新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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定期的に不定期更新できたらいいな、と思いつつ。
私が読んでみたいネタを投稿です。


流れ着いたのは異世界
漂着


「……これは、覚悟を決めるしかなさそうだ」

 

 額に大きな傷のある船頭が、船の進路を見つめて嘆息する。

 幾多の荒波を越えてきた船乗りが下した「無理」という判断は重く、部下の船員達も皆黙り込んだ。

 

 交易都市ファナンを出港して数日。

 無名ながら腕の立つ船員達の駆る船を襲ったのは、事前の予測にはなかった大嵐だった。

 ここに至るまで必死に回避しようと試みたが、失敗。

 

 もはや進路を変えたところで直撃するのは避けられない。

 

「すまねえ、召喚師さん。『島』への航路が厳しいのは知っていたが、こんな嵐は初めてだ。……言い訳にもならねえだろうが」

 

 表情険しく頭を下げた船頭に対し、たった一人の客人――アティは毅然と答えた。

 

「いいえ、頭を上げてください」

 

 白いマントと対照的な赤い髪を持つ、二十代前半と思しき女。

 腰のベルトに取り付けられているのは硬い表紙の本と、小さなポーチ。加えて長剣を佩いてもいるが、彼女の真の武器はポーチの中にあることを、船員達は知っていた。

 

 召喚師。

 

 特殊な力を秘めた「サモナイト石」と己の魔力を用い、異界から力ある存在を召喚する者。

 彼らの世界――リィンバウムにおいて、召喚師の用いる召喚術は人々の生活とも密接に結びついている。凄腕の召喚師は一目置かれ、時には宮廷にすら徴用される。

 そして、彼女、アティもまた、名こそ知られてはいないものの――確実に凄腕の召喚師だった。

 

「ここは、私がなんとかしますから」

 

 言って微笑むアティ。

 彼女の声には、聞いた者全てを安心させるような優しさと、そして「必ずやり遂げる」という強い意志が込められていた。

 

 暗雲立ち込める空の下、アティは船の中央に立つ。

 指をポーチに潜り込ませると、一つのサモナイト石を手に取って握りしめる。

 もう一方の手は腰の長剣を勢いよく抜剣し。

 

「召喚師・アティの名において命ずる……」

 

 高々と掲げられた石の色は紫。

 リィンバウムの「歩いていけない隣」にある異界の一つ、霊界サプレスと親和性の高いサモナイト石だ。

 サプレスの召喚術は、アティが最も得意とするもの。

 

 ――本当なら、ロレイラルやシルターンから喚べればいいんですけど。

 

 嵐から物理的に船を護る大型機兵も、自然を操る龍や鬼神も、手持ちの石では召喚できない。

 サプレスの天使や悪魔達はこの状況に不向きだが、やるしかなかった。

 

「……来たれ!」

 

 まばゆい光が石と剣、そしてアティ自身から放たれ――。

 そして、静寂が訪れた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「………」

 

 寄せては返す波の音に、アティは目を覚ました。

 

「ん……。ここ、は?」

 

 目を開き、ゆっくりと身を起こす。

 疲労が重くのしかかってはいたものの、身体には特別傷や痛みはない。

 辺りを見回せば、そこが予想通り砂浜であることがわかる。

 ぽつぽつと大きな岩が転がり、離れたところにはちょっとした森も見えた。

 

 ――『名もなき島』ではなさそうですね。

 

 風景に見覚えはない。

 

 アティにとって第二の故郷となった場所。

 船に乗り、帰還しようとしていた島に着いたのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 

 身体を見下ろし装備を確認。

 ベルトに吊るしていた本は無くなっているものの、ポーチは無事。

 あの時手に持っていた剣もしっかりと鞘に収まっている。

 

「そうだ……! 船長さん達は……っ!?」

 

 慌てて見回しても、船の残骸も船員の姿も発見できない。

 

 あの時、アティは霊界サプレスから高位の天使を召喚し、船を護った。

 船が嵐から抜けるまで、あるいは魔力が尽きるまでずっと。

 

 幸い、船には大きな損害もなく嵐の中心を抜けたと記憶しているが……そこから先の記憶はなかった。

 

 記憶がないということは、意識が途切れていた可能性がある。

 魔力が尽き、安心が胸をよぎったことで力が抜け、風に浚われて海に落ちたか。

 

 だとすれば他の皆は無事である可能性が高い。

 

 良かった、と、安堵の息を漏らすと。

 

「だれ……?」

「っ」

 

 傍らから子供の声が聞こえた。

 ばっと振り返ってみれば、そこにいたのは一人の男の子だった。彼の傍には、召喚獣だろうか? 金色で、翼の生えた『何か』が飛んでいた。

 霊界サプレスの天使とも、幻獣界メイトルパに属するスライムとも異なるように見えるそれを思わずしげしげと眺めていると。

 

「ねえ、君はだれ?」

 

