細かな点以外は原作通りです。
登場!不死騎団長ヒュンケル!!
「アバンの弟子全てが師を尊敬し正義を愛する者ではない。中には暴力を愛し、その身を魔道に染めた者もいる。正義の非力さに失望してな……!!」
美しい銀髪の青年だった。
背が高く、全身はくまなく鍛えられ程よく引き締まっている。
切れ長の目は鋭く、歴戦の戦士さえ竦ませるような強い輝きを湛えていた。
――そして、彼の首にはペンダントがある。
アティや、ダイ達にとって見間違えようのないもの。
アバンの教えを受け、卒業した証である「アバンのしるし」。
「問われたのなら名乗ろう。オレはヒュンケル! 魔王軍六団長の一人、不死騎団長ヒュンケルだ!!」
彼の瞳の奥にあるのは憎悪。
生きとし生けるもの全てを憎むような強烈な意志は、今、兄弟弟子であるはずのダイ達へと向けられていた。
☆ ☆ ☆
ロモス王の手配してくれた船は、前に見たパプニカの船に匹敵するサイズだった。
船旅は順調。
船首からは常に聖水――特殊な方法で清められた水が流れ、海の魔物を寄せ付けない。
空は晴れ渡っており、心地いい潮風が髪を靡かせる。
本格的な船は初めてのダイ、マァムは船酔いで少々辛そうだったが。
「………」
「おいおいダイ、そんなシケたツラすんなよ。これからお姫様を助けに行くんだろ」
ダイは普段より青い顔をしながらも、船の行く先をじっと睨んでいた。
「うん。でも、パプニカは危ない状態だって聞いたから……」
「……まぁな」
気の良い船長が教えてくれた情報だった。
パプニカには十五年前、魔王ハドラーが使っていた拠点『地底魔城』が残っている。そのせいか、パプニカに送り込まれた軍団は魔王軍で最も恐ろしい軍団だという。
――なんでも不死身の軍隊だとか。
その話を聞いてから、ダイはずっと思いつめた様子だった。
一刻も早くと気をはやらせる彼を宥めたのは、最も気心の知れている兄弟弟子のポップだった。
ぽん、と、ダイの肩に手を置いて笑う。
「大丈夫だって。お前の知ってるお姫様は簡単に死ぬようなタマじゃなかったんだろ? なら絶対生きてる。着いてからへばらないように少しは休んどけよ」
「……うん。ありがとう、ポップ」
ダイは少し力の抜けた表情でポップに笑い返していた。
ダイ達から少し離れたところで。
アティとマァムは呪文の練習を繰り返していた。
「ベホイミ」
呪文と共に、アティの手のひらに光が生まれる。
ホイミと同質の、しかしより強い輝き。
それを見たマァムは柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
「完璧です。これでもう、私が教えられることはないですね」
「ありがとう、マァム」
ロモス滞在中と船旅の間、アティは呪文のレパートリーを増やすことを目指した。
ブラスやアバンの指導の元、殆どの呪文の契約は済ませていたので、後は練習あるのみ。マァムの協力もあり、中級の攻撃呪文や回復呪文等を幾つか覚えることができた。
「あーあ、アティ先生がベホイミまで覚えちゃったら、私の出番なくなっちゃいそう」
「そんなことないよ。マァムがいなかったら私達みんなが困ると思う」
「でも、私は攻撃呪文が使えないし……」
と、顔を曇らせるマァム。
心優しい性格のためか、戦士である父親の影響か、マァムは僧侶系の一部の呪文しか使えない。
アティやポップが呪文を込めた弾を魔弾銃で打ち出すことで補っているものの、攻撃呪文を使えたら、と思うこともあるだろう。
「大丈夫。マァムにはマァムにしかない良さがありますから」
「私にしかない良さ……」
マァムは考え込むように俯き「それってなんですか?」と尋ねてきた。
「言葉にしにくいんですけど、マァムはみんなを助けられる子だと思うんです」
「みんなを、助ける……?」
「はい。ダイ君は真っすぐな分、見ていてあげないと危ない時があります。ポップ君は頭がいいけど、調子に乗っちゃう時があります。そういうみんながピンチの時、マァムなら助けてあげられるんじゃないかな」
両手で振るうことの多いハンマースピアと魔弾銃、それに回復呪文。
多くのことができる分、目端がきいていないと務まらない。
