青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第20話

side--青石ヒカル--

 

「う……ん」

 青石ヒカルの意識が暗闇から浮上する。

 だが目に飛び込んでくる光景はおよそ現実の物とは思えなかった。

 どこまで暗黒の世界。遠くに無数の光の粒が光っている。

 それは無数の星の光だった。

「ここは……?」

 彼女の傍には誰も居ない。

 重力も無い空間をただ彷徨い浮いている。

 宇宙の中に一人取り残されたらこんな感じになるんだろうかと彼女は考える。

 ふと目の前に光が集まっていく。それらは淡い青になって弾けた。

 光がはじけた後、一人の女性がそこに居た。

 絹のような髪が煌めく。星が散りばめられたようなドレス。

 彼女の目がゆっくりと開いて、青石ヒカルの意識がの目と合った。

 空の色と同じ色の澄み渡った青だった。

「あなたは誰?」

 青石ヒカルが問いかける。

「……」

 彼女は何も言わない。

 だが表情だけで彼女の青石ヒカルに向けている感情は分かる。

 女性は明確に青石ヒカルの事を憐れんでいた。

「答えて!」

 青石ヒカルが強く声を上げる。

 目の前の知らない彼女が口を開いた。

「此処から離れてしまえば忘れてしまう貴方に答える理由が有るか、それは分からない。

 けれど答えよう。(ボク)はステラ」

「ステラ?」

 ステラと名乗る彼女は頷く。

「それは人の言葉で”星”を意味する。星その物である(ボク)は自分をそう呼んでいる」

「……ステラさん、ここは何処なの」

「ここは全てが始まる原典にして全ての終わりの果て。全ての概念がここに在り、どのような存在もやがてはたどり着く。

 何処でもない場所。あの世とこの世の狭間。存在と無の地平。あなたはたった今、始まりを享受した。よって(ボク)あなたを(ボク)に迎えるために来た」

「言っている事がよく分からない」

「知っている」

青石ヒカルは周囲を見渡して考える。

目の前の人のいう事が事実ならここは……。

「……ここは現実では無いんだね?」

「そう、あなたは忘れてしまう。でも、小賢しい法月らに邪魔されてもアズライトの本質は変わらない。人類のせいで(ボク)も限界が近い。

 一刻も早くその存在理由を果たしてもらう」

「人の為に誰かの為に……」

「違う。アズライトの本質はそうではない。アズライトは(ボク)が作り出し人類に授けた力。だけど、それは人の為にでは決してない。

 人の為に誰かの為に。その理念は後付け。

 法月やアイリの手により、上書き、書き加えられたプログラムに過ぎない」

「え……?」

彼女の言葉に頭の中が真っ白になる。

――何処にでも行きたい、何処までも行きたい。

  人の為に、誰かの為に。

  世界の何処にでも、行きたい。

  どんな人とでも、居られるように。

  人が広く、生きて行く為に。

 心の中で何度も復唱して確かめる。

 その夢は「青石ヒカル」であるための根拠その物だ。

 自分が自分であるための確かな願望。

 だが彼女はそれを後付けでしかないとそう言った。

 全身が沸騰するような怒りが青石ヒカルを包み込む。

 誰が何と言おうとその願いは本物。

 個性から流れ出た願望だとしても、自身がそうなることを願っている。

 だが……。

「では聞こう青石ヒカル。バイオウェア”Azurite(アズライト)

 人にインストールされたら死んでしまうその欠陥(バグ)

 なぜ長年に渡って修正できないのだと思う。

 それを”レギオン”はなぜ認識しない。

 一度もおかしいとは思わなかった?」

「……え?」

 胸の内に抱えていた疑問が彼女に問いかけられる。

 その欠陥について、一度もおかしいと思わなかった訳では無い。

 だがバイオウェアそのものが分かっている事が少ない。

 まだまだ未知の領域が殆どだ。

 Azurite(アズライト)。それは人が作り出した人口個性。

 人にインストールされてしまったら死んでしまうのは適性が必要だからだと。

 まだ未完成な代物で、だから未だにアズライトの欠陥が残ったままなのだと。

 そう思っていた。

 けれども彼女の言う通りそれが欠陥(バグ)でないのなら?

