「先生!」
「ダイ君、みんな!」
生徒達との再会は、近くて遠い距離を隔てて果たされた。
モルグ、そして二体のマミーに脇を固められたまま、アティは闘技場の観客席からダイ達を見下ろす。
――みんな、無事だったんですね。
ダイ、ポップ、マァム、それにゴメちゃん。
目に見えるような傷はなく、表情も生気に満ちている。
彼らは舞台上で武器を構え、一人の敵と向かい合っていた。
天井のない頭上からの光に輝く銀の髪。
鍛え抜かれた身体に、大仰な鞘に納められた長剣。
「ヒュンケル、先生を返してもらうぞ!」
「やってみるがいい。できるものならな……!」
言って、青年――ヒュンケルは鎧の魔剣に合言葉を告げる。
「
鞘が解けて青年の身を覆い隠す。
修復機能があるのか、アバンストラッシュによる損傷は影も形もなかった。
ヒュンケル自身の傷も既に癒えている。
「少しでも気を抜けば、ここが貴様らの墓標になると知れ!」
避けて欲しかった戦い。
アバンの使徒同士による衝突が、今、目の前で始まった。
☆ ☆ ☆
時は少し前に遡る。
「……捕虜の癖に注文の多い女だ」
「あはは、ごめんなさい。でも、ヒュンケルは連れてきてくれました」
「能天気過ぎて止める気になれなかっただけだ」
地底魔城の奥深く。
目隠しをされ、ヒュンケルに手を引かれながら階段を下り、通路を歩いて、アティは壊れた大扉を訪れていた。
扉の先には、かつてアバンがハドラーを倒した場所がある。
しかし、二人は奥へは進まずに立ち止まった。
扉の前。床が割れ、むき出しの地面が小さく盛り上がった箇所がある。
木の枝が刺さっただけの簡素な墓の下に、旧魔王軍の精鋭バルトスは眠っているらしい。
アティは墓の前で跪くと、持ってきた花を捧げて目を閉じた。
――隣で誰かが跪く気配。
隣の誰かが立ち上がるのを待って目を開き、柔らかく微笑んだ。
ヒュンケルが嫌そうに顔を顰め、尋ねてくる。
「それで、用件は何だ」
「……わかっていたんですね」
胸が痛むのを感じて目を細める。
はあ、というため息が聞こえた。
「大方、戦いは止めろと忠告するつもりだろう」
「はい、その通りです」
どうしてもここで話したいことがアティにはあった。
もちろん、バルトスの墓参もただの口実ではなかったが。
「ヒュンケル。単刀直入に言います。バルトスさんを殺したのはアバンさんではありません」
「……何?」
青年の眉が僅かに動き、怒りの籠もった視線がアティを射抜く。
それでも、彼を見つめることは止めない。
「悪行を重ねたハドラーのせいだ、とでも言うつもりか?」
「抽象的な話をするつもりはありません。単純に、アバンさんはハドラーを殺しきっていなかったのではないか、ということです」
「何を馬鹿な」
ヒュンケルが冷笑を浮かべる。
「ハドラーは死んだ! アバンに殺された! だから父さんは死んだのだ!!」
「違います」
アティは声を荒げなかった。
「ヒュンケル。あなたは、お父さんが崩れ落ちるのを『いつ』見たんですか?」
「ハドラーの断末魔を聞いて、慌てて駆け付けた時だ」
硬い表情のままに答えるヒュンケル。
そこで、彼は何かに気付いたように目を見開いた。
「……まさか」
「そうです。ハドラーの絶叫が響くまで、お父さんは生きていたんです」
ならば、少なくとも、アバンはバルトスを殺さずにハドラーとの決戦に臨んでいる。
「物置を出てからここまで、どのくらいかかりましたか?」
「……子供の足だ。場所は頭に入っていたが、途中で何度か転んだ覚えもある。すぐにとはいかなかっただろう。だが、魔力の繋がりが絶たれてもそのくらいの時間なら」
「いいえ。魔力の繋がりは絶たれていません」
首を振り、アティは『証拠』の方を振り返る。
「なぜなら、当時から生きている人がここにいるからです」
ちりーん、という鈴の音。
どこか道化めいた顔の不死騎団長補佐が姿を現していた。
僅かな間。
