青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第19話

 雄英高校は放課後の時間になっている。

 日も既に西に傾きだした。

 その雄英の法月の執務室に居る人物は二人。

 部屋の主の法月将臣。そしてナンバーツーヒーロー”エンデヴァー”だ。

「報告を」

 法月にエンデヴァーが言葉を返した。

 彼が個性で噴出している炎が揺らめく。

「各地で(ヴィラン)の活動が活発になってきている。

 それに対応するようにヴィジランテも動いている。

 恐らくは”ゲンチアナ”が絡んでいると見て間違いない」

「……藍玉が動いたか」

 ゲンチアナとはのヴィジランテの連合組織だ。

 だがその実態はほとんど明らかになっていない。

 構成人数も組織の指示系統も何もかもが闇の中。

 少ない情報の中で明らかになっているのは、おそらく数千人は下らない規模の巨大な組織である事。

 そして首領が”藍玉”と呼称されている。

 そのくらいだった。

 ゲンチアナ、彼らは別に社会にとって害になっている訳では無い。

 むしろヒーローでは行き届かない(ヴィラン)の横行を抑え込んでいる。

 ヒーローの資格がない者による越権行為で明らかに違法だが、治安の維持に貢献しているのは疑いようもない事実だ。

 しかし獲物である(ヴィラン)を勝手に刈られてしまい、ヒーローの間ではありがたい存在ではないと見解は一致している。

 ただでさえ競争社会なのに、訳の分からない存在に荒らされてはたまらないと言ったところか。

 ゲンチアナの存在が本格的に社会に知られるようになったら、ヒーローを続けられなくなってしまうかもしれない。

 基本ヒーローとは公務員だが歩合制である。

 だが(ヴィラン)を捕まえるだけでは、殆どのヒーローは食べていけるだけの金は入ってこない。

 マスコミを利用して人気を高めなければ、生き残れない。

 結局ヒーローとは人気商売だ。

 金と名声が何よりも重要な仕事だ。

 だから必死にその存在を知られまいと躍起になっている。

 自らの利益を顧みず(ヴィラン)を倒す集団。

 そんな存在が明らかになってしまったら、ヒーローの価値が世間的に危なくなってしまう。

 よってヒーロー達は既に以前からの繋がりが有るマスコミに圧力をかけている。

 だからゲンチアナがテレビなどで取り上げられることは無い。

 だが徐々に世間にもその存在が認知されつつあるらしい。

 インターネットが普及しているから、そこから徐々に広まっているのだ。

 人の口には戸が立てられない。

 ヒーロー達としては一刻も早く潰してやりたいと思っている。

 法月としても彼らが違法である以上、いつまでも放置する事も出来ない。

 が、下手に手を出すと社会の均衡が崩れかねない。

「どうする」

 エンデヴァーの言葉に法月は即答した。

「打てる手はない。今は静観するしかなかろう」

 十年前の災厄で海外はおろか日本も荒れ果てた。

 世界各地で十年前の災厄が火種になった紛争や戦争が、今でも続いている。

 そして年々深刻になる環境破壊に資源不足。

 それらは深刻な格差社会を作り出している。

 日本の先進国として秩序を維持するために、今やゲンチアナは無くてはならない存在になっていた。

 法月は内心ゲンチアナの首領の正体に気付いている。

 だがそれを表に出すことはしないし、誰にも言わない。

 そして”藍玉”本人も、法月が正体に気付いている事を間違いなく悟っている。

 絶対の権力者である法月が手を出せないように、状況をコントロールしているから彼も手を出せない。

 もし出したら手痛いしっぺ返しが来るだろう。

 そして法月はゲンチアナの本拠地の目星も着けている。

 十中八九、モルグフ孤児院だろう。

 皮肉なことに、それは他でもない法月により設立された場所だった。

「……焦凍は」

「轟焦凍は本日より雄英の地下(アーコロジー)で生活する事になる。

