新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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バルジ島の死闘(後編)

「先生、大丈夫ですか……?」

「ありがとう、マァム。私は大丈夫です」

 

 少女に肩を貸されながら道を急ぐ。

 重い身体、ふらつく足はなかなか思い通りにならない。

 先程、魔弾銃を通してベホイミを受けた。少し待てば体力はマシになるはずだが、今は僅かな時間すら惜しかった。

 

『ここはいいから炎魔塔へ向かえ』

『貴様。このオレと一人で戦うつもりか?』

『誰にモノを言っている? その傷でオレに勝てると思っているのか、魔軍司令』

 

 ヒュンケルが命賭けで先へ行かせてくれたからだ。

 彼はたった一人でハドラーとザボエラを引き付け、アティ達が離脱する隙を作ってくれた。

 今は死闘の真っ最中だろう。

 父であるバルトスの仇。そういう意味でも譲れない戦いだったのだろうが。

 

『ここにハドラーとザボエラがいるのなら、向こうにはオレの闇の師と――魔王軍最強の男がいるだろう。だから行け、アティ。マァム』

 

 彼は同時にダイ達の無事を案じていた。

 炎魔塔へはクロコダインが向かったらしい。それでも晴れない青年の表情が深刻さを物語っていた。

 

 ――ヒュンケルはきっと大丈夫。

 

 彼の強さはアティ達もよく知っている。

 剣の腕ならハドラーにも引けを取らないし、鎧の魔剣は殆どの呪文を無効化する。強靭な精神はザボエラの甘言に惑わされることもないだろう。

 ならば、今できるのは一刻も早くダイ達の加勢に向かうこと。

 

 と。

 

「はっ! こりゃあ、待ってた甲斐があったってもんだぜ!」

 

 場違いな程に威勢のいい声が一帯に響いた。

 しばらく聞いていなかったような気がするが、その実、少し前に聞いたばかりの声。

 

 ――まさか。

 

 草の生えない地面の上。

 二本の足でしっかりと立ち、こちらを見据える炎と氷の魔物を、アティは信じられない思いで見つめた。

 

「フレイザード……!」

「そうさ! まさか、オレ様のことを忘れていたわけじゃあないだろうなぁ?」

 

 言って、氷炎将軍は愉しげに嗤った。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 中央塔で待つとフレイザードは言った。

 言ったが、約束が必ず護られるという保証はない。

 

 アティ達がいる場所は氷魔塔から炎魔塔への近道。

 森や丘をできるだけ避けた平坦な道――ということは、つまり中央塔から近く、待ち伏せしやすい場所でもある。

 それでも、今は体力回復に専念するだろうと考えていたのだが。

 

「手柄が転がってるのに逃がすわけねぇだろうが!」

 

 ギャハハハハ、と、笑いながらフレイザードが手をかざす。

 氷でできた左手。

 アティは小さな声でマァムに囁いた。

 

「マァム。先に行ってください」

「先生!?」

「ダイ君達が傷ついているなら、治してあげないといけません」

 

 魔法力の尽きたアティと、まだ余力のあるマァム。

 回復呪文(ホイミ)を飛ばせる魔弾銃の存在まで考えれば、どちらが向かうべきかは自明だ。

 マァムは何かを言おうと口を開くも、そこに吹雪が押し寄せてきた。

 

「ヒャダルコ!」

「っ、早くっ!」

 

 ごめんなさい、と心の中で唱えながらマァムを突き飛ばす。

 ラグレスセイバーを引き抜きざまに放った海波斬が吹雪をギリギリで切り裂き、アティの肌をほんのりと冷やす。

 初撃を凌いだアティは剣の柄をぐっと握った。

 ベホイミの効果が少しずつ出ている。騙し騙しなら戦えそうだ。

 

 きっ、とフレイザードを見据えれば、氷炎将軍はちらりとマァムを見た。

 

「逃がさねえ、って言いたいところだが……」

 

 見るからに鋭い歯が口内から覗く。

 

「デカい方の獲物が残るなら見逃してやるぜぇ。逃げきれれば、の話だけどなあ!」

「マァム!」

「でも、先生……!」

「行ってください!」

 

 今度は炎の腕からメラミの連射。

 海波斬を放ちながら後退、着弾地点をずらしながらかわす。

 視界の端で、少女がぐっ、と、唇を噛むのが見えた。

 

 ――お願いします。

 

 背を向けて遠ざかっていく少女に微笑み、意識を『敵』に集中する。

 

「来なさい。フレイザード……!」

「はっ。死にぞこないが、その身体で何ができるんだよぉっ!」

「それは、あなたも同じはずですっ……!」

 

 三賢者を相手にした後、ダイ達から深い手傷を負わされた。

 塔に逃げて回復していたとはいえ、短い時間では体力・魔力共に不十分なはず。

 

「結界呪法はもうありません。私でも十分に戦える」

「なら、試してみろよぉ!」

 

 炎の腕の先。

 五本の指に一つずつ、メラゾーマの炎が宿った。

 

五指火炎弾(フィンガー・フレア・ボムズ)!」

 

