「……なにが、起こったんですか……?」
ようやく辿り着いた炎魔塔跡地。
そこに広がっていた光景を見て、アティは呆然と呟いた。
――惨状、と言っていい。
ダイが、ポップが、マァムが、そしてクロコダインが傷だらけで倒れている。
大地はそこかしこが抉れ、焼け焦げ、それだけで戦いの激しさがわかった。多数散乱する鎧の破片を見るに、こちらの軍勢はさまよう鎧の類かキラーマシーンの亜種といったところか。
生きている魔物はフレイム含め一匹も見えない。
無事に立っているのはただ一人、おそらくは魔王軍の軍団長なのであろう
印象としては軽装の騎士。
鎖帷子の上から服を纏い、腕や脚の一部と首、肩だけを部分的な鎧で守っている。
左目に装着された飾りと背中の剣の柄はいずれも『竜』を象っており、一目で並の代物ではないことが窺える。
長身かつ逞しい身体つき、顎に蓄えられた髭、鋭い目つきは若年を過ぎ、多くの知識と経験を蓄えた歴戦の戦士を連想させた。
「……先生」
誰かの声がして、男がアティの方を振り返る。
目が合う。
アティは思わず呟いた。
「人間……?」
そう、男は人間にしか見えなかった。
耳も肌も魔族のものとは似ても似つかず、鱗や翼も見えない。
本当に彼が軍団長なのか。
人の軍団長。ヒュンケルの例を思えば不思議でないとはいえ、胸がざわめくのを感じる。
そんな中、男が厳かに口を開いた。
「人間ではない」
印象通りの厳めしい男の声。
「告げたばかりだが――もう一度言ってやろう。私は
背筋が凍り付く感覚。
どうして、と、まさかこんなに早く、と、頭の中がぐちゃぐちゃになりながら。
アティは彼の、バランの、絶望的な宣告を聞いた。
「魔王軍、超竜軍団長にして――その子の父親だ!」
恐れていたことが最悪の形で、どうしようもない程の早さで結実した瞬間だった。
☆ ☆ ☆
竜の騎士とは、かつて神々が作り出した最強の戦士の名だ。
人と竜と魔族。
世界の覇権を争う種族達を制するため、各種族の強みを併せ持っている。
――すなわち、人の心と竜の戦闘力、魔族の魔力。
いずれかの種族が野心を抱き、世界を支配しようとした時、竜の騎士は現れる。
あらゆるものを滅ぼす絶対的な力をもって野心者を罰し、また姿を消す。
「この紋章がその証だ」
バランの額に輝きが生まれる。
「……ああ」
アティも何度か見た輝きだった。
角と牙を持つ竜の顔を意匠化した紋章が、男の額にある。
すなわちそれが、竜の紋章。
名前を知ったのはせいぜい半日前のことだ。
暗躍を続けるアバンが調べ、結果をマトリフに伝え、アティへと委ねられた伝承の中にそれはあった。
故に、考えが纏まっていたわけではない。
ダイ達に伝えるかも決まっていなかったし、伝える必要があるかもわからなかった。
いつか直面する日が来るかもしれないとは思いつつ、まさか、こんな形でやってくるなどとは思わなかった。
一方で、突きつけられた事実に頭が働く。
『竜の騎士は種族……なんでしょうか?』
『いや……おそらくは個人だろうな。何らかの方法で能力と使命を次代に受け継ぎ、役目を終えた騎士は去る――それなら、知られていないのも納得がいく』
竜の騎士は代々一人。
正当な騎士はバランの方だろう。
詳しく聞いたわけではないがダイは孤児。ブラスの実子であるはずがなく、であれば。
「どうして……?」
アティは剣を鞘に納めて尋ねた。
ダイ達とバラン以外ここにはいない。バランこそがヒュンケルの言っていた「魔王軍最強の男」なのだろうが、だとすると「ヒュンケルの闇の師」は既に去っていることになる。
未だ姿を見せない影の軍団長が気にはなるが、今なら、話をする間が存在する。
「どうして、竜の騎士が魔王軍に味方しているんですか? どうして、お父さんが自分の子供を傷つけるんですか? どうして、ダイ君を一人で放っておいたんですか……っ!?」
「………」
バランは、黙ったまま身体ごとアティに向き直った。
少しずつ浅くなりつつある夜闇の中、月明かりに照らされ、家庭教師と超竜軍団長は見つめ合う。
――不思議な目。
まず感じるのはあらゆる者を威圧するような鋭さ。
しかし、その奥には人を超えた聡明さ、気高さ、悲しさのようなものが見える。
こんな目は初めてだった。
強いて言うなら、かつて魔剣を通じて出会った『彼』に似ている。
「名は?」
「アティです。ダイ君達の先生をしています」