 青の少女、青石ヒカルと共にな。

 安心しろエンデヴァー。ここは日本で最も安全な場所だ」

「そういう事ではない!」

 エンデヴァーが憤りの声を上げる。

 彼は後悔した。

 先日法月に焦凍に真実を伝えるように通達された時から嫌な予感はしていた。

 焦凍は既に青の少女と浅からぬ関係になっていた。

 焦凍はコミュニケーションが得意な方ではないし、エンデヴァーも青の少女の人となりは把握していた。

 まさか友人関係になるとは思ってもいなかったのだ。

 轟の監視の任務はお飾りに過ぎない。

 法月は青の少女に遠回しに警告しているのだ。

 お前が死ななければ、轟が死ぬことになるぞと。

 つまりは人質と同じこと。

 青の少女が、守らなければならない対象を法月は用意したのだ。

 相澤もシアンも焦凍も、青の少女にとって無くてはならない存在。

 人間は無意味な事に命をかける事は決してできない。

 だから法月はその意味を青の少女に用意した。

 世界を守るために使命を果たし、そして死ななければならない。

 自分が大切に思っている人達のために。

 そんな思考に法月は青の少女を誘導しているのだと、エンデヴァーは確信している。

 法月は青石ヒカルの思考を指定しているのだ。

 法月の口の端が吊り上がる。

 エンデヴァーが纏っている炎がひと際激しくなった。

「お前は何も変わらんな。まるで成長していない。

 事件解決数は毎年トップだ。だがそれがオールマイトより評価されることはない。

 何故だか分かるか?」

「……俺が知ったことか」

 エンデヴァーは誰よりも分かっている。

 オールマイトとの間に存在する圧倒的な越えられない壁。

 事件解決数で幾ら上回っても関係ない。

 一目オールマイトの力を見たら誰だって理解する。

 その圧倒的な実力は誰をも遥かに上を行く物であると。

 そう力が……。

「決して力の問題などでは無い。

 なぜ、人々が暴力に過ぎないオールマイトの行動を讃えるのか。

 なぜ、オールマイトが”平和の象徴”足り得るのか。

 お前はそこを理解していない。

 だから万年ナンバーツーヒーローに甘んじているのだ」

 法月はエンデヴァーの事など歯牙にもかけていない。

 エンデヴァーは法月の正体は探ってはいるが未だに不明だ。

 少なくとも超常黎明期から存在している人物だという事しか分かっていない。

 だがその事実だけで尋常ではない人物である事だけは確かだ。

 法月がエンデヴァーの横を過ぎ去り扉に手をかけた。

(ヴィラン)を捕まえるだけのヒーローを三流。

 (ヴィラン)を上手に捕縛出来るヒーローでようやく二流。

 エンデヴァー。お前は、いつになったら一流になるんだ」

 エンデヴァーは法月に振り向く。

 一瞬だけ目が合った後に視線は外されて、そのまま法月は外に出ていった。

 残されるのはエンデヴァーただ一人。

 彼は行き場のない苛立ちを募らせたまま、何処にも行かず立ち尽くしていた。

 

…………

 

………

 

 

side--緑谷出久--

 

「いやぁ、わざわざ済まないね」

 緑谷出久はモルグフ孤児院を訪れていた。

 既に日はとっくに落ちている。

 遠くに見える孤児院の建物には明かりがともっていた。

 昨日会ったばかりの少女のような彼女は、モルグフ孤児院の施設長。

 竜胆藍理(りんどう あいり)だ。

 やはり緑谷の目には自分より年下の少女にしか見えない。

「こっちさね」

 彼女の言葉に従い後について行く。

 竜胆藍理(りんどう あいり)の後姿を見ながら、緑谷は先ほどまでの訓練を思い出した。

 

…………

 

………

 

 

 地下施設で緑谷はシアンにしごかれた。

 といっても無茶な事はさせられていない。

 走り込みをさせられた後はトレーニングルームに案内されて、基礎的な筋トレを行っていた。その一環で個性の訓練も同時に行っていたのだ。

 

