新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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娘さんを私にください

「……強敵だったわね」

「ああ。あいつは強え。あんなやつ見たことねえよ」

 

 クロコダインを撃退したアティ達は村人達から労いを受けた。

 ここからの見張りは引き受けるからゆっくり休んでくれと言われ、素直に甘えさせてもらうことにしたものの、アティはもちろんダイ達もすぐには寝られそうになかった。

 仕方なく、マァムを含めた全員で、三人に宛がわれた小屋に入る。

 

 それぞれが座るか、壁に背を預けたところで、出てきたのは先の戦いの感想だった。

 

「あいつは、必ずもう一回襲ってくる」

 

 ダイが右の手のひらを見つめながら呟くと、全員が黙った。

 

「だ、大丈夫だって!」

 

 努めて明るく言ったのはポップだ。

 顔を上げ、引きつった笑みを作って、両手を広げる。

 

「ダイの底力はあんなもんじゃないし、それに、俺達には先生がいるんだ!」

 

 ね? と視線を向けられ、アティは曖昧な笑みを浮かべてしまう。

 ポップの言葉の意味がわからないマァムは首を傾げて眉を顰めた。

 

「確かに先生は強かったけど、頼りすぎるのはまずいわ」

「違うんだって! なんかドーン! とすげえ奴があるんだよ! ハドラーにとどめを刺したのだって、ダイと先生だったんだ!」

「……そうなんですか?」

 

 この馬鹿が適当なこと言ってるんじゃ、というマァムの視線にアティは頷いた。

 

「確かに、私には奥の手があります」

 

 でも、と言葉を続けて。

 

「あれは気軽に使えません。剣を休ませないといけないので、できるだけ使わずに済ませたいです」

 

 『抜剣』の仕組みについてもあわせて説明する。

 リィンバウム由来の概念について省いたため、かなりざっくりした説明になったが、それでも一番大事な部分は伝えられる。

 

 ――ハドラーを倒す際、アティは剣に蓄積されていた魔力の約半分を消費した。

 

 故郷での戦い方をしてしまったせいもある。

 無尽蔵に力が溢れてきたリィンバウムの『抜剣』と違い、こちらでは好きなだけ力を振るうわけにはいかない。必要な分を必要なだけ引き出せれば長持ちさせられるだろうが、かといって練習もできないので温存していくしかない。

 説明を聞いたポップは、ううむ、と腕を組んだ。

 

「ダイ、お前の方はどうなんだよ? あの時の馬鹿力、もう一回出せないのか?」

「そんなこと言われたって、おれもあの時は夢中だったから……」

 

 問われたダイも困ったような顔だ。

 

 ――ダイ君の額に紋章のようなものが出ていた件ですね。

 

 紋章を見たのはほんの一瞬だったが、あの時のダイは凄まじい力を発揮していた。

 『果てしなき蒼』に匹敵するような力。

 おそらく、レオナ姫の窮地を救ったのも紋章の力だろう。

 詳しくはアバンが調べてくれる手はずだが、制御できない以上は頼っていい力ではない。

 

「大丈夫。皆は私が守りますから。いざとなったら『果てしなき蒼』を抜きますし、それでも駄目なら私を置いて逃げてください」

「先生……っ」

 

 にっこり笑って告げれば、ダイが顔を顰めた。

 

「嫌だよ、おれ。もうあんなの……っ」

 

 泣きそうな少年の顔を見て、ちくりと胸が痛む。

 見れば、ポップまでもが険しい顔をしていた。

 

「どうしようもなくなったら皆で逃げようぜ。皆でよ……っ」

「……ごめんなさい」

 

 アティは少年達に頭を下げた。

 失言だった。本当にそう思っていたとしても、師を失ったばかりのダイ達に言うことではない。今、彼らは『死』に敏感になっている。

 ここでまたアティを失うことになれば、純粋な彼らはきっと悲しんでくれる。

 

 ――それでも、ううん、だからこそ、本当にどうしようもなくなったら。

 

 迷わずに子供達を守らなければならない。

 それが『先生』の役目なのだから。

 