「先生、か」
小さく呟くバラン。
彼が何を思っているのかは声色や視線からは推し量ることができない。
「良い目だ」
「っ」
「立ち姿も美しい。人目を惹く赤毛だが、炎ではなく太陽を連想させる」
「………?」
柔らかくなった雰囲気に首を傾げるも、理由はわからない。
口説かれているとも感じられなかった。
ただ、アティの奥に別の『何か』を見ているような。
「フレイザードを倒した女よ。どうして、と聞いたな」
答えに辿り着く前に、バランがようやく話を戻した。
「簡単な話だ。大魔王様は世界の平和のために人間を滅ぼそうとなさっておられる。故に私は竜の騎士としてお手伝いをしているまでのこと」
視線が、倒れたままのダイに向けられる。
生気を失ってはいない。
光の灯った瞳をアティとバランに向けたまま、少年は困惑した表情を浮かべていた。
「我が子を傷つけたのは本意ではない。手違いがあったのと、躾のためだ」
「………」
「私として少し前まで我が子が死んだと思っていた。この島で『勇者』と対峙し、その『勇者』が紋章を発動させなければ知ることはなかっただろう」
生後間もなく生き別れた子。
探していたが見つからなかった。
偶然、敵として戦った相手が息子だと知り――バラン自身も愕然としたのだ。
☆ ☆ ☆
バランともう一人の軍団長が到着した時、ダイ達はまだ炎魔塔を壊していなかった。
炎魔塔への援軍は軍団長二人と、さまよう鎧が多数。
超竜軍団のドラゴンは移動が間に合わないためにバランは単身であった。
フレイムの群れを海波斬やヒャド系呪文で蹴散らしたダイ達を援軍が強襲。
影がポップを拘束し、助けようとしたダイにバランは斬りかかった。
小手調べの攻撃ではあったがバランが優勢。そうでなくてもさまよう鎧が殺到して多勢に無勢。すぐに決着がつくはずだったが――獣王の必殺技が炎魔塔を壊したことで流れが変わった。
駆け付けたクロコダインによって数を減らされていくさまよう鎧。
軍団長二人もさすがの手際でクロコダインを抑え込んだものの、再びのピンチにダイが紋章を発動させた。
予想してなかった事態にバランは動揺。
隙をついたダイによって雑魚は蹴散らされたものの、ダイのアバンストラッシュもバランには大した効果を上げることができなかった。
「魔影軍団長は『魔軍司令を連れて撤退する』と消えてしまったが、私には関係ない」
たった一人。
たった一人で、バランはダイ達を圧倒した。
ダイを適度に痛めつけ、クロコダインを打ちのめし投げ飛ばし、ポップのメラゾーマを棒立ちのまま無傷で凌いだ。
救援に駆け付けたマァムが魔弾銃で回復、攻撃するも形勢は変わらず。
「私の素性を明かし、我が子ディーノに魔王軍へ下るよう話をしていたところだった」
ディーノというのがダイの真の名であるらしい。
もし、もしも本当に、竜の騎士の使命が人の根絶であるならば――バランの息子であるダイもまた、人を滅ぼすことが使命ということになる。
人を滅ぼす最も早い手段は、魔王軍に味方すること。
しかし。
異なる名で呼ばれたダイは二本の足で立ち上がった。
「断るっ!」
「………」
「さっきも言った通りだ! おれは人間の味方、魔王軍になんかならないっ!」
ロモス王から賜った剣は既に折れて転がっている。
代わりに腰のナイフを抜き、きっとバランを睨みつける。
――ダイ君。
彼の気丈な姿に感情がこみ上げてくる。
かつてない強敵を前にしても曲がらず、必死に立とうとしている彼は本物の『勇者』だ。
だから、アティは少年にちらりと視線を送り、微笑んだ。
「……ありがとう、ダイ君」
「先生」
「でも、待ってください」
「え?」
どうして、という表情をダイが浮かべる。
「私は、もう少しバランさんに話を聞いてみたいんです」
「ちょ、ちょっと待てよ、先生……っ!」
なかなか立ち上がれない様子のポップが声を枯らして叫ぶ。
「そいつは敵だぜ!? これ以上聞く話なんてねえよ!」
「そうよ! もしお父さんだとしても、ダイ君を無理矢理連れて行こうなんておかしいわ!」
マァムも「抗うべきだ」と声を上げる。
クロコダインは、意識が混濁しているようで話せる状態にはなかった。鎧の胸部が大きく砕けて血が滲みだしており、何か強大な一撃を受けたらしいことがわかる。
しかし、すぐさま死に繋がる傷ではない。
「だからこそ、話し合うべきです」
なぜなら、