 ダンベルを先ほど緑谷が持ち上げられた限界に10キロ上乗せ。

 そのダンベルを個性を使って持ち上げた。

「おお、凄い!」

 分かっていた筈だが個性を使うと楽々に持ち上げられ緑谷は喜んだ。

 だが

「緑谷様、今度は個性を使わずに持ち上げてみてください」

「え……」

 試してみたが、元々肉体の限界以上の重量にしたダンベルが持ち上がることは無かった。

「む、無理です! 持ち上がりません!」

 必死に緑谷は力を入れるがびくともしない。

「そう、その感覚を忘れないで下さい」

 シアンはそっと緑谷の手を取る。

 緑谷は温かいその感触にドギマギした。

「個性を使えば確かに限界以上の力を発揮できるでしょう。

 ですが、緑谷様が今無理だと感じたその負荷が、先ほどあなたはの手足にかかっていたのです。

 個性を使わずに持ち上げようとして、どう感じましたか?」

「……壊れてしまうって、そう思いました」

「そうです。それが本当のあなたの限界です。

 それ以上の力を出そうとしたら壊れてしまうのは当然の事です。

 人間の体は決して頑丈には出来ていません。

 個性が存在しなかった昔でも、スポーツ選手はよく体を壊していました。

 個性を使わない程度の負荷でも人間は壊れてしまうものなのです。

 緑谷様がその気になれば、何百キロのバーベルもダンベルも楽々と持ち上げられるでしょう。

 ですがその負担はあなたの体が確実に背負っているのです。

 先ほど無理だと感じた何倍の負荷が、骨や筋肉にかかるのですよ。

 どれほどの無茶をあなたが過去にその個性で行ったか、実感できましたか?」

 シアンの言葉に気付かされた。

 緑谷はいつの間にか自分の体の限界を見誤っていたのかも知れない。

 痛みを我慢さえすれば出来るからと、腕や指を犠牲にしてきた。

 幾ら出力の調整が出来るようになっても、いつか必要になったら壊れてしまう出力で個性を使ったことだろう。

 なんの躊躇いもなく。

 きっとシアンはそれを咎めていたのだ。

――あのように緑谷様が戦っていては、体が幾つあっても足りなくなります

 シアンが言ってることを緑谷は肌で感じた。

 そして彼女は緑谷には緑谷の戦い方があるのだと諭した。

 まだそれの明確なイメージは掴めていないが、昨日よりは理想に一歩近づいたような確かな感触を緑谷は感じている。

 だが――足りない。

 緑谷には疑問が生まれてしまった。

 とても単純な疑問。

 なぜヒーローになりたいのか。

 緑谷の中に築き上げられていた確かな目標は崩れ去っている。

 緑谷が憧れていたオールマイトはあくまでも一面に過ぎなかった。

 オールマイトの様になりたいとは、今の緑谷には言えない。

 ならば何になればいいのか。

 なぜヒーローを目指すのか。

 緑谷は自分の中の指針を再度定義しなければならないと思っている。

 でないとこのまま流されて、何処にたどり着いてしまうのか分からなかった。

 

…………

 

………

 

 

