青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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※第21話※

side--青石ヒカル--

 

雄英高校 地下三千メートル 「青の少女」管理施設にて

 

「轟君、何も言わずボクについて来て」

 青石ヒカルの言葉に轟は同意した。

 それを見た彼女は部屋の外へと歩き出す。

 轟もそれを追っていく。

 

 雄英高校の地下に大規模な建造物が存在していること自体極秘事項だ。

 その建造物はアーコロジー『アクアリウス』。

 生産と消費活動がその建物内で完結しており、一つの閉じた惑星そのものだ。

 地球上に増え続ける人口。深刻な環境破壊に枯渇していく資源。

 更には個性と言う異能の出現。

 例えスターレインを無事に乗り切ったとしても、人類がこのまま繁栄を謳歌できることはあり得ない。

 今のままでは、いずれ破綻が訪れる事は確定している。

 そして、それに対抗するプロジェクトが立ち上がっていた。

 この雄英高校の地下のアーコロジーは、限られた居住空間に人類を住まわせ集中的に管理する事が可能だ。

 そうして限られた資源を循環させて社会を運営していく事が出来る。

 例えスターレインの迎撃が失敗に終わったとしても、人類が生き残れるように保険としての意味合いも含んでいる。

 

 青石ヒカルは後ろを振り向くことなく通路を進んでいく。

 彼女が居なければ間違いなく轟は迷子になっているだろう。

 彼は初めてここに来たばかりなのだから。

 歩くこと数分。

 電子ロックで封鎖されたエレベーターの前にたどり着く。

 青の少女が生体認証でロックを解除して中に入る。

 青石ヒカルは自分だけで地下三千メートルより上の階層に上がる事は許されていない。

 だがそれより()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして二人はエレベーターで更に下へと向かう。

 そこは法月と青の少女が居なければ入る事が出来ない。

 雄英高校の地下五千メートルへと。

 

