新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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竜の騎士、バラン(中編)

「……行くぞ!」

 

 両手で剣を持ち上げ、バランが迫る。

 ダイはダメージが大きい。

 ちらりと少年に目をやり、アティはラグレスセイバーを手に前へ踏み出した。

 

 ――硬い金属同士がぶつかり合い、甲高い音を響かせる。

 

 弾かれるようにして互いに一歩、相手から距離を取った。

 

「ほう……?」

 

 竜騎将の口から感嘆の声が漏れる。

 意外とできる、とでも言いたげな様子にアティは苦笑を浮かべた。

 

 ――私達より遥かに格上の相手、ですね。

 

 一見、バランの一撃をアティが上手く受けたように見える。

 確かに、今の打ち合いだけなら互角と言っていい。

 素の筋力、武器の刃渡りと切れ味で勝る相手に負けなかったのだから誇ってもいいかもしれない。

 

 ただ、いつの間にか、バランの額からは紋章が消えていた。

 

 

 

 二撃目が来たのは一呼吸の後だった。

 先よりも速くて重い一撃を、刃を滑らせるようにして弾く。

 

 横薙ぎの三撃目を後ろに跳んでかわし、すかさず前に出て一太刀を見舞う。

 しかし、予期していた竜騎将は慌てず後退して刃を避けた。

 代わりに襲い来る両手剣の切っ先を持ち上げた剣で受け止める。

 

「……くっ」

 

 ずしりと重い衝撃。

 

「良い腕だ」

 

 余裕をもって、アティの腕前を計るように戦を運びながらバランが呟く。

 構わず、押し返すように『間』を作り体勢を整えた。

 

「女の身、その若さでよくぞそこまで磨き上げた。よほど良い戦、良い師に恵まれたのだろう」

 

 三度の交錯。

 相手の剣が許容範囲を超える重さを持ち始めた。

 闘気を使い果たした身ではかわし、逸らし、受け止めて凌ぐしかない。

 

 ――隙が、ないわけじゃありません。

 

 バランが剣を空ぶらせた一瞬。

 竜騎将の剣技は大振りを主体としている。

 己の体格、膂力を生かして接近し、あらゆる力を一撃の威力に変換してくる。

 故に、振りの速さにも限界はある。

 引き戻しのタイミングを狙って渾身の突きを繰り出し、

 直後、嫌な予感がした。

 

 踏み出した足を無理矢理に落として制動をかける。

 腕が軋むのを無視して後ろに引き、運動エネルギーを前から後ろへ変換。

 

 本来ならアティがいたはずの空間を、右足による蹴りが切り裂いた。

 

「せめて、できるだけ痛めつけずに殺してやる」

「……っ!」

「やめろぉっ!」

 

 マァムが魔弾銃で回復してくれたのか。

 矢のような勢いで飛び込んできたダイが横合いからナイフを振るい、バランを立ち止まらせた。

 

「邪魔をするなっ!」

 

 振るわれた剣を、ダイは受けようとせずギリギリでかわす。

 と、バランが左手を剣から離した。

 

「え……!?」

爆裂呪文(イオ)

 

 少年の腹、至近距離で爆発が起こった。

 苦悶の表情で吹き飛ばされるダイ。

 追撃を止めるために前へ出て剣を振るえば、剛剣による一撃がアティを阻んだ。

 

 バランは、未だ息一つ切らしてはいなかった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 剣、呪文、体術。

 竜騎将バランはどれをとっても一流だ。

 彼の戦闘技術、戦闘センスはかの魔軍司令ハドラーすら上回るだろう。

 

 ――それに、彼には驕りがない。

 

 最も恐るべきはその精神性だ。

 ハドラーは強者故に油断しやすく、大技に頼って隙を作る癖があった。

 しかし、バランは違う。

 手加減しながら戦っているのは単なる余裕ではなく、余力を持って戦う常在戦場の心構え故。戦いながら初見の相手を見極め、無駄な小技を使わずに追い詰めようとしてくる。

 

 食い下がれば食い下がるだけ、攻撃は激しくなった。

 ダイと協力して二方向から攻めてもなお決め手が見つからない。

 

 思い切って剣を弾いて一時的に封じても、拳や呪文が飛んでくる。

 連続技による手数で押し切ろうとしても、竜の騎士の剛剣は一刀で小手先の優位を吹き飛ばす。

 

爆裂呪文(イオ)!」

 

 視界を封じようと、温存していた呪文を解き放てば。

 なんと、バランは避けようともせずに立ち尽くしたままだった。

 

「っ!」

「駄目だ、先生……っ!」

 

 防ぐのならそれでもいいと、剣を手に肉薄しようとすれば。

 どこか焦ったようなダイの声が制止をかけた。

 

 ――物理的な圧力を伴う強烈な『気』がアティの頬を震わせる。

 

 イオの爆発が収まった瞬間、竜騎将バランは一気に距離を詰めてきた。

 額には『竜の紋章』が輝いている。

 

「私に呪文の類は効かんっ!」

「そんな……っ!?」

 

