青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第58話

「ねぇ、相澤さん。ちょっとね、相談したいんだ」

「相談? ……今朝の事か? 緑谷と何かあったみたいだが」

「やっぱり分かっちゃうんだ」

 青石は相澤に切り出した。

 先ほどまで一緒にいた友達は一緒に居ない。

 ついさっき地球上に送り届けたばかりだ。

 みんな初めて出る宇宙に喜んで興奮していた。まだ見せて上げられていない轟や八百万にも、早く見せてあげたい。そう青石は思った。

 月面に腰を下ろす。青石の隣に相澤も座る。

 月の上には今青石と相澤の二人だけ。

 闇に浮かぶ地球を何とも無しに眺める。

「朝ね、緑谷君と言い争いになっちゃって……あっそうだ」

 青石は自分のおでこを相澤のおでこに、こつんと触れさせる。

クオリア(qualia)

 朝起きた事の記憶をイメージにして、相澤の中に送り込んだ。

 直接説明するよりか、その方が早く正確に伝わる。

 青石の記憶を確認し終わったのだろう。

 相澤は一つため息をついた。

「緑谷の言う事も……分からなくはない」

「えっ……? なっ何が!? ボク何が悪かったの!?」

 相澤の言葉に少しショックを受けた。心のどこかで彼は全面的に味方になってくれると、思っていた。

 クラスメイト達も青石の味方をしてくれた。

 青石の何が問題だったというのだろうか。

「落ち着け、お前は悪くない。……地球(あれ)を見てみろ」

 相澤が指さした地球を見る。

「あの中に何十億人も人間が居る。

 今もヒーローが(ヴィラン)を倒し倒されて、色々な事が起きているんだ。

 それは分かるな?」

 相澤の言葉に頷いた。

「そうだ、お前もそれも分かっている。

 人の為に誰かの為に。そう思っているなら……。

 なぜ、()()()()苦しんでいる誰かを助けに行かない?

 手を伸ばせば助けられる人間が、どこかに居ると分かっているくせに。

 そう緑谷は言っているんだろ」

「な、なんでそんな事言うの!? 相澤さん!? ボクは……ボクは!」

 相澤の言葉に胸が抉られるような気持になった。

 ずっと目を逸らしていた事実を突きつけられた気がした。

()()()そう思っているって話だ。だから落ち着け」

 相澤が青石の頭に手を置いた。ポンポンと優しく叩く。

 彼の顔を見ると、口の端が軽く緩んでいる。

「それは緑谷の理屈だ。

 緑谷が(ヴィラン)を倒すヒーローに拘る理由は分からん。

 まぁ切羽詰まった人を先に助けるべきだと、考えているかもしれないが。

 結局、人の考えなんて分からん。

 俺は今すぐ全ての(ヴィラン)を倒してこい、なんて言うつもりは無い。

 それはお前の力だ。どう使うかはお前の自由だ。

 お前だけの力だろう」

「うん。でも……」

 相澤に言われて青石は気付いた。

 緑谷の言い分にも一理有るだろう。

 もし緑谷が青石と同じことが出来るのなら、今すぐ世界中の(ヴィラン)を駆逐しているのだろうか。

「青石、緑谷の理屈も確かに分かる。けどな、そんな事全部気にしていたらキリが無くなるぞ」

「キリがない? ……ボクがその気になれば」

(ヴィラン)なんて何時でも何処かで発生している。

 24時間毎日。ずっと絶え間なくな。

 お前がその気になったら、地球に居る(ヴィラン)は駆逐できる。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 だがお前はどうなる?」

