新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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バルジ島の死闘(前編)

 氷魔塔を破壊したアティ達の前に立ちはだかったハドラーとザボエラ。

 彼らの率いる軍勢は空飛ぶ悪魔――ガーゴイルと、魔物の呪文使い――魔術師を中心としたオーソドックスな構成だった。

 ざっ、と、囲むようにして距離を詰めてくる魔物達に対し、アティは先制攻撃を敢行する。

 

爆裂呪文(イオラ)!」

 

 爆球が弾け、直撃した数体を吹き飛ばすと共に他の魔物をもよろめかせる。

 

「っ、先生っ!?」

「マァム、散りましょう! 集団の中に身を置く方が逆に安全です!」

 

 驚きの声を上げる少女にそう告げながら、剣を手に魔物の群れの中へと突入。

 

「……はっ!」

 

 剣を一閃すれば、神官に似た格好の魔物が一体、あっけなくその場に崩れ落ちる。

 魔物達も遅れて反応し呪文封じ(マホトーン)閃熱呪文(ギラ)を放とうとするも、互いの顔を見て「あ」という顔をして動きを止める。

 慌ててガーゴイルが切りかかってくる頃には、魔術師がもう一体倒れていた。

 

 ――少数で大勢を相手にするのには慣れていた。

 

 軍人だった頃ではなく、むしろ家庭教師になってから。

 複雑な事情から海賊や異種族と共に『軍』と戦った経験が、アティにどう動けばいいかを教えてくれる。

 できるだけ動き続けること。

 召喚師、呪文使い、弓兵……遠距離攻撃要員が敵に混じっているならそれはチャンスだ。敢えて敵に囲まれることで誤射を誘い動きを封じられる。

 

「そっか……ならっ!」

 

 アティの動きから意図を汲み取ったマァムもまた、ハンマースピアを手に魔物の群れへと飛び込んだ。

 

「やっ!」

 

 長柄の鈍器という特異な武器は集団戦にも向いている。

 魔法使いであるポップより余程力持ちであるマァムが両手で振り回せば、魔術師だろうとガーゴイルだろうと、当たった端からノックアウトさせられる。

 

 ――これなら。

 

 ひとまず戦況をコントロールできたことに安堵しつつ、ちらりとハドラー達を見る。

 魔軍司令と妖魔司教は遠巻きに立って戦いを眺めていた。

 油断している? 否、酷薄な笑みを浮かべた彼らの様子は決して好ましいものではない。部下達だけで勝てると踏んでいるのではなく、全滅したら全滅したで構わないという態度。

 つまり、彼らにとってこれは戦いではなく『狩り』だ。

 猟犬を当て、使い捨てにしながら獲物が弱るのを待っている。

 

 ――だったら、今のうちに足掻くだけです!

 

 アティは息つく暇も惜しんで動き続ける。

 魔術師を斬り倒し、別の魔術師を蹴って方向転換。上空から襲い掛かるガーゴイルを下段から斜めに断ち切り、振り向きざまに地面を蹴る。

 合間には呪文を見舞う。

 種類はバギかイオ。威力よりも手数、倒すことより動きを止めることを優先。

 派手に動くことで注意をアティへ引き付け、マァムへの包囲を引き剥がす。すると、敵を寄せ付けないので手一杯だった少女の動きが次第に的確になっていく。

 

「そうです! 敵を近づけないようにしながら、一振りごとに攻撃もできれば一番です! 大丈夫、自信を持ってください……っ!」

「はいっ!」

 

 止まったら終わる舞踏を続けながら叫べば、しっかりした返事が来る。

 

 ――ごめんなさい、でも、もうちょっとだけ頑張ってください。

 

 ここが踏ん張りどころ。

 数の不利を逆手に取ったとはいえ、少し間違えただけでやられることに変わりはない。

 力関係を勘違いさせる。

 魔物や魔族というのは多かれ少なかれ人間を下に見ている。力で押しつぶせる相手と侮っている。万全を期したつもりで、突破される可能性を見逃してしまう。

 捉えられない敵、多勢を相手に一歩も引かない相手に憤り、恐れ、冷静な判断を失う。

 

 落ち着いて陣を組み直し、飽和攻撃を仕掛ければ簡単に勝てると気付かない。

 あるいは将達は気づいているのかもしれないが。

 

「マァム」

「先生……っ」

 

 戦端が開かれて初めて、マァムと背中がぶつかった。

 離れて戦っていた二人が近づいているということは、それだけ輪が薄くなったということ。

 

「馬鹿な……っ」

「たった二人に我らが押されるとは……!」

 

 驚き、怒り、それでも向かってくる魔物達。

 アティはマァムと頷き合い、最後の仕上げに魔弾銃と中級呪文を解き放った。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「……見事よ」

 

 静寂の戻った氷魔塔跡地。

 地面には数多くの魔術師、ガーゴイルの身体が落ち、伏している。

 響いたのは魔軍司令の低い声。

 

「急造とはいえ、あれだけの兵を相手に良く戦った」

「……っ、ハドラー」

 

