青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第34話

side--相澤消太--

 

「それは、法月の指示か?」

「いいえ、()()()()()()。相澤様」

 シアンは先ほど口にした。レギオンと共に行くと。

 彼女は青の少女を、外の世界へ連れ出すつもりだ。

 相澤はじろりとシアンを睨む。

 シアンは微動だにしなかった。

「それがどういう意味か、分かって言っているんだな?」

「ええ、勿論」

 相澤の言葉に、彼女はいつも通りの口調で答える。

 だが彼女がやろうとしている事が本当なら、死刑。いやむしろ死刑などでは足りない程の重罪だ。

 当然シアンもその事を理解している。

 そしてそれを聞いた相澤が、どういう対応を取るべきなのか。

 それも彼女は理解している。

 全てを承知したうえで彼女は相澤に打ち明けた。

 つまりそれが意味するものは……。

「俺に一緒に来い。そう言っているのか」

 彼女は「はい」と返した。

 相澤は天を仰ぐ。

 今までの青石ヒカルとの思い出が後から後から湧いてくる。

 彼女はずっと自由になりたいと願っていた。

 いつも空を見上げ、外の世界へ憧れていた。

 しかしこのような形で自由を手に入れることを、青石ヒカルは望んでいない。そのくらい相澤には分かる。

 どこまでも自分勝手でありながら同時に。

 世界の為に犠牲になる事を善しとする、天性のお人好しでもあるのだから。

 もう一度頭に青石ヒカルを思い描く。

 視線を下げると、かつて青石ヒカルだった亡霊が目に入る。

 何が正解で、何が不正解なのか。それは誰にも分からない。

 相澤は分からないなりに考えぬいて、答えを出した。

「俺は一緒には行けない」

「……それが答えですか」

「ああ」

「そうですか」

 彼女は相澤に背を向ける。

 その背中に「待て」と声を掛けた。彼女は顔だけこちらに向けてくる。

「本当に、行くつもりか」

「ええ。もっとも、それを彼女達が、()()()()()()()()()()ですが」

「……望んでいるに決まっているだろう。あいつらは」

「いいえ」

 シアンは首を横に振った。

「きっとあの子の本当の願いは違います。多分、本人すらも気付いていないのですが。

 まぁ気付いていたら、この様な事態にはなっていませんし、意味のない話ですが」

「何を言ってやがる」

「相澤様。あの子の願いが本当は何なのか、分かりませんか?

 ……あの子の本当の願いは、とっくに叶っていたのですよ」

「は……?」

「そして叶えていた本人は気づいていない。

 やはり人と人が分かり合うというのは、本当に難しいものなのですね」

 シアンが音もなく去っていく。

 景色が更に青くなっていく。

 青石ヒカルの亡霊はまだそこに居る。

 穏やかな表情をたたえ、相澤を見つめていた。

 

…………

 

………

 

 

side--青石ヒカル--

 

 話をしようと麗日お茶子は言った。

 だが青石ヒカルは何を話したらいいのか分からない。

 まごまごしている彼女を見て、麗日はおかしそうに笑った。

「わ、笑わなくたって……」

「ごめんごめん。でも、いつもの青ちゃんだなぁって思って」

「ボクいつもこんな感じなの?」

「そんな感じだよ」

 青石ヒカルは不機嫌そうにそっぽを向く。

 麗日は何とかクスクス笑いを止めた。真面目な顔に戻って青石に言う。

「昔の話を聞かせてよ」

 お茶子の言葉に青石は聞き返す。

「昔の?」

「うん、青ちゃんって全然自分の事話さないからね」

「ボクの話なんて大したこと何もないよ?」

 青石の疑問に麗日は強めの口調で返す。

「私が知りたいんだよ。青ちゃんのこと。青ちゃんの事。

 ちゃんと知っておきたいんだ」

「知ってどうなるの?」

「青ちゃんのことを知れたら私が嬉しい」

「嬉しい? ボクの事を知って」

「友達を知れたら嬉しいのは当然じゃん」

「……分かった。じゃあ……」

 

