新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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凍れる王女

「ポップ君の様子はどうですか?」

「その辺でぶっ倒れてる。ありゃあ少なくとも何日かかかるな。ダイの方はどうだ?」

「新しい技が成功したので、今は練習中です」

「そうか」

 

 洞内の奥、人払いした部屋で、アティはマトリフと向かい合っていた。

 瞬間移動呪文(ルーラ)の特訓を言い渡された後、一行はすぐ行動を開始した。ポップをマトリフに預け、ダイとマァムはそれぞれ別の修行。

 昼食を挟んで特訓を続け、今は小休止といったところ。

 

「……しかし驚いたぜ。まさか一、二回見ただけでルーラを覚えちまう奴がいるとは」

 

 ルーラの特訓は厳しいものだった。

 マトリフは最初に実演してみせた後、ポップを重り付きで川に放り込んだ。

 岩を結わえたロープを切ったり解くのは難しく、魔法使いであるポップでは筋力が足りない。ルーラを使わなければ溺れる、という状況に追い込んだわけだ。

 

 ――この世界の教育はこれがスタンダードなのかと疑いたくなる荒療治。

 

 アティも冒頭だけ参加させてもらったが、幸い見様見真似で成功したので水には入らずに済んでいる。

 と、マトリフがどこか呆れたように息を吐いた。

 

「ルーラは魔法力を直接放出して使う珍しい呪文なんだがな」

「あはは……。似たようなことをよくやってたお陰です」

 

 通常、呪文とは「魔法力を何らかの形に変換」する行為だ。

 しかしルーラは炎や氷、爆発力などを作るわけではない。指向性を持たせた魔法力で始点と終点を指定し、勢いをつけて吹き飛んでいくという、ある意味で原始的な術である。

 魔法使いはこの常ならぬ使い方に苦しむらしく、年単位の特訓を要することも珍しくないらしい。

 ただ、アティの場合、『抜剣』で似たような感覚を知っていたため、いともあっさりクリアできた。

 

 お陰でポップを焦らせてしまったのは申し訳ないが、これで以降の移動は楽になるだろう。

 

「ま、それはいい。話はこいつと、ダイについてだ」

 

 気を取り直したマトリフは一冊の本を取り出してアティに手渡す。

 簡素ながら丈夫な素材で装丁された厚めの本。

 

「これは……?」

「アバンの書。あいつ、アバンが直に記した、世界で一冊だけの『教科書』だ」

「そんなものが……」

 

 適当なページを開いてみれば、丁寧な筆跡で武芸に関する解説が書かれている。

 

「武器、魔法、闘気の扱いから心構えまで。あいつの技や知識がそこに詰まっている。あいつ自身がカールの図書館から取り戻して俺に託した品だ」

 

 どうして当人が持っていなかったのかといえば、必要ないからだろう。

 アバン自身は『教科書』を見なくても全てを知っているわけで、アバンが直に生徒を教える限りは不要というわけだ。

 要るとすれば、アバン不在時に彼の技、理論が求められた時。

 

「持ってけ。既にダイ達は十分に強いが、この先、更なる力が必要になることもあるだろう」

「ありがとうございます、マトリフさん」

 

 加えて、心の中でアバンにも礼を言う。

 アティ達は一応、アバンの使徒を名乗るに足るだけの修行を経ている。しかし、マァムは当時まだ幼かったし、ポップは長期修行の途中、ダイも七日分全部を教わったわけではない。

 代わりにアティの知識、技術で補ってはいるが、まだ知らないアバンの教えも多くあるだろう。

 

 ――きっと、これがダイ君達の助けになります。

 

 そう思ったから、アバンはこれをマトリフに託したのだ。

 

「……それで、ダイ君についての話というのは?」

「ああ。むしろそっちが本題だ。ある意味ではいい話だが、場合によっちゃあ、ややこしい事態に陥るかもしれん」

 

 眉間に皺を寄せたマトリフの表情が事の重大さを表している。

 アティはこくんと頷き、答えた。

 

「聞かせてください。ダイ君のことなら、私が知っておかなくちゃ」

「いいだろう。……まずはこれを見てもらおうか」

 

 そうして聞かされた話は、アティの想像以上に大きなものだった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「先生! マトリフおじさんっ!!」

「大変なんだ! バルジ島の方から火が……っ!」

 

 慌てた様子の声と共に。

 マァムとダイが洞内に飛び込んできたのは、話があらかた終わった頃だった。

 

 ――知らせを受けたアティはすぐに駆けだした。

 

 洞内を出て、視線を海へと向ける。

 大渦を挟んだ向こうに見える島、バルジ島の中央にある塔から火の手が上がっているのがかすかに見えた。

 

「攻撃されてる……?」

 

 生徒達と顔を見合わせ、すぐに一つの結論に至る。

 攻撃しているのは魔王軍。されているのは、パプニカの残党。

 

