side--相澤消太--
バスの中での青石の発言は聞いていた。相変わらず彼女のヒーロー観は歪んだままだった。彼女の言っている事は完全に間違っている訳でもない。が、決して正しく無い。
仕方ないとは思っている。実際に彼女の環境を考えると、そうなるのも当然だ。ヒーローが人を救っている様子を一度も見た事が無いのだから。むしろ最後に謝罪の言葉を出せたのに驚いた。
青石ヒカルは、はっきり言って自己中心的な人物だ。けれどもそれと相反するように、全ての人と分り合う事を願っている。彼女は暴力を嫌う。力を行使し、人を傷つける解決方法を好まない。だが対人戦闘訓練の時には爆豪を気絶させたし、先ほども言葉で散々人を煽っている。
彼女は抱えている本質とその願いが、矛盾している事に気づいていない。
だから麗日に謝罪した事に相澤は驚いた。学校生活は思った以上に彼女を変えているのかもしれない。まぁ爆豪の時の行動の理由は何となく相澤には察しがついた。爆豪は青石ヒカルに「死ね」と口にしてしまった。それは彼女にとっては禁句だ。死よりも辛い経験を乗り越えて、青石ヒカルは生きてきた。頭に血が上って当然かもしれない。いくら死にたいと願っても、彼女は決して死ねなかったのだから。
青石ヒカルが今のように育ってしまっているのは、オールマイトの存在が大きいと相澤は考えている。
彼女にとってオールマイトとはあらゆる意味で、全ての始まりの人だからだ。
オールマイトと青の少女。二人はこの10年間互いにとことん接触することを避けていた。だが、意外にもそれぞれお互いの事が、ずっと気になって仕方ない様子だった。今もなおだ。それが何故かは、相澤の理解の範疇ではなかった。
お互いにそれぞれの近況を遠回しに相澤やシアン、それに校長に聞いているのだ。
青の少女はオールマイトを嫌いだと言っている。彼のヒーローとして活躍している映像を見るたびに、彼女は悲しそうに顔を歪ませた。彼女はそれを暴力を振るっている様子が悲しいからだと言う。
けれども相澤の見立てでは、それだけでは決してない。彼女はオールマイトの事を心配している。そういう風に思えてならなかった。
彼女はオールマイトを憎んでいる。それは間違いない。だが愛情と憎しみは表裏一体だと聞く。
彼女にとってオールマイトは最愛の人だった。完全に信頼していたし、なつききっていた。青石ヒカルにとって最初で唯一の自分を受け入れ認めてくれる相手だったのだ。
だが、十年前の彼女の暴走後に課せられた処置。それを裏切られたと感じて、重すぎる愛情が憎しみに変化するのはおかしくはないだろう。
青石ヒカルはオールマイトの事を、完全に憎みきっていないのかも知れない。それどころか、既に彼の事を許しているのではないかとすら思う。
彼女は自らが置かれている状況、立場に表だって文句を言うことはない。むしろ仕方がないと受け入れている。役目を果たし次第、処分されてしまう事すらも。諦めているとも言える。もしかしたら、彼女は自分自身を
少なくとも彼女はオールマイトが彼女自身にした行為を、
それなのに、青の少女がオールマイトを避け続ける原因はいったい何なのか。
ひょっとしたら彼女が本当に許せないのはオールマイトではなく……。
(いや、それより……)
「13号、オールマイトは? ここで待ち合わせる筈だが」
