新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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地底魔城の戦い(後編)

 闘気の刃が渦を切り裂く。

 ヒュンケルの鎧、胴体部分を深く抉って肌から血を滲ませた。

 しかし、ブラッディースクライドも力を失ったわけではなかった。二つに裂かれながらも前へ進み、ダイの顔や手足に浅い傷を幾つも作りだす。

 

「はあ、はあ……っ」

「く……はぁっ……」

 

 立ち尽くしたまま睨みあうダイとヒュンケル。

 

「相打ち……?」

「いや、向こうの方が傷が深い」

 

 マァムの呟きにポップが答えた。

 少女はこくんと頷くと、空の弾丸にホイミを籠め始める。優勢ではあるが戦いは継続中。ダイを直接癒すのは難しいと判断したのだろう。

 そんな中、ダイが口を開いた。

 

「ヒュンケル、降参しろ」

「………」

「確かにお前は強い。でも、おれ達三人の方が強い。だから――」

 

 ダイはそこで言葉を切り、はっとした表情で口を噤んだ。

 ヒュンケルが笑っていた。

 

「っ、はははっ。降伏勧告か」

 

 不死騎団長としての残酷な笑みとは違う色合い。

 単純におかしくてたまらないという、素直で幼い表情だった。

 

 ――マァムがしばし、見惚れるように硬直したのも無理はない。

 

 ヒュンケルが表情を戻したのは程なくのことだった。

 

「甘いな」

 

 声と共に、青年の全身から強烈なプレッシャーが放たれる。

 

「っ、ヒュンケルっ!?」

「ダイ、お前は甘い。お前だけではなく仲間も、師も同じだ」

 

 ダイ達が一瞬、アティの方を見た。

 

 ――ヒュンケル。

 

 アティは胸の不安が大きくなるのを感じていた。

 小さな違和感。

 ここまでの戦い、青年が本気だったのは疑う余地もない。

 けれど、先の戦いで彼が放っていた鋭い殺意がないように思えるのだ。

 

 まるで、全てを出しつくした上で討たれようとしているような。

 

「その甘さがいつか、命取りになるかもしれんぞ」

 

 ダイ達を戦いの中で鍛えようとしているような。

 

「だとしても、おれはお前と一緒に戦いたい」

「それが甘いと言っている。オレがお前と共に戦うなど未来永劫ありえん話だ」

 

 ふっと笑った青年は剣を構え、一歩を踏み出す。

 

「その甘さを貫くと言うのなら、もっと強くなってみせろ!」

「言われなくてもっ!」

 

 駆けだすダイの背にホイミの光が当たり、受けた傷を癒す。

 直後、金属の刃が正面からぶつかり合い、鍔迫り合いを演じた。

 ダイが押せば、ヒュンケルは巧みに剣を滑らせて力を逃がし、隙をついて逆に押してみせる。緩急の付け方がうまい。百の力で拮抗しようとしているダイに対し、ヒュンケルは七、八十の力を技で支え、少年を押し返している。

 まるで胸の傷が無いかのような落ち着いた動きだ。

 

 年季が違う。

 戦士として鍛え、過ごしてきた経験の差がある。

 力を振り絞って強敵を打ち破るだけではない。

 何があっても生き残り、立ち続け、最終的に敵を打ち倒さんとする重厚な構え。

 

 復讐者として磨いてきた攻めの技を支える姿勢を前に、ダイは二度、三度と後退を余儀なくされた。

 

「………」

「ダイ! まだよ、頑張って!」

 

 押し返されては飛びかかる弟分の背を、ポップは黙って見つめていた。

 マァムはダイが小さな傷を作る度に魔弾銃でホイミを撃ち出した。

 

「だあああっ!」

 

 ダイもまた諦めない。

 デルムリン島で数えきれないほど繰り返した、アティとの稽古の時のように。

 まっすぐに相手を見据え、挑みかかる度に、新しい攻め方に挑戦している。

 

 速さが足りないのならもっと速く。

 力強さが足りないのならもっと強く。

 高さを、低さを、振りぬく角度を、タイミングを調整して。

 

 十回以上も押し返されてなお、諦めずに立ち上がって。

 

「……ふっ!」

「っ、やああああっ!」

「何っ!?」

 

