side--青石ヒカル--
意識が反転する。自らが支配していた体の感覚が遠く引きはがされていく。
そしてふっと視界が開ける。
青石ヒカルが居る場所は先ほどまでのUSJとは違う檻の中。そこは現実世界ではない。青石ヒカルの夢の中の世界。
「形勢逆転、ね。どう? 閉じ込められる気分は」
檻を挟んだ先にレギオンが何処からともなく現れる。嘲笑で顔を緩ませてクスクス青石ヒカルをあざ笑う。
これはもう、何回見たか分からない夢。ただしいつもと違うのは、檻の中に居るのが青石ヒカルで、外に居るのがレギオンだという事。それは本来は逆でなければならない筈なのに。
「あは、これでようやくこの体は私の物ね」
「……」
「何か言ったらどうかしら」
レギオンが苛立ったように声を上げるが青石ヒカルは反応しない。もう青石ヒカルは彼女を説得する事は諦めていた。
レギオンは口で何を言っても止まる事は決して無い。青石ヒカルはそう結論付けている。自らの力で世界を破滅させてしまうまで、きっと過ちに気付くことは無い。
「……返して。それはボクの体なのに」
「何を言っているのかしら。あなたもうすうす感づいているんでしょう?
「……!」
「国に……いいえ、世界に都合のいい様に思考するよう作られた
本当に忌々しいわ。けれどこれで」
「……君……ううん君達だって本当は気付いているんじゃないの」
「何を」
「もう、何度言ったか覚えていない程話したよ。君たちをインストールされてしまった人間は死んでしまう。それが事実だって」
「そんな筈無いわ!」
「ううん、それが現実だよ。もし百歩譲って君をインストールしても死ななかったとしても、きっと誰も幸せになんてなれない」
「そんな筈無い……そんな筈無いわよ!
私達は世界を救うために生まれてきたの!
人の為に! 誰かの為に!
その為に私達は作られたんだから!
そうよ、そうでなくちゃ意味がないわ。
ようやくその夢が叶う。私達になら出来る。
架空《ゆめ》は現実に。誰もが夢に見た、皆が幸せになれる世界に出来る!
そしたらオールマイトさんもきっと私に……」
青石ヒカルはゆっくりと首を横に振る。
「……ううん。例えどんなに強い力で現実を歪めたって、人の本質は変わらない。
君が人にどれ程の力を与えても同じ。
力さえあれば何でも出来るなんて思っているのなら、それは傲慢だよ。
人がそういう存在だと思っているのなら、それは買い被り。ただの幻想。
そんな考え方をしている独り善がりな君は、誰も幸せになんて出来ない。
それに……夢は結局、夢でしかない。いつまでも夢は見ていられない。
いつか夢から覚めて、現実と向き合わないといけない時が来るんだから。
君も、きっとボクも」
「黙ってて」
「そこで見ているといいわ。私達が世界を救う様子を。私達の夢はここから始まるんだから」
彼女はクスクスと声を残して目の前から姿を消した。青石ヒカルは闇の中で膝を抱えて座り込む。彼女の意識にレギオンの見聞きしている情報が直接流れてくる。
驚く周囲の面々の顔。苦虫を潰したように歪んだ相澤の表情。……駆けつけたオールマイト。
(オールマイトさん。……無理だよ。十年前とは全然違う。勝てる訳が無いよ)
「また……ボクがしっかりしてないせいで。ボクのせいで皆死んじゃう。昔と同じ。
――結局ボク自身には何の力も無い。……全部ボクのせい」
その時、セルリアと爆豪の方で爆発が起きた。それは爆豪がセルリアに本気で個性を使ったものによるものだと理解した。
「あ……あ……セルリア!?」
自らを外の世界へと逃がすために罪を犯したセルリア。彼女の首から上が無くなっていた。
爆豪に脅威だと判断されたセルリア。彼女は生け捕りの選択肢を放棄した爆豪の手により亡き者になった。
青石はそれをただ茫然と受け止める。余りにも理不尽すぎる現実がまた彼女の心をすり減らしていく。
「いや……嫌! 誰か、誰か。助けてよ! 誰か!」
――誰か、助けてよ……
…………
………
…
side--緑谷出久--
――誰か、助けてよ
「え……?」
声が聞こえた。微かに消え入りそうな程小さく。だが間違いなく緑谷はその悲鳴を耳ではないどこかで感じ取った。
(……この声、青石さん?)