「なんだこれは……」

 雄英高校 地下五千メートル。

 そこは雄英高校のアーコロジーの最深部。

 目の前に広がっている光景に轟は絶句していた。

 透明な円柱状の培養器が何列にも渡りズラッと並んでいる。

 それらの円柱の中一つにつき一つずつ何かが浮かんでいた。

 それを注視してしまった轟は猛烈な吐き気に見舞われる。

 人の脳髄だった。

 培養器に入っている脳髄からは細いケーブルのようなものが何本か伸びている。

 人間の脳が培養器に入れられて、体育館ほどの大きさのそのフロア一帯に所狭しと敷き詰められている。

 あまりに醜悪すぎる光景だった。

「ごめんね、びっくりしたよね。でも轟君には見ないといけないと思って」

「何なんだよコレは……!」

「ボクの個性の事は聞いたんだよね?」

「……ああ」

 轟が首を縦に振ったのを青石ヒカルは見て頷く。

「ボクの個性は”電脳感覚”の個性が”現実”にも影響を及ぼすようになったモノ。

 現実をボクのイメージに同化する。その現実を電脳として扱える個性。

 つまり”現実”を情報として扱い、アクセスしてハッキングしているんだ」

 青石ヒカルの個性アズライト。

 現実を情報として扱い改ざんする個性。

 セルリア達の説明では現実をイメージに同化する個性だった。

 だが言い回しは違っても結局は同じことだ。

 イメージとはすなわち脳の中で起きる演算結果に過ぎないのだから。

 轟は少し考えて頷く。

「つまりボクの個性はコンピュータで対策できるんだ。

 と言っても並みの性能じゃ対抗できない。

 ボクの個性を抑え込むために必要な演算能力。

 それを得るためのコンピュータを作る方法はたった一つだった。

 それがこれ。量子コンピュータ『ラピスラズリ』。

 元々このアーコロジーを運営する為に作られたシステム。

 人の脳を核としたコンピュータだよ」

「……」

 轟の口からは何も言葉が出てこない。

 青石ヒカルを見つめるが、彼女は何も言わない。

 ただ悲しそうに目の前の培養器に浮かんでいる脳を見ている。

 少し時間が経って彼女が口を開いた。

「今日ね、轟君とセルリアから聞かされた時、凄くびっくりしたんだ。

 嬉しかったよ。

 本気で()()()()をしようなんて人、今まで一人も居なかったから」

 轟は口を開かない。

 目だけで青の少女に返事を返す。

 彼女のその白ワンピースは監視装置でもある。

 迂闊な発言は出来なかった。

 だから彼女もなるべく直接的な言葉は出してこない。

「でも。駄目なんだ。

 このコンピュータシステム……『ラピスラズリ』でボクを抑え込める範囲は、雄英高校とアーコロジーに居る時だけ。

 それも地上に出たら効果が弱くなるから、本当なら雄英に行く事も危険なんだ。

 外に出てしまったらボクの中のアズライト(レギオン)が世界中に広がってしまう。

 そしたら十年間と同じ……ううん、もっと多くの人が死んでしまう」

「その事をセルリアは……」

「セルリアはきっとこの事を知らない。

 ボクの服はあくまでも追加の保険。

 ないよりかは有った方が良いって程度の効果しかないんだ。

 こんな服一つでボクの個性を抑え込める訳ないって、セルリアなら分かる筈なのに」

「お前は……」

――外に出たくないのか

 そんな言葉を必死に飲み込んだ。

 轟も分かっている。

 青石ヒカルが外の世界に抱く憧れの強さなど。

 呆れるほど窓の外を眺めて、空を見上げている様子を見ていたら嫌でも理解できる。

「ボク一人のせいで沢山の人が犠牲になってる。

 ボクは……ボクの力はボクのためじゃない。

 この個性はボクの力なんかじゃない。

 ボクには、この力を持った責任が有るんだ」

 

…………

 

………

 

 

side--緑谷出久--

 

 

「……来たわね」

 青に染まっている電脳空間に緑谷出久は来ていた。

 目の前の緑谷のアズライトが柔らかく微笑む。

 長い青の髪が揺れ、同じ色の目と視線が合った。

 緑谷は気恥ずかしくなって目をそらす。

 