状況を打開するのは男の子達がやってくれるだろうが、みんなができるだけ傷つかず、死なないように気を配るのも大事な役目だ。
「私がそうできればいいんですけど……ごめんね、ついつい私も前に出ちゃうから」
矢面に立とうとしてしまうのはアティの悪い癖だ。
傷つくのは自分でいい、という思いからくるものだが、そのせいで後ろの注意が疎かになっては本末転倒。
今、最も当事者であるのは『抜剣者』ではなく『勇者ダイ』で、アティは『先生』なのだから、教え子にももっと気を配らなければならない。
――『果てしなき蒼』も使えませんし。
心中で呟く。
かの魔剣に溜め込まれていた魔力は全て吐き出してしまった。
この数日で少しずつ回復させ、寝る前にアティ自身の魔力を分け与えてもいるが、不死騎団との戦いで使うには足りない。
眉を下げたアティにふっ、と、マァムが笑った。
「じゃあ、先生。修行のついでに『あの呪文』の練習、付き合ってくれませんか?」
「えっと……ああ。はい、もちろんです」
翌日の昼頃、船はパプニカの港町へと辿りついた。
☆ ☆ ☆
港からの景色は静かで、人の気配がまったくなかった。
窓が割れ、壁の崩れた建物。
あちこちに瓦礫が転がり、停泊していた船は壊されて残骸だけが浮いている。
風光明媚な街並みは見る影もない。
「……こ、これは」
「ひどい……」
死体が見えないのが救いだろうか。
海路、あるいは陸路で逃げ延びたのならいい。
ただ、もしも、パプニカを襲ったという不死騎団の仲間に加えられてでもいたら……。
「船長さん、ここまでで大丈夫です。陛下にお礼を伝えてください」
「あ、ああ……! くれぐれも気を付けて!」
船にはロモスへ引き返してもらうことにした。
住民のための支援物資も積まれていたが、この様子では受け取れる者がいないだろう。
食料や水を持てる分だけ貰い受け、地に足を踏みしめる。
いち早く駆けだしたのはダイだった。
アティ達は顔を見合わせ、誰からともなく少年の後を追いかけた。
港町を出るまでずっと誰にも、何にも出会わなかった。
草原を、荒野を、森を抜け、野宿を挟んでパプニカの首都へ辿り着く。
首都の荒れ様は港町以上だった。
やはり人気のない街を、それでも、と心を奮い立たせながら走った。
そうして見たのは、無残に崩れた宮殿跡だった。
「あ、あ……っ」
ダイが力を失ったように膝をつく。
――レオナ姫。
アティの脳裏にレオナの笑顔が浮かび、消える。
宮殿の一部を拠点に、レジスタンス的な活動が続いている。
そんな希望を抱いていなかったといえば嘘になる。
だが、これでは、姫をはじめとする王族の生死さえ確かめるのが困難ではないか。
と。
呆然とする一行の前に現れたのは、剣を手にした人骨の群れだった。
「……こいつらがこの国を……っ!!」
少年が怒りを露わに立ち上がる。
気づけば不死身の兵士、がいこつ剣士達は数十に膨れ上がっていた。ある者は宮殿の残骸を避けるように、ある者は瓦礫の下から立ち上がるようにして現れ、襲い掛かってくる。
「マァム!」
「はい!」
アティはマァムと頷き合い、習得した新たな呪文を行使した。
「ニフラム!」
それは、聖なる光によって魔物を退散させる呪文だ。
特にがいこつ剣士のような「死にぞこない」には効果が高い。
二人の手のひらから放たれた光に、魔物達は身体を維持できず崩れ去った。
「……先生」
剣を手にしたダイが、驚きと非難の入り混じった顔で振り向く。
「落ち着いてください、ダイ君」
「でもっ!」
少年の瞳に涙はなかった。レオナが無事だと信じているのだ。
だから、悲しむことはしないが、街をこんな風にした怒りをぶつけたくて仕方ない。
「探しましょう、レオナ姫を」
「っ!?」
「もしかしたら地下に逃げているかもしれません。まだ無事な街があるかもしれません。他の国に助けを求めた可能性だってあります。だから、探すんです」
「……探す」
「はい。死んでもなお、働かされている彼らを止めて、眠らせながら」
ダイがはっと目を見開く。
気持ちが落ち着いてきたのか、少年はこくんと頷いた。
「そうだね。先生の言う通りだ。まだ何も始まってないんだから」