 何度目かの打ち合いの際。

 やはり短い距離を飛ばされた少年は、着地と同時に姿勢を整え、再び前へと跳んだ。

 押されるのを前提で、復帰の早さを最適化した。

 まさか、そこまで早く向かってくるとは思わなかったのか、ヒュンケルが声を上げながら剣を振るった。

 

 海波斬をダイは剣を立てて受け止め、勢いを殺されながら着地する。

 

「……凄え」

 

 ポップの呟きは、おそらくダイではなくヒュンケルに向けられていた。

 マァムの援護を受けているダイ――それでも驚くべきバイタリティだが――と違い、青年は一人で戦い続けている。今もなお、腹の傷からは出血があるというのに、その力は衰える気配がない。

 だから、強いではなく凄いと評した。

 

「でもな、俺達だって負けられねえんだよぉっ!」

 

 何かを吹っ切るように叫んだポップが、杖を前方に突き出す。

 

「行くぜ、ダイ!」

「ああ!」

 

 唱えられたのはメラゾーマだった。

 若くして腕のいい魔法使いの火炎呪文。それは狙い違わずダイの頭上へと向かった。

 当然、その軌道ではヒュンケルには当たらない。

 青年も弟弟子達の意図を掴みかねて動揺を見せたが、その隙に、ダイは剣を上に掲げてみせる。

 

「まさか……っ!?」

 

 ヒュンケルが声を上げるのと、アティが彼らの意図に気付いたのは同時だった。

 

 ――ダイの剣が強く、大きく燃え上がる。

 

 刀身に当たった炎をダイの闘気が受け止め、包み込んで保護し。

 少年は大きく跳躍すると、炎を投げつけるような勢いで剣を振るった。

 先の魔法剣すらも凌駕する、ダイとポップの合体技。

 

()・火炎大地斬!」

「う、おおおおおっ!!」

 

 咄嗟に放たれた海波斬が炎にぶつかる。

 しかし、闘気を纏って勢いを増した特大の火の球は、霧散しきらないまま青年の全身を包んだ。

 

 ――声は、聞こえなかった。

 

 ただ、数秒の後。

 炎が消えると同時、ヒュンケルはがくりと膝をついて床に崩れ落ちた。

 

 からん、と。

 響いた剣の音が、戦いの勝敗を如実に物語っていた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「ヒュンケル!」

「来るな!」

 

 がっくりと項垂れたまま。

 それでも青年は大きな声でアティを制した。

 

 ――本気の声に、思わず足が止まる。

 

 顔を上げた青年の口元には皮肉げな笑みが浮かんでいた。

 

「くくく。死んだアバンの代わりに、オレの手でお前達を殺してやろうと思ったんだがな」

「てめぇ……」

 

 ポップが顔をしかめ、青年を睨みつける。

 ヒュンケルはより愉快そうに笑うだけだった。

 

「まったく、残念だったよ。まさか病に倒れて死ぬとは。情けない。あの男らしいといえば情けないが」

「いい加減にしろよ……っ。先生は、先生はなあっ!」

「ポップ!」

 

 声を荒げた少年をマァムの声が制した。

 びくっと身を震わせたポップは訝しげな表情に変わる。

 

「な、なんだよマァム。なんでこんな奴を……」

「……馬鹿ね。ヒュンケルが無理してるのがわからないの?」

 

 マァムは目を細めて青年を見ていた。

 瞳に涙を浮かべた彼女からは怒りも憎しみも感じない。

 ゆっくりと歩み寄る少女を見て、ヒュンケルは声を荒げた。

 

「来るな。殺すぞ」

「できないわ、あなたには」

 

 首を振りながら、マァムは青年の間近に辿り着く。

 しゃがみ込みながら彼女が取り出したのは、輝く石の付いた首飾りだった。

 ヒュンケルが目を丸くする。

 

「それは……」

「あなたの分よ。返そうと思って拾っておいたの」

「……何故だ」

 

 青年の声が震えているのがアティの位置からでもわかった。

 

「私には、あなたが心底からの悪人には見えないから」

 

 微笑む少女の顔を見て、アティは、あぁ、と胸を打たれた。

 彼女は強い。きっと、自分なんかよりもずっと。

 

 ――ヒュンケルはアバンのしるしを受け取ろうとしない。

 

