青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第5話

 相澤は少女を地下まで送り届けた後、地上に戻った。

 そして相談室で待たせている緑谷を迎えにいく。

 相談室の扉を開いたら、緑谷がガチガチに固まりながら椅子に座っていた。

 おおかた除籍処分になるんじゃないかと、心配しているのだろうと相澤は思う。

 彼の右人差し指には包帯が巻かれていた。

 相澤の指示通りに、リカバリーガール(婆さん)の治療を受けたようだ。

「緑谷待たせた。付いてこい」

 入り口から短く言葉を掛ける。扉を開けたまま廊下を歩きだす。

 ちらりと後方を振り向くと、緑谷が慌てて相澤の後を付いてきていた。

「あの、僕なんで呼ばれたのか、まだよく分かっていなくて」

「これから行けば分かる。……緑谷、くれぐれも発言には気をつけろ。

 不用意な言葉は絶対に吐くな。

 最悪お前が殺されることになったとしても、俺には一切止めることが出来ない」

「じ、冗談ですよね?」

「……」

 相澤の眼を見て緑谷は冗談ではないことを悟った。

 ごくりと唾を飲み込む。

 緊張からか両手をぎゅっと握りこんだ。

 しばらくリノリウムの床をひたすら歩く。

 やがて着いた場所は、校長室の隣。

 先月から新たに設けられたその部屋は、とある人物の執務室になっている。

 相澤がコンコンとノックすると、直ぐに返事が返ってきた。

「入れ」

 言われるまま二人は入室する。

 その部屋の主が、鷹を思わせるような眼で静かに見据えていた。

 法月将臣。この国ただ一人の高等尋問官。

 年齢は四十台後半に見えるその男性は、実は本当の年齢を誰も知らない。

 記録が確かなら100はとっくに過ぎている。

 それでこの見た目は、やはり何らかの個性の恩恵だろうか。

 ちらりと相澤は、法月の胸につけられている小さなバッジを見る。

 裁きの天秤。

 それは紛れもなく高等尋問官を表す証。

 普段は装着していないそれを身に着けていることには、何らかの意図が有るのだろうか。

(考えても仕方がないか)