「……ええ、そうね」
「おう。もちろん俺達も手伝うぜ、ダイ」
そうして四人が気持ちを新たにした時、『彼』が現れた。
がいこつ剣士の新手が地面から飛び出してきたかと思うと、離れたところから閃光が走った。
魔物が身を砕かれて崩れ去るのと入れ替わるように、剣とマントと軽装の剣士が姿を現した。
腰の鞘は妙に大きく複雑な形をしており、そのことにアティは違和感を覚えた。しかし、それより気になることが他にあった。
「今のは、アバン流刀殺法・大地斬……!?」
見間違えようもない。
堅い人骨を遠距離から砕いてみせた技、それは大地斬の理念に基づくものだ。
剣閃を飛ばしたという意味で言えば、大地斬と海波斬を組み合わせた技、というべきだろうか。
「じゃあ、あの人はアバンの使徒……?」
ダイ達の反応は二つに割れた。
剣士に礼を言い、好意的に話しかけるダイとマァム。
どことなく納得のいかない様子で「怪しいのではないか」と主張するポップ。
それぞれの反応に対し、剣士は涼しげに応じた。
「あなたもアバン先生の弟子なんですか!?」
「……確かにオレはアバンから剣を教わった。アバンの弟子という呼び方をするなら、オレはその最初の一人ということになる」
言って、彼はアバンのしるしを取り出してみせる。
太陽に照らされて輝く様子は、それが偽物ではなく本物であることを示していた。
「あなたは、どうしてここに? 住んでいた人達はどうなったんですか……?」
「この街は数日前に魔王軍によって滅びた。オレは会いたい人間がいたからここに来た」
「その、会いたい人というのは?」
「他でもない。オレ以外のアバンの弟子達さ。ここに来れば会えるのではないかと思ってな……」
「そうだったのね……!」
ぱっ、と、マァムが顔を輝かせる。
同じアバンの使徒がわざわざ会いに来てくれたのだ、喜ぶのも無理はない。
――でも、このタイミングでパプニカに?
できれば素直に喜びたいアティだったが、前もってアバンとやりとりをしていただけに首を傾げてしまう。
どうして、ダイ達がここに来ると思ったのだろうか。
勇者ダイ一行のパプニカ行きの話はロモス城内、後はアバンくらいしか知らないはず。アバンが伝えたのなら、その旨をメッセージで届けてくれるのではないか。
あるいは「マトリフ」という魔法使いの縁者なのか。
「あの。あなたのお名前を聞かせてくれませんか?」
「………」
剣士はしばし押し黙り、逆に尋ねてきた。
「お前は?」
「私はアティ。ダイ君のもう一人の先生で、アバンさんからこの子達を託された者です」
「……そうか。『先生』か」
彼は頷くと俯いた。
突然の行動にアティ、そしてダイ達も戸惑う。
一体どうしたのかと様子を窺ううち、アティは彼の肩が震えているのに気づいた。
泣いている? 否、笑っているのだ!
「フ……フフフッ。ハーハッハッハッハ!!」
顔を上げた彼は右腕をくっと上に持ち上げる。
それを合図にしたように、地面から新たながいこつ剣士が何体も出現した。
おそらくは不死騎団に殺され、倒れた人々の亡骸でできているのだろう。
――彼が、目の前の剣士が操っているのだ。
アティやマァムがニフラムを使うより先に、がいこつ剣士達はダイ達と謎の剣士の間に割って入る。
まるで、かの剣士を守るように。
不死の魔物が忠誠を誓う相手。
ダイ達がここに来ることを知ることができ、かつ、だいたいの人相まで把握している者。
パプニカが滅ぼされたタイミングで、首都にいてもおかしくない人物。
「まさか、あなたは……っ」
そんなことがあると思いたくはない。
それでも、論理的な推測から行き着いた答えにアティは声を上げた。
「そうだ!」
返ってきたのは肯定だった。
本性を露わにした彼からは強烈なプレッシャーが吹き付けてくる。
「アバンの弟子全てが師を尊敬し正義を愛する者ではない」
彼の言葉にアバンの使徒達は息を呑む。
「問われたのなら名乗ろう。オレはヒュンケル! 魔王軍六団長の一人、不死騎団長ヒュンケルだ!!」
それが、アティ達と彼――ヒュンケルとの出会いだった。
二フラムを検索し直したら古いコピペが出てきて懐かしい気持ちになりました。
二フラム! 二フラム!