…………

 

………

 

 

side--緑谷出久--

 

 緑谷は生徒達の前衛として前に立つ。

 アズライトに治して貰った手足の調子を軽く確かめた。

「どう?」

 言葉短く具合を確かめてくる緑谷のアズライト。彼女にまだ名は無い。

 緑谷は首を縦に振る。

「問題ない。むしろ絶好調だよ」

「良かった……来るわよ!」

 緑谷のアズライトの警告。オールマイトが緑谷の方に突っ込んでくる。

 それを見ていると途端に、辺りの景色がゆっくりと見え始めた。

(何だ?)

――緑谷君のフリッカー融合頻度を高くした

(何? その……ふり……)

――フリッカー融合頻度。要は私の力を使って、スローモーションに見える様にしたの

  現に周りの皆止まっているように見えるでしょう?

 彼女の言う通り、周りの全てが止まっているように見える。

 だが注意深くよく見ると少しずつ動いている。

 つまり緑谷の思考速度が大幅に増しているという事だろう。

(本当だ……凄い)

――これほどゆっくりに見えたら、経験も技術も関係ないわ。

  好きなだけ見てから動くことが、出来るから。でも気を付けて。

  あくまで処理しているのはあなたの脳。傷の再生も同じ。

  使いすぎると、とんでもない代償を払わないと行けなくなるわよ。

(分かった……あくまで使いどころを考えろって事だね)