 孤児院から帰ってきた出久は、夕食を済ませたら体力の限界がきてすぐに横になった。

 そしていつの間にかこの場所に居る。

 電脳空間に来たのは今回で二回目だ。

 前回はオールマイトの記憶をアズライトに強制的に見せられた。

 今日は一体何をする事になるのだろうか。

 緑谷は切り出した。

「君の事を聞いたよ」

「ええ、Azurite(アズライト)の事ね。知っているわ」

「セルリアさんが言っていた事、あれは」

「ええ、全部事実よ。そして私の正体が何なのか。分かったんじゃないかしら?」

「僕の考えが正しいのなら君は……。十年前の災厄で世界中に広がったアズライト……かな」

「ふふ。その通りよ」

 セルリアと法月に説明された内容を思い出す。

 個性とは人間と言うハードウェアにインストールされるソフトウェア。

 ”バイオウェア”と呼ばれるものである事。

 Azurite(アズライト)は青石ヒカルの同化の個性で無理やり入れられ。

 そしてその個性は群体となり世界中に拡散した。

 拡散したアズライトは暴走して電子機器を乗っ取り、

 アズライトをインストールされた大勢の人が死亡する事になった。

 それが十年前の災厄『青の世界』の真相。

 アズライトをインストールされて死亡する症状が”昏睡病”。

 緑谷は後から聞いた話だが、拡散したはずのアズライトの痕跡が世界中の何処にも見当たらないのだという。

 そして世界中の”昏睡病”の患者に起きた個性消失。

 アズライトに昏睡病患者の個性。一体それらは何処に消えたのだろうか。

 Azurite(アズライト)は厳重に管理されている。

 それが世出たのはただの一度だけ。

 彼女がなぜあの共同墓地に居たのかは分からない。

 緑谷はほぼ確信を持っていた。

 十年前の災厄をもたらしたアズライト。

 その残滓が彼女だろうと。

「……十年前まで、私は人間だったわ。

 日の光も、空の高さも、土のぬくもりも。

 世界の事を何も知らされないまま、私は育てられた。

 当時は私自身、個性と人格(じぶん)が融合している事に気づいていなかった。

 そして十年前私は”群体(レギオン)”になって世界中に広がったの。

 大勢の人たちを私は殺めてしまった。

 ……『私』はあの時『私達』になった。

 今ここに居る私は、世界中に散らばった数千万の私達が一つに融合した姿。

 ”昏睡病”で倒れた人達の個性も全て巻き込んだ上でね。

 あの青石ヒカルは、十年前に分裂した私達の一人に過ぎないわ」

「なら君は……君も青石ヒカルと同じことが出来るの?

