新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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逆襲の獣王(中編)

「クロコダイン、その目は……」

 

 声を上げたアティを、獣王の双眸が睨みつけてくる。

 空裂斬と大地斬による傷など無かったかのような状態だ。

 

「呪文を得意とする軍団長に治させた。貴様らの思惑通りにはいかぬと知れ」

「思惑って……」

 

 クロコダインの意図がわからず、アティは困惑する。

 

「傷つけてしまったのはごめんなさい。後から治すつもりでした。私はただ、話がしたくて……」

「黙れぇ!」

 

 ひときわ大きな怒声が響き、身体がびくっと震えた。

 怒りに燃えた獣王の瞳が嫌な輝きを放っている。

 

「オレは貴様らに武人の誇りを傷つけられた! 命を奪われるのではなく光を奪われ、投降を命じられたのだ!! ならばオレは誇りを捨てよう! 貴様らのような武人の風上にも置けぬ奴らを殺すには、それで丁度いいだろう!!」

「……そんな」

 

 降伏よりも死を選ぶ。

 クロコダインの言い様は、アティには到底理解できないものだった。

 空いている方の拳を握る。

 獣王は覚悟して戦いに臨んでいる。ならば、もう声は届かないのか。

 

「クロコダイン! 本当にそれでいいの!? あなたは魔王軍でも、戦士の誇りだけは持っていると思っていたのに!」

「黙れと言ったぞ! 誇りなど勝利の役には立たん! それに、貴様らをここで殺しておかねば、必ず魔軍司令殿や大魔王様を脅かすだろう!!」

 

 マァムの説得も空振りに終わった。

 

 ――三人を取り囲む魔物の群れが思い思いの鳴き声を上げる。

 

 クロコダインは踵を返すと足早にどこかへと向かっていく。

 魔物による包囲網もまた応じるように移動をはじめ、アティ達は否応なく場所を変えることになる。

 

 

 

 着いたのは、城下町の大通りのうち最も道幅の広い場所。

 ここならば多少、呪文や技を使っても建物を傷つける心配はない。もちろん、放つ方向には気を付けなくてはならないだろうが。

 

「我が百獣魔団の兵達に告ぐ!」

 

 咆哮が城下町全体に響く。

 

「これは死闘だ! オレ達全員が死ぬか、アバンの使徒を殺しつくすまで戦いは終わらぬ! 死を恐れて逃げる者は、人間に恐れをなす臆病者に等しい!」

 

 魔物達が一斉に強烈なプレッシャーを放ち始めた。

 殺気。

 アティをして降伏勧告は不可能だと思わせる気配は、次の一声によって爆発した。

 

「かかれ!」

 

 空から地上から、魔物達がアティ達に向けて殺到した。

 

 

 

 開幕と同時、アティ達はすぐさま動いた。

 

爆裂呪文(イオ)!」

火炎呪文(メラ)!」

「やああっ!」

 

 アティのイオが炸裂し、空の魔物を巻き込んで制止させる。

 手のひらに生み出した火球をダイが投げつけると、リカントの一匹にぶつかって燃え上がる。

 ハンマースピアを手にしたマァムは大きく横薙ぎに攻撃し、群がってきた魔物達を弾き飛ばす。

 

 ――生まれたのは一瞬の間隙。

 

 即座に飲み込まれるのを避けただけの、僅かなアドバンテージ。

 しかしその一瞬に、アティは次なる手を繰り出した。

 

「アバン――」

 

 右手のラグレスセイバーに闘気が集まる。

 両の瞳で見据えるは、遠巻きに戦況を見守る獣王ただ一人。

 

「ストラッシュ!!」

 

 魔物達の身体の間を縫うように、必殺の一撃が飛ぶ。

 

 ――これで、止まってください!

 

 最も被害を少なく終わらせる方法。

 アティの願い空しく、アバンストラッシュは止められてしまう。獣王を庇うように何匹ものモンスターが割って入り、自らストラッシュの餌食になったからだ。

 どさり、と、折り重なって死体が落ちる。

 身体にのしかかる疲労を感じながら、アティは呆然と呟いた。

 

「そんな……」

「無駄だ。オレを殺したければ部下を全員殺してからにしろ」

「卑怯よ! 正々堂々と勝負しなさい!」

「知らぬ。もはやオレの手で殺せずとも構わない。最優先すべきは貴様らの抹殺だ。その役目だけは、我が百獣魔団が必ずやり遂げる」

 

 真空の斧が真っすぐに突きつけられる。

 風は来ない。誇りを捨てたといえど、獣王は自ら部下を巻き込むほど堕ちてはいない。

 あるいは、じわじわ体力を削るつもりなのか。

 

「先生! またモンスターが!」

 

