新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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使徒vs使徒?

「どうして……っ」

 

 アティは尋ねた。

 

「どうして、あの人の教えを受けて、卒業の証を受け取って――たくさんの人の命を奪うことが出来るんですかっ!」

「聞きたいか」

 

 ヒュンケルは答えた。

 首にかけていた「アバンのしるし」を指で弾き、地に捨てながら。

 

「それはアバンが、オレの父の敵だからだっ!!」

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 パプニカのあるホルキア大陸は魔王ハドラーの拠点だった。

 

 戦いは激しく、死者と共に戦災孤児も多く発生していた。

 赤ん坊だったヒュンケルもその一人。

 本来なら国や善意の人間に拾われるか、運悪く衰弱死するところだが、彼が辿った運命はそのどれでもなかった。

 

「オレを拾ったのは魔王軍最強の騎士、バルトスだった」

 

 バルトスは六本の腕を持つ骨の騎士。

 つまりはモンスターだったが、情け深い心を持ち合わせていた。

 

「周りは魔物ばかりだったが、みんな気のいい奴らだった。父さんは愛情を持ってオレを育ててくれた」

 

 ヒュンケルは魔物達に見守られながらすくすくと育った。

 本当の親を知らない彼にとっては地底魔城が家であり、バルトスこそが親だった。

 しかしある日、彼の家は賊によって侵された。

 

 ――勇者が、魔王を倒すためにやってきたのだ。

 

 バルトスは地底魔城最後の守護者、ハドラーの間に続く門を守っていた。

 

「父さんは『決して外に出るな』『強く生きろ』と言って、オレを物置に閉じ込めた。長い間、戦いの音が続いた後、響いたのは魔王の断末魔だった」

 

 魔王であるハドラーは非情で冷酷な男だった。

 顔を合わせたのは数度きりで、会うたびに嫌味を言われていたから、彼に情はなかった。

 ただ、バルトスや、地底魔城の精鋭達は別だった。

 

「オレはいてもたってもいられずに物置を飛び出し、父さんを探した。そして見つけた時、父さんはボロボロになって崩れ去るところだった」

 

 ハドラーが倒れたことで魔力供給が途絶え、不死者であるバルトスは身体を維持できなくなったのだ。

 

「そう。父さんは勇者に、アバンに殺されたのだ……!」

 

 泣き叫ぶヒュンケルは奇しくもアバンに拾われた。

 その時、彼は誓った。

 アバンに師事して力をつけ、その力でアバンを討とうと。

 

 ――父親の敵を討ってやると。

 

 ヒュンケルの想いは少しも色褪せていない。

 大魔王バーンの軍門に下った彼は不死の軍勢を操る力を身に着け、不死騎団長として『勇者』と『正義』を滅ぼすために戦っている。

 

「アバンには正義があったのだろう。だが、その正義が父の生命を奪った。ならば、正義そのものがオレの敵だ!」

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 ダイも、マァムも言葉を失っていた。

 デルムリン島で育った少年にとってヒュンケルの境遇は他人事ではない。心優しい少女も父を失う哀しみを既に知っており、痛みの程を慮ることができてしまう。

 ポップでさえヒュンケルの気迫に呑まれて言い返すことができないでいる。

 

 アティだって喪失の哀しみは知っている。

 だが。

 

「それがお父さん……バルトスさんの望みでしょうか」

「……何?」

 

 魔道に落ちようとしている者を放ってはおけない。

 敢えて強く、意思を込めて言葉を紡ぐ。

 

「彼は、モンスターでありながら人間の子を育てた。同族でもそうでなくても分け隔てなく接することのできる、気高い人物だったのでしょう」

「………」

「そんな方が、あなたに同族殺しを望むとは思えません。彼はきっと、あなたにただ生きていて欲しかったはずです……!」

 

 アバンが正義だとは言わない。

 正義とは、口にする者によって定義を変える言葉だからだ。

 人には人の正義が。魔物には魔物の正義があるだろう。それでも、アバンが、バルトスが、憎しみを生むために戦っていたわけではないことはわかる。

 命を大切にすることは、生き物として当たり前のことだ。

 

「ヒュンケル、今からでも遅くありません。お父さんの気持ちをもう一度――」

「――黙れ!」

 

 青年の反応は苛烈だった。

 尻尾を踏まれた獣の如く激昂し、叩きつけるように言い放つ。

 

「お前に父さんとオレの何がわかる!? 問答など無用! 教師などという恥知らずな生き方をする女よ、まずは貴様から葬ってくれる……!」

 

 ヒュンケルの声を合図に、彼を守っていた不死の剣士達が群がってくる。

 

「ニフラム……!」

 

 多少砕かれた程度ではびくともしない彼らは、聖なる光を受けて即座に崩れ去る。

 しかし、ヒュンケルが求めていたのは一瞬の間だった。

 

 大型の鞘に収められた剣が、鞘ごと地面に突き立てられる。

 

鎧化(アムド)!」

 

 紡がれたのは呪文ではなく、剣の機能を発動するための合言葉(キーワード)

 

「っ、先生!?」

 