 マァムは構わず、自らの手でヒュンケルの首にそれをかけた。

 青年が、どこか上擦った声で言う。

 

「殺せ」

「いいえ、殺さないわ」

 

 立ち上がったマァムはきっぱりと言って首を振った。

 

「いいでしょ? ダイ、ポップ」

「ああ。おれはもともとそのつもりだったし」

 

 ダイが笑顔で答えれば、ポップが腕組みしてそっぽを向く。

 

「はっ。好きにしろよ。俺は別に賛成なんかしないけどよ」

「ありがとう」

 

 言って、マァムが手を差し伸べる。

 ヒュンケルは少女の手を眩しそうに見つめ、ぴくりと右腕を動かして。

 

「お涙頂戴ってかぁ? 泣ける話だねぇ」

 

 酷薄な嘲笑が闘技場全体に響き渡った。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「貴様は……氷炎将軍フレイザード!!」

 

 彼は円形闘技場の淵、アティがいる位置から反対方向に立っていた。

 異形だ。

 一応、人型をしてはいるものの、その身体は左半分が炎、右半分が氷で出来ている。

 死者の兵達やモルグとは性質が異なるものの、彼もまた魔族との繋がりによって生命を維持する存在、呪法生命体の一種なのだろう。

 

 氷炎将軍。

 そう呼ばれたからには、彼もまた六大軍団長の一人に違いない。

 クロコダインの闘志ともヒュンケルの憎しみとも違う、人に対する純粋な殺意は、感じているだけで背筋が寒くなるような鋭さを持っていた。

 

「ざまぁねぇなぁヒュンケル。所詮人間ってのはくだらねぇ愛だの何だのに誤魔化される生き物ってことか」

「……貴様」

 

 ヒュンケルが傍らに落ちた剣を掴もうとする。

 しかし、未だ手には力が入らないらしく、剣は再び音を立てて落ちてしまう。

 

「てめえがもし勝っていたらブッ殺して上前はねてやろうとかと思っていたが……手間が省けたぜ」

 

 フレイザードが炎の左手を持ち上げる。

 生まれた炎はポップのメラゾーマと同じかそれ以上の熱量を秘めていた。

 

「裏切り者は死ねぇ!!」

 

 大きく腕が振り上げられ、炎が投擲される寸前。

 

「ッチィッ!? 何だ!?」

 

 荒れ狂う闘気がフレイザードの脇をかすめ、投擲寸前の炎をかき消した。

 フレイザードから少し離れた地点から姿を現したのは、あちこち砕けた鎧を纏う紅のリザードマンだった。

 

「クロコダイン……! 手前ぇ、邪魔しやがったな!?」

「……フフ。悪いが、オレはダイ達の側につく。こいつらに何度でも挑むため、ここで殺されては困るのだ」

 

 言って、ちらりとアティの方を見るクロコダイン。

 彼の目は「任せておけ」と言っているように見えた。

 

「カカカッ! 見るからに病み上がりの手前ぇに何ができるよ!? それにな……!」

 

 フレイザードが再び左手を持ち上げる。

 ボッ、と、その小指の先に炎が灯り。

 

「メ・ラ・ゾ・ー・マ!」

「ぐ……ぬぅぅっ!?」

 

 合計五つ。

 同時に制御された火炎呪文を前に、クロコダインがたたらを踏んだ。

 あんなものを喰らったら、幾らタフな生物だろうとひとたまりもない。

 

「残念だったなぁ! ここで、アバンの使徒は終わりだぁ!!」

 

 五つの火炎が各々の軌道で闘技場の地面へと降り注ぐ。

 

「っ、ヒャダルコ!」

「――っ!」

 

 ポップが、マァムが、そしてアティも反射的に氷の呪文で迎撃するも、うち二つは止まらず。

 穿たれた穴の底、地面から響いてきた振動がただならぬ事態を予感させる。

 

「ここの死火山に活を入れてやった……! もうじきこのあたりはマグマの大洪水になるぜ!」

「おのれ、フレイザード……!」

「おおっとぉ。そんなことしてる暇があるのかなぁ!?」

 

 迫るクロコダインを相手にもせず、氷炎将軍はすぐさま身を翻していた。

 一瞬、フレイザードを追おうとしたクロコダインは、大きくなる地響きに足を止める。

 彼が何やら指笛を響かせる中、アティはダイ達に向けて叫んだ。

 

