新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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大魔導士マトリフ

「ありがとうございました、ガルーダさん。クロコダインさんによろしく伝えてくださいね」

「クワアアアアッ!」

 

 翼を撫でて送り出せば、巨鳥は一声鳴いて大きく羽ばたいた。

 遠ざかっていくガルーダの姿をしばらく見送った後、アティ、ダイ、ポップ、マァムにゴメちゃん、そこへバダックを加えた一行は着いたばかりの島を見渡した。

 

「それじゃあ、出発しましょうか」

「おおーっ!」

 

 傷を回復呪文(ホイミ)で癒し、一晩眠った少年達は元気一杯。

 アティの号令で意気揚々と歩き出した。

 マトリフが住むという島は小さいとはいえ、デルムリン島の半分ほどの面積がある。横断するには食事を支度から始めて食べ終えるくらいの時間がかかるだろう。

 ガルーダに運んでもらった際に眺めた限り民家の類は見えなかった。

 アバンからのメッセージにも詳しい位置は含まれていなかったので、林の間や崖の洞穴などを中心に捜索から始めなければならない。

 

「ところで、ダイ君達はあれからどうしていたんですか?」

「えっと……あの後、やっぱりクロコダインと戦うことになったんだけど」

 

 クロコダインは前よりもずっと強くなっていたらしい。

 

「いいえ、強くなっていた……というのは違うかもしれない。彼はきっと本当に全力だったのよ」

 

 弱者を叩き潰すつもりでもなく。

 配下の魔物達に蹂躙させるのでもない。

 相手を強者と認めた上で、一人の戦士として全力の戦いを挑んできた。

 

 手の内を知られていたのも大きかった。

 開幕直後の獣王痛恨撃で虚を突かれた三人は立ち位置を分断され、まずはダイが狙われた。妨害のためポップが唱えたメラゾーマは真空の斧によって勢いを失い、斧の一撃とヒートブレスが同時にダイを襲った。

 二つの攻撃を両方避けたダイは大地斬を見舞うも、それは左腕の鎧と肉で防がれる。

 再び襲った斧の一撃までは防ぎきれず、ダイは大きく吹き飛び、廃墟の壁に叩きつけられた。

 マァムが魔弾銃でホイミを撃てば、生まれた隙に斧の効果が再発動。ポップがイオの爆風でなんとか相殺した。

 だが、クロコダインはいつの間にか斧を左手に持ち替えており。

 無事な右手に溜め込まれた闘気による獣王痛恨撃と、ダイのアバンストラッシュが激突。

 

「あそこでダイが押し負けてたら、もしかしたらやばかったかもな……」

「……そんなことが」

 

 クロコダインが倒れた後、一行の前にバダックが現れた。

 塒に案内してくれるという彼に甘え、リザードマンの巨体を引きずるようにして移動、半日かけて反撃の策を練った上、地底魔城に侵入した。

 

「クロコダインさんとは、何か話を?」

「そんなに話はできなかったわ。ダイが故郷の島に誘ったくらいかしら」

 

 なるほど、デルムリン島ならクロコダインを排斥したり恐れる者はいないだろう。

 アティが頷けば、ダイはぽりぽりと頬を掻いた。

 

「なんか、あいつとは友達になれる気がしたんだ。それに……」

「それに?」

「うーん……上手く言えないんだけど、あの時の戦いは楽しかったんだ。命がけだったけど、お互いに、強いなお前って笑えるような雰囲気っていうか」

 

 男同士の心のやり取りについては、アティはあまり詳しくはない。

 ただ、軍人時代、気心の知れた親友と技を競い合うのは確かに楽しかった。

 

 ――その先にあるのが殺し合いなのは嫌ですけど。

 

 『名もなき世界』では武の技が芸術、あるいは心身の鍛錬として使われるらしい。

 そういう戦いであるならば、きっと、憎しみが生まれることはないだろう。

 

「そういう先生はどうしてたんだよ? なんかあの野郎と仲良さそうだったじゃねえか」

「うーん、こっちは大したことは何も……」

 

 呑気な様子で辺りを見回しながら尋ねてくるポップに、アティは首を傾げて答える。

 

「何しろ捕まっていましたから、できることも殆どなかったんです。ヒュンケルとご飯を食べたり、ヒュンケルのお父さんのお墓をお参りしたくらいですね」

「……何をどうしたらそうなるのか理解できねえ」

 

 半眼でポップが呟く。

 そうでしょうか、と、もう一度首を傾げていると、最後尾を歩いていたバダックが呻った。

 

「ううむ、しかしこれでは日が暮れてしまいそうだのう」

「確かに……」

 