「レオナが、危ない……!」

 

 ぎっ、と、ダイが歯をくいしばる。

 

「……行ってこい」

「マトリフさん」

 

 遅れて顔を出した老人は低い声で告げた。

 

「修行してる場合じゃなくなったんだろ。送ってやる。とっととあの坊主を呼んで来い」

「はいっ!」

 

 力強く頷いたダイが、ゴメちゃんと共にポップを呼びに行く。

 

「じゃあ、私はバダックさんを呼んでくるわ」

 

 マァムも駆けていくと、残されたのは再びアティとマトリフだけになった。

 二人は静かに海の向こうを見つめた。

 

「さっきのお話が必要にならないことを祈っています」

「ああ、俺もだ。……生きて帰ってきたら一回くらい触らせろよ」

「えっと……考えておきます」

 

 

 

 程なく、フラフラのポップと元気いっぱいのバダックが現れた。

 全員が集合する頃にはマトリフの準備も終わっている。

 

「ちょっと、ポップ。大丈夫?」

「ああ、まあ、なんとかな。体力は足りてねえけど、魔法力は尽きてねえ。島に着くまでに休むさ」

「悪いが、着くまでに時間はかからねえ」

 

 乗れ、と、マトリフは海岸に泊まる小舟を指した。

 

「……これで行くのかよ?」

「誰も漕いでいけなんて行ってねえだろ。呪文で飛ばしてやる。要は水面に着いてなきゃ問題ねえんだ」

「だ、大丈夫かよ本当に」

 

 小舟は四人乗りだった。

 ひいふう、と、一行は人数を数えて固まる。一人多かった。

 どうしようと顔を見合わせた時、先んじてバダックが言った。

 

「なら、ワシは待っていよう」

「でも、バダックさん」

 

 なんの、と老人は笑って。

 

「ワシが一番戦力にならないことはわかっておる。アティ殿、ダイ君。みんな。どうか姫様を助けてくれ」

「……はいっ!」

 

 力強く頷いて、アティ達は小舟へと乗り込んだ。

 それぞれに船の淵をしっかり掴んだところで、マトリフは魔法力を集中し始める。

 小舟を包み、浮かび上がらせたのは真空呪文(バギ)瞬間移動呪文(ルーラ)を組み合わせたような力だった。

 

 ドン、と、衝撃が走って。

 

 弾丸の如き勢いで発射された小舟がバルジ島へ向かって飛んでいく。

 すると、島の様子もだんだん鮮明になってくるが……。

 

「あ、あれは……っ!」

「気球が……!?」

 

 塔から飛び立とうとした気球がバルーン部分を燃やされ、海岸に落ちるところだった。

 海を越えようとする前だったのは幸いか。

 とはいえ、あれにレオナが乗っているのだとすれば楽観はできない。

 

「早く、早く……っ」

 

 ダイの声に気持ちを同調させながら、僅かな時間を待ち。

 

「って、おい。これ止める方法ないんじゃ……」

「別に飛び降りればいいでしょ!」

 

 バルジ島の海岸。

 四人は跳躍し、勢いを少しでも殺しながら地面へと降りた。

 とん、と着地したアティが生徒達を振り返れば、ダイも同じく無事。マァムも尻もちをついた程度だったが、ポップだけは地面をごろごろ転がった挙句、痛そうに身を起こしていた。

 

「ってて……厄日だぜこりゃあ」

「カーカッカッカ! 確かに、お前らはこれから死ぬんだからなぁ!」

「その声は……っ!」

 

 声は、案外近くから聞こえてきた。

 落ちた気球。

 火傷や凍傷になった身を押さえて呻く数人の兵士と、衣を纏った二人の女性。

 ただ一人、立って高笑いを上げる氷炎の魔物の手は、金の髪の美少女の頭を掴んでいた。

 

「レオナっ!」

「フレイザード……!」

 

 ダイと、アティの声に。

 賢者の衣を纏ったパプニカの姫――レオナの瞳がうっすらと開かれる。

 涙に濡れた美しい瞳が少年と家庭教師を順に映し、ほんのりと何かの色を浮かべた刹那。

 

 ――ピキピキ、と。

 

 無情な音と共に冷気が収束し始めた。

 

「あ、ああ……っ!」

「一足遅かったなぁ! まさか全員揃って生きてるとは思わなかったが、パプニカのお姫様は今から氷漬けだぜぇっ!?」

 

 一歩、本当に一歩間に合わない。

 下手に攻撃すればレオナに当たりかねない、と手を止めたのも致命的だった。

 美しき姫の身体は冷たい氷に覆われ、全ての自由を奪われ、ドン、と近くの砂浜に突き立てられた。

 

 ――彼女がダイ達を認識できていたのか。

 

 認識できていたとして、やってきた救援に何を思ったのか。

 助けられなかった勇者一行に、果たして恨みを抱いただろうか。

 

「フレイザード……っ!」

 

