知らず女が、必至な顔をして青山を守っていた。

(オールマイト!?おい!オールマイト!何やってんだよ!?)

 オールマイトは何もしない。ただ悔しそうな表情を浮かべているだけ。

 こんな明確な「悪」に対して、オールマイトは何も出来ない、何もしない。

 その姿に爆豪の中の、何かが壊れていく気がした。

(なんだ……おい……。嘘だろ?なんか言えよ!オールマイト!!)

「通達する。

 青山優雅、貴様は雄英に必要ない。除籍処分とする。

 爆豪勝己、お前の進退はこの授業の内容で私が判断する」

 法月の言葉は爆豪に届かない。

 彼が見ているのはオールマイトだ。

 余りにも理不尽で横暴な決定。そして、銃で撃つという非道極まりない行動。

 法月という人間は、爆豪の中で間違いなく「悪」だ。

 ヒーローは「悪」に屈しない筈の存在なのに。

 決して「悪」を許しはしない筈なのに。

 法律を盾にする法月に、オールマイト(ヒーロー)は余りにも無力だった。

(は……は……んだよコレ。こんなの……)

――オールマイトじゃない。

(何だよ……ヒーローって……何だよ。全部……全部嘘だったってのか?)

 爆豪は憧れた。

 ヒーローに。(ヴィラン)を打ち倒すその姿に。

 しかしそこには致命的な欠陥があった。

 彼は、ヒーローとは何か。

 (ヴィラン)とは何か。

 考えたことなど、一度も無かったのだ。

 殆どの人がそうだ。

 正義がヒーローで悪が(ヴィラン)、そう思っていたのだから。

 思考停止でヒーローは、悪い奴をやっつけられると本気で信じていたのだから。

 彼の中のヒーローや(ヴィラン)の定義など、その程度のステレオタイプでしかなく。

 そのような心構えで、この世の中に有る理不尽に対応できるはずもない。

 彼の中ではオールマイトは神に等しい存在だった。

 だが現実は違う。オールマイトは「人間」である。

 人間である以上、社会のルールに、法律に従わなければならない。

 ならばもし、そのルールや法律が間違っていたら?

 間違っていると分かっていても、そうしないと、いけないとしたら?

 例えオールマイトが反抗したところで同じことだ。

 今度は「法」を破ることとなり、それは犯罪となる。

 それは(ヴィラン)になる事を意味していた。

 明確な「悪」を見過ごすことと、「法」を守ること。

 この場では、どちらかを取るしかなかったのだ。

(はは……ははっ……ぁあ、もうなんか……どうでもいいか)

 爆豪はゆっくりと意識を手放していく。

 感じるのは床のひんやりとした感触。

 (ヴィラン)役をすることになった彼は、沈みゆく意識の中で考える。

 ヒーローとは何か。

 (ヴィラン)とはなにか。

 奇しくもそれは、緑谷が法月に問いかけられている命題だった

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。