「先輩それが……通勤時に制限ギリギリまで活動してしまったみたいで。
仮眠室で休んでいます」
「……不合理の極みだな」
13号によるとオールマイトは制限時間一杯に活動してしまって授業に来れないらしい。
だが、それもオールマイトが、青の少女に会いたくないための口実なのではないかとすら疑ってしまう。
(いつまで逃げてんだよ……。オールマイト)
相澤はそろそろオールマイトと青の少女。その二人は腹を括って話をするべきだと考えている。少なくとも二人は、互いを想いあっていることは事実。
それが憎しみであれ愛情であれ、ともかく無関心では決してない。只でさえ彼女には残された時間は少ない。
相澤は彼女に、せめて悔いのない人生を送ってほしい。そう願っている。
青の少女は全ての人と、分り合いたいと願っている。彼女が一番分り合いたいと願っている相手がいったい誰なのか。それはもう考えるまでもなく明確だった。
今日の学校が終わり次第、彼女にその事を話そうと相澤は決めた。
「仕方ない始めるか」
…………
………
…
side--青石ヒカル--
「すっげー! USJかよ!?」
バスから降りた生徒一同は感嘆の声を上げる。青石ヒカルも周りを見渡してへぇと小さく頷く。
「水難事故。土砂災害。火事……etc。
あらゆる事故や災害を想定し作った演習場です。
その名も
全身をコスチュームで覆われた男と思わしき者が説明する。生徒の心の中で一斉に「USJだった!」と突っ込みが入る。雄英の敷地は極めて広大だ。その規模の大きさはそのまま国家権力の現れ。この圧倒的な資金力こそ雄英が日本一のヒーロー科である事の証だ。
緑谷出久がこの場所を説明したヒーローの正体を一目で見抜いた。
「スペースヒーロー13号!
災害救助で目覚ましい活躍をしている紳士的なヒーロー!」
ヒーローオタクな彼はもちろんチェックしていたが、隣の麗日も興奮していた。テンションがかなり上がっている。
「わー! 私好きなの13号!」
「……そう、なんだ」
青石ヒカルは13号と視線が合うと軽く会釈をした。13号も首を動かす。もっとも13号の素顔は、コスチュームで見えていないが。彼と青石ヒカルは知り合いだった。彼に個性のコントロールを享受された事も一度や二度ではない。
セルリアを見ると少し離れた場所に居た。なにやら手元の端末を弄っていた。どこかへ連絡でもしているのだろうか。彼女の目には静かに覚悟が宿っている。セルリアは本気で青石ヒカルを雄英から連れ出すつもりだ。青石ヒカルは直感した。この校舎から離れた空間に少人数の監督。セルリアが動くのはこの時間でまず間違いないだろう。だからと言って今更出来る事など何もない。
ふと青の少女が気付く。自らの個性を制限するコスチュームの拘束が引き上げられている。
最大限の拘束レベルのレベル5に。恐らくセルリアの仕業だろう。これで今の青石ヒカルは無個性の少女。やはりセルリアは何か仕掛け始めるに違いない。やろうと思えば無理やり個性を使う事も、出来なくはないと思う。
けれども……
――ええ、壊れた私。それはお勧めしないわね。脳が焼き切れてもいいのかしら
隣に出現するレギオンに気付く人は誰も居ない。禍々しいドレスを纏った隣のレギオンはクスクスと笑う。
(出てこないで!)
