青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第81話

――声が聞こえた。

 青の少女は声が聞こえた方角に顔を向ける。

 その先には無限に広がる青空だけが広がっている。

 いつもならここで叱責か拳骨でも飛んでくるところだが、朝の教室に未だ相澤はまだ来ていない。、

 朝のHR(ホームルーム)の予定時刻を既に十分は過ぎている。

 相澤が遅刻など青石の記憶の中では初めてのことだ。

「先生来ないけど何が有ったんやろね?」

『――助けて』

「さあ?」

 再び青空の向こうから助けを求める声が聞こえる。

「どうしたの?」

 麗日が何やら察した様子で青石に声を掛けるが

「どうもしてないよ、変なお茶子ちゃんだね」 

 

『誰か! 誰か!? ヒーローはまだなの!?』

 

 立て続けに聞こえる声にとにかく反応しないよう神経を使う。

 何も聞いてないし聞こえないふりをする。

 麗日はただ首を傾げている。

 青石の耳元に少し耳を澄ますと聞こえてくる。世界中で起きている悲しい出来事に、祈りの声。

 ありとあらゆる世界中の雑音が彼女の頭の中になだれ込んでくる。

 世界中の救いを求める声が青石に聞こえる。

 普通の人間になら、決して聞こえない声。決して感じ取れない思考に願い。

 世界の何十億といる人間の声が、彼女に届く。

 助けて。

『……助けて』

――助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて!!!

 

(うるさい、少し黙ってて)

 それらの声を青石は精神力一つでねじ伏せる。

 普通の人間ならばひとたまりもなく飲み込まれてしまう声と意識の奔流。それらを気合一つで吹き飛ばす。

 そして何事もなかったかのようにヘラヘラと笑う。

「なんだいつもの青ちゃんか」

 麗日は気付かなかった。

 周りを見渡しても、誰も気づいていない。

 青石が密かに日夜聞こえてくる声を無視し続けて、助けを求める祈りを振り払っていることも。

 誰も分かっていない。

 青石は助けない。気付かないふりをする。

 普通の人間には聞こえない声だから。

 だから青石も普通を装い、聞こえないふりをする。

 クラスメイト達の顔を見渡す。

 彼らは無力で、本当に狭い身の回りの世界のことしか分からない。

 その小さな世界が平和なら、きっとそれが彼らにとっての平和なのだろう。

 現在進行形でこんなにも悲しいことが起きているのに。

 こんなにも残酷な仕打ちを人が人にしているのに。

 彼らは何も知らない顔で、何も関係ないという顔で、平然と日常を送っている。

 そして青石もそれに倣う。

 彼らは理屈では知ってるはずだ。こうやって悲しいことが今も起きているのだと。

 だが、何も行動を起こさない。今すぐ見えない誰かを助けに行こうとはしない。

 だって聞こえていないから。何も見えていないから。

 違う世界の出来事で、遠い国の出来事で。

 自分には関係ないと思っているから。

 だから、青石と彼らの違いがどこにあるのか?

 違うとすれば実際に聞こえているか聞こえていないか。

 現実に見えているのか見えていないのか。

 その違いだけ。

 彼らだって、実際に今助けようと思って行動すれば、助かった命は有る筈なのだ。

 青石ほどではないにせよ、世界を変える力は誰にでも備わっている。

 なのに、彼らは何もしない。

 羨ましいと青石は思う。

 自分も麗日や轟らのように無力で、こうやって聞こえさえしなければ。

 本当に他人事として捉えることが出来るのに、と心から思う。

 だから、青石は無視する。

 聞こえないふりをし続ける。

 本当は聞こえているくせに、本当は見える癖に。

 何も知らないふりをし続ける。

「何やってるんだろ。ボクはただ……」

 そして心の奥に、罪悪感だけがどんどん消えず積もっていき。

 彼女の心は少しずつ限界に近づいていた。

 

…………

 

………

 

 