 相澤は思考を打ち切って、法月の言葉を待つ。

 法月はその気になれば、誰であろうとすぐに処刑できる程の絶対権力者だ。

 だがその権力を、むやみやたら振るうことはない。

 この人はヒーローが社会のために個性(ぼうりょく)を振るうように、あくまで理性的に権力(ぼうりょく)を振るうのだ。

 もっとも振るわれた側からすれば、理不尽に感じる場合も少なくはない。

 彼の持っている杖が、コンと小さく床を弾いた。

「ご苦労だった相澤。そして緑谷出久。お前がオールマイトの後継か」

「え!?」

 緑谷は思わず上ずった声を上げた後、慌てて口を押えた。

「私は高等尋問官の法月将臣だ。聞いたことぐらいはあるか?まあ最近の若者は知らんだろう」

「法月将臣!? あなたがあの!?」

 当然緑谷は知っていた。オールマイトに、上司のような人だと説明をされていた。

 あのオールマイトに命令できる人が居た事実に、当時緑谷は衝撃を受けた。

 ”高等尋問官”。オールマイトから聞いた後調べたら、とんでもない存在だったので覚えている。

 そんな絶対権力者が居るなんて、少なくとも緑谷には聞いたことが無かった。

 確かに相澤先生が言っていた通りだ。

 迂闊な事をしようものなら、除籍などでは到底すまされないだろう。

 最悪この場で射殺されても、おかしくとも何ともないのだ。

「私の事を知っているなら話が早い。お前の今後についての話をしようというのだ」

「は、はい!」

「緑谷よ……お前はオールマイトの”ワン・フォー・オール”を継承した。相違ないか?」

 個性の譲渡を法月に報告してあることは、オールマイトから予め聞いていたため驚きはない。

「はい、ええっと……まさかもっと相応しい人に譲れとか」

 だがこの人の前になると、なんとなく不安な気持ちに緑谷はなっていた。

 言葉も尻すぼみになる。

「それこそまさかだ。オールマイトがお前を指名したのだ、お前こそが正当なる継承者である。

 私には随分と頼りなさそうな少年しか見えないが……。

 オールマイトが相応しいと判断した以上、その選択に私が口を挟む余地はない。

 彼が選んだというからには、何かしらの資質を備えていると私は信じている」

「あ、ありがとうございます!」

 思いもかけない言葉に、緑谷の言葉が弾む。

「だが……」

その低い声色に、緑谷は背筋をピンと伸ばした。

「力には常に責任が付きまとう。

 そして責任を負うと、同時に何かしらの義務を背負うことになる。

 緑谷よお前は、オールマイトの力を受け継いだ。

 然らばその力には責任が、そして義務が付いてくる。

 その事は理解しているのだろうな?」

「! ……大丈夫です」

「無論それは私とて同じだ。私の個性を明かすことは出来ないが……。

 だが力がある以上は、社会に還元しなければならん。

 ……ひとつ問おう。簡単だがとても重要な事だ。

 (ヴィラン)の定義とは何だ。

 なぜ奴らが裁かれるのか言ってみるがいい」

「……? ……」

 緑谷はしばし考える。床に目をそらしながら気を落ち着けて答えを探す。

 なるべく冷静になるように努めるが、鼓動が早くなるのを緑谷は感じる。

 ふと前をむくと、法月は緑谷を値踏みするように見ていた。

 緑谷が口を開く。

「個性を使って悪事を働く人たちが(ヴィラン)だからです。それを――」

「論外だ!」

 だん、と大きな音がした。緑谷の答えは遮られる。

 杖の先が床に突き付けられた音だと、少し経って緑谷は気付いた。

 緑谷が無意識に一歩後ろに下がる。それは本能的な恐怖。

 法月の全身から伝わる覇気は、トップヒーローですら委縮させるほどのものだった。

「え……?」

「とんだ拍子抜けだぞ緑谷!

 オールマイトが選んだというからには、少しは期待していたが結果これか……

 私は、どうやら君を買いかぶっていたようだ」

「待ってください何が……」

「三日やろう。それまでに答えを出して、再び来るがいい。

 (ヴィラン)とはいったい何かをな。

 その根本を押さえていない者が、ヒーローになるから社会は堕落する。

 容易にヒーローから (ヴィラン)に落ちぶれる。

 そして平和の象徴とやらに、縋らなければならなくなるのだ」

「……」

「下がれ緑谷。今日は任務を通達予定だったが延期する。

 お前に任務を任せられるのは、まずヒーローの前提条件を正しく理解してからだ。

 下がれ!」

「……失礼します」

 緑谷は何もできず、引くしかなかった。

 先ほどの回答の何が悪かったのかを、ぶつぶつと独り言をしながら考えていた。

 

 緑谷出久が扉を閉める。その部屋に残るのは二人。

 法月将臣に相澤消太。

 ともに鋭い眼光が光るが、それは争いの前兆では無い。

 互いに細かい仕草に挙動を確かめて、少しでも心理的に相手を探るため。

 緑谷の足音が聞こえなくなった時、法月が口を開いた。

「報告を」

 相澤は短く促される。

「特に問題ありません」

「よろしい。レギオンの様子は」

「日常生活で出てくる兆候は有りません、ただ……」

 少し言いよどむ相澤

「続けたまえ」

「ログを確認したところ、朝の始業前に少しですが反応が有りました。

 弱い反応ですがレギオンです」

「……地上に出るとやはり出てくるか」

 二人の間で交わされる”レギオン”という言葉。

 それは”軍団”を意味する言葉だが、一体何を指しているのだろうか。

 いずれにせよ二人の間で会話は成立していた。

「ふむ……結構、引き続き監視に努めたまえ。何か質問は」

 その質問に少しだけ逡巡し

「明日はオールマイトがヒーロー基礎学を担当します。彼女がいると危険では」

「無論承知の上だ。最悪の事態を想定しなければならん。

 明日のヒーロー基礎学は、私も監視する。お前も同行しろ。

 レギオンの対処は、今のオールマイトには荷が重すぎる」

「……やはり彼女を参加させない方が」

「相澤よ、よく考えろ。お前と私の個性は確かに強力だ。

 がいつまでもお前と私だけで、奴の個性を抑え込める訳では無い。

 現に10年前の暴走の時には、お前の個性はまるで通用しなかった。

 私とオールマイトが出張り、ようやく互角だった」

「……」

 思い出すのは10年前のあの日。

 まるで事前に事件を予測してあったかのように、相澤は彼女の近くに配置されていた。

 あの時に確かに抹消の個性を使ったはずだが、効果がなかった。

 その原因は結局不明だが、また同じようなことにならないとは限らない。

 いや、確実に”抹消”が効かなくなってきていることは、データで明らかになっている。

 いずれ……。

「いずれ「その時」は来る。遅いか早いかの違いでしかない。

 明日、彼女を授業から外したところでどうなる。

 少なくとも具体的な対抗策がある今しかないのだ。

 ならばむしろこちらから誘い出しそこを叩く。

 結果的そちらの方が時間は稼げる。彼女を計画まで持たせることが出来るだろう。

 後手に回り続けると、全てが無意味になりかねない。

 計画は既に始まっているのだ。止まることは許されん」

 計画。その全容は相澤にも知らされてはいない。

 だが彼女の力を最終的に無力化できる構想が、今本格的に動いている。

 そう、その計画通りにいくと青の少女は……

――彼女は、死ぬ。

 


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