 苦笑しつつ同意する。

 島一つをくまなく探すとなるとちょっと大変だ。

 パプニカを襲っていた不死騎団は壊滅しているため、すぐさまレオナの身が危うくなることはないだろうが。

 早めにマトリフを見つけて相談できるにこしたことはない。

 

「いっそ呼んでみるのはどうじゃろうか。おおーい、マトリフ殿ー!」

 

 どのー、と、バダックの大声が木霊する。

 わかりやすい方法にダイがぱっと表情を輝かせ、老人に続いた。

 

「マトリフさーん!」

「スケベジジイー!」

 

 スケベジジイ? と、残った三人(プラス一匹)は顔を見合わせるも。

 有効な手段ではあるかもしれないと、声を振り絞って声を重ねた。

 

「マトリフさーん!」

「人のいねえ島に住んでる偏屈魔法使い野郎ー!」

 

 火にかけた鍋が沸騰するほどの時間、呼び続けた後だっただろうか。

 

 ――どん、と、少し離れた海岸線から巨大な火の球が打ちあがった。

 

 まるで、うるせえ静かにしやがれ、とでも言いたげな火炎呪文(メラゾーマ)に、一行は作戦成功を感じた。

 上がった方向へ真っすぐ進むと崖になっていたため、ロープを垂らして一人ずつ降りて不安定な岩場に立った。

 

 そうして、崖にぽっかりと開いた穴を覗き込むと。

 

「冷やかしなら帰んな」

 

 いかにも偏屈そうな老人の声が、穴の奥から響いてきた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 歓迎されていない雰囲気。

 ポップなどは「やっぱり帰らない?」とでも言いたげな顔をしたが、さすがに「はいそうですか」と帰るわけにもいかない。

 アティを先頭にゆっくりと足を踏み入れ、奥へと進んだ。

 

 穴の奥は案外広かった。

 かすかに淀み、湿った空気の中に酒や紙の匂いが混じる。

 呪文を使ったのか、簡単に加工された『部屋』には酒瓶やら本やらよくわからないガラクタやらが散乱し、簡素な机や本棚まで置かれている。

 隠遁する魔法使いの塒のイメージそのままといっていいそこの中央に彼はいた。

 揺り椅子に腰かけた、帽子にローブ、マント姿の老いた男。

 

「マトリフおじさん!」

「ん……? おお、誰かと思えば、お前マァムか!!」

 

 喜色を浮かべたマァムが駆け寄ると、老人も立ち上がってマァムに近づく。

 二人はほぼ同時に手を持ち上げて。

 

 ――握手をしようとしたマァムをよそに、マトリフは両手を少女の胸に押し当てた。

 

 え、とアティが。あ、とダイが。おお、とポップが声を上げて。

 

「何すんのよっ!」

 

 怒気を露わにしたマァムの拳を、老人が驚きの身のこなしでかわした。

 背後に回り込んだマトリフ? は、今度はマァムの尻を叩きながらにやにやと笑う。

 

「大きくなったなあ! ついこの間までよちよち歩きの子供だったってのによぉ……!」

「……あぁ、全然変わってないわこのおっさん……!」

 

 尻の感触に夢中になったのか。

 ようやく拳を命中させながらマァムが言えば、他の面々はぽかん、とするしかなく。

 

「マァム、マトリフさんと知り合いだったんですか?」

「え? ああ、はい。父のロカや母のレイラとも知り合いですから、私が小さかった頃はよく村に遊びに来ていたんです」

「じゃあ、そのジジイが……」

「はい。間違いなくマトリフおじさん。先生と共に戦った偉大な魔法使いです」

 

 なお、紹介された当のマトリフは興味なさそうに鼻をほじっていた。

 

 

 

「久しぶりですな、マトリフ殿」

「あ? ああ、パプニカの発明爺か」

 

 バダックもマトリフとは顔見知りだったらしい。

 神妙な顔で老人――彼の歳になると自分より年上の相手は貴重だろう――を見つめて言った。

 

「まだパプニカにいらっしゃったのですな! でしたら国の窮地についてもご存知のはず。どうか、パプニカを、王家を救う手助けをしてくださいませぬか!?」

 

 聞けば、マトリフはかつてパプニカで王の相談役を務めていたらしい。

 今は王家を離れて隠遁しているが、不死騎団襲撃で死亡したとみられる王や王妃とも知らない仲ではなかった。助けを求めるのはおかしな話ではないが、

 

「……やだ」

 

 マトリフは鼻をいじったまま意地悪く答えた。

 

「くだらん王家の連中の手助けなんてもうご免だね」

 