 アティは剣を握りなおすと、マァムを庇うように立った。

 

「あとはあなたたちだけです。覚悟はいいですか?」

「……ふっ」

 

 できるかぎりの殺気を籠めた一言。

 大立ち回りの後だからこそ威力はあったはずだが、ハドラーが浮かべたのは冷笑だった。

 

「ハッ……ハーハッハッハ!」

「キィーッヒッヒッヒ!」

 

 呼応するようにザボエラも声を上げ、耳障りな音にアティは顔をしかめる。

 ざん、と。

 ハドラーが怯む様子もなく一歩を踏み出し。

 ザボエラは様子見といった体で逆に後方へと下がった。

 

「笑わせるな。疲れきった貴様らに何ができる」

「………」

「アティ。貴様の強さは知っている。だが、今の貴様なら簡単に捻りつぶせる。死にたくなくばダイとアバンでも連れてくるがいい」

「……っ」

 

 唇を噛む。

 ハドラーの言う通りだった。

 修行中に急行、フレイザードと一戦を交えた後、氷魔塔を攻略し、更には先の戦闘。

 身体には疲労が重くのしかかり、気を抜けば視界が霞んでしまいそうになる。魔法力も残り少なく、できるなら今すぐに長めの休息を取りたい。

 アティの背に庇われたまま、地に突いたハンマースピアへもたれかかるマァムはもっと辛い状態だ。

 

「先生……。あの男が、アバン先生を……?」

「……はい。結果的にですが、アバンさんが亡くなるきっかけを作った相手。かつてアバンさんが倒した魔王にして、今の魔王軍で司令を務めている」

 

 魔軍司令ハドラー。

 彼は強い。総合力で言えばクロコダインもヒュンケルも、フレイザードも敵わないだろう。

 肉弾戦と呪文戦のどちらも高レベルでこなす上、技のレパートリーも広い。

 加えて彼の肉体は。

 

「あなたは私達が倒したはずですっ! なのにどうして……っ!」

「さあな」

 

 負けそうになる心をふるい立たせるように問えば、返ってきたのは冷たい言葉。

 

「貴様らが殺し損ねただけだろう。生憎、大魔王様から頂いたこの身体は頑丈にできていてな……!」

「……そんな」

 

 全身をバラバラにされて生きている生物なんてそういない。

 この世界には蘇生の呪文も存在しているが、それとてあの状況から効果を発揮するのはほぼ不可能。

 

 ――不死身。

 

 そんな単語が頭をよぎり、気の遠くなるような絶望が襲う。

 

「さあ、死ね――忌々しいアバンの後継者よ!」

 

 ハドラーの右手に強大な熱が生まれる。

 

「ベギラマ……!」

 

 アティは咄嗟に、なけなしの魔法力を振り絞った。

 ベギラマ同士が正面から激突。

 威力はアティが僅かに上だった。

 

「ふっ」

 

 呪文を押し返されたハドラーは、しかし軽く笑い飛ばすと腕を振り、ベギラマを消し飛ばす。

 

「終わりか」

「……先、生」

 

 背中からマァムの声。

 苦しげな呻き。呼吸はまだ完全に整っておらず、まともな回避行動も不可能。

 逃げられない。

 

「ならば、これで終わりだ」

 

 魔軍司令の両腕が持ち上がる。

 半円を描くようにして生まれた高熱が陽炎の如く大気を揺らめかせる。

 

 ――閃熱系最上位呪文。

 

 デルムリン島での戦いでは数人がかりで凌いだ大技が、来る。

 

「ベギラゴン――ッ!」

「先生、逃げ……っ」

 

 必死に紡がれたマァムの言葉には従わず。

 

「アバン流刀殺法――海波斬っ!」

 

 アティは地を蹴り、迫りくる『死』に立ち向かった。

 

 

 

 そして。

 爆発に等しい衝撃。

 

 

 

「……殺った」

 

 もうもうと立ち込める土煙の中、ハドラーの声がした。

 海波斬で払うことができたのはせいぜい呪文の三割だった。

 後に残った大地の窪みの大きさからしても、威力が十分すぎるほどに残っていたことは明らかだった。

 

「先生……?」

「残念だったな、小娘。安心しろ、すぐに後を追わせて――」

 

 何かを感じたのか。

 ハドラーが言葉を切り、ベギラゴンの着弾した中心点を見やる。

 しかし、その時にはもう、アティは残る全力をもってハドラーへと接近していた。

 

「はあああああ――っ!」

「な、に……っ!?」

 

 フードやマント、服、長い赤毛には焦げ跡があちこちに残っている。

 白い肌も煤け、その美貌を隠していたが、健在。

 戦う力はまだ後少しだけ残っていた。

 

 ――もとより海波斬だけで防ぎきるつもりはなかった。

 

 敢えて接近したのは着弾地点を調節するため。

 マァムを守り、自分だけが受ける形を取り、ベギラゴンを「凌いだ」。

 