――ええ、もっと時間があれば、私の力をもっと使えるのだけど。

  まだあなたには力が馴染み切っていない。……非力な私を許して欲しい

 緑谷のアズライトの声がゆっくりと消えていく。

 段々と世界に速度が戻ってくる。

 戻りゆく速度の中で緑谷は最適な動きを考え、導き出す。

 オールマイトの行動のその先を完全に読み切り、緑谷は

「そこっ!」

「なに!?」

 完璧なカウンターを繰り出した。緑谷の拳がオールマイトの腹に吸い込まれるようにヒットする。

 オールマイトの動画は今まで何度だって見ていた。

 彼のパンチや蹴りもこれ程かという程、穴が開くほどに見てきたのだ。

 その上でアズライトのサポートが有る。

 緑谷はワン・フォー・オールの力をインパクトの瞬間にだけ使用する。

 最小限に、そして最大限に。

 ワン・フォー・オールの100%を刹那に、緑谷の腕が耐えられる時間の間だけ使用する。

 オールマイト自身の速度も乗った緑谷の一撃は、先ほどまでと違い確かな手ごたえを感じた。

「ぐっ……緑谷少年。やるな」

 後退したオールマイトの口の端から垂れるのは血。

 その確かな成果に、今の緑谷は素直に喜べない。

 緑谷の攻撃で、内臓にダメージを受けたのだろう。

 コンクリートの建物すらも粉みじんに吹き飛ばし、天候すらも変える力だ。

 さっきの緑谷のパンチを、普通の人が食らえば肉片になっている。

 先ほどまで自らが受けた痛みを思い出す。殴られるとはどういう事か。

 痛いとはどういう事なのか改めて思い出す。

 確かにオールマイトの言う通り、暴力とは野蛮なものでしかないのかも知れない。

 だが、そうする事でしか守れないものが有るから。

 例え自らの手が汚れる事になろうとも、人は戦うのだろう。

「僕が今からやろうとしている事は、きっと最低な事なんだろうって思います。

 だけどオールマイト。人の命より大事なものなんてない。

 あなたが世界を犠牲にしてまでレギオンを守ろうというのなら……僕はそれを止める!」

「止められるものなら……止めてみろ!」

「八木さん!」

 レギオンが声を上げる。オールマイトは

「手を出すな!」

「でも!」

「これは私の戦いなんだ。私が戦うべきなんだ。手を出さないでくれ!」

 オールマイトの言葉にレギオンが渋々と言った感じに頷く。

「分かったわ……」

「どぉこ見てやがる!」

 レギオンの背後に回り込んだ爆豪が吼える。

 青の少女が爆炎に包まれた。

「オラァ! 死ね! 諸悪の根源が!」

 連続で爆撃を放つ爆豪。少女は為すすべなく、爆撃を甘んじて受けているように見える。

 しかし爆炎の中から、彼女は無傷で現れた。

「セルリアを殺したのはあなただったわね。私、怒っているのよ?

 爆豪君、暴力はいけない事よ」

「がっ!?」

「かっちゃん!?」

 レギオンに首根っこを掴まれた爆豪。レギオンはその見た目にそぐわない力で爆豪を片手で捕縛した。

 爆豪が必死に抵抗するもまるで小動もしない。

 そのまま彼女は爆豪を、地面に叩きつけた。

 ぐぎっと鈍く嫌な音がする。爆豪の腕が曲がってはいけない方向にひん曲げられていた。

 爆豪は言葉にならない苦悶をもらす。

「ねぇ爆豪君。どうして、あなた達は……ヒーローは暴力を振るおうとするのかしら?

 何があなた達を暴力へと駆り立てるのかしら?

 痛いでしょう? 暴力なんてそんなものよ。

 肉は抉れて血が流れ、傷跡が残り、時には命すら奪われる。

 暴力にはぶっ飛ばす、倒す。色々な表現は有るけどね、どれも一緒。

 どんなに優しい言葉で、オブラートに包んでも現実は変わらない」

「うるせぇ……」

 額から血を流しながら爆豪は反発する。

「なぜ私の話を聞いてくれないの爆豪君?

 何があなたを、そんなに粋がらせるの?

 あなたの個性がいけないのかしら。

 悪さをするのはこの手かしら。……Worm(ワーム)

 彼女は爆豪の両手に手を添える。彼の両腕は黒い球体に飲まれた。

「ぐぁああ!!!」

「あはははは! これであなたは”無個性”ね」

 黒い球体が消えたそこに爆豪の腕は無い。

 彼の両腕は跡形もなく消失してしていた。

「かっちゃん!」

「よそ見とは余裕だな、緑谷少年!」

「! がはっ!」

 爆豪に気を取られた緑谷は、オールマイトの一撃をもろに食らって吹き飛ぶ。

 だが直ぐに立ち上がる。緑谷のアズライトがダメージを立ちどころに修復してくれる。

 遠くで爆豪に話しかけるレギオンの言葉が聞こえてくる。

「昔教わった事だけどね。

 殴られれば痛い。蹴られても、爪が剥がれても、床に叩きつけられても当然痛い。

 痛みが生じたその瞬間、頭は痛みに支配されるの。

 あなた達はそんな当たり前の現実から、なぜ目を逸らすのかしら?

 ヒーローはアツくて格好いい? 戦って勝つ姿がそんなに好き?

 ヒーローが(ヴィラン)をやっつけるとスッキリして爽快?

