新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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獣王クロコダイン

 雄叫びが村中に木霊したのは、夜半を過ぎた頃だった。

 跳ね起きたアティは剣とマントを取ると、衝立の向こうにあるダイ達のベッドへ向かった。

 

「ん……な、なんだ?」

「もう朝か? じゃないよな? ならもう少し寝かせ……」

「二人とも起きてください! 魔物の襲撃かもしれません!」

 

 覚醒に向かいつつあったダイと、寝ぼけているポップ。

 非常時のため二人まとめて無理矢理目覚めさせ、ナイフと杖を取らせる。

 

「大丈夫ですって先生。森なんですから狼か何かが吠えただけかも……」

「もし魔物だったらどうするんですか。きっと、マァムは迎え撃ちに行くはずです!」

 

 マァムはアティとの会話を終えた後、自宅に戻っていった。

 心優しいあの少女が村を守るために奮闘するとすれば、魔王を倒すつもりの自分達がのうのうと寝ているわけにはいかない。少なくとも先の声の原因を突き止めなければ。

 引っ張るように走るうち、ダイは目が覚めたようで自分から走り始める。

 

「先生、どっちからだったかわかる?」

「もちろんです。今、向かっている方角ですよ!」

 

 向かううち、村人達が何事かと出てくるのが見えた。

 彼らの反応からして、夜間の襲撃は頻繁に起こるものではないらしい。

 同時に、例の『声』がよくあることではないのもわかってしまう。

 

「先生! 来てくれたの!?」

「マァムこそ! 何が起こったのかわかりますか!?」

「ううん! でも、多分、このままだとまずいと思う!」

 

 寝間着に武器だけを持った少女を加え、四人はできるかぎりの速度で駆けた。

 村の入り口まで到達すると、示し合わせたように立ち止まる。

 

 ――月明かりに照らされながら、彼らを待っている者がいた。

 

 鋼の鎧を纏った大柄なリザードマン。

 鮮やかな紅の肌は生々しい肉の質感を持ちつつも強靭な鱗に覆われており、一筋縄ではいかぬことが窺える。尖った大きな顎、鋭い眼光は獣ではなく歴戦の戦士のそれであり、右手に持った斧は人であれば振るうのすら一苦労であろうと思えるほどに重厚だ。

 彼の傍には、まるで護衛役であるかのように、ライオンヘッドが二体。

 只者ではない。

 彼の全身から発せられる『強者の気配』にあてられた四人は、視線を交わすこともなく身構える。ポップでさえ眠気を吹き飛ばし、じりじりと距離を取り始める始末。

 

「……来たか」

 

 ()()()が口を開いた。

 顎の内には案の定、鋭い牙が生えていた。

 きっと、噛みつかれただけでも小さくない傷を負うだろう。

 

「逃げずに来たことを誉めてやろう。オレは『獣王』クロコダイン。栄えある魔王軍六大軍団の一つ、百獣魔団の団長だ」

 

 獣王。

 百獣魔団、というからには、獣系のモンスターを束ねているのだろう。

 知性の低い獣達を統率する彼はカリスマ性もさることながら――おそらく、ただ単純に強い。弱肉強食という絶対の理を体現する、恐るべき相手だ。

 ぞくり、と、背筋に寒気が走る。

 

 ――勝てるだろうか。

 

 彼、クロコダインは『六大軍団』と言った。

 つまり百獣魔団の他に後五つ軍団があるのだろう。そして、それぞれにクロコダインと同等かそれ以上の団長がいると考えていい。

 既に魔軍司令ハドラーを下したアティ達だが、この獣王がハドラーより弱いと楽観していいかといえば。

 

「我らが魔軍司令殿を瀕死にまで追い込んだ、アティとダイに用がある」

「……待ってください」

 

 アティは、思わず一歩、前に進み出ていた。

 

「魔軍司令ハドラーは私達が倒しました。私は、彼が倒れるところを確かに見たんです」

「何?」

 

 クロコダインが眉を顰め、唸るように言った。

 

「勘違いだろう。俺は、確かに魔軍司令殿と会話を交わした。あの方をギリギリまで追い詰めたお前達を見事討ち取ってみせろ、と」

 

 彼の返答は、アティの胸に更なる悪寒を走らせた。

 

 ――ハドラーが生きている。

 

 身体を四分割されて絶命したはずだ。

 本当に瀕死だったのか、それとも蘇生したのか。理由はわからないものの、確かなのは一つ。あれだけの激戦を繰り広げた成果が「ハドラーの一時撃退」に過ぎなかったということ。

 

「じゃあ、先生の死は無駄だったっていうの……?」

 

 マァムが胸の前で手を握る。

 

「む?」

「……先代の勇者アバンは亡くなりました。ハドラーを倒した後、病気で」

「……そうか。それは魔軍司令殿にいい土産ができた」

 

 獣王の右手にある斧がすっと突き出される。

 

「アバンの使徒よ、勝負だ! 貴様らの首、この獣王クロコダインがもらい受ける!!」

 