 彼が相談役から手を引いたのには王家から受けた仕打ちが関係していたのだという。

 王はマトリフを重宝していたが、元からの宮廷魔導士や重臣達はいい顔をせず、事あるごとに非難や陰口、排斥のための根回しをしてきた。

 ハドラーが倒れて時が経つにつれ、マトリフの魔法力を恐れる声も上がり。

 ほとほと人間に嫌気がさした彼はこうして一人でひっそりと暮らすようになった。

 

「ま、だが」

 

 ぎろり、と、老人の瞳がアティ達を睨んだ。

 

「パプニカ王家はともかく、そっちの奴らの話なら聞くだけ聞いてやる。マァムが連れてきた客だし、そっちの姉ちゃんは触り心地が良さそうだし」

「っ」

 

 思わず、アティは己の胸を腕で庇う。

 

「女の子の身体を邪な目的で触る人は、殴ってでも止めていい――って、友達から言われています」

「おいジジイ、先生の胸に手を出したらただじゃおかねえぞっ!」

 

 偉い剣幕でポップが加勢すれば、マトリフは飄々ととぼけてみせた。

 

「ならマァムの胸ならいいのか?」

「いいわけねえだろ、感想教えて記憶から消しやがれ!」

「黙ってなさいこのスケベ!」

 

 危うくポップの頭をハンマースピアが直撃するところだった。

 

 

 

「……魔王軍の討伐ねえ」

 

 ぎし、と、マトリフの座る椅子が音を立てる。

 

「はい。先生はハドラーを倒した後、力を使い果たして死にました。おれは先生の後を継いで、大魔王バーンを倒してこの世界を平和にしたい! 力を貸してください!」

 

 枯れた老人へと切に訴えたのはダイだった。

 力強くも純粋な瞳。

 アティが出会った頃から変わらぬ清らかな心根に、さしもの老人も感じるものがあったのだろうか。

 しばしダイと見つめ合った後、息を吐いた。

 

「そうか。アバンの奴は逝ったのか」

 

 素晴らしい演技だ、と、アティは思ったが口には出さなかった。

 

 ――マトリフはアバンに会っているはずだ。

 

 どこからどこまでを聞いたのかはわからない。

 ただ、かの元勇者が死んだことになっている事実、ここにアティ一行が来ることは知っていたはず。

 

「で、お前は……?」

 

 老人が次に見たのはアティのことだった。

 

「アティと申します。アバンさんの後任といいますか、この子達を見守る役目をしています」

「ふむ……」

 

 鋭い視線が真っすぐに来る。

 見定められている、と認識しながら、アティはただ微笑んだ。

 

「いいだろう」

 

 幾分か好意的な声が届き、ほっとしたのは数十秒後。

 

「ちょっとした手助けくらいならしてやる。お前がアバンの意思を継いだなら、渡さないといけないものもあるしな」

「じゃあ!」

「勘違いするなよ。パプニカの王家を助けるわけじゃねえ。借りのある男の弟子達に、返しきれねえ借りを少しは返してやるってだけだ」

 

 つい、アティはくすりと笑ってしまった。

 裏の事情を知っている身としては、そういう風に言ってくれるのはとても嬉しい。

 と、ダイはもっと素直に喜びを表していて。

 

「それでもいいよ! ありがとう、マトリフさん!」

「礼はいい。俺はちょっと方法を教えるだけで、モノになるかどうかはお前ら次第だからな」

 

 立ち上がったマトリフは更に視線を別の人間に向けた。

 最後の一人、ポップはぽかん、と自分を指さした。

 

「へ? 俺?」

「そうだ」

 

 駄目そうだな、と老人はため息をついてから言葉を続けた。

 

「バルジ島まで送ってやることはできる。そっから先は自分達で帰れ」

「でも、マトリフさん。バルジ島には渦が」

「それは大した問題じゃねえ。海が駄目なら空から行きゃあいい。ここに来たのだって似たような方法だろ?」

「空……」

 

 アティが思い浮かべたのは一つの呪文の名前。

 マトリフが頷く。

 

「そう。俺が教えるのは瞬間移動呪文(ルーラ)だ」

 

 覚えるのは魔法使いであるポップ。

 もし本当に覚えられれば、バルジ島からパプニカの都まで帰ることができるし、この前のような時に仲間を助けることだってできる。

 

「しばらくそこのガキを俺に預けろ。少しはマシになるようにしてやる。代金は、そうだな。女教師の乳でいいぜ」

 

 アティはにっこり笑って答えた。

 

「ありがとうございます。でも、代金は別の形で払わせてください」

 

 マトリフがやる気を失ったようにそっぽを向いた。




思ったより進みませんでした。
もし最後まで到達した場合は百話以上かかる計算に……。
なかなか先は長いですね。

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