 あはは……本当に馬鹿ね。

 ヒーローがやっている事なんて、そんな最低の事でしかないのに」

「爆豪君!」

「かっちゃん!」

 緑谷は爆豪の方に必死に寄ろうとする。だがオールマイトはそんな緑谷の前に立ちふさがる。

「どこを見ている緑谷少年」

「退けよオールマイト!」

「ちぃっ!」

 焦る生徒達。轟が氷結を放つが彼女には届かない。見えない壁に遮られる。

 八百万が放つ銃も通用しない。飯田が先ほどと同じように近づこうとするが。

「何だこれは!?」

 やはり見えない壁のようなものに遮られる。

 レギオンに近づくことが叶わない。

「さっきは油断しちゃったけどね。二度目は無いよ。

 緑谷のアズライトの力を借りても、そもそも脳の演算力が全然違う。

 同じ性質の力がぶつかり合ったら、より質の高い方が勝つ。

 当たり前の話。この体はアズライトに合わせて最適化されているんだから」

「そう、うまい話はねぇか……」

 轟が左の力を開放し、身の丈を遥かに超えた莫大な炎が放出される。

 その炎を一つにまとめて、凝縮。まるで剣のような形に収まった。

「あら素敵、ヒーローの必殺技とやらかしら?」

「そんな大層なものじゃねぇよ」

 轟が氷結の能力を使用して地面を滑る様に進む。爆豪を押さえつけているレギオンに、一気に肉薄する。

 轟はそのまま凝縮された炎を切りつけた。

「ふふ」

「くそっ!」

 だがやはり届かない。轟の炎の剣は、彼女に届く寸前で侵入を拒まれる。

 彼女は爆豪を足元に跪かせて余裕の笑みを浮かべている。

 地面を介して氷結させようとしても拒まれる。

 元々世界を救うために作られた力だ。やはり伊達ではない。

 また未熟なひよっこが勝てるはずも無い。といっても、緑谷のアズライトに個性を増強されている状態でこれだ。

 単純な力ならそこらのプロヒーローなど遥かに上回っているのだが……。

「轟君、止めて。暴力はいけないわ。私は戦いたくなんてないの」

 レギオンが歌うように囁く。

「黙れ」

「轟君。青石ヒカルじゃなく、て今の私が本当の私なの。どうして分かってくれないの?」

「黙れ! お前は本当のお前じゃねぇ!」

 轟の炎が更に大きく燃え上がる。

 剣の形に凝縮していた炎を開放する。

 指向性を持たせて爆発的に広がった炎は彼女を包み込む。

「無駄だと分からないのかしら?」

 炎の中から現れるのは無傷のレギオン。それと両腕を奪われ弄ばれる爆豪の姿。

「かっちゃん!」

 焦る緑谷、だがオールマイトもさる者。中々粘っこく倒れない。

 先ほどより体から蒸気のようなものが吹き出ている。限界時間が近い証だ。

 だが未だマッスルフォームを保っているのはその気力ゆえか。

 彼から凄まじいまでの執念を感じる。

「緑谷君、ここは俺に任せろ!」

 飯田が緑谷の元に来た。

「飯田君!」

「爆豪君を頼む。俺たちがやるべきは青石ヒカル君を正気に戻す事だ。

 忘れないでくれ」

「でも、相手がオールマイトじゃ」

「俺でも時間稼ぎくらいはして見せるさ。行ってくれ緑谷君」

 緑谷はオールマイトを視界に収めながら、飯田の方を伺う。

 飯田が無言で頷く。緑谷は爆豪がレギオンに嬲られている光景を見て

「ごめん!」

 そちらの方に駆け出した。緑谷に行こうとするオールマイトは飯田が抑えてくれている。

「待て!」

 背後からオールマイトの声が聞こえるが無視する。

 地面に転がされている爆豪の方へと駆け出す。

「あはは、どう? 痛いかしら爆豪君?。

 でもね、私やセルリアが感じた痛みはこんなものじゃないよ?」

 レギオンが再び腕を振るう。今度は黒い球体が爆豪の両足を包んだ。

 そして数秒後に両足がなくなった爆豪の姿。

 両手両足が奪われた爆豪の腹を、レギオンは思い切り蹴りこむ。

 爆豪は痛みに悶絶している。

「どう? 暴力はいけないんだって分かるでしょう?」

 暴力はいけないなどと言う彼女が、爆豪をいたぶる姿は醜悪で異様な光景だった。

「やめろ!」

 緑谷はワン・フォー・オールの力でレギオンの顔面目掛けて殴りかかった。

 薄ら笑いを浮かべる彼女。拳はやはり彼女の寸前で停止する。

「緑谷君」

 彼女は目をつむり、子供をあやすような口調で緑谷に話しかけてくる。

「殴ってはいけないわ。暴力はいけない事よ」

「どの口が!」

 爆豪を散々痛めつけておいてと緑谷は怒る。

 緑谷の瞳に「青」の炎が灯る。

 彼女を覆う障壁。それが邪魔で彼女には攻撃が届かない。

「――なら!」

(アズライト――腕の修復の準備を!)