「ボクが?」

「緑谷の理屈通りにお前が動いたら、お前が休まる暇がない。

 それこそ寝る時間も、こうして話している時間すらなくなるぞ。

 お前が寝ている間も、食べている間も、(ヴィラン)は発生し続けているんだからな」

「……でも」

 相澤の言う事はなんとなく分かった。

 確かに緑谷の言っている事を突き詰めたらそうなるかも知れない。

 例えば、こうやって相澤と一緒に話をしている時間。

 轟や麗日達と遊んでいる時間。八百万に勉強を教わったり、シアンに甘えている時間。

 青石がそうしている間にも(ヴィラン)は発生している。そして誰かが苦しんでいる。

 それらの被害者を見捨て、青石は自分の事を優先している。意地悪に表現するとなるとそうなる。

 確かに青石は、助けようと思えば助けられる。地球の裏側の(ヴィラン)だろうと駆逐できる。

 だからと言って、青石が全てを助けようとしたら。

 人間として享受している楽しい時間すら無くなってしまう。

 24時間絶え間なく発生している、(ヴィラン)を駆逐し続けたとしても。(ヴィラン)が果たして居なくなるだろうか。

 そして少し疲れて休んでいる間にも、(ヴィラン)は発生する。

 それら全部を青石が救わなければいけないのだろうか。

「緑谷が言っている事は分かるが、極論だ。

 お前は人の為に誰かの為に。そうなりたいんだろう。

 けれど、それ以前に一人の人間だ。

 人間として当たり前の幸せを求めて何がいけない?」

 青石は迷っている。

 相澤の言う事も分かる。だが緑谷に指摘されて気付いてしまった。

 今まで目を逸らしていた己の醜さを指摘された気がした。

 青石はずっと出来ることから逃げていた。

 青石は力を使って無理やり支配したくない。それは自分が今までされて苦痛だったこと。

 それを他の人に行うことになるから。

 でもそうやって言い訳し続けて、雄英の外にも出ようと思えば出られくせして。

 相澤が手を引いてくれなければ、一歩外に出る事すら出来なかった。

 スターレインを迎撃する際に相澤に付き添ってもらったのも、きった不安だったからだ。

 結局、青石は自分に出来る事に制限を設けている。

 自分で自分に枷をかける事で、自分の中の最悪に陥らないようにしている。

 青石は相澤に嫌われたくない。

 他の誰に嫌われたとしても、相澤に嫌われるのだけは絶えられない。

(そっか、緑谷君には分かってたんだね。

 ボクは結局、人の為に誰かの為に。それより前に、相澤さんを好きなボク。

 それが一番大切だったんだ。……笑っちゃうなぁ)

「ねぇ、相澤さん」

 相澤がこちらを向いた。青石は地球に向けて手を伸ばす。

「もしボクが世界から個性を全部没収したら、(ヴィラン)はいなくなる?」

「……居なくはならないだろうな。

 個性が無くなったって、他に手段なんて幾らでもある」

「やっぱりそうだよね」

 相澤の返答は予想通りではある。

「けど……」

「けど?」

 言いよどむ相澤。青石は首を傾げる。

 じっと青石は相澤を見た。

 相澤は目を青石から逸らし、地球に向ける。

「今よりはマシな世界になるだろうな。きっと」

「そっか。……じゃあ決めたよ」

「決めた……? いったい何を」

「ボクは緑谷君が言ってた通りだった。手を伸ばせば助けられる人が居るのに、何もしなかった。

 そんなんじゃ駄目だね。ボクは人の為に誰かの為になりたい。

 だから……」

 青の少女の顔が引き締まる。目を地球に向けて、両手を大きく広げる。

 背中にアゲハチョウそっくりの羽が生える。

 青石の目が青く光った。、

「止めろ青石! 何をするつもりだ!?」

 ただならぬ気配を感じたのだろうか。相澤が”抹消”の個性を使う。

「相澤さん、ボクには今更、相澤さんの個性なんて通用しないよ。

 それにここは月。

 もしボクの個性が無かったら一瞬で死んじゃうよ?」

「っ……! 青石! お前はまさか……」

「ごめん、相澤さん。決めたから。この世界は皆、個性なんて有るから苦しんでる。

 個性が無くなれば、全部解決するわけじゃない。そんなの分ってる。

 だけど、ボクは世界がもっと優しくなって欲しい。より良くなって欲しい」

 青石は決めた。

 これから自分がやる事は、最低だと非難されるだろう。それは分かっている。

 一体その先にどんな未来が待っているのか、分からない。

「この世界から個性は無くなる。みんな個性で苦しまずに済む。

 ”個性”なんてこの世界に有っちゃいけないんだ。

 だから……」

 青石は個性を使う。

 青い地球をより強い”青”が包み込んだ。

 青石はまるで包み込むように両手を動かす。

 彼女に同化された世界。その中の個性だけをより分け、消滅させる準備を整える。

「この馬鹿野郎!」

 パァンと乾いた音が響いた。

 青石の思考が中断される。

 自分の頬に感じる”痛み”に個性を使うどころでは無くなる。

「え……?」

 頬に手をやる。相澤の振り抜かれた手を見て、ようやく理解した。

 相澤が青石をぶった。

 今まで捕縛布で捕まった事は多々ある。

 けれども、今受けた衝撃は今までのとは比較にならなかった。

 相澤の目を見る。彼は本気で怒っていた。

「相澤さん……?」

「自分が何をしようとしているのか、お前本当に分かってるのか!?」

「相澤さん……だけどボクは! ボクはどうすればいいの!?