 いつまで経っても欠陥が見つけられないのは、それが本質だからではないのか。

「……いや、そんな。まさか……」

「そう、インストールされたら死んでしまうその現象。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 ……そろそろ時間が来た。では」

「待って! まだボクは!」

 声を上げる青石ヒカルに彼女は取り合わない。

 そのまま彼女は青石ヒカルに背を向けた。

「次に会うときはまた別のあなただけど。その時までさよなら」

「あ……」

 青石ヒカルの目の前が真っ白にぼやけていく。

 それは夢が終わって現実に帰っていく感覚に似ていた。

 先ほどまで交わしていた会話の内容が、どんどん頭の中から抜け落ちていく。

 真っ白な空間にやがて声が響いてくる。

 彼女はやがて現実の世界へと戻っていった。

 地下三千メートルの青の少女管理施設。

 そこで彼女は覚醒していく。

 目の前に見えるのは轟焦凍の顔。

 彼女は彼に抱き着いた。

 轟が驚きの声を小さく上げる。

 なぜ抱き着いてしまったのか、彼女には分からなかった。

 先ほどまでのやり取りは彼女の頭の中から消えていた。

 だが言いようのない不安だけが心に残ったまま消えてくれなかった。

 彼女は新しい生を迎えた。彼女は自覚していない。

 竜胆の手により生まれ変わった人格であることを。

 そして轟も気付くことは無かった。

 

…………

 

………

 

 

side--オールマイト--

 

 モルグフ孤児院の部屋の一つに明かりが灯る。

 法月らが作ったこの孤児院は途轍もなく広い。

 少なくともオールマイトにはとても把握しきれていなかった。

 その複雑さはその気になれば要塞として立てこもる事も十分に可能だろう。

 緑谷出久は今頃絵本の読み聞かせをしている頃だ。

 竜胆に頼まれて、緑谷は快く引き受けた。

 彼女の義理の娘である竜胆瑠璃(りんどう るり)も付いている。

 きっと大丈夫だろう。

 ちなみに緑谷は竜胆瑠璃にサインを求められていた。

 何でもヘドロ事件の時その場に居合わせたに彼を知り、以来ファンになったのだと言う。

 ヘドロ事件の動画もネット上に残っているし、多分繰り返し何度も見ていたのではないだろうか。

 あの時の彼の行動はオールマイトだけでなく、他の人達の心も確かに動かした。

(ヘドロ事件か……)

 正直な所。

 緑谷を後継者に選んだ理由は、オールマイトの私情が殆どを占めている。

 見るからにひ弱で気弱な無個性の少年だった。

 体を鍛えていない事など一目で分かった。

 他にふさわしい人間などごまんといるだろう。

 その上、後でヘドロ事件で緑谷少年が助けたのが幼馴染であったこと。

 それを知ったオールマイトは内心がっかりした。

 てっきり見知らぬ他人を助けに飛び出したものだと、そう思っていたからだ。

 あの場の様子を、もう少し注意深く見ていたら気づけたかもしれない。

 だがオールマイトは気付かなかった。

 オールマイトは思った。

 もしかして緑谷少年は、知り合いだったから飛び出しただけなのではないか。

 もし襲われていた人が幼馴染の爆豪少年ではなく、見知らぬ人だったなら。

 果たして彼はあの場に飛び出しただろうか。

 もしかして見捨てていたのかもしれない。

 そんな疑念が彼の中に渦巻いていた。

 オールマイトはあの事件が、自分の手落ちで起きたものだと自覚している。

 だが緑谷少年に責任が無かったかと言うとそうも思わない。

 緑谷少年もその事は分かっている筈だ。

 それなのに彼がいつまで経ってもあの事件の事を反省する気配など、微塵も感じられなかった。

 その様子を見たオールマイトの、緑谷少年に対する疑惑は更に深まっていった。

 だがその事を自分が追及するのも変な話だと思った。

 今更そんな事を言っても仕方ないことだ。

 そうやって彼は自分を無理やり納得させた。

 彼はあの日約束してしまった。

 緑谷少年に自分の後継者にすると。

 その約束を破る事は彼には出来なかった。

 少なくともあのヘドロ事件の時。彼は他の誰よりもヒーローだった。

 だが……。もし緑谷少年が個性を持っていた人間だとして。

 その個性であの事件を解決していたら?

