新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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逆襲の獣王(後編)

「ポップ……!」

「ポップ君……」

 

 アティ達を振り返った少年は気まずそうに視線を落とした。

 

「悪ぃ。遅くなっちまった」

「ポップ、あなた逃げたんじゃ……」

 

 マァムの指摘に顔が歪む。

 ポップは何かを言いかけてから口を閉じ、またゆっくりと開いた。

 

「……ああ、そうさ。俺は逃げ出した。でもよ、ある奴が教えてくれたんだ」

 

 続く言葉に、その場にいた誰もが息を呑んだ。

 

「仲間を見捨てたり、弱い相手をいたぶる奴がどれだけ格好悪いかってことをな……!」

 

 空気が変わった。

 血気盛んな魔物達が動きを止め、辺りがしんと静まり返っている。

 獣王が黙っているからだ。

 単なる人間の魔法使い一人に、歴戦の戦士クロコダインが一瞬、気おされていたからだ。

 

 果たして、クロコダインは厳かに顎を開いた。

 

「わざわざ死にに来たか、臆病者の小僧が」

 

 挑発の言葉にもポップは動揺しない。

 皮肉気な笑みと共に杖を構え、堂々と答える。

 

「なんとでも言えよ。俺はお前を許さねえし、もう絶対に逃げねえ」

 

 アティは、ポップと目が合った。

 

「死ぬかもしれないって時に『逃げていい』なんて言ってくれる人を、死なせていいわけがねえんだ……!」

「ポップ君……」

 

 瞳に涙が浮かんでくる。

 そんな場合ではないとわかっていながら、アティは涙を抑えられなかった。

 

 

 

「ええい、何をしている! 魔法使いの一人くらい、すぐに八つ裂きにしろ!」

 

 獣王の号令と共に再び、死力を尽くした戦いが始まった。

 

 ダイとマァムがアティの元へ駆ける。

 クロコダインはもう一度斧を振るおうとするも、その右腕を冷気が凍らせた。

 冷気呪文(ヒャド)の効果だ。氷はすぐに砕かれてしまったが、それでも動きを遅らせることには成功している。

 

「メラ系が一番得意だけど、他の呪文だって使えるんだぜ……っ」

「でかした、ポップ!」

「ぬぅっ!?」

 

 飛び込むようにして追い付いたダイのナイフを、クロコダインが左腕で防いだ。

 手甲が砕け散り、肌が浅く切り裂かれる。

 アティとポップに群がる魔物達はハンマースピアが弾き飛ばした。

 

「……ちょっとだけ見直したわ」

「いや、まだまだだ。見直すのはここを切り抜けてからにしてくれ」

 

 ポップは周囲に杖を向けると呪文を唱えた。

 

爆裂呪文(イオ)!」

 

 連発。

 小さな爆球が周囲に飛び、魔物達を怯ませる。

 マァムが片手で放った空の弾丸をポップが受け取り、先端に指をかける。

 

「ヒャダルコ!」

 

 呪文が封じられると、黒かった先端部が綺麗な金色に染まる。

 弾丸を戻されたマァムは器用に魔弾銃へと装填、ポップと背中合わせに立つ。

 

「行くわよ……!」

「ああ、ヒャダルコ!」

 

 吹雪の如き冷気が左右に放たれ、触れたものを凍り付かせていく。

 

「させん……!」

「させないのはこっちだ!」

「くっ……!」

 

 ダイがちょこまかと動き回ってクロコダインを足止め。

 警戒した獣王は細かく反撃しながらじりじりと後退。焼けつく息や真空の斧を使われたら厄介だっただろうが、海波斬やアバンストラッシュを使われたくなかったのだろう。

 

「ぐうう……っ、一人加わった程度で……! だが我らが有利に変わりはない!」

「だろうな……!」

 

 アイアンアントにメラゾーマを浴びせながらポップが答えた。

 

「だけどよ、先生が立てるようになるまで持ちこたえるくらいはできる。そうやってダイをお前にぶつけることもできた」

「その程度でっ!」

「それだけじゃねえよ」

 

 ざっ、と、複数人の足音が聞こえた。

 城の方向から、鎧姿の兵士が隊列を組んで歩いてくる。周囲の魔物達を警戒しながら、それでも自分達から攻撃しようとはせずに。

 兵士達に守られるようにして姿を見せたのは、マントと王冠を身に着けた初老の男性。

 現ロモス王その人だった。

 

「王だと!?」

「その通り」

 

 優しげな顔立ちに怒りを滲ませながら王は答えた。

 

「獣王クロコダインよ。其方のした約束、こちらも違えるつもりはない。ダイ達と其方達、どちらかが果てるまで我らは傍観しよう。下手に加勢したとしても足手まといになるかもしれぬ」

「………」

「じゃが、だからといって勇者達を黙って戦わせられようか!」

 

 その声は、辺り一帯へ高らかに響いた。

 