「どうして人間が滅びるべきなのか、私はまだ、彼から聞いていません」
「………」
超竜軍団長の眉がぴくりと動いた。
彼は、それでも淡々と問いに答えた。
「それは、人が傲慢で臆病で弱い種族だからだ」
☆ ☆ ☆
古来より竜の騎士は孤独であった。
マトリフの推測通り、騎士は代々一人だけ。
ダイの存在は本来あり得ないイレギュラーだ。
「人の姿をして、人以上の武と魔を振るう者――それがどうなるかわかるか?」
「……畏怖を集めます」
「そうだ」
届かない存在を人は恐れ、あるいは敬う。
竜の騎士を神のように奉る国もあると聞いている。
一方で、文献の記述はいずれもかの存在を恐れているようだった。
奉るのも、結局は脅威から身を護るための術。
「人は人ならざるものを恐れる。それは変えられない本質だ」
もちろん、魔族や竜にも恐怖という感情はある。
だが、彼らの場合は人よりもずっと単純だ。
魔族や竜にとって力とは正義。どんな者だろうと強いのなら正しい。負けるのは弱いからであり、弱さとは悪。明快な論理だ。
「人は複雑な感情を持ちながらそれを抑えられない。くだらない理由で互いに傷つけあい、憎しみあい、正義だの悪だの勝手な理由をつけて弱者が強者を批判する」
数を頼みに強者を蹂躙し、それを正当化しようとする。
「故に人はこの世に必要のないゴミ、否、害をなすだけの害虫なのだ!」
今代の竜の騎士、バランはそう声高に告げた。
彼が告げたのは強者の論理だ。
何よりも力を尊び、血で血を洗う争いを肯定する考え方。
彼が言った平和からはほど遠いように思えるが、何故か、その言葉には無視できない重みが含まれていた。
「竜の騎士は、力で他を蹂躙する行いを止める役割ではないのですか?」
「そうだ。だが、真の目的はそこではない。世界の在り方を正すためであれば、人が滅ぶのも仕方のないこと」
「……人の心を持つあなたが?」
「なればこそ、やらねばならぬ」
バランが背中の剣に手をやり、ゆっくりと引き抜く。
僅かに沿った重厚な刃。
神々しさすら感じる輝きは、アティにかすかな既視感と共にバランの誇りを感じさせる。
「今の人間が、あなたにそう決断させることをしたんですか?」
脳裏に浮かぶのは故郷のこと。
リィンバウムでも、人の在り方はそう変わらない。
もしかしたらこの世界よりも顕著かもしれない。
かの世界の人間は、外敵から身を護る術を『異界の者を操る術』に変えた。
かの世界の人間は、変じた術を使って幾多の命を縛り、欲のために使った。
生み出された術――召喚術のシステムは今も変わっていない。
扱い方は個人の良心に任されているものの、逆に言えば、悪しき使い方をすることを縛るものもない。
人を信じた挙げ句、身体をあますことなく改造され、兵器として死ぬまで戦わされた天使もいたと聞いている。
「……貴様には関係あるまい」
「あります。私はダイ君の先生です」
人は弱く傲慢かもしれない。
『名もなき島』を蹂躙した暴力だってそういうものだった。
それでも。
「私は人間が好きです。人間を信じています。人は弱いしすぐに間違えます。複雑すぎる心を持っているかもしれません。でも、だからこそ、互いを慈しみ愛し合うことができるんです!」
ダイは、まだ子供ながらもそれを知っている。
「あなたも――そして、もしかしたらダイ君のお母さんも、そうだったんじゃないんですか?」
「黙れ!」
逆鱗に触れた、と。
バランの怒声を聞いたアティはすぐに理解した。
それまで理性的だった竜騎将が声を荒げ、アティを憎々しげに睨みつけたからだ。
バランと紋章から発せられる圧力が強烈に高まり、ピリピリと肌を刺す。
「小賢しい女よ。そして
脅しなどではない。
やるといったら間違いなくバランはやるだろう。
それでも。
「絶対に引きません。私は、私達は、負けるわけにはいきません」
「先生……っ!」
「やりましょう、ダイ君。一緒に、あの人を
「……はいっ!」
頷くと同時、ダイの額にも紋章が輝く。
わからずやの父親と真っすぐな少年、そして家庭教師の戦いが幕を開けた。
人間は滅びるべきだというバランの主張。
彼の過去が大元なので、それが語られないと「何で?」と言いたくなる感が強い気がします。
なので、先生は空気を読まずに話し合いから入りました。
サモンナイト2の大天使アルミネくらい悲惨な例があれば納得するんですが……。