新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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旅立ち、ロモス王国へ
魔の森のマァム


「アティ殿っ! くれぐれも、くれぐれもっ!! ダイのことを頼みますぞ!」

「もちろんです、ブラスさん。ダイ君は私が必ず、無事に連れて帰りますから」

 

 ブラスとの別れは想像以上に湿っぽいというか、騒がしいものになった。

 孫と離れるのが辛いブラスは何度も何度もアティに念押しし、しまいには涙ぐみはじめるものだから、初めは「じいちゃんは大袈裟だなあ」と言っていたダイまで泣きだしてしまう始末。

 

「じいちゃん、おれ、おれ、絶対凄い勇者になるからっ!」

「ダイよ、正直わしは行って欲しくないのじゃ! お前に、ずっとこの島に!」

「じいちゃん!」

「ダイ!」

 

 ひしと抱き合って泣く祖父と孫。

 

「あはは……」

「なあ、ブラスのじいさん。俺のことも少しは名残惜しんでくれよ」

 

 気持ちはわかるので止めづらいアティは苦笑い。

 どちらかというと呆れの強いポップは頭の後ろで腕組みしながらぼやいてみせた。

 

「まあ、別にポップのことを何とも思っておらぬわけではないのじゃが……」

 

 と、ブラスに真面目な顔で返されたポップはむしろ余計にへこんでいたが。

 

 

 

「じいちゃん、みんな、行ってきます!」

 

 ともあれアティとダイ、ポップ、そしてゴメちゃんは無事にロモスへ向けて船出した。

 あらかじめアティが作っていた船は大人三人で十分乗れる大きさのため、ダイとポップを乗せてもなお、多少の荷物を置く余裕があった。

 オールを持つのは主にポップの役目だった。

 アバンとの旅でもよくやっていたらしいことと、ダイでは身長が足りないこと、女に任せるのは格好悪いと本人が格好つけたためで、たまにアティが代わる以外は立派に務めてくれた。

 

「でもよ、先生。ダイの希望でロモスに決めちまったけど、いいのか?」

「うん、大丈夫だよ。近いっていうのもあるけど、ダイ君の顔を知っているのも大きいですから」

 

 ポップの何気ない問いにアティは答え、それからくすりと笑った。

 

「な、なんだよ?」

「ううん。ポップ君が『先生』って呼んでくれるのが嬉しくて」

「……そりゃまあ。俺も授業受けたからな。一応、そう呼んでるだけだろ」

 

 ぽりぽりと頬を掻くポップを見て、ダイが不思議そうに首を傾げた。

 

「ポップ、なんか顔、凄い赤くなってるぞ?」

「うるへー、お前は黙ってろ!」

 

 ゴメちゃんが楽しそうに「ピィ!」と鳴き、ポップはしばらく仏頂面でオールを漕ぎ続ける。

 三人の船旅は、概ねそんな感じで続いた。

 

  ☆   ☆   ☆

 

 幸い、海の魔物に出くわすこともなくロモス近隣の陸地に着いた。

 おそらく、デルムリン島近海の魔物は殆どが島に集まっていたのだろう。お陰で船旅は平和なものだった。

 

「方位磁石が使えるのは助かりましたね……」

 

 そして、アティ達は森の中を歩いている。

 デルムリン島からロモスへの直線距離には大きな森が広がっていたのだ。

 鬱蒼と生い茂る木々の間を歩いていると、ついつい方向感覚を見失いそうになる。

 

「グワァーー!」

「っと、食らいやがれ、火炎呪文(メラゾーマ)!!」

 

 おまけに、定期的に魔物が襲ってきたりする。

 

 茂みから飛び出してきた二足歩行の獣型魔物(リカント)を黒焦げにしたポップが息を吐いて杖を下ろす。

 丈夫な服の上からマントを羽織ったダイが眉を寄せて空を見上げた。

 

「これ、おれとポップだけだったら迷ってたな……」

「お前な。元はと言えばお前の地図がいい加減なせいだろうが」

 

 三人が頼りにしているのは、主に「ちょっと前にロモスを訪れたダイの記憶」であった。

 とはいえ、当時のダイはキメラという鳥系の魔物に乗っていたらしく、陸地に関しては上から見下ろしていただけ。製図の知識もない少年の描いた地図はかなりいい加減だった。

 

 レオナ姫の一件で手に入れた地図と照らし合わせながら、アティが磁石や太陽の向きを確かめなければ迷子は確実だったろう。

 

「あはは……。ポップ君も、方位磁石読めなかったんですね」

「あー、まあ。そういうのは先生がやってくれてたから……」

 

 気まずそうに目を逸らすポップ。

 まあ、確かに、あのアバンなら適当に行く先を決めているようでいて複数の情報からルートを分析するくらい、当然のようにやっていただろう。

 笑ってしまいそうになったアティは、故人扱いのアバンのことを思い出して表情を正した。

 