 青石ヒカルと同じあんな出鱈目な事が」

「……さぁどうかしら?」

「……」

 緑谷は青の少女を見ているとオールマイトに託された願いを思い出した。

 あの子を救ってやってくれと頼まれた。

 きっと目の前の彼女は、本物であり、同時に本物でない。

 分裂するまでのルーツは同じでも、そこから先は別人になった『青の少女』だ。

「本物の『私』なんてもう何処にも居ない。

 少なくとも今ここに居る私はアズライトと言う”個性”でしかない」

 彼女の独白を聞く。

 彼女の言う事が本当なら、彼女は人間から個性へと変化した存在だ。

 肉体は既にない。そして名前も付けられないまま彼女は人間から個性になり果てた。

――いずれ名前を付けてもらう事になるけど、今はそれで良いわ

 彼女は今まで自分の名前で呼ばれたことすらなかった。

 生まれながらに閉じ込められて、そして電脳空間を彷徨う存在に彼女はなった。

「――それはどうなんだろう。君は人間だったんだよね。

 君をただの個性と扱うなんて出来そうにないけど」

「私が人間だったのは十年前の話。……本当は誰にも分からないのかも知れない。

 人間とは何かなんて。

 ……さぁ今日こそ始めましょうか」

「戦闘訓練……だね」

「ええ」

 緑谷のアズライトが手を振りかざす。

 一瞬で辺りの景色が変化した。

「ここは……」

「市街地演習」

 緑谷がいる場所はアズライトが言っている通り、雄英高校の敷地の市街地演習だ。

 あくまでここは電脳空間なのでそれを再現したものだが。

 現に、今は夜の筈なのに空には煌々と輝く太陽がある。

「今回はとりあえず一対一で戦いましょうか。

 この電脳空間では、人が想像しうるあらゆる事が出来る。

 ここで積んだ経験はちゃんと、あなたの脳と神経にフィードバックされるわ。

 現実の体を鍛える事こそ出来ないけど、体と個性の使い方ならいくらでも学べる」

 そんな時、彼女の短いスカートが少しだけ気になってしまう。

 それにアズライトが目ざとく気付いた。

「お望みと有れば、男の子が考えそうなムフフな事だって出来ちゃうけど。

 ――する?」

 景色がまた切り替わる。どこかのホテルと思わしき一室になる。

 キングサイズのベッドにアズライトは腰かける。

 スカートの端を少しつまんで、ふふっといたずら気に微笑んだ。

「しないよ!」

 緑谷は顔を真っ赤にして即答した。

「ええ、それでこそ私の主人よね」

 景色が再び市街地演習に戻る。

 アズライトがその場を軽くジャンプして構える。

 それを見て緑谷も戦闘の構えをとった。

 彼女の構えはオールマイトに酷似している事に緑谷は気付いた。

「さぁ行くよ。最初は軽くオールマイトくらいの力でやるわ」

「ちょっ!? 軽くってレベルじゃ……」

 アズライトが緑谷に突っ込んでくる。

 そして容赦のない右ストレートを緑谷の顔面に放つ。

 何とかそれを屈むことで回避。

 緑谷の背後のビルの窓が衝撃波で粉々に砕けた。

 緑谷も”ワン・フォー・オール”の力を使って応戦する。

 個性を右拳に集中し、目の前の彼女めがけ殴ろうとし……一瞬躊躇する。

 だが彼女の顔が躊躇したことを明らかに咎めていた。

 緑谷は迷いを振り切って全力で拳を振りぬく。

 彼女の腹の辺りに狙いをつけて。

「SMASH!」

 暴風が市街地を突き抜けていく。

 だが

「なっ……! ぐっ!」

 吹き飛ばされ壁に叩きつけられたのは緑谷だった。

 彼女の姿が一瞬ぶれたと思ったら、緑谷の体が宙に舞っていた。

 何が起きたのかすら理解できなかった。

「今のは緑谷君の力を逆用して投げたの。

 シアンが好んで使う体術の一つよコレは。

 非力な人でも相手の力を利用すればこのくらい出来る。

 そしてやっぱり個性の制御がまだまだね」

 彼女が緑谷の右腕を指さした。

 緑谷は視線の先の右腕を見る。

 真っ赤になって見事に折れていた。

「えっ!? 痛くない!? 折れているのに!」

「ここは電脳空間よ。痛覚を遮断する事なんて簡単。

 望みと有れば痛覚を戻すことも出来るわ。

 お勧めはしないけど、どうする?」

「……戻してくれないかな」

「きっと死ぬほど痛いわよ」

「それでも良いよ」

「……」

 彼女が指をパチンと鳴らした瞬間

「ああああぁあああ!?」

 緑谷は余りの激痛に絶叫した。

 だが倒れる事はしない。

 痛みを必死に耐えながら顔は前の方を向いている。

 目から闘争心は消えていない。

「シアンが言っていた事、これで分かったかしら?

 これが現実なら緑谷君、今の隙を(ヴィラン)に襲われてお終いだわ」

「っ……そうだね。だから早く制御出来るようになりたいんだ。

 ならないと駄目なんだ。

 痛みを無くて特訓なんて。甘えていたらいつまで経っても変われない。

 そんな気がする。そんなんじゃ駄目なんだ。僕は……託されたんだから」

「そうか……そうよね。……何故ヒーローになるのか理由は見つかった?」

「今はまだ分からない。だけど今はやるべき事をやる。それだけだ!」

 緑谷がまだ力が入る左の拳を握りしめた。

「……個性はね、使おうと意識しては駄目なの。

 意識せずに自分の体の一部のように使えないと」

「えっ……でもそれをどうやって……」

「それは緑谷君が経験を積んで学習しないと駄目。

 ただ教えられたことを実践するだけだと、人は分かったつもりにしかなれない。

 自分で考えていかないと、本当の力にはならないわ。

 それは、私自身がそうだったから」

 アズライトが掌で緑谷の折れた右腕に触れる。

 瞬間右腕が青色の結晶に包まれて、次の瞬間結晶が砕けた。

 砕けた結晶から元の右腕が姿を現す。

 傷も痛みも跡形もなく消えていた。

「なんでも有りだなぁ」

「ええ、怪我は私が治すわ。私はあなたのアズライトなんだから。

 だから遠慮なくぶつかってきなさい」

「うん、よし!」

「ええ、頑張りましょう」

 その後緑谷は繰り返し電脳空間で個性を使用する。

 幾度も腕が折れて激痛が走っても。決して緑谷は痛覚を遮断しようとしない。

 合理的ではないかもしれない。

 だが、この痛みすらも自らの成長の糧になると。

 そう緑谷は確信している。

 そして彼は今一人ではない。

 オールマイトにシアン、それに目の前のアズライト。

 自分のヒーローになりたい夢を後押ししてくれる存在がある。

 無個性に泣いていた頃からは信じられない程環境に恵まれた。

 それらに感謝しながら特訓を続ける。

(名前……考えてあげないと)

 名もない緑谷のアズライト。

 緑谷は彼女を自分の個性(パートナー)として受け入れつつある。

 全てが少しずつ変化していく。

 それが良い変化か悪い変化かは分からない。

 だが緑谷は変わる事が出来る自分自身を認めつつある。

 変わりたいと彼は望み、それを彼女は手助けする。

 彼らの夜はまだ始まったばかりだ。


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