「……モルグ、が?」
「どうして言わなかったのか、というお顔ですね、ヒュンケル様。それには『聞かれなかったから』とお答えしましょう」
表情を変えず、悪人めいた物言いをするモルグ。
彼の言い分は裏返せば「ヒュンケルの考えるバルトスの末路とそぐわないから」敢えて情報を秘匿していた、と捉えることもできる。
モルグ一人では彼を説き伏せることなどできはしない。
加えて、それが本当にヒュンケルのためになるのかわからなかった、というのもあるかもしれない。
だから、他のアバンの使徒が現れ、アティという第三者が介入してきたこのタイミングで秘密を明かしたのだ。
「お前は、父さんとは……?」
ヒュンケルの手がわなわなと震えていた。
「親交がある、というほどではございませんでした。時折、言葉を交わす程度。所詮、わたくしは末端に過ぎませんでしたからな」
「あの時からずっと、お前は生きていたのか?」
「ええ。生憎と戦闘能力もございませんし、影の薄い存在。ハドラー様もお忘れになられていたのでしょう」
逆に言えば、存在感のある者なら別の末路を辿ったかもしれない。
例えば、最後の砦である門番とか。
「嘘だ」
「ヒュンケル」
「嘘だ、そんなはずはない! 父さんは、アバンに!!」
「ヒュンケル!!」
「っ!?」
強い声で言うと、青年がアティの方を振り向く。
彼の目は、助けを求めるような弱々しい目をしていた。
「あなたが見た時、お父さんの身体はどんな様子でしたか? 刀傷による致命傷でしたか? それとも……」
「……打撃痕だった。何か、人以上の力で叩き壊されたような」
がくり、と、ヒュンケルが膝をついた。
父、バルトスの墓の前で、不死騎団長である復讐者は身を震わせる。
「馬鹿な。そんなことは、誰も」
「不必要なことは申し上げないでしょう。ヒュンケル様を魔王軍のために戦わせるのには、ご本人の思いを尊重する方が楽ですから」
「貴様……!」
ヒュンケルが立ち上がり、モルグの首を掴んだ。
ザボエラを苦しめた剛力に締め上げられてもモルグは平然としていた。
「ヒュンケル様。わたくしが来たのはアティ様の頼みもありますが、もう一つ。ご報告のためでございます」
「報告、だと……?」
「はい。アバンの使徒が三人で地底魔城に侵入。僧侶の女が使う呪文のせいで防衛が成り立っていない状態です」
「……ふふ。そう、か」
モルグの首から手を離し、ヒュンケルは顔を伏せた。
だんだんと大きくなっていく彼の震えに、アティは何か声をかけたかったが、言葉が出てこなかった。
「っ、ははは! ハーハッハッハ!」
「ひゅ、ヒュンケル……?」
青年が顔を上げた時、その瞳には涙があった。
「モルグ。奴らを闘技場へ誘導しろ。オレが直々に相手をする」
「……は」
腐った老紳士は短く答えると踵を返し、どこかへ消えていく。
残されたヒュンケルは手の甲で涙を拭うとゆっくり歩きだす。
「ヒュンケル」
「最早、真実など関係ない。オレの手は血に塗れ過ぎている」
「でも……!」
「アバンはもういない。奴が守ったパプニカの街はオレが滅ぼした。今更、正道に戻れと言われたところで手遅れだ」
「待って!」
手を伸ばしても青年は止まらない。
少しずつ遠ざかっていく足音。
どこかから、小さな羽音が聞こえてきた。
☆ ☆ ☆
「……ヒュンケル、みんな」
話の後、マミー二体が現れて闘技場へ案内された。
ダイ達の誘導を終えたモルグも合流し、アティが「余計なこと」をしないように押さえる役割となる。
「お願い、みんな無事に終わってください……」
胸の前でぎゅっと手を握る。
モルグやマミーを吹き飛ばして乱入しても、誰も傷つかずに終わることは不可能。
それでもきっと、ダイ達が殺されそうになったなら割り込んでしまうだろうが、今は、ヒュンケルの選択を尊重することしかできなかった。
「行くぜぇ……っ!」
開幕一番、動いたのはポップだった。
杖の先から