 先ほどのメラミとはサイズが違う。

 高速で打ち出された炎は圧縮を解かれて大きくなり、僅かに軌道をずらして連射。奥にいるフレイザードを隠すようにしながら殺到してくる。

 アティはそれをじっ、と、見つめた。

 一発が正面。二発が左右。もう二発は回り込むような軌道で背後を狙っている。

 前後左右、どちらに跳んでも避けきれない。どうにか直撃を避けても余波が大きく、海波斬で全部を切り裂くことも至難。

 であれば、逃げ道は一つしかなかった。

 二度、できたことなら、もう一度。

 

「っ!」

「なっ……上だとおっ!?」

 

 上方向とて全くの死角だったわけではない。

 下手に跳躍したところで爆風に煽られ落ちることになり、直後に止めを刺されて終わってしまう。

 ただ、『果てしなき蒼』からの供給を受けた運動能力は並ではない跳躍を可能にした。

 

 高く舞ったアティの下で火炎弾が次々に爆発。

 眼下にそれを見下ろしながら、アティは赤毛を揺らしフレイザードへ向かう。

 ほんの少し、正面方向へ傾いた跳躍により、落ちる場所はちょうど氷炎将軍のいるその場所――。

 

「……ハッ。撃ち落としゃあいいだけだろぉ!?」

 

 一瞬、呆然としたフレイザードがヒャダルコを放ってくるも、海波斬で迎撃。

 

「やあああああっ!」

 

 一閃。

 返す刀で大きく振りぬき、氷と炎でできた身体を縦に大きく切り裂いた。

 

 ――これで。

 

 倒れてくれればいいのだが。

 と、音を立てて地面へ着地しながら思う。

 痺れる足、震える腕が戻るには数秒かかる。

 それでも顔を上げてフレイザードを見やると。

 

「ぐ、おおおおおおっ!」

 

 割れた身体が、まるで両側から押さえつけられたように繋がっていく。

 痛いのだろう。

 フレイザードは絶叫しながら、それでも、生命を保っていた。

 

 

 

「……残念だったなぁ」

 

 ニヤリ、と、酷薄な笑み。

 

「オレ様を幾ら斬ろうが無駄だ。何しろこの身体は――」

「はい。やっぱり、『核』があるんですね」

「……ぁ?」

 

 ぱかん、と、フレイザードの口が開いた。

 生身じゃないから無敵だ、とでも言うつもりだったのだろう。

 

「あなた達のようなエネルギー生命体は、普通の生物と身体の仕組みが違う。『本体』と『身体』が別にあるから、身体の方を攻撃してもエネルギーが続く限り再生できる」

 

 アバンの授業でもそういうものがあった。

 

 ――『本体』という概念がちょっと難しいですけど。

 

 アティの知識には似たようなものがある。

 故郷・リィンバウムの召喚師として、『名もなき島』の守護者としての知識。

 機界ロレイラルの機械兵士はエネルギー元を身体のどこかに溜め込んでいることが多い。これを動力炉などと呼ぶ。

 また、彼らは身体と意識をかなり別個に考えている節がある。霊界サプレスや鬼界シルターンの一部の者が他者に『宿る』ように、機械の身体を操っているというような。

 いずれの場合にせよ、つまりは『核』。

 エネルギーか意識、それを司る何かがフレイザードには存在する。

 

「確証がなかったので温存していましたが、それなら、とっておきの技があります」

 

 大地斬、海波斬に比べると使用頻度は低い。

 しかし、ある意味で最も重要な技。

 

「威力が低いのと、溜めが大きいのが難点なんですが」

「……ハッタリかぁ? そんなもんがあるならとっとと――」

「なら、技を出す時間くらいは稼がせてくれ」

「な!?」

 

 横手から真空の刃が飛び、フレイザードを襲った。

 氷炎将軍はとっさに飛びのいて回避するも、アティとの距離が開いてしまう。

 すかさず二人の女性が駆け寄ってきてアティの身体を支えた。

 

「マリンさんに、エイミさん?」

 

 マトリフのところへ送ったはずの二人が申し訳なさそうに微笑む。

 

「遅くなって御免なさい」

「あの人を救出していたら遅くなってしまったんです」

 

 二人の視線が最後の一人、バギを放った男に向けられた。

 マリン、エイミと同じく賢者の衣を纏った若者。

 身体や衣のあちこちに焦げや小さな傷が見られるものの、致命傷を負っている様子はない。おそらくは救出と同時に癒されたのだろう。

 

「アポロだ。二人が、そしてレオナ姫が世話になった」

 

 マリン、エイミが回復呪文(ホイミ)を使い始めると、アポロは女性達の前に立った。

 

「借りがある。少しは返させてくれ」

「でも、どうして……?」

「……実は、マトリフ様からお叱りを受けまして」

 

 大した怪我でもないのに同情を求めてんじゃねえ、と一喝されたらしい。

 老体のバダックがしきりに救援を志願したのが重なり、ならば自分達がと、マトリフに島まで飛ばしてもらったのだそうだ。

 

