「……大したもてなしもできず、申し訳ない限りですじゃ」
月が煌々と照らす夜。
パチパチと音をたてる焚火を挟み、アティはブラスと向かい合っていた。
歓迎の宴はダイとブラス、そして島の魔物達によって賑やかに行われ――やがて終わった。
少し前までアティへあれこれと話しかけていたダイは、今はもう、布にくるまってすやすやと寝息を立てている。大分はしゃいでいたので疲れが出たのだろう。
あどけない寝顔に笑みをこぼしながら、アティは穏やかに答えた。
「いいえ。とても美味しい食事でした」
食事は木の実と果物、キノコが中心の健康的なもの。
普通なら物足りないと感じるかもしれないが、『名もなき島』で半サバイバル生活を続けていたアティには十分にご馳走といえた。
特に、好物であるナウバの実に似たバナナという果物は格別の美味しさだった。思わず二本も平らげてしまい、他の木の実などを余らせてしまうところだった。
「本当に、不思議なお方じゃ」
息を吐いて首を振るブラス。
彼は天を仰ぎ、独り言のようにぽつぽつと語る。
「……二か月ほど前、この島には賊がやって来ました。勇者を騙り、ゴメの奴を攫って売ろうとしたのです。ダイがギリギリのところで食い止めましたが、島の者達の心にはその事が強く残っているはず」
にもかかわらず、ダイはアティという部外者へ近づいた。
彼一人なら単なる短慮といえるだろうが、無警戒なのは他の魔物達も同じだった。
「アティ殿の穏やかな雰囲気がそうさせたのでしょう。どこかピリピリとした空気を纏っていた彼らとは目も、佇まいもまるで違う」
「そんな、私は……」
ただ慣れていただけ。
『名もなき島』も人より召喚獣の方が多いような環境だった。
サプレス、ロレイラル、メイトルパ、シルターン……各世界出身の者達がテリトリーを護りつつも共同で暮らしており、アティも彼らと日々コミュニケーションを取っていた。
だからたまたまだ、と答えようとして――アティは話の向かっている方向を察した。
「いいえ。この世界では、珍しいこと、なんですね?」
元の世界――リィンバウムにおいても、決して当たり前のことではなかったが。
「ええ。おそらくは、世界でこの島だけでしょう」
「じゃあ、やっぱり」
「おそらくは、アティ殿――あなたはこことは異なる世界から来られたのでしょう」
出会ってから半日足らずの短い時間の中で、二人は図らずも同じ結論に達していた。
「私のいた世界はリィンバウムと呼ばれていました」
アティは、ブラスに故郷のことを話して聞かせた。
主要な国家、街の名前、召喚術と呼ばれる特殊な技法が存在すること――等々。
「この世界の名は寡聞にして知りませぬ」
ブラスは、アティに『この世界』のことを語った。
ロモス、パプニカ、ベンガーナといった国家の名。
召喚術は存在せず、生命エネルギーである闘気を操る術や魔法が存在していること。
魔物、あるいはモンスターと呼ばれる「人でも獣でもないもの」が多く存在しており、人々からは恐れられていること。
「……じゃあ、やっぱり」
「ええ。アティ殿の世界とこことは全く別の世界でしょう」
あるいは遥か過去、または未来の可能性。
考えて、アティはすぐにそれを否定した。エルゴの王から続く過去の歴史はよく知っているし、魔法や魔物も召喚術や召喚獣から派生したにしては性質が異なっている。
この世界に召喚術が無いことから、誰かによばれた可能性も低い。
――召喚者に『送還』してもらうのは難しそうですね。
偶然迷い込んだと考えるしかないが、原因もわからない。
リィンバウムの召喚術には「召喚された者は召喚した本人しか送り返せない」という理がある。アティの召喚術で無理矢理帰ることもできない。
「ブラスさん。しばらく、この島に滞在させていただくことはできませんか?」
まずは調べるしかない。
この世界の理を。魔法を。モンスターを。
そのためには時間が必要だ。
島で得られる知識を得ながら、海を渡る手段を探す。
船を作るなりなんなりして人の国に向かい、魔法に詳しい者に会う。
必要なら自身で習得して研究する。
思案の末、出した結論はそういうものだった。
「もちろん、それは構いませぬ。ダイや皆も喜ぶでしょう」
ブラスはそれを快諾する。
彼の顔が言葉と裏腹に曇っていたのは、帰れない境遇を思ってだろう。
アティは微笑み、自らの不安とブラスの悲しみを吹き飛ばす。
「大丈夫です。生きていただけで、私はとっても運がいいんですから。それに……」
「それに?」
「恩返しになるかはわかりませんけど、私、ダイ君にしてあげられることがあると思うんです」
そんなアティの言葉に、ブラスは目を大きく開いて驚きを表した。
☆ ☆ ☆
「たぁーーっ!」
カンカンカンカン!
デルムリン島の端に砂浜の片隅に、軽くて高い音が響く。
音の元は、剣に見立てた木の棒だ。
打ち合わせているのは、棒を片手で構えて立つアティと、元気のいい声と共に飛び跳ねるダイだ。
「やっ、とっ、ほぉっ!」
「っ、と」
右に、左に、上に、下に。
ダイの剣は変幻自在、自由奔放にアティを責め立てる。
受けるアティは泰然と構え、最小限の動きで彼の剣から身を護る。
大人と子供、経験者と素人。
実力は歴然で、かつ無駄の多すぎる動き。
それでもなおダイは止まらず、ただ、真っすぐに『相手』を見つめている。
――ダイ君には、素質があるみたいですね。
これほど一直線な子は初めてだった。
アティが初めて教えた子は臆病な方だったし、その後に教えるようになった何人かもここまで勢いよく打ちかかってはこなかった。一番元気な『鬼の子』にしても、『母親』や『尊敬する侍』の流麗な技を見ていたせいか、もう少し形に拘るところがあった。
どちらがいい、というわけではないが、ひたむきな姿勢は上達に繋がりやすい。
微笑んだアティはとん、と、砂の上で軽く踏み込む。
動き続けることで守っていたダイの一瞬の隙を付き、木の棒で強く払うように叩く。
カァン!