 緑谷が考えている間に辺りの景色は変わっていた。

 せせらぎの音が聞こえる。小さな小川が流れていた。

 木々に囲まれたこの場所だけぽっかりと開けていて、小さな広場のようになっている。

 芝に囲まれたその空間はまるで平和を体現したような場所に思えた。

 中央に月光に照らされた青い不格好な岩が鎮座している。

 それは共同墓地の塔によく似ていた。

「お墓?」

 緑谷の言葉に彼女は頷く。

 墓に一輪の青い花をそえる竜胆。

 墓の前に膝をつき手を合わせる彼女にならい緑谷も黙祷する。

 誰のものに対しての物かはわからない。

 けれども見た目からは想像も出来ないほど積み重なった年月を彼女から感じた。

 ゆっくりと彼女は目を開けた。

「……人が死んだのさ」

「知りあいですか?」

「そうさ――あたしが殺した。

 最も本人は殺されたことにすら気付いていないけどね」

「……」

 彼女はその場で立ち上がる。

 視線を夜空へ向けた。宝石を散りばめたような空だった。

「毎日毎日、あたしはその子達を一人ずつ殺している。

 もう何千回とね。それは平和のために仕方ない犠牲なのさ。

 頭ではそう分かってる。だけど心の何処かあたしを咎めるのさ。

 こんなあたしにも一応良心の欠片が残ってるのはおかしな話さね。

 捨ててしまえるのならどんなに楽になれるか……。

 悪いね愚痴なんて聞かせて」

「……僕には、良く分かりません」

「まあ、そうだろうね。要領を得ない話だろう?」

「でもその心は、良心は捨てちゃいけないモノなんだと。

 そう思います」

 緑谷は彼女の目を真っすぐ見て話した。

 彼女の目が丸くなる。

 緑谷には確かにあまり分からない内容だった。だが仕方なく人を殺してしまって、それに罪悪感を感じているのを痛いほど彼女から感じた。

 その様子は余りにも痛々しくて目をそらしたくなりたいくらいで。

 彼女の小さい体がより一層小さく見えた。

 彼女の口が開いた。

「……いずれ本当の事を話す時が来るさ。

 遠からずね。緑谷出久。

 あんたはワンフォーオールを継承したんだ

 否応なしにあたしや将臣とあんたは関わっていかざるを得ないのさ」

「将臣?」

「法月の事さ」

 短く竜胆は返す。

 緑谷は一つ頷いた。

「あなたは法月と関わりが……。そうか、モルグフ孤児院は」

「そうさ、法月とあたしが作った場所さここは。あたしは法月の妻だよ」

「妻!?」

 思わず大声を出してしまった緑谷。

「あたしとまさ……法月と同い年さね。

 別居してもうだいぶ経っているけどね。

 ねぇー幾つにみえてたのかなあー? おにーちゃん?」

 からかうような口調で緑谷に言い寄って、体を寄せてくる彼女。

 いたずらっぽく笑顔になりながら、服の端をチラつまんだ。

 健康的な美脚が見えて緑谷の煩悩が揺れ動いてしまう。

「くっ!?」

(そんな……物語の中だけだと思ってたのに、ロリバ……)

「誰がロリババアさね!?」

(自分でいっちゃったよこの人!)

 さらっと彼女に個性で心を読まれたのだが、緑谷はその事に気づかない。

 先ほどとはまるで反対の脱力しきった空気になった。

 はぁと一旦緑谷は息を吐いて彼女は「……こほん」と咳払いする。

 頬が少しだけ赤くなっていた。

「とにかく! 力には相応の責任が伴う。

 それを忘れない事さね。

 さっき言った通りあんたは、あたしや法月と関わって行くしかない」

「そう言えば僕と話がしたいって呼んだんですよね? ……一体何で」

「何って継承者だからね。本人と直接会話して見極めたいと思うのは普通だろう?

 まぁあんたが相応しくなかったら、別のやつに継承させることも考えていたさね」

 彼女の言葉に緑谷は鼓動が早くなる。

 竜胆の目は先ほどの優しい目とは打って変わった、打算的な目になっていた。

 緑谷を何処までも冷たく見定めている。

(この人……間違いなく”ワン・フォー・オール”継承方法を知っている)

 緑谷は彼女の言葉に思い出した。

 それは入学した日の法月とのやり取り。

――とんだ拍子抜けだぞ緑谷!