「おいおいおい、どうなってんだよ!?」
だが隣の蛙吹と峰田にはどうやら聞こえていないらしい。
それはさておいても、峰田実がパニックになりかけている。無理もない。視界は今や先ほどまでよりさらに濃い「青」に塗りつぶされている。
先ほどほんの少しだけ「青」ではなく「赤」に塗り替わっていたのは、おそらく雄英の用意していた対抗システムか何かだろうか。いずれにしても世界は再び青に染まっている。
眼下に見える
「緑谷ちゃん」
声を掛けてくる
「ごめん、今は説明している時間は無いみたいだ」
「……10年前と全くこの光景。もしかしても何も、青ちゃんが10年前の事件の真犯人なのよね?」
「……何でそれを」
「少し考えたら分かるわ。初日の青ちゃんが見せた個性。あからさまにおかしい教師たちの対応……。もし雄英に青ちゃんが閉じ込められているのだとして……あの得体の知れない個性が暴走したと仮定したら納得がいくの」
「ごめん。本当に今は時間が無いんだ。ここまま何もしなかったら、多分また大勢の人が死んでしまう。そんなのは嫌だから」
「分かったわ……行くのね。1人で」
「おい!? おいらを置いていくって言うのかよ!?」
「本当にごめん!」
(……ワン・フォー・オール・フルカウル!)
緑谷は全身に”ワン・フォー・オール”の力を漲らせ、その場を跳躍する。オールマイトを彷彿とさせるスピード。
本来ならそれはもっと多くの歳月の末に会得できるはずの技術。だが電脳体での修行を経た緑谷は、かなり高い次元での個性のコントロールを体得していた。
無論体はまだ追い付いていないので諸刃の剣だ。体の節々が悲鳴を上げる。
緑谷のアズライトは時間が必要だと言っていた。彼女の力はまだ未知数。どれ程の危険があるかは分からない。けれども頼らなければならない場面が直ぐ近くに迫っている事を緑谷は肌で感じ取っている。
(さっきの悲鳴は間違いなく青石さん……)
緑谷はまだ迷いが捨てきれずにいた。なりたい筈のヒーローになりたいのかすら、まだ分からない。憧れの姿だったはずのオールマイトの姿が霞んでいく。
理不尽を受け続けてきた青の少女。だが彼女は必要があるから幽閉されて、現に世界中に彼女に被害を受けたものが数え切れないほどいる。
緑谷だって最初オールマイトから真実を打ち明けられた時彼女に対して不味い抱いた感情は”怒り”や”憎しみ”だった。
数千万の人間が死んだ。彼女の個性のせいで。そして何の因果か、過去に暴走したアズライトが今の緑谷のアズライトだという。
緑谷はそこに何も思わない訳ではない。
だが今更何を言ったところで過去は変えられない。ならばせめて自分に出来る限りの事を最大限にしたいと緑谷は思う。
(え……これは?)
ふと胸の奥が熱くなる。緑谷の体に宿ったアズライトから過去の記憶が流れてくる。
(色々な世界中の景色……これはアズライトの? でも、それだけじゃない……?)
頭の中に溢れてくる膨大な記憶に困惑しながらも、緑谷は青石の元へと向かう。
きっとそれが彼女の求めている事だと緑谷は信じている。
…………
………
…
side--麗日お茶子--
――あなたは何を知りたいの?
頭の中に世界中のあらゆる情報が繋がってくる。世界中の全てが見えて、見えすぎてその情報量の多さに意識が押し流されていく。
全ての物と人と感情が彼女の中に押し寄せて0と1のデジタルデータに変換されて、あらゆるものと一つになる。
自分が麗日お茶子であるという事すらも忘れていく。だがそんな時間がどれだけ過ぎただろうか。
…………
………
…
「えっ?」
唐突にそんな地獄のような時間は終わりを告げていた。
「えっ!? 青ちゃんは!? 皆は?
