新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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不死騎団編まとめとフレイザード編導入回です。


バルジ島、氷炎将軍フレイザード
レオナ姫の行方……?


 ぱちぱちと、焚き火にくべられた薪が音を立てる。

 

「……いやあ、しかし、よくもまあ全員生き残ったものじゃ」

 

 ははは、という笑い声が虚しく響き。

 声を発した老人は気まずそうに頬をかいて苦笑いを浮かべた。

 バダック、というのが彼の名前だ。

 崩壊したパプニカの戦士で、古株として国王やレオナ姫とも顔を合わせられる立場にあったらしい。

 首都近隣に隠れ棲んで生き残りを捜索、反撃の機会を窺っていたところ、ダイ達と出会ってその世話をしてくれたのだとか。

 ダイ達が地底魔城に潜入した後は、バックアップ要員として入り口に待機していた。マグマに呑まれかけ、辛くも逃げ出した一行がこうして野営を行えているのも、彼が持っていた荷物のお陰だ。

 

 犠牲として数えるとすれば、モルグ。

 逃げようと思えば逃げられた彼だが、手を差し伸べたアティに首を振って答えた。

 小さな鈴を手に、不死騎団の骸達を先導するかのように、高熱のマグマに呑まれていった。

 もともと、ハドラーやヒュンケルが死ねば滅びゆく仮初の命。

 彼はきっと覚悟していたのだと思う。生還後、ヒュンケルがコントロールを手放したことで、がいこつ剣士をはじめとする骸の兵士達もモルグの後を追っている。

 

「その、ありがとうございました、バダックさん。ダイ君達を助けてくれて」

「なんのなんの! こっちこそダイ君達には大恩がある。もちろん、アティ殿のことも姫様からーー」

「いいから先生は反省してくれ」

 

 バダックの嬉しそうな声を遮るように、ポップの怒気を含んだ声が響いた。

 

「……はい」

 

 しゅん、とアティは肩を落として答える。

 そう。彼女は今、生徒達からこっぴどく叱られていた。

 理由は当然、マグマに覆われつつある闘技場で、ダイ達を助けるために無茶をしたからだ。

 逃げられたはずなのに、わざわざ危険に飛び込むとはどういうことだ、と。

 いつもなら宥め役のはずのマァムですら、泣きはらした目でアティを睨んでいる。

 

「約束してください。もう絶対、あんなことはしないって」

「それは」

「先生!」

 

 怒声にびくりと身体が震える。

 生徒達がもっともなことを言っているが故に強く弁解することができない。

 もちろん、アティにも一応勝算はあったし、あの時は夢中だったわけだし、結果的には皆無事だったのだが。

 

「……オレも同感だ。わざわざオレのために危険を犯す必要はなかった」

「ヒュンケル……」

 

 マァムが悲しそうに目を細めて青年の方を振り返った。

 ヒュンケルとクロコダインはダイ達一行のいる焚き火前から少し離れて座っていた。

 剣と斧は地面に置かれて、身体には包帯が巻かれている。

 

「パプニカを滅ぼした不死騎団団長、魔剣戦士ヒュンケル、か」

 

 バダックの硬い声がやけに大きく響いた。

 

「オレを殺すか、パプニカの生き残りよ。お前にはその権利がある」

「………」

 

 淡々と言うヒュンケルを見るバダックの目には強い怒りがあった。

 仲間の、民の仇。

 のみならず、彼は殺した人々を骸の兵として配下に加えた。

 死した同族に襲われる恐怖、絶望とはいかほどのものだったのか、それは味わった者にしかわからないだろう。

 

 はあ、と、老戦士は溜め息をついた。

 

「……殺さぬよ。そんなことをしても皆は戻ってこない。それに、お主は殺されることを望んでおる」

「そうか」

 

 ヒュンケルの声はどこか残念そうに聞こえた。

 マァムが声を震わせながら語りかける。

 

「ねえ、ヒュンケル。死にたいなんて言わないで。あなたにはまだ、できることがあるはずよ」

「できることなどオレにはもうない」

 

 青年は首を振り、自嘲の笑みを浮かべる。

 

「思い残すことはもうない。父さんの死の真相を知り、勇者に実力で敗れた。後はせめて、死して詫びるのみ」

「駄目だよ」

 

 そこで初めてダイが口を開いた。

 アティに助けられた形の少年は、アティと一緒にお説教を受けている側だった。

 

「駄目だ、ヒュンケル。おれはお前に死んでほしくない。だって、先生の誤解は解けたんだろ?」

「………」

 

 アティの推理にヒュンケルの経験を補完した話はかいつまんで伝わっている。

 ヒュンケルは押し黙り、顔を俯かせる。

 