 警戒から反応の遅れたアティより早く、ダイ達三人が動いた。

 マァムの魔弾銃にポップがメラミを、ダイがメラを合わせる。弾丸の中身もメラミだったらしく、メラゾーマよりも小ぶりな炎はアティを巻き込むことなくヒュンケルに向かうも――。

 剣が、否、鞘が青年を守るように形を変える。

 

 蜘蛛を連想させるような形に解けたかと思うとヒュンケルの身体に纏わりつき()の形を取る。

 三発の火炎呪文は装甲となった鞘に直撃するも、炎による爆発が晴れた時、不死騎団長は何事もなかったかのようにそこへ立っていた。

 大顎の獣を模した白い金属鎧。

 収められていた剣は兜の前側、額から口元にかけたあたりに装着され、刀身部分はまるで蠍の尻尾のごとくしなり、くねっている。

 

「これは鎧の魔剣という。大魔王様からいただいた最強の武器であり、最強の防具だ」

「……な。呪文が効かねえのか……っ!?」

「少しは頭が回るようだが、ならば理解しただろう、お前達はオレに勝てない」

 

 ヒュンケルがすっ、と、左手を持ち上げる。

 

「呪文が駄目なら武器でっ!」

 

 マァムが飛び出し、ダイが遅れて続く。

 しかし、彼らの間には再び地面からがいこつ剣士達が現れた。

 

「っ、ニフラ――」

「させんっ!」

 

 ヒュンケルの手のひらから何か禍々しいものが放たれた。

 それはおそらく、糸状に変質した闘気だ。

 それも、アティやダイが操る光の闘気ではなく、悪しき闇の闘気だ。放たれたオーラを浴びたアティは、四肢や間接を鎖で繋がれたような感覚を覚えながらそう判断した。

 青年一人分とは思えない強い力がかかっている。

 マリオネットのごとく指を開かされ、ラグレスセイバーがからんと落ちる。

 

 ――手首が触れ合うように両腕が持ち上がり、見えない鎖で宙に吊るされる。

 

 一瞬にして、アティは囚われの身となっていた。

 

「これは……っ」

「闘魔傀儡掌。暗黒闘気によって全身の自由を奪った。本来は骸どもを操るのに使う力だがな……」

「アティ先生!」

 

 マァムのニフラムが、がいこつ剣士達を消滅させる。

 ポップのギラがヒュンケルを襲うも、鎧に弾かれてダメージにならない。

 ダイが飛び出して大地斬を見舞おうとするも、

 

「遅い!」

 

 その時にはもう、ヒュンケルは技を繰り出していた。

 兜に装着された剣を右手で握り、外して後方へ引く。

 高速で前方へ突き出しながら回転を加え、闘気を渦巻く刃に変えて放出した。

 

「アバン流刀殺法を破るためにオレが編み出した技を喰らうがいい――ブラッディ―スクライド!!」

 

 アバンストラッシュが打ち破るための技ならば、それは貫くための技だった。

 一撃で、最短で、最高の威力を心臓へと送り込む。

 破壊し、殺すことに特化された魔の必殺剣。

 

「先生ーーーっ!」

 

 アティの肩を深く、闘気の渦刃が抉り貫いた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 傀儡掌の拘束が解かれたアティは地に倒れ伏した。

 

「上体を逸らしたか。僅かでも傀儡掌に抗うとはな……」

「……っ」

 

 心臓だけは避けたものの、受けた傷は致命傷だ。

 声を発することすらままならない中、無事な右手をよろよろと動かしてベホイミを使う。

 

 ――激痛で今にも集中が途切れそうだった。

 

 今の状態で治しきれるかはわからない。

 治せたとしてもすぐに戦線復帰するのは間違いなく不可能で、アティには、その後の戦闘をただ見ていることしかできなかった。

 

「ヒュンケル! 先生をはなせっ!!」

「む……!?」

 

 ようやくダイがヒュンケルに切りかかる。

 ロモス王から賜った鋼の剣がヒュンケルの剣を叩き、大きく弾いた。

 

「思ったよりも、ならばっ」

 

 硬い金属に覆われた膝がダイの腹に食い込む。

 

「かはっ!?」

 

 ダイは吹き飛ばされながらも受け身を取り、跳ね起きる。

 ポップからは少年を守るように爆裂呪文(イオ)が飛んだ。ヒュンケルは素早く剣を一閃、海波斬によってそれを防ぐも、お陰で攻撃の手がワンテンポ遅れる。

 

「今度は私よ!」

「舐めるな!」

 

 右手に持ったハンマースピアでマァムが殴り掛かれば、左手の手甲が振り払う。

 腹部を殴られたマァムは後ろに吹き飛びながら笑みを浮かべていた。

 

 ――左手の魔弾銃が輝く。

 

 左右に違う武器を持っての攻撃は不安定だったが、なんとかヒュンケルの頭部に呪文が命中する。

 

「馬鹿者が。オレに呪文は……!?」

 

 言いかけたヒュンケルが言葉を止める。

 

「眠気が、ラリホーか……っ!」

 