「でも、今日は野営ですね」

「野営って……野宿ですかあ?」

 

 ポップが嫌そうに声を上げる。

 

「しょうがないよ。日が暮れるまでに城下町に着けそうにないし。……多分、夜になると門が閉まっちゃうでしょう?」

「えーと、さあ?」

「お前……。ああ、特に今は門を閉めてると思いますよ」

 

 細かいことを気にしていなかったダイの代わりにポップが答えた。

 

「でも野宿かあ……この森の中で……」

 

 魔法使いの少年ががっくりと肩を落としたところで。

 

 

 

 

「グルルルル……」

「あっ」

「げっ」

 

 前方から警戒するような唸り声。

 見れば、そこにいたのは獅子の身体に蝙蝠の羽、蛇の尻尾を持つ魔物だった。

 

「ら、ライオンヘッド……?」

「こんな奴もいるのか……っ」

 

 ポップがガクガクと身を震わせ、ダイが身構える。

 二人は揃ってアティを振り返った。

 

「……逃げるのは無理そうですね。仕方ありません、撃退しましょう」

 

 ダイが頷き、ポップも「マジかよ……」と言いつつ杖を構える。

 

 三人が臨戦態勢に入るのを確認したライオンヘッドは獰猛な笑みを浮かべると、四肢を張ってすっくと立ち、前方に向けて魔法力を収束させる。

 閃熱呪文(ベギラマ)が声もなく放たれる。

 

「――海波斬!」

 

 一歩、進み出たアティはラグレスセイバーを一閃、襲い来る熱量を斬り散らした。

 視界が晴れた先には、どこか驚いた様子のライオンヘッド。

 

「今だ! メラゾーマ!」

 

 ポップの杖から放たれた火炎が魔物を包み、全身を焦がす。

 

「だあああああっ! 大地斬!!」

 

 そこへ、跳躍したダイが渾身の一撃を見舞い、ライオンヘッドの胴体に深い傷を入れた。

 

「グアアアアアッ!」

「っ、ちょっとだけ浅かったかっ!」

 

 三人は追い打ちをかけるべく身構え、同時に攻撃を繰り出そうとして。

 

 ――ライオンヘッドの背後から小さな炸裂音が響いた。

 

 きらりと何かが光ったかと思うと、閃熱呪文(ベギラマ)が魔物の身体を包んだ。

 ナイフの傷から肉までこんがり焼かれたライオンヘッドは今度こそ力尽き、くたりと身を横たえた。辛うじて息はあるようだが、

 

「ホイミを……!」

「待って! 今とどめを刺すから!」

 

 聞こえた声と共に一つの影が飛び出してくる。

 ポップと変わらない身長。短めに纏めた桃色の髪。服は動きやすさを重視してか丈が短い。

 手に特殊な鈍器――柄の先が十字に分かれている――を持ったその人物は、短い息と共に、魔物の脳天へとその鈍器を振り下ろした。

 

 聞くだに痛そうな声が響き、ライオンヘッドの瞳から光が失われる。

 

「……あーあ、殺しちまいやがった」

 

 ポップが呟いたのは、謎の助太刀人が振り返ったその時だった。

 

「もしかして、お邪魔だった?」

 

 ゴーグルをかけたその人物が声を硬くして尋ねれば、調子に乗ったらしい少年は威勢よく答えた。

 

「ああ、お邪魔だったね。俺達だけでも十分勝ててたしな」

 

 何を思ったのか、つかつかと近づいて行って、嫌味っぽい口調で言って。

 振り返った拍子に腕が彼、もとい彼女の胸を突いた。

 

「先生は優しいから、こいつを治そうとしてたってのに余計なことを……って」

「っ、何すんのよ! このスケベ!」

 

 パァン、と、少女の平手打ちがポップの頬を叩いた。

 盛大な音。

 さっきの鈍器の一撃といい、かなりの力だ。

 

「……ポップ君。どう見たって女の子じゃないですか」

 

 呆れたアティは、ついついフォローもせず二人のやり取りを傍観してしまった。

 

  ☆   ☆   ☆

 

「アティさんに、ダイとゴメちゃん……それに、ポップですか」

 

 ひとしきりポップと睨みあった後、少女はマァムと名乗った。

 

「この『魔の森』の東にあるネイル村に住んでいます」

「『魔の森』?」

「魔王が復活してしまって以来、モンスターがたくさん住みついてしまって……迷路みたいな地形もあって、そう呼ばれているの」

 

 彼女は、アティ達にネイル村での一泊を勧めてきた。

 意地を張ったポップが反射的に断りかけるも「ポップ君……」「ポップぅ」「ピピィ」という非難の声により宿泊が決定。

 もともと野宿を嫌っていたのはポップだというのもあり、ネイル村に案内してもらうことになった。

 