 ダイが片手にナイフを持ち、もう片手にメラを生み出しながら叫んだ。

 

「とにかく耐えましょう! とどめを刺す必要はありません! 動きを止めて、戦う手段を奪ってください!」

「……っ、わかった!」

 

 頷いたダイはキメラの一匹にメラを投げつけ、突進してきたビッグホーンをかわす。

 避けたついでに脇腹を蹴りつけると跳躍し、海波斬で角の片方を切り落とした。

 

「グルルルルッ!」

 

 突進の方向を変えられたビッグホーンは味方に突っ込み、盛大な被害をもたらす。

 

「ああもう、これじゃ回復呪文(ホイミ)をする暇もないわ!」

 

 マァムはただひたすらに近づいてくる敵を打ち返す。

 アティもまた休んでいる暇などなく、イオや真空呪文(バギ)を放ち敵を牽制してはラグレスセイバーを振るった。

 

 それでも、モンスターは次から次へと押し寄せてくる。ある程度、統制が取れているのはある意味で幸いだった。

 我先にと殺到されていれば即座に潰されていただろう。

 仲間が倒れる度、空いた隙間を埋められるのももちろん苦しいのだが。

 

 ――やっぱり、呪文は飛んできませんね。

 

 こんな乱戦の中で攻撃呪文、例えばライオンヘッドの閃熱呪文(ベギラマ)でも放たれればひとたまりもない。

 ただ、いくら百獣魔団とはいえ、ライオンヘッドが何百匹もいるわけではない。

 スライムやドラキーといった小型のモンスターも含めて万に届くかどうか。たった数日で全軍を集めたとも思えず、すると強敵といえるのは一握り。

 一握りの精鋭も真価を発揮できないとなれば、数の不利もある意味で有利に見える。

 

 ――ただ、多分、このままじゃ。

 

 疲弊、そして敗北という道筋がアティの脳裏に浮かぶ。

 

「……くそっ。せめてポップがいてくれればっ!」

「駄目よ! 無理強いはできないって、アティ先生の気持ちわかるでしょ!?」

 

 敢えて突き放した仲間の力が、恋しくて仕方なかった。

 

 

 

 ロモスの民は、戸を固く閉ざした建物の中からアティ達の奮闘を見ていた。

 

 ある者は恐怖しながら。

 ある者は祈るように見つめながら。

 

 彼らは戦いの行く末を見守っている。

 加勢しようという者は現れない。それがクロコダインの脅しによるものなのか、アティ達の誠意を汲んでのことなのかはわからないが。

 戦いはどこか静かに、当事者達の間でのみ延々と続いた。

 

 

 

「はぁ……っ、はぁっ」

 

 呼吸が整わなくなってどれくらいが過ぎただろう。

 

 アティは両手でラグレスセイバーを握り、襲い掛かってきたドロルを両断する。

 跳ねるように群がってくるスライム達を、ダイがバギを使って吹き飛ばす。両手を使った呪文行使に、からん、と、パプニカのナイフが地面に落ちる。

 商店と商店の間から飛び出してきたライオンヘッドに、マァムが魔弾銃から閃熱呪文(ベギラマ)を放つ。勢いを殺されながらも突っ込んできた魔物はハンマースピアの一撃で動かなくなる。

 

「ああ、今ので十発分、全部打ち尽くしたわ……」

 

 がくん、とマァムが地面に膝をつく。

 ハンマースピアを握ったまま、もう片手で魔弾銃をしまい、手をついて立ち上がろうとするも、その身体はよろめいていて安定しない。

 

「マァム、私とダイ君の間に……!」

「駄目よ。先生達だって限界なのに……っ」

 

 ああ、と、アティは天を仰いだ。

 気づけば太陽がだいぶ高い位置にある。大通りには無数の魔物が身を横たえており、その何割かは既に息絶えている。

 それでも尚、じりじりと、新手が機を窺うようにして迫ってくる。

 獣王は今も、アティ達から距離を保ったまま立っていた。

 

 ――出し惜しみするべきじゃなかったかもしれません。

 

 手の震えを必死に抑えながら、剣を片手で構え直す。

 

爆裂呪文(イオ)!」

 

 呪文による爆発を起こしながら地面を蹴った。

 

「あっ」

「アティ先生……?」

 

 向かうのは前。

 小型の魔物が吹き飛ばされる中、しっかりと足を張ったキラーエイプが腕を振り上げてくる。

 回避は可能。しかし、飛びのけば攻撃の機会が失われる。

 

「はあああああっ!」

 

 アティは腰を据え、ラグレスセイバーを力強く振った。

 キラーエイプの拳がアティの身体を捉えたのはその直後だった。

 

 

 

 誰もが息を呑んだその瞬間。

 蒼い光が城下町一帯に溢れた。

 

 

 