 暗示と匂いによって眠りを誘う呪文は彼の鎧でも止められなかった。

 足をふらつかせたヒュンケルは拳を握り、己の顔を殴りつけることで眠気を吹き飛ばす。

 頭を振りながら彼はダイ達を振り返り、そして見た。

 

「アバン――!」

「何……!?」

「ストラッシュ!」

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「……ぐ、ううっ」

 

 ぽたぽたと鮮血が滴り落ちる。

 ヒュンケルを守る鎧、その脇腹が切り裂かれ、そこから血が流れていた。

 

「オレにストラッシュを使わせるとはな……っ」

 

 憎々しげに呟くヒュンケル。

 

 ――ダイのアバンストラッシュを見た彼は、咄嗟に腰を落として剣を振るった。

 

 アバンストラッシュ。

 アバンの教えを受けた以上、使えることに驚きはない。

 見たところ威力はダイのそれ以下、おそらく空裂斬を習得していないことが窺えたが、それでも威力は強烈。

 ブラッディースクライドは突き技のため範囲が狭く、動作がワンテンポ遅れるため、咄嗟にアバンストラッシュを選んだ勘は見事だった。

 

「どうやら三対一ならかなり戦えるらしい」

「へっ。強がり言っても無駄だぜ。お前、剣でダイに負けてるじゃねえか」

「……確かに、その若さでストラッシュを使いこなすとは賞賛に値する」

 

 ぎろりとポップを睨みつけながらヒュンケルは言った。

 

「だが、オレと、オレの技が負けたわけではない」

 

 脇腹の傷を無視して剣を構え、腕を引くヒュンケル。

 ブラッディースクライドを見越したポップが目ざとく指示を出した。

 

「マァム、攻撃だ! あいつの鎧が壊れてるところを狙え!」

「っ! ええ、わかったわ!」

 

 ポップの杖が燃え上がり、マァムが両手で銃を構える。

 二つの火炎呪文がヒュンケルへと迫り――命中する寸前。

 地面に直撃した闘気の渦によってかき消され、消滅する。

 

 ブラッディースクライドではない。

 

 しかし、アティ達はその技を知っていた。

 横手から放たれた技はまさしく獣王の技。

 

「クロコダイン……!」

「苦戦しているようだな、ヒュンケル」

「何の用だ、獣王」

 

 ずん、と地面を揺るがし、彼はゆっくりと歩いてきた。

 新品の鎧を纏った身体に傷は見えない。

 眼光は鋭く全身には戦意が満ちている。

 死に瀕していたはずの男は楽しそうに口元を歪ませた。

 

「なに、要らぬ世話を焼こうというだけだ。戻って傷の手当てをするがいい。代わりにダイ達はオレが戦おう」

「百獣魔団を率いて負けた貴様が助太刀だと?」

「百獣魔団の長、クロコダインは死んだ。今ここにいるのは、ただ宿敵を倒すために立ち上がった一人の戦士よ」

 

 言葉通り、クロコダインはたった一人だった。

 手には愛用する真空の斧。

 部下の一人も伴っていないというのに、何故だか前以上の気迫を感じる。

 

「く、クロコダイン……」

「何も言うな。言った通り、オレはお前達を倒しに来ただけだ。魔王軍としてではなく一人の男として。くだらないプライドのために、な」

「……畜生。あの怪我で死ぬどころかピンピンしてやがる」

 

 ポップが憎まれ口を叩くも、彼はどこかほっとしているように見えた。

 アティもまた似たような気分だった。

 クロコダインの生存は嬉しい。しかし、彼がダイ達と再戦するというのは。

 

「いいだろう」

 

 ヒュンケルが剣を兜に戻した。

 鎧を解かぬまま近づいてきて、傷口に触れぬようにアティを担ぎ上げる。

 思った以上に優しい動作のせいか、男に触れられる不快感はなかった。

 

「先生っ!」

「この女は預からせてもらう。安心しろ、殺しはしない。その死にぞこないを片付けたら地底魔城に来るがいい。来なければこいつを殺す。来れば、貴様らを纏めて不死騎団の骸に加えてやろう」

 

 ヒュンケルが歩き出す。

 遠ざかっていく戦場で、ダイ達とクロコダインが向かい合っている。

 

 ――クロコダイン。本当にもう一度……?

 

 たとえ敵だったとしても、あんな風に傷つく姿はもう見たくない。

 と。

 

「アティと言ったな。貴様、わざとオレに捕まったのではあるまいな」

 

 ヒュンケルの低い声にアティは身を震わせた。

 肩の痛みはそれなりに薄れている。

 静かに、ゆっくりと答えた。

 

「そういうわけじゃありません。そうするしかなかっただけです。でも、あなたとはもう少し、お話がしたいと思っています」

「……話すことなどない」

 

 それから、モルグという部下が合流するまで、ヒュンケルが口を開くことはなかった。




割合、地味な変化に落ち着きました。
地底魔城に潜入しなくてもマァムが二フラムを使えたり、この時点でヒュンケルの方がピンチだったりしますが……。

次回、老紳士(ゾンビ)やハイクラス魔法使い(ジジイ)にアティ先生がモテモテかもしれません。

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