――何をするつもり?

(いいから!)

「まずは!」

 緑谷はワン・フォー・オールの力を100%で障壁に放った。右腕がうなり凄まじい轟音が響く。

 音速を超えた拳がソニックブームを引き起こした。

 だがそのパンチを放った腕は見るも無残な、血だらけの肉になっている。

「暴力は止めて……効かないと言っているでしょう!」

「そうかな!?」

 自らの力で自壊して、激痛に苛まれる腕が結晶に包まれる。それを再び緑谷は構える。

 放たれた拳が「青」の光を放ち、再びレギオンが張っている障壁にぶち当たる。

「あああああ!!」

 両腕で猛然とラッシュをかける緑谷。障壁に当たっては砕け、当たっては砕け。

 自壊する度再生する。痛みなど知らない。

 全ての繰り出す攻撃が正真正銘の100%。もしくは、それ以上の力を込めて繰り出す。

「っ! まさか……このまま強引に突破するつもり!?」

「そのまさかさ!」

 緑谷の限界を超えた攻撃。

 放つ度拳が砕けるが、強引に腕をアズライトにより再構成。

 再生された腕を再び障壁にぶつけていく。それを一秒の間に何十回と繰り返す。

 その一撃一撃が全盛期のオールマイト以上の破壊力。

 それは本来、緑谷が長年の修練の先に到達できるはずの領域。

 そこに緑谷のアズライトの力借りて強引に踏み込む。

 拳と腕が弾けるたびに襲い掛かる激痛。それが一秒の間に何十回と緑谷に降りかかる。

 それを尋常ではない精神力で無理やり抑え込む。

 自然と表情は笑顔になる。踏み出す足に力を籠める。

 ありったけの気合が入った咆哮を上げた。

「ああああああ!!!」

「止めて! 緑谷君、暴力はいけない事よ!

 無駄! そんな事をしても無駄なの! あなたが、傷つくだけよ!」

「今更! 何を言ったところで! 止まるものか!」

「やらせるか!」

 遠くでオールマイトが緑谷に来ようとするが

「行かせねぇよ」

 轟がカバーに入る。

「頼む! 緑谷君! 青石君を解放してやってくれ!」

 飯田も立ちはだかる。

「お願いします緑谷さん!」

 自らがの力で吹き荒れる風の向こうから、仲間たちの声援が聞こえる。

 彼女の張っている壁を少しずつ削り取っていく。

 痛みで既に頭は朦朧としている。

 普通ならただの一度でひっくり返る痛み。それを何百何千と受けている。

 限界などとっくに過ぎていた。

 だが緑谷は倒れない。倒れる訳には行かない。

 だから緑谷は倒れない。

 そうしなければならないと、緑谷は感じている。

 そして、それは誰よりも、目の前のレギオン自身が望んでいる。

 なぜか緑谷はそう確信していた。

 レギオンの「青」と緑谷のアズライトの「青」が激しくぶつかり、混ざり合う。

 互いの思いが響き共鳴していく。

 緑谷は自らの中、何かが目覚める感覚を覚える。

 限界を超えたその先で、緑谷の個性が新たな力に目覚めていく。

「頼むアズライト! 僕達の思いを、届けさせてくれ!」

――ええ!