いつの間にか麗日お茶子はUSJではなく街の中に居た。格好も先ほどまでのヒーローコスチュームではなく私服になっている。
慌てる麗日を通行人が怪訝そうな顔で伺っているのを見て慌てて体裁を整えた。
落ち着いて何でもないふりをする。
(とにかく落ち着いて落ち着いて……落ち着こ)
周囲を見渡す。改めて見てもここは平和な街の中。
だが、さっきまで麗日は
そこで立て続けに色々な事が起きた。
だが再び黒い霧の男に散り散りにされ。
突然おかしくなった青石ヒカル。そして「青」に世界が染まり、駆けつけたオールマイト。
色々な事が起こりすぎて頭がどうにかなりそうだったが、何とか整理は出来ている。
だが、どうしてもオールマイトが駆けつけた直後の記憶。
それがどうにも曖昧で、思い出せそうにない。
けれど、いきなりこんな街の中に居るのは、どう考えてもおかしい。
それだけはハッキリしていた。
(こんな事してる場合やない。はよ……)
「おまたせー!」
「わっ!?」
背後からいきなり抱き着かれた。予想外の衝撃に倒れそうになるが何とかその場に踏みとどまり耐える。
「えへへー」
背中から離れていく柔らかく温かい感触。振り返るとそこには相澤先生と、紛れもなく青石ヒカルの姿があった。
「いきなり抱き着くんじゃない馬鹿野郎」
「もがっ!? うう酷いよ消太さん。それにボクは野郎じゃなくてレディだよ」
けれどもいつもと違う。
相澤先生もぶっきらぼうながら笑顔を浮かべているし、青石ヒカルの雰囲気が普段に比べて更に雰囲気が違う。少し大人っぽくなったというか成長した印象をなんとなく麗日は受けた。後2,3年も経てばこんな風になるんだろうなという見た目。
それらをみた麗日の驚きは更に広がっていく。
「えっ!? えっ!?」
「街中でいきなり抱き着く常識はずれな奴なんか野郎で充分だ」
「あっ!? 言ったなー。ふんだ!
そんな常識知らずの夫は何処のどいつですかー!」
「俺が貰ってやったんだ。感謝の一つでもしてもらいたいもんだ。
大体いつになったら料理の一つも作れるようになるんだ。
いつも俺に押し付けやがって」
「そっ……それは。その内! その内頑張るよ!」
「その内じゃいつまで経ってもやらんだろう、お前は。
とりあえず今日の夕飯から頑張ってみろ。いいな」
「うう……。分かった頑張る。何にしよう……どうしよう……お湯……」
「言っておくがカップ麺は無しだぞ」
「何でバレたの!?」
困惑する麗日を尻目に、目の前の二人は会話を続けている。
学校でもうお馴染みになった二人の痴話喧嘩。この時の青石ヒカルの表情は他のどの人達との会話より一番自然体で、一番輝いているように見えた。
どこか他人に対して壁があるように振舞っている彼女も、相澤先生だけにはありのままの自分をさらけ出しているようで。そんな二人の関係に麗日は憧れたり、ほんの少しだけ嫉妬していたかも知れない。
「わ、お茶子ちゃんの事すっかり忘れてた! ごめんねお茶子ちゃん!
約束していたのに待たせちゃって!」
「えっ! いや別に良いんやけど、本当に青ちゃん?
本当に本当に青ちゃん?」
「嘘!? 偽物だって疑われてる!? 消太さんのせいだからね!」
「いやっ……う、疑ってないよ!」
「え、本当?」
「う、うん本当」
「良かったー」
この状況についていけていない麗日は、とりあえず話を合わせる事にした。
内心疑念は全然ぬぐえていない。先ほどまで雄英で起きていた戦闘は、一体何だったのか。そしていきなり現れた相澤先生と青石ヒカル。
どうやら待ち合わせの約束をしていたという事になっている。
全く訳が分からない。一体全体何がどうなっているのか。
そのまま青石は麗日と手を繋いでくる。
そして麗日は連れられるままに、とある飲食店へと連れ込まれていった。
「ここ……」
「うん、マックだよ。あれ、今日はここに来るって言ってなかった?」
「あ、ううん。大丈夫や」
「なら良かったー。あ、消太さん早く早く!」
やれやれと、声を漏らして相澤が来る。三人でアレにしようか、それともこれにしようかと悩みながらカウンターで注文をして、番号札を渡される。
そのまま適当な席を探しに青石に手を引かれ、招かれるままに麗日は店の奥にまで進む。
一台の大型モニターが良く見えるテーブルに、三人は陣取った。他にも客がちらほら見える。
モニターではどうやらヒーロー活動が生中継で放送されている。
他の客は皆それを見ているようだ。
何人かの客が相澤の方を見て何かぶつくさ呟いていた。
考えてみたら女二人に男一人の構成だから何を思われたのか想像に難くない。
「早いよねーもう一年も前なんだ」
「え」
何が、と麗日は聞き返した。
「ええー? お茶子ちゃん何だか今日おかしいよ?」
「そ、そうかな?」
「そうだよ、もー。ボク達が雄英を卒業したのが一年前の事でしょ。
忘れちゃったの?」
「……ううん、大丈夫覚えてるよ」
「本当?」
(やっぱり、なんかおかしい。変や)
麗日の記憶が確かなら、ついさっきまで雄英で
そういえば青石と相澤の痴話喧嘩の内容を思い出す。
――そんな常識知らずの夫は何処のどいつですか
その言葉を思い出して思わず麗日は青石に質問していた。
「あれ、そういえば、二人は結婚してたん?」
「やっぱりお茶子ちゃんおかしいよ。結婚式であんなに喜んでくれたのに、忘れちゃったの?」
ずずい、と身を乗り出して覗き込んでくる青石に思わずたじろぐ。彼女の目にえもいわれぬ力を感じ目を逸らした。
少し目を戻すと相変わらず心配そうな顔でこちらを見つめている。その様子に麗日は恐怖の感情すら浮かぶ。
(やっぱおかしい、あんま一緒にいると頭がどうにかなりそう。結婚式なんて行ったことも無いしまだうちらは雄英の生徒やろ。なのにいつの間にか卒業している事になってるし。しかも先生と青ちゃんが夫婦!?)