 恐らく緑谷少年を後継者に指名する事は無かっただろう。

 彼は()()()()()()()()()()()()()、その姿に胸をうたれた。

 逆に言えば力をもっていたら心を動かされる事などなかった。

 オールマイト、八木俊典は無個性だった。

 彼は無個性である辛さを知っていた。

 無個性だった緑谷少年に肩入れしてしまうのは、仕方ない面もあるだろう。

 だが無個性の人と個性がある人が同じことをやったとしても、オールマイトは間違いなく無個性の人を称賛する。

 それは明確に差別だとオールマイトは気付いている。

 けれども彼の中に根付いてしまっているその価値観を変えるには、彼は余りにも年を取りすぎていた。

「わざわざすまないね、昨日の今日で」

「お呼びとあればいつでも伺います」

 竜胆藍理(りんどう あいり)。モルグフ孤児院の施設長がシアンに声をかけた。

 シアンが恭しく頭を下げる。

 オールマイト達がいる部屋は小さめの応接室。

 部屋に居るのはオールマイトにシアンに竜胆藍理(りんどう あいり)の三人。

 その部屋には骨董品も絵画も何も飾られていない。

 予算は無駄なくより多くの子供を救うために分配されている。

 人を一人育てるにも金が要る。

 この孤児院は切り詰めるだけ切り詰めた運営をしている。

 余計な金を使う余裕などないのだ。

「シアン、あんたはもう少し断ることを覚えるべきさね。

 毎日毎日忙しすぎて、てんてこ舞いじゃないか。

 倒れてからじゃ遅いんだよ?」

「お心づかいありがとうございます。ですが大丈夫です」

「相変わらず硬いこと」

 言葉を交わす二人をオールマイトは何もせずに眺める。

 竜胆の目がオールマイトに向けられた。

「――俊典、あんたもここがどういう所か。そろそろ分かってきてるんじゃないかい?