無理やり彼女を青石ヒカルは抑え込んで、自らの内側に追いやる。レベル5の拘束でも地上に出た状態では、完全にレギオンは封印できない。
相澤の方に視線を移すと13号とやり取りしていた。表情から察するに何か予想外の事でも起きたのだろうか。
「仕方ない、始めるか」
相澤の小さな声が聞こえてきた。それを聞いていた生徒はどれだけ居ただろう。
13号が一歩前に出て話し始める。
「えー始める前にお小言を一つ二つ……。
皆さんご存知だとは思いますが。僕の個性は”ブラックホール”。
どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね」
「ええ……」
緑谷出久の質問を肯定する13号。
「しかし、簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう個性がいるでしょう」
思い出されるのは十年前の事件。望んでそうなった訳では無い。彼女は望んでその力を得たわけでは決してない。
生徒達の顔が青の少女に向いてくる。突き刺さってくる視線から逃げるように目を逸らした。数千人の人間が死んだ。その責任はお前に有るのだと、責めてきている風に思えて仕方がなかった。
十三号は言葉を続ける。
「超人社会は個性の使用を資格制にして規制する事で、一見成り立っています。
しかし一歩間違えれば容易に人を殺せる行き過ぎた個性。
それを個々が持っている事を忘れないでください」
そんな事、言われなくても分かってると彼女は心の中で呟く。13号は個性の危険性を生徒たちに説いているが、彼女にとっては今更の話。
「相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り。
オールマイトの対人戦闘で、それを人に向ける危うさを体験したかと思います。
この授業では心機一転。人命の為に個性をどう活用するのかを学んでいきましょう。
君たちの力は人を傷つけるためにあるのではない。助けるために有るのだと心得て帰ってくださいな。
……以上、ご清聴ありがとうございました」
生徒たちから拍手が13号に贈られる。青石ヒカルはもう一度自分の立場を再認識する。
青石ヒカル。その存在意味は
けれども、
(ねぇ……だったら教えてよ。世界はボクが守るから。だったらせめて、ボクが守る人達の事くらい理解させてよ。分り合いたいよ。ボクが……。ボクは……)
ボクの本当に望んでいる事は、何?
ボクが欲しいモノは、何?
ボクが本当に分り合いたいと願っているのは、誰?
――あなたは何を知りたいの?
「一かたまりになって動くな! 13号生徒を守れ!」
「何だアリャ!?」
「あれは……
「……え?」
青の少女は相澤の声に我に返った。眼下に見えるUSJの広場の中心に黒い霧が広がっている。
そこから次々と人が出てくる。ワープ系の個性の仕業だと理解する。
彼ら
「もう遅ぇよぉ!」
「!」
いつの間にか生徒たちの背後に霧が広がっていた。霧から出てくる人達は例外なく
十数人程度の人数の彼ら。生徒たちの逃げ場を無くすように位置取っている。
1-Aの生徒たちに相澤と13号は、
彼らの手に持っているのは……
「っ銃!?」
多数の
だがそんなもの彼女にかかれば、おもちゃに等しい。
青石ヒカルは咄嗟に個性を使って無力化しようとした。だが個性を使おうとした瞬間
「うあああああ!!?」
「青ちゃん!?」
頭に激痛が走る。全身が縛り付けられているような感覚が走り、脳の奥に楔が打ち付けられる。全身が焼けるように熱い。体中の神経が悲鳴を上げて個性を使う事を拒絶する。
拘束レベルが最高の状態で個性を使おうとすると当然そうなる。
やはりこの襲撃はセルリアが手引きしているのは間違いない。どんな戦力を投入したところで青石ヒカルがいる限り、路傍の石ころ同然に蹴散らされるのは目に見えている。キチンと対策を立てたうえで襲撃しているのは当然か。M16なんて物を持ち出してきたのも相澤先生への対策だろう。
相澤が居ると事前に知っているのなら、最初から個性に頼り切りに襲撃してくることは有り得ない。
彼女は痛みに耐えながら状況を把握する事に努める。セルリアがどれだけ本気で準備してきていたのか、それを再確認していた。
…………
………
…
side--緑谷出久--
「動くんじゃねえぞ!
異形型と思わしき男が荒々しく声を上げる。その男が持っているのはライフル。銃を持っている男は一人ではない。
多数のM16自動小銃の銃口が
「なんで!? ここは日本だぞ!?」
「馬鹿かデク!