 原理はわからない。

 ただ、言葉通りイオの効果が無かったことだけは感じながら。

 バランの剣を必死に受けたアティは、腹部に深々と、敵の膝がめり込むのを感じた。

 

「―――っ!」

「先生ーーっ!」

 

 人の背丈複数分も吹き飛ばされ、背中から落ちた。

 息が詰まるのを感じながら必死に身を起こす。

 

「抵抗しない方が苦しまずに済むぞ」

「できません……っ」

 

 答えつつもアティは心から理解し始めていた。

 格が違う。

 バランは魔王を、否、魔王軍を一人で相手にできるような存在だ。

 

 ――人どころか魔族、竜にすら『死』を運ぶ絶対存在。

 

 まともにやって勝てる相手ではない。

 死力を、命と魂を賭けなければ絶対に勝てない。

 

「不器用な女だ」

 

 どこか残念そうに呟き、バランが左手の人差し指を立てる。

 

「ならば、望む通りに殺してやる」

 

 空の怒りが光と音を伴って落ちてくる。

 まともに直面するのは初めての『呪文』。

 

 ――ああ、これが。

 

 ほんの一瞬の出来事だったはずなのに、自分目掛けて稲妻が落ちてくる様がゆっくりと見えた。

 

「やめろーーーっ!」

 

 ライデイン。

 この世界において勇者のみが使えるとされる雷の呪文。

 かつて聞いたところによれば、あのアバンですら使えないという。

 

『なあ先生。なんでライデイン使えないんだよ。あんた勇者だろ?』

『んー……まあ、そうなんですが。どういうわけか使えないんですよ私。旧魔王軍と戦っていた時も、私以外の勇者が何人もいましたが、使えた者はいなかったはずです』

 

 それだけ難しいんです、とアバンは締めていたが。

 おそらく勇者の呪文というのが間違いだったのだ。

 

 選ばれた者。

 すなわち竜の騎士だけが扱うことのできる呪文。

 故に、いつの間にか勇者のものと言われるようになったのだ。

 

 雷が、落ちた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「外したか」

 

 からん、と。

 ダイが咄嗟に投げたパプニカのナイフが地面に転がった。

 

 ――それが、避雷針の要領でアティを救ってくれたのだ。

 

 バランは睨みつけるようにして我が子を見た。

 

「つくづく私の邪魔ばかりするな。ディーノ……否、ダイよ!」

「当たり前だ! おれは仲間を護る。そして、お前を倒す!」

 

 ダイの額に紋章が輝く。

 これまでは感情の昂ぶりをキーに発動していた、それ。

 危機的状況を脱する、勇者の素養のように考えていたが、今回は少し違った。

 

 ――まるで、自分の意志で使ったような。

 

 今までとは違う力強さをもって、ダイがバランに立ち向かう。

 

「だあああああっ!」

「むうんっ!」

 

 剛剣が風を斬って迫るも、少年は上手くかいくぐってかわす。

 懐へと飛び込んだ彼は渾身の右拳を放った。

 バランが舌打ちし、左手を離してダイの拳をガードする。

 

 二人の身体を包み込んでいるのは同質の闘気(オーラ)だ。

 

「……竜闘気(ドラゴニックオーラ)っていうらしいぜ」

「ポップ」

 

 気づくと、魔法使いの少年が己の足で歩み寄って来ていた。

 多少ふらついてはいるものの問題はなさそうに見える。

 申し訳なさそうな顔をした後、彼はちらりと、別のところへ視線を送る。

 

 マァムがクロコダインの傍にしゃがみ、回復呪文(ホイミ)をかけていた。

 

「攻撃力もなんだけど、防御力がすげえ上がるんだ。特に呪文は殆ど効かなくなっちまう」

「武器や格闘で戦うしかない、ってことですね……」

「ああ。ずるいぜ、俺の出番がありゃしねえ」

 

 どがっ、と、大きな音。

 

 殴り飛ばされたダイが地面を擦りながら跳ね起きるところだった。

 再び立ち向かっていく少年のスピードは速い。

 目端も利いており、バランの剣をかいくぐりながらチャンスを狙っている。

 竜闘気で強化された拳は十分な威力があるだろうが、同じ竜の騎士であるバラン相手では決め手にはならない。

 

「せめて、剣があれば……」

「ああ、後は大技で一気に……」

 

 アティとポップは顔を見合わせ、頷き合った。

 

「ダイ君!」

 

 短い呼びかけだったが、少年はすぐ意図を察してくれた。

 素早い交錯を中断し、敵の剣の腹を蹴って跳躍。

 

 ――アティの投げたラグレスセイバーをしっかりと受け取り、握った。

 

 すかさず、ポップの杖から呪文が飛び、剣を燃え上がらせる。

 

「魔法剣……」

 

 メラゾーマと竜闘気、そしてアティの持つ名剣。

 三つの力を束ね、ダイが地を蹴る。

 対するバランは剣を大きく振りかざすと魔法力を解き放っていた。

 