  オールマイトが選んだというからには、少しは期待していたが結果これか……

――(ヴィラン)とはいったい何かをな。

  その根本を押さえていない者が、ヒーローになるから社会は堕落する。

  容易にヒーローから (ヴィラン)に落ちぶれる。

  そして平和の象徴とやらに、縋らなければならなくなるのだ

 結局緑谷は法月の問いに答える事が出来なかった。

 法月はそれで許してくれた。だが他ならぬ緑谷自身がそれでは駄目だと今思った。

 (ヴィラン)とはいったい何か。

 その答えを自分なりにでも出さないといけない。

 この人なら法月のあの問いの答えを知っているかも知れない

 (ヴィラン)とは何か

 緑谷が考えても結局分からなかった答えをこの人なら知っているかもしれない。

 何かヒントくらいは得られるかもしれない。

(ヴィラン)とは何かだって?」

 緑谷は法月にその問いを投げかけられた経緯を竜胆に説明した。

「あーまだやってたんだね将臣のやつ。

 ちなみに俊典……オールマイトも同じだったさ。

 でも結局分からないまま。

 結局将臣が求めている答えは未だ誰も分からないままなのさ」

「竜胆さんの意見を聞かせてください」

「果たして参考になるかねぇ?」

「お願いします」

 竜胆は懐からパイプを取り出した。

 緑谷に一言断ってからパイプの先に火をつける。

 タバコとは違う匂いがした。それは彼女が常用している薬を兼ねたアロマだ。

「……あたしが思うにはね、(ヴィラン)とは理不尽そのものの事さ」

「理不尽そのもの?」

「緑谷出久、あたしらが真に戦うべきなのは一体なんだと思う?

