「先生、大丈夫ですか……?」
「ありがとう、マァム。私は大丈夫です」
少女に肩を貸されながら道を急ぐ。
重い身体、ふらつく足はなかなか思い通りにならない。
先程、魔弾銃を通してベホイミを受けた。少し待てば体力はマシになるはずだが、今は僅かな時間すら惜しかった。
『ここはいいから炎魔塔へ向かえ』
『貴様。このオレと一人で戦うつもりか?』
『誰にモノを言っている? その傷でオレに勝てると思っているのか、魔軍司令』
ヒュンケルが命賭けで先へ行かせてくれたからだ。
彼はたった一人でハドラーとザボエラを引き付け、アティ達が離脱する隙を作ってくれた。
今は死闘の真っ最中だろう。
父であるバルトスの仇。そういう意味でも譲れない戦いだったのだろうが。
『ここにハドラーとザボエラがいるのなら、向こうにはオレの闇の師と――魔王軍最強の男がいるだろう。だから行け、アティ。マァム』
彼は同時にダイ達の無事を案じていた。
炎魔塔へはクロコダインが向かったらしい。それでも晴れない青年の表情が深刻さを物語っていた。
――ヒュンケルはきっと大丈夫。
彼の強さはアティ達もよく知っている。
剣の腕ならハドラーにも引けを取らないし、鎧の魔剣は殆どの呪文を無効化する。強靭な精神はザボエラの甘言に惑わされることもないだろう。
ならば、今できるのは一刻も早くダイ達の加勢に向かうこと。
と。
「はっ! こりゃあ、待ってた甲斐があったってもんだぜ!」
場違いな程に威勢のいい声が一帯に響いた。
しばらく聞いていなかったような気がするが、その実、少し前に聞いたばかりの声。
――まさか。
草の生えない地面の上。
二本の足でしっかりと立ち、こちらを見据える炎と氷の魔物を、アティは信じられない思いで見つめた。
「フレイザード……!」
「そうさ! まさか、オレ様のことを忘れていたわけじゃあないだろうなぁ?」
言って、氷炎将軍は愉しげに嗤った。
☆ ☆ ☆
中央塔で待つとフレイザードは言った。
言ったが、約束が必ず護られるという保証はない。
アティ達がいる場所は氷魔塔から炎魔塔への近道。
森や丘をできるだけ避けた平坦な道――ということは、つまり中央塔から近く、待ち伏せしやすい場所でもある。
それでも、今は体力回復に専念するだろうと考えていたのだが。
「手柄が転がってるのに逃がすわけねぇだろうが!」
ギャハハハハ、と、笑いながらフレイザードが手をかざす。
氷でできた左手。
アティは小さな声でマァムに囁いた。
「マァム。先に行ってください」
「先生!?」
「ダイ君達が傷ついているなら、治してあげないといけません」
魔法力の尽きたアティと、まだ余力のあるマァム。
マァムは何かを言おうと口を開くも、そこに吹雪が押し寄せてきた。
「ヒャダルコ!」
「っ、早くっ!」
ごめんなさい、と心の中で唱えながらマァムを突き飛ばす。
ラグレスセイバーを引き抜きざまに放った海波斬が吹雪をギリギリで切り裂き、アティの肌をほんのりと冷やす。
初撃を凌いだアティは剣の柄をぐっと握った。
ベホイミの効果が少しずつ出ている。騙し騙しなら戦えそうだ。
きっ、とフレイザードを見据えれば、氷炎将軍はちらりとマァムを見た。
「逃がさねえ、って言いたいところだが……」
見るからに鋭い歯が口内から覗く。
「デカい方の獲物が残るなら見逃してやるぜぇ。逃げきれれば、の話だけどなあ!」
「マァム!」
「でも、先生……!」
「行ってください!」
今度は炎の腕からメラミの連射。
海波斬を放ちながら後退、着弾地点をずらしながらかわす。
視界の端で、少女がぐっ、と、唇を噛むのが見えた。
――お願いします。
背を向けて遠ざかっていく少女に微笑み、意識を『敵』に集中する。
「来なさい。フレイザード……!」
「はっ。死にぞこないが、その身体で何ができるんだよぉっ!」
「それは、あなたも同じはずですっ……!」
三賢者を相手にした後、ダイ達から深い手傷を負わされた。
塔に逃げて回復していたとはいえ、短い時間では体力・魔力共に不十分なはず。
「結界呪法はもうありません。私でも十分に戦える」
「なら、試してみろよぉ!」
炎の腕の先。
五本の指に一つずつ、メラゾーマの炎が宿った。
「
先ほどのメラミとはサイズが違う。
高速で打ち出された炎は圧縮を解かれて大きくなり、僅かに軌道をずらして連射。奥にいるフレイザードを隠すようにしながら殺到してくる。