 発せられるのは猛烈な殺気。

 堂々とした名乗りは、彼が武人である証だろう。

 誇りをもって戦い、相手の強さを認めることができる者。

 

「獣王クロコダイン。一つだけ聞かせてください」

 

 アティはラグレスセイバーを構えたまま獣王に尋ねた。

 

「あなたはどうして戦うんですか? 魔王軍が行っているのは主に虐殺……名誉ある戦いとはほど遠いはずです」

「笑止。人と魔物は殺し合うが定め。弱い者が死ぬのもまた定め。オレは武人として大魔王様に仕え、与えられた役目を完遂するのみ」

「人と魔物だってわかりあえるはずです。溝を深めているのは大魔王じゃないですか」

「……フッ。どうやら貴様は知らぬらしいな。人と魔物の深い確執を」

 

 クロコダインは鼻で笑い、それから告げた。

 

「言葉など不要! 貴様らが正しいというのなら、それを力で証明してみせろ!」

 

 交渉は決裂だった。

 武器を構えたマァムが険しい声で呟く。

 

「アティ先生。悔しいけれどあいつの言う通りよ。アバン先生がハドラーを倒してから、まだ二十年も経ってない。何もしていない魔物に敵意を向ける人も沢山いるわ」

「……それに、大魔王の影響でモンスターが凶暴化してる。止めたかったら大魔王を倒さなきゃ」

 

 ナイフを握ったダイもそう言った。

 

「そう、ですね」

 

 虐殺に加担するというのなら、力ずくで止めなければならない。

 

 ――みんなを助けられるほど、私は強くないから。

 

 できることをする覚悟を、アティはあらためて固めた。

 

「なあ、俺、あいつに勝てる自信ないんだけど……」

「いいから力を貸しなさい! 村を滅ぼされたいの!?」

 

 弱気になるポップをマァムが叱りつけたところで、獣王が吠えた。

 

「行くぞ! 油断すれば命はないものと思え!」

 

 

 

 戦闘開始と同時、二頭のライオンヘッドが飛び出してくる。

 

「グルルルルッ!!」

 

 倒された仲間の敵、というわけではないのだろうが、彼らは最初から敵意をむき出しにしていた。

 魔物の牙が自分達へと迫る前に、アティは先んじて呪文を唱えた。

 

火炎呪文(メラミ)!」

「食らいやがれ、火炎呪文(メラゾーマ)!」

 

 両手で抱えるほどの火球が一匹に命中、追うようにして大きな火炎が同じ個体を包んだ。悲鳴を上げてのたうち回るライオンヘッド。

 もう一匹には、マァムの構えた『武器』から閃光が放たれていた。

 

 ――あれは、銃、でしょうか。

 

 きらりと光る金属製の筒。

 柄がついて「く」の字型をしたそれは、アティの知識で言えば銃という武器だ。機界ロレイラルが由来で、かの『名もなき世界』にも似たものがあるという。鉛などの小さな弾を高速で打ち出す武器だが、マァムのそれは弾丸に込められた呪文を打ち出している。

 

「なあ、気になってたんだけどよ、お前のそれ何だよ?」

魔弾銃(まだんガン)。アバン先生がくれた鉄砲よ! それより!」

 

 ダイに向かった一匹は視界をくらまされながらも突撃を続けている。

 

「だあああああっ!」

 

 狙いの甘い攻撃をさっと避けたダイは、ライオンヘッドに大地斬を見舞った。

 パプニカのナイフが魔物の肉を大きく切り裂く。勢いを殺されたライオンヘッドは躓きそうになりながら向きを変え、ダイへと再び向かおうとする。

 

「「閃熱呪文(ギラ)っ!」」

「やあぁっ!」

 

 そこへ、アティとポップの呪文が重なる。

 熱線が獅子の胴体を焼いた直後、魔弾銃をしまったマァムが例の鈍器――ハンマースピアというらしい――を振るい、脳天を叩いた。

 たまらず目を回したライオンヘッドにダイが再びナイフを一閃。

 それで、配下のモンスターは動かなくなった。

 

「グフフ……フハハハハハッ!」

 

 愉しむような笑い声が木霊する。

 

「面白い。思った以上に楽しめそうだ!」

 

 獣王が斧を振りかざしていた。

 

「唸れ! 真空の斧よ!」

「な、ありゃあ、まさか……っ」

 

 空気の流れが変わった。

 獣王を中心として渦が起こり、大気が刃の如き鋭さを帯びていく。紛れもなく真空呪文(バギ)の作用だ。

 魔法の武器の中には道具として使うことで呪文の効果を持つものがある。獣王の斧もその一つなのだろう。

 

「ダイ君!」

「ああ!」

 

 アティはダイと共に真空呪文(バギ)を唱えた。

 呪文が苦手なダイはコントロールが甘く、使えるのも初級のものがやっとだが、アティと共に前へと飛ばすだけならなんとかなる。

 真空の斧と、アティ達。両者のバギがぶつかり合い、凪を作った。

 