 光が収まった時、獣王への道を遮るキラーエイプは地に伏していた。

 

「……な」

 

 獣王が目を見開き、声を上げる。

 

「何が起こった……!?」

「獣王クロコダイン。これが私の奥の手です」

 

 アティは静かに告げて剣を持ち上げる。

 『果てしなき蒼』。

 はらりと落ちる髪は白。『抜剣』についてハドラーから詳細を聞いていなかったのだろうか。獣王の驚きようは相当なものだが。

 

 ――魔物の拳が直撃したはずなのだから無理もないか。

 

 ハドラーも知らないだろうが、『抜剣』の発動条件は二つある。

 

 一つはアティが望んだ時。

 もう一つはアティの生命が危機に瀕した時。

 

 キラーエイプの拳を受けて瀕死に陥ったアティは自動的に『抜剣』した。

 失われた体力、生命力を魔力が代替し傷を治癒。

 同時に、手にはハドラーをも恐れさせた魔剣が握られた。

 

「か、かかれぇっ!」

 

 クロコダインの号令に、思い出したように魔物達が飛びかかってくる。

 しかし。

 

真空呪文(バギ)

 

 アティを中心に渦を巻いた大気が魔物達を巻き上げ、地面に叩きつける。

 ひくひくと痙攣しながらも立ち上がれなくなった部下達を見て、クロコダインが吠える。

 

「バギだと!? 馬鹿な、今の威力は……っ」

「私、バギマはまだ練習中なんですけど、バギを大きくすることはできるんです」

「は、反則だ……っ」

 

 そう、確かに反則技だ。

 

 ――先のバギが強力だったのは、暴走召喚という技術の応用。

 

 召喚術を行使する際、過剰に魔力を籠めることで召喚獣に常以上の力を与える。

 制御が難しいため『抜剣』時にしかできない技なのだが、同じ要領でやれば、バギをバギマに変えることもできる。

 

「っ。唸れ、真空の斧よ!」

 

 誰もいなくなった二人の間に空気が渦巻く。

 

「バギ」

 

 二つの空気の流れが衝突して凪が生まれる。

 

「カアアッ!」

「はっ!」

 

 焼きつく息(ヒートブレス)が海波斬で切り裂かれて四散する。

 

「アバン――」

「ガアアアアアッ!!」

「シャアアアッ!」

「キィィィ!」

 

 『果てしなき蒼』の輝きを、魔物達の身体が覆い隠す。

 百獣魔団の魔物はだいぶ減ったもののまだ残っている。生き残っている者達が皆、獣王を守り、彼の武器となるようにアティへと立ちはだかっていた。

 

「……いいでしょう」

 

 アバンストラッシュの構えを解いたアティは手のひらに特大の火炎呪文(メラ)を生み出しながら告げた。

 

「生徒達は殺させません。殺すなら私からにしてください……っ!」

 

 蒼く優美な刀身が魔物の肌を、翼を、皮を触れた端から切り裂いていく。

 巨大な火の球が、渦巻く空気が、魔力による爆発が何度も炸裂する。

 静かになるまでには、水を入れた鍋が沸騰するより長い時間がかかった。

 

「―――っ」

 

 屈したのは『抜剣者』の方だった。

 『果てしなき蒼』が消えると同時、アティの髪も赤毛に戻る。

 膝を折ったアティは片手で身を支えるのが精一杯の状態で、それでもクロコダインを見据える。

 未だ獣王には傷一つない。

 

「グ……フフフッ。ハハハハハッ!!」

 

 哄笑が高らかに響き、クロコダインが口の端を吊り上げる。

 

「認めよう、貴様は強かった! 貴様らを殺すと決めた俺の判断は正しかった!」

「………」

 

 アティにはもう一片の魔力も残されていない。

 魔剣に溜めた魔力を全て使い尽くし、自らの魔力も用いて刀身を維持したが、それでも獣王には届かなかった。

 

「先生……っ!」

「っ、このっ、どきなさいよっ! このままじゃ先生が!」

 

 僅かな休息を得られたダイ達が援護に向かおうとしてくれるも、そこに残りの魔物達が襲い掛かる。

 

 ずしん、と、地に響く足音。

 呆然と見上げれば、クロコダインがすぐ傍までやってきていた。

 真空の斧が振り上げられ、

 

「……ぬ!?」

 

 火炎呪文(メラゾーマ)が獣王の視界を覆いつくした。

 

「待てよ」

 

 声が聞こえたのは横合いからだった。

 いつの間にそこにいたのか。

 魔法使いポップが獣王に向けて杖を突きつけている。

 

「てめえ、俺の仲間と先生に何してやがるんだよぉっ!」

 

 泣きはらしたように腫れあがった少年の両目には決意の色が浮かんでいた。

 


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