「そっか、皆は旅を続けるのね」

「ああ。ロモスの王様も心配だし、他の国にも友達がいるんだ」

「パプニカのレオナ姫さん、だっけか」

 

 顔を上げたダイが答えれば、ポップが相槌を打ち。

 

「じっとしているなんて嫌だ。おれ達が皆を助けなきゃ」

 

 最年少の少年の声に、短く。

 

「凄いなあ」

 

 呟いたマァムが寂しげに己の膝へと目を落とした。

 

   ☆   ☆   ☆

 

 その後、夜の相談は程なく打ち切りになった。

 

『い、一緒に来ればいいんじゃねえ? その、お前もさ』

 

 わざとらしく目を逸らしながらのポップの誘いを、マァムが断ったからだ。

 

『……駄目よ。私は村を守らないといけないもの』

『そ、そっか。そうだよな。はははっ』

 

 敢えて明るく振る舞ったポップだったが、その後はしばらく落ち込んだ様子だった。

 ダイも何と言っていいのかわからない様子で、口を開けては閉じるのを繰り返していた。そんな状態だったので、殆ど自然に解散した形だ。

 

『それじゃあ、私は家に戻るから』

『では、外まで送ります』

 

 マァムを追って外に出たアティは、後ろ手に戸を閉めながら尋ねた。

 

『マァムは、どうしたいですか?』

『私は……』

 

 少女は言葉を濁したまま「おやすみなさい」と言って歩いていった。

 

 少年達の寝息が聞こえる小屋の中、アティは横になったままぼんやりと考えた。

 ダイのこと、ポップのこと、そしてマァムのこと。

 そのうちうとうとと眠りに落ちて、気づいたら朝になっていた。

 

   ☆   ☆   ☆

 

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません」

「いいえ、こちらこそ」

 

 一緒に朝食を、と、マァムの家に招かれた三人はある人物と出会った。

 どことなく少女と似た雰囲気を感じる、穏やかな雰囲気の女性。

 

「マァムの母、レイラと申します」

「アティです。マァムさんには昨日、とても助けていただきました」

 

 アティと共にダイ達が挨拶すれば、レイラはにこりと微笑んでくれる。

 

 ――彼女はかつて、アバンと共に旅をしていたらしい。

 

 レイラは僧侶であり、今は亡き夫、ロカが戦士。

 勇者であるアバンと、もう一人、魔法使いを加えた四人が先代の勇者パーティだった。

 

「もう十五年になるでしょうか。今となっては懐かしい思い出です」

「父さんが戦士で母さんが僧侶だから、私は僧侶戦士ってことになるのかな」

「なるほど、それであの馬鹿力……げふっ」

「聞こえてるわよ!」

 

 脇を小突かれたポップが悲鳴を上げる一幕もあったが、基本的には和やかに食事が終わった。

 気丈に振る舞っているレイラとマァムが時折哀しそうな表情になるせいか、ダイとポップは「ごちそうさま」を言った後、用事があると言って外に行ってしまう。

 逃げた、と言ってはいけない。彼らなりに気を遣ったのだ。

 

「良い子達ですね」

「はい、本当に」

「あの子達を見ていると昔を思い出しますわ。あの人と些細なことで喧嘩していた頃を」

「母さん……」

 

 心配そうに目を細めるマァムにレイラは微笑んだ。

 

「あなたも外に行ってきたら? 話したいこともあるでしょう?」

「でも……」

 

 最初は渋ったマァムだが、アティが頷いてみせるとダイ達を追っていった。

 

 

 子供たちがいなくなると途端に静かになってしまう。

 レイラは後片付けのために席を立ち、アティもまた手伝いを買って出る。

 二人とも、手を動かしながら言葉を交わした。

 

「アバン様は、亡くなられたのですね」

「……はい」

「……残念です。いつかそんな報せが届く気がしていましたが、こんなに早いなんて」

 

 小窓から空を見上げたレイラは、疲れの見える顔に笑みを浮かべる。

 

「でも、あなたのような方が後を継いでくれたのは心強いわ」

「そんな。私はアバンさんのようにはなれません」

「そうかしら。ところで、アティさんはアバン様とどういう? 仲間かしら、それとも恋人? もしかしてあの方の隠し子だったり……」

「ち、違います!」

 