爆豪がいつの間にか傍に居た。生徒たちは本能的に拙い円陣を組んで、
爆豪の言葉に緑谷ははっとする。そうだ
緑谷はオールマイトに出会った日、そして繰り返し言い聞かされていた言葉を思い出した。
――プロはいつだって命懸け
緑谷はようやく理解した。今までの自分は何も分かってなど居なかったのだと。命をかけるという事がどういう事が理解していなかったのだ。
今にも囲んでいる
紛れもなくここに居る全員が命の危険に晒されている。青石ヒカルならどうにでも対処できるかも知れないが、彼女は先ほど頭を抱えて膝を着いてしまっていた。体調が思わしくないのだろうか。こんな時に限って、彼女の助けはどうやら期待できそうにない。緑谷達は自分たちの力でこの窮地を脱出しなければならない。
――緑谷君。私が力を貸すわ。あなたに個性が馴染んでないから時間がかかる。準備しているから、少し待って。
緑谷のアズライトが出てくる。彼女の顔も緊張していた。緑谷に宿った彼女の力は未知数だが、その力を使えば何とかできるかも知れない。
(分かった)
緑谷は心の中で返事をする。彼女は頷くとすうーっと影が薄くなり見えなくなった。
彼女は自らを”電脳感覚”の個性だと言っている。だが緑谷はそれは半分本当で、半分ウソだと考えている。
彼女は十年前の災厄を引き起こしたアズライトの残滓だ。ならばその力は青石ヒカルと、同じのものでなければ道理が通らない。緑谷はやろうと思えば青の少女と同じことが出来る筈だと結論付けていた。緑谷のアズライト自身はその事を否定も肯定もしていない。だが彼女は今、力を貸すと言っていた。間違いなくその力は電脳世界に及ぶだけではないだろう。
「理解が早くて助かりますね」
全身が黒い霧を覆っている男が一歩前に出てくる。その霧が個性で間違いないだろう。男だと判断したのは声が男の物だからだ。彼の素顔に体は、黒い霧のようなモノに覆われていて見えなかった。
状況からしてワープ系の個性の持ち主か。だからこの雄英に侵入できたのだ。
「さて、皆さん。我々は
逃げ場など有りません。我々の要求を受け入れて下されば去りましょう」
「はぁ!?
切島が勢いよく吠える。だがいつもの覇気はない。流石に勇敢な彼も怯えているのだろうか。
「戦うというのでしたら別に構いませんが、何人死ぬことになるでしょうね?」
「くっ……!」
端を見ると峰田実が縮こまって震えている。冷静に対応しているのは極一部か。大半の生徒はパニックに陥らないように精一杯だ。
ふと見ると青の少女とセルリアの様子がおかしい。なにやら小声で言い争いをしているみたいだ。こんな時にいったい何をやっているのか。
緑谷は冷静に状況把握に務める。
こうやって侵入してきているのに、警報も作動していないのは明らかにおかしい。やはりその対策も怠っては居ないのだろう。そして
銃の規制が進んでいる日本で、防弾の機能をコスチュームに持たせることは少ない。
各々の個性を最大限に生かすコスチュームへと進化してきた結果、銃への対策はおざなりになりがちだ。実際に防弾の機能が生きる場面が少ないので、防弾機能は最初から考えない事も多い。生徒たちのコスチュームの中で防弾出来るものは、果たしてどの程度有るのだろうか。そして防弾機能があるものも完全に防げるわけでは無い。もっと言えば何も覆われていない顔面を狙い打たれたらどうしようもない。
緑谷は先生方に目をやる。当然相澤や13号は銃対策の訓練を積み重ねてきているだろう。だが今銃を向けられている生徒たちは訓練も碌にしていない未熟者たち。
しかもこうも不意を突かれて多数の
先生達は戦闘しようと思えば出来る。その結果先生達だけ助かるだけならまだ可能だろう。だが戦ったら、犠牲者が出る事は避けようがない。生徒たちはいわば人質。緑谷たち生徒は明確に足手まといだ。
結論から言うならば、既にこの状況を作られた時点で詰みなのだ。
(目的のために手段は選ばない。……これが
「要求は何だ」
「先生!」
「先輩!」
相澤が前に出る。生徒たちに13号も引き留めようとするが、彼は止まらない。
「先生駄目だ! 相手は
緑谷が声を上げた。
相澤は一瞬だけ緑谷に目をやると、油断なく
「青石ヒカルという生徒。その引き渡しを我々は要求します」
「断る」
黒い霧に覆われた
「
(よし! セルリアさんの個性の説明は受けている。僕達の勝ちだ!)