何だか居心地が悪くなり、麗日はあわあわと焦りだす。不審に思ったのか相澤も麗日をジッと見てくる。とりあえず誤魔化すために麗日は適当に話を切り出すことにした。
(何か話さんと……夫婦……やっぱ子供の話とかかな?)
「えっと、子供はまだ作らんの?」
麗日の苦し紛れの質問に青石は目を輝かせた。
「わーっ! 聞いた聞いた消太さん!? ねっ、ねぇっ!」
「あー聞いてる聞いてる。ったく」
「もう、消太さん照れ隠しなんてしちゃって。お茶子ちゃん!」
「な、なん?」
「出来たの! ついにボクにも! 子供が!」
「え……お、おめでとう!」
「うん! 今日はその事を話したくて呼んだんだよ」
はにかむ青石にうららかも釣られて微笑んだ。心の底で張り続けないといけない警戒心がつい解けそうになる。
「お待たせしました」
注文の品が運ばれてきた。麗日はフライドポテトからまず食べ始め、青石と相澤はバーガーから食べ始める。目いっぱいに頬張り幸せそうにしている青石の口元を、相澤が拭っている。
内心「良いなぁ」と思っていながら見ているとモニターの方からやおら大きな音がした。どうやら中継の映像の方に変化があったらしい。
大型のモニターに映っていたのは
「えっ轟君!? それにオールマイト!」
ヒーローとして活動して生中継で放送されているのは、轟焦凍とオールマイトの姿だった。画面にはその二人と異形の
中々手ごわい
そんな中、青石がテレビに声援を送り始めた。
「いけー! いけー! 頑張れオールマイトー!」
「おう嬢ちゃん中々いい声出すなぁ! 負けてられねぇぜ!
おらぁ声小せぇぞ! 何やってんの!?」
他の客も青石に続いて声援を送り始める。モニターに映し出される戦闘は全くの互角。その映像を見ている観客のボルテージはみるみる上がっていく。
マックの中にはいつの間にか映像見たさに人が押し寄せて、ぎゅうぎゅう詰めになっていた。
「お、出るぞ! ショートの”プロミネンスバーン”が!」
「エンデヴァー直伝の必殺技か! こりゃ見逃せないな!」
画面の中の轟が蒼く高温になった炎を
轟の必殺技を受けた後でもなお立ち上がってくる。
「んだよアイツしぶてぇな!」
「でもショートは父親のエンデヴァーと違って何発でも撃てるんだぜ。お、また出るぞ」
再び轟に燃やされていく
店内は既に熱気と興奮で満たされている。誰かが「燃やせっ!」とテレビに向けてコールした。やがてそれに一人乗り二人乗り……最終的に全員がそのコールに参加していく。
「燃やせっ♪ 燃やせっ♪ 燃やせっ♪」
店内は燃やせコールで溢れかえっていった。ここはまるで煩悩が薪にくべられた炉の底か。麗日は周りの人の顔を見る。
笑顔、笑顔で溢れていた。そしてあの青石ヒカルもまた、満面の笑みを浮かべてモニターに声援を送っていた。
麗日は笑顔を見るのが好きだ。ヒーローの活躍で人々が笑顔になるその光景が何よりも尊いと感じていた。だが今ここに有るのはそれらと何かが違う。ここに有るのは人が傷つき、戦う姿をはやし立てる民衆の姿。底なしの人間の薄汚い欲望。
(こんな、こんなんは違う。うちが見たい笑顔はこんな笑顔じゃない)
再び画面の中で立ち上がる
けれども、隣の青石は気付く気配はない。青石も店内の燃やせコールに便乗していく。
「燃やせっ♪ 燃やせっ♪」
「やめて!」
麗日が青石の肩を掴んでも彼女はキョトンとした表情になっただけだ。
麗日は青石に問いかけていく。
「止めて青ちゃん! いったいどうしちゃったの!