「ダイ君! ヒュンケル! みんな、逃げてください!」

「に、逃げろったってよぉ……」

 

 ポップが戸惑ったようにヒュンケルを振り返る。

 大技を喰らった青年はすぐには動けない。マァムの回復呪文とて即座に全回復させられるわけではなく、通常はある程度の時間をかけて治していくものだ。

 だが、今は一刻を争う事態。

 

「……オレを置いていけ」

「でも!」

 

 真っ先に反発したのはマァムだ。

 涙を浮かべて首を振る少女に、ヒュンケルは優しく微笑んだ。

 

「もう思い残すことはない。間違いなく地獄行きだろうが、ハドラーが来るまで首を長くして待つことにしよう」

「お前、まさか最初から……!?」

 

 今頃気づいたのか、と言いたげに青年が鼻を鳴らした。

 

「いいから行け。まだやるべきことがあるんだろう」

「……ヒュンケル」

 

 ダイも、ポップも、マァムも呆然としていた。

 この青年を置いていっていいのか。

 なんとか救わなければ、救えれば、頼もしい仲間になってくれるのではないか。

 そんな思いが、少年少女達の足を止めていた。

 

 ――私が!

 

 反射的に『抜剣』しようとして、アティは迷った。

 どうすればいい?

 吹き出し始めている溶岩は多少冷やしたところで後から湧いてくるだろう。

 かといって「飛ぶ呪文」まではアティも、ポップも、ダイも至ってはいない。

 

「掴まれぇ!」

 

 一瞬の間に。

 クロコダインの声が響き、一羽の巨鳥がダイ達の元へ迫っていた。

 その眼に害意は感じられない。

 救援なのはまず間違いない。ただ、運べるのはせいぜい二人。ダイ達は僅かな動揺の後、それぞれが他者を逃がそうと視線を交わし。

 

 ――巨鳥がポップ、そしてマァムを掴んで飛び去っていく。

 

 残されたのはダイと、ヒュンケル。

 

「何故だ。お前一人なら鎧を捨てれば……」

「おれが逃げたら、お前を運べないだろ」

 

 剣を収め、ヒュンケルの身体を持ち上げようとするダイ。

 意外な重みに四苦八苦する少年を見て、ヒュンケルは「馬鹿が」と呟いた。

 

「お前のような奴が、オレと一緒に死んでいいはずないだろうに」

「ダイ君! ヒュンケル!」

 

 もう、アティには居てもたってもいられなかった。

 

 ――お願い、私に力を!

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ、蒼い光が瞬いた。

 無我夢中のまま、最短時間の『抜剣』を果たしたアティはダイ達の傍へ着地。

 ヒュンケルが目を見開いて怒声を上げた。

 

「馬鹿か……っ。あなたまでここに来てどうするっ!」

「みんなで助かるに決まってるじゃないですか!」

 

 ダイと協力してヒュンケルを抱える。

 

「でも、先生……ここからどうやって」

真空呪文(バギ)です」

「バギ?」

「強い風を下に叩きつけて、反動で跳ぶんです。それしかありません」

「で、でも、そんなこと……!」

「大丈夫」

 

 アティは微笑み、ダイを見つめた。

 

「私が手伝います。それに、ダイ君の力なら、きっと大丈夫」

「……先生」

「信じてください。私と、あなた自身を」

 

 ほんの数秒。

 躊躇を見せたダイは、すぐに表情を正して頷いた。

 

「うん!」

 

 決意の瞳。

 少年の額がにわかに輝き、大きな空気の渦が生まれる。

 ヒュンケルの腰に腕を回したまま、アティは反対側にいるダイに軽く手を触れさせる。

 

 ――大丈夫、きっとできる。

 

 土壇場のダイは物凄い力を発揮してくれる。

 後は制御ができるかどうかだが、それはアティが補助してやればいい。

 要領は知っている。呪文ではなく召喚術だが、アティには「生徒と協力して」術を操った経験があった。

 

「さあ、ダイ君!」

「ああ! ……バギ、クロース!!」

 

 生まれた大きな空気の流れが、弾丸の如く三人の身体を吹き飛ばした。




誰だってメラゾーマ五発飛んできたら咄嗟に反応できないと思うので、クロコダインさんは何も悪くありません(言い訳

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