 あたしはそれは理不尽そのものだと思っている。

 人は色んな場面で理不尽な目に遭うものさ。

 差別や偏見だったり、貧困だったりする。

 大抵の人間は最初反射的にそれに抗おうとする。

 でも時に人はその理不尽に抗うことをやめる。

 そして人は理不尽そのものになっていくのさ」

 人はどうしようもない理不尽には屈するしかない。

 それは個人の心が弱かったり環境がそうさせたりする。

 彼女は緑谷にいじめを例に挙げて説明した。

 いじめは明確に理不尽で許されてはいけない事だろう。

 だが周りの人は度々それを見過ごす。

 その原因は空気を読まないといけない事だったり、いじめられている人に不快感を元々持っていたり色々ある。

 だが理由はどうあれ人はその悪行を見過ごすことが有るのだ。

 理性的に考えたら止めるべきなのに止めない。

 竜胆は言う。

 いじめをしている現実に屈服して傍観者に徹する。

 それはいじめという理不尽を成立させたと言えないだろうか。

 いじめその物になったとは言えないのだろうか。

 竜胆は孤児院の中でいじめの問題があって悩んでいたという。

 今でも時々起きている問題らしい。

 理不尽から救われた子供達ですら、いじめという理不尽を引き起こしてしまう。

 人の苦しみや悲しみを分かっていてもなお、人は加害者に回る。

 その現実が緑谷には悲しく思えた。

「……つまり、人が(ヴィラン)になる原因そのものの理不尽。

 それを無くしていかなければならないと?」

「かいつまんで言えばそういうことさね。

 だから、あたしは此処を作った。

 (ヴィラン)になってから捕まえるより、最初から(ヴィラン)にさせない事こそがあたしは重要だと思ってる。

 オールマイトは平和の象徴になることで、それを果たそうとしたという事だね。

 出る杭を打つだけでなくそもそも、杭自体出ないようにしないといけない」

「ならヒーローがやっている事は、間違いなんじゃあ。

 元々(ヴィラン)のシアンさんはあんなに親切な人で……」

「勘違いしちゃあいけない」

 緑谷のその言葉に竜胆はきっぱりとした言葉で返す。

「シアンを見て(ヴィラン)に対する印象に変化は確かにあったろうさ。

 実際シアンはこっちが心配するくらい良い奴さね。

 子供達もなついているよ。

 でも(ヴィラン)が全員シアンのように元々善良な人だという訳じゃない

 むしろシアンのようなやつは極々少数さね。

 いかにも(ヴィラン)らしい人間のクズも当然いるのさ。

 ヒーローの中にも人間のクズがいるのと一緒。

 何も変わりはしないよ。

 そして、環境や経緯はどうあれ、(ヴィラン)になることを決めるのは最終的には本人自身さ。

 だから同情なんてする必要はないし、してはいけない」

「でも……」

 緑谷の心の内は煮え切らないままだった。

 ここ数日で様々な人達から言葉を貰った。

 オールマイト、法月、シアン、竜胆。そして青の少女。

 彼らの言葉と行動はそれぞれ少しずつ違っていて。

 たがその誰もに緑谷は信念を感じていた。

「ヒーローになるからには(ヴィラン)は倒すべき敵。

 そこは間違えちゃあいけない」

「……知り合いが言っていたんです。

 オールマイトは暴力で押さえつけているだけだって。

 オールマイトは暴力を振るっているだけだって」

 緑谷のアズライトの言葉を思い出した。

――結局の所、彼は(ヴィラン)を暴力で押さえつけていただけ。

  確かにそれで平和は訪れたわ。

  けれどもオールマイトは、(ヴィラン)に歩み寄る事はしなかった。

  (ヴィラン)を理解しようなんて、彼は考えもしなかった。

  だけどね緑谷君。

  お互いに理解し合わない限り、本当の平和が訪れることは永遠に無いわ

 彼女の言っている事は正しいのではないかと思ってしまった。

 だがそうとは認めたくは無かった。

 それは何かが違うと緑谷の中で受け入れる事が出来なかった。

「おや、それは随分ひねくれた奴だね。

 うーん、でもそれは違うと思うなぁ。

 知っているかい?

 あのシアンはね、オールマイトに救われたんだ。

 実はシアンはオールマイトに憧れているんだよ。

 本人は認めようとしないけどね。

 確かにヒーローは(ヴィラン)に振るうものは暴力さ。

 でもね時には人間、暴力で救われることだって有る。

 暴力でしか救われない事が有るのさ。

 本人がそれを望んでいる時すらもある。不思議なものさね」

 竜胆が踵を返して元来た道へと歩いていく。

 緑谷もそれに並んで歩いた。

 遠くで虫の声が聞こえてくる。足音の小枝が踏まれて折れてパキッと音を鳴らした。

上を見たら満天の星空が、木々の梢の枠に縁どられている。

「人間必ずしも話し合えば分かるほど物分かりが良くない。

 なら殴ってでも(ヴィラン)を正しい道に戻してやる。

 それがヒーローってものじゃないのかな?」

 緑谷を見つめてくる彼女は、シアンとはまた違った綺麗な顔をしていた。

 妖艶に薄く笑う彼女の表情に、深い闇を抱えているのが緑谷にすら見える。

 彼女は理不尽に屈服しながらも、理不尽と戦い続ける事を選んだのだと緑谷は思う。

 きっとそれは誰にでも出来る事では無くて、同時にどこまでも弱い人間の在り方だ。

 彼女は人を殺したと言った。

 彼女は完全に正しくは生きられなかったのだろう。

 緑谷は思う。

 人間は弱い。必ずしも正しくは生きられないし、間違いを犯す。。

 ヒーローとは元々理不尽に屈さない、強い存在だから格好いいのではない。

 元々弱い存在が奮い立っているからこそ格好いいのではないかと。

 人間が弱い存在だからこそ、醜い存在だからこそ、人々は憧れるのではないか。

 人々を助けるヒーローという存在に。

――私が笑うのは、ヒーローの重圧そして内に沸く恐怖から己を欺くためさ

 初めて会った時オールマイトは緑谷にそう言った。

(そうか……オールマイトだって怖いんだ)

 オールマイトだって恐怖する。最初から強い存在なんかじゃない。

 オールマイトも世界の理不尽に飲まれる一人の弱者に過ぎないのかも知れない。

 絶対に負けないオールマイトは居なかった。

 それは緑谷が勝手に作り上げた幻想に過ぎなかった。

 そんな空想を抱いて裏切られたと勝手に失望して。

――そして平和の象徴とやらに、縋らなければならなくなるのだ

(僕はオールマイトに縋っていただけなんだ)

 ならそれは終わりにする時だと緑谷は決意する。

 ヒーローが格好いいのは決して理不尽に負けないからなんかじゃない。

 弱さと必死に戦い、それでも尚強く有ろうとする姿が格好いいのではないか。

 緑谷は心に刻む。ただヒーローになるのではなく、この世界の理不尽に向き合って行きたいと願う。

 具体的な道はまだ見えない。

 まだ先は長いだろう。だが緑谷の中の迷いは少しは晴れた。

 きっとこれから先、何の悩みもなくただヒーローになる事は出来ない。

 でも自分の今やっている事は少なくとも間違いでは無いのだと。

 緑谷はそう思う事が出来た。

 後ろに小さく見えている青い墓標が、星の光で煌めいていた。

 

 


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