青年は慌てることなく兜に手をやると剣を一閃した。
「無駄だ」
海波斬。光球が両断されて爆発を起こす。
魔弾銃から放たれた光が追うように迫ったが、これも読んでいたのか手甲で払われた。
「またラリホーか。一度見た手を二度は食わん」
「なら、これはどうだ……っ!」
「む?」
正面へ目を向けたヒュンケルが目を瞠る。
ダイが
「馬鹿な、何だ、それはっ!?」
「魔法剣!」
「剣に強く、呪文の効かないあなたを倒すために、ダイが編み出した必殺技よ!」
元来、人は剣と魔法を同時に使えないという。
天才、アバンですらこの法則には逆らえないようで、剣で斬り結びながら呪文を放てないと言っていた。
リィンバウム、特にアティのいた帝国軍では召喚師が武器を取って戦うことも珍しくない。詠唱しながら武器を振るうことも多く、イマイチ実感が湧かないというか、アティ自身はできてしまったりするのだが。
ダイがやっているのは並行使用ではなく、真の意味での
――剣の威力に火炎呪文の威力を乗せる。
前代未聞の必殺技、それに付けられた名は。
「火炎大地斬っ!」
床を蹴ったダイが低く跳ぶ。
燃え上がる剣の一撃に、ヒュンケルは焦りを顔に浮かべながら応じた。
長剣同士がぶつかり合い、弾かれる。
ダイの剣が僅かに鎧をかすめ、その部分をそぎ落とした。
ポップとマァムが歓声を上げる。
「よしっ」
「効いてる……っ!」
鎧の魔剣には呪文が効かない。
それはおそらく「攻撃呪文を防ぐだけの防御力」か「呪文による鎧への直接干渉を妨げる効果」によるものと思われる。故にラリホーなどの精神作用や、鎧の隙間を狙った呪文は防げない。
しかし、剣と同時に攻撃することで防御力を上回るなり、闘気と呪文を混ぜることで性質を変化させれば攻撃を通すことができる。
アバンストラッシュなら打ち勝てることもわかっていたが、魔法剣の利点は。
「だああっ!」
「くっ……」
着地したダイはすぐさまもう一度ヒュンケルに斬りかかる。
そう。
アバンストラッシュに比べて隙が少なく、闘気の消費量も少なくてすむため、連発ができる。通常の剣にはない威力を前にすればヒュンケルとてそう簡単には、
「舐めるなっ!」
「うっ!?」
ヒュンケルの振るった剣が鞭のように伸びてダイの身体を打った。
服が浅く裂かれ、少年は衝撃により吹き飛ばされる。
慌ててポップが受け止め、マァムが魔弾銃からホイミを撃ち出し回復した。
「敵が己の土俵で戦ってくれると思うな。強敵との戦いにおいて、隠し技を幾つ持ち、いつ切るかは重要な要素だ」
「くそっ、やっぱ強え……」
ポップが悪態をつけば、青年の目が冷ややかに見据える。
「数の有利は力となるが、逆に不利にも働く」
「ぐっ……!?」
「ポップ!」
闘魔傀儡掌。
暗黒闘気の糸が魔法使いの少年を縛り、身動きを封じる。
敢えてダイではなくポップを封じたのは、
「仲間を庇うか、それとも見捨てるか」
半身になったヒュンケルが必殺の構えを取る。
「……やれ、ダイ」
「でも、ポップ!」
「いいから、俺に構わずやれぇっ!」
「っ」
唇を噛んだダイが剣を振るう。
未だ剣を纏っていた炎が消え、代わりに闘気の光が輝いて。
「アバン流刀殺法、空裂斬!」
「むっ……!?」
暗黒闘気の糸が切れ、ポップが自由になる。
ダイが狙ったのはヒュンケル自身ではなかったのだ。
にもかかわらず、青年は反射的に身を硬くし、千載一遇のチャンスを逃してしまう。
もちろん、次の一瞬に必殺剣を繰り出すことは可能だったが、魔弾銃から放たれたバギが剣を絡めとって攻撃を封じた。
「ヒュンケル、あなたは強いわ! でも、独りぼっちじゃできないこともある!」
「そういうのはオレに勝ってから言うがいい!」
吠えたヒュンケルは、強引に構えを整えて技を放つ。
その時にはダイもまた腰を落としており。
「ブラッディースクライド!」
「アバンストラッシュ!」
二人の必殺技が今、ここに激突した。