 ここは法月の設立した孤児院。

 だけど法月だけじゃなくて様々な勢力の手が伸びている」

「……」

 無論その事はオールマイトも気づいていた。

 この孤児院に入所していたかつての子供達の行く末は様々だ。

 ヒーローになるもの。様々な社会的な要職に専門職。

 政治家になるものも外交官になる者もいる。

 そして――(ヴィラン)になる者も。

 目の前の竜胆藍理は、あらゆる勢力の者たちとパイプを持っているだろう。

 無論、(ヴィラン)達とも。

「竜胆様、あなたが招き入れたのでしょう」

「あは、ばれた?」

「……」

 再び会話を始める二人を尻目にオールマイトが考えるのは過去の事。

 法月に命令されたまま青石ヒカルを痛めつけた日々の事だった。

 昨日の夜やたらとその事ばかりを思い出してしまっていた。

 その時何かに頭をかき混ぜられるような不快感があった。

 そしてなぜかそれに緑谷少年が関係しているように思えてならなかった。

 頭の中に繰り返される過去の映像。

 記憶の中の青の少女をオールマイトは思い出し――

「俊典、あんたまだ自分を責めているのかい」

「っ!……読心」

 竜胆が冷め切った目でオールマイトを見ていた。

 シアンや緑谷少年に向ける目とはまるで違う。

 ゴミでも見るような蔑んだ目だった。

「いい加減割りきりなよ。

 あの子の人格は百万近くに個性と共に分裂していた。

 まともな状態にするには普通の方法では不可能だったさ。

 痛みで人格と個性を無理やり分離させ、人格のみを蒐集し融合。

 元の人格とまではいかないもののそれに近い人格に再生する……

 全く骨の折れる仕事だったこと。

 ただでさえ精神(こころ)をいじる時には神経を使うのに。

 法月と交代でやらなかったら過労死してたかも知れないね。

 まあ、もしあれをしなかったら。

 バラバラになったままのあの子は、また暴走して今度こそ世界の終わりになっていたさね」

「ですが私は……」

 彼女が言う通りだと頭では理解している。

 だが納得はしていない。

 自分を純粋に慕っていた少女を、命令のまま痛めつけてしまった。

 だが……

「そうやって一度躊躇した結果、人は死んだ。

 数千万の人間がね」

「くっ……」

 そう、十年前の災厄。あの時暴走し始めたばかりの彼女の傍に、オールマイトは居たのだ。

 泣き叫ぶ彼女をオールマイトは必死に励ました。

 彼女の個性の暴走を抑え込む法月と竜胆の横で。

 オールマイトは最初、言葉を掛ける事しかしなかった。

 法月や竜胆の言葉を無視し続けて。

 そしてやがて抑えきれなくなった彼女の個性が世界中に被害をもたらした。

「俊典、忘れたとは言わせないよ。

 あの場であたしと法月が抑え込んでいる内に。あんたがさっさとあの子の手足の一本や二本をぶっ飛ばしていたら、あの事件は起きなかっただろうに。

 あんたが躊躇したせいで数千万の人が死んだんだ。

 子供を殴ることなど出来ないって。

 痛め付けることは出来ないって。

 その甘えがどれだけの惨劇をもたらしたか。

 ナイトアイは死んだし、あたしもあの子にぶっ飛ばされて死にかけた。

 結果的に解決したのがあんただったのは皮肉だよね。

 最もそれが分かっているから、引き受けたんだろう?」

 そう、結果的に解決したのはオールマイトだった。

 彼は暴走する彼女の前から一度は逃げ出した。

 だが青に包まれていく世界。

 そして街で起きている惨劇を理解してからやっと彼は彼女の所に戻った。

 もう少し来るのが遅れていたら相澤も死んでいただろう。

「俊典があの子にした仕打ちは確かに残酷さね。

 でも、あんたがやることでたったの一週間で終わることが出来た。

 他の人間がやったのでは最低半年はかかる計算だったからね。

 あの子が俊典になついていたからこそ、個性と人格の分離は手早く進んだ。

 あんたがやることで、むしろあの子の負担は大幅に減ったんだ。

 むしろ感謝すらされるべきさ」

 竜胆の言葉はオールマイトに半分も届いてはいない。

 オールマイトはきっぱりと言った。

「どんな理由が有っても、私がしたことは決して許されることではない」

 竜胆はため息をついて「そうかい」と言ったっきり。

 しばらくの間、沈黙が場を支配する。

 オールマイトがその沈黙を破った。

「竜胆さん、本題に入ってもらっていいかい?」

「……今日呼んだのは他でもないあの少年のことさね。

 昨日見ていてどうにも気になったものだからね。

 じっくり見る機会が欲しかったのさ」

「緑谷少年ですか。ですが、珍しい。

 竜胆さんがここまで目をかけるとは」

 オールマイトの言葉に竜胆が少し間を置いて質問した。

「……俊典、一体何処で()()()()()()拾ってきたんだい?」

「――は?」

 

…………

 

………

 

 

side--竜胆藍理--

 