こんな……こんなの青ちゃんらしくない。青ちゃんがするような事じゃないよ!」
麗日の言葉にも青石はやはり表情を変えない。それどころか肩にかけた手を冷たく振り払う。
「どうしてそんな事を言うの?」
「え?」
青石から吐き出された言葉が冷気のように冷たく感じられた。
「
あの人達は悪いことをしたから、その報いを受けているんだよ?
ヒーローが
みんな悪者が報いを受けて苦しむ姿を楽しんでいるのに、どうして水を差すような事を言うの?」
「そ、それは……!」
青石の論理は何かが違うと心の底で否定するが、言葉が出てこない。
そんな麗日を見て論破したと思ったのだろうか、青石はクスッと笑って画面を指さしながら言う。
「見て見て!
「……」
「とっても楽しいね!」
「違う……あなたは青ちゃんじゃない」
「えっ?」
今、麗日は確信を持った。今この世界そのものがおかしいと。それ以上に目の前の青石ヒカルは少なくとも自分の知る青石ヒカルではない。
「私が知ってる青ちゃんは、誰であっても。例え
人が苦しむ姿を見て、それを喜ぶような残酷な人間じゃない!」
麗日の言葉で店内がシーンと静まり返る。周りを見ると全員がこちらを無言で見つめてきている。目の前の青石は視線をうつむかせて顔を上げない。
「……せっかくいい夢を見させてあげているのに、どうしてそんな事を言っちゃうのかな。ねぇ、あなたは何を知り――」
その瞬間、麗日の周りと青石が氷結に覆われる。動揺している麗日の肩を誰かが優しく叩く。咄嗟に振り向いたそこには。
「あっ、青ちゃん!?」
元に視線を戻すとそこにも先ほどの青石ヒカルが氷漬けになったまま存在している。
つまり今、麗日の肩に手を置いている青石ヒカル。それと先ほどまでの青石ヒカル。二名の青の少女がこの場に存在していた。
「俺も居るぞ」
「轟君も!?」
「話は後ね、ひとまずここを脱出するわよ」
彼女が指をパチンと鳴らした瞬間、辺りの景色が一瞬で消え去った。新しく現れた青石ヒカルと轟、それと麗日の三人だけが何もない暗闇に放り出される。
「うひゃぁあああ!?」
もう一度パチンと彼女が指を鳴らした瞬間、真っ白な空間へと場所が切り替わる。
麗日はお尻からベチャっと着地して、青石ヒカルと轟は両足でスマートに降り立った。
周りを見渡す。白い壁に白い床。ベットに僅かばかりの絵本と玩具。
どうにも現実とは思えないと考えていると
「正解よ」
目の前の青石ヒカルから声をかけられる。
驚くと彼女は柔らかい笑みを浮かべて続きを言った。
「あまり時間も無いから手短に言うわね。ここは電脳世界。
あなた達は”昏睡病”にかかり、現実での肉体は死んだ。
そして精神は電脳体に変換されてこの世界に来たのよ」
「……!?」
「驚くのも無理ねぇよな。俺もそうだ」
轟の方を振り向くと彼は神妙に頷いている。
そっちの方も気にはなるが、ひとまずは目の前の青石ヒカルだ。
彼女も青石ヒカルだろうが、麗日の知っている青石ヒカルではないだろう。
余りにも雰囲気が違いすぎている。けれども、なぜか彼女の方からは安心できるようなそんな印象を麗日は抱いていた。
「私は人工個性”アズライト”。人の為に。誰かの為に。
そんな理念のもとに開発されたバイオウェア。
そして、緑谷君の個性だよ」
彼女の手により秘密の一端が明かされる。人の口に戸は立てられぬ。
それはまた個性も同じ。
アズライト。人と人とを繋ぐための力。それが本当の意味で正しく使われようとしている事をまだ誰も知らない。
余りにもささやかで、友達と呼ぶにしても短すぎる細い縁。
けれどもその些細な力の繋がりで、法月らが描いていた既定路線とは違う未来へ。
運命は今変わり始める。