「頑張れ、勇者達!」

 

 思わず、アティはぽかんと口を開けてしまう。

 国の最高責任者が戦闘中に敵前までやってきて、ただ頑張れ、だなんて。

 

 ――そんな、素敵な行為があるだろうか。

 

 自然と口元に笑みが浮かぶ。

 応援の声は王だけでなく兵士達からも発せられ、大合唱へと変わっていく。

 

「頑張れ!」

「負けるな!」

「心配するな! 殺される前に絶対助けてやる!」

 

 身体に力が湧いてくる。

 もちろん、魔力が戻ったわけではないし、疲労も色濃い。

 それでも、振り絞る気力を取り戻せた。

 

 ふらつく足を奮い立たせ、剣をしっかりと握りなおす。

 

 ばん、と、近くの窓が開いた。

 

「がんばれー!」

 

 小さな少年の声だった。

 子供の素直な声援につられるように、ロモスの民が一人、また一人と王達の応援に加わっていく。

 気づけば大歓声が巻き起こっていた。

 

「なあ、聞こえるかダイ、アティ先生」

 

 ポップが笑っていた。

 

「これだけ応援されたら、勇者として負けるわけにいかねえよな」

「ポップ君……!」

 

 アティにはこれ以上ないくらい聞こえている。

 もちろん、ダイもそうだっただろう。

 

「ああ、聞こえる。聞こえるよポップ」

 

 飛び回る少年の声はほんの少し上擦っていた。

 歓声の中、アティは声を上げた。

 

「百獣魔団の皆さん! もう戦いは止めましょう! 憎しみあって、殺し合って、命を落とすことに意味なんてありません! 本当に、ここで死んで満足ですか!?」

「……グルル」

 

 彼らに人間の言葉がどれだけ伝わるのかはわからない。

 ただ、怯むように後ずさる姿があったのは事実だ。

 

「おのれ、おのれぇ!」

 

 そんな中、クロコダインだけが戦意を維持している。

 斧を振り回し、ダイを払いのけると、血走った眼で叫ぶ。

 

「殺せ!!」

 

 強烈なプレッシャーが歓声を中断させた。

 雰囲気に呑まれかけていた魔物達が我に返り、長の命に恐怖を浮かべながら一歩を踏み出す。

 死の行進が始まろうとしている。

 最後にアティ達を殺せたとして、それまでに一体、何匹が死ぬことになるのか。

 

「……クロコダイン!」

 

 ダイが吠えた。

 少年の額が強く、白く光り輝いている。

 

 ――あれは。

 

 ハドラーとの戦いで見たことのある輝き。

 強烈なその輝きを、アティは目に焼き付ける。

 

「お前は間違ってる。だから、おれはお前を倒す!」

「ほざけ! 正しいのは我ら魔王軍、そして大魔王様だ!!」

 

 自分に言い聞かせるような言葉と共に、クロコダインは左腕に力を溜める。

 ダイもまた腰を落とし、必殺の構えを見せる。

 

 戦いが終わる。

 アティの直感は現実となった。

 

「獣王痛恨撃!」

 

 渦巻く闘気がダイへと向かう。

 前回の戦いの際、地面を砕いて見せた技。固い地面がああなってしまうのだから、まともに食らえば人の身体はひとたまりもないだろう。

 だが。

 

「――アバンストラッシュ!」

 

 矢の如く飛んだ闘気の刃が渦を切り裂いた。

 獣王が目を見開き、かわせないことを悟って身を固くする。

 鋼の鎧を、硬い鱗を、下にある脇腹を、アバンが編み出した必殺技が打ち破った。

 

「……み」

 

 信じられない、という顔をしたクロコダインが前のめりに倒れる。

 

「見事、なり」

 

 大きな音と共に地面が震えた。

 その音が、戦いの終わりを告げる合図だった。

 

 魔物達は最初、何が起こったのかわからない様子だった。

 足を止め、皆がクロコダインを見つめる。

 倒れた獣王は動かない。百獣魔団の長が倒れた。人間の勇者に敗れた。

 上がった鳴き声は戦意を示すものではなかった。

 蜘蛛の子を散らすように走り出した彼らは総出でクロコダインを担ぎ上げ、城門に向けて走っていく。

 

「……追うか?」

「……必要ないわ。あの傷じゃきっと助からない」

 

 今すぐ治療をすれば別かもしれないが。

 逃げようとしている魔物達も、クロコダインに触れようとすれば怒り狂うだろう。

 

 ――結局、力でしか止められなかった。

 

 アティは苦い思いを抱きながら魔物達の背中を見送る。

 それから、獣王を下した幼い勇者を見つめて、呟いた。

 

「ダイ君?」

 

 ダイは答えなかった。

 しっかりと二本の足で地を踏みしめていた少年は、ふっと力を抜いて背中から倒れた。

 

「っ」

「ダイ!」

 