 竜胆の言葉に少し経ってシアンが口にする。

「緑谷様……。ごく普通の少年にしか私には見えませんでしたが」

 シアンの言葉に竜胆は首を横に振って否定した。

「あれが普通だって? とんでもない。

 あれが普通だと言うのなら。この世界はとっくに終わっている」

 どうにも腑に落ちない様子のシアンとオールマイト。

 竜胆は部屋の隅のホワイトボードを引っ張り出した。

 キュッとマジックペンのキャップを外す。

「分かりやすく説明してあげようか。

 普通の雑魚ヴィランの強さを5としよう。

 あたしの見立てでは大体普通のプロヒーローは20から30。シアンで100前後。

 オールマイトや()()()()()オールフォーワン辺りで1000前後と言った感じだね」

 どこぞの竜の玉を集める漫画を思い出させる強さの指標。

 ホワイトボードに書き込まれていく棒グラフに数字に名前。

 子供達に勉強を教える事もある彼女の字は綺麗で見やすかった。

「そしてあの少年の潜在能力は少なく見積もって。――53万は下らない」

 竜胆の言葉に場が静まり返る。

 互いの呼吸すらも聞こえそうな静寂をシアンが破った。

「竜胆様、冗談はよして下さい」

「冗談じゃないんだなーこれが……」

 深々と息を吐く竜胆。それにオールマイトは

「確かに緑谷少年は私の個性を継承したが」

「そういう問題じゃないさね。あたしの個性は知っているね」

二人ともその言葉に頷いた。

Reason(リーズン)……説明されても

 いまいち分からない個性ですが」

「その通りさね、この個性は使用しているあたしも全貌が把握仕切れていない。

 バイオウェアとは、ほとんどオーパーツ的な代物なのさ。

 学者どもは理解しているつもりでいるけどね。

 まあ、つまりはDNAの理解度と同じようなもの。

 ある程度の情報を読み取ったり、改変したりすることはできる

 でもDNAを全て一から設計して望み通りの生物を作ることは出来ない。

 それと同じようなもの。

 つまりはおもちゃを与えられて、いじり回しているだけの子供と同じなのさ」

 彼女はホワイトボードの文字を消しながら続きを話し始める。

「Reasonとはつまり道理……ありとあらゆる”(ことわり)”を支配する個性さ。

 ただこの個性はインストールされた人の資質にあわせて変化する。

 その結果あたしは精神の理を見たり改変することに秀でた個性になった。

 やろうと思えば結構色んなことが出来るのさ、この個性。

 だからあの少年が幾つか個性を内包していることがあたしには分かった。

 少なくともあの少年には今3つの個性が宿っている。

 それがどんな個性なのかは、分からなかったけどね」

 

…………

 

………

 

 

side--オールマイト--

 

 ホワイトボードを消し終わった竜胆にオールマイトが声を上げる。

「馬鹿な! 緑谷少年は確かに無個性だったはず……」

 確かに緑谷出久の個性届では無個性だった。

 ヒーローの権限や法月に問い合わせて確認したから間違いない。

 継承した後に”超パワー”に変更されたが。

 だが竜胆の言う事が本当なら、継承されたときに既に個性が二つ宿っていた事になる。

 つまり――。

(私を……騙していたのか?)

 竜胆の口が動く。

「あたしの目は確かさ。そして問題は個性の数だけじゃない。

 その力が内包している力さね。

 あんなに強力な力は一度しか見たことがない」

「まさか」

「そうさ、あの少年が今宿している力は……あの青の少女に匹敵している」

 その言葉に場の空気はいよいよ深刻になる。

 青の少女の力は世界を滅ぼしかけた。

 彼女の存在は、スターレインを迎撃するために許容されているだけだ。

 世界をたった一人で揺さぶってしまう冗談のような存在が青の少女だ。

 それに匹敵する力を有しているとなると、これは尋常ならざる事だ。

「……その事に法月は」

 シアンがボソッと口にする疑問。竜胆が答える。

「気づいているんじゃないかなぁー?」

「少なくとも私には法月様は何も言っておられません。

 なぜ、何も手を打っていないのでしょう」

「打てないのさ、打つ手なんてないよ。

 あの子みたいに最初から管理されて育った存在ではない。

 下手に何かして破局的な事態を招く結果になったらどうするさね?