 慌てて答えたアティは、レイラがくすくす笑うのを見てからかわれたと知った。

 頬を膨らませたくなるも、そうするとより自分が子供扱いされている気がして、結局苦笑いを浮かべる。

 

「……それで」

 

 ひとしきり笑ったところで、レイラはゆっくりと尋ねてくる。

 

「何か、お話があるのでしょう?」

「はい」

 

 やっぱり、敵いそうにない。

 思い、アティは苦笑いを真面目な表情に変えた。

 

「レイラさん。マァムさんを私に預けていただけませんか?」

「………」

 

 たっぷり数秒、レイラは沈黙した。

 

「魔王軍と戦うために、ですか?」

「そうです」

 

 昨夜のクロコダインとの戦いでよくわかった。

 マァムはこれからの魔王軍との戦いに必要な人材だ。戦士としてダイに協力することができる一方、僧侶として仲間の傷を癒すこともできる。

 ハンマースピアと魔弾銃も素晴らしい武器だ。

 

「でも、それだけじゃありません」

 

 欲しいのは戦力としての彼女だけではない。

 調子に乗りやすいポップを叱咤する姿は頼もしかったし、歳の近い異性の仲間の存在は、きっと少年達の心を和ませてくれる。

 魔物へ止めを刺すことに罪悪感を覚える心優しい性格は、戦う以外の解決策を得る手掛かりになるかもしれない。

 

「彼女の優しさが、心の強さが、私達には必要なんです」

「………」

「それに、きっとマァム自身のためにもなります。仲間とする旅は、たとえ辛いことがあっても楽しいものです」

 

 いつの間にか、レイラは洗い物の手を止めてアティを見つめていた。

 何かを試すような瞳にアティは頷いてみせる。

 

「もちろん、マァムさんは私が守ります。この身に代えても、きっと」

「………」

 

 果たして、返ってきたのはため息だった。

 息を吐いたレイラは諦めたように首を振ってみせる。

 

「確かに、あなたはアバン様とは違いますね。あの方は気楽な安請け合いをしては実現させてしまう人でした」

 

 大丈夫、と笑うアバンの姿が目に浮かぶ。

 

「でも、あなたはきっと、安請け合いをしない人。する時は絶対にやり遂げる時だけ」

「………」

「そう思えば、むしろ似ているのかもしれないけれど」

 

 今度はアティがレイラの瞳を見つめ返す。

 先代の勇者を支えた紅一点は今、かすかな寂しさと大きな優しさを表していた。

 

「あの子がそうしたいというのなら、そうしてあげてください」

 

 そして、レイラは元勇者パーティの僧侶ではなく、マァムの母親として頭を下げた。

 

「アティさん。あの子を、よろしくお願いします」

 

 家に飛び込んできたマァムが「ダイ達と一緒に行きたい」と訴えたのは、そのすぐ後のことだった。

 

 その夜は旅立つ勇者一行を見送る宴が開かれた。

 十分に英気を養ったアバンの使徒一行は、頼もしい仲間を得、翌朝ロモスの王宮へと出発した。

 

 村を出て歩き出した少年と少女の顔には、等しく笑顔が浮かんでいた。

 

   ☆   ☆   ☆

 

 娘の姿が見えなくなるまで見送ったレイラは、胸の前で手を握り締める。

 祈るのは娘の無事と、一行の勝利。

 思い出すのは別れ際、アティが囁いた言葉だった。

 

「アバンさんの身体は埋葬しました。その行方は、南の星に聞いてください」

 

 南の星に聞け。

 それはかつて、レイラ達が旅をしていた頃、ある事件の際に決めた合言葉だった。

 このフレーズが出たらその言葉は嘘。

 強く輝き旅人たちの道標となる北の星の逆、という訳だ。

 そんな合言葉、ついさっきまで記憶の隅に追いやられていたが。

 

「……そう。あの方は」

 

 つまり、生きているのだ。

 ならば、亡くなったことになっているのは何か意味があるのだ。彼のことだからそうに違いない。

 

 敬愛する勇者の生存を知ったレイラの胸には、未来への希望が生まれていた。


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