 緑谷の目に宿る光が強くなる。強く、より強く。

「……なに? 何なの? 知らない! こんな力……私は知らない!」

「まさか……これは……緑谷少年!」

 レギオンの焦る声。オールマイトは何かに勘づいたのだろうか。大声を上げる。

 だがそれに戦意は感じない。

「温かい……なんて優しい光……」

 ワン・フォー・オールが更に輝きを放っていく。

「声が……聞こえる」

 緑谷のアズライトが心を繋げ、それが緑谷の中に流れ込んでいく。

 轟の過去が、飯田の思いが、八百万の覚悟を感じる。

 

 ワン・フォー・オール。それは力をストックする個性。

 そしてストックする力は単純な”力”だけに留まらない。

 それを緑谷は知っている訳では無い。だが肌で感じていた。

 今の緑谷には分かる。この個性は緑谷一人だけのものではない。

 歴代の継承者が紡いで繋げて来たものだ。その願いの欠片も、この個性の中には宿っている。

 そしてアズライトの個性すら、ワン・フォー・オールの中にストックされ蓄積されていく。

 

 全てが一つになる。

 拳を叩きつけているのは緑谷。だが戦っているのは彼一人ではない。

 目に見えない数多くの人達も、一緒に戦ってくれている。

 その思いが伝わる。

 思いを繋げる個性。分かり合うための力。

 皮肉な事にそれは対話ではなく、この戦いの場で目覚めようとしている。

(分かる……感じる……。皆の思いが。オールマイトの思いも!)

 

――緑谷。

 轟の声が

――緑谷君。

 飯田の思い

――緑谷さん。

 八百万の願い

――デク!

 爆豪の素直でない声援が

――デク君!

 何処からか麗日の声も

――緑谷少年……

 そしてオールマイトの気持ちが分かる。

 

(みんな同じなんだ。皆この子を……)

 緑谷の中のワン・フォー・オール。

 アズライトで繋げた思いを積み上げる。

 アズライトの力。

 人の為に、誰かの為に。

 互いを分かり合うための個性。それがワン・フォー・オールに触発されて目覚める。

 ワン・フォー・オールの力もアズライトにより導かれて、新たな力に覚醒していく。

 二つの個性が混ざり合い、世界の何処にもない力が生まれる。

 未来を切り開く力。法月達が予想もしていない希望が。

 心に、抱えきれない想いが溢れる。

 皆の願いが力に変わる。なんでも出来る。

 どこまでも行ける。更に向こうへ。

 人が誰かの為にと願う気持ちが、光になって広がっていく。

 緑谷とそのアズライトは、共に新たな扉を開いていく。

 

 ビシッと障壁にひびが入った。。

 互いを隔てる見えない透明な壁が音を立てて崩れていく。

「嘘ッ!? 何この力は? これど程の力があなたの何処から……」

「僕だけの力じゃない! 僕一人だけでは適わなかった!

 だけど、皆が居るから、僕達はまた戦える。

 一人じゃないから立ち上がれる!」

 辺りを緑谷から解き放たれた光が満たす。

 人の為に、誰かの為に。

 人と人の心をつなぐ光。アズライトの新たなステージ。

 人と人をアズライトが繋ぎ、ワン・フォー・オールがその思いを積み上げる。

 分かり合うための個性はワン・フォー・オールと混ざり合い、新たな力に生まれ変わった。

「……一人じゃない? ……ふざけないでよ!

 人は一人よ! 本当は、誰とも分かり合えない! 誰も私を理解してくれない!」

「じゃあ君のその夢は一体何なんだ!?」

「……!」

 レギオンの目が見開かれる。

「君が言いたいことは分かる! 君が受けてきた苦しみも!

 確かにヒーローがやっている事は最低な事なのかもしれない!