 リィンバウムにおいて戦う者の一部が経験の中で身に着ける技術。

 己の魔力をもって魔力に対する防御とする、魔力の少ない戦士であっても扱うことのできる特殊技法。

 「魔」に「抗」う防御術を用いたのだ。

 

 もちろんこれはあくまで最後の手段。

 本来は、何もしなくとも小さい被害で済む術を無傷で済ませるのが正解。

 相手の切り札に抗ったところで、少なくない被害は負うのだから、大した意味はないのだが。

 たった一太刀のチャンスを作り出すためなら悪くはなかった。

 

「無手、だと……っ!?」

 

 ハドラーが必要以上に動揺した理由はアティにはわからない。

 ただ、ラグレスセイバーを元いた場所に放り出したまま、空の両手で「存在しない柄」を握りしめて。

 

「しまった……っ!」

「ほぅ……!」

 

 遅れて『意味』に気付いた魔軍司令と妖魔司教が。

 ほぼ同時に、色合いの真逆な声を発した直後。

 

 ――蒼い輝きと共に一閃が走った。

 

 アティの分身ともいえる魔剣『果てしなき蒼』は生み出されると同時、その機能を十全に発揮した。

 溜め込んだ魔力を消費することによる、文字通り果てしない力。

 振り絞れるだけの闘気と共に振るわれたアバンストラッシュが、ハドラーの腹を深々と切り裂き、鮮血と悲鳴を吐き出させた。

 

「が……あああああっ!」

 

 ふっ、と、魔剣が手のひらから消滅する。

 

 ――上手くいって良かった。

 

 溜め込まれた魔力はまだ残っているものの、それを振るうだけの余力がもうない。

 魔剣は使えない、と敵に錯覚させるためにギリギリまで温存していた。

 深いダメージを受けてまで残した最後の切り札を、必殺の一撃、ほんの一瞬にだけ炸裂させた。

 

 地底魔城の闘技場でヒュンケルを助けた際。

 咄嗟に行った刹那の『抜剣』。

 ぶっつけ本番での再現となってしまったが、なんとかなった。

 

「は……あ……っ」

 

 かくん、と、膝が折れる。

 虚ろな視界の中、崩れ落ちたアティは、なんとか地面に手をつき顔を上げた。

 今の一撃なら、さすがのハドラーでも。

 

「ぐ……おおおおおおっ!」

「……ぁ」

 

 雄叫び。

 ハドラーは生きていた。

 腹に刻まれた傷も、かなりぎりぎりではあるものの、両断には至っていない。

 秒ごとに大量の血液が流れだす傷口が、ぐぐぐ、と無理矢理に塞がれていく。

 本当に不死身を疑いたくなるような生命力。アバンと共に戦った際にも見た応急処置だが、止血力、そして肉体自体の強度も上がっているように思えた。

 

 ――駄目。

 

 せめてハドラーだけでも倒さなければ。

 ザボエラは研究の為にギリギリまで動かないだろうと考えていたし、実際そうなった。

 肉体的な強度に乏しい魔法使い一人ならば、虚を突きさえすればマァムでも勝機はあるだろう。だが、ハドラーが残っていては全滅は免れない。

 

 身体は持ち上がらない。

 指を動かすこともおぼつかない。

 魔法力も闘気も空。

 それでも、アティは、こちらを見下ろしてくる憎悪の視線を受け止めた。

 

 ――私を先に。

 

 生かしておいてはまずい、と思ってくれればいい。

 そうすれば致命傷と同時にもう一度『抜剣』し不意を打てる。

 

「おのれ……! アバン共々、どこまでもオレを愚弄しおって……ッ!」

 

 ザボエラは動かなかった。

 ハドラーでさえもデータ取りに使うつもりか、百獣魔団戦の事例が口にされることはなく。

 

 ――じゃきん。

 

 魔軍司令の拳から伸びた鋭い鉤爪が振り下ろされるのを、アティは微笑んで見つめ。

 

「――悪いが」

 

 剛剣の一閃が、鉤爪を切り飛ばした。

 

「ぁ?」

「え……?」

 

 ハドラーも、アティも、一瞬何がなんだかわからなかった。

 首を向ければ、マァムの傍に白い鎧姿が一つ。

 

「彼女に汚い手で触らないでもらおうか」

 

 見間違えようもない。数日前、ダイ達と激しい戦いを繰り広げた戦士がそこに立っていた。

 

「ヒュンケル……!」

 

 マァムの顔に喜びが浮かぶ。

 そんな少女をちらりと見た後、青年は油断なく敵を見据える。

 

「フレイザードを追ってきてみれば、よもやこんな大物と出くわすとはな……!」

 

 彼の瞳にあるのは怒り。

 

「今の魔王軍に、どうやら騎士の誇りはないらしいな」

 

 同胞を傷つけられた怒りが強烈に燃え盛っていた。




経緯は違いますが、ここまで大筋としては一緒でしょうか……?

・ヒュンケル到着時点でハドラーが大ダメージ
・ザボエラは武装したヒュンケルと相性が悪い
・既に塔が壊れてる&ヒュンケルとクロコダインの体調が万全

などがちょっと違う点ですね。
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