 相澤は頭を抱えていた。

 書類にまみれた机の上に両肘をついて、両手で髪をくしゃりと鷲づかみしている。

 椅子に腰かけている彼はいつも以上にやさぐれている。

 机の上に積み上げられた書類が、まだかまだかと彼の印鑑と署名を待ち望んでいる。

 既に置き場がなくなった書類は、机の横に段ボール箱に敷き詰められている。

 そしてその段ボール箱がまた5、6箱ほど、机の横に積み上げられていた。

 仕事は日に日に増える一方だ。

 彼は落ち着かないのか足が貧乏ゆすりで揺れている。

 鋭い眼光を窓の方に向けた。

 朝の日差しが職員室に差し込んでいる。

 今、職員室には誰も居ない。

 先ほど職員会議も終わり、各自持ち場に散って行ったからだ。

 監視カメラの無機質な目だけが、相澤を捉え続けている。

 相澤は先日の青石の個性との会話を思い出していた。

――いつまでも愚かな争いを続けると言うのなら。私が滅ぼすまでよ。こんな星。

 青石の個性は、明確に今脅威になりつつあるのは明白だった。

「……俺にどうしろって言うんだ」

 だが相澤には何をすればいいのか分からない。

 相談できる相手もろくにいない。

 最初は校長に話そうかとも思った。しかしそれは出来ない。

 彼に話しても駄目だと本能がそう告げている。

 校長は人間以上に頭がいい。しかし青石に対して適切な対処が出来るかというと、それは否だ。

 校長だけではない。

 相澤には相談できる人間に心当たりがまるでない。

 スターレインを迎撃して以来、青石の立場は一変してしまった。

 名実ともに世界を救ったヒーロー。

 あらゆる病人を救った救世主。

 新しい世界へと道を指し示す希望の光。

 それが世間から見た今の彼女だ。

 故意ではなく事故ではあるが、数千万人を死に追いやった事を気にする人間は今や少数派だ。

 彼女の存在で確実に世界は変わりつつある。変わると言うと聞こえはいい。

 が、それはあくまでも青石ありきの変化であり、歪んでいっているという方が正しいと相澤は思う。

「くそ……俺にいったい何が出来るっているんだ。俺はただ……」

 彼の心は、絶え間なく降りかかる重圧。

 日々こなさなければならない業務と、青石に対する心労で限界を迎えつつあった。

「相澤さん……?」

 ふわりと甘い香りが背後から流れた。

 柔らかな気配に相澤は上体を背後に向ける。

 青の少女がそこに居た。

 朝の光を受けた青石が戸惑いながら相澤を見つめている。

 青い髪が彼女の動きに合わせ、なだらかに揺れる。

 光を浴びて輝く少女はひどく神聖なものに見えて、触れることすらも躊躇わせた。

 唐突に現れた予期せぬ存在に相澤は動揺する。

 青石もそんな相澤に対してどうしていいのか分からないみたいだ。

 キラキラとした大きい目が、不安で揺れていた。

「青石……どうしてここに? いやお前は今日休むんじゃ……」

「学校に行った方が良いって言われて。緑谷君は見てるからってシアンさんが」

「……そうか」

 シアンがそう言ったのなら、青石は聞くだろう。

 青石はそういう人間だ。

 青石にとってシアンとはきっと母親のような存在であり、頼れる姉のような存在なのだろう。

 彼女はシアンに全幅の信頼を寄せている。

 青石にまともに意見や叱責が出来るのはきっとシアンくらいしか居ない。

「教室、来ないの? みんな心配してるよ」

「……だから来たのか?」

「うん、待っても来ないからどうしたのかなって。だからボクが来たんだ。

 そしたら相澤さん、まだ職員室(ここ)に居たから」

 相澤は黙ってうなずいて立ち上がる。

 そして彼女の頭を何となく撫でようと手を伸ばし、だが止まる。

「相澤さん?」

 いよいよもって青石の顔が不可思議なものになる。

 明確に顔に「今日の相澤さんはおかしいよ」と書いている。

 そんなこと相澤だって分かってる。

 だがどうしていいのか分からない。

 ふと相澤は悟ってしまった。

 いや、今まで理解していながら目を逸らしていた。

 青石ヒカルは、彼女は、世界と相容れない。

 いずれ彼女は世界を滅ぼすか、世界に殺されるか。

 その二択の未来のいずれしかないのだと、そう分かってしまった。

 彼女が世界に宣言を出した時だってそうだ。

 彼女が(ヴィラン)と呼ぶものの正体。

 それは人の心そのものだ。

 人が人である限り、当たり前に持っている物だ。

 (ヴィラン)とは、人が誰も心に持っている残酷な本性。それに負けてしまった人。

 彼女はそう表現した。

 そして誰もがそうならない世界にしたいと訴えかけている。

 けれども青石は見誤っている。

 誰もが心の内に抱える闇に打ち勝てるほど、人間は強くない。

 彼女はやはり、人間を理解などしていない。

 確かに人は今青石に触発されて変化しつつある。

 が、彼女が満足できる程の速度では無い。

 彼女がいくら理解したいと手を伸ばしても、人は彼女が望む領域には到達できない。

 互いに理解し合おうにも、あまりにも価値観が違いすぎる。

 青石が望むような世界の在り方にするためには、人間は人間ではいられない。

 それは人間というものを超越した何かだ。

 相澤は伸ばした手を青石の背中にやり、強く抱きしめた。

「わわっ!? 相澤さん!? いきなり何!?」

 相澤は何も返さない。

 ただ胸の中で抱かれるがままになる青石の鼓動を感じていた。

「は、恥ずかしいよ……」

 きっと青石の顔は真っ赤になっているのだろう。

 恥じらいながらも抵抗しない青石のは、まだ彼女は少女なのだと実感する。

 相澤は心の中で決意した。

 いったい何が一番大事で、何を守りたいのか。

 それを見つけた気がした。

 そして相澤は切り出した。

「青石、少し出かけよう」

 