緑谷はセルリアのその言葉で勝利を確信した。
セルリアの声が響く。彼女の個性で動けなくなる。彼女の個性は
詳細こそ明らかになってはいないがそれは、法月将臣と同じ個性。彼女の命令には逆らう事は出来ない。
彼女の命令は全ての人間を支配する。もっとも……
「なっ……動かねぇ!?」
「セルリアさん!? いったい何を。……! そういう、事ですかっ!」
動けなくなったのは
青の少女はその手を見つめ……
…………
………
…
side--セルリア--
予定通りにUSJへの襲撃は始まった。今のところ誰もセルリア達を不審に思っている様子はない。
セルリアは轟焦凍をちらと見る。彼は未だに決心が固まっていないようだ。例え轟が最終的に協力を拒んだとしても、作戦は止められない。轟と会えなくなったら青石ヒカルは悲しむだろう。だがいずれ彼女はこのままでは処分され殺されることは確定している。そんな事は絶対にセルリアに受け入れる事は出来なかった。
友達ならば、また幾らでも作ればいい。協力者が多いに越したことはないし、轟の個性は強力だ。味方になれば良いが敵でも別に構わない。
彼がどんな道を選ぶかは彼次第だ。もちろん個性で強制的に味方にすることは出来る。だがそれでは駄目だ。そんな事をしたら、あの法月と同じになる。それを受け入れる事はセルリアには出来ない。
横の青石ヒカルを見る。頭を抱えて苦しそうに悶えていた。個性を使おうとしたのだろう。その様子は痛々しくて見ていられないが、少しだけ辛抱して欲しいと心の中で謝った。
セルリアは彼女に約束した。必ず外の世界へ連れ出すと。今もなお褪せることない記憶。遠い空に思いをはせる女の子。
青石ヒカルをもう少しで救える。後は黒霧に指定していた場所に転移させるだけ。彼女はその後にゲンチアナというヴィジランテの組織に匿ってもらう手筈になっている。
痛みから立ち上がった青石ヒカルがセルリアに言い寄ってくる。
「セルリア、思い直して。駄目だよ。ボクの個性の事は知っているんでしょう。今ならまだ……」
「もう、止められない。止まる訳には行かないのよ」
「セルリア!」
「あなたは外の世界を見たいんじゃなかったの」
「……ボクは」
「迷っているのなら、力ずくでもあなたを此処から連れ出す。私は必ずあなたを救う。約束したもの」
彼女の中に巣くう個性への対策もきちんと立てている。いざとなったら彼女の個性の力なら、この地球に固執する必要性すらない。ちゃんと計画を立てて実行すれば火星をテラフォーミングし、そこに住まうなんて出鱈目な事も充分可能。それほどまでに青石ヒカルというは規格外な存在。実行こそされなかったが、事実彼女の個性を利用してそういう事をする計画もあった。
「青石ヒカルという生徒。その引き渡しを我々は要求します」
彼女の個性に天敵がいるとすればそれは相澤消太。幾らセルリアの個性が強力であったとしても、相澤の個性で抑え込まれている間は無力だ。だから彼の個性で彼の視線が向かないように黒霧達に陽動を仕掛けさせた。
青石ヒカルを連れ出すための本命はこちら。
黒霧と一瞬目が合う。 作戦通りに事が運んでいる事をセルリアは確認し、彼女は個性を使用した。
彼女は自らにインストールされたバイオウェア
イメージするのは鎖。彼女にしか見えないイメージのそれを生徒と相澤と13号に絡めていく。頭の中に流れ込む膨大な0と1の羅列。一般人には理解不能なそのデータを的確に処理。それらは各個人の脳内に広がっているネットワークそのもののデータ。個人が考えるための基盤そのもの。この世界そのものを0と1のデータで表現したものだ。
万物は理に従って動く。そこに例外はない。ありとあらゆるものは物理法則からは決して逃れられないし、裏に潜む法則に従って動いている。