「行くぞ、クロコダイン!」

 

 すかさず駆けたのはダイだ。

 メンバー中で最もすばしっこい少年は一気に距離を詰め、クロコダインに一撃を見舞おうとする。

 虚をついた速攻だったはずだが、獣王もまた負けてはいなかった。

 

「させぬわ……カアァーーッ!」

「なっ!?」

「ダイ君!」

 

 大きく口を開いたクロコダインが、喉奥から熱気を発した。

 勢いを殺され、おまけに全身を焦がされたダイはなす術もなく地面に落ちる。

 

焼けつく息(ヒートブレス)。オレの奥の手だ」

 

 ドラゴンが多く持つブレス攻撃。蜥蜴人間(リザードマン)が扱えてもおかしくはないが……。

 パワーファイターと思いきや、獣王クロコダインはなかなかの戦上手だった。思わぬ隠し玉を幾つも備えつつ、惜しみなく使って優位を演出してくる。

 焼かれたダイの身体はなおもブスブスと音を立てており、ダイは必死にもがきながらも動けそうにない。

 

 ――助けないと。

 

 しかし、アティではうまく助ける方法がない。

 単に回復呪文(ホイミ)をかけるだけでは不足だし、うまく近寄れる保証がない。かといってヒャド系の呪文で冷やすのは加減が難しい。

 と、マァムがハンマースピアを下ろして魔弾銃を持ち上げる気配。

 

 首だけで振り返ると、意志のこもった視線と共に頷かれる。

 任せました、と、アティは頷きを返し、クロコダインに向かって駆けた。

 

「残念だったな。今、楽にしてやる……」

「クロコダイン! 私が相手です!」

「む……」

 

 振り上げかけた斧を止め、クロコダインがアティを見る。

 焼けつく息が襲い来るも、アティは足を止めないまま海波斬で斬り払った。

 来るとわかっていれば防ぐことはできる。

 

「ならばっ!」

「させません! 爆裂呪文(イオ)!」

 

 小さな爆球が真空の斧に衝突し、呪文効果の発動を妨げる。

 

 ――果たして、マァムのサポートが間に合った。

 

 魔弾銃から光が放たれ、クロコダイン、ではなくダイへと注がれる。

 ポップが一瞬、驚いたように口を開くも、呪文が攻撃のためのものではなく回復用のもの、麻痺を治すキアリクであると知り、息を吐いた。

 

「身体が、動く……!」

 

 声と共にダイが跳ね起きる。

 クロコダインがちらりと少年を見た隙に、アティは剣を振るった。

 

「アバン流刀殺法――空裂斬!」

 

 剣に乗って放たれた闘気が獣王の右の目に炸裂。

 

「グウウ……ッ、貴様ッ!?」

 

 左手で目を抑えたクロコダインは怒りを込めてアティを睨む。

 アティは、竦みそうになる足を必死で制御しながら微笑んでみせた。

 

 ――敵は、私だけじゃありませんよ。

 

 獣王の胴を火炎呪文(メラゾーマ)が直撃し、生まれた熱に悲鳴が上がる。

 そして。

 

「だあああああっ!」

 

 大きく飛び上がったダイの一撃が、獣王クロコダインの左目を切り裂いた。

 

 

 

 ぽたぽた、と、鮮血が流れ落ちる。

 

「……よくも」

 

 クロコダインは押さえる目を左目に変えていた。

 軽く痛めた右目も瞑ったまま、怨嗟の声を上げる。

 

「よくもオレの顔に、いや、オレの誇りに傷をつけてくれたな!!」

「クロコダイン! 話を聞いてください!」

 

 アティが目を狙ったのには理由があった。

 仲間の攻撃をうまく当てたかったのも勿論だが、クロコダインの足を止めたかったからだ。四肢を切り落としてしまうと復元が難しいため、一時的に視界を封じることにした。

 そのために空裂斬の威力を絞ってもいたのだが。

 

 ――顔を傷つけられた獣王の怒りは想像以上だった。

 

 ダイがもう一方の目を潰したことも影響しているのだろうが。

 

「覚えていろよダイ、それにアティ! 貴様らは必ず殺す! 必ずだ……!」

「へっ、目も見えない状態で何を……」

「待ちなさいポップ!」

 

 鼻で笑って進み出ようとしたポップの首をマァムが掴んで引き戻す。

 獣王が振るった腕から猛烈な闘気が吐き出され、地面を打ったのはその直後だった。

 

 ――噴煙が上がる。

 

 煙が収まる頃には獣王の姿はそこにはなく、ドスドスという足音が遠ざかっていく気配と口笛の音、大きな翼が羽ばたく音だけが聞こえていた。

 ネイル村は守られたが、クロコダインは取り逃がした。

 

 次にまみえる時に何が起こるのか、今のアティ達には思い描くことさえできなかった。




ピンク色、顔を傷つけられると怒る、嫁探しをすると言いつつ周りには男ばかり……。
獣王クロコダイン雌説(ありません

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