 だけど! それは、(ヴィラン)のものとは全然違う!」

「……あなたは、あなた達は何を知りたいの!?」

「皆、同じさ!」

 ゆっくりと流れる視界の中で、青の少女の表情が見える。

 世界中に被害をもたらしている青の少女。

 作られて閉じ込められて、利用された末に殺される少女。

 レギオンと呼ばれる彼女は何処かで見た事があるものだった。

 それはいつの日かの、ヘドロ事件の時にも見た顔。

 ひび割れた透明な壁の向こうの彼女は――(たす)けを求める顔をしていた。

 

「君を――(たす)けたいんだ!」

 

――ずっとその言葉が、欲しかった。

(……えっ?)

 緑谷のフリッカー融合頻度が急激に高まっていく。

 全ての景色が「青」から解放されていく。

 

 ゆっくりになった時間の中、周囲の風景は止まる。

 二人の間に隔たる心の距離が0になる。

 アズライトとアズライトの力が衝突し、本来の力が発揮されていく。

 人の心と心を繋ぐ個性。

 それは人が互いを理解し合えるように。

 

 周囲が真っ白に染め上げられて、二人きりの空間に変貌した。

 緑谷の拳がぼろぼろになった障壁に突き刺さった。

 彼女の壁は最後の一撃で、ガラスが割れたかのように崩壊する。

「ああ……」

 レギオンが己に降りかかるであろう拳に怯え、体を抱いている。

 緑谷は周囲を見る。

 先ほどまで周りに居たはずの、轟達や、オールマイトは何処にも居ない。

 何もかもが真っ白に染め上げられた部屋。

 生活する上で最低限のものしかない無機質な空間。彼女が育った部屋。

 ここが、彼女にとっての世界の全てだった。

「君は――寂しかったんだね」

 緑谷の言葉にレギオンが黙って頷く。

 彼女はいつの間にか、小さな子供の姿になっていた。

 それは緑谷のアズライトに見せられた記憶の時と同じ。

 オールマイトに痛めつけられた時と、同じくらいの年齢の姿だ。

 これが彼女の本当の姿なのだろう。

 きっと彼女はオールマイトと分かれた時から、全く変化していなかった。

 むしろ変化していけないと思っていたのだろう。

 ずっと胸に抱いていた思いが色褪せないように。

「……本当は、ずっと分かってた」

 レギオンは涙声でしゃくり上げる。涙を必死に堪えて顔を両手で覆っている。

「私の力が人は受け入れられないって、ずっと知ってた。

 でも私、ずっとなりたかった。人の為に、誰かの為に。

 ――私はヒーローになりたかった」

 彼女が張っていた透明な壁。それは彼女自身の心の壁。

 なぜ、緑谷の拳で壁が砕けていったのか、何となく分かった気がした。

 本来彼女の力なら緑谷に障壁を突破など出来る筈もなかった。

 けれど実際には壁は壊れた。きっと彼女は、緑谷の拳が傷つくのを、見ていられなかったのだ。

 だから、障壁を崩す事にした。

 そうしなければ緑谷が壁に拳を打ち続け。傷つく時間だけが増えていくだけだったのだから。

 それに彼女が気付いていたか、それは定かではないが。

 何のことは無い。彼女は最初から最後まで同じだった。

 人の為に、誰かの為に。そう信じてずっと彼女は生きてきたのだから。

 彼女は彼女なりに本気だった。

 ただ不幸だったのは、その力故に誰にも理解される事なく。

 誰からも愛を貰えることも無く。

 人の為に、誰かの為に。

 具体的にどうすれば良いのか、誰にも教えてもらえなかった事か。

 彼女は、誰かの側に居たかった。

 本当の彼女の願いはきっとそれ。

 彼女はただの、寂しがり屋だったのだろう。

「君にとって、ヒーローとはどんな存在だった?」

 緑谷の質問に彼女は少しの間考える。

 嗚咽はまだ収まらずずっとしゃくり上げている。

 そしてぼそりと呟いた。

「そばに、いてくれる人」

 彼女の言葉と同時に、景色が一変する。

 緑谷とレギオンは巨大な檻の中に居た。

「デク君!?」

「う、麗日さん!? どうしてここに……」