 やぶ蛇は避けるべきだろう。今のところは様子を見るべきさ。

 だから法月も様子を見ているんだろうね」

 その後言葉を交わしているシアンと竜胆。

 だがオールマイトはそれに気が回らない。

 かれは先ほどの竜胆の言葉だけが響き続けている。

 緑谷少年には個性が現時点で三つある。

 彼女のいう事ならまず間違いない。

 どうやって身に付けていたのかは分からないが、オールマイトを騙していた可能性は当然ある。

――個性がなくてもヒーローは出来ますか!?

 だがあの日の緑谷少年の言葉が嘘だとは到底思えない。

 嘘ではないのだとしたら、青の少女に匹敵する力を、彼自身が認識していない事になる。

 とても危険な状態にある事は明白だ。

「俊典」

「何か?」

 ふぅと彼女が一息入れて声を掛ける。

「……明日のヒーロー基礎学に気をつけな」

「……何かが起きると?」

「さあねー……とにかく気を付けるんだよ。

 あたしに言えるのはそれだけさね」

「……」

 何かはぐらかすように返事を返す竜胆。

 オールマイトはそれを見つめる。

「世界は今変わっている。

 法月もベレンスもセルリアも……皆目的のため動き出している。

 他の連中も虎視眈々と伺っているのさ。

 スターレインを切り抜けた後の世界。

 その覇権を握らんとね。

 あの子が計画通りすんなり死んだりすることは、まずあり得ないと見ていい。

 本人が了承しようしないと関係ないさね。

 あの子の力を狙って色々な勢力が絡んでくるのは疑う余地もないよ。

 あの子を支配することはそのまま世界を手にすることと同義だからね」

 その言葉にシアンが深々と同意して頷く。

 シアンは青の少女に信頼されている。

 いざとなったら青の少女はシアンを守るために世界を滅ぼすかもしれない。

 それほどの信頼関係が二人の間にある事を法月から聞かされている。

 シアン自身、青石ヒカルの為になら命を投げ出すだろう。

「俊典、あんたはどうするんだい?

 まさか継承者に全部投げっぱなしかい?」

「私は……」

 答えは出せなかった。オールマイトに残っている力は残りかすに過ぎない。

 使えば使う程、否何もしなくても時間が経てば消えていくだろう。

 そうなればオールマイトも個性が無いただの無個性の一般市民になる。

 一体そんな体で何が出来るというのか。

「まあ、どうするかは全てあんた次第さね」

 その言葉を境に三人には会話が無くなった。

 無言で部屋を出ていく三人。

 緑谷少年が読み聞かせをしている大部屋まで黙って歩く。

 やがてその部屋の近くのドアで緑谷少年の声が聞こえてきた。

「猫は、白い猫の隣で静かに動かなくなりました。

 猫はもう、けっして生き返りませんでした。……おしまい」

 絵本をぱたんと閉じる緑谷少年。

「ほら、みんな拍手」

 赤毛の少女が子供達に呼びかけて、まばらな拍手が起こる。

 その話の結果に泣いている子供もいた。

 その絵本のタイトルは『100万回生きたねこ』。

 オールマイトも内容は知っている。

 死んでもまた別の場所で蘇り、生き続けた不死身の猫の話。

 とても興味深い内容だと彼はその本を評価していた。

「何で猫さん死んじゃったの? また生き返ればよかったのに」

「何ででしょうね? その訳を一緒に考えましょう」

「瑠璃おねえちゃん……うん!」

 緑谷少年と同い年くらいの美形の少女。

 彼女は竜胆瑠璃(りんどう るり)

 歌手としてもデビューしており、知名度も中々なものだ。

 もっともオールマイトは全くどんな曲か知らないのだが。

 緑谷少年とオールマイトの目が合う。

 オールマイトは視線をすっと逸らした。

 オールマイトの中に緑谷少年に対する疑惑が湧き上がって止まらない。

 強固な信頼関係にあった二人は、静かに引き裂かれ始めていた。

 互いに少しずつすれ違う心をどこかで感じている。

 合格発表の夜と同じように、月は今日も窓の外で輝いていた。


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