青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第64話

「皆! ボクの聞いて欲しい話が有るの!」

 まもなく午後の授業が始まろうという頃合い。

 青石は教室に戻った。

 戻った瞬間さっそく生徒に囲まれて質問攻めにあう。

 そして青石は切り出した。

「ボクはね、誰もが幸せに暮らせる世界にしたい。

 誰も(ヴィラン)にならない世界にしたいの」

 保健室で相澤に話した内容と同じ。

 (ヴィラン)がいない世界にしたいと訴えかける。

「それで具体的にどうするんだ?」

 轟が疑問を言う。

 青石は頷く。

「うん、だからね。それを皆と一緒に考えていきたいの。

 皆の力を貸して欲しいんだ」

「私は全面的に協力させて貰いますわ!」

 八百万が真っ先に声を上げる。

 青石の側に来てから手を取ってくる。

「ぜひとも私にも手伝わせてくださいな。

 (ヴィラン)の脅威に誰も怯えずに済む世界。

 共に目指していきましょう!」

「八百万さん……ありがとう、えへへ」

 青石は照れくさくて俯き加減に微笑む。

「良いじゃねぇか! やっぱ夢はでかい方が良いよな!」

「まったく青石君らしい目標だな」

「私も青ちゃんの夢を応援するわね」

 クラスメイトも青石の思いを受け止めてくれたみたいだ。

 (ヴィラン)が居ない世界。それを目指して団結していく。

 だが……。

「ま、待ってよ!」

 一人異を唱えた。

 見なくても誰かはハッキリと分かる。

 青石の双眸が少年を視界に入れる。

 緑谷出久。

 元無個性の彼は、戸惑いと怒りを身にまとっていた。

 言わんとする事は分かる。

 何を思っているのか大体想像は付く。

「青石さんが何を言っているのか。皆本当に分かっているのか!?」

「どういうこと?」

 麗日が緑谷に聞く。直ぐに彼は返事を返す。

「青石さんの言っている事は、確かに正しく心地いいものに聞こえるかも知れない!」

「……」

「だけど青石さんの理想は、やがて全てを殺す!」

「……緑谷君。そうだよね、うん」

 青石の呟きは誰にも聞こえなかった。

 緑谷の言葉に続く声が出てこない。

 彼を見る。

 ……緑谷は無個性だった。

 ヒーローをずっと夢見てきて、それが叶えられずにいた。

 なぜなら無個性だったから。

 だけど奇跡のような幸運に恵まれて、やってチャンスをつかめた。

 オールマイトから個性を譲り受け、最高のヒーローになれる。

 その筈だったのだ。

 だが青石はそれを否定する。

 彼が望む前提条件の社会を根底から変えようとしている。

 緑谷の夢を木端微塵に破壊しようとしている。

 全ての人を幸せにしたいと、のたまいながら。

 だからこそ緑谷は反発する。

 今までの血のにじむ努力の全てを、青石は無に帰そうとしている。

 それを青石は分かる。

 だが止まるつもりは毛頭ない。

「僕はそれを……!」

「緑谷君! 少し落ち着いてくれ」

「飯田君……!」

「緑谷君の言いたいことは何となく分かった。

 確かに青石さんが夢を追っていけば、その通りになる。

 青石さんの力は本物だ。今更疑ってなんかいない。

 きっと本当に(ヴィラン)が居ない世界になるだろうさ。

 ……そこにヒーローは要らない。ヒーローが要らない世界になる」

 生徒に動揺が走る。

 青石の夢の先に自分たちの夢みた理想の姿は無い。

 それを分かっていた生徒はそれほど多くない。

 飯田の言葉でようやく気付いたのだろう。

 青石をそのまま放置すれば、ヒーローになれない。

「そこまで分かってながら何で!?

 皆はヒーローになるために雄英(ここ)に来たんじゃないのか!?」

「緑谷君」

 青石は緑谷の前に出る。

 何か話さないといけないと思うのに、言葉が出てこない。

 それに何となくわかる。

 きっとこれは幾ら話し合っても解決できない問題だと。

 緑谷はヒーローになりたい。

 青石はヒーローが必要ない世界にしたい。

 互いの願いが矛盾している以上、両方の願いは叶わない。

 それは青石が強かろうが関係ない。

 原理的に不可能だからだ。

「青石さんは身勝手に振舞って、社会に混乱をまき散らしてるだけだ!」

「……!」

「おい緑谷!」

 制止の声が入る。

 だが青石にも緑谷にも届かない。

 意識が急速に熱く、同時に冷たくなっていく。

 青石の目が細くなる。

 周囲の雑音が消えていき、緑谷以外の情報がカットされる。

 緑谷が口を開く。

「今雄英の前がどうなってるのか、青石さんは知らないだろ!