アティはそれをじっ、と、見つめた。
一発が正面。二発が左右。もう二発は回り込むような軌道で背後を狙っている。
前後左右、どちらに跳んでも避けきれない。どうにか直撃を避けても余波が大きく、海波斬で全部を切り裂くことも至難。
であれば、逃げ道は一つしかなかった。
二度、できたことなら、もう一度。
「っ!」
「なっ……上だとおっ!?」
上方向とて全くの死角だったわけではない。
下手に跳躍したところで爆風に煽られ落ちることになり、直後に止めを刺されて終わってしまう。
ただ、『果てしなき蒼』からの供給を受けた運動能力は並ではない跳躍を可能にした。
高く舞ったアティの下で火炎弾が次々に爆発。
眼下にそれを見下ろしながら、アティは赤毛を揺らしフレイザードへ向かう。
ほんの少し、正面方向へ傾いた跳躍により、落ちる場所はちょうど氷炎将軍のいるその場所――。
「……ハッ。撃ち落としゃあいいだけだろぉ!?」
一瞬、呆然としたフレイザードがヒャダルコを放ってくるも、海波斬で迎撃。
「やあああああっ!」
一閃。
返す刀で大きく振りぬき、氷と炎でできた身体を縦に大きく切り裂いた。
――これで。
倒れてくれればいいのだが。
と、音を立てて地面へ着地しながら思う。
痺れる足、震える腕が戻るには数秒かかる。
それでも顔を上げてフレイザードを見やると。
「ぐ、おおおおおおっ!」
割れた身体が、まるで両側から押さえつけられたように繋がっていく。
痛いのだろう。
フレイザードは絶叫しながら、それでも、生命を保っていた。
「……残念だったなぁ」
ニヤリ、と、酷薄な笑み。
「オレ様を幾ら斬ろうが無駄だ。何しろこの身体は――」
「はい。やっぱり、『核』があるんですね」
「……ぁ?」
ぱかん、と、フレイザードの口が開いた。
生身じゃないから無敵だ、とでも言うつもりだったのだろう。
「あなた達のようなエネルギー生命体は、普通の生物と身体の仕組みが違う。『本体』と『身体』が別にあるから、身体の方を攻撃してもエネルギーが続く限り再生できる」
アバンの授業でもそういうものがあった。
――『本体』という概念がちょっと難しいですけど。
アティの知識には似たようなものがある。
故郷・リィンバウムの召喚師として、『名もなき島』の守護者としての知識。
機界ロレイラルの機械兵士はエネルギー元を身体のどこかに溜め込んでいることが多い。これを動力炉などと呼ぶ。
また、彼らは身体と意識をかなり別個に考えている節がある。霊界サプレスや鬼界シルターンの一部の者が他者に『宿る』ように、機械の身体を操っているというような。
いずれの場合にせよ、つまりは『核』。
エネルギーか意識、それを司る何かがフレイザードには存在する。
「確証がなかったので温存していましたが、それなら、とっておきの技があります」
大地斬、海波斬に比べると使用頻度は低い。
しかし、ある意味で最も重要な技。
「威力が低いのと、溜めが大きいのが難点なんですが」
「……ハッタリかぁ? そんなもんがあるならとっとと――」
「なら、技を出す時間くらいは稼がせてくれ」
「な!?」
横手から真空の刃が飛び、フレイザードを襲った。
氷炎将軍はとっさに飛びのいて回避するも、アティとの距離が開いてしまう。
すかさず二人の女性が駆け寄ってきてアティの身体を支えた。
「マリンさんに、エイミさん?」
マトリフのところへ送ったはずの二人が申し訳なさそうに微笑む。
「遅くなって御免なさい」
「あの人を救出していたら遅くなってしまったんです」
二人の視線が最後の一人、バギを放った男に向けられた。
マリン、エイミと同じく賢者の衣を纏った若者。
身体や衣のあちこちに焦げや小さな傷が見られるものの、致命傷を負っている様子はない。おそらくは救出と同時に癒されたのだろう。
「アポロだ。二人が、そしてレオナ姫が世話になった」
マリン、エイミが
「借りがある。少しは返させてくれ」
「でも、どうして……?」
「……実は、マトリフ様からお叱りを受けまして」
大した怪我でもないのに同情を求めてんじゃねえ、と一喝されたらしい。
老体のバダックがしきりに救援を志願したのが重なり、ならば自分達がと、マトリフに島まで飛ばしてもらったのだそうだ。
「でも、ルーラは」
「それが、その」
「バシルーラの要領で、中央塔へ直接……」
なんという無茶を。