 個性なんかが有るから、皆苦しんでる!

 ボクは人の為に誰かの為に……だからみんなの個性を……」

「それが本当にお前が望んだことか!」

 相澤の言葉に歯ぎしりする。

「したく無いよこんな事! だけど仕方ないじゃない!

 みんなが個性を悪用する。それを止めてくれないんだから!」

「馬鹿野郎!」

 もう一度叩かれる。個性で躱すなり拒否するなり出来た。なのにしなかった。

「ボクには力が有る! 皆を幸せに出来る力が!」

「お前が欲しかったのは本当にそんな力か!?」

 自分で自分の心が分からなくなる。

 頬に再び感じる痛みに支配される。

 相澤に叩かれた衝撃で全てがどうでもよくなる。

「人の為に誰かの為に。お前の夢は立派だよ。

 けど、それより前にお前は、お前の為に。自分の為に生きて良いんだ」

「自分の為に……?」

「みんな同じだ。みんな自分が一番大切なんだ。

 お前だって同じだ。なのにお前は、一番自分が大切なくせに、人の為に生きようとしてる。

 だけどそんなやせ我慢が、いつまでも続くはずないだろう。

 お前も自分の為に生きて良いんだ」

「相澤さん……。だけどボクは……。世界を救うために、作られて……。

 だから人並みの幸せなんて」

「人の為に誰かの為に。

 その夢は、間違ってなんかいない。けどお前は、もっと自分を大事にするべきだ。

 オールマイトも言ってただろ。お前はもう、自分を許してやれよ」

「……相澤さん……」

 確かにオールマイトはそう言っていた。

 だが、本当に自分を許していいのか青石には分からない。

 どんな理由が有っても、人が死んだ事実が揺るぐことは無い。

 一生かけて罪を償っていくつもりだ。なのに、自分を許して本当に良いのか。

 青石は自分がどんどん傲慢になっていくようで怖い。

 自らの変化を怖くて中々受け入れられない。

「でも……なら……相澤さんはボクを……許してくれますか?」

「……それは」

「数千万の人を殺してしまった、ボクを……。世界を危機に陥れたボクを……。

 決して許されてはいけないボクを!

 あなたの大事な人もボクは……殺してしまったんでしょ!? 相澤さん!」

「青石……」

「それでも!? ボクを……」

 長い沈黙。相澤と目を合わす。

 互いに逸らさない、逸らせない。

 地球が二人を見ている。相澤が叩いた頬に手をやる。

 相澤の手は温かい。

 彼の手をそっと手に取った。

「ああ、許すよ」

「うああぁ……ああああ!」

 慟哭が響く。青石は相澤の胸で泣く。

「泣いてばかりだなお前」

 相澤の軽口も流す。ただ青石は感情のままに泣き続ける。

 青石は感情のまま、世界から個性を消滅させようとして、それを相澤に止められた。

 こうしている間も、世界では(ヴィラン)が出現し、誰かが犠牲になっている。

 それを仕方がないと、青石は許容は出来ない。

 だが今だけは許して欲しい。青石はそう願う。

 せめて今は一人の男性に思いを寄せる、ただの少女で居させてほしい。

 先ほどまで地球を包んでいた”青”はいつの間にか消えていた。

 

…………

 

………

 

 