 はっ、と我に返って男の子を見る。

 まだあどけなさの残る年頃。純真無垢な瞳を真ん丸にしてこちらを見ている。

 

 幸い、子供の相手には慣れていた。

 アティは自然と笑みを作り、身を屈めて男の子に目を合わせた。

 

「私はアティといいます。君の名前は?」

「ぼく……おれはダイ!」

「ダイ君、ですね」

 

 一人称を修正する様子に微笑ましいものを感じ、くすりと声が漏れた。

 

「ダイ君、ここがどこだかわかりますか?」

「うん、知ってるよ!」

 

 アティの質問に男の子――ダイは笑顔で元気よく答えた。

 

「ここはデルムリン島! おれの故郷なんだ!」

 

 彼が口にした名は、それなりに博識であるはずのアティでさえ、聞いたことのないものだった。

 

 

 

「アティは、どこから来たの?」

「うーん……それがわからないんです」

 

 ダイの一歩後ろを歩きながら、アティは眉を寄せて困り顔を作った。

 二人が向かっているのは島の内側。

 

『ダイ君は、誰かと一緒に住んでいるんですか?』

『ああ! じいちゃんや、皆と一緒に住んでるんだ!』

 

 他にも家族がいる、というダイにお願いして会わせてもらうことになったからだ。

 

 ――とにかく、大人に会えれば。

 

 デルムリン島がどこの国に属するのか、一番近い陸地からどの程度離れているのか。

 『名もなき島』、あるいは船に乗った交易都市ファナンまで戻るための方針を固められるだろう。簡単なものでもいいので地図があれば一番いいのだが。

 

「ピピィ!」

「あ、そういえば、この子は?」

「その子はゴメちゃん! おれの友達さ!」

 

 話しながら歩くうちに砂浜を出て、足元は地面に変わる。

 どうやらダイは森を抜けてその先を目指すつもりのようだ。

 

「ゴメちゃん、っていうお名前なんですね」

 

 そっと指で触れると、硬質な手触りながらぷにぷにと柔らかかった。

 柔軟性の高い金属、とでもいうような独特の触感を確かめていると、ゴメちゃんはくすぐったそうに翼を羽ばたかせる。

 

「ごめんなさい、痛かったですか?」

「ピピィ!」

「びっくりしただけだから大丈夫だってさ」

「言葉がわかるんですね?」

「なんとなくだけどね」

 

 なるほど、とアティは頷いた。

 

 森が少しずつ近づいてくる。

 

「ゴメちゃんは、もしかしてダイ君の護衛獣ですか?」

「ごえい……? 違うよ、ゴメちゃんは友達。ゴールデンメタルスライムだから、ゴメちゃん」

「スライム、ではやはりメイトルパの……? でも……」

 

 アティの思考が深く落ちようとした時、目前に迫った森の中からがさりと音がした。

 

「っ」

 

 反射的に身を硬くする。

 一般的に、森の中は平地よりもかなり危険だ。身を隠す必要のある人間や、草を食べる動物、そしてそんな動物を餌にする肉食獣が生息している。

 いつでも抜けるようにと剣に手をかけるアティに対し、ダイは平然としたもので。

 

「大丈夫だよ、おれの友達だから」

「え?」

 

 ぽかん、と口を開けてしまうアティ。

 

 ――友達、ということはゴメちゃんのような?

 

 小さくて可愛らしい流線型のボディを想像して思わず和んだ矢先。

 

「シャアアア!」

「ウッホウッホ!」

 

 森からは多種多様な怪物達が現れ、アティとダイを取り囲んだ。

 

「え、え? えええ……!?」

 

 アティは呆然と声を上げるしかできなかった。

 現れた怪物達のどれもが初見、リィンバウムと隣接する四界のどこともつかない姿をしており――しかも、ダイの言う通りに『敵意がなかった』からだ。

 

 武器を抜くこともできず、かといって安心もできず。

 どうしたものかと目を瞬かせていると、ダイは笑顔で怪物達に近づいていき、

 

「この馬鹿者! 島の外から人間が来たらすぐ知らせろといつも言っておるじゃろうが!」

 

 怪物達の陰から現れた小さな姿が、ごちん、と、ダイの頭に木製の杖を喰らわせた。

 

「いってぇ~! ひどいよじいちゃん!」

「自業自得じゃ! まあ、説教は後でゆっくりするとして……」

 

 その何者か――まるで鬼の顔に手足がついたような怪物は、流暢な人の言葉を話しながらアティを見て。

 

「お客人。どうやらワシらをどうこうする気はないようにお見受けします。良ければ、ささやかな歓迎の宴を催させていただけますかな?」

 

 歓迎、と言いつつも警戒心を感じさせる視線が突き刺さる。

 アティはほんの一瞬だけ考えて、すぐに頷いた。

 

「はい、喜んで」

 

 郷に入っては郷に従え。

 今は亡き、アティが師と仰ぐ一人の言葉がふと胸に浮かんでいた。


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