 ポップ、そしてマァムが慌てて駆け寄り、抱き起こす。

 心配そうだった彼らの顔は、すぐにほっとした笑顔に変わった。

 

「……寝てやがる。一瞬ゾッとしたぜ、全くよ」

 

 わっ、と、その場にいた者達が一斉に歓声を上げた。

 

  ☆   ☆   ☆

 

 疲れが溜まっていたのはダイだけではなかった。

 宿まで戻ったところでアティ達もギブアップ。宿代はタダでいいという主人の好意に甘え、翌朝までたっぷりと眠った。

 起きた後はお腹いっぱい食事をして、ようやく一息ついた。

 

 筋肉痛の類は回復呪文(ホイミ)で治療。

 召喚術と違い、ちょっとした用事でも気軽に使えるのは呪文の利点だとしみじみ思った。

 

 湯浴みの必要もあったため、四人が王宮へ参じたのは昼を過ぎた頃だった。

 

「約束通り、持っていってくれ。勇者への餞、そしてロモスを救ってくれた礼じゃ」

「有難く頂戴いたします」

 

 大臣や兵士が見守る中、儀礼的なやりとりが行われる。

 ロモス王直々の謝辞の後、旅の装備が渡される。ボロボロだった服やマントの替えはもちろん、ダイには軽くて丈夫な剣と小型の盾、急所を守るプロテクターまでが揃っていた。

 アティも今までの服に似た新品を贈られた。

 袖を通した後、ついつい笑顔を浮かべてしまい、皆から微笑ましげに見られてしまった。

 

 ラグレスセイバーとハンマースピアはだいぶ痛んでいたため、大急ぎという注文で鍛冶屋に依頼。

 二、三日で応急修理は可能ということだったので、その間に旅の準備を整えることにする。

 

「して、次はどこに向かうのじゃ?」

「パプニカへ向かおうと思っています」

 

 ダイにとっても、アティにとっても特別な国。

 レオナ姫を救うことは、この旅の大きな目的の一つだ。

 

「そうか。ならば港から船を出そう」

 

 意外にも、この提案に大臣達も賛成した。

 獣王クロコダインが倒れたことで、ロモス国内の魔物の動きが消極的になっている。防衛費が減った分を回せば無理なく実施でき、ついでに他国への支援も兼ねられるとのこと。

 つまり「代わりにパプニカを救ってこい」ということだが、ロモスもこれから復興しなければならない。

 なにか言い訳しなければ勇者に援助などできないのだ。

 

「ありがとうございます」

 

 王からの有難い申し出に、アティは再度深く頭を下げた。

 

 

 

 ロモス滞在中、一行はまるで英雄のような扱いだった。

 宿代が引き続きタダになったり、買い出しに出ればオマケしてもらえたり。

 お陰で路銀を節約することができたが、責任重大だとマァムと二人、これからの決意を新たにした。

 

 

 

『アティ殿。貴女方が旅立ってから、私もデルムリン島を出発しました。今は変装をして見つからないように気をつけながら情報収集にあたっています』

 

 アバンからは最初のメッセージが届いた。

 

『とりあえず、今のところわかったことを伝えておきます』

 

 魔王軍は軍団単位で担当を分けて各国を襲っていること。

 抵抗を続けている国もあれば、既に滅びかけている国もあること。各軍団には特徴があり、それに沿ったモンスターで構成されていることなど。

 既に知っている情報もあったが、あらためて整理して聞かされることで理解が深まる。

 

『もし、ロモスからパプニカに向かうのであれば、ついでにマトリフという男を訪ねてください』

 

 アティ達の行動を先読みするような助言もあった。

 

『私のかつての仲間です。彼にとある物を託しました。これからの皆さんの役にきっと立つはずです』

 

 アバンは更に情報収集を続けつつ、さりげなく魔王軍の邪魔をするつもりだという。

 

『ご心配なく。特製のすごいトラップなどを使いますので、見つかるつもりはありません。魔物に襲われている商人などを助けられればなおいいでしょうね』

 

 思わずくすりとしてしまうような、彼らしい台詞もあった。

 最後に、アバンはまるで言うべきか迷うように言葉を濁しながら言った。

 

『アティ殿。パプニカには急いだ方がいいかもしれません。あの国は魔王軍――不死騎団から襲撃を受け、首都はほぼ壊滅状態です』

 

 それは、ダイとアティにとって胸が苦しくなるような事実だった。

 

『民は散り散りに周辺都市に逃げ、王族は行方不明。廃墟が死者で溢れかえるのも時間の問題でしょう』

 

 アティはその情報をダイ達に告げることができないまま、早く行こうとはやる彼らに頷いて、パプニカへの船に乗り込んだ。




アバン「やあマトリフ。探しましたよ」
マトリフ「アバン!? 久しぶりじゃねえか……って、なんだその変装は」

的なやりとりが裏で展開されていた模様。

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