「寝たか」

 ベッドの上でスヤスヤ眠る青石を見る。

 雄英の地下。青の少女の管理施設。いつもの彼女が寝泊まりし、過ごす部屋だ。

 相澤は息を吐いた。

 月で青石はしばらく泣き続けた。

 雄英に帰ってきたのはつい先ほど。

 彼女はもう何処にでも行ける。なのに結局は地下三千メートルのこの部屋に戻ってくる。

 ここが彼女にとっての家なのだろう。

「はぁ……先が思いやられるな」

 彼女はいつまでここに住み続けるつもりなのか。

 青石は既に自由だ。

 相澤は彼女が別の場所に住むことを望んでいる。

 だが青石は踏ん切りがつかない様子だ。

 そして職場体験もまだ行き先が決まっていないという。

 まぁ青石の事だし、何処に行こうが何かしらの問題を起こすことは目に見えている。

 それは分かっているのだが。

「……これも必要な経験か」

 街に連れ出しだ一定の成果は有る。

 青石は街に対して一層興味を持ったみたいだ。

 今まで触れてこなかった市井にどんどん接触していくだろう。

 世界中に溢れている(ヴィラン)も、実際に目にするはずだ。

 まぁ彼女も、USJでの(ヴィラン)の襲撃で一応は目にした。

 けれどもその経験では足りない。

 彼女が先に進むためには、実際の現場で(ヴィラン)とは何か。

 それを知る必要が有るだろう。

 多くの(ヴィラン)は大抵、仕様もない悪人だらけなのだから。

 彼女は人の為に誰かの為になりたい。

 そして誰もが幸せになれる社会にしたいと考えている。

 けれども本当に救いようもない悪人を目にした時、彼女はどう思うのだろうか。

 救いようもない悪人も、きっと彼女は救いたいと願うだろう。

 だが力さえあれば救える、そんな都合よく世界は出来ていない。

 どれほどの力が有ったとしても、それだけではヒーローにはなれない。

 人を救うとは、そんな簡単な話ではない。

「ううん……相澤さん……?」

「悪い、起こしたか?」

 眠りが浅かったのか、途中で青石は起きた。

 ベッドの上で彼女は体を起こす。

 トロンとした目で相澤を見てきて

「えい」

 両手で相澤を掴むや否やベッドに引きずり込んできた。

「えへへー相澤さんの匂いがいっぱいだぁー。くんかくんか」

「おい、放せ!」

 青石は相澤の全身を嗅ぎながら抱き着いてくる。

 相澤の講義も意に介さない。

「嫌だ―絶対に離さないー。くんかくんか、くっかっか」 

「こいつ!」

「一人にしないで」

 急に冷たく冷静な声で青石は呟いた。

「青石……」

「お願い」

 真剣な彼女の声は震えていた。

「……分かったよ」

「えへへ」

 大人しく抵抗を止める相澤。ベッドの中で青石は抱き着いてくる。

 相澤は抱き枕ではないのだが。

「相澤さん、ボクね幸せだよ」

「そうか」

「うん、幸せ。ずっとこうしていたいなぁ……」

「青石。お前は」

 相澤が返事をする頃には、既に彼女は再び寝ていた。

 彼女の柔らかな髪と頬を撫でる。

 まだ少し赤く頬は腫れていた。

「すまん、仕方がなかったんだ」

 あの時の青石は尋常では無かった。

 本気で地球上から個性を失くすつもりだっただろう。

 その場の判断で止めるため、思わず手を出してしまった。

 世界から個性を消失させる。とてもビンタ一つで済むような小さなことではない。

 けれど彼女なりに世界を考えた結果、しようとしたことだとも理解している。

「個性のない世界……最終的にそうなるは、ありだろう。だがお前は急ぎすぎなんだよ」

 相澤としては、この世界から個性が無くなるのは良いと思う。

 だが彼女のやろうとしたことは余りに急すぎる。

 既にこの世界は”個性”が有る事を前提に成り立っている。

 いきなり人類の全てを無個性にしても、また社会が混乱するだけだ。

 善意でやろうとしたのは分かる。

 だが、やり方が良くない。だから相澤は全力で青石を止めたのだ。

 青石もそれは理解してくれた。

 もし世界から個性を失くすにしても、人々の理解を得て、ゆっくり進めなければいけない。

 青石の勝手な判断で個性を取り上げても、ただの独り善がりだ。

 それでは何も解決しない。

「どうなるんだろうな。この世界は」

 彼女の気まぐれ一つ。それで世界は大きく変わる。

 今後彼女が、悪意ある人間に利用されないとは限らない。

 否、絶対に利用しようとする人間は出てくるだろう。

 その時、一人でも彼女を守れる存在が必要だ。

「……全く」

 本来なら、今日彼女がやろうとしたことを報告する義務がある。

 だが相澤は、胸の内に秘めようと決めた。

 青石が世界から個性をもし取り上げたら。どんな世界になっていたのだろうか。

 相澤もだんだんと眠気に引きずられていく。

 そのまま夢の世界に落ちていった。


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