下手したら着いた瞬間に死んでいたし、無事に着いてもフレイザードと戦いになっていた可能性が高い。
フレイザードが出払ったタイミングで守備兵を一掃、隠れていたアポロを救出できたのは奇跡に近いだろう。
それでも。
「来てくださって、ありがとうございます」
これなら百人力だ。
アティは剣を握り、闘気を振り絞る。
魔法力には明確に『底』があるが、体力や闘気というのは限界が曖昧だ。もう尽きたと思ってもやる気になれば残った分が出てきたりする。
一発分くらい、なんとしてでもなんとかする。
もちろん、フレイザードもただではやられてくれない。
「次から次へと湧いて出やがって……いい加減にしやがれ! 虫ケラ共が!」
両腕を大きく広げるポーズ。
「弾岩爆花散!」
放たれたのは、氷炎爆花散の強化版とも思える技。
肉体を小さな石まで分解し、弾丸の如く高速で殺到させる。
これにはアポロ達三賢者も悲鳴を上げるが、
「バギです」
「え?」
「飛んできている以上、空気の流れには逆らえません。だから――」
「そ、そうか」
「わかったわ!」
エイミを回復に残し、アポロとマリンが
空気の流れが変わった。
勢いに乗っていたフレイザードのパーツは必死に飛ぶが、何割かは力を失って落ちていく。それでもぶつかってくるものにも先のような勢いはなかった。
――集中したアティには、フレイザードの苛立ちがわかった。
自分の身体を操ってぶつけているのだ。
自身にもダメージが入るのは当然の話、それが思うような成果を挙げていないのだから無理もない。
更に言えば、
「核を、狙いやすくなりました」
「……!?」
フレイザードが動揺する気配。
「狙えるもんなら、狙ってみろよぉっ!」
技の勢いが増す。
命を賭けて、アティ達を殺しに来ているのがわかる。
剣を腰だめに構えると、エイミがそっと離れる。
「アティさん。もう……っ」
「ありがとうございます、十分です」
弾かれるように飛びのくアポロとマリン。
バギの抑えを失った弾岩が再び殺到し――。
「アバン流刀殺法、空裂斬……っ!」
圧縮された闘気が一点に向かって飛ぶ。
無数の石が飛び交う中、その一撃は狙い違わず、一つの石を断ち切った。
「……ぁ?」
呆然としたようなフレイザードの声。
全ての石が勢いを失い、地へと落ちていく中。
露わになった『核』は一つだけ特徴的な、無数の角を持っていた。
今はもう、二つに割れてしまっていたが。
「ぁ、あああああああ――っ!?」
絶叫。
まるで魂が天に昇るように、パーツから湯気のようなエネルギーが立ち昇り、氷炎将軍が消滅していく。
ゆらり、と。
認められないとばかりに、執念だけで、フレイザードの片眼が宙に浮かんだ。
「み、認めねえ、オレはてめえらを倒して、もっと偉く――!」
「ごめんなさい」
海波斬を使うまでもなく。
ただ払うように切るだけで、フレイザードの残滓は消滅した。
「そのために大切な人が傷つくなら、私は、こうするしかできません」
がくっと崩れ落ちたアティに三賢者が慌てて駆け寄ってきた。
☆ ☆ ☆
「君の生徒に頼まれたんだ。先生をよろしくって」
アポロが言うには、マァムとすぐ近くで会ったらしい。
どうしてもアティのことが心配だった少女は、逃げたふりをして加勢するつもりだった。
そこに三賢者が出くわし、加勢を請け負ったのだ。
「……そうですか、マァムが」
息を吐いてアティは頷いた。
――駄目ですね、私は。
自分がまだまだ弱いことを痛感する。
子供達に心配をかけて、多くの人に助けられて、それでもギリギリ。
もっと、もっと頑張らなければ。
話を聞き、回復を受ける間に少しの時間が経っている。
気力を奮い立たせ、アティは立ち上がった。
「行くのか?」
「はい。子供達が待っていますから」
「そうか……なら、これを持っていってくれ」
透明な液体が入った細い瓶。
エイミが補足して。
「魔法の聖水です。お人好しの美人教師に渡してくれ、と、マトリフ様から」
「……ありがとう、ございます」
三賢者とはここで別れることになった。
彼らにはヒュンケルの救援と、島内に残っているかもしれない魔物の排除を依頼した。
もしも、そちらが問題ないようなら合流して欲しいとお願いしておく。
瓶の栓を抜き、中身を身体に振りかけて。
アティは小走りに先を急いだ。
行く先に立ち上った光の柱が、激しい戦いを予感させた。
検索:フレイザード
もしかして:中ボス