「なら、一緒に戦おう。その方が先生だって浮かばれるはずだ!」

「できるわけがないだろう!」

 

 一番の大きな声だった。

 

「やりなおすことなどできない。オレの手は血に汚れすぎている。数えきれない命を奪ってきたオレに、今更正義の使徒などできるわけが……っ」

 

 青年の慟哭に、その場にいた誰もが押し黙った。

 ふてぶてしい敵を憎むのは簡単だが、心から後悔している罪人に情けを抱かないのは難しい。

 なんと言っていいのか。

 静まりかえった場をゆっくりと、アティの声が壊した。

 

「私は嫌です。ヒュンケルが死ぬのも、ダイ君達がヒュンケルを殺すのも」

「……アティ」

「私は傷つけたくない。誰も死んでほしくない。誰かが傷つくくらいなら、私が代わりに傷ついた方がいい」

「先生っ!」

「変えられないよ、マァム。私は皆が大事だから。ずっとそうやってきたし、これからもそう。皆で助かるためなら幾らでも無茶するし、しなくちゃいけないと思う」

 

 一番はみんなで生き残ること。

 それができないなら、一人の犠牲で皆が助かること。

 簡単に死ぬ気はない。いつだって生は諦めない。

 それでも、アティの優先順位はいつだって自分よりも他人にある。

 

「……お前の主義主張こそ、今すぐどうにかするべきかもしれないな」

 

 呆れ声でヒュンケルが言えば、ポップが吐き捨てるように同意した。

 

「へっ。初めて意見が合ったじゃねえか」

「ほう。……そういえば、お前の名はなんといったか」

「なっ! てめぇ、やっぱりてめぇのことなんて嫌いだ!」

 

 筋力差も忘れて殴りかかろうとするポップを、マァムが慌てて「まぁまぁ」と宥めた。

 ダイが息を吐いてアティを、ヒュンケルを見る。

 

「先生、ヒュンケル。おれは二人とも死んじゃやだよ」

「……もちろんです、ダイ君」

 

 微笑んで頷く。

 

「私だって死にたくありません。最後の最後まで、ちゃんと戦いますから。今回みたいに人任せは性に合いません」

「……全く」

 

 ヒュンケルの溜め息。

 

「いいだろう」

「!」

「ヒュンケル……!?」

 

 顔を上げた青年は苦いものを抱えつつも決意の表情をしていた。

 

「女どもに喚かれるのも面倒なのでな。そこまで言うのなら戦ってやろう」

「じゃあ、一緒に……!」

 

 表情を輝かせたダイが跳ねるように立ち上がれば。

 ヒュンケルは「いや」と首を振った。

 じゃき、と、傍の魔剣を手に取って。

 

「オレはオレのやり方で戦う。父さんを殺したハドラーに報いを受けさせ、オレを利用した魔王軍を滅ぼす。結果的に人を救うことにもなるだろう」

「憎む相手が変わるだけ、ということか?」

 

 バダックが問う。

 

「ある意味ではそうだ。だが、魔王軍は侵略者。倒すことに正当性はある。それに…… 胸のつかえは取れた」

「ふむ。なるほど、どうやら覚悟を決めた男の顔をしておる」

 

 老人は何かを納得したように頷き、もう口を挟まなかった。

 代わりに、それまで黙っていたクロコダインが重い口を開いた。

 

「辛い戦いになるぞ、ヒュンケル」

「ふん。百も承知だ。魔王軍の追っ手がやってくるだろうが、好都合。来た端から倒していけばいずれ親玉に突き当たる」

「ならば、オレも付き合おう」

「いいのか?」

「ああ。どうやらオレは将より一戦士の方が性に合っている。それに、ダイ達を見ていると、人とモンスターの共存とやらも夢ではないかもしれぬ」

 

 元軍団長男二人は手を握り合い、笑いあった。

 彼らのコンビなら、何が来ようと簡単に負けはしないだろう。

 

 

 

「それで、お前達はどこに向かう?」

「わからない。レオナの居場所を探したいんだけど……」

「レオナ姫か」

 

 ヒュンケルがなるほど、と頷いた。

 

「ヒュンケル。彼女は無事なんでしょうか」

「少なくとも死ぬところを見てはいない。現パプニカ王の死体は見たがな。三賢者および近衛の一部が都を離れたとの報告も受けているから、野良モンスターに襲われでもしない限りは生きているだろう」

「そっか。レオナが……」

 

 わかりやすく笑顔になるダイを見て、アティは思う。

 

 ーーもしかして、ダイ君。レオナ姫のことを……?