 何故、あの氷炎将軍がここにいるのか。

 決まっている。ヒュンケルの代わりとして、パプニカ王家の生き残りを始末しに来たのだ。

 情報と行動の早さは優秀な証。

 悔しいが、アティ達を全滅させかけた残忍な男は、認めざるをえないだけの強さを持っている。

 

 レオナを氷漬けにしたのは見せしめのためか。

 フレイザードからは自己顕示欲の強さと合理性が見て取れる。

 敢えて姫を殺さず、見せしめとして晒すことで他の生き残りをおびき出し、一網打尽にするつもりに違いない。そうして用をなさなくなった後、初めてレオナを殺す。

 ある意味、ダイ達はおびき出された獲物第一号だ。

 

「くっそおおおおおおっ!」

 

 ダイが吠えた。

 目の前でレオナを奪われた怒りを胸にフレイザードに突撃。

 大地斬を放とうと剣を引き抜きかけた時。

 

「ハハハッ。いいぜっ、その目、ゾクゾクするねえっ!」

 

 フレイザードの腕が少年を払い、砂浜へ落とした。

 ダイはすぐさま跳ね起きて再度狙うも、やはり弾かれる。

 

「ダイ君、駄目です! 一度下がってください!」

「でもっ……!」

 

 声に余裕がない。

 怒りに我を忘れたことで、少年はいつものキレを失っている。

 

「作戦を忘れたんですかっ!?」

 

 アティは強いて声を張り()()を叱咤した。

 

「わざわざ氷漬けにした以上、レオナ姫は生きています! なら、今ここでやるべきことはなんですかっ!?」

「フレイザードを、倒すこと……っ!」

「ハッ! なら、もっと向かって来いよ勇者様よぉっ!?」

 

 三度振るわれる腕。

 ダイは腕を両腕でガードし、敢えて吹き飛ばされることで後方に跳んだ。

 砂を巻き散らしながら着地した少年はアティに頷くと剣に手をかけた。

 

「……面白れぇ」

 

 フレイザードが笑い、左の手に五つの炎を生み出す。

 

「ああっ、あの技は……っ!」

 

 叫んだのは、倒れている女賢者の一人。

 彼女も既に見ているのだろう。フレイザードの必殺技。五つのメラゾーマを同時に撃ち出す――。

 

五指爆炎弾(フィンガー・フレア・ボムズ)!!」

 

 一発でも致命傷は免れない呪文が五発。

 逃がさないというように向かってくるのに、アティ達は慌てることなく立ち向かった。

 ダイの剣、アティの手のひら、マァムの魔弾銃からそれぞれに空気の流れが生まれ、重なり合って複雑な真空の刃を生み出す。

 

「真空海波斬――っ!!」

真空呪文(バギマ)っ!」

「……っ!」

 

 魔法剣・真空海波斬。

 メラを大地斬に乗せた火炎大地斬に対し、こちらはバギを海波斬に乗せている。

 速度と鋭さをより増した剣閃は、アティが対フレイザード用にと提案したものだった。

 

 ――フレイザードの身体は炎と氷でできている。

 

 つまり、メラやヒャドでは半分にダメージが入らない。

 ならば、もう一度対峙した時は、その身体をバラバラに切り裂いてしまえばいい。

 

「な、にぃ……っ!?」

 

 メラゾーマが切り裂かれ、吹き飛ばされて爆発。

 向かってくる真空の刃にフレイザードが声を上げるも、もう遅く。

 氷と炎の身体が数十のパーツに切り裂かれ、分断された。

 

「お、おおおおおお……!?」

「まだだぜ……爆裂呪文(イオ)!」

 

 駄目押しはポップの呪文。

 爆風が熱と勢いをもってフレイザードの身体をバラバラに吹き飛ばす。

 氷と炎が消え、後に残るのは散り散りになった物質、赤と白に色分けされた無数の石だけで。

 

 地面へと落下していくそれらを見て、アティはほっと息を吐き。

 

「……危ねえ危ねえ。まさか初っ端から必殺技を撃ってやったのに、こっちが殺されかけるとはなぁ」

 

 石達が、ふわりと浮き上がった。

 

「え……?」

「生憎だが、まだオレは死んでないんだよぉ!?」

 

 どこからともなくフレイザードの声が響き、浮き上がった石達がまるで意思を持っているかのように動き、嵐となって襲い掛かってきた。

 

「氷炎爆花散!」

 

 フレイザードの破片から身を庇いながら、アティは感じた。

 遠くから、何かの『力』が解放されるのを。

 

 これは、どうやらまだ、戦いの始まりにしか過ぎないようだった。




実はこの時点でHPが割とヤバいフレイザードさん。

闘技場での位置的にアティとクロコダインが生きている可能性はあったので、レオナ姫を見つけて拘束、氷漬けにしておびき出すつもりでしたが、全員で速攻駆け付けてきたので大変です。
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