ひときわ高い音が聞こえたかと思うと、ダイの手にしていた棒は宙を舞い、砂浜の上に突き刺さた。
「ピピィ~~!」
勝負あり、というようなゴメちゃんの声が稽古終了の合図になった。
「ちぇっ。良い感じだと思ったんだけどなあ」
「残念でした。でも、良い太刀筋でしたよ。ダイ君は、どこかで剣を習ったんですか?」
「ううん、見よう見まねってやつ? でも、ニセ勇者にだって負けなかったんだぜ!」
へへん、とばかりに胸を張ってみせる少年。
アティは彼の頭にそっと手をやると優しく撫でた。
「そうですか。このまま修行を続ければ、ダイ君はきっと凄い剣士になりますね」
ブラス老にアティが提案したのは、ダイの家庭教師をすることだった。
人ならざる者が暮らす孤島、という環境が自然とそれを連想させたのだ。
『これでも、ここに来る前は先生をしていたんです』
人を教えるのに少しは慣れている。
そう言ったアティに、ブラスは悩むような素振りを見せた。
『それは有難いですが、しかし』
『何か、心配事ですか?』
『ええ。儂はあの子を魔法使いに育てたいと思っております。ですが、あの子は勉強をサボって剣の稽古ばかり。それも勇者になりたいとぬかす有様で』
ならば、むしろ自分の出番だとアティは主張した。
『ブラスさん。小さい子は褒めてあげるのも大切なことです』
『む。褒める、ですか?』
『はい。いいじゃないですか、剣の稽古。強くなって自信を持っていけば、きっと魔法の勉強にも前向きになれます』
『なるほど。そういう考え方も……』
目から鱗を落としたブラスは頷き、了承を示した。
『わかりました。アティ殿、しばらくの間で構いませぬ。どうか、ダイの教育を手伝ってくだされ』
『ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします』
そうして、アティはデルムリン島の少年、ダイの家庭教師となった。
「剣士じゃやだ! おれは勇者になるんだ!」
「勇者ですか。勇者って、確か剣と魔法を自在に使いこなすんですよね?」
アティの世界にも称号としての『勇者』は存在していた。
実際には『英雄』などと呼ばれる方が多く、使われる機会は多くなかったが、この世界には職業的な意味に近い『勇者』が存在しているらしい。
十五年前。
この世界はハドラーという魔王――魔物の王。リィンバウムとはやや異なるが近い概念――に脅かされていたが、そこに勇者が現れてハドラーを打倒、世界を救ったらしい。
当時の勇者は剣の技と魔法に優れた万能の人だったという。
と、聞いた話を思い出しつつ問えば、ダイはぐっと言葉に詰まった。
「……魔法、キライ。苦手なんだ」
「そうなんですか?」
「契約しても全然できない。才能、ないんだよ」
デルムリン島に来てから約一週間。
アティはダイに稽古をつけ、ダイと一緒にブラスの授業を聞き、空いた時間に島を歩いたりブラスの持つ地図や本を眺めたり、船を作るために木を削ったりしていた。
そうして多少は増えた知識の中に『契約』という言葉もあった。
「魔法を使うには、まず契約する必要があるんでしたっけ」
魔法、あるいは呪文とも言うが、それは「精霊」と呼ばれる超自然存在と契約することで使用可能になる。
精霊は意思疎通可能なものではなく、概念的な存在らしい。
つまり、契約とは召喚術においてサモナイト石や魔法陣、言葉を用いるのと同じ「必要なプロセス」だ。
そうして契約を行った上で、実際に用いるには修練と素質がいる。
いくら契約しようが素質皆無の者には一生かかってもできない、それが魔法というものらしい。
「全然、何も出ないんですか?」
例えば、火炎系初級呪文の「メラ」なら小ぶりの炎を生み出すと聞く。
「ううん、小っちゃい火ぐらいは出るけど……じいちゃんのはもっと全然大きいんだ」
「でも、ちゃんと出せるならダイ君だってやればできますよ、きっと」
召喚術も、適性のない者にはできない技術だった。
しかし逆に言えば、まがりなりにもできるのなら、後は練習さえ積めばある程度の結果は出る。反復を繰り返すうちにある一点で目覚ましい変化が現れるのは、アティ自身を含め複数の例で知っている。
「私も呪文を勉強したいと思ってるんです。ダイ君も一緒に頑張ってみませんか?」
「アティも?」
「はい。ちょっと事情があって、まだ契約もしてなかったんですよ」
にっこり笑うと、ダイもまたにかっと笑顔を浮かべた。
「アティって、変な人だね」
「あはは、そうですね」
似たようなことを言われた経験は何度かあった。
でも、そう簡単には変えられないし、そう言ってくれた人の多くは笑顔だった。
「ダイ君。私としては、『先生』って呼んでくれると嬉しいんですけど」
そう言うと、ダイは「先生かぁ」と呟いて、元気よく頷いた。
「わかった、アティ先生!」
「はい。いいお返事です。ダイ君」
それから、ダイは少しだけ呪文の勉強に前向きになった。
午前中は剣の稽古、午後は勉強。
そんな生活を繰り返して、アティが一通りの契約を終えた頃。
『それ』はある日突然にやってきた。
次回、レオナ姫登場(予定)。
ニセ勇者は検討の結果、過去の話になりました。