 君がやった事で何もかも滅茶苦茶だ!」

 緑谷の心が流れ込んでくる。

 彼の見たもの、聞いたものの一部が青石の中で再生される。

 青石が動いたことで新たな理不尽や苦しみが生まれた。

 その事実の一端を緑谷は見ていた。

 滅茶苦茶に散乱したゴミ、狂信的な青石の信者。

 風評被害を受けたヒーロー達に、まともに機能しなかったインターン。

 青石は人を救った。

 だが同時に社会に歪みをもたらしてしまった。

「でも! 苦しんでる人が居るんだ! そのままになんて出来ないよ!

 (ヴィラン)が出続ける限り、いつまで経っても終わらない!

 (ヴィラン)が出てヒーローが倒す。その戦いがいつまでも続く。

 そんなのボクは嫌だ!

 世界は変わらないといけないと思う、だから……」

「変わる必要なんてない!」

「……えっ?」

 緑谷の言葉に思考が止まる。

 彼は今何と言った? 変わる必要なんてない。

 そう言ったのか。青石の思考の過程で、徐々に緑谷に対する黒い影が湧いてくる。

(ヴィラン)が出てヒーローが倒す。それの何がいけないんだ!?」

「……緑谷君?」

 青石は分かった。分かってしまった。

 青石と緑谷では前提条件が違うのだ。

 青石は現状を悲しく、変えないといけないと思っている。

 (ヴィラン)が出てヒーローが倒す。

 いつまでも繰り返される世界の状況を、青石は変えたい。

 だが緑谷は違う。

 そもそもそんなの思ったことは無い。

 彼はヒーローに憧れた。

 だがその前提となる社会の状況を、変えないといけないと思った事は無い。

 

 (ヴィラン)が出てヒーローが倒す。

 それを”善し”とするのか、”悪し”とするのか。

 決定的に食い違っている。

 青石は”悪し”と思った。だから変えないといけない。

 緑谷は”善し”と思った。だからヒーローになりたい。

「もう必要以上に関わらないでくれよ! 頼むから!

 自分の都合で世界を変えようとするなよ!

 それが我儘だって何で分からない!?

 青石さんの理屈は(ヴィラン)と何も変わらない!」

「でもそれは仕方がないじゃない!

 この世界は変えないといけない! 変わらないといけないの!

 そうでないと、いつまでも理不尽な目に遭う人が、居なくならない!

 皆が幸せになれない! 分かってよ緑谷君!

 人は変わらないといけないんだ!

 だから(ヴィラン)が出ない世界に……」

「エゴだよそれは!」

「いい加減にしろ! 何の騒ぎだコレは!?」

 いつの間にか相澤が隣に立っていた。

 青石の頭に相澤の拳骨が落とされる。

 緑谷の頭にも同様に落ちる。

「うう……」

「何が有ったのか後でいいから報告しろ。良いな?」

「……はい」

「緑谷もだ返事は?」

「……了解……しました」

 緑谷も歯切れ悪く返事をした。

 周囲のざわつきは止まらない。

 緑谷の方を見る。彼は既に背を向けていた。

 多分、これは仲直りだとかそんな問題ではない。

 もっと根本的に、人として相容れないから起きたこと。

 青石と緑谷では目指しているものがまるで違う。

 緑谷の気持ちも分からなくはない。

 必死に目指していた夢に手が届く寸前で、横合いから奈落へ落とされるようなものだ。

 反抗するのは必然だろう。

 だが青石は思い出して欲しい。

 きっと緑谷も人の為に誰かの為に。

 そんな風な存在になりたいと願った事が有る筈だ。

 でなければヒーローになりたいと思わないと思う。

 きっと彼は、目的と手段が入れ替わってしまっているだけだ。

(……やっぱり戦うしかないのかな)

 青石は緑谷と戦う事になるかもしれない。

 心の中で決意を固めていく。

 緑谷に何を言われようが、目指すものを変えるつもりは無い。

 皆が幸せに生きられる世界にしたい。

 そのために、(ヴィラン)が出てヒーローが倒す。

 いつまでも続いていく悲しみの戦いを終わらせる。

 間違ってなんかいない。

 現に分かってくれる人はいる。

 相澤だってそうだし、シアンや根津校長だってそうだ。

 だがどうしても、緑谷の言葉が胸に刺さったまま痛み続ける。

 青石は想像する。

 もし青石が現状を見過ごした先の緑谷の姿を。

 (ヴィラン)をなぎ倒し、笑顔を浮かべている緑谷の姿。

 それを拍手喝采で迎える民衆。

 (ヴィラン)に勝って、民衆を救う。見ろこれが最高のヒーローだと。

 それは違う。

 戦いは何をどう取り繕っても、体裁を整えても、醜く悲しいものなのだ。

 青石はそう思う。

 そして、とても恐ろしい未来だと思う。

 そんな悲しい結末を青石は見たくないし、するつもりはない。

(緑谷君、信じてるよ。きっといつか分かり合える日が来るって)

 彼と分かり合える日が来るのはいつだろうか。

 二人の距離はいつの間にか、静かに遠く離れていた。


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