サイコロを振ったら1から6までの目のどれかが出る。それらに法則性は無いように見える。しかし1から6までの数字が、どれも均等な確率で出現するという法則性は確実に存在する。更に言うなら1から6までの数になる事は決定しているのだ。当たり前の話だが6面のサイコロを振って7と言う目は絶対に出ない。
あらゆる現実は目に見えない、存在すらも疑わしいような、あやふやな道理に支配されている。
だが
世界の全ては理の上に成り立つ。その理を介入できるという事は、万物への絶対命令権を保有している事に他ならない。
だがその個性を扱う事は人間には途方もなく難しい。世界の理を操るそれは、コンピュータソフトで言うところのバイナリエディターに感覚は近い。例えばコンピュータソフトやアプリケーションは元を辿れば、0と1のデータの集まりに過ぎない。アプリケーションを0と1で全て表現されたとして、それが何を現しているのか人間に理解する事ができるだろうか。普通の人間には意味不明な0と1の羅列にしか思えない。
画像ファイルを0と1だけで表現されて、それがどのような画像であるか理解できるだろうか。例えばたった1メガバイトだけでも0と1の数は八百万にもなる。
どの0と1をどう変更したり書き加えたら、どのようになる。などと理解する事が果たして出来るだろうか。出来たとしても限られた人間にしか出来ない。
ましてや
常人ならこの個性
(ったくこの人数は流石に辛いわね。全く……法月は化け物か!)
個性を使い、道理そのものを書き加え、変更していく。人間の限界がある以上、この個性も決して万能ではない。
だが彼女が欲しいものは力ではない。万能でなくても構わない。守りたいものを守れるだけの強ささえあれば、セルリアにはそれでいい。
一番なんて勝手に奪い合っていればいい。そんなものよりも確かな価値があるぬくもりが、すぐ傍に有る。
セルリアはそれを守りたい。例え世界を敵に回すのだとしても、救いたいと思ってしまった。それだけで理由は十分だ。
救いたいという確かな願いの前に、ヒーローも
「
彼女は個性を使用して命令を発する。それは
クラスメイトと相澤と13号に向けた命令だ。
「なっ……動かねぇ!?」
「セルリアさん!? いったい何を。……! そういう、事ですかっ!」
どうやら八百万が最初に勘づいたようだ。轟を見るとやはり彼はまだ迷っているようだった。やはりこの状態で連れていく事は出来ない。昨日の時点では迷いなく協力すると思ったのだが見込み違いだったようだ。念のため口を割らないように個性をかけておいて正解だったかもしれない。
彼女は今明確に
青の少女に、セルリアは振り向いた。青の少女はそんなセルリアを、寂しそうに見つめていた。
「一緒に来て」
セルリアは青の少女に手を差し伸べる。彼女はその差し伸べた手を
「っ……!」
振り払った。パアンと乾いた音が響く。それは明確な拒絶だった。セルリアの目が困惑に満ちる。助けるために今までずっと生きてきた。どんな手段も使ってやっと今この場所にまでたどり着いたのだ。
そして青石ヒカルの夢の事も分かっている。彼女は何処までも自由に生きたいのだとずっと思っていたのに。いったい何が間違っているというのか。
なぜ彼女に拒絶されたのか、セルリアは理解できなかった。
セルリアは青石ヒカルの事を理解してなど、決してなかった。青石ヒカルも同様にセルリアを理解できていなかった。彼女たちは分り合えてなかった。互いに思い合っている存在すらも、お互いに分かり合えない。
そんな事も関係なく今日も空は、高く青く広がっている。青石ヒカルの願いを叶えるには世界は余りにも広すぎた。