「よかろう。そちらが魔法剣を使うというのなら、私もまた見せよう。竜の騎士の奥義を!」

 

 再び雷鳴が轟く。

 しかし、今度の雷は大きさが違った。

 

 触れたもの全てを焼き、壊し、浄化する裁きの雷。

 雷撃系上位呪文。

 

「……ギガデイン」

 

 ベギラゴンやイオナズンすら上回る威力が剣に纏われる。

 炎と雷、子と父の魔法剣が激突した。

 

「大・火炎大地斬っ!」

「ギガブレイク!」

 

 閃光が走り、その場にいた者達の目を焼いて。

 収まった時には。

 だらんと剣を下ろして立つバランと、離れたところに倒れるダイの姿があった。

 

 

 

「所詮はこの程度、未熟な子供に過ぎん」

 

 冷たい言い方だった。

 意識が混濁した様子のダイに向け、歩いていこうとするバランを呼び止める。

 

「待ってください」

 

 竜騎将が足を止めてアティを見た。

 

「死に急ぐか」

「違います。私はまだ戦える。戦える限り諦めない。それだけです」

 

 剣はダイに渡してしまった。

 残る魔法力は僅かで、紋章の力を使うバランに呪文は効かない。

 だとしても。

 アティの中には一振りの剣が眠っている。

 

「私が相手です。竜騎将バラン……!」

 

 『果てしなき蒼』を抜き放つ。

 まばゆいばかりの蒼い光を意識して抑え、アティは指で己の白髪を払った。

 

 ――バランが、その姿を見て瞠目していた。

 

 信じられないものを見たという顔で、彼は呟く。

 

()()()だと。馬鹿な……しかも、その剣は」

「同じ材質の剣を見るのは、これで二度目です……っ」

 

 竜の騎士に呪文は効かないという。

 もしもそれが魔法力自体を遮断しているのだとしても、『抜剣』により魔力を戦闘力に変えるアティには関係がない。

 しっかりとバランを見据える。

 未だ底知れない竜の騎士もまた、アティを強敵と認めたようだった。

 

 ――雷光が落ちる。

 

 再びギガデインを纏った剣を男は上段で構えた。

 

「竜騎将バラン。真魔剛竜剣、参る……っ!」

「魔剣『果てしなき蒼』、私の全力ですっ!」

 

 二人は同時に前へ。

 バランは地を蹴ると同時に構えを変え、胸の辺りで剣を掲げるようにしながら前傾姿勢を取る。

 恐るべき破壊力を秘めた真魔剛竜剣の輝きは、見るだけで怯えを呼び起こさせる。

 

 アティは、己にできる最高の技を振るう。

 僅かに回復した闘気を、残る魔法力を全て、激突の一瞬に注ぎ込み。

 アバンから教わった技。

 ダイ達との絆でもある必殺技を、前進のエネルギーと共に振るう。

 

 ――刃は、ほんの一瞬だけ拮抗した。

 

 互角。

 思った直後、『果てしなき蒼』の刃が真魔剛竜剣へとかすかに食い込む。

 

「おおおおおおっ!」

 

 バランが吠える。

 剣を包む闘気量が増し、剣が、『果てしなき蒼』が押し返される。

 みしみし、という嫌な音と共に。

 残った力の余波がアティを大きく吹き飛ばした。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「終わりだ……!」

 

 大きく、バランが宣言した。

 アティは全身の痺れを必死にどうにかしようともがきながら竜騎将を見つめる。

 

 ――孤高の騎士は二本の足で立っている。

 

 ダイも受けたダメージが大きく、可能なら長時間の休養が必要な状態だ。

 

「……くそっ」

 

 ポップが悪態をついて前へ飛び出す。

 手にした杖をバランへと突き付けると、少年は叫んだ。

 

「この野郎……っ! ダイと先生はやらせねえぞ……っ!」

「何の真似だ小僧。私に魔法は通じないと言ったはずだ」

「関係ねえっ。要はてめぇの闘気が尽きるまで呪文をぶつけりゃいいんだろ……っ!」

 

 放たれたメラゾーマをバランは避けない。

 一歩、一歩、近づいてくる『死』を前に、ポップは呪文を唱えるのを止めなかった。

 

「くそっ、くそおっ! マァム、先生とダイを連れて逃げ……」

「させると思うか?」

 

 バランの身体から冷気が吹き付け、ポップの身体を凍えさせた。

 

「く、そ……っ」

「言ったはずだ、終わりだと」

 

 死力を尽くした。

 仲間と連携し、庇いあい、奇跡のようなチャンスを繋いだ。

 足りない。

 それでも足りない。

 

 そう、アティが、ポップが、ダイが思った時。

 

「させん……っ!」

「同感だ」

 

 種類の異なる闘気の渦が、二つの方向からバランを襲った。

 あちこち砕けた鎧を纏い、獣王クロコダインと魔剣戦士ヒュンケルが、竜騎将バランを止めんと瞳に闘志を漲らせていた。




バラン戦一回目はこれでほぼ終わりです。
暴力での排除が面倒だと察したバランは……。

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