 共に驚く麗日と青石ヒカル。

 麗日の隣には、青石ヒカルの姿があった。

 いつものように青い髪、白いワンピース。

 彼女は幼いレギオンの元に歩み寄ると

「痛っ」

 一つ頬を叩いた。

 その後、優しく抱きしめる。

「君は……ううん、ボク達は謝っても許されない事をしたんだ」

「……うん」

「これから先どんな事をしても償えることは無いんだ。決して許されないんだ」

「……うん」

 幼い青の少女が、青石ヒカルの胸の中で涙を流す。

「だけど、ごめんね」

「どうして?」

 青石ヒカルの言葉にレギオンが戸惑う。

 青石ヒカルもレギオンと同じく涙を流している。

「ずっと君の事が分からなかった。ずっとボクは君がいるせいで閉じ込められて。

 世界も危機に陥れて、そう思っていて。ずっと憎んでいた。

 ボクは君の事を理解するのを諦めていた」

「……私、私はね! ずっと寂しかった……ずっと誰かに側に居てほしかった!

 でも……」

「うん、人は死んだ」

 彼女たちはただお互いに抱きしめ合う。

 麗日が緑谷の元に来た。

「デク君はどうやってここに?」

「分からない。でも、きっとアズライトが連れてきてくれたんだ」

「そっか」

「うん」

 交わす言葉は短く少ない。だがそれでいいと緑谷は思う。

 青石ヒカルと麗日お茶子。彼女たちはきっとここで散々話し合ったのだろう。

 互いに分かり合うために。

「緑谷君、お茶子ちゃん」

 青石ヒカルがレギオンの手を引いてこちらに来る。

 レギオンは、まだ泣き止んでいない。

 自らが引き起こした惨事がどれほどの物か、既に彼女は理解している。

「もう、世界で死人は出ないよ。今頃世界は元通りの色を取り戻している」

「良かった」

 安どする緑谷。

「だけど」

 短くそれでいて強く言葉を切る青石ヒカル。

()()()()()()()()()()。これは世界における絶対的な真実だよ」

「生き返らせる事は出来んの? 何でも出来る個性なのに?」

 麗日の質問に青の少女は、二人とも首を横に振る。

「出来るけど、出来ない。それをしてはいけない」

「なんで……」

 緑谷の疑問に青石ヒカルが答える。

「例えば、緑谷君が死んだとして。それを私が蘇らせたとするね。

 だけどそこに蘇るのは、()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あなたが死んだとき、決してあなた自身が蘇ることは出来ない。

 存在と無の地平。それを超えた暗闇の向こうに落ちた意識は、二度と元には戻らない」

「私達の力で出来るのは、死者の蘇生じゃないの。

 出来るのは死んだ人と同じ思考。同じ記憶をもつ()()を作る事。

 それを死者の復活と言っていいのか、私には分からない」

 レギオンの表情から何かを読み取ろうとしたが、緑谷には分からない。

 彼女はどうするべきなのか、まだ決めかねているように見える。

「緑谷君、麗日さん。それでもいいのなら。私達は出来る。

 死んだ人と同じ思考。同じ記憶をもつ別人を作れば。

 第三者から見たらまさに、死者の復活と見分けはつかない。

 例え中身(たましい)が、別人であったのだとしても。

 ……今回、私のせいで日本国内では半分の人が、国外では90%以上の人が死んだ。

 それらの人達全員が復活したように見えたのなら、世界はそれを奇跡だと呼ぶでしょう」

「……それは」

「私達は個性。人工個性アズライト(A z u r i t e)

 人の為に、誰かの為に。その為に存在する個性。

 だからそれをするかどうか。それは()()である二人の判断に任せるね」

「……麗日さん」

「私の中でどうするかは決まったよ」

「僕も決まった」

「じゃあ……」

「うん……僕たちは――」


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