 

 てっきり友達に近い感情だと思っていたのだが。

 自分でも区別がついていないだけで、どちらかというと恋慕に近いのかもしれない。

 やっぱり、男の子というのはお姫様に憧れるものなのだろうか。

 

「手がかりがないなら、アバンさんの知り合いのマトリフさんを訪ねてもいいでしょうか」

「マトリフ? あの老人、まだパプニカにおったのか?」

「はい。バルジ島の近く、小さな島に隠れ住んでいると、アバンさん……が亡くなる前に聞きました」

「バルジ島か。よりにもよって、という感じじゃな……」

 

 聞けば、その島周辺の渦は海流が複雑で、大きな船でも辿りつくのが困難なのだという。

 と、バダックの説明にヒュンケルが思い出したように顔を上げた。

 

「バルジ島……海路では辿り着けない場所。そういえば、気球が一つ、飛び去るところを見た」

「って、どう考えてもそれじゃねえか!」

 

 気球、空飛ぶ乗り物は恐ろしいほどの貴重品だ。

 個人で持っている者などいるはずもなくーーまあ、アバンなら持っていても驚かないがーー使ったとすれば王族の可能性が非常に高い。

 バダックからも「パプニカに気球はひとつだけ」と確約された。

 

「じゃあ、レオナは」

「バルジ島っていうところにいるみたいね」

 

 マトリフに会うにせよバルジ島を確かめるにせよ、向かう方向は変わらない。

 ただ、問題としては海を渡る方法がないことか。

 

「ルーラが使えたらいいんですけど……」

 

 空を渡る形で瞬間移動する呪文だ。

 特殊性が強く、七日間の特別(スペシャル)ハードコースの間に習得することは叶わなかった。

 

「気にすんなよ先生。ルーラは一度行ったことある場所にしか飛べないんだから」

「じゃあ、何か別の方法……」

「なら、オレのガルーダを使ってくれ。二、三往復すれば、マトリフとかいう男の島まで行けるだろう。パプニカ復興の方法も含めて相談すればいい」

「いいんですか?」

「あの時、フレイザードを止められなかった詫びだ。受け取ってくれ」

 

 クロコダインの真摯な瞳にアティは頷き「ありがとうございます」と礼を告げた。

 

「ヒュンケル達はこれからどうするの?」

「フレイザードを追う。奴には借りを返さねばならんからな」

「そう……。気をつけてね?」

「ああ」

 

 じっと見つめるマァムを、ヒュンケルもまた何も言わずに見つめ返す。

 そんな二人の横でポップが不満そうな顔をしていた。

 

 

 

「ヒュンケル」

「……世話になったな、アティ」

 

 元軍団長二人はガルーダをダイ達に預け、一足早く出発することになった。

 旅支度を整え歩き去ろうとする青年を、アティは小走りに追いかけた。

 

「お前はオレの迷いを払ってくれた。礼を言う」

 

 青年の瞳は以前とは違い透明感が増している。

 これが本来の彼なのかと、アティはその瞳を覗き込んで目を細めた。

 

「役に立てたのなら嬉しいです。それと……」

「あの時のことか?」

 

 こくん、と頷く。

 

 バルトスの墓での会話の後、ヒュンケルが立ち去りかけた時。

 聞こえてきた羽音はアバンとやり取りしている伝書鳩のものだった。

 しーっ、と、口を塞ぐ間もなくアバンの声を紡ぎ始めたアイテムに、アティは「しまった」と思ったものの、ヒュンケルの反応は悪いものではなかった。

 アイテムの意味、声の意味をすぐに悟った彼は言ったのだ。

 

『もう、何も思い残すことはない』

 

 真の意味で恩師であった男の生存。

 隠していた情報は死地に赴く男に覚悟を決めさせ、こうして生を志した今となっては強い力へと変わっている。

 

「言われずとも胸にしまっておく。知っているのはオレとお前だけでいい」

「ヒュンケル? 何の話だ?」

「気にするな。こっちの話だ」

 

 軽く答えたヒュンケルは片手に剣を、もう片手に荷物を下げて歩いていく。

 

「内緒話か。……ふ、はははっ。まさかお前が女子に惚れるとはな!」

「なっ! 貴様、馬鹿にするつもりならこの場で切り捨てるぞ!」

 

 言いあう声は半分ほどしか聞こえなかったが、アティは二人の様子に「楽しそうですね」と微笑んだ。

 遠くなっていく背中を見送り、踵を返して生徒達の元へ戻る。

 

「じゃあ、行きましょうか」

「はいっ!」

 

 そうして、アティとダイ達、それにバダックを加えた一行は歩き出した。

 まず、目指すのはバルジ島近くの小島。

 アバンと共に旅した魔法使い、マトリフの住処だ。

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