「でも、ルーラは」

「それが、その」

「バシルーラの要領で、中央塔へ直接……」

 

 なんという無茶を。

 下手したら着いた瞬間に死んでいたし、無事に着いてもフレイザードと戦いになっていた可能性が高い。

 フレイザードが出払ったタイミングで守備兵を一掃、隠れていたアポロを救出できたのは奇跡に近いだろう。

 それでも。

 

「来てくださって、ありがとうございます」

 

 これなら百人力だ。

 アティは剣を握り、闘気を振り絞る。

 魔法力には明確に『底』があるが、体力や闘気というのは限界が曖昧だ。もう尽きたと思ってもやる気になれば残った分が出てきたりする。

 一発分くらい、なんとしてでもなんとかする。

 

 もちろん、フレイザードもただではやられてくれない。

 

「次から次へと湧いて出やがって……いい加減にしやがれ! 虫ケラ共が!」

 

 両腕を大きく広げるポーズ。

 

「弾岩爆花散!」

 

 放たれたのは、氷炎爆花散の強化版とも思える技。

 肉体を小さな石まで分解し、弾丸の如く高速で殺到させる。

 これにはアポロ達三賢者も悲鳴を上げるが、

 

「バギです」

「え?」

「飛んできている以上、空気の流れには逆らえません。だから――」

「そ、そうか」

「わかったわ!」

 

 エイミを回復に残し、アポロとマリンが真空呪文(バギ)を行使する。

 空気の流れが変わった。

 勢いに乗っていたフレイザードのパーツは必死に飛ぶが、何割かは力を失って落ちていく。それでもぶつかってくるものにも先のような勢いはなかった。

 

 ――集中したアティには、フレイザードの苛立ちがわかった。

 

 自分の身体を操ってぶつけているのだ。

 自身にもダメージが入るのは当然の話、それが思うような成果を挙げていないのだから無理もない。

 更に言えば、

 

「核を、狙いやすくなりました」

「……!?」

 

 フレイザードが動揺する気配。

 

「狙えるもんなら、狙ってみろよぉっ!」

 

 技の勢いが増す。

 命を賭けて、アティ達を殺しに来ているのがわかる。

 剣を腰だめに構えると、エイミがそっと離れる。

 

「アティさん。もう……っ」

「ありがとうございます、十分です」

 

 弾かれるように飛びのくアポロとマリン。

 バギの抑えを失った弾岩が再び殺到し――。

 

「アバン流刀殺法、空裂斬……っ!」

 

 圧縮された闘気が一点に向かって飛ぶ。

 無数の石が飛び交う中、その一撃は狙い違わず、一つの石を断ち切った。

 

「……ぁ?」

 

 呆然としたようなフレイザードの声。

 全ての石が勢いを失い、地へと落ちていく中。

 露わになった『核』は一つだけ特徴的な、無数の角を持っていた。

 

 今はもう、二つに割れてしまっていたが。

 

「ぁ、あああああああ――っ!?」

 

 絶叫。

 まるで魂が天に昇るように、パーツから湯気のようなエネルギーが立ち昇り、氷炎将軍が消滅していく。

 ゆらり、と。

 認められないとばかりに、執念だけで、フレイザードの片眼が宙に浮かんだ。

 

「み、認めねえ、オレはてめえらを倒して、もっと偉く――!」

「ごめんなさい」

 

 海波斬を使うまでもなく。

 ただ払うように切るだけで、フレイザードの残滓は消滅した。

 

「そのために大切な人が傷つくなら、私は、こうするしかできません」

 

 がくっと崩れ落ちたアティに三賢者が慌てて駆け寄ってきた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「君の生徒に頼まれたんだ。先生をよろしくって」

 

 アポロが言うには、マァムとすぐ近くで会ったらしい。

 どうしてもアティのことが心配だった少女は、逃げたふりをして加勢するつもりだった。

 そこに三賢者が出くわし、加勢を請け負ったのだ。

 

「……そうですか、マァムが」

 

 息を吐いてアティは頷いた。

 

 ――駄目ですね、私は。

 

 自分がまだまだ弱いことを痛感する。

 子供達に心配をかけて、多くの人に助けられて、それでもギリギリ。

 もっと、もっと頑張らなければ。

 

 話を聞き、回復を受ける間に少しの時間が経っている。

 気力を奮い立たせ、アティは立ち上がった。

 

「行くのか?」

「はい。子供達が待っていますから」

「そうか……なら、これを持っていってくれ」

 

 透明な液体が入った細い瓶。

 エイミが補足して。

 

「魔法の聖水です。お人好しの美人教師に渡してくれ、と、マトリフ様から」

「……ありがとう、ございます」

 

 三賢者とはここで別れることになった。

 彼らにはヒュンケルの救援と、島内に残っているかもしれない魔物の排除を依頼した。

 もしも、そちらが問題ないようなら合流して欲しいとお願いしておく。

 

 瓶の栓を抜き、中身を身体に振りかけて。

 アティは小走りに先を急いだ。

 行く先に立ち上った光の柱が、激しい戦いを予感させた。




検索:フレイザード
もしかして:中ボス

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