「さっきはごめんなさい。その、余計なことをしてしまって」

「いいえ。自己満足だとはわかっているので……」

「そうね……。可哀そうだけど、倒せる時に倒しておくべきだと思うわ」

 

 生かしておけば、手負いのライオンヘッドは別の者を襲ったかもしれない。

 正論を口にしつつ辛そうに表情を歪めたマァムを見て、アティは胸が温かくなるのを感じた。ゴーグルを外した彼女はどこから見ても心優しい少女で、その姿がどこか「初めての生徒」の姿とダブる。

 容姿も、言動も全然違うのだが不思議なものだ。

 

「それで、どうして森を? どこに行くにしても迂回した方が良かったと思いますけど」

「ロモスの王宮に行きたいんだ。おれ、王様と知り合いでさ。魔王を倒すために会っておきたくて」

 

 ダイが元気よく答えた。

 育ち盛りの少年はやはりお腹が空くらしく、久しぶりに料理らしい料理にありつけるかもしれない、とご機嫌なのだ。

 一方のマァムはダイの返答に眉を顰めた。

 

「魔王を? 本気なの?」

「……悪いかよ」

 

 低い声で返したポップにはマァムの冷たい視線が飛んだが。

 

「はい。ダイ君は『勇者』なんですよ」

「勇者。勇者か……」

 

 三人を先導しながら、マァムは何かを思うように目を細めた。

 

「勇者に、先生か。なんだかアバン先生のことを思い出しちゃうなぁ……」

「アバン先生のこと知ってるの?」

「え? あなた達こそ……」

 

 マァムが目を丸くして振り返る。

 ダイは頷き、胸元からペンダント――アバンのしるしを取り出してみせる。はっとしたマァムは同じように胸へ手を入れ、同じく輝くしるしを取り出した。

 

「じゃあ、あなたも……?」

「ええ。私も、アバン先生の教えを受けた――アバンの使徒なんです」

 

  ☆   ☆   ☆

 

「マァムお姉ちゃん!」

「ミーナ!? 寝てなきゃ駄目じゃない!」

「だって、心配で……!」

 

 村の入り口に差し掛かると、マァム目掛けて小さな少女がぶつかってきた。

 ミーナ、と呼ばれた少女は身体のあちこちに包帯を巻いており、少々痛々しい姿をしている。魔物にやられて療養中なのだろうと推測できた。

 

「そっちの人達は……?」

「ん。お客様よ。私の先生のこと、知ってるんだって」

 

 そう答えたマァムの顔には寂しさが覗いていた。

 

 ――アバンさんは、魔王軍の幹部を討ち取った後、亡くなりました。

 

 アティがそう告げてしまったせいだ。

 元気ですよ、ピンピンしてます、と答えたい気持ちもあったが、偽装という意味もあることを考えれば嘘はつけない。どちらが嘘かという話になってしまうが。

 それから、マァムは気落ちした様子だ。村の皆の前では気丈に振る舞おうとしているようだが。

 

「アバンさんの知り合いか! なら、ちゃんと歓迎してやらないとな!」

 

 年かさの者と子供が目につく村人達は、アティ達を歓迎してくれた。

 物資が不足気味の中なので豪勢な食事とはいなかったが、それでも温かなスープにありつくことができ、思わずほっと息が漏れた。

 思えば、まともな調理環境での食事はこちらに来てから初めてだ。

 

 村人の多くはロモス王宮を守りに行っているらしく、空いている家を一軒借りることができた。

 野宿するつもりだったアティ達としては、屋根のあるところで寝られるだけで恩の字だ。

 

「ありがとうございます、マァムさん」

「マァムでいいです。代わりに、私も先生って呼んでいいですか?」

「はい、もちろんです」

 

 少年二人が早くも寝入った後、マァムはアティの分の寝床を手入れしてくれた。

 ダイ達の寝床と小さな衝立で隔てられているだけだが、女二人でそういう空間にいると少ししんみりしてしまう。

 窓の外には月が浮かんでいた。

 

「あの、アティ先生。アバン先生は、笑顔でしたか?」

「……はい。笑顔でしたよ。ダイ君やポップ君に後を託して亡くなりました」

「……そっか」

 

 窓際に立ったマァムの瞳からは涙がこぼれていた。

 

「もう一度、先生に会いたかったなあ……」

 

 マァムがアバンに教えを受けたのはもっと幼い頃だったという。

 武術と補助系の呪文を教わったというマァム。

 今の彼女があるのはアバンのお陰であり、恩師という以上に兄や叔父のような存在でもあったのかもしれない。

 

「……ごめんなさい」

「アティ先生が謝ることじゃ……」

 

 その台詞は最後まで言葉にならなかった。

 アティがそっと後ろから抱きしめると、マァムはしばし声を殺して泣き続けていた。




感想、評価、お気に入りありがとうございます。
数字の増え方に嬉しい悲鳴を上げてしまいました。
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