…………

 

………

 

 

 相澤が青石の両肩に手を置く。

 相澤の言葉に青石は目を丸くしていた。

 あまりにも唐突すぎる提案に理解が追い付いていない。

 朝のHR(ホームルーム)にいつまで経っても来ない相澤。

 何かあったのかと青石は相澤を訪ねた。

 だがそこに居たのは青石が知っている相澤の姿では無かった。

 やさぐれているなんて物じゃない。

 明らかに憔悴しきっていて、とても普通の状態には見えない。

 いきなり抱きしめられた時には、びっくりして心臓が止まるかと青石は思った。

 脇に目をやると相澤の机の上には書類が山のように積み重なっている。

 青石にはあまり分からないが、それら一つ一つが重要なものであるのは察しがついた。

 いったいどれ程の仕事が相澤に降りかかっているのだろう。

「少し出かけよう」

 相澤が切り出した言葉。

 それはようはサボりへと誘いだ。

 相澤には担任としての業務が有る。

 朝のHR(ホームルーム)だってそうだし、授業だって受け持ってる。

 青石だって今日は生徒としての務めが有る。

「なに、言ってるの相澤さん?」

「一緒に、少し出かけよう」

「学校は? 授業は? お仕事でしょ?」

「いいんだ、そんなの」

 そんなのという言い方があまりにも投げやりで、青石は底知れず不安になった。

「そんなのってそんな言い方……」

「もういいんだ! こんなっ……こんなのは!」

「相澤さん!? どうしたの! やめて!」

 彼はいきり立ち机を掴んで横にひっくり返した。

 机の引き出しがガラガラと開き、中から道具が飛び出してくる。

 これでもかという程積み上げられている書類の山が、どさっと床に広がる。

 もう足の踏み場もないほどに床一面に広がった。

 チラッと見えたのはあちこちの研究所や、施設やもろもろの団体の依頼。推薦に面会希望。

 数え切れないほどに青石に対して群がる人の、アポイントメントを求める要望の数々。

 青石の無限の可能性を秘める力に、あらゆる国や組織が目をつける。

 そして青石と接触を図ろうと、雄英や相澤に関わりを持ってくる。

 だから青石が世界の救世主になってしまった時点で、相澤が仕事に忙殺されてしまうのは時間の問題だった。

 青石は個性の力を借りて職員室のデータを盗み見る。

 相澤の月の残業時間は300時間を超えていた。

 既に過労死ラインを倍以上過ぎている。

 こんなのどうにかなるにきまっていた。

「ごめんなさい……相澤さん……本当にごめんなさい。

 ボクのせいで無理させちゃって……。

 その癖気付きもしないで甘えてばかりで……ごめんなさい」

 青石はただ後悔した。

 自身のやりたい事や夢に夢中になって、足元の現実に全く気付いていなかった。

 青石が皆に夢を語るほどに、相澤の負担は増していた。

 きっと青石の気付かない陰で、色々な苦労をかけたのだろう。

「……いい、これはお前のせいじゃない。お前はただ、一生懸命にやってただけだろ」

 青石は黙って首を横に振る。

 気付かないうちにどれだけの助けを貰っていたのだろう。

「相澤さん、……そうだね、行こう。相澤さん、ちょっと疲れちゃったからね」

「お前の方が大概だろ」

「えへへ……そうかもね。ボク達、ちょっと頑張り過ぎちゃったかも。

 少しくらいサボっちゃっても、罰当たらないよね。

 それにボクはただ……」

「ただ?」

「ううん、何でもない」

 青石は個性を使う。

 その場に白い靄のような、ワープゲートを作り出す。

 そして二人で一緒にそのゲートを潜る。

 二人が通り抜けた瞬間、そのゲートは一瞬で跡形もなく霧散した。

 

「何事だ!?」

 直後に物音を耳に入れた職員(ヒーロー)が駆けつけた。だが、既に職員室はもぬけの殻になっている。

 それから一週間経過した。

 相澤消太と、青石ヒカル。

 彼らは雄英に帰って来なかった。


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